タイトル:スイーツ防衛線マスター:蒼月 雄

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/16 02:26

●オープニング本文


 とある郊外のお菓子工場にて、それは起こった。
 倉庫の品物を搬送用のトラックに乗せようとした従業員が、倉庫に足を踏み入れた時である。普段ならしんと静まり返り、自分の足跡しか響かない筈の倉庫の中から、何やら物音がしたのである。
 積みあがるダンボールの山の向こうから聞こえてくる怪しい音。従業員は思わず固唾を呑んだ。
「――誰か居るのか?」
 先に他の従業員が待機していたのだろう。そんな気持ちで声を掛けてみた。その証拠に、倉庫の鍵は開いていたではないか。
 だが、問い掛けに答える声は無い。
 訝しげに思った従業員は、音を頼りに更に奥まで踏み込んでいく。近付くにつれて、その物音が何かを破いたり砕いたりしている音だという事が分って来た。
 
 薄暗い倉庫に伸びるダンボールとダンボールの影の隙間に、従業員はある物を見る。
「ひっ!」
 思わず悲鳴を漏らした。そこに映っていたのは二メートル近くある巨大な影だったのである。
 それと同時に、音がピタリとやむ。従業員の頬に汗が伝った。見開いた目がピリピリと乾く。喉はからからだった。
 ダンボールの山の奥に居た者の正体――それは、巨大なネズミだったのだ。
 
 後日、工場の倉庫に住み着いた巨大ネズミ型キメラを倒して欲しいという依頼が貼り出される。
 キメラが居ては、ダンボールに詰めたお菓子を運び出す事は出来ない。時間をかけてしまっては、お菓子がどんどん食べられてしまう。
 果たして、キメラを駆除して商品のお菓子を守る事が出来るのだろうか。

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
アヤカ(ga4624
17歳・♀・BM
木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
ヴォルク・ホルス(ga5761
24歳・♂・SN
レア・デュラン(ga6212
12歳・♀・SN
アダム・S・ワーナー(ga6707
27歳・♂・GP
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG

●リプレイ本文

●お菓子工場の作戦会議!
「巨大な鼠キメラかぁ‥‥。そんなのが工場の中でバリバリとお菓子を食べてるんですよね? お菓子がなくならないうちに早めに退治しないと!」
 工場長の話を聞き、真っ先にそう言ったのはリゼット・ランドルフ(ga5171)であった。彼女ら――八人の能力者が居るのは工場の会議室である。弱りきった表情の工場長は、藁にも縋るような目で能力者達を見つめている。
「私達女性にとって、切っても切れない関係である甘いお菓子を貪り食べる輩は――女性の敵です! 貪欲なネズミを成敗し、お菓子を守り、幸せを取り戻すのです!」
 木花咲耶(ga5139)もまた眉をきゅっと釣り上げて決意を固めた。その傍らで、アダム・S・ワーナー(ga6707)もまた頷く。
「お菓子は――お茶に欠かせない大切なものです。早く積み出せるようにして差し上げないといけませんね」
「ネズミキメラがお菓子食べ放題って‥‥ズルくない? 僕も食べたいってばサー! その為には、ライバルは潰ーすっ!」
 勢いよく立ち上がり、拳を振り上げたのはラウル・カミーユ(ga7242)である。むう、と眉を寄せて頬を膨らませると、
「――バレエシューズの紐切るとか、靴に画鋲とか出来ないのが辛いネ。ネズミだし」
と、ネズミキメラに対する敵意――些か斜め上にベクトルを向いている気もするが――を剥き出しにしていた。
 やる気は充分。互いの瞳に宿った決意を確かめ合った一同は、任務遂行に当るべく頷き合う。だが、
「お仕事が終わったら、皆さんでティータイムなんてどうでしょう‥‥。ボク、コーヒーとちょっとした物を持って来たんで」
 レア・デュラン(ga6212)は遠慮がちにそう言うと、ちらりと工場長の方に視線をやる。工場長は白混じりの顎鬚を擦りながら、
「うちの食堂で良かったら使って下さい。ポットもお茶もありますから」
 自由に使って良いですよ。と笑う工場長に、アヤカ(ga4624)もにぱっと笑顔を弾けさせる。
「ニャはは! ティータイムを楽しむために、あたいも一生懸命動くニャ〜!」
「あ、工場ちょサン、新作お菓子あったらご褒美に欲しいデースっ!」
 しゅばっと右手を挙げて身を乗り出すラウル。あまりの勢いに眉尻を落としつつも、工場長は頷き返し、
「そうですね。丁度、試食をして頂きたいものがありましてね。――尤も市場には出ていないので、外部には漏らさないようにというのを条件で」
 要は試作品の試食をして欲しいという事だった。ラウルはぱあっと表情を輝かせ、それを聞いたヴォルク・ホルス(ga5761)も「ほぅ」と片眉を吊り上げる。
「‥‥敵はネズミか‥‥。まぁ、お菓子が貰えるなら大いに頑張っちゃうぜ?」
 思いがけぬ報酬にやる気を増した一同は、巨大ネズミを倒すべく作戦会議を始めたのであった。
 
