●リプレイ本文
●廃墟の雰囲気にご用心!
重々しい鉛色の雲に、冬だというのに生暖かい風。それらが、依頼を受けて集まった八人の能力者と件の廃墟を包んでいた。
依頼人の胡散臭そうな視線――若者ばかりだからだろう――での見送りを受けながら、林に囲まれた狭い道を歩くこと二十分の場所に、それはあった。鬱蒼とした竹林が外界との隔たりを作り、膝の辺りまで伸びた雑草が侵入者に絡みついてくる。枯れた蔦が壁に奇怪な模様を描き、割れた窓ガラスが温い風を呼び込む。何処からどう見ても、廃墟――というよりもお化け屋敷だった。
「これは‥‥物々しいですね‥‥」
大曽根櫻(
ga0005)の口からは思わずそんな言葉が漏れる。だが、その呟きは竹林のざわめきに消えた。
「探検です! 冒険です! 廃屋の秘密をババッと暴いちゃいましょう?」
瞳をキラキラとさせてそう言ったのは、赤霧・連(
ga0668)である。クラウディア・マリウス(
ga6559)も、依頼主から渡された建物の見取り図――これもかなり古いのだが――を手に、元気よく頷く。
「よーするに、隅々まで探検して、何も無ければOKだよねっ?」
「ええ。それに、噂も多いみたいねえ? とことん調べて何もないと言う事を証明しないと」
神森 静(
ga5165)は唇を苦笑に歪める。目の前にある廃墟の有様を見れば、幽霊が居るだのキメラが居るだのという噂が立つのは無理ないような気がする。とは言え、火の無い所に煙は立たないと言うのだが――。
「廃墟、と呼ぶには少々趣きに欠ける家だが‥‥。気を抜いたときこそ、危険でないものが危険に変身するのだ」
依頼主から作業用の軍手や掃除用具一式を借りて来た雑賀 幸輔(
ga6073)は、それらを全員に配る。そして、懐中電灯も。幸輔自身はランタンも暗視スコープも持っているが全員がそうとは限らない。クラウディアは両手が塞がらぬようにと腰のベルトで懐中電灯を固定する。
レア・デュラン(
ga6212)もまた、手荷物の中身をちらりと確認した。
「大丈夫。形は崩れてませんね‥‥」
ホッとしたように胸を撫でる彼女に、内藤新(
ga3460)は不思議そうな顔をする。
「なに持って来ただ?」
「さ、サンドウィッチです。お弁当は出ないと思ったので‥‥沢山作ってきました」
「ほほぅ、なるほど。へへ、楽しみだべ」
期待の眼差しで目を瞬かせる新に、レアは嬉しそうに笑う。
「飲み物もありますよ?」
彼女が指したのは、依頼主から借りた水筒に入ったコーヒーであった。そんなやり取りを見て、連も手荷物を掲げる。
「私も作った来たですよ。BLTとエッグサンドの二種類なのです!」
和やか遠足気分が漂う彼らに、幸輔は微笑ましさと苦笑い半分で肩を竦めた。改めて廃墟に向えば、笑顔を保ったまま気合を一つ入れる。
「さて、どんな任務も慎重に‥‥作戦開始」
「ほな、廃墟探索を始めるでー!」
三島玲奈(
ga3848)はセーラー服の裾をはためかせながら拳を突き上げる。かくして、一行の廃墟探索が始まったのであった。
●廃墟の罠にご用心
錆付いた扉を開けば、むっとした草の匂いと獣の匂いのようなものが八人を襲う。元は単なる一般住宅だったのだろう。廊下はそれ程広くない。
「班分けした方が良いかもねー」
クラウディアの提案により、八人は二班に分かれることにした。何せ、大人二人がようやく擦れ違える程度の幅である。八人で行動しては、万が一の時に身動きが取れないだろう。
一階は新、玲奈、静、レアの四人、二階は櫻、連、幸輔、クラウディアが探索する事となった。
「後で写真も撮ったろか。心霊写真が出来るかもなぁ」
そんな事をぼやきながら、玲奈は朽ちた床を慎重に捲ってみせる。潜入する前に耳を澄ましてみたが、不審な物音はしなかった。キメラにせよ許可無き住民にせよ、今は留守のようである。尤も、相手が幽霊であれば話は別だが。
「この家、大丈夫だべか。床がギシギシ言ってるんだけんど」
「そうねぇ。長い間放置されてたし、慎重に歩かないと」
新はまるで鴬張りの上を歩いているような気分になる。ひとたび足を乗せれば、「ギギィー」と不吉な音を立てるのだ。そんな背中を心配そうに見つめながら後に続く静だが、その直ぐ後ろから、一つ遅れた床の音が響いた。
「あら、こんな所に居たの? もう先に行ったと思ったのだけれど」
殿でキョロキョロと辺りを見回していたレアは、突然声を掛けられた所為か、反射的に背筋をピンと伸ばす。
「し、殿がボクの役目です。こ、怖いとかじゃないですよ?」
玲奈の心霊写真発言が聞こえたのか、心なしか顔が青ざめている。「あらあら」と眉尻を下げて笑む静。そんな事も知らず、玲奈はリビングやダイニング、そしてキッチンをくまなく捜査していた。その様子を見た新は、
「‥‥な、なんで壁にへばりついてるだか?」
「隠し扉が無いか探しとるんや。もしかしたら、何か隠されてるかもしれん」
不正資金とか。と、真顔で壁を調査――端から見ると張り付いているように見えてしまう――する玲奈。様々な可能性を予測して、依頼人から元の家主や関係者等の特徴も聞いておいたのだが、依頼人本人がうろ覚え状態なものなので、宛てにならないだろう。
そうこうしているうちに、
「あ、こんなところに布団発見!」
「布団? 前に住んでいた人の忘れ物でしょうか?
