●リプレイ本文
●掃討、その前に
KV同士のトーナメント、実戦以外ではそうそう目にかかれないエースクラスの戦いを拝める機会。それを実現する為にも速やかな準備を、と思う者は多かった。
マヘル・ハシバス(
gb3207)もそのひとり。
それぞれ準備された防塵マスクや手袋、前掛けを装着し開始に備える。
襷掛けした着物の上から割烹着を纏うのは真田 音夢(
ga8265)。
「お掃除‥‥と、伺ったものですので」
手には竹箒となれば完璧な和式清掃員の正装。しかしただの『掃除』ではない。
そこはキメラの進入や脱走が確認されている区画。
備品配置までは保証出来ないと言われる広間の設計図が届けられると、全員がそれを覗き込む。そこはハンガーか闘技場に出来そうなくらい広かった。
「ええと‥‥そちらの明り、よろしくお願いします」
石動 小夜子(
ga0121)は懐中電灯数本を手配し配布、拠点となる大型照明の操作はナヤンが担当する。
「あ、その照明器具、少々細工をさせて下さい」
鳳 湊(
ga0109)は潜むキメラの中に昆虫の特性を持つものがいる可能性を危惧し、器具にUVカット効果を持つクリームを塗りつけていく。
「だ、大丈夫です、お、おお俺が守りますんで‥‥! そ、その、俺から離れないでくださいねッ!?」
少女のようにも見える少年マルセル・ライスター(
gb4909)がナヤンに声をかけた。初めての依頼で緊張しているらしい、声が震えている。
「だ、大丈夫! 俺も初めてだから‥‥!」
その潤んだ瞳にあわててそう応えるが、それは大丈夫とは言わない。
「心配しなさんな。おめぇさんらの身は、保障してやっからよ!」
その様子を見た伊佐美 希明(
ga0214)が二人に強気な声をかけて来ると、小心者たちは心強いとばかりに期待の目を向けた。
「虫‥‥いそうですよね」
石動は内部を思った。苦手とする虫が明らかにいそうな場所。特にこういう場所に定番なものといえば――
「Gであれキメラならば恐れることはないっ!!」
突然フォルテ・レーン(
gb7364)が叫び声をあげた。Gとは二本の触角を持ちカサカサと動く黒いアレのこと、らしい。身を震わせ己の記憶を呼び起こす。
「人間サイズがいるならそれは映画のバケモノと同じだよ。それよか‥‥俺は‥‥俺は、普通の‥‥」
その後に続くおぞましくも恐怖の体験談に、悲鳴をあげそうなのを耐えている者もいた。
そんな流れを本線に戻したのは獅子河馬(
gb5095)だった。
「あー、ええっと‥‥準備終ったなら、はじめない、かな?」
ぐるりと全員を見渡しての一言。その言葉に安堵と意気が混じった決意が返された。
●掃討、闇の中で
扉を開くと、見るからに健康に悪そうな空気が溜まっていた。フォルテが先頭に立つ形で進入し、暗視スコープを装着した伊佐美がそれに続く。
(「ちっ、散らかしやがって‥‥掃除しがいがあるじゃねぇか」)
キメラが暴れた跡だろうか、部屋の中は壊れた実験器具や設備があちこちに転がっていた。そこに堆積する埃がスコープを通しても目についた。
全員が入ると扉を閉じ照明をつけるナヤン。まだ内部に目立った動きはない。
鳳は小銃「フリージア」を手に、前に出過ぎぬよう移動しながら壁際に注意を走らす。石動は自ら懐中電灯を手に照明の影になる部分を照らしながら歩いた。同時に準備してきた食材を引き寄せ用の罠としてあちこちに置いていく。
「脱走したり、行く当てがないキメラが巣食ってる、‥‥って聞いてる。がんばって!」
