タイトル:高原の白い花マスター:青峰輝楽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/07 01:21

●オープニング本文


「アイラ、もうすぐ誕生日だね」
 兄の言葉に、窓からぼんやりと外を見ていた少女は振り返った。
「そうだったね、お兄ちゃん」
「寒くなってきたよ。もう窓は閉めないと駄目だよ」
 言いながら、少年は手を伸ばして、少しだけ開けていた、少女の寝台の上の窓を、そっと閉めた。
「もっとお外が見たかったのに」
 少女はややふくれ顔で、布団にもぐりこむ。
「あたし、お外がすき。あーあ、はやくびょうきがよくなるといいのに。そうしたら、また、お外で遊べるよね」
「ああ、もちろんさ」

 アイラは6歳、兄のエドワードは8歳。
 ここは、南米のとある都市。
 直接のバグアの攻撃は現在までないものの、高い山に囲まれた立地で、山にはキメラが出没する為、他都市との陸路での行き来が限られており、物資は不足しがちである。
 少女アイラには幼い頃からの持病があり、投薬が必要だが、その薬の入手が段々困難になって来ていた。その為、健康状態が悪化し、今では、殆ど寝たきりの生活を送っている。
 ある日の深夜、両親が深刻な表情で、このままの状況が続けば、アイラの命はそう長くは保たないかも知れない、と話し合っているのを偶然聞いてしまって以来、エドワードは、妹には絶対に言えないその秘密を小さな胸に抱え込み、何とか小さな妹のためにできる事はないものか、と悲しい気持ちで日々を送っていた。

「アイラ、誕生日にはどんなプレゼントが欲しい?」
 エドワードは、妹の枕元に座って尋ねた。
 町のデパートでは、玩具売り場は閉鎖されてしまっているが、近所の雑貨店では、かろうじて、倉庫の奥から出してきたような古びた人形やままごと道具が並べてあるのを確認している。その中に、妹の欲しいものがあればよいが、とエドワードは願った。
 だが、アイラの答えは、予想外のものだった。
「あたし、お花が欲しい」
「お花? お人形とかじゃなくて?」
「うん、お人形は、このアリスちゃんがいるからいらないわ。それより、あたし、あの白い花が欲しいの。ほら、去年の夏、山にピクニックに行った時、お兄ちゃんがとってきてくれたでしょう。あのお花をもう一度見たいなあ。そうしたら、いつかまた、お山に登る元気も出そうな気がする」
「そうか。よしわかった。お兄ちゃんがとってきてやるよ」
 エドワードは妹の小さな願いを、絶対叶えてやりたいと思った。
 山には、キメラとかいう化け物が出るから、行ってはいけないと何度も厳しく言われているけど、ちょっと行って花をとってくるくらい、きっと大丈夫だ。

 そして翌日、少年は家を出たまま、帰らなかった。

●参加者一覧

リズナ・エンフィールド(ga0122
21歳・♀・FT
流 星之丞(ga1928
17歳・♂・GP
愛輝(ga3159
23歳・♂・PN
諫早 清見(ga4915
20歳・♂・BM
神森 静(ga5165
25歳・♀・EL
シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
黒崎 美珠姫(ga6250
19歳・♀・EL
シアン・オルタネイト(ga6288
16歳・♂・FT

●リプレイ本文

 目的地の町に到着した能力者達。
 諫早 清見(ga4915)、シーヴ・フェルセン(ga5638)、愛輝(ga3159)、シアン・オルタネイト(ga6288)は、本部より無線機を借り受け、オルタネイトは更に、救出時に必要となるかも知れないロープも調達してきていた。
「家族の心配を思うと、放っておくことは出来ない。その為に僕の力が役に立つなら‥それに、妹想いの優しさ、力になってあげたいから」
 と、流 星之丞(ga1928)。
「大事なきょうだいを失えば、残された1人は辛い悲しみと苦しみを味わう。2人には、そんな思いをさせたくない」
 何かを思い返すような愛輝の口調には、彼の経験してきた事を知らない者にも、何か胸を詰まらせる響きがあった。
「キメラが居やがると分かっていて行ったっつーコトは、エドワードには相応の理由がありやがると思うです。それが何なのか‥分かりゃ居場所も探し易いんじゃねぇか、です」
 フェルセンが言う。
「頑張ろう! エドワード達家族が笑顔でアイラの誕生日を祝えるように!」
 諫早の言葉に、皆は目を合わせて頷きあい、依頼完遂を改めて誓い合った。

