タイトル:戦闘少女現る?マスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/07 16:33

●オープニング本文


「ここが美少女戦士ビューティーホープの住んでいる場所‥‥」
 高いビルの屋上。
 そこから地上を見下ろすのは、黒の髪に黒の瞳、黒を基調としたフリルの衣装を着た少女だ。
 彼女は泣きそうな表情で目を瞬くと、ゆっくりその身を返した。
 その脳裏に過るのは、彼女を作り出した人物の言葉だ。

――その命に代えてもビューティーホープ(gz0412)を抹殺せよ。

 この体に生まれ変わったと同時に与えられた使命。
 それを全うするのが彼女の生きる意味であり、生きる使命だ。
「‥‥ビューティーホープ‥‥消す」
 そう呟き、少女は屋上から姿を消した。

●天使の園
 子供たちの楽しげな笑い声が響く。
「愛お姉ちゃん、ビューティーホープごっこ、しようよー!」
 久しぶりに出身の地である孤児院を訪れた君塚愛は、袖を引く園児に笑みを浮かべて腰を屈めた。
「うん‥‥今日は、ヒナちゃんが、ビューティーホープになる‥‥?」
 ヒナと呼ばれた少女は、愛の言葉に目を輝かせる。
 この表情を見れば彼女の答えは明白だ。
 愛はヒナの頭を撫でると、ゆっくり姿勢を正して周囲を見回した。
「それじゃあ、皆で美少女戦士ごっこ、しようか‥‥?」
 今まで各々で楽しく遊んでいた子供たちが、この声に一気に振り返った。
 それに愛の顔に笑顔が乗る。
 そうして集まってくる子供たちを迎え入れ、美少女戦士ごっこを始めようとしたのだが――
「ターゲット捕捉、狙撃準備完了‥‥」
 突如耳を打った声に愛の目が上がった。
 その時、想像もし得なかった光景が彼女の目に飛び込んでくる。
「――ッ、ヒナちゃん!!!!」
 目の前で崩れ落ちた少女。
 手に握り締められた紫の風呂敷は、ビューティーホープを演じる為に欠かせないものだ。
 愛は急ぎヒナに駆け寄ると、彼女の体を抱き起した。
 その上で周囲に視線を飛ばす。
「おねえちゃん‥‥ヒナ、死んじゃった‥‥の‥‥?」
 抱きしめたヒナの体は温かい。
 しかし――
 手に滲みてくる暖かな感触は、ヒナの生きる証――血液だ。
 それが流れ落ちていると言う事は、一刻を争う。
「皆は急いで園の中へ! ヒナちゃんも連れて行って!」
「で‥‥でも、おねえちゃんは‥‥」
 今いる中で一番大きな男の子が歩み寄る。
 その声に愛は表情を引き締め、ある一点を見詰めた。
 遥か先に在る電柱の上。そこに立つ黒い影に愛の視線が集められる。
「‥‥お姉ちゃんは、傭兵さんを、呼んでくるから」
 そう言いながら手を握り締める。
 愛は男の子にヒナを託すと、その場を離れようとした。
 だが次の瞬間――
「――ッ」
 腕に走った激痛に彼女の顔が歪む。
「おねえちゃん!!!」
「来ちゃダメ! 早く、園の中に入りなさいっ!!!」
 珍しく怒鳴った愛に、子供たちが竦み上る。
 それを気配で感じ取り、愛の目が子供たちに向いた。
「‥‥大丈夫、だから」
 ね? そう笑いかけた彼女に、子供たちはコクリと頷いて駆け出した。
 そこに再び銃弾が迫るが、それを愛の手が防いだ。
「っ、ぅ‥‥」
 文字通り、自らの手を犠牲にして庇った彼女に、更に銃弾が撃ち込まれる。
 まるでここに、ビューティーホープの手掛かりがある。そう言っているかのように執拗に仕掛けられる攻撃に彼女の身が揺らぐ。
 それでもこの場を動く訳には行かなかった。
 子供たちが安全に逃げ切るまで。
 それまでは動けない。
 それでも今の状態では攻撃を受け続けるのは限界だ。
 体内のエミタが危険を感じ、覚醒しようと疼き出す。
 しかし――
「‥‥今は、ダメ‥‥今、覚醒したら‥‥もっと、危険に‥‥」
 ビューティーホープは天使の園に縁がある。
 それがバレれば、余計にここが危険に晒されてしまう。
 愛は撃ち込まれる銃弾に膝を着きそうになりながら、必死に耐えた。
 そして最後の子供が園の中に消えると、彼女の身が大地に崩れ落ちた。
 そこに新たな弾丸が撃ち込まれるが、愛は動こうとしない――否、動けないのだ。
「ッ、‥‥、‥‥ここ‥‥から、離さなぃ、と‥‥」
 両の拳を握り締めて、震える腕で起き上がる。
 それでも最後まで立ち上がることが出来ず、彼女は再びその場に崩れ落ちてしまった。
「天使の園――ビューティーホープは、何処?」
 耳に響く声と足音。
 それに愛の目だけが動く。
「ビューティーホープは天使の園に関係がある。ドクターは、そう言っていた」
 淡々と紡がれる声とは対照的な、悲痛そうな表情に愛の目は釘付けになった。
「隠すと、アナタも死ぬ――否、殺す」
 カチリと響いたセーフティーを解除する音。それに愛の米神が揺れた。
 ビューティーホープに変身するか否か。
 彼女の中でその格闘が繰り広げられる。
 そして――
「時間切れ‥‥死ね」
 トリガーに掛けられた指、それがゆっくりと引かれた。

