●リプレイ本文
●顔合わせ
「初めまして、桜坂ふわりです。どうぞよろしくお願いします」
桜色の髪の少女は、丁寧な口調で腰を折って挨拶をした。ステージ上で見せる、可愛らしさを過剰に演出した態度ではなく、年齢相応に、自然で明るい振る舞いだった。
(「アイドル歌手桜坂ふわり、か。よく周りの人間が反対しなかったな。‥いや、色々と思惑があった上で行かせたのかも知れんが」)
木鳴塚果守(
ga6017)は、冷静な目で見つつ、そう考えていた。
(「どこかで聞いたことのある名前だと思ってましたけど‥思い出しました、学校でクラスの友達が話してたアイドルさん! 私と同じ年みたいですけど‥どんな人なのかな‥? 友達になれるかな‥?」)
九条院つばめ(
ga6530)はそう思いつつも、第一印象から好感を持った。
「初めまして、九条院つばめです。つばめ、と気安く呼んでください。その代わり、じゃないですけど‥‥ふぅちゃん、って呼んでもいいでしょうか‥‥?」
「勿論いいですよぉ♪ じゃあ、ふぅも、つばめちゃんって呼ぶね! 可愛い名前!」
歩み寄り、屈託なく笑いかけるふわりに、つばめも嬉しくなり、笑い返した。
「慰問ライブかぁ〜、同じアイドルとしてぜひ頑張ってほしいね☆」
銀野 らせん(
ga6811)の言葉に、ふわりは驚いた表情になる。
「あなたは! ドリルアイドルのらせんちゃんですね!」
「あ、あたしを知ってる?」
「勿論ですぅ! うわぁ、らせんちゃんが一緒に来てくれるなんて、ふぅ嬉しい!」
ふわりはにっこり笑った。
「あたいもいるニャ」
アヤカ(
ga4624)の言葉に、ふわりは目を見開いた。
「あ! お陽様アイドルのアヤカちゃん?! 会ってみたかったんだ! 嬉しい!」
すぐに親しくなれそうな二人だった。
「初めまして。黒崎美珠姫よ。今日一日、貴方の護衛を務めるから、気になることがあったら遠慮なく言ってね」
「はい! よろしくお願いします!」
黒崎 美珠姫(
ga7248)の笑顔にも、ふわりは嬉しそうにこう答えた。
(「アイドルっていうのを一度くらいは見てみたかったしねっ!」)
こう考えていたのは、ジェサイア・リュイス(
ga6150)。
流行に疎く、ふわりの事は知らなかったが、彼女の振る舞いには、何となく好感を持った。
「なんでわざわざ、危険な前線なんかでライブをしようと思ったんだ? もちっと安全なとこでも似たようなことはできるだろ」
ごくまっとうな問いに、ふわりは首を傾げて考え、答えた。
「でも‥兵隊さん達は、今も、危険に晒されているから‥ふぅは、そんな危険な所でも、頑張っている兵隊さんを励ましたかったのです」
「自分も危険に晒されても?」
「えぇ。安全な所から、録音した歌を贈ったって、兵隊さんたちは元気づかないと思うです。ふぅの歌は、まだまだだし‥。それでも、その場に行って心を込めて歌えば、きっと、少しは喜んで貰えると思うです!」
一見、難しい事など何も考えていないようなふわふわした少女が吐きだした健気な言葉に、ジェサイアは打たれた。
(「ふぅちゃんは‥‥俺が護るぅぅっ!!」)
●車中
若い女性傭兵達とふわりは、すぐに打ち解けた。
仕事や恋愛やファッション、スイーツに関するお喋りに花を咲かせ、カラオケで歌い、流した楽曲のイントロ当てクイズで盛り上がり、バスの中はまるで修学旅行のような明るさだ。
勿論、それでも、キメラに対する警戒を怠る事はない。
四人一組の班となり、バスの前後左右に、時折双眼鏡を用いながら目を光らせる。
「玲ちゃんって可愛いですね♪ こんな小ちゃいのにみんなの為に戦っているなんて、本当に偉いです!」
ふわりの言葉に、他の者がそっと、蒼羅 玲(
