●リプレイ本文
●倉庫作業にようこそ
骨董屋『九龍』に、八人の能力者が集まった。数々の骨董品から漂う懐古の香りが満ちる中、挨拶を忘れずにしておいた方が良いだろうというリゼット・ランドルフ(
ga5171)の案により、依頼を受けた八人と依頼主フェイが対面、挨拶代わりの自己紹介をしていた。
「ケイと言うわ。貴重な機会を有難う」
ケイ・リヒャルト(
ga0598)が静かに微笑むと、フェイもまた、つられるように仄かに笑う。
「私は、この『九龍』の店主――フェイと申します。本日は、お集まり頂き有り難う御座いました。早速で申し訳ないのですが、皆様を倉庫へとご案内したいのですが――」
眼前に並ぶは七人の若い女性と――巨漢のネオリーフ(
ga6261)であった。
可愛らしいプチケーキが並ぶテーブルに、何の前触れもなくウエディングケーキが置かれたような衝撃を覚え、フェイは一瞬我が目を疑う。ニ、三回瞬きするも、全く様子は変わらない。見間違いではなかった。思わず、目を釘付けにするフェイに、ネオリーフはぺこりと頭を下げる。
「ほ、本日は、お集まり頂き有り難う御座いました。早速で申し訳ないのですが――」
ネオリーフの体格に圧倒されてか、フェイは混乱気味にもう一度同じ台詞を紡ぎだした。
さて、自己紹介もそこそこに、八人はフェイによって倉庫に案内される。倉庫の規模はかなりのもので、一般人が一人でやるには途方も無い時間を費やしそうであった。
「ここがお宝が眠っている倉庫なのですね」
ハルトマン(
ga6603)は簡素な電球に照らされた倉庫内をぐるりと見渡す。ざっと見ただけでも、骨董品のジャンルはバラバラで、整理する時間が無かった事を顕著に言い表している。しかし、それは在庫の一角にしか過ぎず、埋もれている品々は未だ八人の目には触れていない。九条院つばめ(
ga6530)は興奮を隠せなかった。
「倉庫に眠る古き時代の品々‥‥。何があるのか楽しみです」
「骨董品‥‥ですか。実家にも訳の分からないものが沢山ありますからねえ‥‥」
由緒ある神社に生まれた大曽根櫻(
ga0005)にとって、骨董品はさして珍しくも無いようだ。その傍らでは、赤霧・連(
ga0668)が「ほむ」と頷いた。
「どれも人と共に過してきた大切な品物達。一つ一つ何か不思議な温かさがありますよネ。大事に大切にこれからも使えるようにキビキビお手伝いですよ!」
気合充分の仕草に、リゼットも笑顔で頷く。
「アンティークとか骨董品って、味があるというか――見ていると懐かしい気持ちになってくるので、好きなんですよね」
彼女は、骨董屋の倉庫に入れることを楽しみにしていたのだ。どんな物があるのかと胸を躍らせながら、手前に置いてあった壷をしげしげと見つめているネオリーフの方に振り向く。
「ネオリーフさんは?」
「ボクは――古いものは好きだし、珍しいものを見るのは好きだし、掃除も好きだし‥‥とにかくやりたかったから」
「じゃあ、高い場所にあるものはネオリーフに頼んでもいい?」
自分達では届かないものがあるだろうし。と、ハルトマンは棚の上に鎮座している猫の置物を指差す。ネオリーフは猫の置物と彼女を交互に見つめると、「うん」と静かに頷いた。
フェイ曰く、品物は倉庫の前にあるスペースに出して構わないのだという。倉庫前はトラックが三台程度停まれるほどの広さとなっており、植木による日陰もある。日に当ててはいけない物については、その日陰を利用しなくてはならないだろう。
「それぞれのスペースを分けてしまった方が良いですね」
そう言いながら、千光寺 巴(
ga1247)はハルトマンと共に品物を置くためのシートを広げる。
店内の品物陳列場所は、事前にフェイが確保しておいたらしく、後は並べるだけなのだという。フェイからの諸注意をメモすれば、連は赤い瞳に気合を滾らせる。
「さあ、皆さん。お掃除頑張りましょう!」
●レッツ・クリーニング!
