●リプレイ本文
●出発前
稲葉 徹二(
ga0163)と寿 源次(
ga3427)は、父親と共にラスト・ホープのホテルに滞在しているふたばの元を訪れていた。母親は、離れられない仕事があるという事で、息子の葬儀にちらりと顔を出しただけで、慌ただしく出て行ってしまっている。
訪れたのは、家屋の構造や襲ってきたキメラの特徴を聞き出す為である。
ふたばは、生まれ育った家の事については、ひとつひとつの部屋が広く、片付いていた事、階段横は1階から3階までの吹き抜けになっている事など、悲しげな微笑を浮かべながら懐かしそうに詳細に語ったが、キメラの話になると、恐怖の記憶が甦る為か、顔を強張らせ、暫し口をつぐんだ。
「辛いだろうが、思い出してくれないか。ひとは君の想いが詰まった箱を守る為に協力を頼みたい」
寿が淡々と、だがどこか優しさを含ませた口調で彼女を励ましたが、同席したふたばの父親は、苛々した口調で言った。
「もういいだろう! あんた達はプロだろう? こんな子供を問い詰めてる暇があったら、さっさと頼まれた事をやりたまえ!」
「自分達はふたば君の依頼で来ている。貴方にとやかく言われる筋合いも無い」
寿が無表情に応えると、ふたばは彼を制して言った。
「お父様、時間をとってすみません。能力者さん、私、大丈夫です。キメラの特徴‥‥」
ふたばは、しっかりした口調で応じた。
「大人は餓鬼の尊敬に値する物であって欲しくあります。常に」
稲葉は、父親から目をそらし、小さく呟いた。
●家屋周辺
「自分の貯金まで全部おろしてきて仕事を頼むたぁ、健気だねぇ。ま、例え額が少なかろうが報酬が貰えるんならキッチリ仕事はこなす。それが傭兵ってもんさ」
そう言って、流々河 るる子(
ga2914)は笑った。
「‥‥ひとはが大事にしてた物が何なのかを知りたい。ただそれだけのために我は舞台に上がる。好奇心、というものか」
誰に向かってともなく、陽気な復讐者(
ga1406)は呟いた。
アルヴァイム(
ga5051)とクールマ・A・如月(
ga5055)、寿は、半壊したふたば邸から充分に距離をとり、双眼鏡で周辺を偵察する。
「ええっと‥‥外にはキメラの気配はないようですね‥‥」
「見える限り、回収物のある3階付近には、キメラの姿はないようです。いるとしたら、邸内を徘徊しているのでしょう」
報告に、能力者達は作戦を練る。
「俺が囮としていったん中に入って、キメラの気を引く。敵に見つかって、追いかけてきたら、瞬天速を使って一気に建物の外へ飛び出すから、皆で一気に打ち倒そうぜ」
佐間・優(
ga2974)の提案に、皆は頷く。疾風の闘姫と呼ばれる彼女なら、囮役も案ぜずに任せられるだろう。
●屋外での戦闘
佐間は玄関の扉を開けた。少し歪んだ扉は、無理に開くと周囲の壁に亀裂が走り、大きな音を立てたが、囮なのでこれは丁度よい。
玄関の床は大理石張りで、佐野が歩くたび、かつんと音がする。靴のままあがり、埃にまみれた高級そうなカーペットを踏んで廊下を進み、リビングの扉を開けると‥‥目の前にキメラがいた!
「出たな!」
事前の情報通り、人間ほどもあろう巨大なトンボのキメラ。かさかさと音を立て、複眼が佐間を捉える。かなり気持ちの悪い大きさだが、情報を得ていたので、慌てる事もない。佐間は迷わず、瞬天速で表へ引く。
構えた能力者たちの前に、三体のトンボ型キメラが佐間に続いて現れた!
練成治療ができる寿が声をあげた。
「遠慮なく怪我してくれ。限度はあるがな」
飛行するキメラの情報があったので、能力者達は飛び道具を装備している。
陽気な復讐者は、剣の柄にキスをし、飛来したキメラに、ハンドガンで弾を撃ち込む。
弾は急所に命中し、キメラは地に落ちた。
「あははははは!! 蟲のわりには良く踊るじゃないか!」
稲葉、アルヴァイム、流々河は、残る敵をスコーピオンで撃ち落す。
落ちてもがくキメラに、如月がとどめの一撃を加えた。
●邸内
ほんの少し前まで人が生活していたというのに、崩れ落ちた壁や天井の瓦礫が至る所に散らばり、家は最早廃墟の態を示していた。
それでも、造りや装飾から、この家がいわゆる豪邸であった事は、誰の目にも明らかである。
2階の応接間で、繊細なフォルムを思わせながら砕けた美術品を、残念そうに眺めながら、寿が言った。
「ハム持ってるけど。キメラにハムを投げ、気を引けるかな」
「いや、トンボよ? ハムは食べないんじゃない?」
流々河が当然の突っ込みを入れる。
「無駄口叩いてる暇はねえぜ」
佐間が会話を断ち切るように言った。吹き抜け部から突如、一体のキメラが能力者たちの方へ突っ込んできたのだ。
キメラの体当たりにより、アルヴァイムが負傷する。寿がすぐに治療を施す。
陽気な復讐者と流々河は、3階の遺品が破損する事を恐れ、飛び道具を使わず直接攻撃を試みるが、キメラが素早い為、なかなか攻撃が当たらない。
稲葉は、階段を駆け上がり、階段上からキメラに銃弾を浴びせた。羽に被弾したキメラが、バランスを崩し落ちかけた所に、佐間が一気に距離を詰め、床に叩きつける。
