タイトル:壊れた絆マスター:青峰輝楽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/08 01:31

●オープニング本文


 アメリカ合衆国、競合地域の某村。
 数日前に、隣村がキメラに襲われ壊滅した事を知り、警戒は充分にしていたつもりだった。
 しかし‥‥元々閉鎖的な性格の村であり、実際にキメラの脅威を目にした経験のある者が殆どいなかった事が、致命的な災いをもたらした。
 彼らはすぐに村を離れ、助けを求めるべきだったのだ。
 一般人が、猟銃や鍬や鋤、そんなもので武装し警戒したところで、いったい何の役にたっただろうか。
 キメラ襲来から一時間も経たずに、村は血と死の臭いに満たされ始めていた‥‥。

 村はずれの小屋の中に、二人の若者が残っていた。
「生き残った奴らは皆、森へ逃げたか、ネッド?」
 陽に灼けた茶色の髪を持った大柄の若者が、相棒に声をかけた。
「うん、みんな逃げて行った。今のところ、キメラが後を追う様子はないみたいだ。‥村の中の生き残りを探して殺す事で忙しいみたいで‥」
 暗い声で、ネッドと呼ばれた、金髪の華奢な若者は答えた。
「そうか。運次第では、軍に拾ってもらえるだろう」
「サム、ぼくたちは逃げないのかい?」
 それは小さな声での問いかけだったが、サムは怒りを含んだ表情で、ネッドを睨み付けた。
「何を言う。俺たちは逃げないぞ。あんな化け物に村を滅茶苦茶にされて、お前は平気なのか? 女子供、年寄りは逃げればいい。だが、俺たちはまだ戦える。勿論、奴らを追い払う事はできないだろうが、殺される前に、奴らの一匹でも仕留められれば、ちったあ溜飲が下がるってもんじゃないか?」
「うん‥‥」
「なんだ、お前、怖いのか?」
「‥‥」
「俺は死ぬのなんか怖くないぞ。生まれ育った村をやられ、父ちゃん母ちゃん姉ちゃんまで殺された。生きてたって、もうやる事もねえ。だったら、死に花を咲かせてやろうじゃねえか。‥‥お前は逃げてもいいんだぞ? 無理に俺に付き合わせる気はねえ」
「いや、サムが残るなら、僕も残るよ」
 ネッドは、青白い顔をあげ、無理に笑った。
「親のいない僕を、子供の頃からずっと守って一緒にいてくれたサムを捨てて、逃げるなんて考えられない。サムだってそうだよね? 最後まで、一緒だよね?」
「当たり前だ! 俺たちはあの世に行ってもずっと連れだ!」
 にやりとしてサムは言い放った。
 会話は、そこで途切れた。


 どこをどう歩いたのかわからない。
 気づいた時、サムは、軍の施設に保護され、傷の手当てを受けていた。
「‥‥ネッド?」
 親友の姿は、どこにもない。
(「そうだ、俺は‥‥」)
 思い返そうとすると、激烈な頭痛が襲ってくる。
 それでもサムは歯を食いしばり、己の犯した過ちと向かい合わない訳にはいかなかった。
 枕元に、別の村へ買い出しに出かけていて難を逃れた、ネッドの恋人サリーの姿があったからだ。
「サム、ひどい傷‥もう大丈夫だから、ゆっくり身体を治してね」
 サリーはそんな優しい言葉をかけてくる。サムのした事も知らずに。

 小屋の戸を破り、襲ってきたのは、体長約1メートルの、獣のキメラ。
「ネッド、気をつけろ!」
 叫びながら、サムは手にした猟銃を発砲した。しかし、素早いキメラに弾が当たる事はなく、キメラは、銃を抱えたサムに襲いかかった。
「わああああっ!」
 そのまま、サムの喉笛は裂かれる筈だった‥‥しかし、数瞬の後にも、致命的な痛みが襲ってくる事はなかった。サムは、閉じた目を開けた。
 ネッドが、持っていた鍬を、キメラの下半身に突き立てている。その足は震えていたが、サムを救う為に、キメラに立ち向かったのだ。
 だが、命がけのその一撃は、キメラにとって、その体力を奪う程のものにはなり得なかった。
 怒りの咆吼をあげ、キメラはネッドに襲いかかり、鋭い鉤爪でネッドをねじ伏せた。
「サム‥‥!!」
 救いを求めるようなネッドの声。
 だがその瞬間、サムのとった行動は‥‥後も見ずに、逃げ出す事だったのだ。
 死が実際に目の前をかすめて行った時、サムはただただ恐怖にとらわれ、壊れた扉から一目散に飛び出し、森へ向かって走った。
 ネッドの絶叫が聞こえた気がしたが、その後の事はもう、覚えていない。