照明を手にするナヤンの護衛として真田は竹箒型超機械の「菷神」を構える。マルセルと獅子もそれぞれ榠櫨とスコールを手に両脇をガード。殿を務めるのはマヘル、エネルギーガンを構えつつ、機械剣βもいつでも抜けるよう注意しながらゆっくりと進む。
「あ、ちょっと試してみたかったことが‥‥」
フォルテが闇の中で機械剣αを強く握り締め、レーザーを射出した。煌々と眩い明りが灯る。柄を握る自分の手等を視認することは出来たが周囲を照らすまでには至らない。仲間から位置が分かると評価を受けたが、照明としては使えないようだ。
ガシャン、と何かが落ち、割れる音が聞こえた。マルセルとナヤンがほぼ同時に飛び跳ねる。
「な、なにっ!?」
シンクロする声。隠密潜行で先を探っていた伊佐美が慎重に向かい確認する。
『どうやら天上の蛍光灯が落ちただけっぽいな‥‥いや、まて――』
真田の持つ無線機を介し後方の護衛組に状況が伝えられる。
『――どうしました!』
すぐさまマヘルが尋ね返す。
『2、3‥‥4か、でかいクモがいる、天上付近!』
護衛組は進み、先行組は武器を構え迎え撃つ。
フォルテが軽快に剣を振った。光の軌跡が走り吊り下がるクモの糸を切断する。
「光の剣舞ってのもいいねっ!」
地に落ちたクモはすぐさま起き上がり口から糸を吐き出してきたが、白いオーラを纏った真田が菷神から蒼炎を発しそれを焼き防ぐ。
「このように‥‥お掃除もできます」
ぽつん、と一言。糸を吐く瞬間をつき、鳳が鋭覚狙撃を用いその頭を打ち抜いた。ほぼ同じ頃、伊佐美も照明に近づこうとしていたクモの一匹をスナイパーライフルでその名の通り打ち抜く。
「しつこい穢れはこれで殲滅です!!」
見た目は普通のハタキ、実態は超機械のバトルハタキを手に石動は足を伸ばしてくるクモを必死に防いでいた。
(「普通の虫だろうとキメラの虫だろうと撃滅あるのみ!」)
ひたすら追い払うようにハタキを振り回す。布がはためき電磁波が発生する。
そんな苦手な虫を相手に精神的に苦戦しているところに応援に入ったのは獅子の放った弾丸。目の前の石動に集中していたクモはそれに気づかずまともに全弾をその身に沈めた。何色とも言いがたい体液を飛び散らせながら崩れ落ちる。
「ええと、これで3匹‥‥? まだいいい、いるよね!?」
マルセルはナヤンの隣で戦慄きながらも、盾と曲刀を握り授業と訓練の内容を反芻し警戒を怠らない。
「ここに!」
背後を警戒していたマヘルが叫んだ。天井と壁を伝い移動してきたのだろう、裏に回りこまれたようだ。
極めて近距離だった為機械剣βに持ち替え一振り、向かってくる足の一本を凪いだ。返す刃でもう一本を切り落とすが相手はひるまず向かってくる。避けるには間に合わない。
「一撃は受けるしかないですかね‥‥!」
つぶやくというより大声で覚悟を言葉にする。
それに震えていた足を動かされたのはマルセル。相手が攻勢に出ているときに出来るスキをつく、相手の勢いをも利用して――
「武の真髄は!!!」
盾を構え腰を入れた体当たりを見舞う。その衝撃に弾き飛ばされるクモ。
「「だ、大丈夫!?」」
どちらからでもなく同時にお互い状態を確認すると、すぐ敵に向き直る。まだ戦闘は終わっていない。
マルセルが盾を手に前へ、マヘルはエネルギーガンを手に援護射撃の体制を取る。
クモは失った足のせいでバランスが取れないのか、よろめいている。
「油断はしない!」
肝が据わったのか、マルセルは再び盾を前に突進してクモの体制を崩す。そのまま押さえつけ攻撃の足を防ぐがこのままでは攻撃も出来ない。そこは深く集中状態に入ったマヘルの援護射撃で解決する。光が頭を貫き、それは動かなくなった。
