●リプレイ本文
●テストは突然に
在校生にすら秘密で突如開始された抜き打ちテストに戸惑う声は少なくなかった。
「新入生の案内‥‥と聞いてたんだが‥‥妙なテストに巻き込まれたな」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)もそのひとり、目を細め低い声で呟く。
「猫‥‥猫、楽しみです」
無類の猫好きという真上銀斗(
gb8516)は、課題のテストに少しわくわくしているようだ。
(「あの様子、もし‥‥もしも、自分がと同じなら――?」)
袴姿の真田 音夢(
ga8265)は猫のぬいぐるみを抱きしめながら、新入生のアレクセイ・クヴァエフ(
gb8642)と共にマリナがどこまで一緒であったか確認するため、進路を逆に辿り前の点呼位置へ戻れないか教員へ頼んでみることにした。
しかしテスト用の施錠を施してしまったため今は戻ることはできないとのことだった。かわりに引率していた記録係の映像から、このフロアに入った時に列の中にいることを確認することができた。
ここにいるということは間違いないだろう。全員がその映像の、彼女の姿を記憶した。
同時に教員の持つフロア案内図を確認してから現場確認に向かう。教員が後方で「いってらっしゃい」とのんびり手を振っていた。
さっそく開放されたゲージを数えると、犬が3匹で猫が4匹ということが分かった。今の間にも何かがフロアを駆けている軽快な音や、獣の泣き声等があちこちから聞こえてきている。
「効率よく探せるよう区域を分担しよう、新入生――獅子‥‥だったか、一緒に探索しないか?」
ホアキンが獅子河馬(
gb5095)を誘うと、彼は二つ返事で快く受け入れた。そして次の組分けを決めようとしたとき、1匹の大型犬が彼らのすぐ後ろを駆け抜けていった。
「‥‥あ」
「僕が追いかけます!」
風が追いかけるのとほぼ同時にアレクセイが駆け出していた。探すよりも見つけたものから、という意気込みのアンテナに引っかかったのだろう。待て、という声と共に遠ざかっていく。
「‥‥私は‥‥大丈夫‥‥」
人との交流を苦手とする真田は無表情にぽつりと呟くと、最初によぎった可能性をたより、ひとり捜索に出て行った。
残された二人、真上とリティシア(
gb8630)は、
「自分は捕獲が優先、で」
「わたくしはマリナさんを捜索しようとおもいます」
ほぼ同時に述べたのだが、それは見事に食い違っていた。二人は思わず顔を見合わせる。
(「どのみち区域分担の兼ね合いもあるし構わない‥‥か?」)
ホアキンはやや考えたが、優先する行動をそれぞれ認めつつ目的は確実に、その心構えを訓えると、それぞれ行動に移った。
●犬猫パニック
いち早く動いていたアレクセイは、ただ目の前の大型犬を懸命に追いかけていた。
「く‥‥っ」
見失いはしないが、犬は陳列棚の合間を縫い障害物もものともせず元気に店内を駆け回っていた。追いかけられるのを何かの遊びと思っているのだろう、全力で逃げる、逃げる、逃げる。
もし床がコンクリート等であったならアレクセイにも利があったろうが、爪も割る事無く滑らずに走れる木目の床において差はあまりなかった。むしろ小回りの効く犬の方が優位かもしれない。
が、事前にみた配置図で気になる点があった。
(「確かその先が袋小路のようになっていたはず‥‥!」)
ただ追いかけているように見せつつ、さりげなく方向を誘導して走っていたのだ。壁が近づいた時、それは証明された。
丁度3方向を囲うようにこしらえられた展示スペース。そこにアレクセイが塞ぐように立てば逃げ場はなくなる。
「よーし、おとなしくしてくれよ‥‥」
進む道を失い、逃げ道を閉ざされた犬はうろたえ、その場でくるくると回転する。
ゆっくりと上着を脱いで胸の前に広げるアレクセイ。そのまま距離を縮め、隅へおいやり――がばっ、と上着を被せた。突然視界をふさがれ腕の中でじたばたと暴れる犬、くぅぅんと弱々しい泣き声を上げているが力強い動きに振り回される。
「あー暴れるな、暴れるな。すぐに放してやるから大人しく――なっ!?」
一瞬力が緩んだ瞬間だった、拘束する腕が振り解かれた。逃げられるか、と身構えたアレクセイだったが犬は逃げなかった。そのままじゃれ付いてきた。どうやら遊んでもらいたかったらしい。
(「‥‥ま、いいよな」)
身をすりつけられ服は毛だらけ、顔を舐められべたべたにしながらもしばらくの間よろこんで大きく尻尾を振る犬の相手をすることに決めたのだった。
ほとんどが陳列棚よりも背が高かったおかげでバラバラに移動していてもお互いの居所がおおよそ確認できた、がそれよりも体高の低い犬猫はその視点からでは見つけることが出来なかった。