「先ずは工場内がどうなってるかを知るところから始めないとね」
 ケイ・リヒャルト(ga0598)は工場長から受け取った見取り図のコピーを広げてそう言った。
 抑えるべきは、倉庫内の物の配置、ネズミキメラの目撃地点、フォークリフト等の踏み台になりそうな物があるかどうかという事である。工場長に詳しい話を聞きながら、リゼットが見取り図に書き込みをしていく。
「昼間の内に戦闘含め、全て終えたいわね。鼠は夜行性だと言うし」
「夜になってはこちらが不利ですからね。‥‥ところで、ネズミが逃げないように罠を設置するのはどうでしょう?」
 ネズミのキメラならば動きが素早い筈。ならば動きを止めてから一斉に叩いた方が良いだろう。そんな咲耶の意図を汲み、ケイはこくんと頷いた。
「接着剤は工場に借りたいものですね。あとは、キメラを誘き寄せるための餌が必要でしょうか‥‥」
 アダムはモノクル越しに見取り図を見ながら、そう呟いた。匂いが強いものであれば、敏感なネズミは反応するだろう。となれば、期限切れの菓子の原材料が必要か。
 リゼットは「ふむふむ」と頷きながらペンを走らせる。
「準備は念入りにしないといけませんね。逃げられでもしたら大変です!」
「そうね。罠の設置場所は商品が少なくて戦闘し易い場所が良いわね。――後は」
 ついっとケイが指先を動かした先には、倉庫の入り口があった。そこに視線を落としていたのはヴォルクである。
「逃げ場は潰しておかなきゃな。外に逃げられでもしたら大変だ」
 そんな二人の間に、アヤカがひょっこりと顔を出すと。
「だったら、あたいが頑張るニャ〜! あたいは猫だからネズミを追い詰める事が出来るニャよ!」
「そう言えば、アヤカは猫のビーストマンなのよね。では、キメラを罠まで追い込むのは、アヤカに任せてしまっても良いかしら?」
 ケイの言葉に、アヤカは「合点承知ニャ!」と敬礼を返した。
 しかし、作戦内容を聞いていた工場長は些か渋い顔をする。話によると、二メートル近くもあるキメラを捕えるほどの接着剤が用意出来ないのだという。しかも、それを複数個所置くとなれば、かなりの量になるだろう。
「ただのネズミならば良いんですけれどね。相手が人間以上の大きさでしょう。力も強いですし、流石に動きを抑えるほどのものは用意出来ませんよ」
 申し訳ありません。と肩を落とす工場長であったが、アダムは「ふむ」と思案すると、
「では、トラックの荷物を抑える時に使うような網はありませんか? 幸い、足場になるものも御座いますし、上から網を投げるというのはどうでしょう?」
 戦闘が辛うじて出来る広さの傍らに書かれた『フォークリフト』の文字を指して尋ねる。工場長も「嗚呼、それならば用意出来ます!」と頷いた。
「じゃあ、僕が網を持って待機するよ。アカリんがお菓子の場所まで誘き寄せて、お菓子に夢中になっているところに、僕がバサーッとネズミキメラを捕獲。だね!」
 その前に網の強度も確認しないと。とラウルは手をワキワキとさせた。
「よし、それじゃあ、俺達は逃げ場に待機だ。出入り口から逃げようものなら射抜いてやるさ」
 一応扉やシャッターを閉ざして任務に当る算段だが、体当たりして破壊して行くという可能性もある。ヴォルクはキメラを狙い易いようにと高所に己の位置を確保し、見取り図に乗せていた指先をすーっと移動させる。
「おまえはこっちだな。死角になる場所のフォローを頼むぜ」
 トントンと指先で荷物の影を指しながら、ヴォルクはレアの肩を叩く。一生懸命、作戦会議を見つめていたレアは、いきなり自分に振られて目を丸くした。
「は、はい! お菓子を傷つけないように頑張りますっ」
 乱射は避けないと。と荷物越しに自分のアサルトライフルを擦った。
「問題はそこね。商品に傷をつけないように、細心の注意を払って任務に当りましょう」
 ケイの言葉に一同が頷く。
 各自の役割と配置が確認出来れば、作戦実行へと移行する。さて、無事にお菓子を守りきる事が出来るのだろうか。
 