息をつく暇はなかった。陣形を正すのとほぼ同じくして次の災難が襲い掛かって来た。先ほどの戦闘で存在が知れたのだろう、
『ネズミだ。小さい上群れてて数えにくいが、多いな。囲われてるかもしれねぇ』
再び無線機から伊佐美のやや早口な声が聞こえてきた。情報を確かめる為それぞれ照明をかざし丁寧に探る。
「うぉっと‥‥!」
獅子はとっさに流し切りでネズミの体当たりをかわした、が連続で来る。
「え、ちょ、ちょっと!」
なんとか回避し続けるがきりがない。声の位置を頼りにアーミーナイフを構えた鳳がやってきて加勢する。
「小さくて多いのは厄介ですね。協力して応戦しましょう」
「はいっ」
フォルテも善戦していた。少しでも護衛組に敵が集まらないよう前線で食い止めるべく剣を振るう。
「そらそらそら〜!!」
施設の破壊を避ける為、なるべく壁際に寄らぬよう気をつける。かすり傷を負いながらもどうにか処理、他の応援へ向かう。
「こちらは数が少ない?」
囲われている可能性を示唆され周囲を伺っていたマヘルが疑問をもらす。他よりも数が少なかった。
それは一部のネズミが石動の置いておいた餌に群がり、足止めされていたからだ。各所で足止め効果を挙げているようだ。無論餌よりも人間を好むものもいたが。
「虫でなければ!!」
その石動も蝉時雨を用いて逃さぬよう素早い処理を心がけた。白刃はネズミの胴を捉え、確実に断つ。
伊佐美は潜行する薄暗がりの中で一匹一匹を確実に打ち抜いていく。小まめにリロードし不慮の不発を回避する。
「心配は要りません‥‥。ナヤンさんは、私の背に…」
真田は正面から灯りとナヤンを護るべく立ちふさがる。菷神の放つ蒼い焔で燃やす。同じく盾を努めるマルセルが曲刀を踊らせ仕留めていく。
後発として餌を平らげたネズミ達が襲って来たが、戦力が分散出来たおかげもあり、比較的余裕を持って応戦することが出来た。数が多いのみで個々の戦闘力はたいしたこと無かった。
ともあれ、この後の掃除のことを考えて慎重で地道な作業は続く。
「流石に長い間、闇の中にいた相手だ‥‥雑魚とはいえ地の利は奴らが上、か」
伊佐美はマスク越しに大きく一息ついた。精密な狙撃の繰り返し、敵の数がわからないとなれば常時集中を保たなければ厳しい。しかし緊張しすぎるのも良くない。
「こちらも大分落ち着きました」
「こういう虫、動物程度なら楽なもんだが‥‥他にも何かいるかもしれねぇ」
鳳と伊佐美は戦闘で舞い上がった埃を吸い込まぬよう注意する。
襲撃が大体収まったところで一度集合。
マヘルの練成治療を中心に、それぞれの負った傷を癒していく。ナヤンも照明を支えたまま一同を労った。獅子はその隣でスコールを構え警戒している。
そんな時、マルセルは、真田が退治されたキメラの側に立ち手を合わせていることに気付いた。
「なにをしているんです?」
「‥‥キメラとて、土に還れば、同じ骸。次は幸せな命となって生まれるようと、祈りを」
ぽつりぽつりと憂いを含む言葉を紡ぐ。初戦であるマルセルは実感が湧かなかった。融通が利かない性格だったからかもしれない、だから――
「けど、やっぱり敵だよね」
そう一言、亡骸を見下ろしながら呟く。
「研究に利用され、今度は邪魔だからと排除‥‥。私は…可哀そうだと、思いました‥‥」
教科書では教えてくれない考え方にマルセルはやや戸惑った。
一方同じように亡骸を眺める者、フォルテ。
「映画とかのホラーシーンじゃないんだから、こういうのはなぁ〜」
暗い研究室、照明に照らされた一帯に転がるネズミ達、その下には赤い水溜り。確かにあまり快くない場面である。