●エドワードの自宅
 流、愛輝、諫早、フェルセン、オルタネイトは、出発前に、エドワードの家族に話を聞く事にした。
 招かれるままに客間で腰を下ろすと、縋るような両親の目が、彼らを見据えて離さない。
 げっそりとやつれたその面から、彼らの心配と愛情の程が窺える。
「エドワードくんは、出かける前に、何か話していませんでしたか? 何か、行き先の手がかりになるような事を?」
 と、流。
「ええ‥アイラにあげるものが決まった、と嬉しそうに言っていました。そのまま帰って来ないものですから、娘に、何が欲しいと言ったのか聞きまして‥山に咲いている花だと言うものですから、これは山に入ったのだ、と思いまして‥‥」
 蒼白な顔で、しかし言葉は気丈に紡ぐ母親。
「その花の名前はわかりますか? それから、以前に見かけた場所などは?」
 と、諫早。
「正式な名前はわかりません。白くて小さな花びらが幾重にもかさなっていて、ふわふわした感じの愛らしい花です。エドワードは、この花びらは、天使様の古くなった羽根が抜け落ちてきてこの花になったんだ、などと作り話をして妹を喜ばせていました。以前に見たのは、昨年家族でピクニックに行った時です。斜面の中程にあって、採る時は、私も手を貸してやりました」
 と、父親。
「ピクニックに行った場所の詳しい位置やルートを教えていただけませんか?」
 オルタネイトが言い、ピクニックに行った場所、花があったと記憶している場所を詳しく聞き取った。
「言う迄もねぇですが、とっとと急ぎやがった方がいいです」
 フェルセンが言う。
 
 その時‥‥。
「まって!」
 戸口からか細い少女の声がした。
「アイラ! 寝てないと駄目でしょう!」
 慌てて腰を浮かせる母親。
「おにいさんたち‥お兄ちゃんを捜すためにきてくれたの?」
 思わず顔を見合わせる能力者達。幼い彼女は、どこまで事情を知っているのか?
「あたしが‥おはながほしいなんて言ったから‥お兄ちゃんは‥」
 聡い少女は、兄の不在と両親の様子から、既に何が起こったかを悟っているようだった。
「アイラ、あなたのせいじゃないのよ」
 涙ぐむ母親。
 愛輝は、しゃがみ込み、泣きじゃくる少女と目線を合わせた。
「必ずエドワードを見つける。信じて待っていてくれ」
「‥‥ほんとうに?」
「勿論だ。だからきみはちゃんとベッドに入って待っているんだよ」
 死んだ妹には、もう何もしてやれない。でも、この少女はこうして生きている。兄を想うアイラと、偶然にも一文字違いの名を持っていた亡き妹を重ね合わせるように、じっと見つめる愛輝の瞳に、アイラは力づけられたようだった。
「お兄ちゃんと一緒に花を持って帰って来るから、待っているんだよ」
 オルタネイトの言葉に、アイラは小さく頷いた。
「エドワードは無事に連れて帰りやがりますんで、信じやがって待つです。信じる心、大事です」
「エドワードくんは、必ず僕達が無事に連れて帰ります」
 フェルセンと流の言葉に、両親は、どうかお願いしますと深く頭を下げた。

 捜索は二班に分けて行う事とした。
 A班は、リズナ・エンフィールド(ga0122)、諫早、フェルセン。
 B班は、流、愛輝、神森 静(ga5165)、オルタネイト。