新の声に導かれ、レアに静、そして玲奈も現場に向かう。すると、六畳ほどの部屋に広げられた布団とゴミ、生活臭を漂わせるそれは、
「‥‥どう見ても誰か住んでます。本当に有り難う御座いました」
玲奈は思わず平坦にそう呟いた。
所々に穴が開いた階段を上れば、三つの部屋が二階班の四人を迎える。四人は顔を見合わせると、足音を響かせぬよう、三部屋に散らばった。
「危ない人とか、住み着いてるかも知れないから注意も必要だねー」
野犬は居なかったけれど。と付け加えながら、クラウディアは家具が放置されたままの部屋を探索する。どの部屋にも共通して言えたことは、家具を動かしたような跡があり、誰かが活動したような痕跡があるというくらいである。調査を終えた連は、廊下にひょっこりと顔を出して合流する。
「ほむ、取り敢えず、キメラが住んでいるような感じは無いですね」
「キメラに関しては、ただの噂のようですね。――あら? 何か‥‥物音がしませんか?」
櫻の一言に連とクラウディアの表情が固まる。空気が張り詰める中、窓の外から鴉が啼く声が聞こえた。どうやら、外からの物音らしい。
「ふぅ、この様子だと誰か住み着いてるかもしれないな。取り敢えず、家具を整理した方が――」
幸輔がそう言いながら三人と合流しようとしたその時、
「ぎゃあ! トラップだ!」
悲鳴が辺りに木霊す。「大丈夫ですか!?」と駆け寄る三人であったが、そこには蜘蛛の巣を顔面に張り付かせて悶絶している幸輔の姿があった。
「蜘蛛の巣トラップで精神に十のダメージ!」
「ひえぇ! ち、治療する‥‥?」
心配そうに顔を覗き込むクラウディア。廃墟に隠された罠は、朽ちた床だけではなかったのであった。
●清掃作業にご用心!
一度合流した八人は、噂の真偽を確かめるために夜も調査――ノリとしては肝試しに近い――をする事にした。しかし、壊れた家具や腐った床、窓ガラスが散乱しているのでは、一歩踏み出すだけでも危険だ。尖ったガラスは、運動靴など容易に貫通してしまうという。
混沌とした室内を見渡し、静は掃除道具を片手ににっこりと微笑む。
「これは、掃除のしがいがありそうねえ? 外見がマシになれば、変な噂も無くなるでしょう」
「ボクは掃き掃除と窓拭きをすればいいですね」
雑巾と箒を手に、頑張りますよ。と意気込むレア。そして、掃除が得意な櫻にとって、ここは腕の見せ所である。
「家具は、所定の位置と思われる場所に戻してしまいましょう。――力仕事なら任せて下さいね」
「よし、ピッカピカにしてみせましょう!」
目を光らせる連。皆で協力すれば、日が暮れるまでに終わらせる事が出来るだろう。
今後奇妙な噂が立たぬようにと、廃墟内の大掃除が始まったのであった。
「やっぱ、水道は止められてるんだべか」
掃除用具を入れていたバケツを見下ろしながら、新はポツリと呟いた。横からひょっこりと顔を出した玲奈は、蛇口を捻ろうと手を伸ばす。
「そんなの、確認してみればええやんか」
ギギッと錆びた音をさせながら捻られた蛇口。すると、次の瞬間、
――ゴボッ、ゴボボッ‥‥ぶしゃぁ!!
