タイトル:堕ちた聖女マスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/21 17:27

●オープニング本文


 何処までも続くひまわり畑――そこを赤髪の女性が歩いていた。
 真新しい修道着に身を包み、手にはかなり長い包みを持つ彼女はシーリア・C・クレッセン。
 過去に『戦場に舞い降りた聖女』『祝福の歌姫』などと呼ばれた彼女は、つい先日まで修道院で静かに隠居生活を送っていた。
 だがその生活が突如終わりを告げたのだ。
「何故、あんなにも多くのキメラが‥‥」
 日常と化していた修道院での生活を奪ったのは無数の狼型キメラ。
 今まで獣の襲撃や、少数のキメラの襲撃ならばあった。
 しかしあれだけ多くのキメラが襲ってきたことはなく、彼女1人で守る事は出来なかったのだ。
 結果、傭兵が彼女を救出し、キメラの退治を行った。
「‥‥考えても詮無いこと」
 そう、今更起きたことは変わらないのだ。
 ならば考えるよりもすべきことが彼女にはある。
「身を隠せる場所を‥‥何処か、遠く‥‥」
 傭兵が来た結果知られてしまった自らの生存。それを隠す為には何処かに身を潜めるしかない。
 シーリアは進めていた足を止めると、鼻を掠めた潮の目を細めた。
「‥‥海‥‥?」
 耳を澄ませば僅かだがさざ波が聞こえる。
 彼女はその音と香りに誘われるように止めた足を動かした。

●UPC本部
 修道院襲撃の報告書を眺めていた山本総二郎は、報告書の中にある姿を消した修道女の情報に息を吐いた。
「やっぱり、シーリアさんだったか‥‥でも、なんで逃げたりしたんだろう」
 傭兵の中には彼女が本物かどうか疑う者もいたという。そしてその疑う心に従う様に、シーリアは傭兵を攻撃して去って行った。
――否、正しくは弾幕を張って姿を消したのだ。
「森の奥の修道院、偽装した声と容姿‥‥見つかりたくなかったのはわかるけど」
 総二郎は言葉を切ると席を立った。
「なあなあ、総ちゃん。このまえ聖女様の生存が確認されたんだろ? 美人だったのかとか、美声だったとかなんか情報ないのか?」
 突如掛けられた声に目を向けると、総二郎と同じくオペレーター業務につく同僚と目が合った。
「いや、あまり詳しい情報は手に入んなかった」
「そっかぁ。でもアレだろ」
 同僚はそう言って顔を近付けると、周りを気にしたように見回して声を潜めた。
「聖女様は人を殺したせいで傭兵職を退いた‥‥そんな噂があるんだろ?」
「え?」
 初耳だった。
 自称、シーリアフリークの総二郎が知らない情報を同僚が知っていることも驚きだが、傭兵時代には聖人のように扱われていた彼女が人を殺めたということが驚きだ。
「それ、誰から聞いたんだ?」
 思わず同じように声を潜めた総二郎に、同僚は更に声のトーンを落とす。
「聖女様に良い人がいたのは知ってるだろ」
 聖女と呼ばれていてもシーリアの人の子だ。
 神以外に心を寄せていても何らおかしくはない。そしてそれは周知の事実でもあったことだ。
 頷きを返した総二郎に、同僚も頷きを返すと、信じられない言葉を口にした。
「聖女様が殺したのはその良い人で、この情報は殺された相手の弟からの情報だ」

