タイトル:ユウヤくんマスター:朝霧カイト

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/06 02:10

●オープニング本文


 ユウヤくんは、クラスメイトでした。
 ユウヤくんは、長い髪を後ろでくくって、背中にたらしていました。
 ユウヤくんは、数学と理科が得意で、テストではいつもクラスで一番でした。
 ユウヤくんは、友達とつるんでは、いつもイタズラばかりして、先生によく呼び出されていました。
 ユウヤくんは、トマトが大嫌いで、母親がお弁当に入れたミートソーススパゲッティを、いつもわたしに「いらないから、やる」と言っていました。
 ユウヤくんは、わたしの片思いの人でした。


 冬のある日でした。
 ユウヤくんはわたしが寒そうに登校しているのを見て、「風邪ひくぞ。あったかくしろ! これ、使え!」と言って、わたしにマフラーを貸してくれました。
 わたしはうれしくてうれしくて、返さずにずっと使っていたかったのだけれど、それじゃあユウヤくんが風邪をひいてしまう、と思って、きちんとクリーニングに出しました。
 お礼のつもりでクッキーも添えました。

 そして返そうと思って行った学校に、ユウヤくんはいませんでした。
 ユウヤくんは転校してしまったのです。


 それからしばらくして、バグア軍とUPCとの間に、大きな戦いがありました。
 テレビの画面に、たくさんの光や、爆発や、戦う戦闘機が映し出されました。銃を撃つ兵士さんや、足に怪我をして苦しむ人が映し出されました。
 わたしの頭の中は、ひとつのことでいっぱいでした。
 その戦いは、ユウヤくんが転校したという街のすぐそばだったのです。
 わたしは胸が痛くてどきどきして、寝ることができませんでした。

 数日して、戦いはいちおう静まりました。
 わたしはすぐに、ユウヤくんに連絡しようと思いました。
 けれど連絡先が分かりません。
 いっそ直接行って確かめようかとも思いましたが、戦闘があった地域は電車も通っていないし、会いに行くにしてもどこにユウヤくんがいるのかも分かりません。

 そのとき、テレビに出ていた傭兵かたがたの話を聞いて、わたしはひらめきました。
 すぐに通帳から、今までお年玉で貯めたお金をおろしました。
 そして今、こうして手紙を書いています。

 みなさん、お願いです。ユウヤくんが無事かどうか確かめてきてください。
 ユウヤくんと別の学校になってしまったことは、もちろん悲しいです。けれど今、ユウヤくんが怪我をしているかもしれない、死んでしまっているかもしれないと考えながら何もできないことに比べれば、10倍、いえ100倍もましです。
 どうか、よろしくお願いします。

●参加者一覧

九条・命(ga0148
22歳・♂・PN
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
角田 彩弥子(ga1774
27歳・♀・FT
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT

●リプレイ本文

●喫茶店にて、少女と
 依頼人が指定した喫茶店(彼女の自宅の近所にあるのだそうだ)で、少女――本名は紫門マユミ――は、うつむき加減のまま往来を眺めたり、アイスカフェオレをストローでかきまわしていた。店内にはギターのブルースが流れている。
 角田 彩弥子(ga1774)はしばらく微笑して少女を見守った後、「それで?」と言った。
「小田桐雄哉」と少女は言う。その言葉を発するときだけ、大切な呪文でも口にするような、はっきりとした力強い口調になる。「彼の名前は、小田桐雄哉です。家族は母親との二人暮らし。趣味は読書と、数学の難しい問題を解くこと。この前彼が解いた問題がですね――えっと、『異なる2つの自然数の、自分自身を除いた約数の和が、互いに他方と等しくなるような数のうち、最小のものの組み合わせは何か』彼は2分くらいで解いてましたけど」
「友愛数ですね」と国谷 真彼(ga2331)が言った。「最小のものは――ええと、220と284です。これを2分は、なかなかの才能ですよ」
「わたしは学校を休んで、一日かけてようやく解いたんですけど」と少女は照れくさそうに笑った。
「彼を捜す手がかりになりそうなもの――転校先の学校の名前や、住所や、電話番号は?」と鏑木 硯(ga0280)は訊ねた。
 少女は首を横に振って、言った。「分かりません、あの、突然だったので、訊くチャンスがなかったんです。――チャンスがあったとしても、訊けたかどうか、自信ありませんけど」
「なるほど」と言って、真彼は苦笑した。
「写真とか、ある?」彩弥子が訊ねた。
 少女は立ち上がって、バッグの中から大事そうにそれを取り出した。それは古い集合写真で、入学式の時に撮影したものらしかった。角が取れてすりきれた皺ができている。
「いちばん前の列の、左から3番目」
 能力者たちはその少年を見た。快活そうに目をカメラに向け、軽く歯を見せて笑っている。だが瞳はなにか面白いものを探すように見開かれ、抑えきれない好奇心があふれ出している。学生というより、どこかのベンチャー企業の若き社長か何かに見える。
 少女は言う。「その写真、すごく大事なものなんです。後でちゃんと、返してくださいね」
「分かってます、もちろん」と微笑しながら、硯が写真を懐に収めた。
「何か預かるものはありませんか?」と真彼が訊ねた。
「その、マフラーとクッキーを‥‥」
「届けましょう」
「いえ、やっぱりいいです! きっとユウヤくん、わたしのことなんて覚えてもいないだろうから、いいんです。今さら出しゃばっても、迷惑だろうし」
「そんなことはないと思いますが‥‥」と真彼は言った。「分かりました。まずは安否の確認が先、ですね」
「ええ、その、よろしくお願いします!」
 真彼はにっこり笑って言った。「君は現状をなんとかしようという勇気を持ちました。僕たちを動かすのは君の勇気です」


