●リプレイ本文
●つかの間
密林に入って三時間もたっただろうか。日の光はほとんど差し込まない。そんな中を部隊長の道案内の元一行は進んでいた。
「休憩! 休憩!!」
隊長が休憩の指示を出す。さすがに三時間も行軍を、しかも密林の中で続けていれば疲労がたまっているだろう。
「隊長さん、遺品の回収はキメラ退治が終わってから行うことになると思うけど、どんなものを回収すればいいの?」
レディことレディオガール(
ga5200)が話しかける。その無表情とは似合わずに良く喋るようだった。
「そうだな、最低限認識票、つまりタグ。それから出来ればペンダントなりロケットなりと、指輪ってところだな」
「思い出の品ってところかしら?」
「そうだ。こんなジャングルじゃ死体が腐るのも早いだろうから、つらい作業になると思うが、よろしく頼む」
「ええ。でも、今はキメラが先ね」
「だろうな」
UPC南中央軍の隊長も頷く。遺品探しをしている最中にキメラに襲われてはどうにもならない。
「先に交戦した地点からさほど動いていない可能性が高いですし、仮に動いていたとしてもその痕跡で進行方向の予測は立てられますね」
狭霧 雷(
ga6900) が地図を見ながらいう。確かにキメラは縄張りを持つ獣のように一定の場所から動かないことが多い。しかしそれはバグアが戦略的な目的ではなったものではなく、野生化した野良キメラであると言える。
「遺品の回収には同意だが、過ぎ去った過去よりも現在を大事にするべきだとはおもう」
サヴィーネ=シュルツ(
ga7445)がそう言うと、隊長は渋い顔をして頷いた。
「そうだよな。そうは思う。ただ、残された連中を思うとさ。親、子、兄弟、友人。この世界に生を受けた以上、誰とも繋がりのないやつなんてほとんどいない。そういうことさ」
「ふむ。理解した。及ばずながら私も全力を尽くそう」
「シューティングスターねえ。高機動な上、木を使っての上空からの奇襲も想定される最悪な相手だね。まあ、何とかするのが傭兵か‥‥」
ランディ・ランドルフ(
gb2675) が敵のデータをまとめながら改めてその面倒さを思う。
「亡くなられた人のため、というのはわかります! でも、コンディションは整えないとダメですよ‥‥」
一生懸命な話し方で、少々涙目になりながら橘川 海(
gb4179)が兵士達にココアを勧めて回る。
「ふう‥‥甘いな。嬢ちゃん、ありがとうよ」
年配の兵士がそういうと、海の涙腺はさらに緩んだようだった。
「頑張って、くださいね」
「おう」
(「流星‥‥捉える事が出来るのでしょうか‥‥? でも捉えなきゃ‥‥何としても」)
話すことが出来ないクラリア・レスタント(
gb4258)は心の中でそう考える。
「クラリアちゃん、大丈夫? はい、ココア」
海がクラリアにココアを勧めると、クラリアはメモ帳にありがとうございますと書いてからそれを飲み込んだ。
(「‥‥流星の様な速さ、か‥‥速さは強さ、なんていうけど、速さだけじゃ勝負は決まらないと言うことを教えないとな‥‥」)
エル・デイビッド(
gb4145)が、そんなことを考えながら、何とはなしに立っていた。そんなエルの元へ
「依頼、と言う物も初めてですわね。どんな事になるのかドキドキわくわくしますわ♪」
などといいながらジェニー・ライザス(
gb4272)がやってくる。
「そうだね。初めての経験って良いよね‥‥」
かつて監禁に近い生活を送っていた過去があるエルにとって多くのことが初めてのことで珍しいものだらけだ。初めての依頼というものはすでに経験したが、世の中にはまだまだ初めてのものが満ちている。
(「幸運、あるといいな‥‥」)
白岩 椛(
gb3059)が周囲を警戒しながらも緊張の度合いを落として休憩する。相手が奇襲を得意とするキメラとのことを考えてだろう。
「完全に相手の土俵ですが‥‥残らず狩ります。暗くなれば敵が有利。それまでには片付けたいですね」
柊 沙雪(
gb4452)がそう呟く。とはいえ、昼間にも関わらず密林の中には日が入ってこない。これで完全に太陽が消えてしまったらどうなるのか。想像したくはなかった。
「大丈夫。レディ、ランタン持ってきているから。むしろ、それが襲撃の標的にされかねないけど‥‥」
レディがそう言うとジェニーが、「大丈夫ですわ。ベストを尽くせば勝てますわきっと」
と言う。