「サム‥ネッドはどうしたか、知っている? あの‥どこへ逃げたかとか‥」
 ためらいがちなサリーの問いかけに、サムは反射的にこう答えていた。
「ネッドは死んだよ‥俺は助けようとしたんだけど、もう、その時には‥。ごめん、サリー」
 サリーの青い瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「謝らないで、サム‥あなたのせいじゃないわ」
(「‥違うんだ、サリー、本当は、ネッドは俺のせいで‥!」)
「ネッドはいつも言っていたわ。あなたは本当に素晴らしい友達だって‥いつも守ってくれたって‥その怪我も、ネッドを助けようとして負った怪我なんでしょ? ありがとう、サム‥」
(「‥‥ちがう、ちがうんだ‥‥」)


 それから一年。
 サムは、能力者として、キメラを倒す事に明け暮れていた。
 自分に適性があると知ってから、ただ、あの日の罪を少しでも償えたらと、それだけを胸に生きてきた。
 そんなある日。
 いつものように、UPCで依頼を見ていたサムはどきりとした。
 ある村がキメラに襲撃を受けているので、キメラを掃討し、村人を助けて欲しいという依頼。
 その村は、サリーが住んでいる村だったのだ。
 急いで依頼を受けようとした時、同じ依頼を受けようとして、隣に立った男の顔を見て、サムは驚愕の叫びをあげた。
「ネッド‥‥!!」
 男はサムを見て、同じように驚きの表情を浮かべたが、しかし、すぐにその表情を消した。
「生きていたのか、ネッド!」
「‥‥」
 依頼を受け終わり、立ち去ろうとする男に、サムは追いすがった。
「待ってくれ、ネッド、俺は‥‥」
「‥おまえなど、知らない」
 冷え切った声と、全てを拒絶する背中。
 サムは、声もなく廊下に立ちつくした。

●参加者一覧

ハルカ(ga0640
19歳・♀・PN
聖・真琴(ga1622
19歳・♀・GP
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
高村・綺羅(ga2052
18歳・♀・GP
篠崎 公司(ga2413
36歳・♂・JG
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
蒼仙(ga3644
27歳・♂・FT
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA

●リプレイ本文

●出発前
 能力者一行は、顔合わせをした。
 初対面の者もいれば、顔なじみの者もいる。‥そして、複雑な感情を互いに持ち合わせる者たちも。
「如月由梨と申します。宜しく御願いしますね」
 如月・由梨(ga1805)が、品のよい笑顔で挨拶する。既に彼女を知る聖・真琴(ga1622)、宗太郎=シルエイト(ga4261)、漸 王零(ga2930)らは、軽く頷いたり、笑いかけたりし、続いて自己紹介を行った。
「スナイパーの篠崎公司です。宜しくお願いします」
 篠崎 公司(ga2413)は、部屋の端と端に座り、固い表情の二人の白人を除いたメンバーに続いて自己紹介をし、それから年長者らしい落ち着いた口調で、大柄な茶色の髪の男に、
「あなたは?」
 と促した。
 茶色の髪の男は、暫し、話しかけられたのが自分である事にすら気づかない、上の空の状態であったが、隣に座ったハルカ(ga0640)に軽く腕を叩かれて状況を飲み込むと、ようやく強張った笑みを浮かべた。
「サム・ブラウン、グラップラーだ。よろしく頼む」
 一同は、よろしくと軽く会釈をし、そして次に視線は、それでもまだ口を開かない最後の一人に集まった。その視線に、煩そうに眉を顰め、ようやく最後の男は言った。
「ネッド・スミス。スナイパーだ。用は済んだな。失礼する」
「あ、ちょっと?!」
 ネッドは最低限の言葉だけを残すと、それきり、後も見ずに室を出て行ってしまった。
 驚き呆れて顔を見合わせる一同に、サムが呻くような声で話し出した。
「済まない、あいつがあんな態度を取るのは、全部俺のせいなんだ‥‥」

●移動中
「現地の村人への補給物資と輸送手段を用意してもらいたい。集会所へは我々が運ぶ。あと村人の護衛とキメラ駆除の二つにチームを分ける為、無線機の貸し出しもお願いしたい」
 出発前に蒼仙(ga3644)が本部へ出した要請は受理された。
「チームを『キメラ駆除』と『村人救出』の2つに分ける。ネッドは『キメラ駆除』へサムは『村人救出』へ、二人は土地勘がある様なので案内を頼む。俺と、篠崎さん、サムは村人の救援が終わり次第援護に駆けつける。とっとと終わらせよう」
 蒼仙の提案通り、キメラ駆除が漸、ハルカ、如月、高村・綺羅(ga2052)、ネッド。村人救出が蒼仙、篠崎、聖、シルエイト、サム、の役目となった。