●捜索・A班
 エンフィールドは、先頭に立ち、周囲への警戒を怠らない。
 一年前までは、子供連れの家族がピクニックに訪れていたような山である。
 道は少し荒れてはいるものの、しっかりと作られており、ゴミの放置を注意する看板なども所々に見かけられ、一見、のどかな雰囲気である。
 だが‥‥少し道から離れた森の奥へ視線を転じたフェルセンは、ここがピクニック気分には相応しくない場所である証拠を見つけた。
 大木を抉った、深い爪痕。キメラのものである。
「大変、この辺りまでキメラは来ていたのね。急がなくては」
 エンフィールドの言葉に、他の二人も表情を引き締め、頷いた。

「綺麗な花は人の手の届き難い所にあるモンです。文字通り高嶺の花っつーヤツです」
「そうだね、そこそこの高さのあるガケや急斜面、辺りを目指そうかな? ガケを滑り落ちたり等の可能性もあるので茂みなども注意しよう」
 フェルセンと諫早の提案で、三人は家族がかつてピクニックに訪れた広場を抜け、岩壁を目指し、東側の森へ入って行った。

●捜索・B班
「いくら、妹のためとはいえ、無理するわね? これは、急いだ方が良さそうね?」
 神森の言葉に頷くメンバー達。
「キメラの姿を見てしまい、どこかに隠れているのかも知れません。子供が隠れられそうな場所を探してみましょう」
 と、流。
「子供、木の影とか隠れていそう」
 神森が言う。
「そうですね。花の咲いていそうな山の斜面、崖下を中心に、8歳くらいの子供が隠れられそうな所をチェックしましょう」
 オルタネイトが言い、彼らは、A班とは逆方面の西の森へ入る事にした。

 残された痕跡に注意しながら進んでいくと、程なく緩やかな斜面に出た。
「この辺りじゃないかしらね? お父様のお話に出てきたのは」
 神森が位置を確認する。方向的に、父親が話していた、昨年花を摘んだ場所と思える。
 愛輝は、土の上に、小さな足跡を発見した。
 しかし、この斜面に花は見当たらず、少年の気配もなかった。
「ここで花が見つけられずに、他へ探しに行ったようですね」
 無線でA班に、この事を報告し、更に辺りの探索を行った。

●捜索・A班
 ピクニックをした広場から東側の、遠くない所に、やや急な勾配の斜面があった。
「あ、あれが例の花じゃないかしら?」
 エンフィールドが指した先、斜面を下った中程の小さな足場に、白い花が咲いているのが見えた。
「ここを降りてみよう」
 三人は斜面を滑り降りた。陽があまり射さず、やや薄暗い森が目前に広がっている。
 少年はたった一人でこの森へ入って行ったのだろうか?
 その時、B班から無線連絡が入った。
 無線で交信していると、近くから、何かの気配が感じられた。

「‥‥だれ?」
 か細い声。
「エドワード?」
 呼びかけると、小さな声は少し涙まじりに、助けて、と言った。

●発見
「あなたが、エドワ−ド君? 怪我してない? 妹と両親心配しているわよ?」
 近くの茂みの中に、少年はいた。
 無線で連絡し、B班もすぐにこちらへ向かう。
 少年は、足を挫いていた。リュックに入れていた菓子と水筒の水を少しずつ摂っていたがそれも底をつき、もう少し発見が遅れていたら危なかった状態だった。
 合流を待つ間に、エンフィールドが手早く、救急セットで手当をする。
「いったいどうしていたの?」
 エンフィールドの問いに、少年は答えた。
「あの花を採ろうとして‥‥もう少しだったんだ。でも、手を伸ばした時、遠くで動物の声がして‥‥ものすごい、ライオンみたいなうなり声がして、ものすごくびっくりして‥‥落っこちちゃったんだ。それで、足を挫いて動けなくなっちゃって、何とかそこの茂みに入って、隠れていたんだよ」
「妹の為っつー優しさや勇気は褒めてやるです。‥が、まだ見通し甘ぇです」
 ミネラルウォーターを少年に手渡しながら、フェルセンが諭すように言う。
「家族、皆心配しやがってます。心配し過ぎて具合悪くなっちゃ意味ねぇです‥‥シーヴも兄様いるから分かるです」
「アイラは?! アイラは大丈夫なの?!」
 フェルセンの言葉に、エドワードの顔に動揺が走る。
「大丈夫、君の無事を信じて待っているよ。一緒に花を採って帰ろう」
 と諫早。
「それにしても、落っこちてかえってラッキーだったかも知れないわね。そのまま広場の方へ戻っていたら、キメラの餌食だったかも‥‥」
 エンフィールドは、エドワードには聞こえないように、そっと呟いた。

