タイトル:魔法のキノコを探してマスター:麻川 和

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/06 22:27

●オープニング本文


カンパネラ学園。学生傭兵たちの集う明るく爽やかな学び舎。
そんな美しい学園の隅の隅のそのまた隅の一角にその部屋はひっそりと存在していた。
どんなに太陽が輝き清々しい空気が巡っても薄暗く湿った空気の溜まる場所。
その部屋の周囲一帯を異質な空気が包んでいる。
そんな部屋のプレートには今にも消えそうな字でこう書かれていた。

――魔法薬研究部。



 カーテンが締め切られ明かりの落された室内。唯一の光源であるいくつかのロウソクの炎が頼りなく周囲を照らす。
 怪しい瓶の並ぶ棚。人体模型。一見雑草ににしか見えない草花の植えられたプランター。それらが炎に照らされてうっすらと暗闇の中に浮かび上がっている。
「そう‥‥慎重に、こぼしちゃダメよ」 
 女の子の声が響く。
 部屋の中央に備えられた小さなカセットコンロ。その上には安っぽい鍋が乗せられ、火がかけられている。
「あの‥‥部長。これ本当に回復薬ができるんですか?」
 尋ねながら、たった今自分が刻んだ固形物体をまな板から鍋の中へと投入する。鍋の中では既にさまざまな固形物体が沸騰するお湯の中を舞っていた。
「もちろん。だってこれにそう書いてあるんですもの」
 そう言って部長と呼ばれた女の子が一冊の本を胸元に掲げる。ロウソクの炎の中で『魔法薬のレシピ』と非常にファンシーな字体で書かれた表紙が明りに照らされた。
「そりゃ確かにその本にはそう書いてありましたけど‥‥どこの世界にニンジンやジャガイモやブロッコリーを使う魔法薬があるんですか!」
 そう言って鍋の中に目を向ける。よくよく見るとお湯の中舞っているのは非常に食べやすい大きさに切られたニンジンやらジャガイモやら。そう、どっからどう見ても食材だった。
「だってそう書いてあるんだもん! いい? この『身も心も暖か元気になる回復薬の作り方』のページにね‥‥」
「分かってます。もう何回も聞きましたから、作り方は」
「ならつべこべ言わずに作りなさいよ〜」
 部長にけし掛けられしぶしぶと作業を再開する部員1号クン(♀)。
「絶対本物なんだから‥‥だって通販でウン万円もしたのに、この本」
「それ絶対騙されてます」
 盛大な溜息をつきながら鍋の中をかき混ぜた。
「で‥‥次は何を入れるんです?」
「え〜とねぇ‥‥」
 部長が『魔法薬のレシピ』のページを捲り、街頭項目を凝視する。
「魔法のキノコ‥‥だって」
「キノコ?」
 うん、と頷きながら開いたページを部員クンに見せる部長。
「これ‥‥‥普通の食用キノコじゃないですか? 市販には出回って無い野生のみたいですけれど‥‥」
「違うの、魔法のキノコなのよ!」
「分かりましたよ‥‥‥」
 部長の相手をするのも疲れて、集めてきた素材の中からキノコを探す。しかし、どこを漁っても該当するキノコは存在していなかった。
「部長。キノコありません」
「ウソっ!?」
 あわてて同じように素材の山を確認する部長。ガサガサとまるでゴミを漁るように山に手を突っ込んだ後、気が抜けたようにぺったりと床に座り込んだ。
「部長‥‥大丈夫ですか?」
 心配になって駆け寄る部員クン。その肩に手を伸ばそうとして‥‥‥不意に部長が立ち上がった。
「行くわよ!」
 部長は思いっきり部員クンの手を掴むと一目散に部室を飛び出す。
「い、行くって、まさかこんな時間に採集に行くつもりですか!?」
 日はもう落ちかかっている。時間帯的にもそろそろもう夜になるころだ。
「そんな、もう夜だし。しかも最近森にはオオカミキメラも出るとかって先生が‥‥」
「こらっ、私たちが鍋の元を離れるわけにはいかないじゃない! 今ならまだ下校途中の生徒が居るはずよ。彼らを捕まえて行ってきてもらうのっ」
 そう高らかに宣言する。
「それ絶対迷惑ですって!」
「良いのっ。ちゃんと報酬も払えば心の優しい人なら行ってくれるわっ!」
「それただの買しゅ‥‥」
 不意にペチリと頭を叩かれて部員クンが言葉を飲み込んだ。

