タイトル:【薄幸】蠢く緑マスター:ArK

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/05/09 07:08

●オープニング本文


 ひどいひどい、ひどい――
だれがだれが――だれが?
 やめてやめて、やめて――
てきがてきが――てきが、
 きらいきらい、きらいだ!
‥‥おねがいだからこわさないで――

 真っ白な部屋だった。複雑な機械が幾つかと、人影がふたつ。
「そうだ、先輩! あの蝶の名前考えてたんだ! クルード、ってどう?」
 青年が診療台から飛び起きて楽しそうに言い放った。
「そう呼びたいなら止める理由はありません」
 背の高い女性、通称コウが機器を操作しながら淡々と応える。
「あ、あと今回も見てきていい? 手出しできないのは悔しいけど、みんなの活躍を目に焼き付けておきたいんだ!」
「‥‥最近そればかりですね。私の用事が済み次第観測に復帰させると言ってあるはずですが‥‥」
 ひとつため息をついて考える。ここ数ヶ月、コウがキメラの運用現場に足を向けていないのは事実だ。
「僕だって1人で観察くらい出来るさ! ここで待ってるのなんかやだ!」
「いつものように近づきすぎないように。気をつけなさい」
 了解を得るや否や、青年ははしゃいだ足取りで診療室を出て行くのだった。
 残ったコウが、その背を見ながら思うことは――


 そこはニッポンの四国。
 キメラは場を変え、日を変え、日夜人里の襲撃を繰り返していた。この瞬間この場所も例外ではない。
 比較的人口の多いこの都市に出現し、破壊活動をしているのは形状も短絡な緑の物体。
「な、な――」
 しかしその姿を見たものは皆言葉を失い、我先にと逃げ惑う。幾何学文様をあちこちに浮かべた胴、それを見ただけで吐き気を覚えるものも多いようだ。
 緑の物体は人を追いつつ、進路に立ちはだかる障害を噛み砕き、何事もなかったように進行を続けていた。路地に入ってやり過ごそうと思えど、意味のない行為だった。人はただひたすらに逃げるしかない。
「よりによってキャタピラーだなんて‥‥!」
 キメラに脅威を覚えるものは昨今少なくないが、昔からソレを毛嫌いするものもまた、少なくない。

●参加者一覧

百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
流叶・デュノフガリオ(gb6275
17歳・♀・PN
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
剣城 咲良(gc1298
24歳・♀・DF
御剣 薙(gc2904
17歳・♀・HD
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
ハンフリー(gc3092
23歳・♂・ER

●リプレイ本文

●はいち
「あれは‥‥『聞こえる!? ちょっと面倒なキメラがいるみたい! 気をつけて誘導して! もし前と同じタイプなら――』」
 被害中心地へ疾駆中の百地・悠季(ga8270)が無線機にがなった。道中、若干姿が変わってはいるが、見覚えのある蝶を見つけたからだ。大気中で陽光を受けた鱗粉が輝きながら降り注ぐ様。念の為過去の戦闘で得た情報を仲間へ伝達することにした。
『りょ、了解です。こちらからも報告を! 目標の芋虫は痕跡を辿れば行き着けます!』
 御剣 薙(gc2904)はバイク形態のリンドヴルムで市街の中心部で先行偵察を行っていた。敵主力とされている芋虫を象ったキメラは、あらゆる建造物を蝕しながら避難民の背を追うように侵攻しているのが解った。
「暖かいのはいいけど、流石にこれは‥‥趣味悪すぎ」
 少し離れた物陰から様子を窺うのは剣城 咲良(gc1298)。青い髪の毛先がチリチリと音を立てて黒く色変わりしている。
「虫嫌いではないが‥‥正直アレにはあまり近づきたくないな」
 剣城のすぐ隣に位置するハンフリー(gc3092)も同意とばかりに呟いた。

「慌てるな! でも急ぐんだよ!」
 黒を基調とした戦闘服に身を包んだ皇 流叶(gb6275)の叫びが、混乱の中に響き渡る。キメラの襲撃を受けるや真っ先に駆けつけ、住民の避難誘導にあたっていた。
 また、その死角を護るように位置するムーグ・リード(gc0402)。
「ミナノ、背中、預カリ、マス。誘導、マカセマス」
 番天印を手に、人の流れる源流に目を向け、全ての人の背を護る目を担う。
「『‥‥ん〜、はい! 気をつけさせるですよ!』――鱗粉に有害物質を含む蝶キメラがいますですよ! 注意の為、吸い込まないよう、何かで口を覆って下さいですよ〜!」
 丁度無線から情報を得たヨダカ(gc2990)が声を張り上げ注意勧告。余裕がないのか、民間人の反応はまばらだが、ひたすら伝わるように叫び続けた。
「――風向き、か」
 射撃ポイントを探し、ジーザリオを走らせていたセレスタ・レネンティア(gb1731)は無線を受け、空に意識を向けるのだった。


