●リプレイ本文
●華やぐ調理場
「美味しいパイを作りましょー」
エプロンを結んだ澄野・絣(
gb3855)が三角巾に手を伸ばし、身支度を整える。
「るんる〜ん♪ 楽しく作りましょ〜♪」
アルストロメリア(
gc0112)は音階を口ずさみながら調理台の下を漁っている最中。
「材料は‥‥、大丈夫ですね」
材料台に準備された素材を吟味しながら祝部 流転(
gb9839)が分配を行なう。小麦粉や調味料は全員が使うものだ。
「せっかくですから故郷の料理を織り交ぜてみようと思いますの」
同様に材料を吟味しているのはベラルーシ・リャホフ(
gc0049)。ジャムの瓶を見つけ、並べて見つめる。
「そういえば海は何を作るの?」
百地・悠季(
ga8270)が傍らの親友を覗き込む。
「えへへ、秘密だよっ!」
いたずらっぽく笑い、はぐらかす橘川 海(
gb4179)。何かを確かめるべくエプロンのポケットを何度も上から撫でている。
「あ、百地さん。今日は頑張りましょうね」
最近食したパイを再現するため参加したカンタレラ(
gb9927)は、顔見知りや親友へ声を掛けて歩いていた。
「それしてもこの時期に、風変わりな依頼です。これは、洋菓子のようなものなのでしょうか?」
知識としては理解しているが洋菓子方面に疎い様子の石動 小夜子(
ga0121)。手順に目を通しながら首を傾げる。
「ん、作り方わからないなら教えてあげるわよ」
そんな石動の呟きに、よろしければ、とカンタレラが協力を申し出る。石動は礼をいい、積極的に教えを乞うた。
それぞれが材料を調理台に運び終えた時、入り口が勢いよく開かれマリナが飛び込んできた。
「す、すみません! ‥‥遅れ、まし、た‥‥」
要約すると職員室帰り。これで全員が揃った。
●香る戦場
ベラルーシが考案したのはお腹にたまる惣菜パイ。
「結構手間がかかるんですけれど、美味しさの為です。覚えを駆使して‥‥」
ゆで卵、キャベツ、タマネギを細かく刻み、炒めたミンチ肉とよく混ぜ合わせる。その片手間に、分けてもらったパイ生地を皮の様に伸ばし、包む準備も進めた。
「さて、ジャガイモの出番、ふふ♪」
家庭菜園で丹精込めて作成した手製のジャガイモ。故郷のものには敵わないだろうが味についての自信は十分の品。こちらももう一品の具として調理開始。
お相手は茸。味付けはどうするか?
「あーっぷるぱい、アップルパイ♪」
甘煮中のリンゴを眺めながら生地を練る錬るアルストロメリア。リンゴは黄金色に輝いていて、合間に味見してみれば概ね期待の味だった。
しかし――
「何かが足りない気がする‥‥」
このままではごくごく一般的なパイに仕上がるだろう。サプライズパイという話は聞いている、だからこそ隠し味の持参が許可されているのだ。
「そうだ! 釘を一緒に煮込んでみましょ〜。豆を煮るときは使うって言うし〜‥‥あった!」
程なく漁っていた引き出しの中から、赤茶色に錆びた釘を発見。一応水洗いの後、鍋に投入。するとそれはじわじわと鍋の底へ姿を晦ました。
「あっとはー、彩りも必要だよねっ!」
最大の笑顔を浮かべながら荷物を漁り、萎びた黒い紙を取り出すのだった。
「このくらいでいいかしらね」
百地は様々な芋を調理していた。ジャガイモ、サツマイモ、ヤマイモ‥‥そしてサトイモ。