●お菓子工場の防衛線!
 倉庫内にパリパリカサカサという不気味な音が聞こえる。食い荒らされたダンボールが床に散らばり、お菓子のパッケージが無残な姿を晒していた。
「――あれが例のネズミキメラか」
 キメラの居場所を確認しながら、ヴォルクが呟く。積み上がったダンボールの隙間から見えるのは、普通では考えられない大きさのネズミであった。その体高は、ヴォルクの身長ほどはあるだろう。彼の位置からでは背中しか捉えることは出来ないが、転がったダンボールに深く刻まれた歯形が、げっ歯類特有の前歯の強さを物語っている。
「少しでも動きが止められればいいのですが‥‥」
 咲耶とケイはビニールシートの上に期限切れの菓子の原材料を乗せ、フォークリフトの上で網を持って待機しているラウルに目配せをした。親指を立てるラウル。準備は万端のようだ。
 リゼットは荷物の影で息を潜める。目の前で行われる作業を見つめながら、バスタードソードの柄を握る。
 レアもまた息を潜めながら持ち場である出入り口を見張っていた。キメラがこちらに来る事があれば即座に引き金を引かなくてはいけない。
「みんなのお菓子を守らなきゃ‥‥!」
 アダムもまた、キメラの退路を断つ為にシャッターの傍に隠れる。
「さて、鼠は退治致しませんとね」
 見上げた先には、高所で完全に気配を断っているケイがいた。彼女は全員が配置についたのを見ると、アヤカに合図を送る。
「ニャニャ! 狩りの始まりニャ!」
 アヤカの頭部からにょきりと現れたのは猫の耳である。ぴょこんと伸びた尻尾をゆらゆらと揺らしながら、キメラの背面に回り込んだ。
 漂って来るのは甘ったるいお菓子の匂い。きゅるると鳴りそうなお腹を何とか抑え、スッと息を吸った。
「――フシャーッ!」
 毛を逆立てんばかりに威嚇の咆哮を上げるアヤカ。驚いたキメラを罠の方へ誘導する――筈であった。しかし、
「キキィィィッ!」
 紅い瞳に、異様に発達した前歯を持つネズミ型キメラ――ラージトゥースマウスはアヤカの姿を見るなり、逃げ出すどころか威嚇をし始めたではないか。ラージトゥースマウスが照明を背に立ち上がれば、長身の人間ほどある体がアヤカに影を落とす。
「拙いわ‥‥! 体格差があるから逆効果なのね‥‥!」
 万が一に備えて、アヤカのサポートを行おうとしていたケイは弾丸を込めた小銃を構える。
 咄嗟の事に身動きが取れないでいるアヤカににじり寄るラージトゥースマウス目掛けて、引き金を引いた。
 ――ドンッ!
 銃声が響き、キメラの悲鳴が聞こえる。耳を狙った一撃は見事に命中し、硝煙の匂いが広がった。悶絶するキメラを見下ろすケイの瞳は真紅へと変化しており、肩口に蝶の模様が浮かび上がる。その顔には加虐的な笑みが浮かべられていた。
「残念だったわね。甘ーい時間はお・し・ま・い」
「た、助かったニャ〜」
 アヤカとラージトゥースマウスが居る場所は、彼女のルベウスを揮うには狭過ぎる。ダンボールの中にある無事な商品諸共破壊する可能性が高かった。
「よし、こっちに来るニャ!」
 ギラギラとした殺意を向けてくるラージトゥースマウスにくるりと背を向けると、アヤカは脱兎の如く走り出した。
 向かう先は罠の場所――ラウルとリゼットが待機している場所である。
 半獣化しているお陰でいつもよりも体が軽く感じる。アヤカは追って来るラージトゥースマウスを誘導するように、一段と匂いの強い場所へと出た。
「よし、今だ‥‥!」
 ラージトゥースマウスがフォークリフトの下を通過するかしないかの瞬間を見計らい、ラウルが網を投げ放つ。
「キ、キキッ!?」
「見たか、マルセイユの漁師パワー! ‥‥や、僕んち漁師じゃないケド」
 網を被ってもがくラージトゥースマウスを見て、ラウルは思わずガッツポーズをする。
 広い場所で動きを封じてしまえばこちらのものである。アヤカはくるりと振り向くと、両手にルベウスを装備した。
「援護を頼むニャ!」
「分りました。アヤカさん、キメラの歯に気をつけて下さい!」
 荷物の影から現れたリゼットはバスタードソードを鞘から抜き放つ。
「覚悟するニャ〜!」
 接近状態からの連撃が抵抗出来ずにいるラージトゥースマウスを襲う。キメラが激痛に悶絶する中、覚醒により黒髪化したリゼットが、深く刻まれた傷を目掛けてバスタードソードを走らせる。
「やあぁぁぁッ!」
 一際強く伝播させた能力によって、武器は本来以上の威力を発揮する。突き立てられたバスタードソードによって、もがいていたラージトゥースマウスは石のように硬直し――崩れ落ちた。
 しんと静まり返る倉庫内。
「‥‥終わったの、ですか?」
 息絶えたキメラ、無事な仲間、そして、周囲のダンボール箱が無傷である事を確認した咲耶は、ようやく胸を撫で下ろした。皆の攻撃に合わせて援護射撃をする予定だったが、もし流れ弾でお菓子を駄目にしたら、自己嫌悪に陥るところであった。
「よしよし、何とか仕留める事が出来たな」
 ヴォルクは他にキメラが居ないのを目視で確認すると、とんと床に降り立った。続いて、レアもひょこりと顔を出す。
「終わりましたね。ボクも甘いものは大好きですので‥‥お菓子に攻撃を当てずに済んで良かったです」
「ええ。お菓子の被害も抑えられたようですし、工場長に報告に参りましょうか」
 ぽんぽんと埃を払うと、アダムは柔かく微笑む。
 キメラの退治依頼はこれにて完了。残すは、お楽しみだけであった。
 