 夕暮れの学園を猛スピードで駆け巡る二つの影。方や激しく道行く人に声を掛けながら。方やその人物に引きずられるようにしながら。
(「というか、絶対にあれ魔法薬のレシピじゃ無いと思うんだけどなぁ‥‥‥」)
 もはや突っ込むのも面倒になった部員クンは沈みかけたきれいな夕陽を見つめながらぼんやりとそんな事を考えていた。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
佐倉・拓人(ga9970
23歳・♂・ER
パチェ・K・シャリア(gb3373
18歳・♀・ST
流叶・デュノフガリオ(gb6275
17歳・♀・PN

●リプレイ本文

●事の発端
「わ、私、なんでこんな所に居るんでしょう‥‥」
 鬱蒼と茂る木々を前にして、佐倉・拓人(ga9970)は呟いた。
 日はすでに落ち、真っ暗な闇が辺りを包み始める。そんな時間に5人の人影がより一層暗さを増した森の入口に立っていた。
 皆が皆、自身の持つ光源を頼りにそっと森の中を照らす。こんな暗い中でキノコ採集なんて無茶な‥‥誰もが一度はそう思ったはずである。
「なんと言うか‥‥押し切られてしまった感じでしたね」
 カルマ・シュタット(ga6302)が、苦笑しながら強気な女生徒の顔を思い出した。あれだけ強気に出られては断るに断われない。
「俺なんて別件でたまたま学園に来ていただけなんだが‥‥」
 自前の暗視スコープを調整しながら、須佐 武流(ga1461)もカルマの言葉に頷いた。
「さてと、じゃあさっさと終わらせるか‥‥」
 武流がそう言って森へ足を踏み入れようとしたとき、ザッと小さな足音が2つ、辺りに響いた。
「っ!?」
 今、武流以外の人間は動いていない。だが、聞こえた足音は2つ‥‥一つが武流のものだとしても、一つ『誰のでもない足音が』響いてた。
 謎の足音は尚もザッザッと止まることなく近づいてくる。
 5人全員が、その場に身構えた。
「まさか‥‥噂のオオカミ型キメラ‥‥?」
 拓人の言葉に全員が息を呑む。出るらしいとは聞いていたが、まさか森の入口から‥‥?
 だがそれならそれで、外へ出ないようにここで仕留め無ければならない。
 そっと、各々の獲物へ手が伸びる。
 ガサガサと、傍の茂みが揺れた。
「‥‥来るぞ」
 緊張感を持ったカルマの言葉。同時に茂みから、闇の中でもはっきり分かる真白な体を持った影が姿を現した。
「‥‥‥おや。キミたち、こんな時間にこんな所で何をしているのかね?」
 現れたのはオオカミ‥‥ではなく白衣を着た人物、ドクター・ウェスト(ga0241)。
 突然の人との出会いにキョトンとしてしまう一向。が‥‥キメラで無い事をひとまず認識すると獲物から手を放し、ドクターに事情を説明した。
「キノコ採りねぇ‥‥この辺りにオオカミ型のキメラが出るらしいという話があるのは?」
「もちろん聞いてる‥‥ます」
 皇 流叶(gb6275)がこくりと頷く。
「でも、個人的な頼みだけど一応ちゃんとした依頼だし‥‥」
 依頼だからがんばる、と流叶は言う。
「ふむ、我輩もキメラの駆除に来たところだね。それに素人がキノコを採るのは危険だね〜。このまま同行させて貰おうかね」
 5人としても、人手が増えるのは願っても無い。満場一致で、ドクターもまたキノコ採りに随行することとなった。