●堕ちた聖女
 海辺の小さな教会は、潮風で錆びかけた十字架を掲げる密やかな佇まいをしていた。
 シーリアはその姿を視界に留め、言葉無く胸元で十字を切る。そうして前に出した足が、不意に止まった。
 潮騒の他に、何かが耳を掠める。
 水を割るような音、砂を掻くような音、風を巻き起こすかのような音。
「何が――」
 音の存在を確認しようとした彼女の目に影が射した。
 咄嗟に身を引いて飛び退いたその場に叩き込まれた巨大な手。目を上げて辿った先に見える長い鼻。
「象‥‥違う、此れは――キメラ」
 背に生えた羽根は蝙蝠羽のように大きく、羽ばたく度に旋風を放つ。
 シーリアは襲い掛かる旋風を、布に巻いた銃を開放して吹き飛ばした。
 だがキメラの目標は彼女ではなかったようだ。
 進行方向を前に据えているが、目は彼女の後ろにある教会に向いている。
 あそこに何かあるのだろうか。そう思った時だ。
 子供たちの賑やかな声が彼女の耳を打つ。
「ッ、駄目!」
 咄嗟に進行方向に飛び出た彼女に、キメラの巨大な足が喰い込む。
 それを銃身でなんとか受け止めながら、彼女は鈴のように澄んだ声で叫んだ。
「お逃げなさい! 速くっ!!」
 本来ならば声が届くか届かないかの距離。
 歌うことからも、声を放つことからも離れていたが、声量はまだ生きていたようだ。
 響く声に子供たちが異変に気付いた。
 そして神父を呼んで避難が開始される。それを感覚で知った彼女は、足を受け止める腕に力を込めた。
「――聖域を脅かす事、何人たりとも許しません!」
 言葉と共に振り上げた腕に巨体が揺れる。
 離れた足と自由になった自らの腕。
 シーリアは銃身を構え直すと、攻撃を放つ術を持つ銃口を敵に向け、金色の瞳に炎を宿したのだった。

●参加者一覧

水無月 春奈(gb4000
15歳・♀・HD
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
夜月・時雨(gb9515
20歳・♀・HG
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
不破 炬烏介(gc4206
18歳・♂・AA
寺島 楓理(gc6635
26歳・♀・HA

●リプレイ本文

 高速移動艇へ向かう途中。
 山本総二郎は能力者からの質問に目を瞬いた。
「‥‥シーリアさんの想い人の名前、ですか?」
「はい。お噂に関してはお伺いしましたが、どちらを信じるかの前に理由を、知らねばなりません」
 そう口にするのは、デザート迷彩に赤薔薇の腕章を着けたメシア・ローザリア(gb6467)だ。
「‥‥尤も、シーリア様が殺した、という事はない話でもありませんが‥‥」
 事前に聞いたシーリアが最後に目撃された場所。そこには複数のキメラとバグアがいたと言う。
 それを思えば無い話ではない。
「戦地に派遣されたシーリアさんは、想い人さんと一緒に戦って、そこから消息を絶ったのですよね」
 メシアと総二郎のやり取りを聞いていた水無月 春奈(gb4000)は、そう言って頬に指を添えた。
「消息を絶つ直前‥‥つまり、シーリアさんが想い人を殺めたとされるその場面を目撃した人はいないのではないでしょうか」
 この疑問は尤もだが、いない可能性の方が高い。
 もし目撃した者がいれば、噂が先行する必要はない。噂ではなく事実として何処かに記されるべきなのだ。
「何にせよ、そこで、何かが起こったと考えるのが一番でしょう‥‥何かが――」
 メシアはそう呟くと、何とも言えない表情で目を伏せた。
 その上で首に下げているロザリオに唇を寄せる。
「わたくし達が彼等の負い目を許しましたように、わたくし達の負い目をもお許しください――マタイ6章12節よ」
 この言葉が何処に向かうのか、それは彼女にしか知り得ない。
 メシアはこの言葉を機に口を閉ざす。すると、今度はそこにたどたどしく低い声が響いてきた。
「聖女‥‥敵、討つ者。裁く者‥‥俺、と。同じ、か‥‥彼女は、善‥‥だろう、か?」
 表情無く口にするのは不破 炬烏介(gc4206)だ。
 彼もまた、シーリアの想い人の名前を聞きたいと思っている。
 それらの声を聞き止め、総二郎は自らの記憶を辿る。
 彼女たちが知りたがっている想い人の名前‥‥
「確か、ジョニーなんとかさん、ですね‥‥下の名前が定かじゃないですが、ファーストネームはジョニーさんだったと思います」
 首を捻る様子から、本当に出てこないのだろう。
 思案気に答える彼を責める者はいない。
 そんな中、寺島 楓理(gc6635)は戦場に響いたと言うシーリアの歌声を想い、僅かに口角を上げていた。
「聖女様ねぇ‥‥、その歌声は聞いてみたいトコだ」
 ハーモナーであり、ラップで天下を取る事を夢見る彼女からすれば、祝福の歌姫と呼ばれたシーリアの歌声を聞いてみたいと思うのは当然の事なのかもしれない。
 だが、シーリアは唄うことを止めたと聞いた。それを考えると歌声を聴くのは難しいかもしれない。
「いやだってんなら、楓理はどうでもいいけどね」
 それでも聞いてみたいのは確かだ。
 それでも強要は出来ないと考えている。
 それに‥‥
「やめちまった理由聞くなんて野暮だろうし、自分も逃げてるしな‥‥」
 楓理はそう口にすると、思案気に視線を落とした。
 そして楓理の様子を視界に納め、夜月・時雨(gb9515)は自らの手に視線を落としていた。
 はじめてシーリアの噂を耳にした時から、何処か似ていると感じ、教会とそこに住む子供たちを護るために戦っていると聞き、どうしてもその場に向かいたいと思った。
「‥‥祝福の歌姫」
 口にして、ギュッと拳を握り締める――と、皆の足が止まった。
「これで現地に急行してください。出来る事ならシーリアさんを本部まで連れて来て欲しいですが‥‥」
「出来る限りのことはやってみるよ。まあ、あんまり期待しないで待っててよね」
 総二郎は皆に高速移動艇の着陸場所を報告すると、スッと頭を下げた。
 そんな彼の肩を楓理が叩き励ます。
 そして皆の姿を見送り、最後に足を動かしたシクル・ハーツ(gc1986)は、僅かに息を吐くと口中で呟いた。
「恋人を殺した‥‥か。身に覚えのある話ね‥‥」
「え?」
 通り過ぎ様に聞こえた声に総二郎の目が瞬かれる。
 それに小さく首を横に振ると、彼女は総二郎に向け笑みを零した。
「ううん、今は考えるより目の前の命だね‥‥行ってきます。報告、期待していてください」
 こう言葉を向け、シクルは頭を下げると高速移動艇に乗り込んで行った。


