●リプレイ本文
●めがね+ますく=?
「対策とはいえ‥‥あの出で立ちは流石に妖しいわな」
要請を受け駆けつけた傭兵達を見渡し、夜十字・信人(
ga8235)が苦笑いしながら口にした。
それは初回顔合わせ時の感想。いずれの者も報告された症状対策としてゴーグルにマスクを装着で現われた。それが混乱中の医療機関に団体で訪れては驚かない者はいないだろう。尚、
「まあま、仕方ないよ信人君。だからこそ、こんな状態を打破する為に俺達が来たんじゃないか」
番 朝(
ga7743)が夜十字を宥める。
「はい、付近の地図を貰ってきたよ。民家は少なめで畑が多いみたいだね」
部屋の扉が開き、蒼河 拓人(
gb2873)が入ってきた。そして手にしていた地図を机に広げる。
「ココ、風上、ノヨウ、デス‥‥」
窓の外で凪ぐ木々を眺めて片言を紡ぐのはムーグ・リード(
gc0402)。2mを越える身長は、日本人仕様の家屋には窮屈のようで身をかがめ、首を竦めていた。
「となると基本的にはここから‥‥こちらに向かって移動していると考えるべきでしょう。情報にある敵形態ではあまり風に逆らえるとは思えません」
ナンナ・オンスロート(
gb5838)は情報から、もっとも理論的な計算結果を算出し、意見する。
「じゃあ風上から風下に向かって探査していけばいいかな。二班に分かれ、風下組は市街前まで急行して防衛線、風上組は発見次第追い立てながら殲滅?」
地図上の道を指でなぞりながらリア・フローレンス(
gb4312)が口ぞえ。
「それに市街の方から被害報告が上がってないところを見ると‥‥まだこの辺にいる可能性が高いかしら? 今日は突風日和らしいわ、ちょっと厄介ね」
診療所と市街地の中間辺りにマル印をつけるのは百地・悠季(
ga8270)。ノイズ交じりの天気予報を耳に、情報のつけたし。
「うんうん、強風は厄介だよな! なんていうか、春風のイタズラ? 期待してなんか、期待してなんか――あ」
と、邪心まじりに女性陣を眺めるガスマスク、こと紅月・焔(
gb1386)は、とあることに気付いて落胆する。彼女達の装束は戦闘服にスーツ、そしてAU−KV――いたずらは訪れそうになかった。
「‥‥ま、そういうわけで班分けはこんな感じで。あとこれ、目薬。目に違和感を感じたら使うといい」
紅月とは仲は良くない様だが信頼している間柄、夜十字はすぐに立ち直るだろうと据え置き、作戦をまとめるのだった。
傭兵達が出撃するのとほぼ同刻、同じように被害地を目指し移動する影がひとつ――
●かぜのつよいひ
『舞い上がった砂塵が陽光に反射して‥‥判別がむずかしいなぁ』
風上に向かったうちの1人、新調したての高機動バイクにまたがりながら、リアは双眼鏡で目標物の捜索に務めていた。乾ききった大地は風に砂塵を巻き上げられ、彼の視界を妨害する。
『まぁ、襲ってこないところを見ると周囲にはいないんでしょうね、こっちも光ってるのは砂ばかりよ』
同じく少し離れた風上の別の区画で、双眼鏡を覗き込んでいた百地が無線機を介して状況報告。診療所で集めた情報では、敵は蝶の翅に人体を模した胴を持つという。そして翅が震えるたび妖しげな色の鱗粉が飛び散っていた、と。
『こちら、移動開始しますね、皆さんもお気をつけて』
同じく風下に向かい探査を担うナンナも応える。そこまで離れた距離ではないが強風と、装備のおかげで音が聞きとり辛い状況にあった。そこで手を大きく振り、事前に相談しておいたハンドサインをまじえて合図を行なう。
「嫌ナ、気配、ダ‥‥」