 相変わらず、殆ど口を開かないネッド。
 ネッドとサム、二人の因縁を聞いた能力者たちは、道中、それぞれの思いに沈んでいた。
 
 高村は思う。
(「サムのした事は絶大に信頼していたネッドにとっては大いなる裏切りだったのは理解できる。だけど頼りすぎていたネッド自身にも責任はある」)
(「能力者になったなら覚悟は必要。綺羅達の力は自分を守る為にあるんじゃない。戦えない人達の為に敵と戦う力だから‥」)
(「でも感情とは難しい。結局2人の決着は2人でつけるしかない。お互いが理解し合えないならば、それはそれで仕方が無い。でも戦場では、そういった感情は忘れるべき。生き延びたいのであれば‥‥」)

 シルエイトの表情も暗い。
(「こんなもやもやした気分で依頼に出発するのは初めて、かな。二人には仲直りして欲しいけど、相当難しそうだ。‥サムさんが犯した過ちは、許される事じゃない。でも‥」)

●キメラ駆除
 駆除班の五人は、救出班とは別の地点から、村人が救出を待つ建物へ接近を図っていた。
 建物の周辺に、遠方から確認できるキメラ、ハーピーは三体。飛空しながら、石造りの建物を少しずつ破壊しようとしているようだ。
 打ち合わせでは、まずスナイパーのネッドが狙撃し、キメラを引きつける事になっている。
 ハルカが、相変わらず他人を寄せ付けないネッドに向かって、屈託なく笑いかけ、何気ない口調で言った。
「詳しくは解らないけど、個人の感情を仕事に持ち込むのはダメだよ」
 ネッドは、初めて、同行者の顔に目をやった。
「‥おまえに何がわかる」
 感情を含まない声。ハルカは、ネッドの顎の上から襟元の奥に向かう、大きな傷に気づいた。
「ネッドくん、その傷は‥」
 ハルカの問いかけに、戦闘前の空気に気持ちが昂ぶっているのか、ネッドは急に多弁になった。
「あいつから、聞いているんだろう、僕とあいつの因縁を。ならついでに、あいつが知らない事を教えてやろう。大口を叩いていたあいつが僕を見捨てて逃げ出したせいで、僕はキメラの爪で上半身を深く抉られた。驚く程の血が噴き出し、息も出来ない程の痛みに襲われて、死ぬんだと思ったよ。だが、キメラは僕にとどめを刺さなかった。もう一撃の気配がしたその時、村の中央の方から、爆発音がした。恐らくは、貯蔵していたガソリンに引火したんだろう。キメラは音に反応してどこかへ行ってしまった」
「そう、それで助かったんだね」
「ああ、だが、ただそれだけで助かった訳じゃない。何しろ、瀕死の重傷を負っていたんだからな。気が遠くなりかけていた時、不意に強く湧き起こってきたのは、絶対に生き延びて、僕を置き去りにしたあいつに思い知らせてやらなくては、という気持ちだった。その気力で僕はなんとか起きあがり、小屋の裏手から小さな崖を滑り落ちて、川へ出た。川辺には、長年使われていない、半ば壊れた小舟があって、僕はそれに運命を託して下流へ向かい‥救われたんだ。そして‥」
「お喋りはそれくらいにしておかぬか。皆が待っておるぞ」
 漸が口を挟んだ。ネッドは、没入していた暗い過去から引き戻され、はっとした様子で漸を見た。
「済まない」
「ああ。さ、頼むぞ」
 漸の言葉にネッドは軽く頭を下げ、目標への集中力を高めた。瞳が淡く光り、覚醒する。
「苦痛に吠えろ!」
 低い叫びと共に、矢が放たれた。矢は狙いを違わず、一体のキメラの羽に命中した。
「よし、出るぞ!」
 ハルカは飛び出し、銃で別のキメラの羽を狙う。怒りの声をあげて急接近してくるキメラ。充分に引き寄せ、放った弾は羽を貫通した。
 更に、如月も、残った一体の羽を撃ち、三体のキメラはそれぞれもがきながら地面に墜落した。
「我は聖闇倒神流継承者、零――参る!」
 漸が愛剣を構え、急所突きで瞬く間に止めを刺しに行く。
「汝には我の過去の贄となる以外の道はない、不破の楔鎖たる我の闇影の双刃にて清浄なる闇の中で未来永劫に眠るがいい」
 高村も、瞬天速で一気に間を詰め、急所突きでキメラの息の根を止めた。
 戦闘は、誰一人傷を負う事もなく、終了した。