 高速移動艇を降りた後、一行は巨大な咆哮を耳にした。
 大地を裂く巨大な音は、降りたその場所からまだ先のようだ。
「先に向かいます」
「わたくしも同行させてください」
 三輪のトライク形態のAU−KVに乗った春奈に、メシアはそう言葉を掛けて脚力強化に掛かる。
 これに春奈は頷きを返し、2人は一気に砂浜を駆けた。
 そうして見えてきたのは、象の体を持つ羽根の生えたキメラだ。
「‥‥どこかの神話に出てきそうないでたちですが‥‥人を傷つけるというのなら、倒してしまいましょう」
 呟き、エンジンを加速させる――と、直後、彼女の騎乗するAU−KVの前方が輝いた。
 そして速度を上げるたびに広がって行く光が翼のように広がる。
「‥‥水場に飛ばすとあの鼻です。水を噴射されは厄介ですからそうならないように配慮しましょう」
 視界にはキメラとシーリア、そして海が入っている。象と言うことは水の属性に関与している可能性が高い。
 春奈はそう呟き一直線にキメラに向かう。
 これを目にしたシーリアが目を見開いて足を下げるが動きが及ばない。
 そこに助けの手が伸びた。
「此方へ!」
 腕を引く感覚に目を向けると、そこにはメシアが立っていた。
 彼女は、シーリアを春奈の攻撃線上から離脱させると後方に庇った。
 その瞬間に激突したAU−KVとキメラ。
 衝撃で彼女たちの目の前で砂塵が舞い上がるが、敵を転倒に追い込むには重量と大きさが邪魔をしている様だ。
 キメラは重い足を踏ん張って攻撃に耐えると、長い鼻を振るって新たに加わった自身の敵を振り払おうとした。
 だが攻撃は届かない。
 瞬時に取った間合いで、彼女たちはキメラの攻撃を避けることに成功したようだ。
 メシアは盾を装備した状態でシーリアを振り返ると、全身にダメージを受けている彼女に眉を潜めた。
「今、傷を癒します」
 どれだけの時間攻撃に耐えてきたのだろう。
 メシアは癒しの詩を紡ぐと、すぐさま彼女を背に盾を構え直した。
 そこに砂音が響く。
「大丈夫か!」
 どうやら他の仲間が到着したようだ。
 シクルはAU−KVを纏った春奈とメシア、そしてシーリアの無事を確認してホッと息を吐く。
 その上で自身の身の丈よりも遥かに高い両刃の太刀を構え、切っ先をキメラに向けた。
「よし、なんとか間に合ったみたいだな。加勢する」
 そう口にして前に出ると、他の面々も動き易い位置にその身を置いた。
「そこのヘンテコな象調子こいてんじゃねぇぞう」
 楓理は象に指を突きつけて叫び、メシアを見る。
 その上で互いに頷き合うと、彼女の目が再び像を捉えた。
「さて、楓理の音楽を聞いて貰うぜ!」
 吸い込んだ息が勢いよく音楽を紡ぐ。
 彼女が歌うのは眠りを誘う歌。これに添い、メシアは息を吸い込むと、チラリと時雨を見る。
「援護頂ける?」
「勿論です」
 歌を邪魔されては意味がない。そう語るメシアに頷きを反すと、時雨は盾の付随したガトリング砲を構え前に出た。
 これに春奈も同意して前に出る。
「‥‥教会にも、味方の攻撃にも行かせません。この場があなたの墓場です」
 硬くなる防衛線は、教会への道をしっかりと塞いでいる。
 これを目にしたからだろうか。
 キメラが不意に前脚を大きく上げた。
「うおっ‥‥あっぶねぇー、踏みつぶされるとこだったー」
