タイトル:ちょこののろい?マスター:ArK

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/21 19:03

●オープニング本文


 2月14日は特別な日だそうです。
 なんでも、日ごろお世話になってる人へ贈物をするとか。
 そこで、私からおばあちゃんにプレゼント。
 まだまだ不出来なトコロがあるけど受け取ってください。
 マリナ・ノワールの手紙より――。


「チョコレートが貰えない呪い、ですか?」
 マリナ・ノワールは、そんな呪いがあったかと記憶を手繰りながら相手の話に耳を傾けていた。
 その正面で真剣に頷いているのは、匿名希望の男子生徒。
「何かの派生、かな‥‥」
 最近マリナは、相談ごとを受けるようになっていた。実際に効果があるかないかは別として、学園という次元ではジングスや呪いを愉しむ傾向にある。講義を共にした女子生徒たちからの噂にはじまり、今に至る。
「今年こそチョコをもらいたいんです!」
「最悪呪い返しなんですけど‥‥、そんなに長年続いているものだと相手もかなりの手腕ですね。私で対抗出来るかどうか‥‥」
 しかし、世俗に疎いせいか、一般と認識が異なる部分も多い。
「わかりました! そんな未知の呪いは私も初めてです! 勉強の意味合いも込めてですが、全力で挑ませていただきます!」
「あ、ありがとうございます!」
 勢いよく宣言したマリナへ感謝を述べる男子生徒。そして思いついたように一言、
「この学園にある噂なんですけど――」
 それは『秘密組織ちょこ0党』の存在。毎年その組織がなんらかの手段でチョコが貰えない空間を作っている、と。
「少し、人手がいるかもしれません‥‥。協力者を募っても‥‥いいですか?」
 話を聞き終え、マリナはぽつりと呟いた。


 ここはカンパネラ学園、バレンタイン戦線最前線。

●参加者一覧

/ 夜十字・信人(ga8235) / 百地・悠季(ga8270) / 最上 空(gb3976) / アレクセイ・クヴァエフ(gb8642

●リプレイ本文

自己鍛錬、願えば叶う、それが白いおまじない。
仰ぐ偶然、小波紋の束、それが黒いおまじない。


●協力
「そうだ、そのまじない、チョコレート作成から入ってみるといいんじゃない?」
 百地・悠季(ga8270)がにこにこと言い放つ。
「あ‥‥チョコレート自体に対抗するまじないを練りこむんですね! 思いつきませんでした‥‥ちょっとまた考えてきます!」
 舞い込んだ僥倖に、マリナ・ノワールは他の言葉も聞かず教室を飛び出していった。残された百地がまだ何か言いたげに静止の手を伸ばすも、捉えるに叶わず。
(「‥‥ただの思いつきだったんだけど大丈夫かしら‥‥」)
「はは、入学したばかりの時とは大違いだな」
 同席していたアレクセイ・クヴァエフ(gb8642)が声を殺して笑う。何度か見かけたマリナは、大抵においておどおどしており、今のような活気はなかった。
「元気なのはいいことよ? さて、あたしも噂‥‥じゃなかった、調査にいってくるとするわね」
 またあとで、と軽く手を振り部屋をでる百地。アレクセイもマリナの手伝いをすべく彼女を追おうとしたが、
「って、‥‥あれ? マリナはどこいったんだ?」
 肝心の行き先は――不明だった。
(「まぁ、学園内にいるだろう。噂の見回り含めて探すとするかな」)


●慈善
 学園の広場に愛らしい少女の姿があった。たなびく新緑の髪、ふわりと揺らぐメイド服、温かそうなもふもふ手袋にブーツ。そして、ネコ耳。
「さて、義理チョコももらえない哀れな生徒さんたちの為に! 純心無垢、美幼女博愛天使が哀‥‥じゃなかった、愛の手を差し伸べるのですよ!」
 大漁のチョコレートを手にした最上 空(gb3976)が、まるで何かのキャンペーンのように道行くさえない顔の男子にチョコを配布していた。
「はい、おにーちゃん♪」
 低身長のためどうしても上目遣いになる最上。そんな愛らしい仕草で受取る男子達は必ず、
 ――欲しくて貰うんじゃないんだからな!
 ――勘違いするなよ!
 ――空腹なだけだ!
 つ、口々に言い訳を述べて受取っていく。表情はにやけきっていたが。
(「素直じゃないやつばかりです。ん〜、『先輩♪』というのも実用性ありそうですね、次はそっちを試してみましょ!」)
 広場では、他にも、『普通に』チョコレートの受け渡しをしている者達が居た。最上は、さりげなく彼らのやり取りを耳キャッチ。次なる手法として取り入れていくのだった。


