タイトル:応えたい想いマスター:蒼月 雄

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/12 23:15

●オープニング本文


「も、もし宜しかったら‥‥どうぞ、召し上がって下さい!」
 可愛らしくラッピングされた包みからは、仄かに甘い香りがした。クッキーだろうか。
 それを差し出すのは黒髪の少女。今は頭を深々と下げているが、先ほど目にした限りでは、なかなか可愛らしかった。
 チョコレートみたいな子だな。というのが第一印象だった。
「これ、僕に‥‥?」
 見ず知らずの少女と包みを交互に眺め、思わず疑問符を浮かべる。少女は何度も頷いた。その指先は震えている。
「‥‥えっと、有り難う。これ、クッキーだよね?」
「はい! 甘い物が好きだって言うから、作って来たんです‥‥!」
 少女の瞳には強い想いが宿っていた。包みを受け取れば、そこから温もりを感じる事が出来た。少女の瞳に宿るそれにも同じようなものを感じる。
 それがとても嬉しくて、思わず顔を綻ばせた。
 
 
 公園のベンチに一人の青年が腰を下ろしていた。
 彼の名は角嶋勇次。某大学に通う青年である。
 長身の優男で、癖のある薄茶の髪先をふわふわと風に遊ばせていた。彼の甘党振りは一部でかなり有名なもので、休みの時間となれば必ずと言っていいほど、何処かの喫茶店で甘い物を食べていた。全長一メートルのパフェを完食したとか、ホールケーキを十分で食べたという伝説を持っている。
 いつも小春日のような笑顔を湛えている勇次であったが、何故かその日――いや、ここ数日間は憂鬱な顔をしていた。今日もまた、公園の噴水を眺めながら溜め息を吐く。
 二月の中旬にクッキーをくれた少女の名は黛サキといった。サキがくれたクッキーは既成の品にはないもの――想いが込められていた。味が美味しかったのは勿論の事だが、その想いが兎に角嬉しくて、丁寧に味わって食べたものである。
 勇次は純粋に嬉しかった。手作りの御菓子を貰った事は初めてではないが、初対面の相手から貰ったのは初めてなのだ。自分が知らない所で、自分の為に御菓子を作ってくれるような相手が居たというのは、この上なく嬉しい事である。
 
 しかし、嬉しいと同時に、苦しかった。
 自分はこの想いにどう応えたら良いか、分らないのである。サキを喜ばせるような形で応えたいのだが、その手段が思いつかない。
 サキは自分が通っている大学の近所にある高校の生徒らしい。もしかしたら、喫茶店で見かけたかもしれない。そんな事を考えるも、彼女が自分のように甘党とは限らない。ケーキ十個セットをあげても困るかもしれない。
「――どうすれば、あの子に感謝の気持ちを伝えられるのかな。誰か、女の子の気持ちが分るような人にアドバイスを聞きたいのだけど」
 
 見上げた木の枝には春の息吹きが見受けられる。季節は冬から春へ移り変わる。
 そして、恋の季節もまた――。

●参加者一覧

大曽根櫻(ga0005
16歳・♀・AA
白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
アッシュ・リーゲン(ga3804
28歳・♂・JG
リュイン・グンベ(ga3871
23歳・♀・PN
中松百合子(ga4861
33歳・♀・BM
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG

