●リプレイ本文
●襲来と徘徊
崩壊した都市の道路。かつては人々が往来に利用していたその道は壊れ、瓦礫の散らばる悪路と化していた。
その悪路を、三台の輸送車が列を作り走っていた。三台は装甲で固められている。
その輸送車の先頭を鈴木悠司(
gc1251)がユウ・ターナー(
gc2715)を乗せたバイクで先導していた。
「今の所異常は無さそうだね、悠司おにーちゃん」
「そうだねー‥‥道が悪いってこと以外は」
瓦礫を避けつつ、悠司が呟く。
「紐で縛ってるけど落ちないように気を付けてねユウさん?」
「うん、わかったよ悠司おにーちゃん!」
輸送車の荷台の上では、ナナヤ・オスター(
ga8771)、ロゼア・ヴァラナウト(
gb1055)、エリーゼ・アレクシア(
gc8446)が銃を構えつつ辺りを警戒していた。
「こちらの方は今の所異常ありません」
ロゼアが銃を構えたまま報告する。
「こちらも異常はありません‥‥そちらは?」
エリーゼがナナヤに問いかける。
「こちらも今の所は虫らしき物は見当たりませんね‥‥それにしても、車外は寒いですね」
ナナヤが顔を青くして呟く。輸送車の窓は装甲でガードされている為、迎撃班は車外での待機を強いられる羽目になっている。
「そっちはどうだ!?」
輸送車後方から、大声が聞こえてきた。荷台から見下ろすと、バイク形態のAU−KVに跨った魔津度 狂津輝(
gc0914)が輸送車に並んで走っていた。
「上から見た限りでは虫らしき物は見当たりません!」
「そうか! こっちも後方は何も見当たらないぜ! このまま何もなければいいんだけどな!」
「そうだといいんですがねー!」
「俺はこのまま後方に着く! あなた達も気をつけろよ!」
ナナヤに言うと、魔津度は速度を落とし輸送車の最後尾に着いた。
「‥‥ふぅ」
「どうかしました?」
溜息を吐いたエリーゼに、ロゼアが問いかける。
「‥‥いえ、あの‥‥魔津度さん‥‥何か怖くて‥‥」
「‥‥あの人、そんな悪い人ではないと思いますよ?」
ロゼアが言うと、エリーゼは頷きつつ苦笑する。
「はい、それはわかるんですが‥‥どうも外見が――ッ!」
ふと、前方を見たエリーゼの顔が強張る。
「‥‥随分と団体の御客様が来ましたね」
ロゼアが呟く。口調とは裏腹に、頬に冷たい物が伝う。
輸送車の前方に、黒い雲のような物があった。
形を歪めながらこちらへと近づいてくるそれは、群を為して飛ぶ小さな虫達である。その数は最低でも三桁。
群は、真っ直ぐと輸送車へと向かって来ていた。
――その頃、輸送車とは離れた場所をシーザリオが走っていた。
運転するのは上杉・浩一(
ga8766)、助手席には土岐 ゆかり(
gc7770)の姿があった。護衛班とは別行動を取る二人は、キメラの発生源を探索していた。
「話には聞いていましたが‥‥酷いですね」
瓦礫の山を見て、ゆかりが呟く。元は建物であったその瓦礫から、如何に激しい破壊行為があったのかを想像させられる。
「‥‥ん?」
ふと、浩一の目にとある建物が目に入る。横に広い建物だ。
「ゆかりさん、あれどう思う?」
速度を緩めつつ、建物を指さす。
「あの建物ですか――あ!」
ゆかりが思わず声を上げる。
建物の屋根からは、黒い煙のような物が立ち上っていた。しかしその煙は空に昇らずその場を留まり、やがて何処かへと飛んで行った。
「あれ、例の虫だよね?」
浩一の言葉にゆかりが頷く。
「あそこに何かあるかもしれませんね」
「よし、行ってみよう」
緩やかな速度で、シーザリオは建物を目指し走り出した。