●調査〜呪い〜
 夜十字・信人(ga8235)とマリナは学園の図書室に居た。初めは寮の自室にいたのだが、諸問題が発覚し場所を変えたのだった。
「チョコレートがもらえなくなる呪い、か‥‥」
 共に書を捲りながら夜十字がぽつりとつぶやく。
「はい、異性を近づけない、ならまだわかるんですが対物はちょっと‥‥」
 今にも破れそうな古びた本を慎重にめくるマリナ。
「いくらなんでもコイツは――凶悪じゃないか!」
 一息ついて、夜十字は真剣な表情で叫んだ。それにマリナも呼応する。
「そうです! まだチョコだからよいものの、もしこれがKVだったり、AU−KVだったりしたら、きっと大問題になると思うんです!」
 もしバグアに目をつけられ、のろいが奪われ、そんなことになったら‥‥と本気で悩む、若干争点がずれていることも気付かずに。
「芽は小さいうちに、ってことだな」
「はい。セイドルっぽい気配はあるんだけど‥‥な」

 時計の秒針音だけが沈黙に響く。

「そういえば夜十字さんもまじないをたしなまれるとか?」
 ふと思い出したように尋ねるマリナ。
「ああ、うん。うちの実家、ニッポンの山奥にある寺でね、一応その方面は若干、ね」
「機会があったら是非お話をうかがいたいです!」
 一般的な話題には無頓着だが、まじない関連となると人が変わったように
積極的になる。その様子に、一瞬戸惑いを覚えた夜十字だったが、すぐに取り直し、
「うん、機会があったらね。まずは『チョコが貰えない呪い』に対しての、マリナ君の手並みがみたいな」
「あ、ええっと、そうですね、この問題を解決する方が先ですよね‥‥すみません」
 再び資料との格闘に没頭する2人だった。


●迷走
 アレクセイは走っていた。学園内を右へ左へ、上へ下へ。
「なんていうか‥‥相変わらずどっか抜けてるのは変わらないんだな!」
 ぜいぜいと切らした息を整えながら言い捨てる。実は依頼開始後の待ち合わせ場所とか、集合場所とか、居場所とか、連絡先とか一切お互いに確認していなかったのだ。
 居そうな場所を推測してみようと、アレクセイは思いを巡らせる。そんなときだ、廊下を通過する女子生徒たちが楽しそうに噂話を口にしていた。
 ――聞いた? ちょこれぃとぅ、がでたんですって?
 ――え、私はましゅまろとぅが出来たって聞いたけど。
 ――なにそれ?
 ――チョコレートじゃなくて、マシュマロを配布しよう、って案?
 ――えー、なんかやらせくさーぃ。
 ――でも、チョコ嫌いの彼もいるじゃん?
(「僕的にはちょこなんてどうでもいいんだけどな‥‥気になる噂だ。もしかすると例の組織関連の――調べてみるか」)
 出くわした証言、証人を逃すわけには行かない。アレクセイは意を決して、その女性とたちに噂について聞いてみることにした。
 『彼女達がその話を聞いたのは売店』
 明確になった回答はそれだけだった。それ以外は半分愚痴を聞かされる形となり、微妙な時間を消費するはめになった。それでも発祥地、売店の店員ならもっと何かわかるだろうと足を向ける。