●村人救出
 救出班は、駆除班がキメラを引きつけている間に、村人が救助を待つ建物の裏口に到達した。
「UPC傭兵部隊です。体力の余裕のある者は物資搬送を手伝ってくれ、よく頑張った。仲間がキメラ駆除の為に戦っている。もう少しだけ頑張ってくれ」
 蒼仙の言葉に、憔悴した様子の村人達の顔面に血の気が戻ってきた。
 聖とシルエイトは手際よく、負傷者を救急セット等で手当てしていく。
 蒼仙、篠崎らは、村人たちを励ましながら物資を搬送配布する。
 エマージェンシーキットのアルコールストーブで暖を用意し、持ってきたココアとコーヒーを配布して村人に振舞う。
 サムは、落ち着かなげに、視線を彷徨わせていた。
「‥‥サム?」
 背後からかけられた女性の声に、サムの大きな背は、一瞬びくりと揺れた。
「あなたなの、サム?」
「‥あ、ああ、サリー。久しぶりだな。無事でよかった」
 サリーは、安堵と再会の喜びに、やつれた頬に喜色を浮かべ、サムに近づいた。
「あなたが助けに来てくれるなんて。あなた、能力者になったのね。そう‥きっとネッドも喜んでいるわ‥‥」
「う‥。あ、ああ‥」
 曖昧な返答をしているのに気づいた聖は、軽く肘でサムを突く。
「駄目だよ」
「話は‥後だろう‥」
 苦しげにサムは答えた。

 残っているかも知れないキメラの襲撃に充分に備えながら、老人や子供を優先して、サムの先導で安全な場所へ村人を避難させ始めた。
「自分から真実を告げるのが筋だろう‥‥それが終わったら、ネッドを助けに行こう」
 キメラの気配がない事を確認しながら、蒼仙がサムに声をかけると、サムはようやく頷いた。
「真実‥?」
 不思議そうなサリーに向かい、サムは告白をした。
「済まない、サリー‥全部、嘘だったんだ‥‥」

 サムの話に黙って耳を傾けていたサリーは、聞き終えると、大粒の涙を零した。
「では‥ネッドは生きているのね‥‥ああ、神様!」
「サリー‥許してくれなんて言える立場じゃない‥‥いくらでも俺を罵ってくれて構わない‥」
 深く頭を垂れ、謝罪するサムだったが、サリーは泣きじゃくるばかりで、返事をしない。
「サムさんは恐怖に負けて、親友を見捨てた。それは許されるべき事じゃない。私ですら憤りを覚えます。でも‥」
「あの人は罪を背負い、今と向き合って生きている。だから‥私はサムさんを認める。許してあげてとは言いません。ただせめて、あの人が罪を償うため、必死に生きている事だけは‥認めてあげてください」
 シルエイトが淡々と言う。
「ネッドさんの気持ちは判るし、サムさんの取った行動は許される事ぢゃないよね。」
「でも‥死に直面したら、私だってどぉなるか判ンない‥それ考えると‥さ」
「例の出来事からサムさんは、ずっと自分を責め続けてたンだよ」
「そして、もぉ誰にも‥サリーさんや他の人達と同じ思いをさせない為に、ずっと戦い続けてたの。‥許してあげて‥とは言えないけど、判ってあげられないかな?」
 聖も、考え考え、自分の思いを言葉にする。

「罵る?」
 サリーは涙を拭ってサムの顔を見た。
「どうして罵るの? こんな嬉しい知らせをくれたあなたを?」
「‥‥サリー?」
 サリーはそっと掌をサムの頬に当てた。
「苦しんできたのね‥その顔を見ればわかるわ。‥そう、私も苦しんできたわ。あなたのかつての言葉に。でも、今はもう苦しむ必要はないでしょう? だって、彼は生きているんだもの。今から、いくらでもやり直せるわ‥」
 優しいサリーの言葉に、サムの目が赤くなる。
「ありがとう、サリー‥」

●駆除班へ援護
「すぐには判って貰えないかもしれない。でも‥サムさんの気持ち‥きっと伝わるよ」
「だから‥頑張ろっ☆」
 聖の言葉に背を押され、サムは、篠崎、蒼仙と共に、駆除班の援護に向かう。
 サリーの理解は得られたが、見捨てられた恨みを持つネッドの気持ちを解く事は、そうそう易い事ではない。