●キノコ狩りの季節?
 暗い闇と化した森の中、キノコの散策を始める。
 キメラの噂もあり、警戒は怠れない。6人は簡単に前衛後衛の陣を組み、お互いにあまり離れすぎないよう注意しながら木の根元やら落ち葉の影やらを探してみた。
「これって、食べれますか?」
 拓人が自分の採ったキノコを持って、パチェ・K・シャリア(gb3373)の元をへやってくる。
 パチェは明りに照らしながらキノコを色々な角度から眺めると、そっと拓人の元へ返した。
「大丈夫、食べられるわ」
 その言葉を聞いて、拓人は嬉しそうにしながら籠の中へキノコを入れる。
 キノコ狩り‥‥なんてレジャー感覚な事では無いが、隠れてひっそりと生えているキノコを見つけ出すというのは何となく、どこか楽しいものだ。採ったのが毒キノコならテンションも下がるが、ちゃんとした食べられるものなら尚のこと。
「それにしても、こんなに暗けりゃ参考写真貰ってもどれがどれだかわかんねぇな」
「まあ‥‥素人には分からないんだから、とにかく量を採って判別は依頼人に任せよう」
 採ったキノコが怪しければ逐一ドクターやパチェに確認を取っている拓人や流叶の横で、武流とカルマは目に付いたキノコを片っぱしから籠へ入れていくのが見える。実際、依頼人の女生徒もいざとなればこっちで判別するからとにかく採ってきてと言っていた。彼らの方針も正しい。
「でも‥‥暗い中ではっきりは分からないけど、ぱっとみた感じあなた達が採ってるキノコの大半は‥‥‥‥いえ、なんでも無いわ」
 二人を横目で見ながらパチェが静かに呟く。その言葉が聞こえたのか二人は一瞬だけ手が止まる‥‥‥がすぐに同じように片っぱしから採集を開始した。
「ところで、実際に集めて欲しいキノコはどんなものなのかね」
「えっと、この写真ね‥‥とは言っても、これが『魔法のキノコ』だなんてね」
「ふむふむ」
 パチェがポケットから取り出した、何かの本から取ったらしいキノコのコピー写真を覗き込むドクター。
「おや、これは‥‥」
 そう言いかけて、ドクターは口を噤んだ。いや、正しくは先頭にいた武流とカルマが口元に指を立てて「静かに」と合図を送って来ていたのだ。
「どうかした‥‥?」
 同じく先頭付近に居た流叶が静かに二人の元へ近づく。
「居る。この奥に‥‥」
 カルマのトーンを抑えた声に促されて茂みの奥へ目を向ける。茂みの奥には月明かりしか光源の無い世界のなか、ギラリと輝く6つの小さな点。噂のオオカミキメラだ。
「か、数は一匹でしょうか?」
「さあ‥‥ひとまず、確認できているのは目が3匹分だ」
 キメラもこちらの存在に気づいているのか、視線を向けたまま低いうなり声を発している。
 そっと自分たちの武器の柄へ手を伸ばし緊張が走る。
 次の瞬間、6つの光の点が2つずつ3方向へ別れ、駆けた。
 ガサガサと茂みをかき分け、落ち葉を踏みしめる音。
 空中にゆらゆらと軌跡を描きながら迫る二つの眼。
「来るぞっ!」
 誰かの叫び声と同時に、人間ほどの大きさのオオカミが能力者達に襲いかかった。
 先頭に立ってた武流が自身のナックルガードに装着されたナイフで正面のキメラの鋭い牙を受け、抑える。キメラはすぐに一旦離れて距離を置くと、ウゥゥと低いうなり声を響かせた。
「待ってたぜ‥‥こういう展開をよぉ」
 キメラと対峙しつつ不敵に笑う武流。
 別れた残りの2匹のキメラもまた、各々別の方向から一向へと攻撃を加える。それらもまた、カルマと流叶の手によって各々の武器で弾かれていた。
「とにかく‥‥今居る分だけでも、早めに片づけてしまおう」
「そうだな。仮にもっと数が居るならば、仲間を呼ばれたりしたら面倒だ」
 光源を片手に刀を構える流叶にカルマが頷く。
「そうね‥‥キノコも良い感じに集まって来たし、キメラを片付けたら引き上げましょうか。ドクターの目的も果たされるでしょうしね」
「そうだね〜。我輩はもともと森にでるというキメラを退治しにきただけ。それが果たせるなら長居は無用だね」
「じゃあ、片づけちゃいましょう」
 ドクターが武流とカルマの武器へ練成強化を施す。強化が成功されたのを見届け、次の瞬間にはそのままエネルギーガンをキメラへと向け、放った。
 電撃に似た銃弾が一直線に翔け、キメラへ迫る。
 命中。バリッという音と共に焦げたような匂いが風に乗って流れた。
「今だ‥‥っ!」
 感電し動きの阻害されたオオカミをカルマが白い槍で薙ぎ払う。強靭な力で薙ぎ払われた肢体。すぐさま追撃として放たれた二撃目の槍。キメラは成すすべなくして、その身体を深々と突き抜かれた。
「やるな‥‥じゃあ、今度は俺の番ってか」
 カルマの一撃に鼓舞されて、武流がにらみ合っていたキメラへ向かって翔ける。
 キメラもまた対応するように翔けるが、スピードは武流の方が断然上だ。
 正面から向かってくるキメラの鼻先へ拳を一発。そうしてキメラの怯んだところへすかさず横からの蹴りを入れる。次いで肘打ちによる再牽制。
 流れるような一連の動き。
「これでラストだ!」
 トドメと言わんばかりの右足での一撃。サッカーボールのように弾けたキメラは傍の木の幹へぶつかり、あり得ない方向へ一度身体を曲げるとそのまま動かなくなった。
「一丁あがりっ、てな」
 武流の動きを見ていた拓人が思わず小さな拍手を漏らす。
 実は、生身による戦闘を行うのは今回が初めての拓人。それがゆえにドクターやカルマ、そして武流のような先輩傭兵たちの華麗な戦闘は思わず見入ってしまうものがあった。
「でも、私も傭兵なんだから頑張らなくちゃ‥‥」
 小さな憧れを力へと変えて、キメラに刃を向ける。
「大丈夫、私も一緒に闘うから」
 拓人の傍で流叶が蛍火の柄を握りなおす。
「そうよ、みんなが‥‥もちろん私もバックアップするから、大丈夫よ」
 そう静かに諭して、パチェはスパークマシンで二人の武器へ練成強化を掛ける。
「パチェさん‥‥‥はいっ、頑張りますっ!」
 拓人の決意が固まったのを見届けて、流叶がキメラへと駆ける。
 グッと距離を詰め円閃を放つ。
 ぐるりと回転する身体、放つ太刀筋。大きく動いているもののその太刀筋には大きな振りは無く最小限の動きでの一突きがキメラを襲う。ざっくりと、キメラの前足の付け根をえぐる一撃。
「全く、躾の成っていない犬ですね‥‥!」
 細くなった流叶の眼光が怯んだキメラの姿を見下ろす。
「飼い主の代わりに、私が躾けてやる‥‥いや、躾けてあげましょうか!?」
 黒い闘気により膨れ上がる威圧感。キメラはその動物的な感覚から、直感的に恐れを感じ取った。だが、命を請う時間すらそこには無い。キメラの体はザックリと斜めに切り裂かれる。
「君‥‥今だっ」
「は、はいっ」
 一歩遅れて駆け出した拓人が流叶へ追いつく。
 そのままそのスピードを殺さずに、イリアスを引いた。
「私だって‥‥傭兵だから。それに、パチェさんも見ていてくれてるからっ」
 踏み込んだ身体。キメラの正面へ向かっていた拓人の体は瞬時にしてキメラの側面へと流れる。
 ほんの一瞬のこと。
 体を二刃の下に引き裂かれたキメラは、断末魔を上げる暇すらも無くその場に崩れ落ちた。