しかしどの見方、考え方が正しいのか、その答えは――まだない。
その間に伊佐美は暗視スコープで、石動は懐中電灯を使い周囲の警戒へ向かった。特に物音も異常も無かったが油断は出来ない。
石動は置いた餌の位置をひとつひとつ確認していく。
(「ここは食べられています‥‥あちらもなくなっていましたし」)
乗せておいた机ごとかじられていた。影になる部分を一つ一つ注意して覗き込みながら進んでいるうちに直感ともいうべき悪寒を感じた。決して自分の近くにいてはならないモノ。
「‥‥!」
急いで懐中電灯の灯りを消し、大型照明の灯りを頼りにひたすら走った。一歩踏み出すごとに色々な音が立ったが悲鳴はこらえる、何かは考えない。
息きらせながら石動が警告を発する。
「黒い、アレが‥‥!」
一同もそれに気付き、急ぎ武器を取った。
カサカサ、カサカサと忍び寄る音。異質なまでに大きく聞こえたがそれもそのはず。
――でかかった。
「この‥‥っ!」
考えるよりも早く鳳の銃が吼えると、黒い装甲は簡単にそれを受け入れた。
「Gだろうがバケモノだということを思い出せ!」
フォルテが叫び、天井まであろうかというその巨体に一撃。軽やかな切れ味。
追撃を加えようとそれぞれが動いたその時、Gが突然羽ばたいた。その風圧に埃やゴミが巻き上がる。大体がゴーグルを着用していた為、視界を確保することが出来た。
「あ‥‥!」
マルセルが竜の鱗を発動しナヤンと照明の盾となった。多少汚れたが損傷はない。むせながら感謝を述べるナヤン。
この粉塵が舞う中で焔は使えない、と真田は防御に徹する。
「邪魔な翅だね、そいやっ!」
獅子は急所突きを併用したイアリスでその翅を叩く。簡単に片翅が落ちた。
その後は簡単だった、もがくGをそれぞれの武器で削る。しばらく部位がひくついていたがそのうち動かなくなった。
全員が安堵のため息を漏らした。
●掃討、その後で
ゴミ収拾班が入るまでにまだ時間はあった。その間に自分達も出来る範囲で掃除しようと掃除用具を手に取る。
マルセルも装着し続けたAUKVを解除し、掃除に加わる。
「お掃除は好き‥‥なので‥‥」
とほのかに微笑みを浮かべる真田は、自前のバトル掃除セットを用いてきぱきと働いている。
巨大Gのおかげで余計汚れたかと思ったがむしろ逆で、出口側に羽ばたいたおかげでゴミはそちらに集まっていた。その風で動かなかった重量物をフォルテが率先して運ぶ。
「入り口に集めるだけでいいのか? 生ゴミとか燃やした方がいいんじゃない?」
「えーっと、一応研究所だから染み込んだ化学薬品の反応が怖いんだよ」
相変わらず照明を支えているナヤンが苦笑いを浮かべ答える。
その生ゴミに悪戦苦闘しているのは獅子。
「うへぇ‥‥もうちょっとうまく切ればよかったかな」
「あ、ではあちらの『虫』をお願いします、こちらは私が」
横から石動が声をかけて来た。集るようにまた虫が湧いては仕方ない、とこちらも手際よく。
「そういえばあの――G、なんというか手ごたえが無かったような」
鳳が共に見回りをする伊佐美にそっとささやく。
「あ? ああ、そういや。でも――まさか、なぁ?」
「ですよねぇ‥‥?」
割れた巨大ガラスケースや、頑丈な鉄格子がはめられた檻の前を通り過ぎながら、ふとよぎった可能性は心の小箱に封印した。
そうして広間のキメラは殲滅され、施設にも大きな被害はなかった。手が届く範囲の片づけまでも終えた一同は、任務終了を報告する為一度地上へ戻る。
何気なく閉じられた扉を振り返ったマヘルは、入り口に【巨大生物研究室】という文字が書かれた一枚の古びた金属プレートを目にするのであった――。