 間一髪の所で避けた楓理に、急ぎメシアが援護の息を込め呪縛の歌を紡ぐ。
 それに改めて彼女も前を向くと、不意にシーリアの呟きが耳に届いた。
「‥‥何故」
 教会を護る意味は分かる。だが自身を護る意味が分からない。
 先の依頼でシーリアは味方に銃口を向けた。
 それを知らない面々では無いはず。
 だが、その問いを受けた時雨は、彼女を振り返ることなく言葉を返した。
「何かを護りたいと想う心を持つ者、其れだけで力を貸し合せ護る理由は十分です」
 この言葉にシーリアの目が見開かれる。
「私は仲間を決して見捨てない」
「‥‥仲間‥‥私が‥‥?」
 久しく耳にしていない言葉なのだろうか。
 訝しげに呟く声に、時雨は静かに頷く。
 そして――
「其れに何処か似ているのですよ、私達は‥‥」
 似ている――それは、戦場の修道女と呼ばれることのある彼女だからこそ出てくる言葉だ。
 シーリアはその言葉を胸に手にした銃身をひと撫でする。そこに眠りと呪縛の二種類の歌が響いてきた。
 同じ属性ではないにしろ、見事に調和してゆく2つの歌にキメラの動きが鈍くなる。
「もらった!」
 シクルは動きの鈍くなった相手に、目にも止まらぬ打撃で足を討つ。
 これに敵が大きく呻いた。
 尚も紡がれる歌はと痺れを、与えられる攻撃は痛みを伴いキメラを傾けさせる。
 だが敵もただで倒れる気はないようだ。
 大きく雄叫びを上げたかと思う、背に生えた羽根で疾風を放った。
 これに前衛で盾を構えていた春奈と、時雨が呻く。
「っ‥‥ここで負けるわけには行かないのですよ‥‥この身は人を救うためにあるのですから」
「――同意です」
 春奈の声に頷いた時雨は、盾の向きをそのままにガトリング砲を放つ。これがキメラの顔面を撃った。
 衝撃にキメラが後方に下がる。だが、退路を塞ぐよう間合いを保って立っていた炬烏介が敵の動きを遮った。
「‥‥来た、か‥‥ソラノコエ、言う。『<裁キ>ヲ‥‥死罰ヲ以テ贖イトセヨ』――殺してやる‥‥」
 スウッと細められた両の目が狂気を帯び、右手に炎に似た燐光が舞う。
 彼は拳を握る事でそれを増大させると、赤黒い篭手型の武器を振り上げた。
「‥‥痛がれ‥‥そして、みっともなく、死ねよ‥‥!」
 本物の炎を纏うかのように振り下ろされた拳。それが象の足を討つ。
 これにキメラが再び呻いた。
 振り上げた鼻が何かを求めるが届かないらしい。代わりに加えられる旋風を回避すると、炬烏介は両の目を眇められた。
「死ね、よ‥‥――虐鬼王拳!」
 打撃に弱い部分。それを見定め、彼の拳が敵の胴を打つ。
 この一打が、完全にキメラの身を傾けさせた。
「前にでる‥‥!」
 シクルはこの機を逃さなかった。
「もう一度動きを止められるか?」
 この声はメシアと楓理に向けられている。
 2人は彼女の声に頷き、再び詩を紡ぐとキメラの動きを制御に掛かった。
「助かる! ここで決める‥‥!」
 口にして振り上げた大振りの太刀。
 キメラは慌てたように羽根を動かすが、同じ攻撃は二度通用しない。
 時雨が弾丸の雨でそれを遮ると、出来た隙に炬烏介が飛び込んだ。
「‥‥死ね!」
 砂を巻き上げ飛んだ彼の身が、重力を足して炎の燐光と共に敵の頭部に落ちてゆく。
 そんな彼の視界端には、同時に太刀を叩き込むシクルの姿が捉えられていた。