「サトイモは正直どうかと思うけど‥‥まあ、闇だし?」
それぞれ皮をむき、一口サイズに刻み、水に晒して灰汁抜き作業まで手際がよい。
パイ生地も個別の味付けを行う為に一から作成に入った。どのパイにどの味付けをしたか忘れないように目印を置く。
「あ、型抜きあったかしら?」
人参の皮むきを終えて、道具が足りないことに気付く。複数の同時をすると何かが抜けるものだ。百地は、思い出しては方向転換、方向修正を慌しく繰り返していた。
「百地さんも急がしそうねぇ‥‥海ちゃんは大丈夫?」
カンタレラは隣の様子を心配しつつ、同じ調理台で作業する橘川に進捗状況を確認する。
「だ、だいじょうぶです! あのとき、目と身体、舌で覚えたあの味を‥‥!」
橘川の手つきは確かに危なっかしかったが、彼女は過去に某レストランのシェフの手ほどきを受けている。その師の言葉を思い出しながら実践していた。
「レシピ通りにやれば、いいんですっ、って、あ‥‥ととっ!」
ボールの中でクリームをかき混ぜる。そのふっくらみがボールからあふれ出しそうになって、
「ちょ、ちょっと危な――」
「調子はどうですかー‥‥って、あ‥‥!」
澄野も手伝おうと顔をだしたその時、橘川の泡だて器を握る手が滑った。
バランスを崩し、前に倒れそうになるのを支えたのはカンタレラ。
ひっくり返りそうになったボールを押さえたのは澄野。
「「せ、セーフ‥‥」」
「ありがとうございますー‥‥」
大事にならず、胸をなでおろす一同でした。
「闇パイ‥‥闇鍋のパイ版、ですよね?」
生地の準備は終えたが、別の練り物をはじめている石動。手ごろな大きさにちぎって、ころころと手の中で丸めている。
「下手に飲み込んで危ないと大変ですし‥‥、これなら‥‥」
口にする時のことを考え、具を吟味。その結果導き出されたのは団子だったのだ。
小さなボールの中に、様々な粉末が少しずつ。その粉末を団子に錬り込む。赤色、緑色、黄色、茶色、黒色の団子が並ぶ調理台周囲にはなんとも形容しがたいスパイスの香りが漂っていた。
「こんなところでいいでしょう、あとは生地に乗せて」
皿の上に敷かれた生地の上に満遍なく、隙間なく、色とりどりの団子を敷詰めていく。まるで和菓子のように、とても彩り鮮やかな箱庭の庭園。
「ここが辛子、ここが山葵、ここが胡椒‥‥と」
――見た目だけ。
調理台の中でも、最も数多くの品が並んでいたのは祝部の台。別の作業をしていたマリナだったが手が足りないだろうと応援に付く。
「それは皮を剥いてくださるだけで構いませんよ」
果実の皮をむいていくマリナ。その後の調理は祝部が進めていた。
「これはなんです?」
遮光瓶に入った見慣れない食材を手に、マリナが尋ねる。が、正確には食材ですらない。
「それは胃腸薬の一種です」
封を開けると独特の刺激臭があったので直ぐに閉じる。作っているものが作っているものだけに、食べる人を気使ってのことだろう、と勝手に納得するマリナ。
その直後、胃腸薬は丸まる一本パイの具にされるのだった。
「流石に闇物ばかりではあれですので、きちんとしたものも作りますから大丈夫ですよ」
ミートパイの材料を取りながら補足する祝部。まだまだパイ生地は山のようにある。いったいエルシー教諭はこれだけの量をどうしようというのか?
