タイトル:L・Hを飛び出してマスター:浅葱 翔

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/29 01:25

●オープニング本文


●夏綺の葛藤
「何故、春香を1人にしたんだ?」

 自分に向けられる厳しい声
 それは、俺が一番頼りにしてて

「何故だと聞いているんだが?」

 いま一番心配してる

「答えられないのか?」

 冬護兄ちゃんの声だ

「兄ちゃんと姉ちゃんばっかり、危ない目にあわせる訳にいかないだろっ!」

 稼ぎ出さなきゃいけないのは生活費だけじゃない
 父さんと母さんの入院費だってある
 正確な額は教えてくれないけど、大変な額なんだなって事は俺にだって分かる
 それを兄ちゃんは最初、独りで賄おうとして‥‥

「危険な依頼ばっか行ってんの、知ってんだからなっ!!」

 いっつも傷だらけになって帰ってきて‥‥
 傷が治りきらないうちにまた出掛けて、ぼろぼろになって‥‥
 今にも倒れそうなのに眼だけは鋭くて‥‥
 姉ちゃんが一緒に依頼に行くようになって、ちょっとは楽になったみたいだけど‥‥

「‥‥金の事は心配するな」

 んな暗い顔で言ったって、納得出来ねえよ!
 俺が依頼をもっと請けるようになれば、兄ちゃんも姉ちゃんも楽できるじゃん!

「気持ちは嬉しいけれど、だからって春香ちゃんを独りにした事に賛成はできないわ」

 ‥‥! だけどっ!

「春香ちゃんがお世話になった能力者さんにも言われたでしょう?」

 そう‥‥だけど‥‥‥

「今の状況でも心苦しいのに、夏綺くんまでラスト・ホープを離れるようになったら‥‥」

 だけど‥‥だけどさぁ‥‥‥

 ‥‥俺、空回ってるのかなぁ
 兄ちゃんと姉ちゃんの役に立ってねえのかな‥‥

●出発の朝
 倉田家の玄関。
 ひどく緊張した面持ちで、夏綺は自身の装備を何度も確認していた。
 そんな彼の背後からパタパタとスリッパの軽い音が聞こえる。
 妹の春香だ。
「兄ちゃん、仕事行ってくるからな。大人しく留守番してろよ」
 そう言って夏綺は後ろを振り返る。
 そこには自分を心配そうに見つめる春香の姿があった。
「大丈夫。もう少ししたら能力者さんが来てくれるから」
 元気付けるように発したその言葉にふるふると首を振る春香。
 てっきり独りで不安なのだろうと考えていた夏綺は怪訝な表情を浮かべた。
「おねつ‥‥あるの? かおいろわるいよ?」
 恐る恐るそう聞いてくる春香に、夏綺は自分の心を見抜かれたような気がして驚いた。
 実は夏綺には戦闘経験というものが全くない。
 彼が請け負ってきた依頼というのは、その殆どがラスト・ホープの中で起きた、事件と呼ぶにはあまりにも平和なものばかり。
 名古屋、北アメリカで行われた大規模な作戦も、兄に留守を命じられた為に参戦していない。
 そんな自分が初めて『戦闘が起こる(かもしれない)依頼』を請け負った。
 努めて意識しないようにはしていたが、不安が全くないかと言えばそれは嘘になる。
 だが‥‥妹にそれを見抜かれたとあっては兄の沽券に関わる。プライドが傷つく。
 だから、夏綺は一生懸命適当なこじ付けを考えてこう答えた。
「あぁ‥‥‥‥これは春香の作ったおむすび食ったから」

 その後夏綺は、怒った春香にぽかぽかと殴られた。

●参加者一覧

稲葉 徹二(ga0163
17歳・♂・FT
ナレイン・フェルド(ga0506
26歳・♂・GP
ファファル(ga0729
21歳・♀・SN
シエラ(ga3258
10歳・♀・PN
シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
藍紗・バーウェン(ga6141
12歳・♀・HD
クラウディア・マリウス(ga6559
17歳・♀・ER
ティーダ(ga7172
22歳・♀・PN

