タイトル:お呼びでない春が来たマスター:朝臣 あむ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/29 18:59

●オープニング本文


 梅の花が綻びはじめ、桜の蕾が膨らみ始める頃、辺りは近づく春の気配に浮足立っていた。
「‥‥蕾が、たくさん」
 家族連れが訪れる少し大きな公園。
 その中央に作られた円形の花壇の前で、1人の少女が水を撒いていた。
 小さな蕾を膨らませ、もうすぐ咲こうとする花々。そんな彼らに水を与えながら、彼女は大きめの眼鏡を指で押し上げた。
 三つ編みお下げにジャージ姿。どう見ても冴えない容姿の彼女の顔には、顔面を隠す程に大きなマスクが着けられている。
「早く大きくなって、綺麗なお花‥‥いっぱい、咲かせてね?」
 厚いレンズで見えないが、きっと笑顔で水を撒いているのだろう。
 弾んだ声がなんとも楽しそうで微笑ましい。
 ただ1つ気になるのは、声が微妙に鼻詰まりと言う事だろうか。まあこの季節、花粉症などというものもあるので、仕方ないと言えば仕方がない。
「そう言えば‥‥来週、針を設置するって‥‥博士が言ってましたね。晴れれば良いけど‥‥」
 呟き、更に水を撒こうとした所で、彼女の動きが止まった。
 目を瞬き見据えた先。そこから響く人の声に、彼女の顔が上がった。
「あれは――」
 目に飛び込んできた満開の桜。
 春は間近。早咲きの桜なら咲くこともあるだろうが、どうも状況がおかしい。
「桜が、歩いてる‥‥?」
 遊歩道を真っ直ぐ進んでくる桜。
 白の着物に満開の桜髪。伸びた手足は木の幹で出来ており、明らかに人ではない存在に彼女の表情が引き締まる。
「キメラ‥‥急いで倒さないと――‥‥ッ」
 そう言って踵を返そうとした時、再び少女の動きが止まった。
 そして――
「ふぇ、えっくしょ☆」
 盛大に漏れたクシャミに、目が瞬かれる。
(なんで、今‥‥この近辺に杉の木はないし‥‥)
 先程まで納まっていた花粉によるアレルギー症状。それがいきなり始まったことに彼女の首が傾げられる。
 だが、その答えはすぐに出た。
「はーるよこーい!!」
 キメラが奇妙な叫びと共に手を翳した瞬間、指先から黄色い粉が放たれたのだ。
 それが風に乗って彼女の元に届く。
「ほぁ‥‥ふぁ、っふしゅん!!」
 ムズムズする花と、痒くなる目。
 間違いない。あのキメラが放ったのはこの季節もっとも憎むべき存在――スギ花粉だ。
「さ、桜なのに‥‥っ」
 ふるふると震える拳を握り締めるが、出てきてしまったものは仕方がない。
 彼女は頭を過る様々なツッコミを呑み込むと、急ぎ踵を返しこの場を駆け出したのだった。

 遊歩道を歩くキメラは、円形の花壇の前までやって来ると、逃げ惑う人々に手を翳した。
「はーるよこーい!!!」
 放たれるスギ花粉。
 これに花粉症の人々が一斉にクシャミを始める。こうなると逃げるどころではないのだろう。
 足を止め、クシャミ鼻水と格闘する人々に、キメラが嬉々としてその身を揺らした。
 次の瞬間、満開の髪から無数の花弁が放たれた。
 それが渦を巻き、花吹雪となって人々に向かう。
 その勢いは尋常では無く、ただの花弁であっても痛い筈。しかし襲い来る花弁は普通ではなかった。
 地面に深く突き刺さったそれが、異様な鋭さを帯びて雑草を切り裂く。
 そして容赦なく逃げ遅れた人々に向かったところで、紫の電流が駆け抜けた。
 これにキメラの動きが止まる。
「そこまでよ!」
 円形の花壇を華麗に飛び越え登場したバイク。
 そこから飛び降りた紫の髪の少女が、勢いよく襲い掛かる花弁を弾き返した。
「春を呼んで花を咲かすのは、アンタの頭の中の花だけで充分! 今年は特に多い花粉を無差別にまき散らして、いい迷惑だわっ!」
 そう言い捨てると、彼女は近くで逃げ遅れた人々に目で逃げるよう合図をして、キメラの前に立ち塞がった。
 その上で紫の衣装を靡かせてキメラに指を突き付ける。
「気象庁と環境大臣が許しても、この私がゆるさ‥‥――ふぁ、ハ‥‥ハッ、クシュンッ!」
 ズズッと啜った鼻。
 どうやら彼女も花粉症らしい。
 急ぎマスクを着用すると、微妙に締まらない格好でキメラを見据えた。
「鼻水クシャミ、鼻詰まり! 何でもかんでも杉を植えれば良いってもんじゃないのよ!  何もかもひっくるめて、この世の誰かが許しても、この私――正義の味方、美少女戦士ビューティーホープが許さない! らす☆ほぷの傭兵に代わって、爆散してあげるわ☆」
 そう言い捨てると、彼女は華麗にポーズを決めて地面を蹴った。
 その瞬間、彼女の手がバイクに触れAU−KVを纏う。そこに花吹雪が襲い掛かった。
「無駄よ。そんな攻撃効かな――ッ‥‥!」
 身軽に花吹雪を避けようとした彼女の足が止まった。
 飛び上がろうとする動きを止めて、突然防御に転じたのだ。
「っ、く‥‥ぅ‥‥」
 全身に突き刺さる無数の花弁。
 明らかにダメージを受ける状況にも拘わらず、彼女は動こうとしない。
 それどころか防御を深くしてこのまま、ここで持ち応える気でいる様だ。
「‥‥―――ッ」
 その間にも突き刺さる花弁。
 次第に抑えることが厳しくなってきた攻撃に、彼女の目が後方に飛んだ。
(‥‥あと少しで、咲くのに‥‥)
 背後に控える円形の花壇。
 もうすぐ蕾を開く花々が、攻撃を受ければ全て無駄になってしまうのは確実だ。
「――‥‥守って、見せる」
 彼女はそう呟くと、反撃の瞬間を狙って攻撃を受け止めた。

