タイトル:青い花はひとりぼっちマスター:朝霧カイト

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/12/28 00:15

●オープニング本文


頼む、頼む、頼む、頼む、頼む。

妻を殺さないでくれ。


 私の名前は本郷。遺伝子生物学者だ。
 歳は46。妻と小さな実験研究所をいとなんでいる。
その妻が、もうすぐ死ぬ。バグア襲来と共にやってきた、未知の病原菌のせいだ。バグアやキメラ全てが持っている訳ではなく、地球上では増殖しない。感染率も極めて低く、エミタ適合者には感染しないようだが、何という事だろう、他でもない私の妻が冒されてしまった。
 とうとう昨日、妻の意識が混濁しはじめた。このままでは、あと2週間ともたないだろう。
 助かる方法はひとつだけ。

 私の研究で、妻の病気を治す特効薬を製造する方法を発見した。しかし、その薬を製造するには材料がひとつ足りない。その材料は、悪いことにこの地球上には存在しない。
 いや、存在しなかった。つい17年前までは。


 南アメリカはギアナ高地の岩地に、今はもう捨てられたバグアの生物実験施設がある。その施設の植物プラントに、妻の治療薬の原料になる<青い花>が咲いているらしい。
 私はそのことを友人のUPC軍人から聞いた。彼の話では、バグア軍の警備こそないものの、施設の周囲には実験で使われたキメラの生き残りがいまだに徘徊していて危険らしい。そこで諸兄の力を借りたい。私の妻のために、プラントまで行って<青い花>を1本でいい、取ってきてもらいたい。

 ふたりだけの貧しい研究室を共に切り盛りしてきた妻だ。もし妻に先立たれたら、その後私は過ぎていく毎日に意味を見出せる自信がない。

●参加者一覧

御山・映(ga0052
15歳・♂・SN
白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
フェブ・ル・アール(ga0655
26歳・♀・FT
戌亥 ユキ(ga3014
17歳・♀・JG
雨霧 零(ga4508
24歳・♀・SN
クラウド・ストライフ(ga4846
20歳・♂・FT
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG

●リプレイ本文

●本郷遺伝子研究所
 瓜生 巴(ga5119)は<青い花>の情報を得るため、依頼人である本郷を訪ねていた。
「これが現段階で分かっている<青い花>に関する情報のすべてだよ」そう言ってドクター本郷は、一冊のファイルを手渡した。
 巴は10秒ほどファイルの内容をぺらぺらと読んだ後、本郷に返した。
「なるほど、だいたい分かりました」
「もう読み終わったのかい? すごい早さだな」
「ええ」と巴は言って、肩をすくめた。「情報検索にはちょっとしたコツがあるんです。必要のないことは頭に入れない」
「なるほど」
「この論文集、すべてファースト・オーサーが本郷さんです。つまり、青い花に関する情報で私が調べうるすべての情報は、本郷さんがすでに知っている。ですよね?」
「確かに」本郷はすこしだけ笑った。「僕は未知の動植物の遺伝子研究も行っていてね。僕は妻を苦しめている病原菌のDNA構造が、この<青い花>とよく似ているところに注目した」
 本郷は巴に<青い花>の特徴について語った。
「大きさは30〜50cmで、小さな星形の五弁花をつけている。花自体はごく普通の外見だ。そして僕が持っているのはDNAデータだけ。<青い花>は、普通の土では2週間ほどで枯れてしまう。バグア研究施設の土でしか育たないんだ」


