●リプレイ本文
●招くは二つの顔持つ悪魔
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
緋室 神音(
ga3576)が呟くと、その背に虹色に煌く光が一対の翼を形作り、赤霧・連(
ga0668)の純白の髪が緩やかに漆黒へと染まってゆく。
「窃盗も罪‥‥代償はお前の命だ」
神無 戒路(
ga6003)の肌と髪が色を失うと体中が赤く輝く鱗で覆われ、続けて体表に印のような物が浮かび上がった。
彼らに続いて次々と覚醒状態をとる能力者達の前では。
2つの烏の頭に筋骨逞しい男性の身体。背中にはその身を覆わんばかりの大きな翼を羽ばたかせたキメラが、4つの赤い瞳で能力者達をギロリと睨みつけていた。
「双頭の鷲、といった趣ですね。王家の紋章を気取ったのなら、バグアも中々良い趣味をしています」
その姿に斑鳩・八雲(
ga8672)が感心するように声を上げる。
悠然と空に浮かぶキメラを前に能力者達は――背を向けて逃げ出した。
無論、本当に逃げている訳ではない。
キメラとの戦闘で有利に立ち回る為の場所へと誘い出しているのだ。
向かうは使われなくなった倉庫。
事前に確めたところ壁がやや老朽化してはいるものの、そこなら屋外で戦うよりもキメラの飛行や烏型キメラの援軍を制限できる‥‥筈だ。
一心不乱に走る能力者達と彼らの後を追うキメラ。
目的の建物へと辿り着くと、能力者達は転がり込むように飛び込む。
遅れてキメラが中へと入ると、間髪入れずに水上・未早(
ga0049)が扉へと駆け寄った。
未早が力を込めると重量感のある音とともにゆっくりと閉められていく―――成功だ。
閉め切られたせいで若干薄暗くはなったが、窓から漏れる陽の光と神音の翼で内部は仄かに照らし出され、動くのに然程支障はない。
改めてキメラへと向き直り、臨戦態勢を取る能力者達。
南雲 莞爾(
ga4272)の姿がふっと掻き消えると、次の瞬間、キメラの隣へと姿を現した。
目にも止まらぬ早さで刀を繰り出す莞爾。
相手の肩から脇腹に掛けて斜めに裂傷が走る。
耳を劈く様な叫び声を上げるキメラ。
丸太の様な太い腕で殴りかかるが、莞爾は初撃を間一髪で避ける。
「―――目で視る事など不可能だ‥‥!」
膝から下を淡く無色透明に発光させながら呟く莞爾。
続けて彼に殴りかかろうとするキメラにアイロン・ブラッドリィ(
ga1067)がショットガン20を放つ。
勢いよく飛び出した弾は狙いを過たずキメラの翼へと命中したのだが、こちらは胴体の人間部分よりも堅いのか傷1つつかない。
実弾の効きがあまりなかった事から、超機械へと武器を持ち替えるアイロン。
その隙を狙って攻撃目標を莞爾からアイロンへと変えたキメラが、上空へふわりと舞い上がると彼女へと急降下する。
それをアイロンの傍に控えていた鏑木 硯(
ga0280)が、彼女を守るように前へ進み出るとキメラを避けずに迎え撃つ。
勢いの乗ったキメラの攻撃に硯の身体がぐらりと揺らぐが、キメラもカウンター気味に放たれた硯の一撃が顔面へと決まり、動きが鈍った。
そこへ音もなく近付いた雪村・さつき(
ga5400)が、キメラの背に朱鳳の一撃を放つ。
キメラは地面へと叩き落される。
息の合った連携攻撃で優位に立つ能力者達。
(「このまま、配下を呼ぶ前に倒してしまいたいところですが‥‥」)
超機械の電磁波をキメラへと浴びせながら、そう考えていたアイロンの期待は。
次のキメラの行動で見事に裏切られた。
●招かれるは天駆ける漆黒の翼
突然、キメラの二つの嘴が大きく開かれた。
何が起こるのかと身構える能力者達。
と、叩き落したキメラに追撃を試みようとしていたさつきが刀を取り落とし、苦しそうな表情を浮かべて両耳を押さえる。さつきだけではない。アイロン、Cerberus(
ga8178)を除いた能力者達が皆一様に耳を押さえて蹲る。