●リプレイ本文

●遭遇
 勇次は、公園のベンチで明らかに悩んでますオーラを放出していた。晴れ渡った空に相反する憂鬱な顔を足元に向け、重々しい溜め息を零す。その時、
「うわっ!」
 短い悲鳴と共に転倒する少年――ラシード・アル・ラハル(ga6190)。抱えていた紙袋からは大量の本が散らばった。
「だ、大丈夫?」
 勇次は雑誌を拾い上げようとするが、ふと表紙に目が留まった。それは、女性向け情報誌だったのである。しかも、特集は『お返しに貰いたい☆素敵ギフト』。よく見れば、他の雑誌や本もその類の――正に自分が悩んでいたものではないか。
「き、君、この雑誌、見せてくれない!?」
「え‥‥? べ、別に良いけど」
 勇次の喰い付きに、ラシードは思わず目を瞬かせる。ラシードの話によると、どうやら彼自身も同じような悩みを抱えているようだ。バレンタインの時に親友の女の子から本命クッキーを貰っており、そのお返しはどうしたら良いかと思っていたのだという。
 嗚呼、何たる偶然!
 二人がそう叫びあったかはさて置き、数分後、雑誌を真剣に見つめる二人の姿があった。
「た‥‥高い‥‥」
「バッグってこんな値段したっけ‥‥」
「‥‥何か、こういうのは、違うっぽい‥‥よね?」
「う、うん‥‥」
 悩んでいますオーラは二倍。二人揃って溜め息を吐いたその時、
「どうした、財布でも落としたか?」
 二人に声をかけて来たのは白銀の髪の女性――リュイン・カミーユ(ga3871)であった。「それともカジノで大負けとか――あそこは魔物がいるからな」
 まあ、そんな日もある。と肩を竦めるリュインであったが、ラシードと勇次は首を横に振った。
 かくかくしかじか。ラシードと勇次が説明をすれば、リュインは成程と頷き、
「事情は分った。だが、ここで座り込み悩んでいても仕方なかろう。とりあえず動け」
と二人を促す。
 こうして、三人の珍道中が始まったのであった。
 
●文殊の知恵?
 勇次は二人を行きつけの喫茶店に案内する事にした。甘い物でも食べれば少しは良いアイディアが出るだろうか。それに、三人寄れば文殊の知恵だ。そんな事を考えながら喫茶店の前に差しかかった時、
「失礼、角嶋勇次さんで間違いないだろうか?」
「そうですけれど‥‥」
 写真とメモを手にした体格が良い青年――白鐘剣一郎(ga0184)に声を掛けられた。彼曰く、どうやら勇次の知人の知人らしい。
 突然ですまない。と律儀に謝罪する剣一郎に、勇次は「いえいえ」と首を横に振った。
「――実は君の悩みの事で相談に乗ってくれと頼まれてな。お節介とは思ったが顔を出させて貰った」
「‥‥すいません、わざわざ。悩みと言っても、大した物ではないのですけど」
 取り敢えず。と勇次は剣一郎を喫茶店の中へ促す。勇次が顔馴染みの店員に頭を下げていると、カウンター席で店員と話をしていた女性が、「あら」と声を上げた。
「もしかして、噂の勇次君かしら?」
 中松百合子(ga4861)は魅惑的な微笑みを浮かべながら姿勢を勇次達の方へと向ける。どうやら、勇次の事は喫茶店内で噂されていたらしい。有り難い事に、百合子も相談に乗ってくれるのだというのだ。勇次は「有り難う御座います」と拝みながら、一先ずは何か注文しようと特盛パフェをオーダーする。
「‥‥甘党か‥‥」
 ポツリと呟く剣一郎。メニュー表にはビールジョッキにこんもりと盛られているパフェの写真があった。
「ほう、それを一人で食べるのか?」
 隣の席から苦笑混じりの声が聞こえる。ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)であった。
「ええ。甘い物が大好きなんで」
「それにしても、先程から悩み事がどうのという話が聞こえて来たが、何か悩み事でも?」
 勇次は頷く。彼はパフェが運ばれてくるまでの間、ポツリポツリと事情を話し始めた。
 