それを見て(「若干楽観的な気がしないでもないが、悲観的でいられるよりはましだろう」)と雷は考えた。
クラリアは一人折り鶴を作っている。どこで習ったのかは知らないが非常に器用で綺麗だった。
海は一生懸命空気と士気を盛り上げようと頑張りながら、ココアを渡したり言葉をかけたりしていた。
エルは軍人に軍の話を聞きながら、はじめてのことに興奮していた。
椛は海から貰ったココアを飲みつつ、周囲の軍人と話をしていた。
ランディはAU−KVにまたがりながら休憩し、ココアを飲む、疲労した体に甘さが丁度良かった。
サヴィーネは周囲を警戒しながらも時々ココアを口に運び、一息つく。
(「戦場でこのようなものが飲めるとはな‥‥」)
想いもしなかった。だが人類最後の希望ラスト・ホープから派遣されているからこそこのようなことが可能なのだろう。あそこには、物資も金も、何もかもが集まる。だが‥‥ザヴィーネがそこまで思いを馳せたとき、隊長の休憩終了の合図が届いた。
●邂逅
一行は能力者と一般兵の混成の逆V字隊形を二班作り、片方が前進、片方が援護という流を繰り返して森の奥へと進んでいった。
「サーチアンドムーブ、少し歩いたら動かずに音を聞く。密林での戦闘の基本だよ。動けば葉っぱとかが揺れたりするし、音が出る。ここは向こうのホームグラウンド。慎重にいこう」
ランディが左手にS−01を、右手にサーべルを構えつつ皆に注意する。警戒に使える能力を持った能力者達はその力を使い、一般兵もナイトビジョン(暗視ゴーグル)で周囲を警戒している。最初に発見したのは同じく暗視機能を備えたゴーグルを装備していたレディだった。皆に停止の合図を出す。
「前方の草の茂みに潜んでいるのが4匹いる」
「無線機を通じてレディの小声が聞こえてくる」
『了解』
それを受けて各々が確認する。
「‥‥周りに注意して、報告どおりなら、まだいるはずだから」
エルが警告する。
『右上方に3匹いる』
兵士からの報告が入る。
だがキメラが襲ってくる様子はない。警戒しているのだろうか?
「対キメラ戦闘隊形! 大きな一撃はいらん。当てることを考えろ‥‥さあ、『狩りの時間(ヤクト・ツァイト)』だ」
サヴィーネのその言葉が合図となったのか、キメラ達が動き出した。跳躍して正面から襲いかかってくるキメラと右上の樹上から飛び降りてくるキメラが一匹ずつ。
だがナイトビジョンを装備している一般兵にとってはその動きがはっきりとしていた。能力者もいるし前回のようにはいかない。
「狙点集中。弾幕を張れ!」
ロケットランチャーや対戦車ライフルといったキメラのフォース・フィールドを破れる武器の一斉射撃が、不用意に飛び出してきたキメラを襲う。前方から躍り出たキメラは着地してすぐに跳躍するという荒技でそれを躱したが、飛降りてきたキメラはそうも行かなかった。ほぼ全弾を受け地に落ちる。
「ちょっと、うかつですよね」
歩兵の一斉射撃を躱した先は、覚醒して真紅の瞳となった沙雪の愛機、小銃「フリージア」の射程範囲内で、そのキメラは完全に無防備な状態だった。
二回弾丸を撃ち込むとそのキメラ、シューティングスターは動かなくなった。
「A班戦闘陣形。B班は援護陣形を!」
サヴィーネの指示が飛ぶ。沙雪の所属するA班が戦闘状態になった以上B班は当初の予定通り援護陣形になる以外になかった。
「ちょっとお預けですか。まあ、それも作戦のうちだから仕方がないかな」
雷がそうぼやくと、覚醒するのをまった。
近接武器しかなく敵が接近してこない以上仕方がないのだが、陣形を崩すわけにも行かない。と、今度はいつの間に移動したのか。ジェニーの右側からキメラが襲ってくる。
「右上方15度です」
ナイトビジョンで敵の動きを把握していた一般兵から指示が飛ぶ。それを受けてジェニーは敵を目視する間もなく身を躱す。その方が早いと判断したのだ。
「ジェニー、そのまま伏せていてください」
覚醒して竜のような姿になった雷の声が飛ぶ。
雷は密かにSESを仕込んでおいた靴、バトルレギンスでそのキメラに蹴りを入れる。その蹴りは見事にキメラに命中し、その身を砕いた。
「雷君、陣形を維持して」
しかしそこにB班班長のエルの指示が入り、慌てて自分のポジションへと戻る。
「ワタシ、モ」
クラリアが時分も打って出たいと言おうとするが途中でその言葉を収めた。起き上がったジェニーが先ほどのキメラに対して攻撃を仕掛けようとしていたからである。