 ドオオオオン。

 砂煙をあげて倒れ込むキメラ。
 そこに誰ともなく加えられた一撃が止めとなり、キメラは動きを停止した。
「メシア上手くいったな、協奏」
 楓理はそう言って、踏み固めた砂の上に両の足を置いてグッと親指を立てて見せたのだった。


 戦闘終了後、シーリアはシクルの言葉に動かし始めていた足を止めた。
「子供たちの為に一人であんなキメラに立ち向かうなんて、噂通り強くて優しい人なんだね」
「私は、別に‥‥」
 そんなつもりではない。そう言葉を紡ごうとした所で、新たな言葉が彼女の口を閉ざす。
「後悔してる?」
 不意に投げかけられた言葉に、彼女の目が見開かれた。
「‥‥ごめんね、話‥‥聞いちゃったんだ‥‥。でも、その様子だと、本当、の事みたいだね‥‥」
 躊躇いがちに紡がれた言葉は、彼女にとって聞きたくない物だったのだろう。
 無言で踵を返す彼女の腕をシクルは掴んで引き留める。
「‥‥あまり一人で悩んじゃだめだよ?」
 1人で悩めば悪い方に考える。そう言う彼女に、シーリアは無言の視線を投げかけた。
 それを受けてシクルの目が下がる。
「余計なお世話だったらごめんね‥‥。私も‥‥同じ事で苦しんでた事があるから‥‥」
 そうは言っても、触れない方が良かったのかもしれない。そう思い後悔を覗かせたシクルの肩を、メシアがそっと叩く。
「怪我は、御座いませんか?」
 問いはシーリアに向いていた。
 この声に、シーリアの視線が外される。
「シーリア様が何を考えて行動しても、わたくしは依頼を受けた以上救出致します」
 行動の理由は人それぞれだから。
 信じるかどうかは自分の問題であり、もし後ろから撃たれようとそれは自分が成した結果だと、彼女はそう考えている。
「わたくしは、わたくしの方法で救出いたしますわ」
 なんとも真っ直ぐな言葉だった。
 その言葉に視線が落ちる――と、そこに楓理の声が届いた。
「シーリア、そろそろ、腰据えるのも悪くは、無いと思うけど‥‥ここに来たことに意味有ると思わないか? 逃げようが、隠そうが、結局逃げられないもんだろうに」
 違うか? そう問いかける彼女に、漸く彼女の目が皆を捉えた。
「もし、行くと言うのなら行きなさい、貴女には行く理由が在るのでしょう」
 無理強いはしない。
 そう言葉を掛けると、仕草は彼女の為に道を開いた。
 これに僅かな躊躇いが覗く。
「ただ覚えておいて下さい、貴女が困る事が有れば私は何処にでも駆けつけるつもりです」
「‥‥私は」
 突っぱねることも逃げることも出来る。
 そして差し伸べられた手を取る事も出来る現状で、シーリアは躊躇いに視線を落とした。
 そこに思わぬ言葉が届く。
「『人殺シ』‥‥そう聞いて、此処へ、来‥‥た‥‥<裁く者>。お前は‥‥善、か?」
――人殺し。
 炬烏介は兼ねてより問いたいと思っていた言葉を投げかけた。
 これにシーリアの息を呑む音が聞こえる。
「ジョニー‥‥火、の無い所に。煙は、立たない‥‥」
 久しく聞いていなかった名に彼女の瞳が揺れる。
 それでも炬烏介は問いを止めない。
「再度、問う。神の僕。お前は‥‥善か? 贖罪<裁キ>の初歩、は‥‥ソラは言う。『罪ヲ明ラカニスル事』だ」
――罪を明らかに。
 この言葉に顔ごと視線が逸らされた。
「‥‥今は、まだ‥‥されど‥‥」
 ここで逃げるのは終わりかもしれない。
 シーリアはその言葉を呑み込むと、不意に触れた手の温もりに目を上げた。
「大きな怪我は無いようですが‥‥しっかり処置しておきましょう」
 穏やかに微笑む顔と共に振ってきた声。
 それに瞼を伏せると、シーリアは緩く頷きを返し、久しく訪れていない場所への帰還を決めた。