●降りかかる雨のように
「振り落とされないでよユウさん!」
「わかってるよ悠司おにーちゃん!」
バイクの後部座席でユウがSMGを構えると、扇状に銃を乱射する。
弾丸は群に到達すると、何体もの虫を破壊する。だが、群を崩すまでには至らない。
「むぅ! 数が多いの!」
全弾撃ち尽くしたユウが不満げに頬を膨らます。
「改めて見てもあの数はもう‥‥でたらめですね」
ナナヤがガトリングシールドの弾丸をばらまきつつ、呆れた様に呟いた。
「けどあの数だったら外しようがありませんね!」
エリーゼのSMGの弾丸が虫を破壊していく。
「ですが‥‥全く減りませんね」
二人の援護をしていたロゼアも、呆れたように溜息を吐いた。
護衛者の銃の弾丸を撃ち尽くしても、虫の群は形を崩さず輸送車へと向かってくる。
「よぉーっし! 追いついたぜ!」
その時、AU−KVを身に纏った魔津度が後方から駆けてくる。
「俺が来たからにはトラックには虫どもを近づけないぜ‥‥お?」
魔津度が前方へ躍り出て武器を構えた瞬間、虫の動きが変わった。
真っ直ぐ向かって来ていたのが、空へと揃って上昇。そのまま空中で広がる様に動きを止めた瞬間。
「――来るぞ!」
魔津度が叫ぶ。ほぼ同時に、虫が輸送機へと向かい滑空。
「くッ!」
エリーゼがショットガンに持ち替え、発砲した。
――まるで雨霰のように、虫が輸送機へと降り注いだ。
弾丸の如く勢いで何体も衝突する虫は、輸送車の装甲にダメージを与えると衝撃に耐え切れず砕け散る。
バラバラと、路上に虫の残骸が散らばった。
荷台の上、残骸の中護衛者達が体勢を立て直す。
「いたた‥‥皆さん大丈夫ですか!?」
放ったショットガンで虫の直撃を少数に抑えられたエリーゼが辺りを見回す。
「ええ私は何とか‥‥しかしこりゃ‥‥虫の雨ですねぇ‥‥」
ガトリングシールドである程度身を守れた為、かすり傷程度で済んだナナヤが呟く。
「‥‥ちょっと油断しました」
「そこそこ食らったが‥‥なぁに、まだまだだ!」
少し渋い顔になるのは、ロゼアと魔津度。
二人とも咄嗟に身構えたものの、覚醒していなかったロゼア、前線に立っていた魔津度は無傷というわけにはいかなかった。
「悠司おにーちゃん、大丈夫!?」
「あてて‥‥ちょっと食らったけど大丈夫。ユウさんは?」
咄嗟に身を縮めた物の、攻撃を食らった悠司が痛みをこらえつつ笑いかける。
「ユウも大丈夫! ちょっとかすった程度だよ!」
ユウが笑いかける。後部座席に居たせいか、直撃は避けられたようであった。
「良かった‥‥けど、これは結構厄介――」
悠司が言葉を失った。
「どうしたの、悠司おにーちゃん?」
「ユウさん、ちょっと運転荒れるかもしれないけど落とされないようにね」
悠司が小銃を取出し、握る。
――前方からは、先程の数を上回る虫が輸送車目がけて飛んできていたのである。
●発見
探索班の浩一とゆかりは、近くにシーザリオを停め、目的の建物へと近づいていた。
「‥‥工場、でしょうか?」
建物を見上げ、ゆかりが呟くと「だろうね」と浩一が頷いた。
「ここから先は俺が見てくる。ゆかりさんは敵が近づいたら教えて。通信機持っていくから」
ゆかりの車椅子を瓦礫の陰に浩一は置いた。この位置からならば工場を監視しつつ身を隠せる。
「わかりました‥‥お気をつけて」
ゆかりに浩一は頷くと、辺りを見回す。工場はいくらか攻撃を受けた跡があるものの、出入り口は頑丈な扉で閉ざされており他の建物と比べても損傷が少ない。