「私の領域に、足を踏み入れたのが間違いですわね」
黒い羽のようなオーラを纏ったジェニーが、時計のようなエンブレムが刻印された剣、クロックギアソードを振るうと、それは地に伏していたキメラの。命を一瞬で奪った。
「来る! 駄目だ! はやすぎる! うわああああああ!」
兵士のナイトビジョンに、木々の間をくぐり抜けて迫り来る流星が見えた。それはちょうどランディの隣に位置する最後列の兵士だった。
「くっ! ランディ! 庇え!!」
ザヴィーネの声が飛ぶ。ランディは慌てて練力を流して防御力を上げ、キメラと兵士の間に割って入る。
強化されたAU−KVの防御力は流星の牙をもってしても食い破られることはなかった。
「ドラグーン自慢のAU−KVは頑丈なのが取り柄なんでね。それぐらいどうともない!」
ランディはそう叫ぶと、噛み付いたままのキメラ目がけて、練力を流し込んで攻撃力を強化したサーベルを振るう。
その一撃は、見事流星を狩り取った。
「戦術と武装さえ選べば、どんなキメラも怖くないんだ。負けられないんだよ!」
そして伝説の狂戦士を彷彿とさせる姿で、竜は咆哮を上げた。
今度はクラリアの隣、B班の最後尾中央に位置する一般兵に流星が迫ってきていた。
このキメラはこちらの陣形の意図など気にすることなく、本能のままに思うままに攻めてきているようだった。だが、陣形を組んで庇い合えるようにしていたのは良かった。乱戦になっていれば一方的に蹂躙されていたはずだ。
「いクよ、シルフィード!」
覚醒状態になってようやく発声できるようになったクラリアは、愛剣シルフィードにそう声をかけると、盾を構えてキメラと一般兵の間に割って入る。
クラリアが盾でキメラの攻撃を受けるが、キメラの牙は盾を食い破りクラリアに手傷を負わせる。しかしキメラはクラリアを深追いせず樹上へとジャンプをする。そして木々を渡って走り去っていく。
「キメラ、A班後方へ移動!」
ナイトビジョンを装備した一般兵が流星の軌跡を追いかける。だがその動きはあまりにも素早すぎた。
「海、後ろ!」
レディが、おなじくナイトビジョンで追いかけていたキメラが、海の後ろに来たことを告げる。
「ミカエル!」
AU−KVに呼びかける。相棒のような感覚を持っているのだろうか?
「来る‥‥」
レディの淡々とした声も、あるのと無いのとでは大違いだ。海はその声を切っ掛けに体を大きくひねると、キメラに対して目を向けないままその攻撃を回避することに成功する。
「なによ。来るの? 来るなら来なさいよ!!」
海がシューティングスターを睨む。キメラは唸り声を上げるが攻撃を仕掛けてこようとはしない。睨み合いが続く。
それからしばらく、まわりの傭兵も兵士も、ほかのキメラも動くことはなかった。だが、キメラはいきなり吠えるとまたもや樹上に飛び、今度は逃走を開始した。
「キメラ、逃走を開始しました。ほかのキメラも同様です。キメラ達は二時の方角に逃走。繰り返す。キメラ達は二時の方角に逃走」
兵士がキメラの逃走を追跡する。
「こちら椛です。兵士さんの回線を借りています。ドラグーンの方はバイク形態に戻して後ろに誰かを乗せて追跡をお願いします」
『了解』
椛は一般兵の通信機とナイトビジョンを借りると、それを使ってキメラの追跡をはじめる。
「椛ちゃん、乗って」
竜の翼を使いながら海がキメラを追跡する。椛の側まで来るとアーマー形態からバイク形態に戻し、後ろに椛を乗せて追跡を再開する。
それと同様にランディがザヴィーネを載せて、エルがレディを乗せ、沙雪が瞬天速を雷が瞬速縮を使いながらキメラを追いかける。ジェニー、クラリアが全力移動でその後ろを追いかける。
最初は木の上を直線的に移動するキメラに少し引き離されたが、しばらくするとドラグーン達は戦場に慣れてきたらしく、レディと椛、そしてちゃっかりと兵士からナイトビジョンを借りてきていたザヴィーネのナビゲートを受けてに的確に追い込んで行く。そして追い越すと急に開けた場所に出たため、バイクから降りて半包囲陣を布く。そしてキメラはその罠に引っかかった。
「開けた場所に出れば、こちらのものだね」
海の言葉に慌てて引き返そうとするキメラ達。だがそこにほかの能力者が後ろからやってくる気配がする。
普通ならば前門の虎、後門の狼と言うところだが彼らは竜騎兵。ならば前門は虎ではなく竜だろうか?