「つまる所、具体案はさておき。君が『彼女にお礼がしたい』点は間違いない訳だな?」
 剣一郎の問いかけに、勇次は真剣な眼差しで頷いた。するとリュインが、
「『お返し』という言葉は避けておけ。貰ったからお返し――では、義理とかいう習慣に勘違いされる。そこまで悩むからには、そうではないのだろ?」
「はい。嬉しかったという気持ちを伝えたいんです」
 恋愛感情なのかそうなのかは未だ分らないが、サキからクッキーを手渡された時の胸の温かさ――それが彼女にも伝われば良いと思っていた。剣一郎は納得したというように頷くと、
「そうか。そう感じた想いは大切にしていいと思う」
「有り難う御座います! でも、手段が思い浮かばなくて困ってるんですよ」
 深い溜め息を吐く勇次に、百合子は少し眉尻を下げて微笑むと、
「気持ちを入れた物を渡すって色々と考えちゃうわよね。良い印象を持って貰いたいとか思うと緊張しちゃわない? 余計な事を考えず、素直な気持ちで贈ると自然と伝わるものよ」
「素直な気持ち‥‥ですか」
 渦巻いていた靄の一端が揺らぐ。そんな勇次を見て、百合子は一ヶ月ほど前に会った依頼者――サキの事を思い出していた。そして、ホアキンもまた彼と恋仲である知人からサキの事を聞いていた。その事を思い出しつつ、懐を探り始める。
「あなたは彼女の事を何ひとつ知らない。プレゼントをするのなら、どんな物が好きなのか知ろうとする事から始めた方が良い。――本気で彼女を喜ばせたいのなら、あなたもそこから始めるべきだ。彼女のように」
「彼女の好きなもの、ですか。そうですね。確かに‥‥僕は彼女の事を知らな過ぎる」
「その子‥‥勇次の好み、考えて‥‥頑張ってくれたんだ、ね」
「うん。僕は気持ちだけ先走ってしまったみたい」
 顔を覗き込むように見つめてくるラシードに、勇次は情けなく眉尻を下げた。
「ま、それは今悩んでも仕方あるまい。後悔先に立たずというだろう?」
 これから知ればよい。と不敵に笑むリュインに、ホアキンは肩を竦めた。浮かべられた微笑に含まれるは肯定の意か。
「想いを形にする事も大切かもしれんが、形だけ渡して想いが伝わらんと意味がない。相手を想い、悩んだ過程も大事ではないか? 『気持ちを伝えたい』と、汝は既に答えを出していると思うが」
「そうね。あと、言葉をきちんと伝えるのも必要よ。女の子はちゃんとした言葉がほしいのよ。嬉しかったとか、美味しかったとか、一言だけでも嬉しいのよ」
「わ、分りました。ちゃんとその旨も彼女に伝えます‥‥!」
 深く頷く勇次。百合子はにっこりと微笑んだ。
「そうそう。プレゼントは、相手に贈りたいと思ったから贈るのだ――という心が大切だと思う。そこを確り伝えんと、相手はスッキリせんぞ」
 リュインはそこまで言うと、「因みに」と付け加える。
「我の場合、チョコを贈った相手が「WDは必ずお返しする」と言ったが、儀礼的なモノなら要らんとキッパリ言った。義務で礼を貰っても嬉しくない。「そうじゃない」と伝える事は重要だ」
「‥‥そっか。プレゼントって、モノだけじゃないんだ‥‥」
 リュインの言葉に、ラシードは目を瞬かせた。勇次の瞳の中の迷いが少しずつ決意に変わるのを見、剣一郎もまた口元に柔らかな表情を湛えながら頷く。
「後は行動だ。――取り敢えず今回は、君が好み、他に自信を持って勧められる物を選んでみてはどうだ? 例えば、得意のスイーツでも良いだろう」
 恋愛話とは縁があまりない世界に住んでいるという剣一郎。他にあるだろうかと視線を向けた先には、百合子が居た。
「そうね。どうしても物に現したいと思うなら――」
と言いかけたその時、
「花‥‥とか、どうかな? 花が嫌いな女の子は、いない‥‥筈‥‥。多分」
 今まで勇次の隣で真剣に話を聞いていたラシードは、自信無げに提案する。百合子も正にそれを言わんとしていたらしく、にっこりと頷いた。
「そうね。お手入れが楽なプリザーブドフラワーなんかもいいんじゃないかしら。籠とかに入ってて可愛いのがあるのよ」
「そうだ、花言葉‥‥!」
 紙袋の中から本――『花言葉辞典』を出すラシード。勇次もその隣から顔を食い入るように見つめる。だが、
「‥‥同じ、花なのに。逆の意味が、載ってる‥‥」
「僕が知ってる花言葉と‥‥違う!」
 愕然とする二人。百合子は「あらあら」と苦笑すると、
「お花屋さんの店員に相談してみたら? それに、渡す時にちゃんと言葉を添えれば誤解をされる事はないと思うわ」
「――ふむ、大体方向性が見えて来たようだな」
 ホアキンは懐から取り出した二枚のチケットを勇次に手渡す。
「例の彼女は高校生だろう? ならば、このような場所に誘うのも良い」
「静物画展のチケット――良いんですか?」
 目を瞬かせる勇次に、「構わない」とホアキンは返す。
「兎に角、あなたから誘うべきだ。まずは彼女と話すきっかけを作らないと、お話にならない。話題は別に何でもいい。『美味しそうな絵だね』とか『あれで作ったお菓子を食べてみたい』とか、そんな他愛のない事で構わない。あなたが彼女を少しでも知ろうとする事が、彼女にとって何よりのプレゼントになる」
「知ろうとする事が‥‥。僕も、彼女に自分の事を知ってて貰えてとても嬉しかった。そういう事なんですね」
 きゅっとチケットを握り締める勇次に、ホアキンは深く頷いた。
「知って好きになるかどうかは、それこそあなた次第だ。ただ、そこまで気になるのなら、知ろうとすべきだろうな」
 そこまで言えば、ふと己の経験を思い出し、柔かい笑みを浮かべる。
「俺も恋愛には疎い方だが‥‥恋人はいる。本気で好きになったらきっと、お菓子も目に入らなくなるよ」
 チケットに視線を落とす勇次。その目には決意の色がはっきりとしていたのであった。
 