正面から扉を開けるわけにもいかず、更に周囲を見渡すと外階段が目に入る。そこを上がった先には、小さな扉があった。
「あそこから行くか」
いざという時の為に刀を構え、浩一は階段を上がり扉に耳を寄せる。向こうからは気配は感じられなかった。
そっと扉を開け、滑り込むように工場内に入り、
「――なんだこりゃ」
浩一は言葉を失った。
――そこに広がっていたのは、何処にでもある工場の風景であった。
外が瓦礫の山だというのに、中の機械は稼働し己の仕事をこなしている。
その機械だけは見た事も無いような物だらけ。
「‥‥よし」
辺りに敵の存在が無いのを確認し、浩一が足を進めた。
●飲み込む大口
「さっきのお返しよ!」
覚醒し、髪と目が黒くなったロゼアのSMGの銃口から絶え間なく弾丸が放たれる。
「虫けらども! こいつを食らえヒャッハァー!」
魔津度のM−12ガトリング砲が薬莢をばら撒きつつ火を噴く。
【竜の瞳】【竜の息】で強化した魔津度の弾丸は、的確に虫の数を減らし、群の形が僅かながら崩れる。
「――む!? 第二弾、来るぞ!」
魔津度が叫んだ直後、虫達が上空へ上がり滑空を始める。
「てぇッ!」
降り注ぐ瞬間、ナナヤがガトリングシールドを振り回す。砲身に当たった虫は薙ぎ払われ、ただの芥へと変わる。
「くっ!」
エリーゼのショットガンが、虫を吹き飛ばした。その直後、虫の雨が降り注いだ。
だが先程よりも降り注ぐ数が減った為か、装甲にダメージを食らったものの許容範囲内である。護衛者達のダメージも今回は抑えられ、前線に立つ魔津度も【竜の鱗】で強化していた為、ダメージは軽い物である。
「そっちは大丈夫!?」
前方を走るバイクから、ユウが叫ぶ。
「ええ! 輸送車もまだ無事です! そっちは!?」
エリーゼが叫ぶと、ユウがぶんぶんと手を振って応えた。
「こっちも大丈夫だよ! あともう少しで都市抜けられるって悠司おにーちゃんが言ってる!」
そのユウの言葉に、護衛者達は少し安堵する。
「これで終わればいいんですが‥‥」
「‥‥残念ながら、そうはいかなそうですよ」
ナナヤの言葉を、ロゼアが否定する。
――前方からは、これまでとは比べものにならない――恐らく四桁はいると思われる数の虫が、まるで巨大な生物の口のように輸送車を飲み込もうかと広がっていた。
●生産工場
一方、探索班。
「‥‥まさか、中ではそのような事が」
工場から戻ってきた浩一の話を聞き、ゆかりが口元を抑えて言葉を失う。
「ああ、俺も目を疑ったさ‥‥」
そう言うと中の光景を思い出し、浩一は顔を顰める。
――浩一が工場の中で見た物は、キメラ生産の光景であった。
工場のプラントが、淡々と虫型キメラを次々と生み出す。操作する者はいなかったが、全て自動で行っているのだろう。
あっという間に作られたキメラは都市へと放たれる。無数のキメラの正体である。
「けど、破壊できなかったのが悔しいところだな」
工場を見て、浩一は呟く。
――工場にあったのは機械だけではない。恐らく機械を護衛している、複数の見回りのキメラであった。
数はそう多くないものの、一人で挑むのは無謀と判断し、浩一は戻ってきたのであった。
「仕方ありませんよ。無理をして何かあってはいけません」
「そう言ってもらえるとありがたいね‥‥とにかく、このことを知らせないとな」
そう言うと、浩一はゆかりの車椅子を押す。一度シーザリオに戻るのだ。
「‥‥他の方々は大丈夫でしょうか?」
不安そうに呟くゆかり。
「‥‥そう願うしかないね」
そう言って、浩一はシーザリオへと足を進めた。
●雨霰
