●リプレイ本文
●意気は高く
見上げた山は高く、目的の場は遠かった。
「目的地まであとどのくらいでしょう?」
鍋島 瑞葉(
gb1881)は積めるだけの荷物をミカエルへ載せ押し進む。
「ん〜っと、方向はこのまんま。もちょっと登ると対象地域に入るんじゃないかな? キャンプ地はもっと奥だね」
悴む手で方位磁石を探り当て、地図と方位を確認するのは黒羽・ベルナール(
gb2862)。吐く息は水蒸気に変わる。
「‥‥天候好し、降雨の可能性もなし。これならば作業に支障はないであろう」
出発前に収集した山の情報を見返し、フラウ(
gb4316)が状況を確認する。標高が高い山ともなれば、雨も雪に変わる可能性がある。そうなると並みの防寒具で夜を越すのは厳しいだろうが、その心配はないようだ。
「葉っぱ採取アルけど、僕は珍味採集に興味アルね♪」
一応日本人、口調はなんちゃってチャイナのトロ(
gb8170)が周囲に目を光らせる。もう少し早い時期に訪れることが出来れば、この山も秋の珍味で溢れていたことだろう。
「ト、トロさん、まってくださ‥‥」
軽快に進んでいく者に対し、息を切らす蒼翼 翡翠(
gb9379)。トロに誘われ受講したのだが、初対面の相手に恐怖を覚える傾向があり、彼女以外になかなか近づけない。
「ん、つらいか? どうしてもってなら手を貸してやってもいいが」
最年長の須佐 武流(
ga1461)が、山登りに疲れたのだろうと思い横から声を掛ける。しかし蒼翼はその声に、びくりと身を震わせた。ただの条件反射なのだろうが、
(「意地悪く言い過ぎたか? いや、そんなことはない、はず――だ」)
その反応が今度は須佐の心に僅かな陰を落とす。体格やや態度に反し繊細な心の持ち主らしい。
「ま〜ま〜♪ アリシアはがんばるよ〜? みんなもがんばろ〜♪」
若干気まずい雰囲気になりかけた場をほぐしたのは、アリシア(
gb9893)のぽややんとした暖かくも穏やかな声だった。
「おぬしら、そろそろ目的の場につくぞ。このような世界の様の中で、学術を学ぶ数少ない機会なのだ、心して臨め」
鳳凰 天子(
gb8131)は山奥育ちということだけあり、慣れた足取り。真面目気性の彼女は、その場をまとめるように凛とした一声で全員に活を入れるのだった。
●落ち葉拾い
使用者不明のキャンプ跡地に辿りついた一行は、手際よく荷を解き、重量物を置いていく。そして目標を再確認した後、4つの班に別れ活動した。
「これ、何の葉っぱかなー?」
堆積した落葉をひっくり返し、奥に埋もれた葉をつまみあげる黒羽。埋もれていたせいか、ねっとりと湿り気を帯びていた。
「味見してみるアル」
何を思ったのかトロが、突然似たような葉を拾い上げ口に運ぶ。うまみ成分を抽出するように何度もかみ締め、そして
「微妙アルな」
「‥‥えーっと‥‥おなかこわさないでね〜?」
想定外の行動に、それ以外の言葉がでなかった黒羽。トロは特に問題なさそうに飲み込む。
「え〜っと、ほら、これなんか珍しいんじゃないかな?」
話題を変えようと、黒羽が拾い上げたのは、葉肉がしっかりとしている分厚い葉。
「妖しい色アルな〜」
気になるものを見つけては互いに報告しあい、和気藹々と収集を進める二人。
「ん、何か埋まってるアル」
土を掘る手に何か硬い物体がぶつかる。
「石じゃなさそう‥‥木の根っことかじゃ!」
「珍味の予感! 掘り返してみるアルよ!」
悪食と称されるトロの直感が甘い誘いを説くや、周囲の土を丹念に払い、物体を露呈させる。
「あ、それってヤマノイモ?」
黒羽の声に、掘り出した大きな山芋の塊を抱きしめるトロだった。