 同刻、学園きっての大売店。所狭しと様々なチョコレートが置いてある。ラッピング用に色とりどりのテープ、メッセージ用にかわいらしいカード。こっそり隅の方に暗い、どんよりとした影。
 百地は華やかな売店で、チョコを物色しながら誰にでもなく呟いていた、まるで話し相手がすぐ側にいるような感じで。
「2月にチョコレート取引を行なわない人は、1ヵ月後、つまり来月ね。ほら、噂の組織があるじゃない? そこからマシュマロが大量に分配されるって耳にしたわよ?」
 一呼吸置く。
「えーっと、なんだったかしら、合言葉が必要とかで、『マシュマロにエイコウを』? ちょっとあたしも聞きかじりだから詳しくなくてごめんね〜」
 売店の隅で、いづらそうに空気している影のぴくりと耳が動いたようにも見えた。しかしそれを知るものは誰もいない。
(「さて、そろそろ場所をかえて、っと――」)
 マシュマロの噂は百地が流しているものだったようだ。広い店内を移動しながら、日を時間を場所を分けて足がつかないよう間を置いて広める。
 これだけ人が多ければ誰が話していたか、いつから話が上がったかなど特定することはできないだろう。そんなそろそろ場所を移動しようとした時、百地は大量のダンボール箱を運ぶ学園用務員、ナヤンの姿を目にした。
 すかさず駆け寄る。
「えーっと、待って! 学園関係者‥‥よね?」
「あー、うん。そうだけどなんだい? 君は、聴講生かな?」
 ナヤンは呆れているような、疲れているような様子で台車を固定すると百地に向き直り、その話に耳を傾けるのだった。

 一方、広場でチョコの配布をしていた最上も売店へ向かっていた。大量に準備していたにもかかわらず、それら全て配布しきってしまったのである。そんな訳で再仕入。
 だがそれほど大量のチョコをこの時期に、無償で、個人が、無差別に配布とは出来すぎた話。そう、これに落とし穴が待っていたのだ。
 男子生徒たちは受取るや、勇んで木陰へ忍び込み、こっそり開封して、相対する、
 『おかえしは30倍かえしです☆
  いか れんらくさき』
 現実という名の教訓に。
 中には小さなチョコレートと、大きなカードが入っていた。内容はホワイトデーのお返しを求める請求書と連絡先。可愛らしく施されているが内容は極めて‥‥あれである。
 しかし貰った(?)からには返さずは無礼。男子生徒たちは財布を握り、勇み足どこかへ向かったのだった。
 最上の計画が成功したかどうかは、またそのときに。