下準備が終わると、それぞれ生地をオーブンへ入れていく。
「熱は大丈夫だと思うけど‥‥焦がし過ぎないようにみてないとね」
生地作りからオーブンまで、音頭をとっていたカンタレラが最終チェックを施していく。団子パイ、揚げ芋パイ、苺パイ、ガレット、果実パイ、ピロシキに謎パイ――いずれのパイも仲良く並んで赤い光を浴びている最中だ。
「ところで、このいっぱいのパイどうするのですかー? ‥‥全部食べるわけにはいかないですよね」
澄野が心配そうにマリナに尋ねる。すると思い出したように作業台に戻り、紙を取ってきて一枚ずつ配布。内容を確認すると、届け先を示した一覧表だった。教室だったり、寮の部屋だったり、場所のみが記され宛名は一切ない。
「そういえば『みなさんへ』のプレゼント‥‥といっていましたね?」
ざっと目を通した石動が顔をあげて呟く。
「この部屋にいるみなさん、ってこと?」
「‥‥です。恵まれない‥‥? 寂しい人へのプレゼント、っていっていましたけど‥‥家に帰れない人への気遣い、でしょうか?」
首を傾げる百地へ、エルシーからの言葉を伝えるマリナだが、やはり理由が理解しがたい様子で首を傾げる。
(「はは♪ それ多分‥‥違う寂しいだね〜」)
なんとなく真の意味を悟ったのか、アルストロメリアがひっそりと苦笑いを浮かべた。寂しく決起集会をしているところへ、女性陣手製のプレゼント。おそらく歓喜する一同。食して――何が起こるかはパイ次第。
「メッセージカードを添えて、とありますけれど、カードは‥‥?」
文末に追伸を見つけた祝部が作業台の上を探ると、小さな封筒がいくつかみつかった。内容はエルシーが作った文章。
「ん、確かに下手したら作った人が怪しまれてしまいますからね。おそらくその対策なのでしょう」
ベラルーシが、開封されている文章をみて納得する。確かに各所で『闇』に当たる被害者が散発しては笑い事ではすまないだろう。そこで教諭名を添えるらしい。ただし、パイの下、食べ終えてからわかる位置に置くように――というところがいやらしい。
「あ、そうだ! できれば私のパイ、皆で食べるのにできたらいいな、って思うんですけど」
ガレット・デ・ロワを試みた橘川。こっそり、しかし大胆に主張する。作業後のお茶会の話も聞いてはいるが、パイへの指定は特にない。そのため橘川のガレットを手元に残し、皆で食べることにした。
その後パイが焼きあがるや、一同はカードを添えて配達へ向かうのであった。
●彩る食卓
「慈善事業にもみえなくないけど‥‥パイによっては嫌がらせよねぇ」
お茶会の準備をしながら百地が苦笑いを浮かべる。突然の宅配に受取り側は何れも驚いていた。そして感謝して扉を閉め――去り際に背後から聞こえる歓声から絶叫に変わるのを何度も聞いた。歓声のままのこともあったが。
「あ、そうそ、私の病みパイの反応どうだった?」
にこにこと、配達を担当した石動に様子を尋ねる。闇パイにかけた『病みパイ』。内容物により新陳代謝の向上が得られ、脂肪燃焼効果が得られる。ただし、よほどの辛党でないかぎり超刺激物でしかないパイ。
「え、ええっと‥‥涙を浮かべて喜んでいまして、その後も‥‥泣いていた、かもしれませんね‥‥」
なんとも言いがたい、と石動は言葉を濁す。
「紅茶の葉はこれでよろしいでしょう、カップの暖めも十分ですよ」
祝部は部屋中央、レースのテーブルクロスが掛けられた円卓に皿やフォークを並べていく。設置する時も接触音ひとつなく、丁寧で手馴れたもの。
「このガレット、自信はあるんだっ」
一生懸命に作ったパイ。師匠の教えが再現できていればと願いながら慎重にテーブル中央に置いた。
最中、澄野が着物の懐から横笛「千日紅」を取り出し、部屋の隅で奏でていた。見事な紅色の笛、彼女が作成した苺のパイはこの笛に基づいたもので、花言葉が、
(「‥‥終わりなき友情‥‥うん」)
仲の良い親友の得意な笛。橘川はにこにこと微笑を漏らした。
「先生からもパイを頂いてきました」