「そうですね、急ぎましょう」
ムーグはリアに並び移動していた。リアは隊を同じくする者として、こちらの言葉に慣れていないムーグのフォローをするべく死角を護るように位置取っていた。
舗装された道を進んでいると、視界に異物を捕らえた。
(「――木の葉?」)
背後から流れてくる風に煽られた木の葉かと思えたのは一瞬だけ。それは突風にのり一気に彼らを追い抜いていった。光の筋が残像のように走る。
「風ニ、乗ッテル、アレハ」
「正体不明の蝶!?」
即座に身構えると、風が一瞬弱まった瞬間に蝶も醜い人相をさらに歪めてとびかかってきた。翅が運動するたびに、風下に鱗粉が飛び散ってゆく。
「‥‥醜悪な」
ナンナは反射的に小銃「スノードロップ」の引き金を弾いていた。弾丸は翅を僅かに掠めたのを確認した途端、再び背後から突風。的を見据えながらも姿勢を崩さないよう足に力を込める。
「―――!!」
ガトリングガンを構えていた、突然ムーグが身振り手振りを交え、なにやら叫び声を上げた。それは荒ぶる風にかき消され耳に届かなかったが、ハンドサインにより事態を察する。ナンナは急いで膝を折り、身をかがめた。
直後、複数の光の影が、風に乗って頭上を飛びぬけて行くのを感じた。
「どうも突風には逆らえないみたいだね、このまま風下まで追い立てて合流を目指そう!」
流される蝶を、リアが側面から現われバイクで追いかける、と合図を送る。
「まだ風上にいたのね‥‥また流されてくるかもしれないから、あたしは状況みて掃射しながら向かうわ、お願いね!」
百地は風上を見据えながら、己の足で進軍することを連絡した。
「どうも戦力としては物足りないキメラだな。決定打が足りないというか‥‥ま、悩んでてもしかたないかっ」
風下で待ち受ける組側にもちらほらと蝶は飛来していた。そんな蝶を各個撃破しながら蒼河が呟く。道に立つ宣伝看板の影に隠れ、風を読みつつ狙撃。
「劇物散布してるようなもんだ、面倒なことには変わりないさ」
その言葉に、棺桶を模した収納箱に腰掛、双眼鏡で様子を窺う夜十字が反応を示す。
「俺にも、俺にも速足か掃射能力があれば女性の多い組にはいれたのに、チークーシーョー!」
悲鳴に似た叫びを上げながらスコールを篩うは紅月。近づきすぎないよう警戒しつつ、心の叫びを敵にぶつけていた。待ち伏せの弾丸を浴びた蝶たちはその場に身を落して抵抗なき骸に変わっていった。
『番長くん、みた!?』とばかりに、風下組唯一の女性、番を仰いだ紅月だった。が、
――射撃が荒すぎだよ、もっと的確に落さないと、と無言ではあるが視線と行動はそれを示唆していた。そして包帯を巻きつけた大剣を軽々と一振りし、風のいたずらで難を逃れた蝶を両断する。
「‥‥ハイ」
注目どころか注意を返されうなだれる紅月。
「ん、また2〜3匹到着のようだ」
「了解」
風が弱まったところでライフルのスコープに集中する蒼河。プローンポジションを合わせて高めた精度で確実に一射。残りは紅月と番がそれぞれ追撃し撃破してゆく。
――あーあ‥‥やっぱり直接目に入らないと目潰しの効果薄いみたいだなぁ――
――でも、もう少しして風が止まれば‥‥――
砂利を弾き、砂を巻き上げ、ナンナとリアは車輪を滑走させていた。
「追い立ててる、というより追いかけている、という方が正しそうですね」
「でも気を緩めると危ないから引き締めて――」
追い風が吹いている間、蝶は風に逆らわず、ただただ風下に流されていた。そして風が弱まった瞬間、牙をむき出しにし向かってくるのだ。敵意示してくるが、主な役割が戦闘運用でないだろうことを幾人かが感じ始めた頃。
