●リプレイ本文
●開始
都市内部、崩れかけたビル群の中で比較的高さを保っているビルの中で黒木 敬介(
gc5024)が街を見渡す。
ビルからはシェルターを中心に全体を見渡せる。作戦の動向を監視できそうな場所である。
「ここでいっか‥‥あーあー、こちら黒木ー、たった今監視場所を確保したよー。聞こえてるー?」
『はいはい、こちら那月。聞こえてるよー』
『こちらレスティー。那月さんとシェルターの中にいます』
無線機越しに那月 ケイ(
gc4469)とレスティー(
gc7987)の声が聞こえる。
「了解。二人とも救助は頼んだ」
『ええ、何としても避難民の皆さんを守り抜いて見せます』
レスティーが強い意志を込めて言う。
『こ、こちら陽動班も到着しました‥‥!』
続いて無線機から無明 陽乃璃(
gc8228)の声が聞こえた。敬介が双眼鏡を覗き、シェルターであろう建物の辺りを見ると、そこに陽乃璃以外に威龍(
ga3859)、赤槻 空也(
gc2336)、獅堂 梓(
gc2346)、刃霧零奈(
gc6291)の姿が見える。
「はいよ、こっちも皆の姿を確認。準備出来たら合図よろしく」
『わ‥‥わかりました!』
陽乃璃との通信を終えると、敬介はそのまま双眼鏡で街全体を見渡す。視界には、まだキメラは映らない。
「はぁー! はぁー! い、123‥‥お天気さんさん123‥‥」
深呼吸をしながら陽乃璃が呟く。以前空也から教わったことがある落ち着く為の自己暗示方法だ。
失敗したら人が死ぬ。その恐怖と過去のトラウマが陽乃璃を落ちつかなくさせる。
「落ちつけよ無明、失敗なんてさせねぇ‥‥何か俺まで手がブルブル震えてやがる‥‥」
空也が己の手を見て呟く。匂いによる効果を狙って切った傷口から流れた血が、ぽたりと地面に落ちた。
「もう一度やっておく? さっきの肩組んでおー! ってやるの」
梓が言う。先ほど街に入る前、空也と梓、ケイと陽乃璃で肩を組み、掛け声をあげ気合を入れていた。
「え!? あ、あれはその‥‥べ、別の意味で落ち着かなくなりますよぉ‥‥」
陽乃璃が俯きがちに呟いた。心なしか顔が赤くなっているように見える。
「そろそろ始めようかねぇ?」
零奈がヘッドマイクを装着し、電源を入れる。これで大声を出して陽動するためだ。
「こっちの準備もできた‥‥あんまりこういうのは得意じゃないんだけどな」
威龍が小銃を構える。
「よし‥‥陽動作戦‥‥行っくぜぇ!」
空也が空に向けて照明銃の引き金を引く。照明弾は真っ直ぐと空に上がり、作戦開始の合図を空に響かせた。
●陽動
「あーあ、一人でやるのかぁ」
ビルの中、双眼鏡を覗きこみながら敬介が独り呟く。可能であればシェルターから兵士の一人くらい手伝いに欲しかったが、どうも向こうも人手不足のようであった。
「救助に回れば良かったかな‥‥お?」
ぼやきながらも真面目に覗いていた双眼鏡に動きがある。シェルターへ向かって駆けるキメラだ。
「引っかかってくれたか‥‥って、え?」
どんどん増えるキメラの数を数えて、敬介が声を上げる。その数、計十匹――!