●参加者一覧

紅 アリカ(ga8708
24歳・♀・AA
彩倉 能主(gb3618
16歳・♀・DG
シン・サギヤ(gb7742
22歳・♂・EL
獅堂 梓(gc2346
18歳・♀・PN
ミコト(gc4601
15歳・♂・AA
クリスティン・ノール(gc6632
10歳・♀・DF

●リプレイ本文

 穏やかな昼下がり。
 天気も良く、芽吹き始めた緑が美しい公園で、シン・サギヤ(gb7742)は読みかけの本を手に、公園のベンチに腰を下ろしていた。
 僅かな木漏れ日で柔らかくなる日差し。
 それを頼りに活字に目を落とす。
 そうして読み進めるのは、少しばかり他の人とは趣向の読み物だ。
 彼は穏やかな表情でそれを読み進めると、ふと耳を掠めた音に顔を上げた。
「‥‥?」
 ざわつきとも、歌声とも違う。
 昼間の公園で流れるには、不釣り合いな音。
「想像以上に騒がしいな」
 呟いたシンの目に、黒い髪が飛び込んできた。
 それに彼の目が動く。
「緊急の通報を受けて来て見れば、これは随分と酷いです‥‥」
――緊急の通報?
 シンの脳裏に疑問が過り、彼は思わずその人物を見詰めてしまう。
 それに気付いたのだろう。茶の瞳が彼を捉えた。
「この公園にキメラが出現したようです。逃げるならば今の内にするです」
 そう言い置いて、ここまで持ってきていたものを起動させた。
 彼女――彩倉 能主(gb3618)が起動させたのは、自らで散華零式と名付けたAU−KVだ。
 彼女はそれを纏うと、音のする方を見据えた。
「まずは一般人の保護が優先です」
 そう呟くと、能主は一気に駆け出した。
 それを目にしてシンも急ぎ本を閉じると、僅かに眉を寄せた。
「キメラだと? まったく‥‥新春を満喫しているのに邪魔をするとは無粋な奴め」
 この穏やかな時間を邪魔するモノがいる。
 そう聞いて黙っていられる訳もない。
「キメラは、基本的に皆殺し‥‥」
 彼は何故か装備していた杖と盾を握り締めると、静かな呟きを残して駆け出した。