「それでは早速掃除を致しましょうか」
倉庫の中、巴は手前にあった木箱を持ち運ぼうとする。だが、持ち上げようとしたその瞬間、まるで煙の如く埃が舞い上がった。
「ケホッ、ケホッ‥‥! すごいホコリなのですよ〜」
近くに居たハルトマンも埃の襲撃を喰らったらしく、涙を滲ませながら咳き込んでいた。そんな様子を見たケイは、鏡台に被せてあった埃まみれの布を眺め、
「‥‥簡単に埃等を拭っておくと後の清掃が少し楽になるかしら?」
フェイが用意した清掃道具の中から、雑巾を持ち出した。さっと拭ってやれば、表面に蓄積した埃を随分と落とすことができる。
それにしても、見渡せば見渡すほど色々なものが並んでいる。家具から装飾武具、壺や食器類。そして、幾多にも積み上げられている木箱の中には、一体何が入っているのだろうか。つばめは思わず感嘆をあげる。
「実家の蔵の中にも結構骨董品ありますけど‥‥此処の品々はそれ以上です。凄い‥‥」
「取り敢えず、簡単に分類分けをした方が良いかもしれないですね‥‥。陶器、書画、刀剣類、古文書などと言った感じで‥‥」
櫻は手前の木箱の中身を確認しつつ、提案する。
大雑把にジャンル分けをしながら運べば、後々の仕分けが楽になるだろう。一度、全ての品を外に出してしまうのなら尚更だ。
「力仕事なら私の様な者の方が良いかも知れませんので、大物などがありましたらお手伝いします」
頼もしい一言を告げるのは巴だった。その一言を受けて、ハルトマンがちらりとネオリーフに視線を送る。その親指は、先ほどの棚の上の置物を指していた。
「高いところは‥‥ボクに任せて。――たまには背が高いのも役に立つ、かな」
「任せるですよ〜、ネオリーフ」
仄かに照れ臭そうな顔をしたネオリーフに、ハルトマンはニッと笑ってみせた。
品物を運び出せば、埃を被ったそれらを綺麗にする必要がある。
「私の担当は、倉庫から出した品物の掃除ですね」
リゼットは持ち出された品物を丁寧に拭いていく。倉庫から出て来たハルトマンもまた、倉庫整理の様子を心配げに見つめているフェイに話しかける。
「きちんと拭きたいんだけど、何か良いものもらえるかな」
渡された手拭では心許ないのか、陶器製の花瓶を抱きながら彼の事を見上げる。すると、フェイはそっと屈み込んでハルトマンに目線を合わせると、
「骨董品を拭くには、それが一番なのですよ。手拭は柔かいでしょう? だから品物を傷つけませんし、水だって吸い込みやすいですし。――どうぞ、リゼットさんのように拭いてみて下さい」
促されれば、こくんと頷くハルトマン。フェイに見つめられながらそっと拭えば、柔かい布の感触の向こうに確かに陶器の肌触りを感じる。指先を躍らせるような感覚に、合点が言ったと言わんばかりに頷いた。
「これは、こちらで良いのかしら?」
ケイと巴は二人で重ね箪笥を運んでくる。すると、フェイから借りたノートパソコン――かなりの旧式だ――を手にした連が目を光らせた。
「それは箪笥――家具類ですね。新しいジャンルを追加しなくては‥‥!」
「あら、ジャンル毎にちゃんと纏めてるのね。――調子はどう?」
「如何に情報を纏めるかテーマなのです! 目録を担当する限りは、半端な仕事はしません」
連は胸を張って、自分が作成した表をケイに見せる。先程から慎重に作業場を歩き回っていた連は、どうやらこれをまとめていたらしい。一目で分るように見易く整理され、今後の品物の増減を考えた構成は見事なものだった。
「連さん、あちらの木箱は中身を確認して、種類別に並べておきましたよ」
「ハイな! ありがとうございます、櫻さん」
小走りで櫻の元へと急ぐ連。こうして、倉庫整理は着々と進められていくのであった。
●安らぎのひと時を
倉庫の品物が全て運び出され、殆どの品物の清掃を終えた頃には、頭上にあった太陽がほんの少し傾いていた。
「ほむ。キリも良いところですし、この辺りで休憩タイムにしませんか?」
骨董品が並ぶシートの上で、連はパソコンを閉じながらそう言った。清掃が済んだものから店内に陳列しているため、シートの上は随分と片付いている。巴はにっこりと微笑むと、
「それでは、余っているシートを敷いて、そこでお茶を飲みましょう。店の方に陳列に行っているつばめさんとネオリーフさん――そして、フェイさんを呼んできて下さい」
と、慣れた手つきでお茶会の準備をし始めたのであった。
フェイを含む九人が揃う頃には、巴が淹れた緑茶がゆらゆらと温かい湯気を躍らせていた。連が持参した紙のお皿には、それぞれが休憩用にと持ち寄ったお菓子が乗せられている。団子に大福、饅頭に羊羹と実に豪勢であった。
「労働の後のお茶とお菓子は最高なのですよ」
ハルトマンはリゼットが持って来た豆大福を頬張ると、幸せそうな笑みを浮かべる。