「これで全部か?」
「そのようだな。周りに気配も感じられない」
 武流とカルマは倒したキメラを一か所に集めながら周囲に警戒の目を向ける。
 だが、これ以上キメラの気配は無い。どうやら、本当にこれだけだったようだ。
「しかしこんな所にキメラだなんて、これもカンパネラが造ったのではないかね〜?」
 キメラのサンプルを採取しながら、ドクターはいつもと変わらないイントネーションでそう口にした。
「造った、ねぇ‥‥」
 その言葉に反応して静かにそっとキメラの死骸へと目を向ける面々。
 その出所がどこで‥‥どういう経緯でここに居るのだとしても、キメラであるならば倒さなければならない。周辺へ被害が出る前に。その根本は変わらない‥‥変わらないはず、だ。
「ところでドクター。さっきこのキノコの写真を見て何か言おうとしていたようだが、結局このキノコはどういうキノコなんだ?」
 ちょっと淀んだ空気を変えるように、カルマがドクターへ例の写真を見せながら尋ねる。ドクターは写真を見ずに自身の仕事を続けながら、答えた。
「ああ、それはヒラタケだね〜。秋から春に掛けて朽ちた木や切株によく生えているよ〜。とりあえず毒は無いね〜」
「ヒラタケって‥‥」
 ドクターの言葉を聞いて、食材に詳しい拓人がぽつりと声を上げた。そう『食材』に詳しい拓人が。
「‥‥普通にスーパーでも売ってますよね?」
 その一言を聞いて、再び何とも言えない空気が周囲を取り囲んでいた。


