●リプレイ本文
●調査
「で、どっちがアラン・スミシー?」
新たな情報と依頼人の真意を求めてUPC本部へとやってきたエイト・マインド(
ga4373)は、目の前にいる2人の職員にそう呼びかけた。
「今回の依頼はしょ「わ、私がアランでこっちがスミシー。れ、連名の依頼なの!」」
被せられたあり得ない発言に場の空気が固まる。呆れて物も言えないエイトを横目に、他称『スミシー』が自称『アラン』に詰め寄った。
「(何なの、あんたは!)」
「(だって、依頼人明かせないでしょ!?)」
「(だからってそんな無茶な説明ないでしょ!! 諸事情で明かせないって言えば良いじゃない!!!)」
「(あっ、そうか‥‥)」
「(バカー!)」
「なんか問題か?」
「「ないない、何の問題もないです!!」」
2人の小声のやり取りに業を煮やし声を掛けるエイトに、慌てて首を振る2人。
「で、私達に会いたいというのはどうして?」
気を取り直して用件を尋ねる『スミシー』に、今回の依頼の意図を知りたいと聞くエイト。この質問に再度2人は頭を抱えた。
(「「意図なんて知らないわ! 上に聞いてよ!!」」)
とは言えない。先程自分達が依頼人だと名乗ったばかりだ。
答えられないのはおかしいし、実は諸事情で‥‥と今更言ったところで、逆に要らぬ興味を引きかねないと判断した『スミシー』は、
「『アラン』、答えてあげて」
相棒に振った。傍目にも分かるほど顔が蒼褪める『アラン』。
「あ、あたし!? ‥‥え、えっと、そ、それはですね。ゆ、UPC職員としましては、ラ、ラスト・ホープにおける、きょ、脅威を取り除こうと‥‥‥」
この後、10分に及ぶ訳の分からない説明を聞かされる事になったエイト・マインドは、最初の5分までは別に分からないなら分からないで良いのに、お姉さん達も大変だねぇなどと考えていたが、後半の5分は、取りあえず依頼は他の奴に任せといて、何をするか‥‥ブラックジャック、レッドドッグ、ポーカー‥‥ポーカーにするかなどと既に何で遊ぶかの算段に入っていた。
カジノ近くの寂れたバー‥‥と言うよりも居酒屋に近い店を訪れたのは藤田あやこ(
ga0204) ・ 大山田 敬(
ga1759)の2人だった。
「おいちゃん、勝負できるところ知らないかな?」
敬のコインを鳴らしながら問いかけに、無言で指差された先は何の変哲もない煉瓦調の壁に頑丈そうな木造の扉一枚だけだった。
「あそこ?」
あやこが素直な疑問を呈する。飾り気のない外観は凡そカジノと言われて想像するものとはかけ離れているからだ。
「夜になるとあの扉の前にガタイの良い黒服が並ぶ。見張りだろう、すぐ分かるさ。遊べて、更に酒も飲めるってんで、こちとら、商売上がったりだがな」
と店主は肩を落とす。
「気にすんな。俺はお高い店よりもこういう店の方が好きだぜ」
と話す敬に、
「おうおう。安くて悪かったな」
と、さして気にする風でもなく答える店主は、笑いを押し殺したような顔でつまみを差し出してくる。敬の言葉が単純に嬉しかったのだろう。
●潜入
「いい女だとは思っていたが、こうも変わるとはねえ‥‥」
赤褐色の肌が映える白のスーツに黒のコートとサングラスという、絡まれたら思わず謝ってしまいそうな出で立ちをしたダーギル・サファー(
ga4328)は、目の前に現れた女性の姿に舌を巻いていた。
「そ、そうかなぁ。変じゃない?」
篠森 あすか(
ga0126)は赤の地に煌びやかな金の刺繍があるチャイナドレスに身を包んでいた。
「俺は良いと思うぜ。では行こうか、『あかね』」
と差し出された腕に、あすかは慣れていないのかぎこちなく手を添えつつも
「私は『あすか』よ、ダーギルさん♪ 女の子の前で別の子の名前はキ・ン・ク」
