タイトル:【PG】僅か見えた背マスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/10 12:27

●オープニング本文


 LHを僅か離れた場所。
 カメラを構えたエリス・フラデュラー(gz0388)は、目の前に咲く花をレンズに納めてシャッターを押していた。
 そこに足音が響く。
「君、エリス?」
 突然掛けられた声に、驚いたように振り返ると、そこには赤毛の青年が立っていた。
「‥‥そう、だけど」
 お兄さんは誰?
 そう問おうとした彼女に、声を掛けた青年は「やっぱり」と笑顔で頷き、近付いてきた。
「僕はデューア・ハウマン。写真家を夢見る傭兵」
 そう言うと、デューアはエリスの手を取ってニコリと笑った。
 人懐っこい、好感の持てる笑顔に、エリスも自然と笑顔になる。
 それを見て更に笑みを深めると、デューアは彼女の持つカメラに視線を向けた。
「それ、リーアンのカメラだね。一眼レフの‥‥うん、武器にもなる変わった機械だ」
「!」
 デューアの言う通り、エリスの持つカメラは彼女の父親「リーアン・フラデュラー」が使用していたカメラだ。
 そしてこのカメラは超機械としても使用でき、エリスは最近になってそれを知った。
「ふふ、僕が知ってるとおかしい? でも、リーアンのファンなら知っていてもおかしくないよ。リーアンと同じ写真家を目指すのは君だけじゃない。そういうこと」
 デューアは屈託なく笑うと、エリスがモチーフにしていた花に目を落した。
「クリスマスローズだ」
「‥‥パパが、よく撮ってたから」
「知ってる。リーアンが好きだったこの花は、僕も好きだから」
 言って、彼は静かに花を見詰めた。
 時折風が吹く他は、静かな時間が流れる。そしてデューアが、この静寂をそっと壊した。
「ねえ、エリス」
 静かに問う声にエリスの首が傾げられる。
「僕たち、初めて会った気がしないよね」
「‥‥?」
 どう言う事だろうか。
 確かにデューアは話しやすい印象がある。屈託なく、人当たりの良い印象を与える彼だからこそ、そう感じるのではないだろうか。
 戸惑うエリスに、デューアはクスリと笑みを零すと、花に視線を戻して、エリスに向き直った。
「ナンパは失敗かな」
「な‥‥ナンパ‥‥?」
 初めて耳にするような単語に、エリスの頬や耳、顔全体が赤くなる。
 それを見て更に笑うと、デューアは彼女の髪にそっと触れた。
「エリスは知ってるかな。リーアンが行った、クリスマスローズの丘のこと」
「クリスマスローズの、丘?」
「そう。リーアンが写真残すことのなかった唯一の景色。そして、彼が何れは君を連れて行こうと考えていた場所だ」
 知らない。
 そう言外に告げて見詰めると、デューアは穏やかに微笑んでエリスの顔を覗き込んだ。
「この話はね。リーアンのファンでも知ってる人は少ない、貴重な話なんだ。僕も、最近聞いた話で、聞いたらどうしても君に伝えたくて――だから、他の人には秘密だよ」
 デューアはそう言って、エリスに小さな紙を握らせた。
 その中にはクリスマスローズの丘へ向かう道が記されている。
 能力者になった彼女なら、辿り着ける場所。そして彼女は確実にその場所へ行くはず。
 デューアはエリスの髪に軽く口付けると、そっと手を放した。
「行ってらっしゃい、エリス」
「‥‥デューア、さんは‥‥行かないの?」
「デューアで良いよ」
 言って、彼はクスリと笑った。
 この笑い方は彼の癖なのだろうか。
 小首を傾げ気味に小さく笑う姿は、赤髪の所為で若干好戦的に見える彼を無邪気に見せる。
 エリスはその仕草を見ながら、向けた問の答えを待った。
 それに気付いたのだろう。
 デューアは小首を傾げたまま視線を逸らすと、ポツリと零した。
「――僕は行かない。もしかしたら行くかもしれないけど、行くとしても君の後かな」
「何で‥‥」
