●リプレイ本文
●桜餅撃破作戦
深夜の高速道路を疾走するワゴン車が一台。普段は何台もの車両が走っている筈だが、今は突如出現したキメラの所為で閉鎖されている。現場に急行する車両に乗っているのは、そのキメラを駆除するべく出動した能力者達である。
彼らを迎えに来た管理会社の社員の説明を聞きながら、八人の若人は気を引き締める。その中でも、御山・詠二(
ga8221)、アズメリア・カンス(
ga8233)、榊 紫苑(
ga8258)、命喰(
ga8264)は初の任務である。
「さて。初依頼だけど、気負い過ぎずに行くとしましょうか」
アズメリアがそう言えば、命喰もこくんと頷いた。
「私のここでの初仕事の相手は‥‥スライムですか。――桜餅型ですが」
ポツリと最後に付け加えた台詞を、皆が聞き逃す事はなかった。社員から借りた周辺地図をチェックしていたリゼット・ランドルフ(
ga5171)は記憶の糸を手繰り寄せる。
「桜餅というと‥‥春先に出回る日本のお菓子ですよね? そんな季節物のお菓子にそっくりなキメラですか‥‥」
「もうそういう季節なんですねえ‥‥」
和菓子を好物とする大曽根櫻(
ga0005)は、大きな桜餅を想像して思わずしみじみと呟いた。だが、すぐに我に帰り、
「――と、そのようなことを言っている場合ではありませんね」
「ええ! 思わず和んじゃいそうですが、被害も出ていますし、気を引き締めて掛かりましょう!」
甘い物好きのリゼットも櫻と同じ心境だったのか、慌ててコクコクと頷く。
そして、被害と聞いた佐倉霧月(
ga6645)は、沈痛な面持ちできゅっと唇を噛み締めた。
「既に二台が飲み込まれてしまったんですよね。何とか無事ならば‥‥良いんですけど」
霜月は何としてでも被害者を救助したかった。しかし、事件発生から既に一時間が経過している。キメラに消化されている可能性もあるし、窒息している可能性も否定出来なかった。本当ならば居ても立ってもいられない状況だったが、
(「僕の感傷が、皆さんの足を引っ張らないようにしないと‥‥」)
せめて、自分が持っている救急セットが役に立てば。そんな祈りを胸にしながら、焦る気持ちを何とか抑えようとしていた。そんな霜月の心境を察してか、それともただの偶然か、命喰は毅然とした態度で、
「彼の言うとおり、ドライバーが捕らわれてるとの事ですが、とりあえずは早めに解放した方が良いと――私は判断します」
よって、積極的に敵の撃破を。という旨を述べると、霜月の方をふと見つめる。その視線に気付いた霜月は、決意を固めた眼で深く頷き返した。
「――では、作戦を練ろう」
今まで沈黙してやり取りを見ていたアンジェリナ(
ga6940)は、リゼットが持っている地図を見つめながら静かに呟く。
「敵がスライムなら‥‥分裂の可能性もあるな。触手や酸攻撃の可能性も否定出来ない」
紫苑は意識的に女性陣から離れながらそう言った。実を言うと、紫苑は女性アレルギーというものを持っているのである。スーツの下では既に蕁麻疹が出ているのだが、平静を取り繕って不自然さを隠していた。
「では、三方向から攻めた方が良いですね。逃げられないように囲んでしまいましょう」
霜月は道幅が充分あるのを確認すると、そう提案する。詠二は自身の装備を確認すると、
「俺は、キメラの後ろ側に回り込む。キメラが分裂したら体積が小さい方を優先して攻撃してしまおう」
と申し出た。ハンドガンであれば、ある程度距離が離れていても狙撃は可能な筈だ。
「では。私は近接戦闘をする班に回ることに致します。メイン武器が蛍火ですので‥‥ね」
櫻は最前線で戦う事を決意する。そうやって、着々と班分けが決まっていった。
キメラと正面から対峙するのは、櫻、アズメリア、紫苑。背面に回っての攻撃は霜月、詠二、リゼット。そして、側面に回って戦うのはアンジェリナと命喰だ。一班につき二人以上の編成の為、誰かが飲み込まれたら残りのメンバーが助けるという算段だ。
「――僕は、反対車線を通ってキメラの後からの攻撃担当ですね。御山さん、ランドルフさん、よろしくお願います」
頭をぺこりと下げる霜月に、詠二とリゼットは応じるように頷く。
開いていた窓から、ほんのりと甘い香りが漂ってきた。まったりとした上品さ、そしてほんのりとした塩味は明らかに桜餅のものである。
思わず気持ちが緩んでしまうのを抑えながら、八人は停車した車から降りたのであった。
●巨大桜餅撃破
闇色の空を背景に、ピンクの物体が鎮座していた。心地良い香りと淡い淡紅色は紛れも無く桜餅のものである。これで葉が添えられているのなら完璧なのだろう。しかし、