「これで全部片付いたようだ」
3階に上がった能力者たちは、ひとはの部屋の扉を開けた。
この部屋は、たまたまキメラの破壊を免れたようで、崩れる事もなく、きちんと片付いていた。
広いウォークインクロゼットの中に、目標物を発見。
事前に決めておいた運搬役の如月・稲葉・流々河が、慎重に木箱を抱え上げる。
ずっしりと腕に重みがかかり、中で、がらり、と金属と金属がぶつかるような音がする。
「箱の中身は何だろね」
と流々河。
「我も早く知りたい」
復讐者も同意した。
運搬役を残った者が護衛したが、新たなキメラの出現はなく、無事に荷物を依頼人の元へ届ける事ができた。
如月は安堵の笑みを浮かべ、覚醒により破けた服を着替え、気に入りの煙草に火をつけた。
●ふたばへ
錠を壊してもらった後、能力者たちと父親が立ち会う中、ふたばは木箱の蓋を開けた。
中に入っていたのは‥‥多数の武器だった。
錆び付いて使い物にならない物が多いが、きちんと手入れされ、厚い布に包まれているものもある。
驚きの色を隠せない能力者たち。
「これは、いったいどういう事でありますか?」
と稲葉。
「あ、SES搭載のものもあります」
とアルヴァイム。
そんな中、ふたばは突然、感極まった声をあげた。
「ひとは、ひとは‥‥!」
ふたばが見ているのは、木箱の蓋の裏側だ。そこには、彫刻刀で、こう記されていた。
『ふたばを、まもる』
「‥‥ひとはさんは、能力者になりたかったんですね。ふたばさんを守る為に」
如月がぽつりと呟いた。
「しかし、どうやってこれだけのものを集めたんだ?」
寿が当然の疑問を口にする。その疑問に、涙を拭いながらふたばが答えた。
「最近は繋がりにくくなっていましたが、以前からひとはは、インターネットで色々なやりとりをしていたようです。学校にも行かずに一日中部屋に籠もっている事が多かったので、そういう方面から何か収入を得ていたのかも知れません」
「一般人の少年が、よくもまあ、これだけ。ひとは君には、この方面の才能があったんだろうね。いいものは、きちんと手入れしてある」
流々河が感心したように言った。
「ひとはは、適性検査を受けて、適性がないと知り、随分落ち込んでいました‥‥」
ふたばが悲しげに言った。
「この中で、使えそうなものを、どうか皆様、お持ち帰り下さい」
ふたばが唐突に言った。
「しかし、大切な遺品ではないのか」
復讐者の問いに、ふたばは首を振った。
「私が持っていても、何の役にも立ちません。それより、皆様がバグアを倒すことに、少しでも役立てて下さるなら、それが何よりひとはの喜ぶ事の筈。価値のあるものではないかも知れないけど、ひとはの思いの詰まったもの、バグアに奪われる事だけは避けたいと、ひとはが願ったもの。どうか‥‥」
だがその時、それまで口を閉ざしていた父親が、ふたばの言葉を遮った。
「待て、ふたば。まずは、これを鑑定士に見せて、価値を判断してからだ。値打ち物があるかも知れん。それは、安々とくれてやれるものじゃないぞ。この、錆びているようなものは、好きにすればいいが」
「お父様、そんな失礼なこと。価値のあるものこそ、この方たちに役立てて頂きたいです」
思わずふたばはそう言っていた。これまで、父親に逆らうような言葉など一切口にしなかった娘の台詞に、父親の顔が怒りに染まる。
「なんだと! 子供のくせに、親に逆らうのか!」
父親の手が、ふたばの頬を打った。倒れるふたば。更に振り上げた父親の手を、寿が掴む。
「今更親のつもりですか。その面の皮ならば、キメラの攻撃とて防げるでしょう」
「何を‥‥」
寿は、生まれて初めて父親に逆らい、呆然として座り込んでいるふたばに声をかけた。
「ふたば君。君は立てる筈だ。彼の想いと共に」
「身を呈して大切な人を守る。ひとはさんの想いと行いは、決して無駄ではないと信じます」
如月も、重ねて言う。
ふたばは頷き、立ち上がった。
能力者たちの射すくめるような視線を一身に受け、さすがに父親はばつが悪くなったらしく、
「勝手にしろ! そんながらくた!」
と吐き捨て、荒々しく部屋を出て行った。
「ありがとう‥‥皆さん」
ふたばはアルヴァイムの手を借り、立ち上がった。
「本当は、私自身が、能力者になって、ひとはの敵をうちたい。でも、私も、適性がないんです。‥‥悔しい。だから、せめて、皆さんに‥‥」
「なあ。俺もあんたと同じで、双子の兄弟をバグアに殺された」
突然の佐間の告白に、一同は軽い驚きの視線を彼女に集中する。
「あんたの気持ち、ちっとはわかるつもりだ。だが、俺みてえに恨みを持ったまま成長しないで欲しいと思う。寂しいだけだからな」
そんな事は、兄貴も望んでなかった筈だ、と佐間が付け加えると、ふたばは深く頷いた。
「そうですね。恨みではなく‥‥私のような悲しみを抱く人がいなくなるように、その為に、皆様、どうかバグアを倒して下さい。私も、私に出来る事をやってみるつもりです」
ふたばは頭を下げた。
能力者たちは、それぞれの言葉で彼女を励まし、遺品はそのままに、室を後にした。
ふたばの未来が力強いものである事を信じながら。