ga1092)がふわりより年上である事を教えた。
「えっ? ごめんなさい、玲ちゃん。可愛いから、つい‥」
「いえ、いいんです‥気にしてませんよ」
物静かな口調で返しつつも、蒼羅の頬は僅かに震えていた。
「気にしてませんから‥ほんとに」
らせんは、同じアイドルとしての話で、ふわりの内面を知ろうとする。
「声優の仕事って芝居とかと違った演技が必要だけどなれると面白いよね〜」
「そうですね〜。声だけで演技するのって、奥が深いですよね〜」
アヤカにらせん、話が解る同業者が二人もいて、嬉しそうなふわりだった。
青森県出身の熊谷真帆(
ga3826)は、マイクを握りしめ、得意の民謡を披露する。
「まーちゃん、上手いですぅ♪」
ふわりはにこにこと拍手する。
「ふぅちゃんはどこの出身? どうしてアイドルになろうと思ったのですか?」
真帆の問いに、ふわりは答えた。
「ふぅは四国の出身です。アイドルを目指した理由は‥親友と、そう誓い合ったからです」
「親友‥? それは、もしかして、この慰問と関係があるんですか?」
つばめの言葉に、ふわりは頷いた。
「目的地は、ふぅの育った町の近くです。町は今、バグアに攻撃されてます。親友のあおいちゃんは、キメラに殺されたんです。小学校の頃から、将来二人でアイドルユニットを組もうねって、約束してた‥だから、ふぅは、あおいちゃんの為に、いずれは全国規模のアイドルになる。今回の慰問には、ふぅ達の町を取り戻す為に戦ってくれてる兵隊さんたちを励ましたい気持ちがあります。故郷を奪ったバグアと命がけで戦う兵隊さんに、どうしても、ふぅは直接会って、お礼の気持ちを込めて歌いたい‥」
「そうだったんですか‥」
難しい事は何一つ考えていなさそうな見かけによらない、意外な過去に、車中の空気は重く沈みかけた。こんなアイドル少女にさえ、バグアの侵攻は影を落としているのだ。
だが、暫しの沈黙をジェサイアが破った。
「俺達がついているからには危険なんてナァァッスィング! 地平線からキメラが顔を出した瞬間にサーチ&キルだぜっ!」
白い歯を光らせてアピール。
「顔を出した瞬間に?! ジェスくん、すごいですぅ!」
ふわりは、すぐに悲しみの彩を消し、屈託なく笑った。
●トンネル
玲は事前に、出現キメラに関して情報収集を行っていた。
「トンネルの方には、キメラは単体でしか現れないようですね‥こちらは人数がいますから、油断さえしなければ大丈夫でしょう‥」
やがて、危険地帯であるトンネルにバスは差しかかった。
彼らは、トンネルの手前で一旦バスを停めた。
トンネル内での戦闘に備え、事前に懐中電灯や無線機を借り受けている。
ジェサイアと玲はバスを降り、偵察に入った。
「キメラは潜んでいるでしょうか‥?」
半ば独り言のような玲の呟きに、ジェサイアは大きく頷いた。
「ああ。だが、俺がいれば心配ない」
戦闘になれば、華麗にキメラを倒し、ふわりにアピールできる‥。
『強いんですね、ジェスくん! ステキですぅ!』
そんな想像に心躍らせるジェサイアであった。
しかし、心地よい夢を打ち砕くように、玲が警告の声をあげた。
「何かいます!」
崩れたコンクリートの陰に、確かに生物の気配、敵意がある。
次の瞬間、キメラは二人に向かってきた。
玲は、豪力発現を発動させつつ、皆を呼んで!とジェサイアに叫んだ。
ジェサイアは後退し、無線でメンバーに連絡する。
「運転手さん、事前にお願いした通りに頼みます」
緊張した面持ちの運転手は、美珠姫の指示通り、反対側に300m戻った地点でバスを待機させる。
「やっとお出ましか。車窓の風景にも飽きたところだ」
果守の呟きを聞き、