 B班も合流し、斜面の花も無事に手に入った。
「これで間違いないかい?」
 オルタネイトの問いかけに、エドワードはこくんと頷く。
「白い花‥昔、校庭の花壇に沢山咲いていたのを思い出すよ」
 流が、何かを懐かしむように言った。

 オルタネイトが少年を背負い、一行は下山する。
「頑張ったね。でもね、君が怪我したら妹さんは花貰っても喜ばないぞ?」
 オルタネイトの言葉に、少年は俯いた。
「‥‥ごめんなさい。それから、ありがとう‥‥」

●帰還
 能力者達の働きにより、少年は無事家族の元へ帰る事が出来た。
 喜びの涙にくれる両親から、ささやかな感謝の晩餐に招かれ、有り難くその気持ちを受け取る事にした。
 宴は同時に、アイラの誕生パーティでもある。
 エドワードは、白い花を妹へ贈った。
 青白い顔にこの日ばかりは少しだけ生気を戻したアイラは、リクライニングチェアに横たわり、嬉しそうに花を受け取った。
「うん、よく似合う。女の子はお日様みたいな笑顔でね!」
 オルタネイトが笑顔で褒める。
(「両親の安堵の表情とアイラちゃんの笑顔が、何よりの報酬かもしれないな」)
 流は微笑みながらそう感じていた。
「無理しちゃ、だめよ? そうそう、その花、本で押して押し花にするといいわよ? いい記念になるわよ?」
 神森の言葉に、アイラは頷く。
「花には敵わねぇですが、シーヴも誕生日祝うです」
 フェルセンが、プレゼントのコサージュをアイラに渡す。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
 嬉しそうなアイラ。
 一同は、アイラの体調を気遣いながらも、温かく楽しい時間を過ごした。

●戦闘
「2人のために、キメラを倒したい」
 翌朝。愛輝の言葉に、首を縦に振らない者はいなかった。
「昨夜の笑顔を守る為にも、もう一仕事‥」
 と、流。
「アイラがまたお兄ちゃんと山へ行けるように‥俺達もがんばるからね」
 と、諫早。
「さて、もう一仕事あるみたいですけど? いきますか? 皆様?」
 と、神森。
 皆の心は一つになっていた。

 エドワード発見より更に森の奥。
 一行は、肉食獣型のキメラに遭遇した。
 エドワードの言葉通り、ライオンのような咆吼をあげる。
「前衛、おまかせします。後方支援いたしますので‥」
 神森は援護射撃に徹する。
 エンフィールドは、最前線に立ちキメラの注意を引きつけ、他のメンバーが立ち回りやすいように囮役となる。
「やらせない!(先手必勝‥カチッ)」
 同じく前線に立つ流。左奥歯を噛む癖はいつも通り。
 諫早は、獣の皮膚使用、流し斬りで早めの戦闘終了を試みる。
「お前ら、ご近所の平和を乱してるんじゃないぞ!」
 オルタネイトは、豪力発現、豪破斬撃を掛けた上で流し斬りを放った。
「倒れやがれです」
 フェルセンも、流し斬りと豪破斬撃を叩き込む。
 全員の、技とチームワークを生かした攻撃により、キメラは反撃の暇もなく地に伏した。

 同様の戦いで、その日は三体のキメラを仕留めた。
「お疲れ様でした。やはり、慣れてない武器だと、やりにくいですわ」
 神森が呟く。
 これでこの地域のキメラを駆逐し終わった訳ではないが、この戦力と時間では、これが精一杯のところと思われた。
 いつかまた、エドワードとアイラが、両親と共にピクニックに訪れる事が出来るよう‥‥心から願いながら、能力者達は町を後にした。