「後もう少しだっていうのに‥‥ッ!」
バイクを右往左往させながら悠司が忌々しげに吐き出す。
――今、輸送車は虫型キメラに囲まれていた。辺りを飛び交う様に様子を見ているかと思うと、突如衝突してくるキメラを避けながら悠司は小銃で撃ち落としていく。
「えぇい!」
ユウが雷光鞭を振り回し、虫を払い落とす。
「ユウさん! 上!」
悠司が叫ぶ。虫が上昇し、集まりだしていた。
「任せて!」
そう言うとユウはロングボウに持ち替え、構える。
「はぁッ!」
そして、空に向かい四本の矢を同時に放った。【死点射】である。
矢は虫の群を貫き、何体も破壊していく。群は崩れ、また散らばりだした。
「よし! 後もう少しで抜けるよ! もうちょっと堪えて!」
「これ以上近づくんじゃねぇぞ虫けらども!」
足元に薬莢の山を築き、魔津度が叫ぶ。
「しつこい虫ですね‥‥ッ!」
その横で、エリーゼがショットガンを連射する。
「この時期になると湧き始めるとはいえ‥‥ちょっと多すぎですよ!」
ぼやきつつもナナヤは打ち尽くしたガトリングシールドに弾薬を装填。即座に援護に回る。
「そろそろ御帰りになってもいいんじゃないでしょうかね‥‥ッ!」
その横でロゼアが撃ち落とす。
攻撃してくる虫を狙い、撃ち続けることでトラックの被害は抑えられているが、それでも撃ち漏らしは生じる。
虫がやがて装甲に穴を穿ち始める。あまり続くと不味い。
大量の弾丸がばら撒かれ、薬莢と共に虫の死骸が積まれていく。
いつまで続くのか。そう思った時であった。
「‥‥おや?」
ナナヤが思わず銃を下げた。
「虫が‥‥離れていきますね?」
エリーゼの言う通り、虫が輸送車から離れていく。
「どうしたんでしょうか‥‥あ!」
ロゼアが辺りを見渡し、声を上げる。
辺りから瓦礫の山が消えていた。都市を抜けたのであった。
「はぁー‥‥終わったか‥‥まるで蝗のようだったぜ」
魔津度が荷台の上に溜まった虫の死骸を蹴落としながら呟いた。
「いやいや‥‥流石に疲れましたね」
「本当‥‥」
「団体様の相手は大変です」
ナナヤ、エリーゼ、ロゼアがぐったりした表情で、腰を下ろした。
●都市を抜けて
都市を抜けてからは簡単であった。そこからは何事もなく、無事に輸送車は町へ到着した。
輸送車は攻撃を受け、装甲が壊れたがそれ以外は特に損傷もなく、物資も無事だ。
町は物資の到着によりひとまず憂いは絶たれたようであった。
「工場、かぁ‥‥」
『ええ、都市の中にそれらしき建物があるそうです』
町に着き休憩している中、悠司はゆかりの通信を聞いていた。
『お話を伺った所、おそらく襲い掛かってきたキメラはそこで作り出されていると思われます‥‥ひとまず、私と浩一さんは都市から離れて本部へとこのことを報告します』
「うんわかった。ありがとう」
そう言って悠司は通信機をオフにする。
「‥‥キメラ製造工場ですか」
「そのような物が存在していたならば、あの数は納得できますね」
ナナヤとエリーゼが顔を顰める。
「そのままにしといたらまたあの虫さん達ができちゃうのか‥‥」
「どうする? 今から壊しに行くか?」
ユウの呟きに魔津度が言うが、悠司が渋い表情になる。
「うーん‥‥そうしたいのは山々だけど、中には見回りの別タイプのキメラも居るみたいなんだよ」
「だとすると‥‥準備が要りますね」
ロゼアの言葉に悠司が頷く。
全員の身体に、激戦の疲れが襲い掛かる。
発生源を確認したが、今すぐには出られない。
存在を知りつつも、すぐ行動に移せられない。その歯がゆさに、皆溜息を吐いた。