●参加者一覧

葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
王 憐華(ga4039
20歳・♀・ER
キョーコ・クルック(ga4770
23歳・♀・GD
リヴァル・クロウ(gb2337
26歳・♂・GD
奏歌 アルブレヒト(gb9003
17歳・♀・ER
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA

●リプレイ本文

 アスファルトを叩く靴音。
 能力者たちは、本部にて報告を受けた後、現場である天使の園に急行していた。
「っ、どうしてあそこで」
 キョーコ・クルック(ga4770)は天使の園に行った事がある。
 彼女はその場を思い出し、マスクの下の表情を歪めた。
「子供たちは、無事なの?」
「孤児院で暴れるとは‥‥迷惑この上ないです」
 不安そうに声を零すキョーコの肩を軽く叩き、王 憐華(ga4039)がポツリと呟く。
 そしてその声に同意するように葵 コハル(ga3897)がコクリと頷いた。
「まったくだ。孤児院襲うとかナニ考えてんだか、能力者と関係ある訳無い――」
 そう口にした所で、ハタと口を噤む。
 そう言えば、彼女が知る幼稚園の先生に能力者がいた筈だ。
「――とは、言えないか」
 複雑そうな表情を隠し呟く声に、隣を走る奏歌 アルブレヒト(gb9003)の目が向かった。
「何か、御存知で‥‥?」
「いや、こことは関係ないよ」
 大丈夫、そう言葉を切って首を横に振る。
 そこに湊 獅子鷹(gc0233)の声が響いた。
「そう言やぁ、誰か場所の情報とか持ってないのか?」
 彼はチラリと皆を見、そして首を傾げる。
 その声に、キョーコが答えた。
「園庭の広さはサッカーが出来る位だね。遊具は園庭に――」
 彼女の上げる情報は確実なものだ。
 皆はそれを脳裏に叩き込み、そして天使の園へ続く角を曲がった。
 その目に、見覚えのある姿が飛び込んでくる。
「君たちも来たのか」
 そう言いながら駆けて来るのは、市街地で銃声を耳にして駆け付けたリヴァル・クロウ(gb2337)だ。
 彼らは合流と同時に天使の園現状を目の当たりにした。
「ひでえ有様だな‥‥無抵抗な連中に手を出しやがってッ」
 言って獅子鷹が駆け出した先。
 そこには窮地に陥るビューティーホープ(gz0412)(以下BH)こと君塚愛の姿がある。
「天使の園――ビューティーホープは、何処?」
「‥‥あの敵、BHを探しているのか。確かに過去のキメラは設計者の意図が強く反映された局地型であった。故に、想像できるものではあったが‥‥」
 耳を打った声に呟くと、リヴァルは一気に脚を加速させた。
「時間切れ‥‥死ね」
 トリガーに掛けられた指に、愛の目が見開かれる。

 パンッ!