「ッ! キメラ、陽動班に全部行ってるよ! 十匹全部!」
敬介が無線に向って叫んだ。
「は、はい! き、キメラはこちらに全部向かって来ているそうです!」
無線を受けた陽乃璃が、他の陽動班に言う。
「それは好都合だねぇ! ほらほらこっちこっちぃ!」
零奈の声がマイクを通して、周囲に響き渡る。
すると、間もなくして地響きのような音が陽動班の五人の耳に入ってくるや否や、まるで転がるようにキメラ達が駆けてくる。
全てのキメラが五人を向いて、獣のように唸っている。
「お出ましか‥‥さて、俺たちの時間稼ぎに付き合ってもらおうか」
威龍が口の端を歪めつつ笑う。
「行くぜ!」
一瞬で覚醒を終えた五人は踵を返し、駆けだす。目的地である南へ向かって。
「ふむ、どうやら始まったみたいだね」
シェルター内部、外の様子が騒がしくなった事に気付いたケイが呟く。
「‥‥大丈夫ですよ、皆さん。私達が居ますから、怖くなんてありませんよ」
怯えた表情を浮かべる子供達に、リスティーが優しく語りかける。子供達はわずかに表情を和らげるが、やはり不安はぬぐいきれないようだ。
(ここでこれをあげられればいいのですが‥‥)
リスティーがふと、持ってきていたハインリヒブラッドのフィギュアの事を考える。もし子供が居たら、と思い持ってきていたのだが、子供の数が多かった為しまったままにしている。
「そう言えば兵士さん、喉が渇いている方がいらっしゃるのであればミネラルウォーターを持って来ていますが」
「ああ、それは大丈夫だ。少なくなっているが、備蓄はまだあるんだ」
リスティーの言葉に兵士が答える。
「‥‥おっと、連絡が来たね」
その時、ケイの無線機に通信が入る。
『こちら黒木、現在キメラは陽動班を追いかけてる』
「全部?」
『十匹全部だね。距離も結構離れたからそろそろ出ても大丈夫じゃない?』
「了解、それじゃ作業に入るよ‥‥それじゃ、行こうか」
通信を切り、ケイが兵士に言った。
「つ、通信入りました! 避難民移動開始! キメラは‥‥い、依然‥‥十匹がこちらに向かってるとのこと!」
黒木から通信を受けた陽乃璃が全員に告げる。
「あはは‥‥いっぱい集まってるねぇ‥‥いい感じぃ‥‥ほぉら、捕まえてごらんなさぁい!」
妖艶な笑みを浮かべつつ、零奈がキメラに向かって言う。マイクで拡張された声に反応したキメラが零奈に向かってくる。
「おっと、こっちだ!」
威龍が小銃の引き金を引く。銃口はキメラ――ではなく崩れたビルの瓦礫に向けられていた。弾丸は銃口の方向へ真っ直ぐ軌道を通り、瓦礫に穴を穿つ。その際発された音にキメラ達は反応し、瓦礫に飛びつく。
「ほぉら、そっちじゃなくてこっちこっちぃ!」
零奈が刀で地面を叩き音を出しつつ、瓦礫に向かったキメラに叫ぶ。するとキメラはまた五人に向き直り、追跡を始める。
「音に反応して、深海魚かっての‥‥いっそのこと、今やっちゃう?」
梓が手に持ったガトリング砲を、キメラに向ける。
「まだ倒すなよ獅堂! 散り始めるとメンドくせぇ!」
空也の言葉に、渋々といった感じでガトリング砲を収める梓。
「ちぇー‥‥威龍さん、目的地はまだー?」
「もう少し‥‥よし! 見えてきた!」
威龍の目に、街の南に位置した広場が入り込む。鬼ごっこの終着点だ。
「よぉっし! 全滅させる気で行くよッ!」
梓が叫んだ。
●迎撃
「く、くれぐれも自重してくださいね!」
陽乃璃が叫びつつ、仲間達の武器を強化すると、手に持った武器が淡く青く光を放つ。それと同時にキメラを超機械で弱体化させる。
キメラは走っている時とは違い、二本脚で立っていた。手は今は地面から離れており、大きな爪を構えている。
その群れの中を、零奈が突っ込む。突然の事に一瞬対応が遅れたキメラを、零奈が刀で斬りつける。
斬撃を受けたキメラは一瞬怯み呻き声をあげるが、その後ろに居た別のキメラ二体が零奈を爪で斬りつける。
「‥‥無事じゃ済まないよねぇ‥‥でもそれがたまらないのよねぇ‥‥」
斬りつけられた零奈が浮かべたのは痛みによる苦悶の表情ではなく、恍惚とした快楽の表情。このスリルが彼女を悦ばせる。
「おらぁッ!」
武器を銃から爪に持ち替えた威龍が一体を斬りつける。気づいたもう一体が威龍に爪を向けるが、疾風脚で強化した威龍には当たらない。
「遅いッ!」
攻撃を躱し、もう一体も斬りつける。
一方、別の二体が空也に爪を向けた。二爪は空也のジャケットと皮膚を薄く切る。
「そんなの効くかよ! 吹っ飛べぇッ!」
そのまま、一体に空也が拳を叩きつける。
「あはは! 蜂の巣にしてやるよぉッ!」
零奈の元に残っている六体に向かって、梓がガトリング砲から弾丸をばらまく。弾丸は三体に当たるが、致命傷には至らない。
だが、拙い事に弾丸を放った際の音に反応し、キメラが梓に向かってくる。その数、五体。
「ちぃッ!」
ガトリング砲では無理と判断した梓は、咄嗟にパイルドライバーへと持ち変える。その間に近づいてきていたキメラの一体が飛び掛かる。
(二発は無理か‥‥!)