そして、倉庫の中が先程と比べてふう‥‥と暗くなり、同時に建物の外からバタバタとざわめく音が聞こえ始めると、コツコツと窓を突く硬い音が辺りに響いた。
見遣るとそこは陽光を通さぬ程に黒く埋め尽くされている。烏型キメラの援軍だ。
ピシッっと亀裂が走ると、次の瞬間、派手な音を立てて窓ガラスが砕け散り、烏型キメラが倉庫内部へとなだれ込む。
「うわああああぁぁぁぁぁ」
「きゃあああぁぁぁぁ」
黒い一陣の風になぎ払われる能力者達。
しかし、烏型キメラを呼ぶ事で声ならぬ叫びは終わったのか、先程まで自分達を苛んでいた耳鳴りが嘘の様に引いている。蹲っていた能力者達は痛そうに頭を振りながらも臨戦態勢を取った。
対するキメラも既に態勢を立て直している。腕を組み、幾多もの烏を従え宙へと浮かぶその姿は、能力者達にある種の威厳と威圧感を感じさせ。
「鳥の大群に襲われる‥‥映画でありましたね。まぁ、アレはキメラでは無いですが」
「数の暴力―――まさに文字通りじゃないか」
呟く八雲と、キメラの数の多さに表情を厳しくする莞爾。すると、
「ならば此方はチームワークで対抗しましょう。ふふ、無問題です♪」
連が能力者達を力付けるように笑顔を浮かべた。
「そうだな。この程度で臆する訳にはいかない‥‥とっとと片付けさせて貰おう」
連の笑顔にそう声を掛け、両手に握る刀に一層力を込める莞爾。
緊張の一瞬の後。
能力者達と。
キメラが。
同時に動き出した。
シュッと音を立てて、神音に急降下する一羽の烏型キメラ。
避けた神音がはっと耳に手を当てるとイヤリングが盗られていた。
「あら、手癖が悪いわね‥‥代わりにこれでも食らいなさい」
追いかけて一刀の下に切り伏せる。
「‥‥無事か、神音」
莞爾が声を掛けると何でもないとでも言う様に頷く。
Cerberusの周囲には、スブロフの瓶を咥えて動きの鈍った烏型キメラがいた。
いとも簡単に装備を奪わせたCerberusに調子付き、身に着けていたプロミスリングまでも奪おうとするキメラ。
「悪いが‥‥これを渡す訳にはいかん」
近付いてきたキメラをアーミーナイフで切り裂くと、烏型キメラの群れにウォッカを投げつけた。
同時に、さつきがショットガン20――残念な事に、数日後には鉄屑になってしまうのだが――を放つ。
スブロフとウォッカの瓶が粉々に砕け、アルコール塗れになるキメラ。
「‥‥頃合か」
懐から取り出したライターの火を近づけるとゴウッと音を立ててキメラが燃え上がった。
「‥‥地獄の業火に焼かれるがいい」
未早と戒路はお互いの背中を庇い合う様に立ち、烏型キメラを一切寄せ付けない。
自分達に迫り来るキメラを撃ち落すだけでなく、双頭のキメラへと向かう能力者達に襲い掛かろうとする者や装備を盗んで持ち去ろうとする者を目敏く撃ち落してゆく。
と、弾切れを起こさぬ様にと早目にマガジンの交換を行う未早を狙って烏型キメラが3羽飛来する。
それに気付き、軽く舌打ちをする戒路。
驚異的な速度で弾を込めると、そのキメラに向かってタタタタッと派手に弾丸をばら撒いた。
全身を打ち抜かれてキメラは絶命する。
弾の切れたスコーピオンを投げ捨て、すらりとサーベルを抜いた八雲。
自身に近付いてくるキメラは受け流し、切り払ってゆく一方で、連は彼の死角から襲いかかろうとするキメラを次々と撃ち落してゆく。
「コンビネーション攻撃です♪」
連の声に笑顔で振り返った八雲の表情がはっと厳しいものに変わった。
「伏せなさい!」
言うが早いか、連に向かって衝撃波を放つ。
言葉どおりに頭を屈める連の頭上で、彼女に襲いかかろうとするキメラを薙ぎ払っていった。
古着の端切れにビー玉や針金といった物を縫い付け、即席の腕輪や首飾りとして身に着けた硯。
光を受けてキラキラと輝くそれが烏型キメラの興味を引いたのか、集中攻撃を浴びていた。
未早と戒路が彼に当てぬようにと角度を調節して撃ち落していく傍では。
アイロン、神音、莞爾の3人が守りのいなくなった双頭のキメラと対峙する。
バサッバサッと大きく翼をはためかせて舞い上がり、急降下するキメラ。