「う〜‥‥流石にさむいの〜」
首筋を吹き抜けていく寒風に肩をすくませるアリシア。真紅のコートを羽織っているものの寒いものは寒い、と身を震わせている。
「寒いのは仕方がない。だが無理そうなら早めに言え」
ペアを組む須佐は、時折アリシアを気遣いながら、近くに撓垂れている一振りの枝から形の良い葉を見繕い、丁寧に採取した。
「わ〜、武流ちゃん上手なの〜♪」
アリシアも採取を試みるが、どうしてもどこかが欠けてしまった。高い位置の葉に手が届かないせいもあるだろう。
「別に完璧なのを取って来いとは言われてない、種類を採取することに意味があるだろう」
採取したものを、更に形が崩れないよう気遣って冊子の間に挟む。
「うん、がんばるの〜♪ ‥‥あ、何かふんだの〜」
「ん‥‥どれ」
足裏に違和感を得て、靴底を見返ったが何も異常はない。念のため須佐が慎重にその地点を伺うと、球根のようなものが見えた。
「ダメージがあるわけじゃないな‥‥?」
「うん〜、そういう痛さじゃないよ〜?」
キメラがいるらしいという事前情報もあり疑ってみたが違うようだ。その正体は極めて普通の球根だった。
ペアというには若干距離のある二人組、鳳凰と蒼翼。
「この木はもう少し早ければブナの実がなっていただろう、それは炊込みご飯や、煎るのがいいな」
「‥‥」
「これは‥‥チチグサか。春の七草のひとつ、そういえばもう一月もすればそんな時期か」
木を見つけるたび、その木について語る鳳凰。本来はあまり口数が多いほうではないのだが、蒼翼との間を持たせるため自分の中の知識を語りながら歩いていた。もちろん採取は欠かさない。
「‥‥」
しかし蒼翼はおびえた様に押し黙ったまま採取を続けている。
(「こうなると黙ってしまうのも気まずいな‥‥」)
鳳凰が深く息を吐くと大きな白い蒸気が現われて、消えた。足を止めて振り返ると、同じように足を止めている蒼翼がいる。おそらくこの距離が限界なのだろう。
「山菜にも女王や、王、希少種があってな――」
変わることなく独り解説と採取は進む。
「ほう、汝は自炊を心得ているのか、それは頼もしい!」
世間話をしながら採集しているのはフラウと鍋島。話題は今日の食事に至っていた。食材が現地となれば調理も現地となるのは必然だ。
「はい、調味料の持参は許可されましたし‥‥みんなで自炊も楽しいと思いますよ? フラウさんいかがです?」
柔らかく微笑む鍋島に対し、フラウは神妙な面持ちで言葉を濁す。
「採取は手伝うつもりでいるが調理はまかせる」
話題を切り替えようとしてか、近くにあった黄金に輝く一葉を手にとる。
「ふむ、場所は‥‥この地点。採取時間は‥‥と」
葉を取るや否や地図とノートに採取時の情報を記載するフラウ。
「あら、細かいのですね?」
「うむ、サンプルとの話だ。地点や経過時間によって何か変わるものがあるやもしれん、流石に全員分といかぬとも少しの情報も添えた方がよいだろう」
捜索範囲の分担や調査時間の相談など率先して行なったのはフラウだった。そのおかげもあり、短時間で効率よく調査が進んでいるといえよう。
「そういえば芋畑があるのはあちらでしたね、寄って行きますか?」
「いや‥‥一度戻っておこう。あまりかさばるものを持ち歩くのも難がある」
そうですね、と鍋島がくすりと微笑んで同意を示した。
●温かな食卓
日没を前にして一同はキャンプ地に戻っていた。
それぞれが採取したサンプルは火から遠ざけ、テントの中へ押し込む。万が一にもくべてしまわない様にするためだ。
「それでは食事の準備と参ろうか」
コンロ等の文明物の持ち込みは認められなかったため、鳳凰は即席で河原の石を集め釜戸を作った。