●市役所にて、国谷真彼
 それから、真彼は市役所を訪れていた。小田桐雄哉が現在いると思われる都市の市役所だ。
 受付に話してみると、あっという間に転入書類を見せてもらえた。真彼は少し拍子抜けした。役所に足を踏みいれてから、15秒しか経っていなかった。
 どうやら事前にラスト・ホープにアポイントを入れてもらっておいたのが効いたらしい。個人情報保護を盾にされた時を考え、23条の『第三者提供の制限』項を主張するつもりだった真彼は、UPCの支配力の強さに改めて感心した。
 書類にあった住所を書き留めて去ろうとした真彼は、役所員に呼び止められた。
「ラスト・ホープから、書類を預かっております」
 真彼はピンときた。UPCに依頼していた、能力者リストとの照合だ。ここ数年で『小田桐雄哉』なる人物がエミタ埋め込み手術を受けていないか、照合を依頼していたのだ。その書類に違いない。
 真彼は書類をめくっていく。
『○○月××日 エミタ適合試験実施
 被試験者 名前:小田桐雄哉』
 あった。
 続く文章に、真彼は指を走らせる。

『各種生体検査の結果:エミタ適合性陰性
 エミタ埋め込み不可』


●地方都市にて、尋ね人
「適正試験に落ちてた?」
 一足先に現地で聞き込みをはじめていた九条・命(ga0148)は、通信機の向こうの真彼の言葉を繰り返した。
『そうです』真彼の声が言った。『そういうわけで、残念ながらこちらの線から追うのは難しそうです。そちらは?』
「思ったより建物の破壊が酷い」命は道路の先にある建物を見ながら、顔をしかめた。「倒壊しかけた建物がまだ多く残っている。アスファルトが破砕されて車が通れない道も多い。ほとんどの住民は、まだ避難所生活らしい」
『では、自宅の住所には?』
「不在だった。おそらく、バグア襲撃からこちら、自宅には帰っていないのだろう」命は不満そうに言った。
『それじゃ、手がかりゼロ、ですか?』真彼が困った声で言った。
「そうとも言えない」と命は言った。「今硯と彩弥子が学校に聞き込みに行っている。俺はリゼット・ランドルフ(ga5171)と合流して、避難所を当たってみることにするよ。漸 王零(ga2930)はキメラのいる危険地域を中心に探索している。そう大きくない街だ、大して時間はかからんさ」
『だといいんですが』真彼が声を曇らせる。
「どうかしたか?」
『こちらの資料をあたってみたんですが』気の進まない声で、真彼が言う。『そちらの都市であった大規模な戦闘では、100人近い死者が出たそうです。行方不明はその5倍。もちろん、最寄りのシェルターに避難している可能性もありますが‥‥』
「なるほどな」命が深刻な声で言った。「俺たちの尋ね人は、この街のどこを探しても、この地球のどこを探しても、いないかもしれない、ということか」