と悪戯っぽく笑う。その言葉にダーギルは苦笑しながら自分の手をあすかの手に重ね、腕を組ませるように誘導する。あすかの顔が朱に染まる。
「すまねえな。昔の女だろうさ」
そう言うとダーギルは優雅な足取りであすかを店内へとエスコートしていった。
店内に入ると、
「どうして持って入っちゃいけないのよ!」
「ね、姐サン。まぁ、落ち着いて‥‥」
店員と論争しているあやこと、それを宥めようとする敬の2人に出くわした。
「そのお手持ちの超機械を行使されれば、私共の店は半壊致します。お客様がそのような事をなさるとは『夢にも』思いませんが、ギャンブルに負けた方が騒ぎを起こすのは日常茶飯事ですので」
そう理路整然と諭す店員。
「能力者の方々には全員やって頂いている事ですから」
そう続ける店員の後ろには先に入店を済ませたのだろう、辰巳 空(
ga4698)の得物であるらしきファングも置かれている。
「わ、分かったわよ! 後でちゃんと返してよね!!」
渋々、超機械を預けるあやこ。
ダーギルはその一部始終を見て、自分のナイフも取られるのかと内心警戒していたが、そこまでは問われなかった。
「愛原 菜緒(
ga2853)ちゃんに連絡入れてくるね」
入店後、しばらくルーレットに興じていたあすかだったが、そうダーギルに声を掛ける。
「ああ、了解。こっちを俺に任せとけ。このまま勝てばVIP待遇も夢じゃねぇな」
そう豪快に笑うダーギルに笑顔で応え、席を外すあすか。人目につかない場所へと移動し携帯を取り出す。
「菜緒ちゃん、そっちは大丈夫?」
「うん、平気。まだお客さん少ないから退屈だけどね」
精一杯大人びた格好をして突入を試みた菜緒だったが、見張りに引き止められた際、18歳だと主張してしまうという痛恨のミスを犯して敢え無く入店拒否。今は靴磨きの少女を装いながら店から出てくる人間達を見張っていた。
「何か分かったらまた連ら‥‥あっ、ちょっとそこのカッコいーおにーさんっ! 靴汚れてない? ‥‥要らないの? 分かった、またねー」
先程からこれの繰り返しだ。カジノが開店してまだそれ程時間が経っていない。出てくる客は多くなく、それに輪をかけて余裕のある人間が少ない。皆、賭けに負けて帰る人間達ばかりだからだ。
「退屈だなー」
膝を抱えて呟く菜緒。携帯越しに聞こえていた楽しげな音が耳に残る。
ふと辺りが暗くなったのを感じて見上げると、見張りに立っていた黒服の1人が目の前に立っていた。
(「う、嘘。離れて座ってた筈なのに‥‥」)
内心、気が気ではない菜緒。
「お、おにーさん。く、靴磨かない? サ、サービスするよー」
自然と声も弱弱しくなる。
黒服がニヤリと笑った。
(「‥‥有益な情報はなし‥‥。まあ、良い事ですが」)
カウンターに腰を掛け、バーテンダー相手に世間話をしていた空だったが、これといった情報もなく無為に時間を過ごしていた。
(「‥‥あちらはあちらで大変そうですが‥‥」)
その視線の先には同じくカウンターに腰掛けている中松百合子(
ga4861) が居た。
首周りが大きく開いたシャンパンゴールドのドレスを身に纏い、緩やかに髪を巻いた華麗な装いの彼女だが、その装いが災いしたのか始終男に声を掛けられていた。迷惑そうにする様子もなくやんわりと断っていたようだが、今は一段落したのかカクテルを煽っている。
(「‥‥このまま何事もなければ良いのですがね‥‥」)
そう思いながら視線を巡らしたその先に、彼は驚くべき人物を発見した。
(「‥‥あれは‥‥‥ミハイル・ツォイコフ!?」)
ガリーニンの指揮官。その名を知らぬ者はいないと謳われる、著名な軍人。
彼が何故ここに?