 リーアンのファンだったのなら、秘密の場所だと言うそこは行ってみたい場所の筈。
 驚きと戸惑いで言葉に詰まるエリスに、デューアは「ふふ」と笑って視線を戻した。
「僕からの、気の早いクリスマスプレゼントだよ。リーアンの思い出に包まれておいで」
 そう言葉を残し、デューアは去って行った。
 その姿を見送り、エリスがハッとなって声を上げる。
「あ‥‥ありがとう‥‥!」
 人生でこれだけ声を張ったのは初めてかもしれない。
 その声に、去り際の彼の足が止まると、振り返った顔には、至極嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
マヘル・ハシバス(gb3207
26歳・♀・ER
ネジリ(gc3290
22歳・♀・EP
一ヶ瀬 蒼子(gc4104
20歳・♀・GD
ミコト(gc4601
15歳・♂・AA

●リプレイ本文

 冷え込み激しい冬山を、鈴を鳴らしながら傭兵たちが歩いてゆく。
「おや。ハーモナーになったのかね?」
 そう声を掛けるのは、UNKNOWN(ga4276)だ。
 彼は今回の依頼人であるエリスの頭を撫でながら、穏やかに微笑みかけてくる。
「少しは、何か見えてきたかな?」
 以前会った時と、今。その状況はかなり変わっている。その事に気付いての問いだろうか。
 エリスは擽ったい思いで頷きを返すと、彼は彼女の頭を撫でて微笑んだ――と、そんな彼の目が前方を捉えて止まる。
「――野生の熊のようだ、な。殺さずにできるかね?」
 そう声を掛けたのは、彼と同じく前を歩く須佐 武流(ga1461)へだ。
「冬眠前の熊か‥‥言うほど危険ではなさそうか」
 もし一般人なら確実に違う言葉を返しただろう。しかし彼らは多くの経験を積んだ能力者。冬眠前の熊では驚く程ではないのだろう。
 対する熊は、なんだか突然湧いてきた人間と言う食料に困惑気味だ。
 出たは良いが、引くに引けずに立ち往生。そんな熊にエリスが武流の服の裾を引いた。
「ん? ああ、問題ない」
「そうね。キメラではないのなら、無為に殺すこともないでしょう」
 武流に制止を頼もうとしたエリスの肩を一ヶ瀬 蒼子(gc4104)が優しく叩きながら前に出る。
「‥‥威嚇したら、逃げるか?」
 ネジリ(gc3290)もそう呟き熊を見る。
 目に見える限りで熊に敵意はない。寧ろ、能力者の存在に怯えているようにも見える。
「これで引いてくれると良いけど」
 蒼子はそう言うと、持っていた呼笛を吹いた。
 これに、動けないでいた熊がハッとなって動き出す。そうして逃げ出す姿を確認すると、エリスはホッと息を吐いた。
「人を襲うために待ち伏せてる熊以外は害がないからね。むやみに自然を破壊する必要もなかったね」
 良かった。と、エリスに笑みを向けるのはミコト(gc4601)だ。
「ミコトさんの、鈴のお蔭もあると、思う‥‥」
 彼を見ながらエリスが持ち上げて見せたのは、女性陣が持つ鈴の1つ。
 これは日本式の熊避けの方法らしく、ミコトがお守り代わりにと用意してくれた物だ。
「そう言えば、今回は珍しい所からリーアンさんの情報が手に入ったね‥‥」
 リーアン・フラデュラーのファンだと言う青年、デューア・ハウマン。彼から聞いた情報の殆どは、事前に皆へと話してある。
 だからこそ、ミコトの口から出てきたのだが‥‥
「クリスマスローズの丘。その場所をあなたに伝えるために、あなたのことを探したわけですよね‥‥」
 そう呟くのはマヘル・ハシバス(gb3207)だ。
 彼女は思案気に眉を寄せると、頬に手を当ててエリスを見た。
「何か意図があるようですが、まだ情報不足ですね」
「確かに、そいつの意図がさっぱりだ」
 武流はそう口にしながら、ふと眉を寄せる。
「――いや、エリスに父親のことを探らせることに何かの意味があるのか」