勢いよく泥水が噴出したかと思うと、泥の塊がボトリと落ちる。その後、幾ら捻っても何も出なかった。
「廃墟のトラップ‥‥。侮りがたし」
洗面所の惨状に唖然とする二人の背中を眺めながら、幸輔は一人戦慄していたのであった。
一方、粗方片付ける事が出来たダイニングで、連は目を輝かせていた。
「ほむ、ここに椅子とテーブルがあると素敵じゃないでしょうか?」
「そうだね。でも、素材が無いからねー」
がらんとしたダイニングに、クラウディアも物足りなそうな顔をしていた。しかし、何かを作るのにも床を修復するにも木材が無いのだ。木材は木材で、別途で調達しなくてはならないだろう。
家具の整理整頓と清掃を中心に作業する事数時間。雲に隠れた太陽が南中を示す頃に、誰かの腹の虫が悲しげに鳴いた。
「皆さん、少し休憩をしましょうか?」
櫻の一言を合図に、お昼の休憩タイムとなる。曇り空に荒れ果てた廃墟の中という、なんとも趣の無い昼食であったが、レアのコーヒーの香りが廃墟に染み付いた匂いから皆を守る。
情報の交換や今後の方針を話しつつ、他愛の無い世間話や玲奈のネタに走る発言が場を和ませながら、和気藹々としたランチタイムが過ぎる。
連とレアのサンドウィッチで空腹を満たし、休憩で精神ダメージを回復した八人は、作業の続きに取り掛かった。
清掃が終われば、夜の調査に備えて家具の位置を見取り図に書き込み、仮眠をとるだけである。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
●肝試しにご用心!
夜の廃墟は、昼間に増して不気味さを醸し出していた。壊れた窓から顔を出すカーテンは、白い手が手招きしているように見える。
今の所、灯りが点る様子は――無い。
玲奈が気配を殺して廃墟に接近して窓をチェックするが、異常は見当たらなかった。静かなものである。
玲奈の報告を聞けば、一行は廃墟へと侵入する。先行するは幸輔。ペイント弾を手に己の気配を闇に紛れさせながら、暗視スコープで辺りを見回していた。
「これは‥‥足跡?」
土足で上がったような足跡が薄っすらと床に残っていた。未だ新しいもので、一階の六畳間へと続き、折り返して外へと出て行く。
「ほむ、この家に勝手に住んでた人のものかもしれませんね‥‥」
「ちょっと目を離した隙に戻って来たのか」
渋い顔をする幸輔であったが、足跡から察するに今は家の中に居ないだろう。
「お、お化けなんて無いですよね。お化けなんて嘘ですよね?」
クラウディアが不安そうな声でそう言いつつ、歌い始めようとしたその時、カサコソと何かが足元を撫でていった。
「ひ、ひぃぃ! 櫻ちゃん、助けてっ」
「だ、大丈夫ですか?」
思わず櫻の後ろに隠れるクラウディア。櫻は彼女を落ち着かせようと、そっと頭を撫でる。逃げていった影は二つ。細い尻尾を揺らしながら壁の穴へと消えていった。
「なんだよ鼠だか。脅かしやがって‥‥」
やれやれ。と肩を竦める新であったが、今度は櫻が戦慄した。
「私、鼠苦手なんです‥‥!」
人間、誰しも苦手というものがある。取り乱した事は殆ど無い櫻であったが、こればっかりは得意になれなかった。思わず、近くに居た静にしがみ付く。
「あらあら。大丈夫かしら?」
「おお、面白そうやな! んじゃ、私も」
ここぞとばかりに便乗したのは玲奈である。未だ怯えているクラウディアにピッタリとしがみ付いた。後ろからそれを見ていたレアはパチクリと目を瞬かせる。
「‥‥ボクも、くっついた方が良いのでしょうか?」
「ほむ、まるで金ぴかのガチョウが出てくるお伽話のようですネ!」
奇妙な光景を前に、連は一人納得したように頷いていた。
結局、鬼にも蛇にもキメラにも遭遇する事無く、無事に探索を終える事が出来た。廃墟トラップに囚われる事無く終わったのも、昼間に清掃を済ませておいたからであろう。
「油断してたら危ない相手だった」
夜食のサンドウィッチを咀嚼しながら、幸輔は呟く。持ち前のペイント弾を使えなかった所為か、その表情は何処となく寂しげか。
「何とか‥‥終わりましたね‥‥」
櫻もコーヒーを飲みながらほっと一息吐く。空を見上げれば満天の星空だ。この分ならば、明日は晴れる事だろう。
後日、依頼主に報告をした八人は、粗大ゴミの撤去や周辺の掃除を行った。伸び放題の雑草を刈り取り、泥に埋もれた道を綺麗にしてやる。
「おお、随分と綺麗になって! いやはや、若いのにやりおるわい!」
見送りの時の胡散臭そうな顔はどこへ行ったやら、一番若く小柄なレアの肩をぽんぽんぽんぽんと激しく叩く。
「お、お役に立てたようで嬉しいです‥‥」
体を揺らされながらも、笑みは何とか絶やさずに、借りた水筒を老人へと返した。
その後、廃墟の噂はぱったりと消えた。廃墟に住んでいた人物が誰だったのかは分らないが、別の場所へと移動したのだろう。
そして、持ち主の老人は窓ガラスや床の修繕を業者に頼み、廃墟はすっかり元通りの家になったそうだ。また人に貸し出す事になるのか、それとも老人自身が住むのか。
廃墟であった家がどうなったかは、それはまた、別の話。