●リプレイ本文
●妖気を感じます!
春だというのに湿った風が吹く。市街地はそれなりに賑わっており、実に平和なものであった。しかし、
「平和そうな街なのに、確かに何か嫌な感じがします‥‥」
真紅のコートに身を包んだ流 星之丞(
ga1928)は、黄色のマフラーを風に靡かせながらそう呟いた。その茶髪は何故か、一房だけアンテナのように立っている。
「星之丞さん、妖気を感じているのですか?」
小首を傾げたのは小川 有栖(
ga0512)だ。指摘を受けた星之丞は照れ臭そうに頬を掻きながら、
「‥‥あっ、すいません。今朝はどうしても寝癖が直らなくて」
と髪を撫で付けるが、直ぐに元に戻ってしまう。偶然か、それとも本当に妖気を感じているのか、髪が指した方向は件の現場の方であった。言われてみれば、不穏な空気はそちらの方角から流れてきているような気がする。未だ昼だというのに薄暗いのは、現場に渦巻く妖気の所為か。しかし、
「妖怪馬頭天王参上! なんつって!」
そんな空気を打ち払うかのように、リュウセイ(
ga8181)はカーニバル用の馬の被り物を装着して登場する。その瞬間、自称心霊探偵団の東雲曜子(gz0065)は、今にも啼き出しそうな馬の仮面に飛びついた。
「後で一緒に写真を撮っても良い!? 嗚呼、私も妖怪のコスプレをして来れば良かった‥‥!」
最後の方は独り言というか嘆きになっている。悔しそうにバンバンとアスファルトを叩く曜子を見ながら、有栖はポツリと呟いた。
「そう言えば、妖怪ってたくさんいるんですね〜。‥‥私、ひだる神に取り憑かれているのかしらねぇ〜。食べても食べてもお腹がいっぱいにならない時がありますから‥‥」
依頼に当る前に読んでいた妖怪の書物の記述を思い出しながら、ほわわんと笑む。しかし、曜子はガバッと起き上がったかと思うと、物凄い勢いで米粒を差し出してきた。
「食べて! ひだる神ならば掌に『米』と書いて三回舐めるか、何かを口にすれば撃退出来る筈。――ああでも、既に何か食べてるのよね。それだったら、ひだる神とは違うのかも。餓鬼にも色々あるんだけどね。先ずは‥‥」
粥や雑炊から食べた方がいいとか、捲くし立てるように喋り始める曜子に、ゼシュト・ユラファス(
ga8555)は不安を隠せなかった。
「‥‥大丈夫か? 知的探求心だか何だか知らんが、あれでは囮も務まらんぞ?」
冷静な眼差しだが、幾分かの呆れと疲れが混じっている。
「いっそ、興奮のあまり失神でもしてくれると助かるのだが‥‥」
寿 源次(
ga3427)も心境は似たようなものらしく、既にナチュラルハイの曜子に歩み寄ると、
「今からそんなに興奮してて大丈夫なのか?」
やんわりと声をかけた。くるりと振り向いた曜子の鼻息の荒さに眉尻を下げながら、源次は続けた。
「きみの事が皆心配なのさ。怪我人は少ない方がいい」
「そ、そうよね! 分ったわ。落ち着くからっ」
こくこくと素直に頷く曜子。深呼吸をし始めた彼女に、思わず微笑ましそうな笑みを零しつつも、リゼット・ランドルフ(
ga5171)は星之丞のなんとかアンテナもとい寝癖が指し示す方向を見つめた。
「それにしても、今回のキメラは妖怪なんですね。マンティコアとかカマイタチとか、そんなキメラは見た事がありますけど、流石に、巨大骸骨っていうのは予想外というか‥‥」
「そうかしら? 意外とありがちな感じだったりはするけど」
淡々とする中にも不敵さを湛えたアズメリア・カンス(
ga8233)は静かに横に並んだ。瓜生 巴(
ga5119)もまた、長い髪を靡かせながら暗雲が立ち込める空を見上げる。