●調査〜組織〜
 百地は売店での張り込みを続けていた。売店入り口で捕まえたナヤンの情報によると、巷で問題になっているチョコ強奪事件以外特に変わったことはないという。
(「それ自体がすでに変わったことだって気がしないでもないけど‥‥感覚麻痺してきてるのかしらね」)
 そのあとはチョコの追加発注やら、カード作成の手伝いやら、学園の清掃やらで忙しくしているということだけ分かった。
「あ、百地君、君もここに?」
 情報を整理していた丁度そのとき、アレクセイが声をかけて来た。
「ん‥‥どうかしたの?」
 一旦思考を止め、応じる百地。
「いや、ちょっと学園中で気になる噂をきいて、さ。その出所を探ったらここだって言うから来てみたんだが‥‥」
「あ‥‥!」
「え、どうかした!?」
 アレクセイの言葉にはっとする百地。それは明らかに自分が流した嘘情報であろうととっさに悟る。アレクセイが何か心当たりがあるのかと情報交換を求めてきたが、
「え、いーえ。あたしもその情報は聞いてるわよ? チョコ交換しなければマシュマロがもらえる、ってヤツでしょ?」
 周囲には他の生徒がいる。彼らに自分が情報源と悟られては分が悪い。百地はあえて自分も情報に誘われてここへやってきたことを匂わせることにした。
 が、
「ん? 僕が聞いたのは『チョコ嫌いの彼氏にはマシュマロを送るといい』‥‥だったが」
 学園内に広まっている噂は若干異なっているようだった。それもそうだろう、広い学園、大勢の生徒。そこへ噂を広めるともなれば出所の内容が、末端まで原型を維持したまま伝わるのは難しい。
 チョコとマシュマロの噂もその流れをくみ、人から人へ移る間に変化したのだろう。
 そんな時だった、数人の男子生徒が売店のレジへ駆け込んできたのは。異常を察し、アレクセイの言葉を制する百地、そして耳を傾ける。
『え、ええっと、マシュマロの大口予約って出来ますか!』
『こっちはキャンディの予約をしたいんですけど!』
 彼らは息を切らせながらレジの店員を質問攻めにした。
「‥‥ん、男がマシュマロ? あー、ホワイトデー用ってやつ? に、してもそんな慌てなくて‥‥って」
「ちょっと、ここの見張りお願い!」
 男子生徒の様子に、半ば呆れぼやいたアレクセイだったが、極めて真剣で引き締まった百地の声にそれを遮断される。
「あ、ああ。見てるだけでいいなら――」
 百地はその返事を最後まで聞かず、売店の出入り口脇に立った。
(「きたきた、マシュマロの大量買いね‥‥事情聴取しないと」)
 出てくるのを待っている間にも、その場に不似合いな男子が次々にやってきた。おそらく嘘の噂に釣られて『秘密組織ちょこ0党』がいよいよ姿を現したのだろうと笑む百地。
 そしてまもなく最初にやってきた男子が店から出てきた。
「ちょっとストップ。きみ、話聞きたいんだけど‥‥いい?」
 相手を警戒させないように注意して接触。ここまで炙り出せたのに、逃げられてはどうしようもない。男子生徒は心底安心した表情で出てきたのだが、声をかけられた途端に表情を硬くした。
(「何かあるわね」)
 もう一押し、と百地。
「とある秘密組織に――所属してたり、しない?」
 噂程度なら知っているが、と頑なに所属を拒否する生徒。
「ん〜、そう? じゃあ‥‥はい、これ義理なんだけどここで出会えた記念に――」
 大元の依頼主からもたらされた情報によると、秘密組織所属の者はチョコを貰うことはできない、もらってはいけないことになっているらしい。つまりここでこのチョコを受け取らなければ『黒』。
 そっと鞄の中から小さな箱を取り出し、にこりと微笑んで手渡そうとした百地、その途端だった。
「あ、いや、俺、もう、チョコは間にあってますから!!!!」
 と、一目散に逃げ出した。
(「アタリ!?」)
 待ちなさい、と駆け出したその時、正面から見慣れた少女がやってきた――最上だ。
「空、その人を――!」
「あ、さっきのお兄ちゃん♪ 御返しまってるよ!」
 にっこりと、最上はその背中に手を振って見送るのだった。一気に脱力する百地。
「‥‥え?」
 ちょうど最上の横で減速、停止。状況を尋ねる。あの男子生徒は学園の広場で、空が哀の手チョコを配布した相手だとわかった。
「あ、悠季もチョコ配り? 御返し楽しみだよね! 甘いもの、たくさん配布しといたから、返ってくるのも沢山だよ!」
 甘いものに目がない最上ならではのバレンタインといえよう。
「なーるほど‥‥あの男子達はその30倍返しの予約を、律儀にしにきて、且つ、あたしのチョコももしかしたら同類と勘違いしたわけ‥‥ね?」
 正体が知人の所業と分かれば難はない。多少想定できる範囲。しかしまた一から仕切り直しということになる。
「その様子だと悠季の方は成果なし? 大丈夫、巧くいったら当日空の分けてあげるから!」
 当の最上は最高の笑顔で、無邪気に微笑んだ。