 響く銃声に愛の目が閉じられた。
 しかし、何時まで経っても衝撃が訪れない。それどころか、届く筈の風さえも、何かに遮断されているようだ。
「何‥‥、っ‥‥メイド・ゴールド?」
「お前の相手はこっちだっ!」
 長く靡く金の髪。
 それに目を見張る愛の前で、キョーコは行動全てを使い彼女の盾となっていた。
 上げられた声に透かさず撃ち込まれる弾丸。
 彼女はそれを自らの体で受け止め、愛を庇う。そして彼女と同じく、自らの体を張って愛を護る者がいた。
「抵抗できない一般人をなぶるとは‥‥、っ‥‥随分、イイ趣味してんのね!」
 コハルは盾を使用して弾丸を受け止める。
 しかしその衝撃は相当の物らしく、彼女の眉には深い皺が刻まれている。
「ッ‥‥貴女たち、何‥‥を――」
 至近距離で雨の様な銃撃を受け止める面々に、愛は堪らず声を上げた。
 そして血濡れた手で彼女達を下がらせようとするのだが、その手をリヴァルが掴んだ。
「ここは任せるんだ」
 キョーコやコハルと共に駆け付けた彼は、同行する奏歌に目配せをすると愛を抱き上げた。
 その姿に奏歌の目が強化人間を捕らえる。
「‥‥施設内部へ搬送します。‥‥いけますか?」
 敵の攻撃は味方が引き受けてくれている。
 現状ならばここを脱する事も可能だろう。
 2人は互いの目で頷き合うと、一気にその場を駆け出した。
「――逃がさない」
 すぐさま方向転換された銃口。それが園に去ろうとする姿を捕らえる。
 だがその引き金が引かれる事はなかった。
「その女に触んじゃねえ、ゴスロリ」
 白銀の髪が強化人間の視界を遮り、続いて銃声が響く。
 だがその攻撃を防御用義手『アイギス』で遮ると、獅子鷹はニィッと笑って片刃の太刀を開いた。
 深く踏み込んだ足が、強化人間の間合いに入る。そして一気に刃を薙ぐのだが、攻撃は空を掻き敵の間合いを外れた。
 敵は獅子鷹の攻撃を後方に飛んで避けると、銃撃を放ちながら園の方へ駆けて行く。
 絶える事無く放たれる攻撃は、接近しようとする者に容赦がない。
「チッ、さすがにチャカ相手にゃはきついか、こちらの反射神経じゃ」
 僅かに掠めた弾。
 それが頬に引いた軌跡を拭い、彼も駆け出す――と、その時だ。
「お待ちなさい!」
 響く声音と、足元に届いたエネルギーの射撃に強化人間の足が止まった。
 そして何事かと目が向かう。
「そうそう簡単に突破なんてさせません!」
 視線の先に居たのはマスクを装着した憐華だ。
 彼女はエネルギーガンを構えて叫ぶ。
「愛の戦乙女、ヴァルキリー・ホープ! ビューティーホープに代わりアナタを爆散します!」
「‥‥ヴァルキリー・ホープ?」
 そんな話は聞いていない。
 そう目を瞬くも、BHと名が出てくれば状況は違うようだった。
 強化人間は銃器の向きを反転させると、銃口を憐華に向けた。
 その様子に彼女の瞳が眇められる。
 これで敵の注意が此方に向き続ければ良い。それこそが彼女の目的でもある。
「‥‥どうか、ご無事で」
 憐華はそう呟くと、園の方を見詰め、そして敵に向き直った。


「治療場所に案内して欲しい」
「! 愛さん!」
 園に入ったリヴァルと奏歌はシスターを見付けるとすぐさま治療の出来る場所を欲した。
 そしてそれと同時に警告を発する。
「‥‥戦闘が始まっています。‥‥危険ですので‥‥皆をもっと奥の部屋へ集めてください」
 シスターはこの声に浮かぶ涙を拭って皆を誘導してゆく。
 その姿を見、奏歌は施設の少年に声を掛けた。
「‥‥怪我をした子はいますか?」
 この問いに、愛の前に銃撃を受けた少女――ヒナの存在が明らかになる。
 奏歌は愛をリヴァルに託し、ヒナの治療に向かった。
 そこで実行するのは並みの医療施設以上の治療だった。
「‥‥銃弾は、抜けていますね。では、これで足りるはず」
 超機械を介し使用できる多機能バイタルモニター。それを使用し少女の状態を確認すると、奏歌は錬成治療を彼女に施した。
 徐々に消えてゆく傷。
 しかし完全に塞がった訳ではないその場所に、奏歌は新たな治療を施す。
「‥‥傷が化膿しないように消毒もしておきましょう。‥‥手伝って、くれますか?」
 この声に、傍で治療の様子を見ていた少年は神妙な面持ちで頷くと、手伝う為に動き始めた。