●潜入
 南アメリカのギアナ高地は、世界最後の秘境とも呼ばれる南米の高地帯だ。
 遠景には雲を突き抜けて垂直に切り立った1000m近いテーブルマウンテンと、頂上から落ちる滝。滝の水は落下途中で霧に形を変え、暗い谷底に落ちていく。ジャングルからは野生動物の鋭い鳴き声が聞こえる。
「世界一危険なお花摘みになりそうですね」双眼鏡を覗き込みながら、御山・映(ga0052)がつぶやいた。
「こちら白鐘。無事降下した。これより作戦に入る」白鐘剣一郎(ga0184)が無線で移動艇に通信を送る。
 白鐘がUPCに申請した通信機をメンバーにそれぞれ配った。隊列や危険時の対応の最終確認を行った後、一行は出発した。
 野生化キメラを警戒しながら、隊列を組んで一行は進んだ。だが警戒のおかげか、大きな戦闘もなく、目的の建造物にたどり着いた。
 目的地となるバグア研究施設は、茶色い外壁、窓一つない直方体の外観が、建物というより大きな箱を思わせた。激しい戦闘のために外壁はところどころ崩れ落ち、いくつもの弾痕が壁に模様を描いている。
「行くぞ」クラウド・ストライフ(ga4846)が言った。「青い花を見つけて、一刻も早く依頼主を安心させる」
 全員が頷く。
 正面入り口から、一行は内部に潜入した。
 内部には静かだった。
「静かすぎて‥‥気味が悪い‥‥ね」幡多野 克(ga0444)がつぶやいた。
 前衛は白鐘とクラウド。中衛の前側は雨霧 零(ga4508)と映。その後ろにユキと巴。そして後方警戒にフェブ・ル・アール(ga0655)と克があたった。
 マッパー役の巴の指示のもと、一行は階段を降り、廊下を進み、部屋を横切った。見通しの悪い曲がり角では白鐘がシグナルミラーを利用し、敵の有無を確かめた。
 しばらく進むと、大きく右に歪曲した弧状の長い通路にさしかかった。見通しが利かず、手鏡も使いにくい。
「私の出番だね」戌亥 ユキ(ga3014)が一歩前に出た。「みんなはここで待ってて。私が様子を確かめてくるよ」
 ユキの右手の甲と爪が、暗闇のなかで白く輝く。覚醒だ。
 能力『隠密潜行』で気配を消した戌亥は、ひとり廊下を進んだ。
「ちょっと怖いな‥‥自分で言いだしたことだけど‥‥覗いた瞬間頭からカジられたらどうしよ‥‥」
 数メートル進んだ先の曲がり角で、戌亥は恐る恐る顔を出した。
 瞬間、顔が白くなる。
 キメラがいたのだ。
 急いで本隊に手信号を送る。

「何か見つけたみたいだ」ユキの動きを見て、白鐘が言った。「手信号を送ってるぞ」
 ユキは両手を大きく広げて動かし、頭から爪先まで大きな円を描いた。
「なになにー。えーと、大きな?」手信号を見ながら、フェブが言う。
 ユキはあわせた手を水平に寝かせ、指を少し曲げて開いたり閉じたりした。
「恐竜みたいな頭のキメラがー、ふむふむ」フェブがそれを読む。
 ユキはピースマークを前に突き出す。
「‥‥2匹」とフェブ。
 ユキは両手をあわせて頬の下に敷き、瞳をとじてニッコリした。
「寝ている、と、そういうことかにゃ?」
 ユキは広げた両手を顔の横に広げて指を曲げ、眉間に皺をよせ口を横に開いて肩をゆさゆさ動かした。
「すごーく強そう、にゃるほど‥‥」
 フェブは少し考えた後、巴のほうを振り向いて言った。
「迂回できそうなルートってある?」
 巴が地図を見ながら答える。「地下を通るルートがあります。少し遠回りになりますが」
「よし、そっち行こう。最優先すべきは依頼の花だからにゃー」
 ルートを変えるため隊列を組みなおしているとき、白鐘はこっそり零に尋ねた。
「今の手信号、どういう意味か分かったか?」
「いや、全然」と零が言った。


●敵襲
 周囲を警戒しながら、10分ほど施設内を歩き回った頃。
「地図が正しければ、この先です」巴が言う。
「なるほど」シグナルミラーで部屋の中を確認していた白鐘が、にやりと笑った。「行こう。ちょっとした眺めだ」
 一向は部屋に入って、その花を見た。
「‥‥キレーイ」ユキがつぶやいた。
ドーム型の部屋の中央、<青い花>は、半畳ほどの狭い花壇スペースに咲いていた。小さく青い花は、暗闇のなかでぼんやりと白い光を放っていた。
「バグアは何故この花を作ったのかな? バグアにも花を愛でる心があるの‥‥かな」ユキがひとりごちた。
「私が採取しよう。きみたちは周囲の警戒を頼む」
 零は準備していたスコップとビニール袋を取り出す。その間、他のメンバーは部屋唯一の入口を警戒をしている。
「よし、一本目を採取したぞ」零が<青い花>をビニール袋に入れながら笑った。「これから二本目の採」