「皆さん、気をつけて下さい!」
怯えがあるとしてもそれを面に出しはせず、ふわりは討伐班に声をかける。
「大丈夫大丈夫。キメラはあたしたちが防ぐから、百合なアヤカちゃんに襲われないように気をつけてね〜♪」
ふわりの緊張をほぐそうと、らせんは冗談交じりに答えた。
真帆、果守、らせん、美珠姫はバスを降りた。
アヤカとつばめがふわりを傍で護る。
討伐班の四人は、すぐに玲とジェサイアに追いついた。
玲が、猪のようなキメラを、シールドを用いて押さえ込んでいる。
真帆は、素早くハンドガンで頭部を銃撃する。
キメラは、呆気なく息絶えた。
●崖
「こちらは、複数が同時に現れたという目撃情報があります。さっきのように簡単にはいかないでしょう」
玲の情報に皆は頷いた。余りに手応えがなかったので、やや拍子抜けの感がある。ふわりだけが、怪我人もなく無事に通行できた事を大袈裟に喜んでいた。
崖道の手前で、先程と同様にバスを停めた。
真帆は下車し、双眼鏡で先の方まで様子をみる。崩落の危険がありそうな箇所も同時にチェックした。
「敵です!」
視界の隅を素早く動いた影を、真帆は見逃さなかった。彼女の声に、討伐班が急いでバスを降りる。だが、討伐班が離れ、退避しようとバックしかけたバスの側方から、真帆が発見した個体とは別のキメラが突然襲いかかってきた。
ガシャァァァン!!! 大きな音と共に、窓ガラスの一枚が破られた。
「きゃあぁぁっ!!」
悲鳴をあげるふわりを、アヤカはしっかりと抱きかかえる。キメラはバスの車体に体当たりを始めた。
「大丈夫ニャ、あたし達がついてるニャ!」
「アヤカさん、頼みます!」
つばめはふわりをアヤカに託すと、照明銃で割れたガラスの欠片を払い、窓から飛び出すと共に、前方の仲間達へ照明銃を放った。
「近づけさせません!」
つばめは愛槍を構え、覚醒した。
「貴様らぁ! ふぅちゃんの視界に入ることすら罪だぜっ!」
討伐班は、崖道の中程に現れたキメラと向かい合っていた。トンネル内に出現したものより、二回り程も大きい。
真帆は、崖を背に立った。キメラの崖からの転落を誘う事を考えての策である。
「同じ場所にいつまでも留まるのは危険だ」
果守は、崩落の危険を避ける為、また、キメラの注意をバスの方から逸らす為にも、そう考えた。
美珠姫は、バスを護るよう、バスの方を背にして立つ。
キメラは、一瞬、狙いを定めようとするかのように、赤い目を光らせたが、次の瞬間、らせんに向かって牙を下げ、突進してきた。
すんでの所で牙をかわしたらせんの傍に駆けつけた果守は、キメラの脚を狙い、スコーピオンの弾を放つ。だが、見かけによらず素早さを持ったキメラは、攻撃をかわし、果守に向かってきた。
‥からり。
らせんの頭上に何かが落ちてきた。小石が、ぱらぱらと崖の方から落ちてくる。
「銃は駄目です、崩落の引き金になる恐れが‥!」
らせんは叫び、ファングでキメラの脚を狙った。攻撃が当たり、キメラは地に転がった。
真帆が急所突きで頭部に攻撃。キメラは倒れた。
つばめの放った照明弾に気付いたジェサイアは、瞬天速を用いて引き返す。
「大丈夫か?!」
単身キメラに相対したつばめは、肩に怪我を負っていたが、彼を見てほっとした表情を浮かべた。
「大丈夫です、二人がかりなら何とかなりそうです」
言いざま、つばめは残った力で流し斬りを放つ。続けざまにジェサイアが急所突きを見舞い、キメラはようやく倒れた。
「つばめちゃん! ジェスくん! 大丈夫?!」
アヤカと共に、ふわりがバスを飛び出してきた。半泣きの表情である。
「ぜぇぜぇ‥ふっ、ずいぶんとマナーのなってないファンでしたね‥」