●調理〜呪い〜
「可能性としてはチョコに嫌われている、というものですね」
「ふむふむ、それはまた難儀な属性‥‥いや、特性だな」
 マリナと夜十字は学園の調理室で作業をしていた。チョコにおまじないを込めて贈ってみようということらしい。夜十字との共同作成――何かおかしいが特に気にしないのがマリナ。
「基本的には仲直りの原理、か」
 材料に準備したのはアンゼリカ。まじないにおいては極めて多目的に使われるセリ科の植物。関係を円満にしたい時に用いることが多いが邪を払う為に使われることもある。
「主流はお酒なんですけど、準備に時間がかかるのと飲酒可能年齢じゃなかったときに困るので‥‥」
 売店で買ってきた普通のチョコレートを湯銭に掛け、準備した材料を練りこんでいく。
「ところで‥‥味は?」
「え?」
 夜十字の問いに、目を丸くするマリナ。考えていなかったときにみせるそれだ。
「ま、どうにかなるだろ」
「そ、そうですよね」
 何事もなかったかのように作業再開。夜十字が材料を粉にし、マリナが混ぜる。味見は絶対にしない。
「爺様から聞いてはいたが‥‥ほぅ」
 調べて作り上げたレシピに、再度目を通しうなり声を漏らす夜十字。きょとんと首をかしげるマリナに、なんでもない、と返す。
「ま、チョコが貰えない呪いにしろ、中止事件にしろ、面白い学園だね、うん」
「そうですね、私も‥‥そう思います。いろんな人もいますし」
 他愛もない話をしながら作業。時に何か失敗。
「大丈夫、荒削りだが悪くないぞ!」
「おまじないは心ですよね!」
 実際、マリナが行なっているのは古くは「白」と呼ばれる系統のまじない。人のもつ内側の力を増幅させ、自己解決へ導くもの。おそらく今対抗している、『チョコが貰えない呪い』は「黒」と呼ばれる系統のまじない。若干知識にもつ夜十字も堂々と、落ち着き払った様子で頷き、話をあわせる。
「黒は代償を支払うらしいからね。あんまりお勧めされないな。――これは将来が楽しみだ、な」
 後は冷やして固めるだけとなった、真っ白いチョコレートの液体をみつめ、夜十字がぽつりと呟いた。


●解放
「と、いう訳で組織についてはさっぱり。もしかしたら混ざってたのかもしれないけど‥‥」
 組織を炙り出そうと行動していた百地は結局情報を掴むことができなかった。とても残念そうに報告を終える。
「ま、結局謎のままだろうが構いやしないさ、若いってことだろうよ」
 夜十字は無表情に「問題ない」と胸を張る。
「空の方もチョコを貰ってくれない人はいなかったです。まあ、貰ってくれなくても押し付けるつもりでしたけど!!」
 最上も個人的な目的を果たしきったとばかりに満足げ。
「それじゃ秘密組織についてはやはり『謎』ということで、依頼人の問題に挑むとしましょう」
 内心どきどきしながら出来上がったチョコの包みを優しく撫でるマリナ。
「あ、空も渡しますよ。そんな呪いなど、この美幼女さで打ち砕いて見せます!」
 意気揚々、再仕入した義理チョコを高々と掲げ宣言する最上。マリナも純粋にそれを応援するのだった――もしかしたら最上の気力なら克つこともできるのではないか、と。
「それじゃ依頼者のところへいこうか、‥‥って、おい、1人足りなくないか?」
 出発しようとして夜十字が異常に気付く。――アレクセイがいない。
「ん〜‥‥って、あ!!!!? まさかまだ‥‥」
 百地がはっとした。そして、実はそのまさかが的中する。秘密組織と思われる者の追跡をする際、『レジの見張り』を頼んだ。そしてそれは律儀にも実行され続けていたのである。夜十字の言葉で思い出し、慌てて迎えにゆく百地。
 かくして忘れられていたアレクセイは、売店の閉店間際に回収される。
「本当、ごめんなさいね、つい‥‥。ええ、悪気はなかったのよ?」
「いや、僕こそ任務――じゃない、依頼のためと思ってた部分もあるから気にしないでくれ」
 申し訳なさそうに謝る百地に、アレクセイは気遣いを見せた。本当は疲れていただろうに。
 しかし、同時に幾つかの情報を得た。百地が去った後にチョコを大漁に買いあさっていく男子がいた、と。理由は不明。そのおかげで在庫が一気に減ったように見えた――が、直ぐに補充されたのでなんでもなかったと。
「甘いもの好きの男子でしょうか?」
 自分もそろそろ甘いものがほしくなってきた、と最上がこぼす。
「ま、ともあれあんまり依頼者を待たせるものじゃない、改めて行くとしようじゃないか、うん」
 夜十字の掛け声で再出発。