 地響き。
 部屋の奥、入り口と逆側の壁が崩れ、奥から真っ赤な体をした獣があらわれる。

「キメラだっ!」
 能力者たちが護衛に走ろうとするが、同時に入り口で気配。同じタイプのキメラが、入り口から入ってきた。
「もう一匹来たぞ!」クラウドが叫ぶ。
「はさまれた!?」映が言う。
「零と花を守れ!」白鐘が怒鳴る。
 白鐘がキメラに<蛍火>で斬りかかるが、大きなダメージを与えられない。「くそっ、火属性キメラか」つぶやいて武器を<刀>に持ち替える。
 同時に、壁を破ったほうのキメラが呼気吸入。
 次の瞬間、キメラの火炎弾が両手の塞がった零に向けて吐き出された。
「あぶねえ!」
 クラウドが叫び、零を突き飛ばす。零の頭があった場所を、キメラの放った炎の玉が突き抜ける。
「大丈夫か」クラウドが零を起こす。零がうなずく。
「見て」映が叫ぶ。「花が‥‥!」
 部屋の中央で、地面に生えていた青い花が燃え上がった。火の玉が着弾したのだ。ゆらゆらと揺れる青い花に、炎がつぎつぎと燃え移っていく。
「早くしないと、花が燃えちゃう!」ユキが叫ぶ。
「だが、こいつら強いぞ」クラウドが呻く。
 誰もが火を消しに行こうとするが、前後からのキメラの攻撃に備えなければならないため、うかつに動けない。
「みんな、敵に集中しろ!」焦る一行を、零が一喝した。「<青い花>はすでに一本、私が確保してある! 敵を倒すことだけに意識を向けるんだ! この一本は、私が死んでも守る!」
「その言葉を待ってたよ」フェブが覚醒。髪が逆立ち、目尻に梅花の紋様が浮き出す。<スコーピオン>の照準は、すでに入り口側のキメラの眉間に合わせられている。「ファイア」弾丸が吐き出される。敵の眉間に命中。「ファイア」眉間に命中。「ファイア」眉間に命中。弾丸はすべてキメラの眉間に吸い込まれるように着弾した。フェブの『急所突き』だ。キメラが苦しげに咆哮する。
「おし、脱出! 逃げるよ! 巴、脱出ルートを検索して!」フェブが叫ぶ。
「もうやってますっ!」巴が地図を見ながら言い返す。「ええと、部屋を出たら右に折れて階段を登って、左手に折れてまっすぐ!」
「よし、突破するぞ、零を守れ!」白鐘が叫ぶ。
「俺に‥‥任せて‥‥ください」克が覚醒。一瞬にして髪が銀色の炎のように輝く。「豪力‥‥発現」
 同時にキメラが克に向かって体当たりする。
 両者が激突。
 だが、克はキメラの攻撃に吹き飛ぶどころか、キメラの首をホールドしたまま、力を拮抗させている。「おイタが‥‥過ぎますね、子猫ちゃん。さあ‥‥お仕置きの、時間‥‥ですよ」
「今だ!」
 先頭に白鐘、次に零、巴、フェブの順に走り出す。
「クラウドさんっ、はやく来てください!」映が、振り返って叫ぶ。
 クラウドが敵を見つめながら答える。「ここは俺に任せて先を急げ‥‥」
「でもっ」
 クラウドはにやりと笑って、言う。「傭兵にできることなんざタカが知れてる‥‥殴る、斬る、ぶっとばす。壊すばっかりで、何一つ生めやしねえ。だがな、ときどき、誰かを悲しませないために戦えることがある。誰かの命を守るために戦えることがある。そういう戦いができるんなら、死ぬのなんて怖くねえ」
 映はすこしの間キョトンとしていたが、にっこり笑う。「やれやれ、クラウドさん。最初はもっと怖い人かと思ってましたよ」クラウドの横に並ぶ。「ひとつ反論させてください。誰かのために戦えるのは素晴らしいことですけど、死ぬのはナシです」映は超機械γを取り出し、構える。「援護します。みんなが逃げる時間を稼ぎましょう」
 クラウドはニヤリと笑い、<蛍火>と<ハンドガン>を抜いた。覚醒すると同時に額に紋章が現れ、全身から黒いオーラが発生する。
「ここは通さねえぞキメラども」クラウドが右手を挙げて挑発する。「お前らには価値のない花を、何よりも必要としてる奴がいるんだよ」