●リプレイ本文

●出発
「4人座るのは少し窮屈かしら」
 ナレイン・フェルド(ga0506)はトラックの座席を見ながらそう呟いた。
 他の2台は一般人である運転手を降ろし、藍紗・T・ディートリヒ(ga6141)とティーダ(ga7172)の両名が運転する事になっていたのだが、美術品を載せたトラックだけ運転手が決まっていなかったのだ。
「荷台はどうなっているのかしら?」
 ナレインがそう声を掛けたのは輸送責任者であるらしい恰幅の良い男だ。
 その言葉にトラックの後部へと回った運転手は荷台の扉を開ける。
「‥‥何じゃ、この青いのは」
 藍紗が驚いたのも無理はない。
 荷台の中は一面、青い何かで埋まっていたからだ。
 手を伸ばしてそっと触れると柔らかな感触を持って応える何か。
 運転手の話ではこの何かに美術品が埋め込まれているらしい。
「今回は破損すると事だからな。念には念を入れてだ、ハッハッハ」
 と運転手は豪快に笑い声を上げた。
 いや、いくらなんでも入れ過ぎだろうと能力者達は思わなくもなかったが、これでは荷台に乗るのは無理そうだ。
「じゃあ、私が運転? トラックなんて運転できるかしら?」
 と少し心配気なナレインに、
「な〜に。儂が手取り足取り腰取り教えてやるわい、ハッハッハ」
 と又もや豪快に笑う運転手。その言葉に藍紗は露骨に眉を顰めたが、
「腰取りは困るわぁ〜」
 ナレインはさらりと受け流した。

 トラックの動かし方を運転手から教わった3人はそのまま、走行ルートの確認やキメラの出現状況、その他の注意事項についての確認に入った。
「私、おすすめの柿ピーチョコよ〜♪」
 打ち合わせばかりでは堅苦しくなるだろうと懐からお菓子を取り出すナレイン。
「お〜、姉ちゃん。話せるねぇ」
 腹が空いていたのか、喜んで手を伸ばす運転手。
 彼の『姉ちゃん』という言葉にナレインはくすくすと笑い声を洩らした。
「‥‥そうだったわね。私ね、こう見えても男なのよ」
 ナレインのその言葉に、
「ええ〜!? そ、そうなんですか?」
 驚きを隠せないティーダ。藍紗も目を丸くして彼の顔をまじまじと見ていた。
 運転手も最初驚いた様子を見せたが、
「ハッハッハ、そっち系か」
 何かを勝手に納得したらしく、豪快に笑ってナレインの肩をバンバンと叩く。
 その言葉にそうそう、そっち系なのよ〜とナレインは特に気に留めた様子もなくさらりと流したのだが、藍紗・ティーダの2人はナレインが何系だと思われたのかが少し気になっていた。

「貴様が夏綺か。己が出来る事をやれ‥‥いいな?」
 ファファル(ga0729)は緊張した面持ちの夏綺にそう声を掛けた。
「は、はいっ!」
 彼女の素っ気無い言葉に緊張が更に増したのか声が上擦る夏綺。
 彼の様子に少々言い方がきつ過ぎたと感じたファファルは、吸っていた煙草の煙をふぅっと吐き出し、
「無理は言わん」
 声音に少し感情を込めてそう言った。
「そう。無理は禁物であります。故にどの辺が無理なのか見極めるのが先決かと」
 稲葉 徹二(ga0163)は冷静に指摘する。
 その言葉に、はぁ‥‥と落ち込む夏綺。
 どの辺が落ち込む要因になったのかさっぱり分からない徹二であったが、実は夏綺自身にも全く分かっていなかった。
 緊張がピークに達した彼の中で、何かが切れたのだろう。
「うふふ、緊張してる? 当然だよね、私なんていつもだし」
 そう笑顔で声を掛けたのはクラウディア・マリウス(ga6559)だ。
「大丈夫だよっ、今回の依頼はみんなベテランさんだし平気だよ!」
 そう言って皆を指し示す。
「夏綺君は夏綺君にできる事をがんばろっ」
 わたしもだけどね。自戒の意味も含めて、クラウディアはそう付け加えた。
「そ、そうですよね!」
 緊張しているのは自分だけではないのだという事に安心したのか、夏綺の肩から目に見えて力が抜ける。
 そんな彼につかつかと歩み寄ったシーヴ・フェルセン(ga5638)は、ドローム社の若き女社長、ミユ・ベルナールの手作りチョコレートを差し出して強引に受け取らせ、
「3倍返し」
 無表情のまま夏綺に親指を立てた。
 その行動にプッと噴き出す夏綺。
 いやいや、3倍は無理です、3倍は、とシーヴにチョコレートを返していた。
 そんな和気藹々? としたムードの中、今回のメンバー中唯一夏綺と面識のあるシエラ(ga3258)だけは、1人彼から距離を置いていたのだった。