狙いは神音だ。
しかし、彼女は微動だにしない。
キメラが彼女の身体に当たるか当たらないかの瞬間で。
神音は飛び上がる
「墜ちなさい――剣技・神槌」
身体全体が炎のような赤いオーラに包まれると、キメラの背に勢いよく刀を振るう。
右の翼が中程までちぎれ、それとともに地面へ轟音を立てて落ちた。
そこへ追撃を仕掛けるアイロンと莞爾。
莞爾が両手の刀をキメラへと突き立てると、アイロンの超機械が辺りを青白く染める程の電磁波でキメラの身体を焼き尽くした。
主を失った烏型キメラは弔い合戦を仕掛けるような忠誠心もなく逃げ出そうとするが、出口が見つけられず倉庫の中を飛び回っていた。
能力者達の攻撃により着実にその数を減らしてゆくキメラ。
そんな中、目にも止まらぬ勢いで1羽のキメラが壁へと飛翔する。
そのあまりの勢いに壁が突き破られた。生じた僅かな穴から逃げ出すキメラ。
そして同じ様にして壁へとぶつかり、穴を開けてゆく他の烏型キメラ。
能力者達は必死で攻撃を仕掛け撃ち落とすが、それでも何羽かを逃がしてしまった。
―――建物内で戦闘する事で有利に事が運んだのは確かだ。しかし、一旦建物外へと出られた場合は逆に攻撃が仕掛けられず不利になってしまった。
キメラを取り逃がしたという結果に肩を落とす能力者達。
まっ、今更悔んでも仕方ないしといち早く気持ちを切り替えたさつきは、早速持参した救急セットとエマージェンジーキットで仲間の治療へと当たり始める。
そこに僅かな羽音。
能力者達に新たな緊張が走った。
周囲を見回すと、床でもぞもぞと動く黒い物体。
死んだと思われていた烏型キメラの一羽が生きていたのだ。
「待って下さい!」
止めを刺そうとする能力者達を硯は静止させる。
「このまま見逃して下さい。少し考えがあるんです」
傷を負っているのだろう、弱々しく羽ばたく烏型キメラはゆっくりと時間をかけて空へと飛び立っていった。
「‥‥そうだ。ブラッドリィさん、少し手伝って頂けますか?」
そう声を掛けた硯にアイロンは怪訝そうな表情を浮かべた。
●恐れるは未知の敵より人の所業
傷付いたキメラをわざと見逃し、その後を注意深く追う事でキメラの巣へと辿り着いた硯とアイロン。
彼らは逃げた烏型キメラを退治したばかりでなく、以前別の能力者達が奪われたらしき装備品を取り返す事にも成功していた。
キメラ討伐の翌日、ULT職員を通して連絡を取った2人は、UPC本部で彼らが現れるのを待っていた。
「きっと喜んでくれますよね」
そう呟く硯にアイロンは笑顔をもって応える。
と、そこへ時ならぬ喚声が響いた。
何事かと硯が目を向けると、職員に案内されたのだろう、こちらへ接近‥‥というよりも突進してくる能力者達。その数、ざっと20。
(「えっ、こんなに!?」)
慌てて自身が持つダンボール箱へと目を向ける。
回収した装備品は指輪やイヤリングなど細々した物が多く、箱も軽かったせいか大して意識していなかったが、数えてみれば確かにそれだけの人数が盗られていてもおかしくないぐらいの数は入っていた。
「な、何か思ってたよりも数多くないですか、ブラッドリィさ‥‥っていないしっ!?」
隣にいた筈のアイロンに声を掛けようとした硯。だが、彼女は忽然と姿を消していた。
驚いた硯が辺りを見回すと、アイロンは少し離れた安全そうな場所に避難し、にこやかな笑みを浮かべて手を振っていた。
(「に、逃げられた〜!?」)
どうする!? どうする、硯!!?
彼が選んだ選択肢は。
『頑張って説得』
「み、皆さん、お、落ち着いてくだうわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
全く効果はなかった。
硯は台詞をみなまで言い終わらぬうちに、押し寄せる人の波に飲み込まれた。
―――数分後。
一段落して、安全を確認したアイロンが近寄ってきた時には。
きっとお礼なのだろう、山のようなクレジットと。
それに塗れて気絶している硯の姿があった。