 一方、園の奥に向かったリヴァルは、愛の状態を改めて確認し、眉を潜めていた。
「麻酔は利いたが、錬成治療が間に合わないか」
 そうは言うが愛の治癒力は常人以上のモノだった。
 それは一般人ではない、能力者の回復力――とは言え、失血が多い上に、打ち込まれた弾数も多い。
 きっと体内に数弾残っているだろう。
「弾を摘出しない事にはこれ以上の回復は無理と見える」
「ここに、そんな施設は‥‥」
「‥‥奏歌が出来ます」
 絶望的。
 そんな言葉が見えた時、ヒナの治療を終えた奏歌が入ってきた。
 彼女は愛のベッドに歩み寄ると、所持していた自作の医療器具を取出し、愛の状態確認に入る。
 そうして、ふと傍に控えるリヴァルに目を向けた。
「‥‥外へ出ていて下さい。園長は、奏歌の手伝いをお願いします」
 本格的な治療に衣服は邪魔だ。
 故に男性であるリヴァルには外に出て貰うのが一番だ。
 彼は奏歌の声に頷くと、治療の邪魔にならないよう外に出た。
 そしてふと園庭を見た瞬間、彼の眉が寄る。
「‥‥あれは‥‥」
 強化人間との戦闘風景。
 それを目にするや否や、彼は急ぎその場を後にした。


 降り注ぐ銃弾の雨。
 それを射程上に入らないようジグザグにそうこうして接近を試みるのは獅子鷹だ。
 彼は時折掠める弾に服や肌を傷付けられるが躊躇わない。その脳裏には、フリフリのドレスを年甲斐もなく着れる魔法少女は能力者――否、人類の貴重な財産だ。そんな考えがあるが、表情的にそんな事は微塵も感じさせない。
 何とか接近しようと苦戦を強いられている。
 そしてそれを援護する様にコハルも死角からの接近を試みていた。
 手にした淡く光る刃。
 それを見えない位置から一気に叩き込む。
 正面と側面、その両方からの攻撃に敵の両腕が動く。
 正面に構えたライフル、そして側面に向けた小銃が、自らに迫る攻撃主に吼える。
 狙いは完璧、しかし――
「敵は彼らだけではありませんよ」
 強かに降る声とエネルギーの砲撃に、強化人間が飛んだ。
 バク宙の体勢で構え直された銃器が、二丁共憐華に放たれる。
 先に放った攻撃は獅子鷹とコハルを撃ち抜いたが致命傷にならず、憐華に向けた攻撃も然りだ。
「‥‥目標変更」
 敵はトンッと地面に着地すると、その足が園に向かった。
 だが見す見す敵を通す訳には行かない。
 園への流れ弾を気にしていた憐華は透かさずその前に入る。
 だがこれこそ好都合。
「ヴァルキリー‥‥BHは何処‥‥?」
 スッと顔を覗き込む程に接近した敵に、憐華の足が飛ぶ。
 しかし開けた間合いはすぐさま閉じられた。
――早い!
 そう脳裏で叫ぶと同時に突き付けられた銃口に目を見開く。
 今度こそ1人を致命傷に。そう強化人間が引き金を引こうとするが、ここでも邪魔が入ってしまう。
「メイド・ゴールドの力見せてあげるよ!」
 急接近したキョーコの刃が光る。
 砂時計型のロングソードが、彼女の手の中で回転して強化人間の体に叩き込まれた。
 四方からの攻撃に防御の形を取った敵の身が揺らぐ。そこに再び彼女は刃を斬り込ませる。
「この距離はあたしの間合いだ!」
 狙うのは小銃。
 零距離からの攻撃には対応し辛いだろうと踏んでの攻撃。この考えは間違っていなかった。
 だが――
「‥‥武器は、それだけじゃ、ない」
 小銃を持つ腕が曲げられ、肘がキョーコの頬を強打する。
 その動きに一瞬怯むも、掴んだ間合いは手放せない。彼女は食い下がる様に刃を握り締め、それを振り上げた。
 敵もそんな彼女に銃口を向ける。
「そうだよ、あんたの相手はこっちだよ」
 囁き、上げられた口角に、強化人間の顔がハッと後方を捕らえた。
「そのまま死ね、邪道ゴス」
 背後から討ち込まれた連続攻撃に敵の体が飛んだ。
「がはぁッ!」
 肩から溢れ出る血。それと同時に吐き出された血液を見つつ、コハルが斬り込んでゆく。
「‥‥来る、な」
 小銃を投げ捨て、動く手が握るライフルがコハルを撃つ。
 だがそれらの殆どは、彼女が手にする盾によって遮られた。
 そして淡い光が軌跡を敷く。
「葵顕流、祓鬼! 桜嵐!!」
 まるで光るタクトを振る様に討ち込まれる連撃は、一見すれば無茶苦茶にも見える。
 しかしそれ等はコハルの狙い通りの場所を討ってゆく。
 その度に後退してゆく敵の足。
 そして最後の一打が敵の右手を薙いだ時、強化人間は鮮血を撒き散らし踏み止まった。
「‥‥ビューティー、ホープ‥‥抹消、する‥‥」
 蚊の鳴くような小さな声。
 如何見ても今が限界、そう感じられたのだが、敵は思わぬ行動に出た。
 決死の勢いで駆け出した先は園の施設。
 手にしたライフルはそのままに真っ直ぐに施設に向かう。
 しかし能力者たちがそれを見逃す筈もない。
「行かせません!」
 憐華は死角から隠密潜行で近付くと、敵の足を薙いだ。
 これに敵の体が土埃を上げて園庭に転がり込む。そうしてゆらりと起き上がった強化人間の目には、悲痛そうに歪められていた。
「‥‥ドクター‥‥失敗です」
「なっ!」
 獅子鷹は勿論、この場の全員が目を見張った。
 自らにライフルの先を向けた敵。
 強化人間が自害する。そうする事で浮かぶデメリットは彼らの中にもあるのだろう。
 獅子鷹は深紅の瞳と目を合わせると、一気に駆け出し、手にしている刃を敵の喉に突き入れた。
 だが、ギリギリの所で回避されてしまう。
 そこに遠方より援護射撃が降ってくると、獅子鷹は振り流した刃を、改めて叩き込んだ。
 攻撃は強化人間の胴に減り込み、嫌な音を響かせる。
 それでも敵の指は引き金に掛かったままだ。
 しかし彼の動きはこれで成功と言えよう。
「湊、感謝するわ‥‥――護剣術‥‥龍巣!」
 敵の右半身を突き、そのまま左に払うと、刃の勢いを借り、彼女の体が捻りを加えて脚甲で敵の胴を打ち抜いた。
 だが、攻撃の反動で動いた引き金は、容赦なく強化人間を撃ち抜く。そして全ての弾を吐き出すと、それらはゴトリと音を立てて崩れた。
「自殺を謀っただけ、か‥‥」
 リヴァルは援護射撃に使用した拳銃を下げると、無残な姿に変わった強化人間の姿を隠すよう様に、上着を掛けたのだった。