●真・解放
 寮の入り口で、依頼主の男子生徒はそわそわと待っていた。みてくれは可もなく不可もなくごく一般的な見た目をしている。
「あ、お、お待ちしてました!」
 その言葉、本来なら使う場所が違う、という突っ込みはこの際なし。
「さー、依頼主さん! 空のチョコをありがたくうけとるといいですよ!」
 前座なく駆け寄り手渡す最上。突然の展開に戸惑う男子。チョコを渡されるという経験自体が初めてのため、どのように受取ってよいのかわからない、といったところだろう。
 途中まで手を伸ばしたがそこで停止する。
 ――受取ってよいのだろうか?
 ――爆発しないだろうか?
 ――これは獲得数にはいるんだろうか?
 ――彼女じゃないのに貰っていいんだろうか?
 齷齪する男子をみかねた最上は、
「つべこべ考える前に受取る!」
 とその手の中に押し込んだ。
 すると――
 何もなかった。
 それ―チョコレートが入った箱―は普通に彼の手に収まった。
「え‥‥あ‥‥」
 言葉を失う男子生徒に対し、百地は『ああ、やっぱり』という表情を浮かべていた。
(「チョコがもらえるか否かなんて本人の甲斐性によるものだからのろいでもなんでもないとは思ってたけど‥‥」)
 それを本人につきつけては今後某組織の構成予備軍になってしまう可能性があることを懸念し、終始言葉にすることはなかった。
「すごいです! 最上さん! そんな凶悪なのろいを想いで打ち破るなんて!」
「うむ、どうやら空にも素質があるようだな! ‥‥まあ、この効果は軽く1年、というところだろうが」
 明後日の方向を見つめる百地に対し、マリナと夜十字は口々に最上を称える。依頼主の男子生徒も感動に打ちひしがれ何度も礼を述べていた。


●結果〜呪い〜
「みなさんのおかげで、難しい何題でしたけれど解決することができました!」
 本当にありがとうございます、とマリナ。真実にはたどり着けなかったが結果として依頼は成功した。
「あの男子もホワイトデーにはきちんとお返ししてくれるといいんですけど」
 最上が誰にでもなくつぶやく。どうやら他の男子に配布したのと同じように、中には例のカードが織り込まれていたようだ。
 ――それを目にした依頼主が、『バレンタインは怖い』と思ったとかいうのはまた別のお話。
「そうだ‥‥私の作ったチョコ余ってしまいましたが、よかったら皆さんで」
 百地の助言と、夜十字の助成で完成した邪を払うホワイトチョコ。マリナはラッピングを外し、一堂の前にそっと差し出した。
「いただきます!」
 甘いものに目がない最上が真っ先に手を伸ばし、ひとかけら口に投げ込む、と。
「!!!?」
 途端口元を押さえて顔を伏せた。夜十字が「予感的中?」と言わんばかりの表情で成り行きを見守る。
「だ、大丈夫ですか!? ちょっと癖はあると思いますが、普通のちょこのはずなんですが‥‥」
 マリナが慌ててフォロー。
「‥‥なんだか、表現できない味‥‥です」
 手持ちのチョコで口直しをしながらかろうじてその言葉を紡ぐ最上。
 ちなみにそのホワイトチョコには、アンゼリカ、シナモン、バニラ、米粒、僅かにオレンジリキュール他、その辺りが色々入っている――らしい。
「やっぱりアレンジ加えたのがよくなかったでしょうか‥‥」
「ああ、大丈夫、食べられなくは――ない、ああ」
 うなだれるマリナを気遣い、アレクセイはその物体を口に運ぶ。そして租借前に飲み込む。
「ほら、良薬口に苦し――って、それだ」

 同教室の離れた窓辺、夜十字はタバコに火を灯し、背後の騒ぎを聞き流しながら夕焼けを見つめていた。
「こういうのは青春の栄養、だな‥‥ふぅ」
 ふと紫煙を吐き出した時、窓の外、下からお呼びがかかる。
「こら!!! そこのちょーこーせー!! 教室は禁煙だ!!!!」
 おそらく教師か用務員だろう、喫煙を叱咤する、野太い声が響いた。
「え、あ、いや、これは線香の‥‥」
「センコウ!? 教師をそうよぶとはいい度胸だ! 今行くから待ってろ!!!」
 かくして肩をいからせた教員が説教のために教室を訪れるのだが、謎チョコを振舞って出迎えた効果により事なきを得た、とか?