●学校にて、生徒と
「おーーだぎりィ、ゆうゥゥウヤくぅーーーんっ!」
 昼下がりの学校で、廊下を闊歩する人影がひとつ。
 ほとんどの生徒はそれを、校内放送だと思った。
「紫門マユミ様から、おッ届け物でーーすッ!! 聞こえたら、大きな声で返事をするようにィィ!!!」
 だが、それはメガホンで叫ぶ彩弥子だった。
 生徒たちが、一体何の騒ぎだろうと次々に教室から顔を出した。
 叫ぶ彩弥子の後ろから、硯がにこにこしながらついてきている。
「さすが彩弥子さん、すごい声量ですねえ。頼りになりますねえ」硯はべつだん恥ずかしがる様子も止める様子もない。
 ある教室の前を通りかかった時、一人の女生徒が声を掛けた。
「なー、おばちゃん、小田桐雄哉って、この前転校してきたユーヤんのこと?」
 彩弥子は女生徒のほうを睨んで、すたすたと歩み寄った。そしてメガホンを彼女に向け、叫んだ。
「おばちゃんじゃねエェェ!」
 女生徒の髪が後ろに吹きすさび、窓ガラスがびりびりと揺れた。
「ちょっと彩弥子さん。情報提供者の鼓膜をぶちやぶる気ですか?」硯が優しくたしなめる。「失礼しました。ええと、それで?」
 女生徒は何が起こった分からないような顔で、ぽかんと硯を見返した。聞こえていないらしい。
 硯が彩弥子を軽くにらんだ。
 と。
「なに、ユーヤんの知り合い?」男子生徒が声を掛ける。
「なんスかなんスかお姉さんたち。ユーヤんとどんな関係?」別の生徒もひやかし声で加わる。
「あなたたち、小田桐雄哉くんを知っているの?」硯が訊ねる。
「有名人だよユーヤん」と生徒が言った。「みんな知ってる。頭いいし、面白いしね」
「なるほどねえ」と彩弥子は言った。「そのユーヤんは今どこに?」
「いませーん」と生徒が答える。「この前の戦闘以来、学校にも来てないし」
「やーん、アタシ結構ユーヤん格好いいと思ってたのにい」
「え、お前、そうなの? そんじゃ俺は?」
「あんた? サルに似てる。もしくはサルが洗ってるイモに似てる」
「ユーヤん逃げたんじゃねえ? 学校つまんなそうだったもん」
「ありうるわぁ」
 硯が慌てて制する。「誰か今彼がどこにいるか知らないんですか?」
「オレ知ってるぜ」と言ったのは、金髪に染めた青年。「アイツ、美人の姉さんと並んで歩いてた。2丁目の裏通りだよ。戦争の後、つい2日後の話さ」
「どこだって?」と彩弥子。
「2丁目。ホテル街だよ」


●2丁目、ユウヤくんと
 リゼットと命は、彩弥子と硯の報告を受け、小田桐雄哉が目撃された2丁目の聞き込みを行っていた。
 いくつかの店舗や通行人に聞き込みをした結果、ある場合には一人で、ある場合には女性と並んで歩いているところを目撃されていた。女性は雄哉よりやや年上、栗色の髪をポニーテールにまとめた、たいへんな美人だという。
 ほどなく二人は、ある廃ビルの屋上に、青年がひとりで座っているのを見かけた、という人を見つけた。コピーした写真を見せると、雄哉らしい。
 そのとき、無線機に通信が入った。依頼主からだった。
『ど、どうですか、ユウヤくん、みつかりました?』
「ええ、たぶん」とリゼットは曖昧に微笑んだ。「彼のだいたいの居場所が掴めました。もうすぐ会えると思います」
『わ、わわ、わたしも、ごいっしょに行ってよろしいですか!?』
「え?」
『ユウヤくんに、その、あの、マフラー、返さないといけないんです。わたし‥‥まだユウヤくんにお礼、言ってないんです。それを思い出したんです』
「分かりました」とリゼットは微笑した。「一緒に行きましょう。皆と合流して、ユウヤくんに会いましょう」