 戦闘終了後、愛は程なくして麻酔から目を覚ました。
「大丈夫? 災難だったと思うけど、自然災害みたいなモノだからゆっくり休んでね」
 コハルはそう言って、愛の頭を撫でる。
「それにしても、一般人‥‥しかも女子高生の女の子でしょ? パッと見じゃ鍛えてる様にも見えないのにフツーあそこまで――」
 保つ――そう問おうとした時、突然の愛に変化が起きた。
 覚醒は自らの意志で行うことが出来る。
 しかし命の危険に晒された時、エミタは宿主を護ろうと働く――つまり‥‥
「!」
 止血は終わっていた、治療も出来ていた。
 だが、出血が彼女の限界を超えてしまった。
 茶の髪、そして茶の瞳が紫へと変化し、BHを見た事がある者なら誰もが知っている姿へと変じる。
「‥‥細胞の回復速度からして能力者ではと思ったが」
 そう言うことか。リヴァルはそう呟き、そっと眼鏡を押し上げる。
 そして憐華も目を逸らすと、部屋を訪れた少年と目が合った。
「おねえちゃん、大丈夫‥‥?」
 今の愛はBHとして覚醒している。その姿を彼に見せる訳には行かない。
 憐華は彼の前に立つと、ニコリと笑んでその頭を撫でた。
「大丈夫ですよ」
「そうだぞ。お姉ちゃんは助かるからな」
 大丈夫だ。
 そう力強く笑んで見せる憐華と獅子鷹に、部屋の中を見ようとしていた少年の目が向かった。
「ここは治療の邪魔になっちまう。奥に行ってような」
 獅子鷹はそう言うと少年の肩を叩いた。
 これに彼は大きく頷いて去って行くのだが、問題は愛の方だ。
「‥‥傷もさる事ながら‥‥失血も酷いですね」
 奏歌が施した治療は愛の生命力の高さも手伝って、成功だった。
 それでも専門施設に比べれば完全とは言い難い。
「‥‥医療施設へ運ぶことをお勧めします」
 強化人間の脅威は一先ず去った。
 その事で提案する彼女に、全員が頷く。
 そして覚醒し、朦朧とした意識の愛にキョーコが近付いて来た。
「ほら、大事な物だろ?」
 言って彼女が差し出したのは、所々修繕を施した風呂敷だ。
 子供達とBHごっこをする時に使用する風呂敷。
 愛は力なくそれを受け取ると、大粒の涙を流して意識を手放した。