慌てて確かめようとする彼に、
「お兄さ〜ん、1人? 私と一緒に飲まな〜い?」
運悪く女性客から声がかかる。もう既に酒が入っているのか、語調が些か舌足らずだ。
(「無下に断れば騒がれるでしょうね‥‥」)
女性客を適当にあしらいつつも一瞬の内に思案を巡らし、空は百合子に視線を送った。
その頃、菜緒は。
「うわっ、すごいすご〜い」
黒服に、5本のナイフを器用に投げ受けする芸を見させてもらっていた。
空からの合図を受け、百合子もまた彼の視線の先にあるものに気が付いた。
(「もしかして、彼が噂の元凶かしら‥‥」)
彼女は徐に腰掛けていたスツールを立ち、そのまま該当人物へと歩き寄る。そして、擦れ違い様に蹌踉めいた振りをして相手の肩へと撓垂れ掛かった。慌てた相手が彼女を抱き止めるが、その結果、お互いの息がかかる程度にまで顔が接近する。
「ごめんなさい。少し酔ってしまって‥‥」
申し訳なさそうに謝りつつも、機会に乗じてまじまじと観察する百合子だったが、
(「‥‥何か違うわ」)
引っかかるものがあった。
近くで見ると成程、顔の作りは確かに似ているものの、目の前の人物には軍人が持つ独特の雰囲気――威圧感や視線の鋭さ――が欠如している。だが、違うと言い切れる程ミハイルの事を知っているかと言われると、答えはNoだ。
(「念の為‥‥ね」)
百合子はそのまま相手を見つめながら、
「それで‥‥いつ私を誘って下さるの?」
という台詞と共に蠱惑的な微笑みを浮かべたのだった。
その頃、菜緒は。
「あっ、これフラッシュでしょ!? ハートが五枚だもん!」
職員のロッカールームで、先程ジャグリングを見せてもらった黒服相手にポーカーをやっていた。周囲には彼女を囲むようにして4人の黒服達があれやこれやと騒いでいる。
「おいおい、また嬢ちゃんの勝ちかよ。トマス、お前幸運の女神様に嫌われてるんじゃねえのか?」
と傍にいる黒服に囃し立てられ、それに対しトマスと呼ばれた黒服が小さくうるせぇと呟く。
「くそっ、もう金がねぇ‥‥ええぃっ、こいつを持ってけ!!」
財布を覗き込んだトマスは小さく舌打ちをし、今までかけていたサングラスを菜緒に投げた。
(「わーい! ‥‥じゃなかった。せっかく仲良くなれたんだから、黒服さん達からも色々話を聞いてみよっと」)
思い掛けない方法で情報収集に貢献していた。
●報告
翌朝。8人は調査結果の報告にここ、UPC本部を訪れていた。
「‥‥以上が今回の調査結果の概要です」
『スミシー』を前に簡潔に要点を述べる空。『アラン』の姿が見えないのはきっと襤褸を出さない為だろう。ただ、それを知っているのはエイトだけだが。
「バグアもなし。ヤクもなし。至極真っ当な非公式カジノだ」
少し矛盾している気がしなくもない台詞のダーギル。昨夜、順調に勝ち続けたせいか彼の表情は明るい。
「‥‥」
「‥‥」
それとは対照的なのがあやこ・敬の2名。後半、感が冴えてきたものの前半の負けが響き惜しくもマイナス。どうやら話す元気もないらしい。
2人とは別の意味で表情が冴えないのが菜緒だ。
「菜緒ちゃん、残念だったね。カジノ入れなくって」
心中を慮って彼女に声をかけるあすかだったが、それに答える様子はない。
「どうしたの、菜緒ちゃん?」
「え!? あ、う、うん。す、すごく残念。わ、私もギャンブルやりたかったなぁ」
その反応を少し疑問には思ったものの、特に心当たりのないあすかは言葉通りに納得したのだが、
(い、言えないよぅ‥‥。黒服さんとポーカーやって服まで剥ぎ取っちゃったなんて。勢いで持って帰っちゃったけど、あれ、どうしよう‥‥)
周囲には想像も付かないような事を菜緒は悩んでいた。
「ミハイル中佐に似た方がいらっしゃったけど‥‥」
余韻たっぷりに話す百合子。空以外の全員は思わず息を呑むが、
「‥‥別人だったわ」
次がれた言葉に誰からともなく安堵と落胆の入り混じった溜め息が漏れる。
「火のない所に煙は立たぬって言うが‥‥随分でっけぇ煙な事で」
噂のお偉方の正体‥‥かもしれない目撃談に、エイトはひゅうと口笛を吹く。
「結局、店内に入ったのは一度のみ。それで結論付けるには些か早計な気もします。引き続き調査をしますか?」
と冷静に指摘する空だったが、
「いえ、後はこちらで。皆様、お疲れ様でした」
と答える『スミシー』。その言葉が合図であったかのように、皆思い思いの場所へと散らばっていった。
●黒幕始動
時、同じくして。カジノ店内の社長室。
‥‥次に先日の依頼の件です。昨夜、武器を持ったまま入店しようとした能力者2名を確認。恐らくは仕事を請け負った者達だと思われます
そうか。鴨がかかったか。で、客の入りに変化は?
先週比で5%増‥‥
何、たったの5%!? 採算が取れるのか、それでっ!!?
UPC本部のモニタに依頼が表示されたのは1週間。効果がどれ程のものなのかは現時点で予想は出来ませんが、広告料だけに関して言えば能力者への報酬等を併せてましても、当初予定されたものの30%程度。収益は微増ですが、支出は大幅に削減出来ています。問題ありません。
ふはははは、そうか。さすが儂。おい、キース。この調子でどんどん能力者を儂の店に呼び込むぞ!
畏まりました