●護衛車の中で
「‥‥私、少し怒っています」
 車を走らせて暫くした後、シエラが唐突に口を開いた。
「夏綺さんは言いました。『これからは出来るだけ家にいるようにします』と」
 そう言って、シエラは見えぬ目を夏綺へと向ける。
「春香さんを置いて仕事へ向かうのは、お兄さんも、お姉さんも、不安でたまらないのだと思います」
 そう言葉を続けるシエラ。
「春香さんから離れたくない。そう思っている筈ですし、春香さんだってお兄さん達と離れたくはない筈です」
 運転席にいる以上、聞くしか選択肢のなかったナレインだったが、夏綺ちゃんには色々と複雑な事情がありそうねと顔には出さずに頷いていた。
「春香さんの傍に居てあげて下さい」
 静かな、だが強い声音で話すシエラに、夏綺が何かを言いかけようとした、その時。
「(‥‥お客だ。各車、気を抜くなよ)」
 無線機から届く緊迫した声に彼らの会話は遮られた。

●キメラVS能力者
 前方にいるのは道を塞ぐようにして立つ、巨大な狼型キメラ1体。
 ファファルは無線で全車に警戒を促した後、自身は窓から身を乗り出してキメラへと発砲した。
 後続車からも窓側に座っていたシエラ、ナレイン、クラウディアの3人がそれぞれの得物でキメラへと攻撃を加えてゆく。
 
 オォォォォン‥‥。

 能力者達の攻撃に、狼型キメラは大きく首を仰け反らせて一声吼えた。
 と、その声に呼応するようにして、何処からとも無く鳥型キメラが現れる。その数、4体。
 トラックを囲むようにして現れたそのキメラ達に戦闘は回避できないと判断した能力者達は、先頭車両を運転するティーダの合図で車を急停車させ、外へと飛び出した。

「このトラックには指一本を触れさせないわよ!」
 飛び出したと同時にナレインは急降下してきた鳥型キメラを回し蹴りで叩き落とし、今度は地面に手をつき側転をする要領で足を高く上げると、勢い良く振り下ろして一気にキメラの頭を蹴り潰した。
「これで1体‥‥ね」

 武器は持ってはいるものの両腕をだらんと下げた、一見無防備にも見えるその姿勢。
 そんなファファルにあざとく狙いをつけたキメラが上空から襲い掛かる。
 ぐんぐんと近づいてくるキメラに、ファファルは全く反応しない。
 彼女の身体に爪が届くか届かないか程の距離に近づいた、その瞬間。
 目にも留まらぬ勢いでファファルは銃を構えると、タタタタタッと軽快な音を立てて銃弾が驟雨の様にキメラの身体へと降り注いだ。
「はっ、歯ごたえのない‥‥」
 体中から血を吹き出させて絶命したキメラを見据えながら、ファファルはそう吐き捨てた。

 トラックの荷台へと飛び上がった藍紗は、2体の鳥型キメラを相手に苦戦していた。
 自由に空を飛び回る事が出来るキメラとは異なり、広さが限られている足場に行動が制限される藍紗。
 加えて、相手は自分達の行動の隙を補い合うかのように攻撃を仕掛けてくる為、防戦一方の藍紗は中々反撃に移れない。
 気付かないうちに端へと追い詰められていった藍紗は、目測を誤って足場の無い場所へと一歩踏み出しバランスを崩して倒れ込む。その両肩にキメラの鋭い爪が食い込んだ。
「ああっ!」
 身体に走る痛みに思わず悲鳴を上げる藍紗。咄嗟に矢筒から矢を取り出し、自分に馬乗りになっているらしいキメラにえいっとばかりに突き出す。
 その矢に頭を貫かれたキメラは耳を劈く様な叫び声を上げながら、地面へと落下していった。
 はぁはぁと荒い息を吐きながら、残るもう一匹に向けて矢を番える藍紗。
 しかし、キメラの爪の喰い込んだ痕が熱を持って痛み、視界がぼやけて狙いが定まらない。
 対するキメラはこれを好機と見たのか、上空から自分へと急降下してきた。
 と、肩の傷がうっすらと熱を持ち、それと同時に先程までの痛みが嘘の様に引いていく。
 今まで二重に見えていたキメラがピタリと1つに重なった。勢い良く放たれる矢。
 狙いは過たずキメラの心臓を貫いた。
 ふぅと一息吐いた藍紗に、
「藍紗さん、大丈夫ですか!?」
 トラックの下から声が掛けられる。
「大丈夫じゃ。夏綺殿、礼を言うぞ」