「アブ、ナ、イ」
一瞬の不意をついて襲い掛かろうとした一匹の蝶を、ムーグが番天印の長い射程をもって打ち抜いた。
(「ムーグさん‥‥」)
前を行く蝶の群を囲いながら、援護射撃を務めてくれたムーグへ、ナンナが感謝の合図を送る。追い抜かぬよう、包囲から漏らさぬよう時折牽制射撃をまじえつつ進む。そして他から現われたものはムーグが打ち落としていた。
『風上から流れてくる蝶はいないみたい、こっちもそろそろ合流するわね』
通信機越しに百地の報告が流れてきた。ガチャガチャと、ガトリングシールドをリロードしているであろう音がノイズ混じり聞こえてくる。
『ありがとう、こっちも風下との合流地点まで程ないね。あっちにも連絡を入れておくとするね』
ナンナに変わり通信を受けたリアが応答し、全ての作戦参加者へ合流予定タイミング、敵数、状態を報告するのだった。
●かぜのやむとき
「お客さんが来たな、テイクアウトするとしようか」
それまで警戒と連絡役に務めていた夜十字が動いた。棺桶型収納箱を蹴り開け、中からガトリング砲を取り出し、瞬時に身構える。
「主道や畑に損害をだすのは好ましくありません、少しあちら‥‥荒地にずらして戦えないでしょうか!」
ナンナが周囲の環境を把握し、戦地の移動を促すや、
「ワカッタ、コレデ」
ガトリングガンを掃射するムーグ。その風圧で蝶たちの移動軌道が僅かに直線から脇にそれた。中には撃ち落されるものも少なからずいたが、残りは狙い通りに動く。
(「風圧、デ、飛ブ、ホドニ軽イ、ノモ、滅ボスニ、難シイ、存在デス」)
「決戦はこっちで! 僕は囲いから逃げ出さないように遊撃に回るよ!」
リアがバイクで先回りし、風下組を誘導、そして風上、風下組それぞれで挟撃する形で囲い込んだ。
「ねえさん方も合流したことだし、いっちょやりますか! 鱗粉ごと焼き尽くしてやろうぜ、な、よっちー!」
紅月が気合の入った大声で夜十字を促す。無論そのような心配は無用と、
「番長も、焔くんもトドメの援護を頼む」
クールに応えるのだった。
そんな時だ、不意に蝶たちがその場で翅を振動し始めた。
「‥‥何、これ‥‥」
まるで山に登ったときのような気圧の変化による違和感というべきか、百地は一瞬耳が遠くなるような眩暈を覚えた。しかし、身に着けていた粉塵対策のヘッドフォンにより直接耳にしなかったためどうにか耐える。他の面々も同様だ。
「これが報告の、耳鳴りの、原因、でしょうか」
ナンナが大きな音を立てて相殺しようと試みたが効果はなかった。振動は身体でも感じる、おそらく音だけを防いでも完全防御にはならないのだろう。
それでも高音を遮る為それぞれ持っていた耳栓を深くし防音としての役目を高める。しかしそれは戦場で受取れる情報のひとつを遮断することにも繋がる。
『要因はあの翅、打ち落とすよ』
そういわんばかりの、遠距離から蒼河の冷静な射撃が翅を貫く。高いところはまかせて、と。他の面子も動き出す。
『――風がまた吹き始める前におわらせないとねっ』
バイクを駆使して円から外れた蝶を追撃するリア。片手をハンドルに添えたまま小銃を構え、翅目掛けて中距離から発射。かろうじて翅の先をかすめただけだが、その間に距離を詰め、斬撃が届く間合いになった瞬間に抜刀・瞬。瞬時にクルシフィクスに持ち替えてそれを寸断した。その要領で次々に群からはみ出した蝶を落すのだった。
『あっちには雑木林があるわね。入り込まれると厄介‥‥』