肩で息をしながらも、ジェサイアは白い歯を煌めかせ、ふわりに笑いかけた。
「こっちは終わりました」
先行したメンバーも、他にはもうキメラがいない事を確認し、引き返してきた。
「つばめちゃんが怪我を‥」
泣き顔で訴えるふわり。美珠姫は素早くつばめに歩み寄り、救急セットで手当てを行った。
「大丈夫、深い傷ではないわ」
美珠姫の言葉に、ふわりは安堵の吐息を漏らした。
そんなふわりに、真帆は厳しい目を向けた。
「直接会って励ましたい、という信条はわかるけど、傭兵を危険にさらしてまですることではありません。あなたはどこまで護って貰うつもりなのですか?」
「え‥‥」
「傭兵だって無鉄砲な危険行為をすると厳しいペナルティが待っているのです。あなたは、後方で歌ってくれればそれでいいのです」
「まーちゃん‥‥でもふぅは‥‥」
涙ぐむふわりを、らせんが庇った。
「今更そんな事を言っても仕方ないでしょ? ふぅちゃんにはふぅちゃんの覚悟があります。護られてばかりじゃない、戦いに明け暮れる兵士達の為に、彼女なりに身体を張っているんです」
「でも、私が言いたいのは‥」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
ふわりが二人の間に割って入った。
「らせんちゃんありがとう。まーちゃん、みんな、ごめんなさい。まーちゃんの言う通りだと思います。でも、もう少しだけふぅに付き合って下さい。もうこんな我が儘は言いませんから!」
深々と頭を下げたふわりに、皆は、改めて、彼女を護る事を誓った。
●慰問ライブ
ふわりのステージに、アヤカも飛び入りで歌い、ライブは盛り上がった。
兵士達皆がふわりを知っている訳でもなかったが、大した娯楽もなく、日々命を削って前線を戦う彼らにとって、突然飛び込んできて、戦いに対して礼を言い、心を込めて明るい歌や優しい歌を歌い続ける少女は、天から舞い降りた妖精のように感じられた。
「LVふぅ〜ちゃ〜〜〜ん!」
そして、聴衆に混じって、声を張り上げ声援を送るジェサイアの姿も見られた。
「あんなに喜ばれたら、頑張ってお送りした甲斐がありました」
終了後、楽屋にて声をかける玲。横で頷くらせんとつばめ。
「楽しかったニャ」
笑顔のアヤカ。
「‥‥」
黙って微笑む美珠姫。
真帆は言った。
「素晴らしかったです。でもやっぱり、危険な事はもうやめて。あなたの歌が嫌いで言ってるのでは無いの。むしろ大好きよ、だから‥‥追悼アルバムにはまだ早い。70年先でいいわ」
「まーちゃん‥ありがとう」
ふわりは汗を拭きながらふわふわと笑った。
「ふぅは、みんなのおかげで、兵隊さん達に喜んで貰えてとても嬉しかった。自分の為に慰問をやめる気はないけど、人を巻き込まないで自分を護る方法を考えついたの」
「‥方法‥って?」
「まだ内緒です♪」
悪戯っぽく笑うふわりだった。
「いつか、気が向いたらでいいんだが‥俺の孤児院にも歌いにきてやってくれないか」
「勿論! 絶対行きます! ふぅは子供が大好きです。嬉しい!」
果守の頼みに応じるふわり。
「次のコンサートも絶対見に行くぜ!」
最後までテンションの高いジェサイアだった。
●後日
「ほ、本気かね、ふぅ‥いや、桜坂くん」
ふわりの申し出に驚きを隠せないのは、彼女のパトロンの佐官。
「本気です。ふぅは自分の力で色んな所に行って歌えるようになりたいです。検査にちゃんと合格して、ふぅは能力者になったんです! これからは、戦うアイドルを目指します! 護ってくれたみんなみたいな、立派な傭兵になれるよう頑張ります!」
引き留めようとする周囲だが、ふわりの決意は固く、彼女は戦うアイドルの道を歩み始めるのだった。