●けんこん
 避難が進んでいるのを確認したハンフリーは、小銃「S−01」を構えて物陰から開戦の一弾。
「流れ弾もこれだけ離れていれば大丈夫だろう」
 目前で蠢く芋虫キメラはどうやら感覚が鈍いらしく、近づきすぎなければ察知される確率は低かった。様子を見ながら避難誘導の状況を聞き、今がそのときと開戦の一砲。
 弾丸は事無く芋虫の身に吸い込まれるよう、吸収された。同時に敵も異物の接近に気付く。身をうねらせ、敵意を向けられた側に振り向く。
「あんたの相手はこっちよ!」
 炎のように赤く燃え上がる拳、撃熱を振りかざした剣城が虚を突くように飛掛かる。的の愚鈍さと大きさもあり難なく襲撃は成功。拳はFFを突き破り、表皮を打ち破いた。
「っ!」
 にじみ出てくる体液が拳に纏わりつくのと同、空いた掌で反動をつけて拳を抜き、剣城は飛び退く。芋虫は痛覚も鈍いのか、何事もなかったように体位を整え終えたところだった。
「大丈夫ですか、剣城さん!?」
 拳を見やる姿に気付き、御剣が状態の確認を行なう。
「えぇ大丈夫。でもこれは‥‥」
 身を引きちぎってしまえばダメージにもなりえるだろうが、刃物は体液により、ただの鈍器に成り代わっていた。
 そんな中、今度は反撃とばかりに芋虫が上半身を擡げ、真上からのボディプレスを仕掛けてきた。危ない、と叫びながらAU−KVを轟かせる御剣が割って入る。真下に入った瞬間、竜の咆哮。
「御剣流戦技‥‥くらえっ!」
 掌打に合わせて弾き飛ばす。身は打ち上げられ、緩やかに着地。ゴム鞠のように何度か跳ねては破損した家屋の残骸を巻き上げた。
「あ、」
 ばつが悪そうに言葉を詰まらせる御剣。既に避難済みであり、半損しているとはいえ――
「もうっ、やりづらいのは解るけど気をつけなさいね!」
 ガチャリ、と機械的な音が鳴ると同時に聞こえたのは百地の声。直後、手にしていたガトリングの弾丸を芋虫に撃ち込む。体勢を崩したままの芋虫はなすすべなく全弾をその身に受けた。銃身が熱を持ち、白煙が上がった頃には蜂の巣状。
「後は放っておいても事切れるんじゃないかしら? 次にいきましょ」
(「この人どこか姉さまに似て――」)
「ほら、しゃんとして!」
 百地の声にはっとする御剣。次は留意すると返答し、近くで崩れ落ちる家屋へ急いだ。