 時を同じくして、クリスティン・ノール(gc6632)もまた公園の異変に気付いていた。
「なんだか公園、何時もと違って騒がしいですの」
 呟き、幼い顔が辺りを見回す。
 そうして捉えたのは、桜の木――否、桜の木を頭に添えた人型キメラ――ハルコイだ。
「キメラですの! 大変ですの!」
 わたわたと慌てて駆け出す少女。
 その足がキメラの射程内に入る直前に止まった。
「何だか誰か、紫の髪のおねえさまが既に戦って‥‥ます‥‥ですの?」
 桜の木の形をしたハルコイの前。
 その場を動くことな花弁型の刃を受けるのは、紫の髪を持つ少女――ビューティーホープ(gz0412)だ。
 彼女は何かを護るように、じっとその場で耐えている。その姿にクリスティンの目が動いた。
「――後ろのお花‥‥大変ですの!」
 彼女はそう叫ぶと、急いで駆け出そうとした。
 そこに黄色い粉が飛んでくる。
「‥‥、‥‥ハックシュッ」
 急に鼻がムズムズしたと思ったら如何いう事か。突然出たクシャミに彼女は目を瞬き、首を捻った。
「あれは、花粉ですの?」
「は‥‥はた迷惑な‥‥」
 いつの間に傍に来たのだろう。
 着けていたマフラーを持ち上げて、鼻と口をガードした獅堂 梓(gc2346)が、クリスティンの横に立ち眉を潜めている。
「こんなんじゃ、お花見の場所を探してる場合じゃないじゃない」
「えっと‥‥?」
「アナタは花粉症なの? だとしたら、辛いわね」
「ええと、クリスは花粉症じゃないですの。でもこんな量の花粉は大変ですの」
 彼女はそう口にすると、何故か持っていたゴーグルで目をカバーして小さく拳を握り締めた。
 それを目にして、同じく何故か持っていたゴーグルで目をカバーする梓。
「ボクも、花粉症はないけど、かかりたくはないからねっ」
 2人は顔を見合わせると、小さく頷き合い、そして駆け出した。
 向かうのは勿論、キメラの元だ。
 2人は互いの武器を握り締め、一気に距離を縮めてゆく。そうしてビューティーホープと合流する直前、梓は初実践投入の超機械を見た。
「いけるっ!」
 呟いた瞬間――
「システムチェック良し! フィールド展開! 機械装甲アルストロメリア起動!!」
 地に着いた足、そこを中心に発光する超機械。それを両手両足に装備すると、彼女の口と鼻を覆うマントがヒラリとはためいた。
「はーるよこーい!!」
 現れたハルコイにとっての敵。
 そんな彼女たち目掛けて黄色い花粉が放たれる。
「コルァっ! 桜は花粉なんぞ飛ばさない!」
 梓はそう叫ぶと、一度距離を計って花粉を回避し、もう一度接近を試みた。
 その間に、クリスティンが攻撃に移る。
「助太刀しますですの!」
 銀色の刃を構え振り下ろす。
 途端に放たれた衝撃波が、花粉を吹き飛ばした。
 その上で一気に距離を詰めて、キメラの枝に一撃を見舞う。
 そうしてビューティーホープとキメラの間に入ると、彼女は刃を構え直してキメラを見た。
「紫の髪のおねえさま、大丈夫ですか!? ですのっ」
「‥‥あなた達は」
 ビューティーホープは訪れた味方に目を見開き、そして膝を着いた。
 そこに新たな攻撃を見舞おうとキメラが満開の頭を振り乱す。
 直後、花弁の刃が彼女たちに迫った。
 だがそれは、射程に入る前に全て落とされてしまう。
「‥‥また、騒ぎに巻き込まれてるのね」
 呟き黒き刃を手に現れたのは紅 アリカ(ga8708)だ。
 彼女は冷静にそう口にするとビューティーホープを一瞥してハルコイを見た。
「‥‥そんな事しなくても、春は自然にくるものよ」
 キメラの鳴き声に関してのツッコミだろうか。
 だがビューティーホープにはもっと突っ込みたいところがあった。
「‥‥随分と用意周到だけど、まさか――」
 アリカの顔には、花粉ガード用のフェイスマスクが着けられている。これは、ビューティーホープがクシャミをしているのを目にして装備した物だ。
「‥‥対策は常に万全に、ね」
 にこりともせずに言われる言葉に、言葉に詰まる。
 だが彼女が言う事は正論。
 ここはグッと堪えて、キメラに集中することにした。
「‥‥何にせよ煩いのは確かだし、早く片付けましょう‥‥」
 アリカはそう言うとキメラを見た――と、その瞬間、キメラの体が大きく傾いた。
 体勢を崩したキメラは、慌てて能力者たちと距離を置いて頭を左右に振る。
 何が起きたのか、自分でも良くわからないらしい。
「春ってのは、バグアの頭の中にも悪影響があるのかなぁ‥‥」
 呟き、身軽に着地したミコト(gc4601)は、自らに着いた花粉を払うと、両の手を叩いてハルコイを見た。
「思ったより固いね」
 言って足首を捻る。その上で改めてキメラに意識を向けると、彼は戦闘の構えを取った。
 そこにもう一つ、新たな戦力が加わる。
「キメラに飛び蹴りとは‥‥なかなか無茶をするです。あ、一般人の避難は無事終了したです。あとはあのキメラを倒すだけです」
 そう言って能主はチラリとキメラを見た。
 その瞬間に寄った眉を、誰が見ていただろう。
 彼女は心底不快そうに息を吐くと「失格」と呟いて地面を踏み締めた。
 それと同じくシンもまた彼女の隣でキメラを不快そうに見ている。
「まったく、なぜ俺がいるときにこのような事態になる? 面倒だ」
 そう口にしながらも、覚醒した彼の瞳が赤く染まる。
 こうして集まった6名の能力者と美少女戦士、彼らの戦いが今幕を開けたのだった。