 独り言のように呟く彼の声に、エリスの視線が落ちる。ここまで父親の景色を見れると喜んでいた彼女に、能力者たちの危惧は想像していなかったようだ。
 僅かに考え込むようにカメラを見詰めるエリスを、蒼子は何とも言えない表情で見ていた。
「‥‥私も、胡散臭いと思ってたなんて、言えないわね」
 ぽつり、零して息を吐く。
 彼女はまず、デューアと言う傭兵の話を聞いて「胡散臭い」と思った。
「そもそも、エリスさんの前に突然現れて、彼女も知らなかった秘密の場所を告げた。その上で、ファンを自称する自分は同行しない」
 目的云々を考えた際、如何考えても不自然過ぎる。
「まあ、ファンであるリーアンの娘を喜ばせる‥‥とかなら、納得できなくもないけど」
「ファン、か‥‥意外と本人でも知らない事を知っていたりしてな」
 蒼子の呟きを聞き止めたネジリが呟く。
 この声に頷きながら、蒼子は改めてエリスを見た。
 胡散臭いとは言え、彼女がそれを口にしなかったのは、エリスが普段以上に嬉しそうにしていたからだ。
 となれば、とる行動は1つ。
「仕方ないわね」
 蒼子は小さく肩を竦めると、エリスに歩み寄った。
「景色、楽しみね」
「‥‥蒼子さん」
「あなたのお父さんが秘密にしていた場所、私も興味があるのよ」
 言って微かに笑むと、エリスの表情が明るくなった。
 そのことに内心ホッとする。とそこに、エリスの頭を撫でる者が視界に入った。
「君の、父親は。何を君に見せたかったのかね?」
「おじさん‥‥」
「それを考えると、いい。エリス。君が見つけなくては、いかんのだよ。それが大事なのだよ」
 何処となく難しく聞こえる言葉。それを頭の中で繰り返し、エリスはコクリと頷いた。
「‥‥頑張る」
「――で、ナンパ男はかっこよかった?」
「え?」
 不意に響いた声にエリスの目が瞬かれた。
 その視線の先に居たのはミコトだ。
 彼はエリスの答えを待ってじっと耳を傾けている。
 その様子に少し思案すると、彼女は小さく頷いた。
「‥‥少し‥‥」
 この答えに、ミコトの目が細められ「ふぅん」と言葉が漏れる。そうして次なる問いを向けられると、エリスは戸惑い気味に言葉を返してゆく。
 そしてその姿を視界に留め、マヘルは山頂を見やった。
「写真家が写真を残さなかった秘密の景色‥‥」
 デューアはそう言っていたと聞く。
 唯一残さなかった景色がどのような物か――
「興味が湧きますね」
 そう言って彼女の唇に笑みが乗った。
 そこに大きな手が伸びる。
「疲れないか? 荷物はある程度は持ってやるぞ。俺は一番体力あるだろうからな」
 手を辿って見上げた先に在るのは武流の顔だ。
 マヘルは彼の顔をじっと見ると、ニコリと笑って遠慮なく荷物を手渡した。


 山頂への道は、先程の熊の一件以外、何事もなく進める事が出来た。
「エリス、あの花は知っているか?」
 ネジリの問いにエリスは自分が知っている知識で言葉を返す。そうすると、それを聞いていたミコトが新たな問いを向け――と、登山は和やかな雰囲気で進んだ。
 そして――
「お、見えてきたな」
 武流の声にエリスの中に緊張が走る。
 それを見越してか、UNKNOWNが彼女の頭に手を置いた。
「以前、私が写真を撮る話はしたと思うが、エリスは風景も撮るのかな?」
「‥‥うん。風景も、人も、撮る‥‥」
 思いかけない問いに、それでも言葉を返すと、彼は「そうか」と頷きを返して彼女の頭を撫でた。
「私は、風景は撮らなくてね。風景は記憶に残し――あとは描いていたぐらいかな?」
「おじさん、絵も描くの‥‥?」
 この声にUNKNOWNは頷きを返すと、エリスの背を押して山頂に促した。
「いい景色だねぇ‥‥」
 思わず声を零したミコトは、目の前に咲き誇る白の花に目を奪われた。
――クリスマスローズの丘。
 そう言うだけあって、地面には絨毯のように白い花が敷き詰められ、見事なまでに花を咲かせている。
「時期的にちょうど良かったな」