 空を仰ぐと光る鱗分を散らす蝶がいた。同時に勢いのあった避難中の人の流れが鈍る。中には他の人を巻き込んで転ぶものも居た。
「醜悪ナ、悪意ノ塊‥‥」
 人の波の中でガトリングを放つわけには行かない。ムーグは飛来する目標に照準を合わせ、強弾撃で一射。高まった威力と命中精度相成って、翅を打ち抜かれた蝶はバランスを崩し、人の頭上に降下する、牙をむき出しにしながら。
「危ない‥‥ッ!」
 倒れた人を飛び越えながら皇が叫び、突進。降下地点にいた住民を素早く抱え、再び跳躍。細い針のような牙がブーツを掠めたが大事はない。竦んだ住民を座らせてから蝶へ向き直る。
 地に這い、弱った翅と脚で立ち上がり、なお人を襲おうと駆ける。鱗分の影響か、それとも恐怖か、向かい繰るキメラを前に人々は動けず。
「くっ」
 咄嗟に身を翻し、超機械「クロッカス」を構える皇。信じて放つ一撃。放たれた電磁波は蝶が人を襲うより早く身を焼いた。しかし安堵もつかの間空襲は続く――
「もう少しで引き継げるっていうのに」
 地図と情報から、もう少し進めば避難所にたどり着く。ムーグも注意しながら蝶を打ち落とし、
「‥‥フタツ、ミツ‥‥」
踏み潰すことで確実に絶ち続けるが、戦い難いことには変わらなかった。
 そんな時二人のどちらでもない攻撃が蝶の胴を穿つ。
 それは破壊を免れた家屋の上から放たれた、セレスタの弾丸。見晴らしの良い場所の確保、そして風向きとそれぞれの配置を確認しながら位置取った狙撃ポイントだった。
「墜ちました‥‥ね。次は――」
 スナイパーライフルのスコープ越しに戦果を確認し、次の的を探すセレスタ。そこへ、
『太陽と逆サイドで数匹と格闘中! 援護お願いなのです!』
 ヨダカからの通信が入った。覗き込んでみると、背に黒い鳥の翼のようなオーラを持つ少女が数匹の蝶と格闘していた。ヨダカ初めての実戦依頼という話、今は足止めできているが、いつ劣勢になるとも限らない。
『援護します、気をつけるけど気をつけて!』
 セレスタは射撃の旨を伝え、狙撃に集中。無線を受けてヨダカも集中する。
「けふ‥‥けふっ、な、中々やるです‥‥」
 3匹の蝶キメラがヨダカを囲っていた。マスク代わりのハンカチ越しに咽るヨダカ。全身を覆うツナギと手袋、ゴーグルで鱗分の進入を防いではいるが、僅かに眩暈を覚えた。
 超機械「マーシナリー」で敵の機動力である翅をいなしながら勝機を窺う。
 そんなときに届くセレスタの援護射撃。確実に1匹が身を分断され事切れる。隙の出来た一角、ヨダカは機を逃さず路地の隙間に駆け込んだ。壁に背を預けて大きく一呼吸。己に練成治療を施し、構え。
「とっととつぶれるのですー!」
 直線で逃げ場の少ない場所から渾身の二撃。飛ばない蝶は怖くない、翅を焼かれバランスを崩した蝶を遠距離から連続した追撃で撃破した。
『路地に入ったみたいですが大丈夫ですか?』
 程なくセレスタがヨダカの無線機へ通信を送った。物陰に入られては援護しようにも届かない。
『あ、さっきはありがとうございましたですよ〜。ばっちり倒しまし――って、あれ?』
『どうかしましたか?』
 無線機越しの声が疑問系に変わったのをセレスタは聞き逃さなかった。新たな敵かと警戒するが、
『ヨダカはどうもしませんですが、人が倒れてるのですよ! あ、救助にあたるです。できたら車回してほしいです〜』
 無線はそう言って切れるのだった。


「まあまぁ、よく食い荒らしてくれたものね」
 百地はガトリングシールドを手に提げたまま、敵との間合いを保っていた。
 人の流れに逆らってたどり着いた場、痕跡を追ってたどり着いた場、それは何れも瓦礫の山と化した被害地だった。同時に芋虫たちの死線になっていた。
 場を変え、風を読んだセレスタの独立狙撃により、空の安全はほぼ確保できている。今は皇、ムーグと共にジーザリオを用いて町の中の警戒と怪我人の回収に当たっているようだが。
「駆け抜けるよ、ジョーカーっ!」
 側面から御剣の声が響いた。同時に黒と緑の影が跳ねる。ジョーカーとは漆黒に塗りつぶされた彼女のAU−KVのこと。幾度となくこの交戦エリアから離脱している芋虫を、竜の咆哮で戦地へ圧し飛ばしていた。
「はぁっ、はぁっ、何度目だろうそろそろ苦しいか、な」
 残り錬力を計算しながら、装甲の中で息を荒くする御剣。
「うん。頑張った頑張った。でも、肩の力もう少し抜いたほうがいいかもね。こっちの誘導手伝ってあげる」
 剣城が心配して声を掛ける。人の役にたちたいからと参加した任務、その相手は被害者でも仲間でも同じこと。御剣は一度AU−KVを解除することにした。
「迷惑この上ないんだから、さっさと駆除‥‥!」
 咆哮で弾き飛ばされた芋虫が放射射程に転がり込んできたところを狙い打つ百地。目の前には動かなくなった緑の塊が5〜6転がっている。
『皆へ通信! 変わったヤツがいる、これはまるで‥‥毛虫だな。親分核の可能性がある、手が空き次第着てくれ、場所は――』
 ハンフリーの通信だった。その目の前には全身に鋭利に輝く針のような毛を持ったキメラ。その毛虫の進路修正をしている間に発見した標的だ。
(「注意を少しでもこっちへ引かなければ‥‥」)
 辛うじて残されていた家屋の残骸に背を預け、小銃をリロード。弾数を確認してから飛び出すハンフリー。身を狙い引金を弾く。弾丸は遮られることなく敵へ着弾、とは行かなかった。甲高い金属音が響いたかと思えば、ハンフリーの足元に跳弾。
「弾かれた!?」
 驚くのも一瞬、物事に動じない性格も幸いして直ぐに考えを纏める。おそらく刃のような毛に当り、弾かれたのだろう、と。毛虫もハンフリーの存在を認め方向転換。幾つもの毛が銀光を放ってその鋭利さを示す。
「ハンフリーさん!」
 後ろからかけられる声に振り向くと、そこにはバイク形態のリンドヴルムに相乗りしてきた御剣と剣城がいた。直前でブレーキをかけて飛び降り、身をかがめる。
「毛虫キメラってあれね、本当、どうして虫系ってこう‥‥趣味が悪いのかしら」
 剣城が様子見を兼ねて発砲、するも結果はハンフリーと同じ。どうやら破壊力が若干足りないらしく弾かれてしまった。
「あの毛、かなり硬そうだね‥‥ボク、百地お姉さんを迎えに行ってくるよ!」
 再びバイクにまたがり走り去りゆく御剣。