「そうそう。疲れた時は甘い物が一番。‥‥ちょっと多めな気もしますが。――フェイさんは、甘い物はお好きですか?」
つばめに尋ねられれば、フェイは遠慮がちに「ええ」と微笑む。
「よろしかったのですか? 私まで、同席させて頂いて‥‥」
「良いのよ。様子を見に来てくれる度に、色々丁寧に教えてくれたし。――それにしても、口に合うかしら?」
本当は中国茶でも持って来たかったのだけれど。と眉尻を下げるケイに、フェイは静かに首を横に振った。
「いえ、とても美味しいですよ。日本茶も和菓子も大好きですし」
ふと空を見上げれば、真っ青なカンバスが一面に広がっている。頬を撫でる風は未だ冷たかったが、包み込むような日差しと、紙コップ越しに伝わってくるお茶の温もりは心地良かった。
「こうして、大人数で静かにお茶を飲むのも――良いものですね」
最初こそ、大事な骨董品を任せるのはとても心配だった。しかし、真剣な顔つきで骨董品と向う八人を見ているうちに、自然と心が安堵に包まれていくのが分ったのである。
従業員でも雇おうか。そう心中で呟くフェイの前に、楊枝が刺さった羊羹が差し出される。ネオリーフだった。
「塩羊羹です。変わった味だけど癖になります。――みんなもどうぞ」
「美味しそうですね。頂きます」
甘い物好きの櫻は、嬉しそうに楊枝が付いた塩羊羹を取る。フェイもまた、「では」と軽く目礼して楊枝に手を伸ばした。
九人は静かな安らぎのひと時を過ごし、英気を養えば、倉庫整理が再開する。連は皆を元気付けるように声を上げた。
「さて、後半の部も頑張りましょう!」
皆が店への陳列作業を進める中、つばめとケイはがらんとした倉庫を見つめていた。元々積もっていたものと、品物から払い落とされたものが合わさって、倉庫内は一層埃っぽくなっている。
「うーん、せっかくだから品物を戻す前に倉庫の中も掃除したいですけど、できますかねぇ‥‥?」
「そうね。今後の為にも、綺麗にしてしまいましょう」
フェイから掃除用具を借りれば、二人はてきぱきと倉庫内を掃除する。その間、巴は品物を出来る範囲で梱包し、ラベリングをする作業を行っていた。これならば傷や埃から品物を保護する事が出来るだろう。
皆が店から帰ってくる頃には、すっかり埃っぽさが無くなった倉庫と、後は倉庫に運び込むだけとなった品物が待っていた。
「最後の一仕事ですね。‥‥よいしょ」
櫻は大きな葛篭に手をかける。しかし、その大きさは体格的に厳しいものがある。バランスを崩しそうになったその時、彼女と葛篭を支えたのはネオリーフだった。
「えっと‥‥持つ?」
「有り難う御座います、ネオリーフさん」
櫻はふわりと微笑んだ。二人はバランスを崩さぬよう、慎重にそれを倉庫へと運ぶ。
「それにしても、見事な火縄銃ね。保存状態も良いし、まだ使えるんじゃないかしら?」
倉庫の中では、ケースに入った古式銃を食い入るように見つめているケイがいる。銃好きであるのなら見過ごす事の出来ない一品だろう。一方では、ハルトマンが厳重に鞘に収められた青龍刀を指でなぞる。
「フフフ‥‥。ねぇ、あなた――うちのものにならない」
鞘から抜き放てば業物の刃が姿を現すのだろうか。そんな事を想像しながら、怪しげな笑みを浮かべていた。
「‥‥何だか、あそこだけ濃い空間が出来てますね」
リゼットは苦笑を漏らしながら作業を進めるも、つばめは二人を見て何やらこくこくと頷いていた。
「分ります、お二人の気持ちが。私だって先程‥‥」
甲冑に見入ってましたから。という言葉は飲み込み、言外ににおわせるに留まった。
そして、巴がラベリングされた木箱を運び終えると――
「これで終わりです。全て倉庫に収まりました」
倉庫にきっちりと並べられた品物を前に、全員が歓声を上げた。
「こっちも出来ました。目録は完璧でありますよ!」
連はパソコンを携えながら自信満々に胸を張る。その背後――倉庫の入り口からフェイが現れた。彼が背負うのは、夜の帳が降り始めた黄昏の空であった。
「皆さん、本日は本当に助かりました。お陰で、一日で済ませる事が出来ましたし」
何より。と続けながらきっちりと梱包された品物に、撫でるように指先を添える。その瞳に宿る慈愛は、骨董品達への愛情の表れなのだろう。
「――この子達も、喜んでいます。皆さんと、楽しい時を過ごせたと」
儚げな笑み。しかしそれは、客に向けるような作られたものではなく、心からの笑みであった。八人への感謝の気持ち。それが切に表れている。
「機会がありましたら、是非いらしてください。――また、皆さんとお茶を飲み交わしたいですし」
本当に有り難う。最後にそう言って、フェイは帰路につく八人を見送った。
星が輝き始める夜空を見上げ、フェイは胸に残る温かい気持ちをいつまでも抱き続けていたのであった。