そして残ったキメラは地上に降りて三匹がかばい合うように円陣を組む。
まず椛が今まで出番がなかった鬱憤を晴らすかのごとくキメラに駆け寄り、月詠を二閃させる。それでキメラはあっけなく果てた。
次にレディが黒いオーラを吹き出しながらキューピッドアローをおなじく二射。
最後にザヴィーネが静かに構えたアンチシペイターライフルをおなじく二発撃つとあれ程苦戦したはずのキメラはあっさりと全滅してしまった。そして後からやってきた能力者達と合流する。
●迷子
「よかった。何とか倒せたみたいですね」
雷がそう言うと、一同はようやく緊張を解いた。
「ふう‥‥それにしても最後は陣形など何もないようなものだったな」
ザヴィーネがそう言うが、この密林では敵の逃走速度はあまりにも速すぎたのだ、仕方があるまい。
「ああ、わたくしの服が泥だらけですわ。どうしましょう‥‥」
対してジェニーは緊張などどこ吹く風と追跡行の際に汚れた服の心配をしていた。
「そう言えばクラリアさん、傷は大丈夫ですか?」
ランディが怪我をしたクラリアのことを思い出して尋ねるが、すでに海の手当を受けた後であった。
「そういえばと言うことで思い出したんですが、そう言えば、ここ、どこでしょう?」
椛の言葉に、一同は抜けきっていた緊張感が元にもどった。
「レディは分らない。追いかけるので精一杯だったから」
しれっとした顔でレディは言うが、実は服の下で冷や汗を滝のように流していた。
(「どこだ‥‥ここはどこだろう。本当に追跡で精一杯で道順など覚えていない‥‥」)
と、心の中ではこんなことを考えていた。
「そうだ、方位磁石を‥‥」
レディは持ってきていた方位磁石を取り出すがそれだけでは意味がない。
「それから、UPCの兵士に分るように照明銃を‥‥」
そう言って照明弾を打ち上げる。約二〇〇メートルの上空まで飛んだわけだが、UPCの兵士達は認識できただろうか?
「それから、ランタンを‥‥」
暗がりも広がってきたことだし明かりは必要だろう。だが、肝心のオイルと火をつけるものが無かった。
「あー、レディ、落ち着きなよ。クールなつもりだろうけど、動揺しているのは目に見えて分るよ‥‥」
そう言うと雷はズブロフ(アルコール濃度99%の酒)とジッポライターを取り出す。
「とりあえずこいつを燃料にして照明代わりにしておきましょう。流石に密林だから冷える心配はないのが救いかな?」
と言ってランタンにズブロフを注ぎ、ジッポで火をつける。
「すまんな‥‥」
「どうするのだ、このような場合は? 迷った場合は動かないのが鉄則だが、今回はAU−KVの車輪の跡があるはずだ。それをたどれば帰れなくもないとは思うが‥‥」
レディがそう言うとトランシーバーを取り出して通じるか試してみる。しかしUPCの兵士とは通じなかった。
「うーん。帰るにしてもこう暗いとねえ」
と言うランディの言葉に、椛が「大丈夫です。軍人さんからから借りてきたナイトビジョンと軍専用の通信機がありますから。夜間行軍もできるし、ある程度近づけば交信もできるはずです」と返す。
「ナイスだねぇ椛君。それは思いつかなかったよ。ナイトビジョンと軍用通信機か‥‥今度依頼を受けるときからは手荷物に入れておこうかな‥‥」
エルがそう言って微笑む。だがその微笑みはポーズであり実際の感情は希薄である。それでも椛の機転には十分驚いたようだ。
「うーん。さすがにバイクに二人乗り以上は無理だから、往復する方が良いかな?」
海がそう言うと、クラリアが海の袖をくいっと引っ張り、『誰かがトランシーバーで中継点になって順番に行軍するのが妥当』と器用にペンを走らせた。
「なるほどね。うーん。そうするとまた役割を決めないとねえ‥‥」
唸る海にジェニーが助け船を出す。