 残された2人は足場を確認しながら毛虫との間合いを維持していく。
「余所見なんてさせないからね!」
 攻撃が阻まれても、気を引くという手段が阻まれた訳ではない。剣城はハンフリーに合図を送り、毛虫キメラが避難先に進路を向けぬよう立ち回る。
 少しして、意図せぬ方向からの応援を得る。
「キモイからとっとと消えるですよ!!」
 放たれたのは強力な電磁波、ヨダカだ。電磁波は刃をものともせず直接本体へダメージを届けた。身を反らせる毛虫。
「抜群効果って感じですよ!」
 一番驚いていたのは当の本人かもしれない。しかし毛虫の注意がヨダカに向かってしまった。虫に感情があるか不明だが、先ほどよりも移動速度が速く感じられた。ヨダカも慌てて走り出すが僅かに遅れる。針が肌を掠め、ツナギに赤い染みを作った。
「‥‥つっ、やるですね‥‥」
 ジャリジャリと足元の瓦礫が鳴る、ジリジリと瓦礫を跳ね除けながら毛虫がにじり寄る。そこへまた轟く別の轟音。
「このまま駆け抜けますので、お願いします!」
「まかせてっ」
 それは百地を載せてきた御剣のジョーカーが発する音だった。毛虫の注意はまだヨダカに向けられたまま。百地はガトリングシールドを抱えたまま射程を見極め、バイクから飛び降りる。御剣はバイクをターンし停車から装着へ。
「ヨダカ! 伏せなさい!!」
 毛虫の針の特徴は御剣から聞いていた。百地は一点突破を狙いガトリング放射。ヨダカも百地の声が響くとほぼ同時に頭を抱えて身を地に這わせていた。強化されたガトリングから発射される弾は、針の山を徐々に削ぎ、薙いで圧し折り、窪地を作る。
「あの本体部分なら他のキメラと同じはず‥‥!」
 ハンフリーは窪地に照準を合わせ、小銃を発射する。予想通り弾丸は貫通した。それを見て追撃を仕掛ける剣崎。
「そろそろ終わりにしましょう!」
 赤い拳がぐにゃりとのめりこむ音。続けてもう一打。針の影響が少ないヨダカは電磁波を浴びせた。多方向からの襲撃に狙いを定めきれず、ただ暴れる毛虫。近接していた数人が僅かに肌を刺された。
「行くよ、ジョーカー‥‥!」
 そして最後に、御剣渾身の右正拳突きが炸裂。強化されたメタルナックルは
スパークを纏い、針の山を掻き分けて毛虫の胴を抉った。連携により蓄積したダメージにより、ついにはその稼動を途絶える毛虫型キメラだった。


●みまわり
「うむ、たいした事はないね。応急手当で申し訳ないが、後は医者を頼ってくれ」
「マダ、大丈夫、デス。安静ニ」
 避難所の中で、皇とムーグは救急セットを手に応急手当をして回っていた。外傷はないのに意識が虚ろな者が多い。
「ニ、シテモ、コレハ‥‥」
 ムーグは症状に思い当たるところがあった。蝶キメラが舞う日、人々は不調を訴える。手当てをしながら聞いた話によると、突然山に登ったときのような耳鳴りが襲い、周囲の音が聞き取りづらくなったらしい。それは蝶が現われたのと同じタイミング。極度の緊張からもたらされる可能性もあるが条件が重なりすぎている、と思いふける。
「あ、ムーグさん。男の子みませんでした? 運んできたのですがいなくなっているみたいで」
 そんな時セレスタの声が聞こえた。視線をおろし、首を横に振って応えるムーグ。
「そうですか‥‥まぁ、少し気になっただけですのでお構いなく。お邪魔してすみませんでした」
 恭しく礼をして、セレスタは物資の配布に戻っていった。
(「青年‥‥? 逃ゲルヨウニ姿ヲ‥‥」)
 繋がるような、繋がらないような何かが、ムーグの中で揺らいでいた。

 そして以後、蝶と青年は何度となく四国という戦地にて見かけられることとなる――。