●屋上にて、全員集合
 街を一望するビルの屋上の端に、彼は座っていた。膝から先を空中に投げ出し、高所の風が長髪をなぶるにまかせていた。
「小田桐――雄哉くん、ですね?」リゼットが訊ねる。
 少年は能力者たちに背中を向けたまま、返事をしない。30秒ほどたって、少年が口を開いた。
「学校には、帰らないよ」
「言うことは、そんなんじゃないだろう」命が言う。
「ある女の子の依頼で、俺たちは来ました。あなたに渡すものがあるそうです」と硯が言った。
「あ、あの、ゆ、ゆゆ、ユウヤくん」
 少年は振り返って、目を丸くした。
「マユミ?」
「これ、あの、マフラー、ありがとうございました!」
 少女はマフラーを差し出し、目を閉じる。膝と手が小さく震えている。
 だが、それを受け取る手は、いつまで待っても差し出されなかった。
「そんなの、いらねえよ。もう新しいマフラー、オレ、買ったから。やるよ」
「でも」
「いらねえったら。早く持って帰れ」
「ユウヤくん」少女の瞳が青空を映して揺れる。「どうしたの? 何かあったの?」
「お前には分かんねえよ、マユミ」と少年は吐き捨てるように言った。「何でも持ってるお前にはな。オレはお前の思ってるような、皆の思ってるような奴じゃないんだよ」
 その瞬間。
「どけええええっ!」
 空中から声がしたかと思うと、隣のビルから王零が跳んできた。
 王零は屋上の石畳の上に着地、タイルが破砕し飛び散る。王零の顔面には半透明の仮面が装着されている。覚醒状態だ。全員に緊張が走る。
「捜索中にキメラの一群に出くわした」と王零が語気鋭く語る。「放置していては危険と判断し、殲滅を試みた。ほとんどのキメラは屠ったが、2、3匹こちらに逃げた」
 能力者たちは素早く散開し、陣形を作る。ほぼ同時に、空中から2体の甲虫キメラが襲いかかる。
 最初に反応したのは命、滑空してくるビートルキメラを、ファングで受け止め、はじき返す。
 空中を上昇するビートルの、それよりさらに上に、<瞬天速>で到達した硯が、メタルナックルを装着した両手を握り、振りかぶって叩き落とす!
 真彼が超機械を起動。スキル<錬成弱体>により、キメラの防御力を低下させる。「今です!」
「人の恋路を邪魔する奴は、俺に轢かれて死んじまえ!」
 タイルの上に叩きつけられたビートルキメラの上から、彩弥子が跳躍攻撃。ドリルスピアでねじり込む。甲殻をドリルがえぐり取り、貫通し、まき散らす。錆びた金属が折れるような音をたてて、キメラは絶命した。
 残る一匹のキメラはリゼットに体当たりを試みるも、リゼットは素早く回避。スキル<流し斬り>で逆に側面に回り込み、刀を叩き込む。キメラが苦悶に呻いたところを、王零の視認すらできない神速の刺突。甲殻を貫かれ床に縫いつけられて、キメラは活動を停止した。
「やれやれ」真彼が言った。
「‥‥すげえ」小田桐雄哉が悔しそうにつぶやく。「やっぱ、能力者って、すげえな」
 と、全員が地上のキメラに目を向けていた時。空中から、甲虫キメラが一匹、急降下攻撃を仕掛けていた。真っ直ぐ少年めがけて突っ込んでくる。しかし、誰もその攻撃に気づかない。唯一、少女だけがその攻撃に気づいた。
「危ないっ!」
 誰よりも早く少女は走り出す。少年とキメラの間に割って入る。
 と、少女から烈風が吹き出し、セーラー服がはためいた。少女の髪の毛が逆立ち、拳が白く光る。
 少女は跳躍し、キメラの腹部に掌底を叩き込む。返す動作で肘をキメラの顔面にめり込ませる。
 吹き飛ばされたキメラを少女は追う。少女は屋上の上を疾走、なにもない空中に飛び出す! 次の瞬間、欄干を掴み、それを支点に半回転。残像の見えるような踵落としが、キメラにめり込む。8階建てビルの屋上からキメラは落下。速度が減衰しないまま地面のアスファルトに激突。甲殻の破片になって絶命した。
「ふう」と少女は言って、覚醒を解除する。両手と両足の埃を、手のひらではたく。そして言う。「ああ、こわかった」
「なんとなんと」王零が感心したふうに言う。「汝もエミタを埋め込んでいたのか」
「すいません、言いませんでしたっけ」少女が心底すまなさそうに言う。
「あんたたちも見たろう?」と、少年は拗ねたように言う。「そいつはオレよりずっと凄いんだ。オレの気持ちなんか、きっと一生かかっても分からねーよ」
「分かって欲しいと、どうして言わないんだ、アホ」と言って、彩弥子が少年の後頭部を叩く。
「痛え!」
「てめーの頭は固すぎだ」と彩弥子。「どうして素直になれないんだ、ん? どうして転校の直前にマフラーを貸したりするんだ? 自分の引っ越し先も教えずに。要するにてめーはな、彼女に探し出して見つけ出して欲しかったんだよ。その口実だろう、マフラーは?」
 少年は何も言い返せない。ほんの少し、頬が染まっている。
「あの‥‥」
「ああ」少年は下を向いていたが、後ろからせっつく彩弥子に促されて、一歩前を出る。
「すまなかったな。ありがとう」
 少女はにっこりと、満面の笑みを浮かべる。「ううん、何でもないの。これくらい、どうってことないんだから。体に気をつけて、あったかくしてね!」
 少年と少女の目が合う。お互いの目の中に、何かを見つけ、二人は微笑みあう。


●後日
「ところで、雄哉くんが一緒に歩いてた美人のお姉さんって、結局何だったんですか?」とリゼットは訊ねた。
「あれな。あれはな」少年は恥ずかしそうに言う。「かあちゃんだよ」