「非生物型キメラの例はあるけど、こんな複雑な例は珍しいでしょう。外見が骸骨型なだけで生体なのか、生きた骨片が連動した群体なのか、はては無人ワームの類型なのか。――ワームとキメラの定義的境界に関わるケースかもしれませんね」
調査のために残骸を持ち帰りたいという想いを胸にしながら、任務遂行を決意する。
星之丞も寝癖に視線を受けて恥ずかしそうにしながらも、確りと前を見据えて、
「それに、街の人に被害が出ては大変です。――人々の不安を取り除く事も、この力を背負ってしまった僕の勤めだから」
頑張らなくてはいけない。と言外に述べる。
リゼットは星之丞に深く頷くと、
「まだ被害が出てないようですし、今のうちに退治しちゃいましょう」
「よぉぉし、気合も充分な所で、早速作戦開始といくか!」
リュウセイは拳を上げて出発の合図をしたのであった。
●怪傑! 心霊探偵団
巴と源次は、他のメンバーが先に現場に向かう中、市当局へと足を運んだ。今回の現場の周囲に人家が無いとはいえ、一般道である事には変わりが無い。
そこで戦闘を繰り広げるのだから、一般人に万が一の事があっては困る。
「――という訳で、無用の被害を防ぐ為、御一考願えないだろうか?」
「銃を使用するので、流れ弾の危険もありますし」
源次と巴の申し出には、市長は二つ返事で了解の意を表した。夕方までには周辺区域の封鎖をし、作戦終了まで封鎖をとかない事を約束する。
一方、現場に着いたリゼットは閑散とした道路の様子を見回っていた。街灯が等間隔でポツポツとあり、ガードレールが敷かれている。
「ガシャドクロが倒れたら、この辺も潰されてしまうかもしれませんね‥‥」
道幅もそれほど広くないので、巨大なキメラを相手に九人で取り囲むのは難しいだろう。ゼシュトも同じく現場を見渡しながら、意味深に呟いた。
「囲めないのなら、分けるまでだ。幸い、チェスの駒は揃っている」
その傍らでは、星之丞が通行人の老人を捕まえていた。偶然にも、巨大骸骨の目撃者で、祟りかと思ったらしく、彷徨う魂の供養のためにお供え物を持って来たのだという。
最初は、巨大骸骨の事を思い出して手をすり合わせて必死に拝むも、星之丞の宥めるような言葉に何とか気持ちを落ち着かせる。
老人曰く、現場周辺では昔からガシャドクロが出るという怪談があったのだという。昔、戦場であったのは事実で、そこからそんな噂が流れたのだろう。だが、まさか本当にガシャドクロが出るとは思わなかったと、老人は頭を振った。
「すいません、恐ろしい事を思い出させてしまって‥‥。でも、この事件は必ず僕達が解決します。だから、もう安心してください」
星之丞の言葉に元気付けられたのか、老人はペコペコと頭を下げて帰って行った。星之丞にお供え物の果物を渡して。
「‥‥林檎やバナナ、皆さん食べますか?」
「それじゃあ、ガシャドクロが出現する時間まで、お茶にしましょうか〜」
有栖はうきうきと、ポットセットを用意する。有栖が淹れる緑茶の香りに誘われて、リゼットはちょこんと傍らに腰掛けた。周囲の茂みやら林の中やらを探りまわっていた曜子も、収獲無しと首を横に振りながら戻って来る。そんな彼女に、
「そう言えば、ガシャドクロって、あまり記述がないんですよね〜。私が読んだ書物のガシャドクロと東雲さんが言っていたガシャドクロは同じではないようですし、詳しく教えて頂けますか?」
有栖は記憶の糸を手繰り寄せながら首を傾げた。曜子は「んー」と唸ったかと思うと、
「同じガシャドクロでも、野に捨てられていた髑髏が恩返しをしたという話もあるわよね」
ピッと人差し指を立てたかと思うと、真剣な眼差しで迫る。