 武流はそう言って、腕を組むと白の花々を見詰めた。
 彼の言う様に、季節的にもちょうど良かったようで、花は満開の時期を迎えていた。
 時折、花弁が風に吹かれ雪のように舞い上がっては落ちてゆく。
「さて、見ながら食事にでもするか」
「一応、飲み物あるけど、飲む?」
 UNKNOWNの声に、ミコトが水筒を取り出して見せると、マヘルが待っていましたとばかりに武流から荷物を受け取り、皆を振り返った。
「サンドイッチもあります」
 この声に、美しい景色を前に休憩を挟むことになるのだが、流石に山頂は冷える。
「いい景色ですが少し冷えますね。お茶でも淹れましょうか、コーヒーと紅茶どちらが好みです?」
 マヘルはそう言って、ポットセットを使ってお湯を沸かし始める。その上で自らを風除けにすると、人数分のお茶を用意し始めた。
「これがリーアンさんの映すことのなかった景色」
 確かに綺麗だが、やはり何かが引っ掛かる。
 蒼子は用意して貰った紅茶を口に運びながら、クリスマスローズに混じって視界に入る小屋に目を向けた。
「明らかに何かありそうではあるな」
「そうね‥‥」
 ネジリの声に頷き、蒼子は目を伏せる。
 そんな彼女たちの傍では、エリスがカメラを構えるかどうかを考えていた。
「俺? 俺は撮らないかな。持ってけないしね」
 エリスの写真を捕る撮らないの質問に答えたミコトは、そう言って笑って見せた。
 心奪われる景色は心に刻むのみ。
 そう決めているらしい彼の言葉に、エリスがカメラを見る。
「もしかしたら、パパも‥‥?」
 だがそうだとするなら、リーアンが写真を各地で撮っている意味が分からなくなってしまう。
 エリスがそう考え込んでいると、武流が立ち上がった。
「さて、暖まった事だし、気になる小屋を見に行くか」
 そう、クリスマスローズの丘は確かに綺麗だ。
 だがそれを写真に納めなかった理由がイマイチわからない。となれば、それを解明する為、リーアンがエリスを連れて来たかったと言う意味を調べるためには小屋に行く必要がある。
 武流は皆よりも先に小屋に近付くと、そっと戸を開けてみた。
 黴臭い香りが鼻を吐き、彼の眉間に皺が寄せられる。だが他に気になる点はない。
「危険はなさそうだ、中に入ってみようぜ?」
 言って中に入る武流。そして彼に続いてネジリ、蒼子、マヘル、ミコトも足を進める。
「さあ、入ろう」
 UNKNOWNに促されると、エリスは漸く中に足を踏み入れた。
 その表情が何処となく硬い。
「エリス、お前の親父は写真家だったんだよな? この辺の景色でもなんでも、親父に写真とかで見せてもらったって事はね‥‥おい、何か顔色が――」
「エリスさん、待って!」
 武流の声に重ねて蒼子が叫ぶ。
 この声にエリスの足が止まった。
 何事かと目を瞬く彼女の前で、ミコトも蒼子と同じ場所を見て眉を潜めている。そしてそれは、武流も同じだった。
「俺は、デューアって奴がお前をここに寄越したのは、自分じゃ探せないとか、そういう類のもんだと思ってた。あるいは‥‥重大な何かを知っていて、それを見付けさせるために、わざわざこんな回りくどいことしてる‥‥とかな」
 正直、俺には何だかさっぱりわからなかった。
 彼はそう言葉を続けると、エリスの顔を見て目を眇めた。
「さっきも言ったが、この辺の景色でもなんでも、親父に写真とかで見せてもらったって事はねぇか? お前の記憶だけが頼りなんだ」
 突然そのような事を言われてもわからない。
 そう表情を硬くするエリスに、蒼子とミコト、そしてネジリは顔を見合わせ、エリスを手招いた。
 これにエリスは素直に応じるのだが――
「‥‥これ」
 床に散らばった無数の写真と、その下や上に滴る赤の滴に、エリスの顔色が蒼くなった。
「ハウマンさんはこれがあることを知っていたのでしょうか‥‥」
 マヘルは小屋にあった手帳らしきものを持ってやってくると、エリスと同じものを見て呟いた。