●形にしたい想い
 方針は決まったものの、後一つパンチが欲しいところだ。何より、剣一郎出した案であるスイーツはかなり捨て難い。
 喫茶店で会った三人にお礼と別れを告げた後、勇次を含む三人は公園のベンチに戻っていた。
「スイーツと言っても、色々あるしなぁ‥‥」
 溜め息を一つ。すると、
「どうした青年? こんなイイ天気ににシケた面して盛大に溜息なんざついてよ、悩み事かぁ?」
 買い物帰りだろう、荷物を手にした男性――アッシュ・リーゲン(ga3804)がニヤニヤと笑いながら話しかけてきた。
 彼とほぼ同じタイミングで歩み寄ってきたのは、大曽根櫻(ga0005)とリゼット・ランドルフ(ga5171)である。
「どうしたのですか?」
 買い物袋を提げた櫻は、心配そうに首を傾げる。以前、依頼を共にした二人は、この公園で偶然遭遇したようだ。そこであまりにも深刻な顔で悩んでいる勇次とラシードが心配になって声をかけたのだという。リゼットはおやつに食べようと思ったドーナッツを一つ取り出せば、
「取り敢えず、お一つどうぞ!」
と勇次に勧める。勇次はそれを三等分してラシードとリュインに分けつつ、事の次第を三人に話し始めた。
 