「僕、魚狙ってみるアルよ」
常時空腹を誇るトロが瞳を輝かせながら川へ向かおうとすると、
「ボ、ボクも‥‥」
蒼翼が慌てて背を追っていった。
「正直一日くらい断食してもと思ったが‥‥食えるなら越したことはないな。薪を集めてこよう」
料理用、キャンプファイヤー用、と多くの薪が必要だと判断し、須佐が腰を上げる。
「あ、お1人は危険です、お供しましょう」
釜戸を作り終えた鳳凰がキメラの存在を懸念して同行を申し出た。何処に潜んでいるかわからない状態での個人行動は危険だろう。
「ん〜っと‥‥じゃ〜あ、アリシアはおいもほりに行くの〜♪」
それぞれの宣言と地図を鑑みて芋ほりに立候補するアリシア。もちろんここでの芋はサツマイモ。
「あーっと、じゃあ俺も行く! でっかいのとって驚嘆させちゃおうぜ♪」
釜戸に残ると調理の手伝いの可能性がある、と脳裏をよぎったのだろう、とっさに黒羽も荷物から軍手を掘り当てると、そそくさとその場を逃れた。――自覚のある家事音痴らしい。
「そうなると‥‥我は火の番でもしているか」
全員が火元を離れるのは問題、とフラウはその場に残り、採取したサンプルの情報まとめを始めた。他の班の採取物も合わせてみてみたが、これといって特別変なものはないようだった。何れも地域相応のものだろう。
「お米は魚班がといできてくださいますし‥‥お芋もおそらく大丈夫でしょう。山芋は‥‥生でしょうか‥‥」
鍋島は集まった材料と、これから届く素材からメニューイメージを膨らませていくのだった。
日が傾き、焚き火で暖を取りながら、AU−KVのヘッドライトを照明に夕食会が開かれた。
「寒い時はあったかいスープにかぎるの〜♪」
やけどしないよう気をつけながら、アリシアはスチールの容器に充たされた液体を口に運んでいた。
「はい、冷める前にお召し上がり下さい。おかわりも多少ならありますよ」
それは鍋島が持ち込んだ味噌でつくられた汁物だった。具は簡素だが栄養価は高い。
「うむ、魚もきちんと火が通ってるな。大丈夫だ」
須佐は、木串に挿して焼いていた魚の焼け具合を確認してから食卓へ持ち込むと、香ばしい香りが食卓に広がった。
「冷たくて大変だったアルが沢山とれてよかったアル」
「‥‥うん‥‥」
氷のような川の水に、果敢にも素手で挑んだ勇気への報酬だろうか、トロと蒼翼の漁は成功だった。
簡素な食事も程なく終わり、鳳凰が白い煙だけがあがる落ち葉の山を掘り返す。小さな畑でとってきたサツマイモだった。
「多分‥‥大丈夫でしょう」
熱を警戒して直接触らないようにしながら、次々にナイフで掘り返してゆく。その横から黒羽やフラウがそれを拾い上げ、味見。熱そうにしていたがやがて満足の声を上げていった。
「私、実は甘いもの大好きでして‥‥その、いただきますね」
甘党で大食漢と噂の鍋島が焼きたての芋に顔をほころばす。おそらくその中で一番大きなものを拾い上げようとした時――
「それは頂くアル!」
鍋島が掴みかけた大きな芋は空腹少女トロに奪われた。ほんの一瞬の出来事だった。あっというまに口をつけ‥‥熱さで咽る。
「あつすぎあるよ〜」
「欲をだすからです」
鍋島はすでに別のものを捕らえ、ゆっくりと味わっている最中だった。さりげなく2人の間に火花が散った気配。それはやがて食べ比べに発展していったのが――大食漢VS空腹少女は先に芋が消えるという結末を迎えることになる。
軽く周囲を見回り、危険がないことを確認すると、それぞれ就寝の為男女に別れテントにはいった。
●家迄が遠足
撤収時間が近づいた為一行は山を下っていた。穏やかに会話を弾ませながら歩む。下山は登りに比べれば容易だった。