ホアキンは床と陳列棚の間にある隙間に目をつけしゃがむと、首をひねって片目で覗ける程度のスキマを探る。
その最中、一瞬の影でも見つけてみせるという意気込みを胸に、獅子は周囲を丹念に見張り続けるが特に変化はなかった。
薄暗い暗闇の、隅の方に一対の目。
「‥‥いた」
「さすが先輩!」
発見の知らせに獅子が感動の声を上げ、同じようにそこを覗き込んだ。震えるように小さな目が光っている、大きさからいって子猫だろう。
「無理に引っ張り出すのはかわいそうか、‥‥釣り出す、逃げられないようそっちの通路をふさいでいてくれ」
ホアキンは立ち上り、顔に付いた粉を払うと獅子に通路封鎖を指示し配置に付かせた。万が一通路に出てきたときにそのまま別のところに逃げていかれないようにする為に。
そしてそれを確認してから所持していた釣槍の先端から糸を引き、近くにあった小さな箱を結びつけた。
子猫がいる付近の床に置き、自分は離れる。そして、ゆっくりと糸をひいていく。
かさかさ、かさかさと箱が床にすれながら移動する。
しばらくは何の反応も見られなかったが、少しすると低い「ウカカカ」と呻き声が聞こえてきた、一瞬の静寂、そしてそれは疾く飛びついてきた。
かっ、と箱が跳ねた。前肢で箱を抱え込み、後ろ足で何度も引っかいている――いわゆる猫キックだ。
(「‥‥よしよし‥‥」)
そのタイミングを見逃さず擦寄り、優しく抱き上げ身体に付いた埃をはらってやりながら頭をなでる。当の子猫はまだ遊び足りないといった様子でじたばたと暴れている。
「きっと一匹目ですよね!」
その子猫を傷つけないよう大切に扱いながら、一応反対側も確認しておこうと覗き込むと、少し遠くに4本足――というより四つん這いになった人間の4肢が見えた。
ホアキンと獅子が1つ隣の陳列棚越しから覗き込んでみると、そこは独特の張り詰めた空気に包まれていた。
今にもお互いに飛び掛っていきそうな二匹の猫。互いに全身の毛を逆立て尻尾を太く大きくし、耳を折り曲げお互いににらみ合っている。時折ひくひくと動く髭、ゆっくりと上げる前足。
そしてその様子を見守るように四つん這いで構えている――真上。猫たちを魅入っているようだ。
(「猫‥‥猫天国‥‥♪」)
こちらも、今にも猫に抱きつきに向かいそうな動きを見せている。
捜索の為に通りかかったそのとき発見した向かい合う二匹の猫、思わず足を止め同じ視線で見つめあいの仲間に入ってしまっていたのだった。
ある程度知識があるとわかるが――こういうとき、間に入ると問答無用で双方から攻撃を受ける。様子見の小さな攻撃が続く中、誰が最初に動くかそんな駆け引きの最中だった。
(「ただ見つめあうのもいいですが、やはりこの手でこの子達を‥‥!」)
真上が決意し動いた。
その大きな動きに、飛び上がった二匹。向かい来る人間、ここは一時休戦とばかりに身を翻す猫。
ぎゅっ!
しかし真上の動きの方がわずかに早かった。的確に狙いを定め、一匹の標的をその手に捕らえた。もう一匹は表面の毛数本を指でかすったが抱くまでに至らなかった。その場を逃げようとする猫の前に、獅子が立ちはだかった。先ほどと同じように何かあったときのためサイドに構えていたのだ。
興奮した猫はそのまま問答無用で飛び掛る。
「い、いてっ」
爪や牙を立てられ皮膚にスリ傷を負う獅子だったがどうにか無力化するに至った。
(「うん、ふわふわ、ふわふわ‥‥ふふ」)
真上も同じように顔やら腕やら露呈している部分に引っかき傷を作っていたが、特に気にしていないようだった。まどろんだ表情で、すりすりとその毛並みに頬擦りしている。そのうち猫の方が抵抗を諦めたようだった。
「さ、次へいこう、まだ残ってるはずだぞ。あ、それと血は早いうちに拭え、また猫が興奮しかねない」
ホアキンは傷つく二人を交互に見ながら淡々と注げた。彼の腕の中の子猫はうとうととくつろいでいた。
「あ、‥‥猫」
人気のない休める場所を中心に捜索を進めようとしていた丁度その時、真田は一匹の黒猫と遭遇していた。近づくと逃げるわけでもなく、待つわけでもなく、一定の距離を保ったまま一緒にフロアを歩いていた。
(「‥‥休憩、室?」)
黒猫がふと足を止めたその場所はガラスで区切られた休憩室だった。真田の目の高さまで模様が刻まれ、中が見えないようになっていた。扉の前で待つ黒猫を静かに抱き上げ、ノブを回し、扉をそうっとくぐった。
灰皿があって、ベンチがあって、自動販売機があって――
「黒猫のおかあさん‥‥? あ、違う、‥‥マリナ、さん?」
視界を遮るガラスの真裏、自動販売機の影から黒い靴の先が見えた。マリナは木製のベンチの上で頭を抱えるようにしてうずくまっていた。
「あなたが、案内してくれたの‥‥?」