配達終了の連絡をしに行った際に貰ったパイを置くマリナ。エルシー側も用意していたようだ。この依頼の出し主だけに、なんとなく疑わずにはいられない。
蒼を基調とした部屋の中で、8人は和やかにお茶会を始めた。
「ん〜意外と揚げサトイモおいしかったわよ?」
サトイモ揚げという冒険をした百地がそのときの感想を述べる。ぬめりを心配していたようだが揚がったものはさっぱりしたものだった。
「普通想像しないものね、サトイモで、なんて」
カンタレラは隣に付き、相槌を打っている
「美味しいパイなのです〜♪ ‥‥でもこんなに食べちゃうと体重が心配なのです‥‥」
疑っていたエルシーのパイを口に運ぶアルストロメリア。切り分けた面にはバナナが入っていた。時折わき腹をつねり、具合を心配する様子を見せる。
「あら、この部分には梅干が入っておりますね。‥‥酸味がなんだか不思議‥‥」
石動が切り出した部分の中身は梅干のシロップ付け。
そこでそれぞれが気付いた。このパイは、ここにいる全員が作ったパイのレシピが、僅かずつ各所に織り込まれていたのだ。戦慄を覚える数名。己が準備したはずれを引くまいと能力者の力をフル活用し危険回避を試みることまで行なわれた。
しかし時既に遅く、皿に分けられたものは回避しようがないわけで――
「こ、これは‥‥」
祝部が思わず玲瓏な顔をゆがめた。ナイフとフォークを置き、口元を押さえる。確か自分でも用意した食材に同じ味を出すものがあったことを思い出す。しかし自分の用意したものでは、もちろんない。黒い球体が目の端に移った。
「もしかして当たっちゃった? よかったら紅茶どう?」
その様子に気付いた百地がカップに紅茶を注ぐと、祝部は苦しげに礼をいい、ゆっくりと飲み干すのだった。
「さーガレットいきましょー!」
危険なパイの対処が終わったところで、橘川がガレットにナイフをいれた。中に幸運を示す陶器が入っていることはマリナ事件のおかげである程度が知っていた。
「ガレットに入れるのは指輪等でもよいのでしょうか?」
確認するように尋ねる石動。返答は、地域によって色々であり、指輪が正解な場合もあるとのこと。
「私、実はまじない類興味があるんだけど、そういうの詳しいの?」
「そう‥‥ですね。まだまだ若輩ではありますけど‥‥」
ベラルーシの問いへ、言葉を選びながら回答するマリナだったが、彼女にはそれで十分だったようだ。旧クリスマスや各所で執り行われる行事等を語る。はじめはしどろもどろだったマリナも、ベラルーシの熱弁に心動かされ、次第に熱くなる。
そうこうするうちに橘川が全員へガレットを配膳した。こっそりと澄野の皿へ細工。
本来なら切り分けと配膳は別々のものが行なうのだが、年少の彼女がやりたいと申し出たことと、アタリを引いた者達が病んでいたこともあり、作業は橘川に任された。
丸かじりして中身を噛み砕かぬよう、きちんと切り分けながら食す。口直しには丁度いい甘いパイだった。
――カチン☆
全員が緊張する静寂の中、何かとナイフが接触する、澄んだ音が部屋に響いた。
「あ、あら‥‥なにか‥‥」
澄野はどきりと心臓を高鳴らす。他全員の注目もさりげなく集まっている。ただ、橘川だけがにこにこしていた。
「もしかして引き当てました?」
ベラルーシが、何が入っているのだろうかと身を乗り出す。
「陶器みたい、‥‥カエルの王様!?」
それに気付き、隣の橘川の顔を見て、状況を察知。偶然であれ細工であれ、ハロウィンで仮装したソレがフェーブになるとは――。当の橘川はただ微笑んでいる。
(「転換期も去年の今頃だったわね。気持ちが解けてきて、あの2人と出会って」)
王冠を被る澄野を眺めながら、百地は物思いにふけった。全てを嫌悪していた時期のことを。
「ちょっと早いですけど流転さんにはハッピーバースディも、ですよっ!」
「覚えてくださるとは、とても光栄です」
パイ造りで余ったカエルを皆にも配りながら、誕生日が年の瀬にある祝部へ祝福の言葉を送る。祝部も笑顔でその祝福に応えるのだった。