●お菓子工場のティータイム!
 任務終了後の食堂では、八人が一つの卓に揃ってお茶会の準備をしていた。
「任務完了、HEURE DU THE!」
 工場長から貰った試作品の菓子を目の前に、ラウルは満開に咲かせた笑みを浮かべていた。他にもパッケージが潰れてしまったため出荷出来なくなってしまったというワケ有りのお菓子も、皿の上に綺麗に並べられている。
「やはり、休憩にはお茶。お茶にはお菓子です」
 笑顔で感慨深く呟いたのはアダムであった。持参したポットセットで咲耶と共に皆に紅茶を振舞う。
「皆様のお好みに合わせてお茶をお入れいたしますわ。ご希望をどうぞ」
「あたいは紅茶を頼むニャ〜!」
 アヤカはホクホクしながら咲耶が紅茶を淹れる様子を眺めていた。甘く爽やかな香りが漂う中、ケイは差し入れに持って来た果物をテーブルの上に並べる。
「一仕事あとの――優雅な一時、ね」
 微笑むケイに、ヴォルクはつられるように笑うと、
「よし、俺はみんなに手作りのくるみパンご馳走するかね〜」
「ヴォルクさんは手作りなんですか? 凄いですね」
「そういうリゼットは何を持って来たんだ?」
 私はこれです。と皿の上に装ったのは紅茶のシフォンケーキであった。次々と並べられるお菓子に顔を綻ばせつつも、レアも自分の荷物から持参したお菓子を取り出す。
「へへ、あだーむに紅茶淹れて貰ったよ。レアっち、それはなーに?」
「あ、ラウルさん。これはボクの得意なお菓子――ミルリトンです」
 出身地の銘菓なんですよ。と微笑むレアに、激甘嗜好のラウルは一層笑顔を弾けさせる。
「早く食べよう! 食べようっ!」
「あらあら、ラウル様ったら」
 咲耶は自分の分のお茶を淹れると、そっとカップを掲げる。
「これで世界のお菓子は救われましたわ。――皆様、お疲れ様で御座います」
「お疲れ様ーっ!」
 戦いの後の穏やかな一時が始まる。それは甘く、緩やかに過ぎていった。