百地は雑木林を背にしてガトリングシールドを地面に向けて掃射。白煙と交じり合い行く手を塞ぐ弾幕を張る。同時にその風圧が蝶たちを囲いの中へと押し戻すことに繋がってゆく。
『っと、こんな近くに』
ガトリングの構えを解いた時、すぐ脇に一匹の蝶が近接していたことに気付く。小さな口を広げ、細い針のような牙をむき出しにして飛びかかってくるところだった。百地は再びガトリングをシールドとして持ち直し攻撃を防ぐ。そしてそのまま残っていた弾丸をゼロ距離射撃。小さな身に対しては猛威だったろう、殆どがちぎれて原形も不明に散った。
『逃ガシマセンヨ? サヨナラ、DEATH』
ムーグは風向きと仲間の位置に注意しながら群の中に制圧射撃を試みる。その周囲を護るように駆けるのはナンナ。飛び散る薬莢の影響を気にしつつも、ナンナはムーグの射撃により機動力を失った蝶たちの撃破に集中する。
『今大切なのはこの背を護ること!』
ちぎれた翅で舞い寄り、ムーグにとっての死角になりやすい足回りにしがみ付いていく蝶。ナンナはそれらを順次機械剣で突き刺し、排除。言葉にせずとも勝手知ったる仲間の戦法と死角、2人に音の不通は関係なかった。
そしてまた巧みな連携を魅せるカルテット。
『次落すぞ、清掃頼む』
夜十字のガトリング砲が蝶の群を抑える。白煙により己の視界が不鮮明になり次第銃身冷却を兼ね、一旦射撃を止める。その合間、
『煩悩、それは戦闘力! この戦闘が終わった暁には‥‥! きっと桃源郷が!!』
『桃源郷? なにそれ』
まだ息のある人型蝶に留めをさしながら、叫ぶ紅月へ、かろうじて聞き取った番が尋ね返す。どちらも夜十字のフォローを休めない。
『ほら、今土埃まみれってことは、だね――』
『あ、敵が流れた』
乱れた風に乗って一匹の蝶が後方へ流れたのを見た番が走る。
『っと、こっちにきちゃったか』
とっさにプローンポジションを解除する遊撃者蒼河。しかし鋭利な牙は接触と同時に皮膚に浸透した。この程度なら、と叫びをこらえて耐える。抗いながら銃をアラスカ454に持ち替えるがこの距離では自身も危うい可能性がある。
『流してごめん、ちょっと我慢してね』
追いついた番がそういわんばかりに蝶を掴み、力を込めて蒼河からむしりとった。そして宙に放り投げ空間ごと両断する。身に残った牙を抜きながら番はエマージェンシーキットで治療を施した。
囲った蝶たちの殲滅を完了したのはそれから程なくのこと。しばらく市街入り口付近を警戒したが、何者もやってこないことを確認すると、道中再確認がてら一行は診療所へ戻って行くのだった。
●みつめるひとみ
(「ここがヒトの治療所かぁ‥‥ちゃっちいの」)
1人の青年が、こっそりと窓の外から待合室を覗き込んでいた。内部は頭を抱えたり、うずくまったりする人の山。
(「あれでこの位‥‥。今回の成分は時間と共に分解されるけど、先輩が言うようにアレを乗せたらどうなるんだろう?」)
「何してるの? 遊ぶには外はまだ危ないよ」
「うわっ!!!」
青年の思考は、背後からの声により突然遮られた。居を疲れ、思わず大声を上げてしまう。無論声をかけた側、番も驚いた。
「え、えっと、診察希望なら入り口はあっちだよ。案内しようか?」
患者の1人だろうかと判断し、中へ誘導するべく腕に手を掛けたのだが、
「っ!」
途端、青年はその腕を振り払い、その場を逃げるように去ってしまった。
「‥‥病院嫌いの子、だったのかな?」
真っ直ぐ家に帰ればいいのだけれど、と心配しつつも、番はその背を黙って見送るのだった。