「多分、餓鬼と一言で言っても色々居るのと同じで、ガシャドクロもそうだと思うのよ。その話と私が言ってるガシャドクロ、共通点は、野ざらしの死体という所だけど」
「成程‥‥。そう言えば、ガシャドクロの弱点とかは無いんですか?」
緑茶を飲みながら問い掛けてくるリゼットに、曜子はぎゅるんと顔を向けるも、情けなく眉尻を下げた。
「分らないわ。でも、怨霊の集合体だし、死体をちゃんと供養するしか無いんじゃないかしら」
キメラを倒す手段にはならない。と困ったように肩を下げる曜子。テンションが急降下するも、
「おいおい、何だかガシャドクロの痕跡みたいなのを見つけたぜ!」
「何ですって!」
星之丞と共に林の中を探し回っていたリュウセイが上げた声に、曜子は疾風の如くすっ飛んで行ったのであった。
暫くして、周辺地域の封鎖を確認した源次と巴が帰って来た。時計を見れば、時刻はそろそろ昼と夜の境界――逢う魔が時だ。
「地図と現場を照らし合わせてみましたが、この辺りならば気兼ねなく戦えそうですね」
巴は地形を的確に分析し、流れ弾が飛んでいっても平気な範囲を確認する。巨大なキメラというのなら銃撃を外す事はあまりないだろうが、相手は白骨だ。隙間だらけの体では、弾丸が当る可能性ががくんと下がる。
「それにしても‥‥」
巴は、有栖やリゼットを相手に薀蓄を広げている曜子を見つめながら考えた。
「実はまだ誰も被害に遭ってないんですよね。ということは――そう、キメラだという確証がない。つまり、妖怪かもしれない」
真顔でそう呟く彼女は、本気か冗談か。ポンと曜子の肩を叩いた。
「妖怪かどうか。東雲さん、確認お願いします」
唐突な言葉に、曜子は思わず目を瞬かせる。だが、真顔の巴は尚も迫った。
「大丈夫、息の根が止まる前に助けます」
「待て待て。彼女をキメラに突っ込ませようというのか」
源次が慌てて制するも、巴は表情を変えずに「冗談です」と言う。だが、曜子はようやく巴が言わんとしていた事を理解したらしく、
「‥‥妖怪に当って砕けるのなら、それも本望ね」
「きみは無茶をしないで、自分の身の安全を考えてくれ‥‥!」
源次のツッコミが茜色に染まった空に響く。その騒ぎを傍らで見ていたアズメリアは短く溜め息を吐いた。
「やれやれ、先が思いやられるわ」
「全くだ。‥‥妖怪にせよ、キメラにせよ、退治の依頼が来ているのなら殲滅するまで。で、作戦だが――」
ゼシュトは一同を集めると作戦を立てる。彼の作戦とは、前衛を二チーム、後衛を二チーム、合わせて四チームに分かれるというものであった。準包囲態勢を展開し、特定部位を狙って早期決着を計るものであった。だが、
「足跡が無かったんです」
足を狙うというゼシュトの言葉に、星之丞は深刻な顔をする。そう、リュウセイと痕跡を探しに行った時、足跡らしきものは見つからず、代わりに手型や何かを引き摺るような痕があったのだ。
「足に当る部位が無いというのか‥‥? ならば、腰の辺りを狙おう。――瓦解させる事が出来れば、何処を狙おうとも構わない」
前衛チームは、リゼットと星之丞、そして、アズメリアとゼシュトが務める。後衛チームは巴とリュウセイが銃撃を、有栖と源次と曜子が援護を務める事となる。いや、有栖と源次は援護兼曜子のおもりと言った方が良いかもしれない‥‥。
「さて、何処から来るのかしらね‥‥」
アズメリアはフランベルジュの柄を握った。日が暮れた現場には、サワサワと嫌な風が吹きつけている。すると、その時、
「来るぜ! あっちからだ!」