飛び掛かってきたキメラを避けると、その脇腹にパイルドライバーを叩き込む。杭を打ち込まれたキメラは悲鳴にも似たような声を上げ、弾かれる。
だが、残り四体が梓に向かって、ほぼ同時に爪を振るう。
「ちょ、同時とか卑怯‥‥!」
梓が必死に身を攀じる。一撃は避けた。しかしそれ以上は無理だ。
「あぐッ!」
二体の爪が梓の身を斬る。深くは無いが、浅くもない。
そして残りの二体も、梓に向かって爪を向ける。
「死なせねぇっつってんだよぉッ!」
その内一体を、瞬天速で駆け付けた空也が殴りつける。耐え切れずキメラは吹き飛ばされた。だが残りの一体までは間に合わない。
「く‥‥ッ!」
爪は梓、ではなく零奈を切り裂いた。瞬天速を使い、彼女の前に立ち庇っていたのだ。
「これはたまらないねぇ‥‥ッ!」
恍惚としながらもお返しとばかりに零奈が刃を振るう。キメラの皮膚が避け、大きく揺らぐ。
「お返しッ!」
その隙を逃さず、梓が傷口へ二連続パイルドライバーを撃ち込む。キメラは大きく呻き声を上げると、崩れ落ちた。
「よし、まず一体撃破!」
●到着
――作戦開始から二十分近くが経過したその頃。避難民達は列を作り、街の北にあるドームへと向かっていた。避難民はシェルターにいた者全員。重傷者は担架に乗せられ運ばれている。
現在ドームでは、作戦開始の合図を確認した輸送機が作業準備をして待っている。
『‥‥こっちは前方、両側方向共に異常無し。そっちはどうだい?』
最前線から避難民達を誘導しているケイからの定期通信が入る。
「こちらも異常ありません。皆さん、陽動に成功しているようです」
無線機の連絡を受けつつも、列の殿を守るレスティーは警戒の気を緩めない。
『今の所、そっちに何か向っているような様子は無いっぽいよ』
敬介からも通信が入る。敬介は現在避難民達を追う様に移動しつつ、監視している。
「了解しました‥‥このまま何もなければいいのですが‥‥」
レスティーが呟く。避難民の中には、現在担架で運ばれているような重傷を負った者もいる。このまま襲われた場合、被害ゼロは難しいだろう。
『レスティーさん』
「那月さん? どうかしましたか?」
定期通信にしては早すぎるケイからの通信を、慌ててレスティーが取る。
『うん、敬介さんも聞こえてると思うんだけどさ。嬉しいお知らせ。ドームが見えてきた』
『ああ聞こえてる。了解、陽動班に教えたら俺もそっちに向かう』
敬介が通信を切ると、わずかにレスティーが安堵の息を吐いた。
●撤退
威龍に二体のキメラが斬りかかるが、何度同じ事を繰り返しても爪は届かない。逆に斬りつけられたキメラは、血を流しつつ荒い息を吐く。
「そろそろ下手なダンスは終いだ!」
威龍が一体に爪を突き刺す。キメラは短く呻くと、がっくりと地面に崩れ落ちた。
「一体撃破!」
「こっちも終わりだ化けモン! 絶衝ッ! 崩天撃ッ!」
空也が渾身の力を込め、キメラに拳を叩きつける。
耐え切れず、吹き飛んだキメラは二度三度転がると、ピクリとも動かなくなった。
「こっちも撃破だ!」
一方、怪我を負った梓と零奈は下がり、陽乃璃から治療を受ける。
「そんなに泣かない泣かない」
「ううぅぅ‥‥で、でも、でも‥‥血が出てるし‥‥」
梓と零奈の治療を終えると、陽乃璃はボロボロと涙を流し出した。