●魔薬研へ
 いろんな意味で疲労困憊した六人を迎えたのは異様にニコニコと笑顔を振りまく依頼人‥‥魔法薬研究部、略して魔薬研の部長。みなの疲れきった表情そっちのけで一人、元気に集めてもらったキノコを見渡している。
「うんうん、ありがとうっ。さすが私、人を見る目があったわ〜」
 一人一人にありがとうと声を掛けて回るが、それに応える気力はおそらくほとんど無い。
「じゃあみんな待っててっ、せっかくだから完成した魔法薬を試験していって」
 そう言って満面の笑顔を向ける部長。
「ちょっと良いかね、我輩はキミの依頼を受けたわけじゃ無い。報酬もいらないので帰っても構わないかね?」
「あら、でもキノコ探すの手伝ってくれたんでしょ? じゃあ私の依頼を受けてくれたのと同じよ。ちゃんとお礼払うから待っててねっ」
「いや、我輩は‥‥」
 ドクターの提案むなしく、ぴしゃりとドアが閉められる。
 隣で、従うしか無いなと苦笑しながらカルマが首を振った。

 部屋の中で、取って来たキノコが切って鍋の中へ投入される。ぐつぐつと、材料が舞う。
「よし‥‥あとはこの固形の薬を入れれば‥‥」
 部長が静かに茶色い固形物体を鍋の中へと投入する。固形物体はすぐに溶けだし、お湯の中へと浸透していった。
「‥‥できたわ‥‥できたのよ」
 部長は歓喜に震える声で鍋を覗きこむ。
「はい。できましたね‥‥‥‥どう見てもただのコンソメスープが」
「‥‥‥何で!?」
 野菜、キノコ、そして最後に入れた固形の‥‥コンソメ。
「そんなハズは‥‥っ」
 部長は慌てて鍋の中へスプーンを突っ込んでスープを掬い、そしておもむろに口に含んだ。 
「ん‥‥‥あ、美味しい」
 一瞬顔が綻ぶ。
「じゃ無くってっ!」
 即座にセルフ突っ込みが入る。
「何で‥‥どうして‥‥本の通りに作ったのに」
「だからその本が騙されてるんですって‥‥」
 部員クンは、何度目か分からない抗議の意見をため息交じりにつぶやいた。
 鍋を前にがっくりとうなだれる部長。部屋には、コンソメの良いにおいが漂っている。
 不意に、ガラガラと部室のドアが開いた。
「‥‥だれ?」
 半分以上の気力を失った部長が、気の抜けた声で尋ねる。
「どんな感じ‥‥ってやっぱり失敗したみたいね」
 部屋に一番に顔を覗かせたのはパチェ。その後ろにも、他のメンバーが連なっている。
「キノコの種類を見た時からそうだろうなとは思ってたのよ‥‥まあ失敗は失敗よ」
 失敗、という言葉がぐさりと心に深く突き刺さる。
「でも‥‥失敗は成功の母。99回失敗しても、一回でも成功するまでは諦めないのが、研究者気質というものよ。その上で弁えないといけない事もあるけれどね」
 ふと‥‥傷心した身に温かいものが触れた。
「何だったら『魔的物品伝承に関する資料』と『基本調薬参考書』いずれも初級編があるから、お貸ししようかしら」
「‥‥‥先生!」
 突然部長が立ち上がり、すがるようにパチェの手を掴む。キラキラとした、まなざしを向けて。
 突然の事に流石に困惑した様子のパチェ。そんなことはお構いなしに、部長は言葉を続ける。
「か‥‥感動しましたっ! 是非、先生と呼ばせてくださいっ!」
「え、えぇ‥‥?」
 こうして、部長の独断で魔薬研の(心の)顧問が誕生したのだった‥‥。

 ちなみに、コンソメスープはその後魔薬研及び依頼参加者の面々でおいしく頂いたらしい。