「ま、そう悩まなくてもイイんじゃねぇか、感謝の気持ちを伝えたいだけだろ? なら余程ヘンなモン送らなきゃ大丈夫だと思うぜ?」
 なぁ?と肩を竦めるアッシュに、櫻も頷いた。
「お返しでおすすめ‥‥は、クッキーやケーキでもいいかもしれませんね。あまり深く考えずに気楽にお返しをする方がいいかと思いますよ」
「手作りクッキーを貰ったなら、手作りの物を返す方がいいかと。――具体的に何を作るかですけど、櫻さんが言うとおり、ケーキとかどうでしょう?」
 勿論手作りで。と付け加えながら、リゼットは人差し指をピッと立てた。彼女自身、プレゼントをする時は何を送ろうか悩んでしまう性質なので、勇次の気持ちには僅かながらも共感出来るようだ。
「手作りですか。お菓子は作った事があるけど、ケーキは作った事無いなぁ‥‥」
 美味しく焼けるだろうか。と不安そうに首を傾げる勇次にアッシュはにやりと笑う。
「『手作りの物を渡したい』なら手伝うぜ。菓子作りなら任せとけ、なんたって塩と砂糖間違えて入れるって生徒に指導したからな」
「塩と砂糖‥‥!」
 思わず絶句する勇次。まさかその相手がサキだとは知る由も無い。
「ま、必要なら声かけてくれや、大体ヒマしてっからよ。――っと、俺はアッシュってんだ、お前さんは?」
「角嶋勇次と言います」
 アッシュから連絡先を受け取る勇次。風に揺られる薄茶の毛先を見つめながら、アッシュはサキとの会話で断片的に出て来た『お菓子を渡したい相手』の特徴を思い出す。サキが言っていた相手だろうか。胸に引っかかるものを感じつつ、「んじゃまた」とその場を後にする。
 その背中を見送りながら、リゼットはふと、風が運んでくる春の香りに閃いた。
「そうそう。春らしく苺を沢山使ったケーキとか、どうかなー?って思うんですけど」
「苺ケーキかぁ。可愛いし美味しいし、彼女も喜んでくれるかな」
 自然と頬が緩む勇次。そんな様子を見て、櫻は微笑ましそうに笑った。
「無理して気取った物を送ると、相手も気後れしちゃうかもしれませんしね。要はあなたの『気持ち』ですから‥‥」
「ええ、有り難う御座います。何か、通りすがりの方々にまでこうして相談に乗ってもらえるなんて‥‥。何だか、嬉しいような照れ臭いような」
 たはは。と頬を掻く勇次に、リュインはふっと口元に笑みを浮かべると、そっと立ち上がる。
「心は決まったようだな。――という事で、汝の見当も祈るが、我の方も祈ってくれ」
 ラシードもまた意を決したように頷くと、
「‥‥サキの、笑顔。見られると、いいね‥‥。僕も、頑張るよ」
「二人とも、どうも有り難う。僕も、リュインさんとラシード君の事を応援してますね」
 短い間だったけれど、一緒に過ごせて楽しかった。そう告げながら彼らを見送り、勇次はアッシュの連絡先に連絡をする。
 
 苺ケーキを作りたいと志願する勇次を、アッシュは快く受け入れた。
「料理は食べられてこそだが、見た目だけじゃウマかねぇ。だから食べて貰う人への『想い』を込めるんだ」
 アッシュの指導のお陰で、素人にしてはなかなか美味しそうな苺ケーキの完成だ。
 勇次がサキに連絡する前に、アッシュが先に彼女と連絡を取っていた。セッティングを終えたアッシュを不思議そうに見る勇次に、アッシュはニッと笑い返す。
「例の塩と砂糖間違えた生徒だ、渡したい人がいるから菓子作りを指導してくれ、ってな」
 
 デート当日、緊張した面持ちのサキと、手作りの苺ケーキと可愛らしいプリザーブドフラワーを手にした勇次が二度目の対面を果たす。美術館の前での微笑ましいやり取りを眺めながら、アッシュはポツリと呟いた。
「二人の行く道に、幸せのあらん事を‥‥なんてな」
 スッと吐いた紫煙が空へと昇る。眩しいほどに晴れ渡った青空のように、二人の顔は実に晴れ晴れとしたものであった。