「これくらい大丈夫だって、ねぇ?」
「これくらい危険なくらいがいいのよ‥‥さっきもすっごい感じちゃったぁ‥‥♪」
「ごめん、それは同意しかねる‥‥ん? 通信なってない?」
梓の指摘を受けると、陽乃璃が涙をぬぐい、通信機を取る。
「‥‥はい‥‥はい! わかりました!」
「何だって?」
「は、はい! 今黒木さんから現在避難民の方達がポイントにと、到着したと‥‥!」
「そう‥‥そろそろ三十分くらい経つけどまだ七体もいるし、撤退かねぇ。今車持ってくるよ」
「あいさー! 撤退だよ皆!」
梓の言葉に威龍と空也が頷く。それと同時に零奈が近くに止めてある車に向かって駆けだす。
「来いよ‥‥相手はこっちだ!」
「そっちだけじゃなくこっちもいるぞ!」
空也と威龍が残った三体を相手にする。
「こっちも忘れないでね!」
そして残りの二体を梓が相手していた。
「わ、私も‥‥って危ない!」
陽乃璃が言った直後、物凄い勢いでサビクが突っ込んでくる。
「「「うおっと!?」」」
慌てて避ける三人。その際完全に逃げ遅れたキメラが数匹、撥ね飛ばされる。
「はい、乗って乗って」
「って、これ二人乗りじゃ」
「そういうのは後」
そう言われ、空也と梓、陽乃璃が無理矢理車に乗り込み、屋根に威龍が飛び乗ると零奈はアクセルを思いっきり踏みつける。
一歩遅れ、サビクの後をキメラが追うが、最早追いつけない距離ができていた。
●終幕
「もう大丈夫ですからね」
輸送機内、レスティーが市民達に優しく語りかけると、彼らも安堵の表情を浮かべる。
市民は皆無事だった。負傷者も手当てを受け、命に別状はなさそうだ。
「お疲れー」
ケイは街の外まで撤退した後、輸送機に拾われた敬介の肩をぽんと叩く。
「そこまで疲れちゃいないよ。そっちこそ」
「んー、こっちも結局キメラは来なかったからそこまで疲れてないんだよねー。そういや敬介さん、ナンパしないの? 敬介さん好みの子もいると思うよー? だから安心して玉砕してきな。慰めてあげるから」
「玉砕前提!?」
「‥‥どうやら撒いたようだ」
サビクの屋根、後方からキメラの追っ手を見ていた威龍が運転している零奈に言う。
「いえーい! お疲れ様ー!」
零奈の上に座る梓が空也とハイタッチを交わす。ちなみに定員オーバーの為、零奈の上に梓が、空也の上に陽乃璃が座っている。
「はは‥‥さすがに疲れた‥‥おい泣くなよ‥‥成功したんだからさ」
安心して緊張の糸が切れたように泣く陽乃璃を、空也が宥める。
「で、でも――きゃあっ!」
その時、タイヤが瓦礫に乗り上がりガタンと大きく車体が揺れる。
「なんでわざわざ瓦礫のある方に突っ込むんだ!? 危ないだろ!?」
「その危険がたまらない‥‥今ぞくっとしたぁ‥‥」
威龍の抗議に、零奈がうっとりと答える。
「いたた‥‥空也さん達大丈夫?」
梓が空也と陽乃璃に声をかける。
「あ、ああ‥‥何とかな‥‥」
「わ、私もだいじょびゅうぇいっ!?」
陽乃璃が上ずった声を上げる。揺れた弾みで空也に倒れかかった為、現在陽乃璃はまるで彼に抱きつくような格好になっていた。
「ひゃああああ! ふ、不潔ですぅッ!」
「がふっ!?」
思わず陽乃璃が空也を殴った。グーで。
「んー、相変わらずの女難っぷりですなぁ」
その光景を梓が生暖かい目で見守っていた。