己の身に備わった能力で周囲を探索していたリュウセイが声を上げた。刹那、林の木々がガサリと動く。そこからぬっと姿を現したのは、目撃証言どおりの巨大な白骨だった。白色の体は雲の隙間から覗く月明かりに照らされ、一層空虚さを強調している。木々を掻き分けて現れたガシャドクロが醸し出すは、死の静寂。
「思ったよりデカイな‥‥気色の悪い」
源次は小さく舌打ちをする。だが、その背後では興奮した曜子が「きたーっ!」と歓喜の悲鳴をあげていた。
「我々は右だ。右に回り込む! 寿、小川は援護射撃を! ――行くぞ!」
ゼシュトの凛とした声によって戦いの火蓋は切って落とされる。
ギギッと首を擡げようとするガシャドクロに向かって、攻撃をメインとした三班は一斉に動き出した。
「それじゃ、巨大骸骨を土に還すとしましょうか」
アズメリアはゼシュトと共に右へ回り込む。リュウセイは射撃に適した位置へと移動する巴に足並みを揃えた。
「夜露死苦たのむぜ、巴! あいつに、天上天下連続発火弾をお見舞いしてやる」
九人を見据える巨大な白骨――ガシャドクロ。リゼットが林の中に足を踏み入れれば、その腰から下は地中に埋まっていた。まるで、地下から這いずりだして来たかのようである。
「成仏して下さい!」
覚醒によって変化した黒色の髪を靡かせながら、バスタードソードを閃かせる。ガキィィンという硬い手応えに腕を痺れさせながらも、武器の威力を上げながら二撃目に備える。その耳に、「‥‥カチッ!」という歯を噛み締めるような音が鮮明に聞こえて来た。
それと同時に放たれるは、星之丞のツーハンドソードの一撃である。能力により力を上昇させた剣撃は、ガシャドクロの背骨の付け根を容赦なく打ち砕く。ギシリと軋んだ音を立てて体を傾かせるガシャドクロに、リゼットと星之丞は容赦なく剣を振り被った。
「市民の皆さんを守るためにも――倒します‥‥!」
ズゥゥンという轟音を耳にしながらも、小銃を構えた巴は引き金を引いた。両手の表面には亀裂が入り、闇を侵食するように光が漏れ出す。
「お化けじゃないなら――中枢がある筈よ」
正確な狙いは、傾きかけたガシャドクロの頭部を捉える。硬質な音をさせながらも弾丸はガシャドクロを撃ち抜いた。
アズメリアは派手な音を立てながら倒れるガシャドクロの下敷きにならぬように飛び退きながら、剣を収める二人を眺め「流石ね」と肩を竦める。
被害はゼロ。電光石火の戦闘は幕を閉じたのであった。
倒れたガシャドクロに近付き完全に沈黙したのを確認すると、ゼシュトは後衛の方に体を向ける。
「目標の完全沈黙を確認‥‥。さあ、もういいぞ。好きなだけ見るがい」
しかし、既に曜子はガシャドクロに触りまくっていた。代わりに、いつも通りににこやかな有栖と疲れた表情の源次が居る。二人とも、曜子がふらふらとガシャドクロに近付かないように、妖怪の話で引き止めてくれていたのだ。
「東雲さん、きみの知識量には感服だ。さすが探偵団長‥‥」
苦笑を零す源次。興奮して息が荒い曜子を見て、ゼシュトもまた眉間を押さえた。巴も沈黙したガシャドクロの断面を観察するが、
「‥‥あ、成程。飽くまでも、白骨姿の妖怪を模したキメラだったようですね。基本的には他のキメラと変わらないという事ですか‥‥」
ならば、サンプルは必要ないだろう。しかし、珍しい例として記憶の隅に留めて置くのも良いかもしれないと、一人頷く。
「でも、戦いがある限り、ガシャドクロはまた現れるかもしれませんねぇ」
有栖は生暖かさを拭うような風に髪を靡かせながら呟いたのであった。
今回のガシャドクロはキメラであったが、いつか本物の妖怪にも会えるかもしれない。それまで、心霊探偵団の迷走は続くのだろう。
ほら、今日もモニタの前に‥‥。