「もしこれを知ってたとして、狙いは何だ?」
 エリスにこれを見せるためだとして、そこに何の意味がある。
 そう口にした武流の答えは直ぐに出た。
「これ、パパ‥‥」
 血痕が滲む写真の1つ。それを手にしたエリスに皆の目が向かう。
 写真は、金色の髪に優しそうな緑の瞳をした青年が映っている。その手には、傭兵時代に使用していた物だろうか、小銃が握られているのだが、カメラらしき物は何処にもない。
「これがリーアンさん?」
 問いかける蒼子にエリスは頷くが、彼女と写真の中のリーアン。2人が似ているのは雰囲気だけのような気がする。
「ねえ、エリスちゃん。この男の人は?」
 言ってミコトが取り上げたのは、リーアンと誰かもう1人が映る写真。
 その人物を見て、エリスの目が見開かれた。
「‥‥デューア」
 思わず零された声に、全員が写真を凝視した。
 リーアンと一緒に映るのは赤毛の青年で、彼は人好きのする笑みを浮かべて写真に納まっている。
 そして彼の首には、ここに来るまでも何度か目にしたカメラと同じものが下がっていた。
「このカメラ、エリスちゃんの持っているカメラと同じカメラ‥‥だよね?」
「写真の男がデューアって奴と瓜二つで、首からはカメラを提げてる‥‥単純に考えるなら、リーアンとこの男は友人同士で、デューアはその子供って所かしら」
 もしそうだとするなら、わからないことが多々出てくる。
 この小屋にデューアがエリス1人を導いた訳。
 この小屋に残る血痕。
 デューアそっくりの人物が首から下げるカメラがエリスの物と同じなのか。
 もしそうだとするなら、このカメラは如何云った経由でここにあるのか。
「頭がこんがらがりそうだな」
 武流はそう呟くと頭を掻いた。
 そこに、マヘルが持っていた手帳を持って近付いて来る。
「これ、記念ノートかと思って捲ったら、日記みたいなものが書いてありました‥‥それと、中にも写真が‥‥」
 マヘルはそう言うと、エリスに手帳を手渡した。
 そうして開いた手帳。
 その中に納まる写真と、書かれている文字を見てエリスは困惑したようにその場に座り込んでしまった。
「エリスちゃん!」
 慌てて駆け寄ったミコトに支えられて倒れる事は回避したが、手帳の中にあった事は、彼女にそれだけ衝撃を与えたのだろう。
 そしてそれを確認する術のない能力者は、中を見た唯一の人物――マヘルに目を向けた。
「‥‥中には、エリスさんへのメッセージと、幼い彼女の写真が‥‥その、父親らしき人と一緒に映ってて」
 ぽつり、ぽつりと零される声。
 その声に、エリスが震える手で、皆に見えるよう手帳を差し出してきた。
「マヘルさん‥‥大丈夫、‥‥自分で、見せれる‥‥」
「エリスさん‥‥」
 エリスが見せた手帳の中には、確かにエリスへのメッセージがあった。
 そしてそれと共に納められていた写真には、幼いエリスと、彼女の父らしき人物――デューアが一緒に映っていた。
「これが、奴の見せたかったもの‥‥なのか?」
 武流はそう口にすると、エリスと写真、そして血痕の残る床を見比べ、眉間に深い皺を刻んだ。


「父親が何を言いたかったか‥‥か」
 日暮れ近く、UNKNOWNはエリスを背負い、他の能力者と共に下山する準備を始めていた。
 結局、小屋で見つけられたのは血痕とそこに埋もれる写真。それと手帳だけだった。
 初めこそエリスは気丈に振る舞っていたが、最終的に肉体的にも精神的にも疲労してダウンしてしまった。
 彼女の記憶に頼るには、少し時間を置く必要があるのかもしれない。
「――さて、そろそろ帰るか。麓に行く前に暗くならない前に」
 この声に皆が歩き出す。
 そしてその姿を小屋の辺りから見詰める人物がいた。
 赤の髪に赤の瞳。
 逆光で表情は見えないが、その人物は下山する能力者にレンズを向けると、静かにシャッターを押した。