「あら? こんなところにイチョウが‥‥」
前方に見事な黄金色に実る木が見えた。他の木が地面に葉を落としているのに対し、それがいまだ全て健在なのをいぶかしむ鳳凰。
「ん、銀杏アルか? 銀杏も食べ物アル!」
枝に実る小さな実を見て、トロの目が輝く。
「胡散臭さ全開だな、ちょっと待ってろ‥‥」
一行の道を阻むよう立ちふさがっている一本のイチョウ。ここまでキメラに遭遇しなかったことと、今目の前にある違和感をかもし出す異物に、須佐が接触を試みる。
単なる偶然の、自然の産物なら採取すべきサンプル。もし不遇な、人工の産物なら――。
警戒しつつ歩み寄り、靴に装着した脚爪「オセ」でその幹に触れようとした時、それは起こった。
幾つもの硬い実が須佐目掛けて降り注いできた。熟練の達観で回避したものの、いくつかその身に受けた物体はとても重く、服に裂傷を残した。
「思いっきり蹴っ飛ばしたら実はおっこちるよ〜!」
「俺はまだ何もしてない! あっちが先に!」
様子を見ていた黒羽が叫ぶと、返された言葉はそれだった。風もなく穏やかだ。突然落ちたにしてはタイミングが良すぎる。そう思案したとき、
「きゃ‥‥!」
「うわ‥‥!!」
後方の集団に向い、金色の刃が飛んだ。今度は動きを見逃さなかった、木は明らかに枝を振り、その葉を能力者に向かい投げつけたのだ。とっさに受身を取る一行だが、ところどころ裂傷を負ってしまう。
「いや〜〜ん、キメラだ〜」
胸にスイカ型の超機械を抱きしめたアリシアが焦っているがそう聞こえない叫びを上げる。
「のんびりしているでない! 迂回する時間もあまりないようだ、一気に蹴散らし降りるぞ!」
時間を見ていたフラウが叫ぶ。迎えの来る時間は迫っていたのだ。
「実が直下を、葉が遠距離を狙うのでしょう!」
覚醒し好戦的になった鍋島が即座にAU−KVを着装し飛び出す。
「みんな、強化するよ〜。がんばって〜」
アリシアは仲間の武器へ練成強化を付与。後方での支援に徹する。
「どういうものか打ち込んでみない限りわからんな」
強化を受けた機械剣βを手に、鳳凰は迅雷で目標へ急接近、二連撃で太い幹へ刀傷を残す。攻撃により枝葉が揺れ、先ほど須佐を襲った実が降り注ぐ。この程度、と痛みに耐え次の一撃を打ち込むべく息を整える。
その間に黒羽、鍋島の竜騎兵も駆け寄りおのおの攻撃。実の弾丸は竜の鱗の効果で大分軽減できているようだ。攻撃に集中できる。
「やはり植物である以上、供給源を切除するのが効果的だろう!」
フラウは身軽な身体を生かして機動性に飛んだ攻撃を仕掛けている。合間をみながらAU−KVの背中を借りて跳躍、攻撃の手段を持つ枝をゲイルナイフでなぎ払う。そして地面に降り、次の攻撃の為様子を窺うのだった。
フラウの機転のおかげで、次第にイチョウキメラの攻撃手数は減っていき、幹を攻撃する者達への負担も軽減された。
「大分幹も削れてきたな‥‥もう一息!」
攻撃に耐えながら代わる代わる切り付けていた太い幹は、ところどころ肉を剥ぎ取られ不安定な状態になっていた。おそらく重い一撃をあてれば自重で倒れるだろう。
その状態を察知した須佐が間合いを取り限界突破。幹を攻撃していた者達はその場を離れる。
「はあああああ‥‥っ!」
斜面で加速をつけ、跳び、急所付きを付与した足で幹へ回し蹴りを浴びせた。それが致命的だったろう、悲鳴とも取れる乾いた音が響き、根元から折れた。
勝利した瞬間だろう。
しかし一同は余韻に浸っている時間もなく、急ぎキメラの枝から数枚の葉を剥ぎ取って下山するのだった。家に帰るまでが遠足、帰路にも気をつけてということだろう――。