●花粉、迷惑です!
 ハルコイの攻撃は、主に花粉を放つこと。
 そして髪があるべき場所に生える桜の花びらを、刃として放つことである。
 どちらも遠距離攻撃で、周囲への影響が懸念される攻撃ばかりだ。
「俺がキメラの目を惹きつけるよ」
 ミコトはそう言うと、両刃の剣――リジルを構えた。
 そして地を蹴ると、真っ直ぐにハルコイの懐に駆けて行く。
 その姿を見止めて、梓も行動に出た。
「なら、ボクはそれを援護するよ!」
 ミコトの進行方向を遮ろうとハルコイが手を翳すのを見て、梓も自らの手を眼前に晒した。
 視界には、梓の覚醒時の象徴、九尾の幻影が入る。
 しかしそれに気を取られることなく集中すると、彼女は一気に電磁波を放った。
 そこに金色の粉が放出する。
 梓はそれらを、電磁波を持って打ち払おうとしたのだが、巧くは行かなかった。
「やっぱり、花粉は無理か‥‥なら、突撃あるのみ!」
 梓はマフラーを引き上げると、電磁波を孕んだ腕を振り上げた。
「くらった感想聞かせてよねっ! 20文字以上10文字以内でっ!」
 一気に突き入れた拳。それが枝で出来た指を弾け飛ばす。
 それでも花粉を放つのを止めないキメラに、彼女の足が一時距離を取る為に離れた。
「さぁ、キミの相手はこっちだよ」
 その間に、討ちこまれるミコトの攻撃。
 絶えず叩き込もうと動くのだが、流石に2人だけでは手一杯だ。
 そこに新たな見方が加わった。
「クリスも、行くですの」
 そう口にして駆け出したのは、大剣を手にしたクリスティンだ。
 その後方からは、能主が支援している。
 日の光を受けて輝く、美しい光を放つ刃。それを振り上げたクリスティンは、攻撃がミコト達に向いているのを確認した上で赤い光をそこに灯す。
 そして一気に刃を振り下ろすと、キメラの腕を叩いた。
「はるこい!?」
 突然の攻撃に驚いた敵が彼女の顔を討つ。
 これに一瞬怯んだが、彼女はすぐさま表情を引き締めると、刃を構え直した。
「同じところを集中して攻撃するですの‥‥っ!」
 怯むことなく叩き込まれる刃。
 これに前ばかりを気にしていたハルコイが呻いた。
 そして己が身を引いて、頭を振り乱す。
 直後、自らを囲う能力者たちに花弁の刃を放った。
 その攻撃はビューティーホープにも迫る。
 彼女は膝をついたままそれを受けると、苦痛に顔を歪ませた。
「大丈夫か?!」
 シンの問いかけに、攻撃を全て受けた彼女は無言で頷いた。
 そこに再び花弁が迫る。
「ッ!」
 シンは迫る花弁を叩き落として対応したが、ビューティーホープは再び全身でその攻撃を受け止めようとした。
 だが、それをミコトが遮った。
「何故‥‥」
「ん、綺麗なものを守るのも、男の子のお仕事だよね」
 驚く彼女に対し、彼は笑ってそう応えると、負傷した腕を振るって刃を構え直した。
 その姿を見止めて、アリカの目が彼女たちの後方に向かう。
「‥‥花壇、それを守ってるのね」
 アリカはそう口にして、ビューティーホープとシンを見た。
 護るものがある故に動けない。ならば、取るべき行動は1つ。
「‥‥キメラを花壇から引き離すわ。手伝って」
 アリカはそう口にすると、キメラの側面に飛んだ。
 そこは、クリスティンと対になる場所だ。
 前と両側面。三方向から囲まれる形となったキメラは、些か狼狽したように視線を見回す。
 それを目にして、ミコトは自らの頬を伝う傷を、指の腹で拭って呟いた。
「――さあ、本気で行くよ」
 言って駆け出した身。
 それと同じくアリカが二刀の黒い刃を手に接近する。そして黒き刃に剣の紋章が呑み込まれると、一気にそれを振り下した。
 強烈な打撃が、ハルコイの腕を襲う。
 それと同時に、クリスティンの刃ももう片方の腕を叩いた。
「これで、お終い‥‥ですのっ!!」
 何度も叩き脆くなった腕、そこにクリスティンの輝く刃が突き刺さると、アリカの刃もキメラの腕を貫いた。
 そして双方が後方に飛び退くと同時に、キメラの腕が落ちる。
「‥‥これで花粉は出せないわね。あとはその頭の花びらだけ‥‥!」
 言って見据えた先には、絶えることのない花弁がある。
 花粉は防ぐことに成功したが、未だ花弁カッターは抑えることが出来ていない。
 それに花壇との距離もある。
「そのまま退いてて!」
 突如響いた声と、視界に飛び込んできた鋭い槍。
 これにハルコイに接近していたミコトと、梓も飛び退いた。
 声の主は、能主だ。
 クリスティンの支援に回っていた彼女が、攻撃の瞬間を見つけたのだろう。
 彼女は凄まじい勢いでハルコイを突くと、木に似たその身を吹き飛ばした。
 そこに黒髪の軌跡が引かれる。
「そのまま倒れると良い」
 キメラの足元に差し込まれた刃、それが相手の体勢を崩しに誘う。
「――今」
 能主はそう口にすると、槍を構え直して土を踏み締めた。
 それに習って他の面々も己の武器を構える。
「喰らうです、散華‥‥――迫鷲弾ッ!」
 思い切り突き入れられた刃。
 それと同じく、落とされた無数の刃にキメラの動きが完全に止まった。
「は、はー‥‥るよ、こぃ‥‥――ッ!」
 両手を頭上に掲げて上げられた叫び。
 これを最後に、ハルコイは地面に倒れ込んだ。
 そして舞い上がった花弁に、能力者たちも刃を納める。
「‥‥桜は散り際こそ美しいもの。まぁ、キメラの散り際は美しくないけど、ね‥‥」
 アリカはそう呟くと、一足先に散った桜の花びらを眺め見たのだった。