腕の中の黒猫の喉をそっと撫でながら真田は尋ねた。もちろん返事はなかったが、まるで応えるようにゴロゴロと喉を鳴らしていた。
真田はマリナの横に静かに腰を下ろして脈、体温を確認したが大きな問題は見られなかった。うっすら汗がにじむ額に、そっと猫のぬいぐるみを乗せる。
「‥‥‥‥?」
ぬいぐるみの感覚に気付いたのだろう、マリナは薄く目を開いた。
「おはようございます、マリナさん。‥‥体調がすぐれませんか?」
「あ、先輩、いいえ――っつ」
引率で付き添ってくれている先輩だということはすぐわかった。急いで起き上がろうとしたが、ズキズキと脈打つ重い傷みが頭を襲う。
「無理‥‥なさらず。お困りでしたら、遠慮なくお申し付け下さい、ね?」
せかさない、穏やかな真田の途切れ途切れの声に、マリナは少しずつ言葉を繋げていく。
沢山の人、色々な人の目、声、向けられる期待と熱気、全てが慣れないことで怖くて――。
「能力者となって非常の力を得たといっても、心は常人と同じ‥‥」
力を持ち傲慢になるも、弱い心の者もいる、誰もが感じ乗り越える壁――。
大体マリナが心の吹き溜まりを吐き出し終えた丁度その時、扉がきぃときしむ音がした。真田が顔を向けるとそこにはリティシアが立っていた。
「まぁ、マリナさんご無事でした? わたくし心配で‥‥」
軽い足音を立てて側に駆け寄り、その手を握った。
――心配してくれる人がいる。
「‥‥症状は軽いようです、けど、まだ自力で動けない、ようです‥‥」
隣に座る真田が状況を説明した。
「それでしたら男の方々をお呼びして運んでもらった方がよろしいですね、わたくし呼んで参ります」
無理してはいけませんよとマリナに言うや、リティシアは休憩室を小走りで抜け出した。発見の報告と応援の手配をしてもらおうと引率教員のところに一気に向かう。
途中ゲージの前を通ると、2匹の犬と1匹の猫が戻されていた。
(「他は未だ見つかっていない‥‥? あ、真田先輩も1匹連れていましたね」)
そして教員のところにたどり着くと――1匹の犬が教員と遊んでいた。
「あ、あら? その子は――?」
思わず言葉に詰まるリティシア、他のメンバーが預けたのだろうか?
と、疑問を浮かべていると、
「ああ、この子はうちの子です。どうやら脱走班に組み込まれていたようで、ね〜」
いいこいいこ、と頭を撫でる教員。
「ええと、つまり、まだ捕まっていない子?」
はい、一直線に自分のところにきて遊んでいました、と苦笑いしながら告げられた。大抵犬は脱走すると外へ逃げるという。それは主の下へ帰るためであって、それがもし同じフロアにいたとしたら?
「はい、連れて行っていいですよ。多分、この子離れませんから見つけたことで十分です」
ぽん、と赤いリードを手渡されるリティシア。
「あ、すみません」
思わず受け取ってからはっと思い出す、ここに来た理由を!
●全ては始まりに
真田は休憩室の中でマリナが自らの意思で動くのを待っていた。
(「学ぶべきは心の強さ‥‥です、自分自身の幻影に負けぬよう――」)
「‥‥ありがとうございました、大分落ち着きました、から」
マリナはゆっくりと身を起こし、ベンチに座った。まだすこし息が荒いが大丈夫だろう。
二人が僅かに安堵の表情を浮かべたのとほぼ同時に、ぱたぱたという複数の足音がこちらへ向かってくるのが聞こえた。
一番に駆け込んできたのはリードを握って犬を従えたリティシア、続いて引率教員。
「先生をつれてまいりました!」
「‥‥ええ、特に異常はないですね」
引率教員は軽くマリナの額、喉、肩、腕と順に触れて状態を確かめた。そして安堵すると「調子が悪い時は居なくなる前に進言するように」と注意を促す。
続いてホアキンと毛だらけのアレクセイが入ってきた。
「無事でよかったです、皆あなたが心配で探していたよ?」
まだ抱えていた子猫を注意しながらそっとマリナに手渡し、そっと抱かせる。
「今は抜き打ちテスト中で、きみも探すことになったんだよ」
順番に真上と獅子も入ってこようとしたようだが流石に入り口で詰まり、入ることができないでいた。且つ、真上はいまだ暴れる猫を抱え、傷だらけになりながらも必死になだめている。
「あ、真田先輩も猫連れているんですね、これで‥‥全部捕まえられたのかな?」
一匹、二匹と獅子が指折り数えていく。
全員を伴い、連れていた犬猫をゲージに戻していくとぴったり空きが埋まった。
「はい、脱走した子は全て無事捕まえお店にお返しすることができました。途中で発見した体調不良で倒れていた人は今から医務室へ案内、ですね」
訓練階層には負傷者を診る施設もある、そこへ施設案内を兼ねて行こうということになった。
新学期、新しい生活、全ては今からつづられていくひとりひとりの物語。