 ティーダ、シーヴ、シエラの3人は狼型キメラと対峙していた。
「Einschalten‥‥」
 シエラの呟きとともに常ならば青味がかった銀色の瞳が深い朱色へと変化する。
 それに合わせる様にして、シーヴもアレキサンドライトの様に緑から紅へと、ティーダは猫の様に瞳孔がすぅっと縦に細くなった。
 まず、飛び出したのはシーヴだ。
 相手の攻撃を巧みにかわして素早く側面へと回り込んだ彼女は、淡く赤色に輝いた大剣をキメラの身体へ深々と突き刺す。
 痛みにその身を大きく捩らせるキメラ。それによってシーヴは吹き飛ばされ、彼女は派手な音を立ててトラックへと激突する。
「シーヴちゃん!」
 悲鳴を上げるクラウディア。
 怒りに燃えるティーダがキメラへと踊りかかり、武器をライフルへと持ち替えたシエラ、鳥型キメラを倒し終えたナレイン、ファファルの両名がその援護へと入る。
「治癒しますっ」
 超機械をシーヴへと向けるクラウディア。
 その脇を通り抜ける様にして徹二がキメラの許へと駆けた。
「これで終わりだぁ!」
 勢いをつけて大きく跳躍する徹二。
「星の加護を!」
 その武器がクラウディアの掛け声と共に淡い光を帯びる。
 狼型キメラの頭へと肉迫する徹二。
 能力者達への憎悪に爛々と輝く瞳を前に、徹二はその片方へと刀を突き立てそのまま横に薙いだ。
 その攻撃に耐えられなかったのか、キメラはその身を自身の血液で紅色の染めながらゆっくりと倒れ。
 そして、二度と動く事はなかった。

 激しい戦いを終えて一息吐く能力者達からは少し離れ、ナレインは独り愁いの表情を浮かべていた。
(「この子達、人を襲う事だけしか考えていないのかしら」)
 目の前にある5つの物言わぬ骸を静かに見つめるナレイン。
(「もし、そうなら‥‥そう作られているのだとしたら‥‥悲しい存在よね‥‥‥」)
 云わばキメラも被害者なのかもしれない。そんな思いを胸に抱えながら。

●到着
 その後、キメラと幾度か出会ったものの戦闘に発展する事もなく、無事に目的地へとたどり着いた能力者達。
 受取人へと美術品を渡し終える頃には、辺りはすっかり夜の帳が下りていた。
「今日はもう遅い。ホテルに部屋を取ったから、ゆっくりしていきなさい」
 受取人の申し出に能力者達は素直に甘える事にした。

「お疲れ様、任務完了だよ!」
「よく頑張りましたね」
 クラウディアとティーダが夏綺へと労いの言葉を掛ける。
「さて、依頼成功を祝って‥‥」
 酒でもと言いかけたファファルだったが、飲酒の出来る年齢に達していなさそうな者が大半である事に気付き、
「飯でも奢ってやろう」
 と言葉をすりかえる。その言葉に、
「やったぁ! 俺、チョー腹減ってたんですよね」
 さっきまでの『僕、です・ます口調』がガラリと変わる夏綺。
 どうやら、こちらの言葉遣いの方が地であるらしい。
「ふふふっ、私は付き合うわよ? そんなに強くはないんだけどね」
 ファファルが飲み込んだ言葉を察して優しく声を掛けるナレインに、
「自分はカツ丼が食べたいであります」
 ちゃっかり乗る徹二。
「あれ、シエラさんは?」
 辺りを見回す夏綺に、
「‥‥ここにいます」
 背の高いファファルの陰からシエラの声が聞こえてくる。
「ううっ、せっかくの申し出じゃが、我は部屋でゆっくり休むとするかのう」
「シーヴも今日はゆっくりしやがるです」
 傷の酷い藍紗とシーヴは部屋でゆっくり休む事となった。

「先程は助かった。重ね重ね礼を言う」
 食事を取り終わり、宛がわれた部屋で独り考え事をしていた夏綺の所に藍紗が訪れていた。
 何の用だろうと訝しむ夏綺に、ラスト・ホープを離れてよいのか? と藍紗は切り出した。
 妹である春香と面識のある彼女は、倉田兄妹が何かしらの事情を抱えている事は容易に想像がつく。
「そなたの考えを否定はせぬ。だが、春香殿を独りにしてまで為すべき事なのか‥‥それを良く考えるのじゃ」

(「春香を独りにしてまで‥‥か」)
 ベッドにごろりと転がって、目を瞑る夏綺。
 朝、自分を快く送り出してくれた人達。自身の立場を振り返れという人達。
 その違いは語調が優しいか厳しいかだけで、どちらの弁も自分の為を思っての事なのは分かる。
 だが、それを頭では分かっていても感情では割り切れない。
 厳しい事を言われて素直に聞ける程、彼は成熟していないからだ。
(「かぁ〜、全然考えが纏まらねぇ‥‥」)
 頭をガシガシと掻き毟る夏綺。悶々とした状態のまま、彼は夜を明かすのだった。