●脱出
 白鐘を先頭に、脱出チームは走った。
 途中、何匹かのキメラに出くわしたが、フェブとユキが威嚇射撃を行いながら後退。なんとか施設入り口までの脱出に成功した。
「ここまで来れば大丈夫だにゃー」フェブが息をつき、覚醒を解除した。
 白鐘が通信機を取り出し、クラウドたちに無事脱出したこと、そちらも脱出することを告げた。
 次に、移動艇に連絡する。「こちら白鐘。任務を完了した。迎えに来てくれ」
「こちら移動艇。依頼人から通信が入っているが、どうする?」
「つないでくれ」
 通信はすぐにつながった。「本郷だ。<青い花>はどうだった? 無事に手に入ったのか?」
「ああ」白鐘が答える。「しかし、手に入れられたのは1本だけだ。他は燃えてしまった‥‥すまない」
「そうか」本郷はそう言った後、しばらく沈黙した。「そうか。いや、それが一番いい」
「ドクター本郷‥‥どういう意味だ?」
「代わって下さい」巴が無線機をつかんだ。「ドクター本郷、今の言葉ではっきりしました。実は、ずっと引っかかっていたんです。今回の依頼について。あなたは私たちに、嘘をつきましたね?」
「嘘?」
「そうです。奥さんを殺そうとしているのは、バグアと共にやってきた未知の病原菌なんかじゃない。奥さんを殺そうとしているのは、あなたが作った病原菌です」
しばらくの間、誰も何も言わなかった。
 1分ほどの沈黙の後、本郷が言った。
「そうだ」


●真実
「どうして分かったんだい?」本郷は言った。優しい声だった。
「単純な確率論ですよ。奥さんが、非常に感染力の低い病気にたまたまかかった。その病原菌が、たまたま<青い花>にDNAが似ていて、たまたまあなたは<青い花>について誰より詳しかった。そんな偶然ありえますか? 加えて花に関してあなたは詳しすぎ、逆に他に誰も論文を書いている人がいないことから類推して、いちばん可能性の高そうな筋書きを言っただけです」
「なるほど‥‥さすがだ。その通りだよ」
 本郷は語った。
「数年前、私はUPCのバグア施設調査団に科学班として参加していた。私はそのバグア施設跡で<青い花>をこっそり持ち帰った。知っての通り、バグア技術には未知のものが多い。うまくすれば新しい技術を見つけられるかも、と思った。当時私の研究室は極貧でね。研究費を得るには、新発見の論文を書く必要があった。そして<青い花>のDNAをいろいろなものに組み込む実験を始めた。そして‥‥後は知っての通り。合成された菌が、運悪く妻に感染した。私は必死に治療法を探した。だが現存のどんな抗生物質も効果はなく、結局同じDNAを持った菌が必要なことが分かった」
 白鐘がため息をついた。フェブとユキが、悲しげに視線をかわした。
 だが。
「いい加減にしてください!」
 怒鳴ったのは巴だ。
「あなたはどれだけ嘘を重ねれば気が済むのですか! 奥さんのことも、そうやって騙したんですか!」
 本郷がたじろぐ。「何を‥‥言うんだ」
「あなたは青い花と菌を、ULTや民間企業に売ることだってできた。そのほうがずっと儲かります。けれどあなたは、自ら研究し、論文を書くこと選んだ。つまり、あなたはお金に困って菌を作ったんじゃない。あなたは、科学者にとって最大の誘惑‥‥そこに誰も知らないものがあって、それを自分が最初に知ることができるという誘惑に負けたから病原菌を作ったんです。そしてあなたは当然、その菌の効果を知りたくなった。だからあなたは、奥さんに、進んで、病原菌を注射した! 偶然なんかじゃなく、あなたの意思で!」
「それは‥‥僕は‥‥」
「あなたにこの花は渡せません」と、巴はきっぱり言った。「この花を手に入れたら、あなたはまた病原菌を合成するでしょう。そして次は他の誰かで病原菌のテストをするかもしれません。私たちはそんなもののために命を懸けたんじゃない」
「分かった‥‥依頼料を倍額、いや3倍出そう。だからその花を、どうか」
「お金の話じゃありません。命の話です、本郷さん」巴は目を閉じて言った。「この<青い花>で、再び病原菌を作らないと約束してくれますか。もし約束できないなら、私はこの場で、花を焼きます。この花はもう、世界に一本しかありません。最期の一本です。もしこの花を焼いてしまったら、どうなるか分かりますか、本郷さん。二人きりで研究所を支えたあなたの奥さんは死に、あなたは世界にたったひとりぼっちになってしまうんですよ。この<青い花>と同じように、ひとりぼっちになってしまうんです。それがどういうことか分かりますか?」
「ああ、分かる。分かるとも‥‥そんな世界には、生きていく価値などない‥‥分かった、約束する。絶対だ。絶対に病原菌の合成はしない。治療薬しか作らない‥‥だから、花を渡してくれ‥‥妻を、助けてやってくれ‥‥頼む‥‥」
 それきり無線機からは何も聞こえなくなった。
 悲しい沈黙が無線機から伝わっていた。