●慌ただしく退散!
「これで治療は終わりだ」
 ビューティーホープの負傷。
 それを癒し終えると、シンは早々にこの場を後にした。
 彼の背を静かに見送る彼女に、クリスティンが駆け寄ってくる。
「紫の髪のおねえさまも、花壇のお花も、無事ですか? ですの」
 頬を僅かに紅潮させて問いかける声に、ビューティーホープの目が瞬かれる。
「えと、クリスと申しますの。紫の髪のおねえさまは、お名前‥‥何と仰いますですの?」
 わくわくと期待を込めて向けられた問いに、思わず戸惑ってしまう。だが問われれば答えなければならないだろう。
 彼女は自らの名を名乗ろうと口を開いた所でハッとなった。
 彼女の身を包むAU−KVが解けてゆくのを感じたのだ。
 これには彼女も大慌て。
 急ぎ武装を解くと、バイクとなったそれに跨った。
「私は美少女戦士ビューティーホープ。機会があればまた会いましょう」
 そう言い置くと、慌ただしくその場を後にした。
「何だか正義のヒーローみたいでカッコ良かったですの。また、お会いできるの、楽しみですの!」
「‥‥正義のヒーロー‥‥?」
 目を輝かせるクリスティンの言葉に、首を傾げるのはアリカだ。
 そんな彼女の傍では、キメラの残骸をつつく能主の姿があった。
「あまりよくならなかった。元が悪すぎた」
 呟きながら想像するのは、いったいどんなキメラの残骸なのか。
 とりあえず、キメラは衣を纏った木が倒れた状態になっている。
「さぁて、お花見の場所探しをしないとっ」
 梓はそう言い置くと、大きく伸びをして、何事も無かったかのように歩き出した。
 その姿を視界端に止めながら、ミコトはふと花壇に目を向けた。
「今度は花が咲いてるときに来てみたいね。とっても綺麗だろうし‥‥ね」
 そう言って笑んだ彼。
 その声にクリスティンとアリカは、同意したように頷きを返したのだった。

 その数分。
 三つ編みの少女は、花壇の傍に戻ってきていた。
 彼女は無事な花壇にホッと息を吐くと、ふと周囲に目を向けた。
 その目にベンチに腰を下ろして本を読むシンの姿が飛び込んでくる。
 木漏れ日の下で本を読む青年。端から見ればとても好印象な光景だが、彼が読んでいるのは怪奇小説だ。
 だが、他人に声を掛ける勇気のない彼女は、その事実を知らずに好青年と言う印象を彼に抱いたのだった。