「何故‥‥桜餅?」
詠二はボソッと呟いた。
しかし、本物の桜餅は目の前の物体のようにブヨブヨと蠢いたりはしない。そこに居るのはキメラ以外何者でも無いのだ。恐らく、獲物を探しているのだろう。緩慢に移動を続けている。
何処に目があるかも分らない桜餅型スライムを前にしながら、八人は作戦通りに散開した。
「さあ、始めるわよ!」
始まりの合図を高らかに告げたのは、桜餅スライムの正面目掛けて走り出したアズメリアであった。
「――任務開始」
アンジェリナは命喰に目配せをしながら側面へと回り込む。
櫻の蛍火の刀身が淡く輝いた。黒き髪は金色へと変わり、覚醒の合図を知らせる。
ゆっくりと動くサクラモチスライムに対し、櫻の剣撃は疾風のようである。ズンッと響く鈍い音は、刃がサクラモチスライムを捉えた事を意味した。だが、他のキメラにはあまりない、深く沈むような手応えに、櫻は思わず眉を顰める。
その隙を見計らったのか、それとも鋭い攻撃に身悶えたのか、サクラモチスライムは接近してきた櫻を包み込まんばかりに体をたゆませる。
だが、
「こっちですっ!」
リゼットの声と共に銃声が弾けた。櫻とは対照的な漆黒の髪を夜風に靡かせながら、ハンドガンを片手に構える。
「スピ−ドは、遅いようだな? この季節に、はた迷惑な。消去させてもらう」
紫苑は櫻に続いてサクラモチスライムとの距離を詰めようとする。櫻の牽制するような剣撃とリゼットの銃撃が浴びせられる中、アンジェリナは鞘に収めたままの刀の鞘に手を添えた。紫眼が体を激しく波打たせるサクラモチスライムを捉える。刹那、
「――疾‥‥っ!」
抜き放たれた刀より、増大されたエネルギーが龍の如くサクラモチスライムに襲い掛かる。ズブンッという重々しい音を立て、櫻とリゼットの攻撃により抉られていた表面が派手に飛び散った。
「あれは‥‥!」
ハンドガンを片手にサクラモチスライムの様子を注意深く見ていた詠二は、ピンク色のボディの中から異物――明らかにスライムの一部とは異なるものを見つけた。恐らく、飲み込まれた車両だろう。
「佐倉、あそこは狙うな。周囲の肉を削れ!」
「分りました!」
頷く霜月の声を聞き、アズメリアは攻撃に向おうとした足を止める。
「飲み込まれた人達が出て来たみたいね。――危険な桜餅は、さっさと排除するとしましょうか」
それに応えるかのようにほぼ同時に、霜月のイアリスが閃いた。白色の輝きを身にまとい、羽織ったジャケットの裾を靡かせながらの剣撃。それはサクラモチスライムの身を抉り、柔軟な体を粉砕する。
ぶしゃっとサクラモチスライムのボディは弾け飛び、拳ほどのピンク色の粒を撒き散らしながら冷たいコンクリートに落ちる。暫くピクピクと動いていたものの、十秒も経たぬ内に沈黙した。
「どうやら、終わったようですね」
命喰はやれやれ。と息を吐きながら、スライムの体内から姿を現した二台の乗用車を確認する。車の塗装がはげたり、一部が溶解していたが、大破はしていないようである。
霜月とアズメリア、アンジェリナが救急セットを片手に向かい、リゼットと櫻が車の窓ガラスを慎重に割ってドライバーの安否を確認していた。衰弱はしているものの、車ごと飲まれたお陰でドライバー自身は消化されなかったようである。
足元に散らばるスライムの破片は、大きさといい、匂いといい、正に桜餅だ。
「ですが。匂いが甘かろうが‥‥食べられないキメラには関係ない話ですね」
「しかし、本当に何で桜餅だったんだろうな‥‥」
命喰と詠二は顔を見合わせるが、その問い掛けに応える者は誰も居ない。
「さて、任務完了」
遠くから救急隊のサイレン音が響いてくるのを感じながら、紫苑はそう呟いた。幸い、危惧していたような攻撃を受ける前に倒す事が出来た。そして、スーツの下の蕁麻疹が仲間に悟られる事が無くて良かったと、心中で安堵の息を吐く。
リゼットや霜月達が被害者の応急処置をしている時、アズメリアはその辺に散らばるスライムの破片を見てふと思った。
「やっぱり、こういうのの後だと、暫くの間、桜餅が食べられない人が出るのかしら。私は平気だけど」
上品な淡紅色が風に煽られてふるりと震える。その上に、一層淡く鮮やかな花びらが舞い降りた。
桜の花びらが夜空を舞う。春風に髪を遊ばせながら、櫻はポツリと呟いた。
「そう言えば、お花見に行きたいですねぇ‥‥」
――今度はちゃんとした桜餅を持って。
爽やかな春の夜風が髪を撫でる中、誰もがそう思ったに違いなかった。