 三人が現場に到着した時、駆除班は最後のキメラにとどめを刺しているところだった。
 終わったのか?と蒼仙がかけた声に、ネッドは反応した。
「‥サム‥貴様‥」
 覚醒状態の彼は、最初の一矢だけでは、高ぶった血を鎮める事が出来なかったのか。サムを見る目は、理性を失っていた。新たな矢をつがえ、彼は戸惑いの表情を浮かべたサムに、狙いを絞った。

「任務中にメンバーを攻撃するのはバグア側に寝返ったと見做されますよ」
「貴方も傭兵ならば、任務に私的な感情を持ち込むのは控えなさい」
 状況を素早く掴んだ篠崎が、ネッドを一喝する。その声に、ネッドは我に返ったものの、同時に矢は放たれていた。
「危ない!」
 如月の叫びに、しかしサムは動かなかった。
 動揺と共に放たれた矢は、サムの肩先をかすめて飛んだ。
「なんてこと‥」
「サム、何故避けない?!」
 仲間達の声に、サムは静かに答えた。
「俺は、もう逃げないと決めたから‥‥」
 
「死を超える恐怖は、無いでしょうね‥サムさんの行為は褒められこそしませんが、仕方ない気もします。どちらに非があるわけでもないのでしょうが‥‥」
 二人の因縁を振り返り、如月がぽつりと呟いた。
 高村が、サムに歩み寄る。
「逃げた事を後悔してる? 貴方はそんなに強い存在なの? 過信は大概にして欲しい。誰だって弱い存在なんだから」
「‥‥」
 彼女は次に、ネッドを振り返る。 
「信頼を裏切った? ‥だけど貴方は彼に何をしたの? 信頼ってお互いがお互いを理解し苦労を分かち合う事で出来るものじゃない? ‥勘違いしないで」
「‥‥!」
「サム。汝のとるべき道は3つある。1つ、このまま何もせず一生後悔し続ける。2つ、すべてをさらけ出しただ許しを乞う。3つ、真実を告げ行動で示し認められるか。この3つだ。後は汝の決意しだいだ」
 漸の言葉に、サムは頷いた。
「俺は、サリーにすべてを告げて許しを請うた。彼女は許してくれたよ。許されるべきではないのかも知れないが‥。後は、行動で示すのみ、だな」

 仲間達の視線がネッドに集まったその時。
 奇声と共に、突如、一体のキメラが飛来した。駆除した三体の他に、一体のみ別の場所にいたらしい。
 身構える能力者たちの間で、ネッドのみが、集中力を欠いていた。
 すかさず、キメラは彼を目がけて襲いかかる。
「ネッド、危ない!」
 動いたのは、サムだった。キメラとネッドの間に、迷わず身を投げ出す。
 サムの背から、鮮血が飛び散った。
 ハルカは、シグナルミラーを光らせた。
「一旦離れなさい!」
 目を眩まされたキメラに、仲間を下がらせた篠崎が弾頭矢を撃ち込み、仕留めた。

 駆けつけた救助チームの救急セットにより、サムの傷は手当され、命に別状はない様子だった。
「‥サム!」
 横たわるサムに駆け寄るサリー。その時、サリーとネッドの目が合った。
「‥サリー‥‥」
「ネッド、無事で‥」
 引き寄せられるように抱き合う二人。
「どうして、どうして生きていたのなら、会いに来てくれなかったの?」
「済まない‥。僕はどうしてもサムを許す事が出来なかった。こんな恨みを抱いたまま君に会って、真実を告げてきみの心を乱すより、きみの中できれいな思い出にした方が、きみの為かと‥」
「そんな‥‥」
 ネッドは顔を上げ、仲間達を見回した。
「だが、僕は間違っていたようだ‥苦しんでいたのは僕だけではなかった。サリーも‥そして、サムもまた‥苦しみ抜いてきたんだな。それを、あなた達が気づかせてくれた」
「ネッド‥‥」
 ネッドは、サムの元へ歩み寄った。
「僕はまだ、お前を許す事は出来ない」
 サムの顔に、寂しげな微笑が浮かぶ。
「そうだろうな‥当然‥‥」
「だが、もうお前を恨むのはやめた。後は、許しが欲しければ、もっともっと、行動で示してくれ」
「‥‥ネッド?」
「僕と一緒に、バグアを倒そう、と言っているんだ」
「ネッド!」
 サムは飛び起きようとし、傷の痛みに呻いた。
「まずは怪我を治すんだな」
「ネッド‥よかった」
 サリーが寄り添い、微笑みかける。

 能力者たちは、任務をこなし、二人の男の友情を取り戻し、一人の女性に幸福をもたらした。
「月並みですが、これからもがんばってください。それしか言えないのがもどかしいですけど、ね」
 シルエイトの台詞に皆も頷くのだった。