「ドラグーンの方がまずその通信装置の限界をバイクを使って確かめたらいいと思いますわ。その後でトランシーバーの距離ぎりぎりに二人のドラグーンが展開。もう一人のドラグーンが情報を中継する形で全員を引率するのがいいとおもいますわ」
「そうですね。その方法が良いと思います。とりあえずバイクの車輪の跡をなぞる形で行いましょう」
沙雪がそう提案すると、異論のある者はいなかったのだろう。と言うことでまずエルとランディがヘッドセットを装備し、軍用無線の有効距離を確かめるべくエルがバイクの後に沿って来た道を戻りはじめた。
「オーケー。感度良好。とりあえずトランシーバーも通じるね。これだったらさっきの案をトランシーバーに取替えて、視認できる距離で移動を繰返した方が良いかもしれないね」
「それもそうだね。視認できない距離で移動してはぐれちゃったら意味ないし。と言うことですけど、どうします、ザヴィーネさん?」
ランディがヘッドセットを調節しながらザヴィーネに尋ねる。
「なぜそこでこちらに話を振る」
「ん〜。実質的に隊長だからじゃないですかね? 今回の依頼の作戦立案の中心も、レディさん、ザヴィーネさん、海さんでしたし。それに、実戦経験豊富そうだし。あ、そう言えば思いましたけど、軍用ヘッドセットの通信距離って大体3kmくらいはあったはずなので誰か一人はヘッドセットつけて軍の人たちとの交信を試みた方が良いかもしれないですね」
「そう言えばとそう言えば、わたしも一つ思い出した。こっちに来る前にラスト・ホープのお姉さんから地図貰わなかったっけ?」
『そ れ だ!!!』
海の言葉に、クラリアですら筆談で参加する。
「えっと、ちず、チズ、地図‥‥っと。あった」
必死に持ち物をあさり地図を見つけ出す海。その地図には、最初に交戦したポイント=遺品が残っている場所=UPCの軍人がいる場所と、いまいる広場であろう、開けた空間が乗っていた。そしてそれにレディが持ってきた方位磁石を重ねる。
「完璧だな。方角的にも来た方向的にもまちがっていない。とりあえず全員でたどれる限りバイクの溝を頼りに戻ろう。この方向でどうだろうか?」
「それが良いと思います。とりあえず海さんグッドアイデア賞です」
椛が海にそう言うと、海は目に涙をためて「帰れそうで良かったよぅ」と言った。どうやら涙腺は緩いようだ。
それから、バイクの溝と地図とコンパスを頼りに一行は何とか軍の人たちと交信できる場所まで来た。
『こちらUPC南中央軍だ。傭兵の諸君、聞こえていたら返事をしてくれたまえ』
エルの装備するヘッドセットに通信が突然入ってきた。
『感度良好。こちらラスト・ホープの傭兵達です。ただいまの通信がそちらとの第一報です』
ヘッドセットの向こうから隊長らしき人物の声とこちらとの交信がとれて歓声を上げているUPC南中央軍の兵士達の声が聞こえた。
『心配させやがって。無事かね、傭兵諸君』
『全員無事です。キメラもすべて倒しました。あちらで三体、そちらで四体倒しましたので、計七体。報告書にあったキメラはすべて倒しました』
沙雪が椛からヘッドセットを借り兵士達と交信する。
『任務ご苦労。こちらからも迎えを二人出す。彼らと合流して戻ってきてくれたまえ」
『了解』
エルが答える。
『ハロー、ハロー、聞こえるかい、とってもナイスな傭兵の諸君。こちらコードネームチャーリー』
『コードネームブラボーさ。諸君等が元気で俺らほっとしているぜ』
『俺らサバイバル教官の資格あるんでね、そっちの大体の現在位置をおしえてくれ。そうさな、しばらく前に照明弾上げてただろ。あれもう一度打ち上げてくれ。あとはこっちが迎えに行くよ』
『了解。レディ君、照明弾を打ち上げてくれ』
エルに言われ、レディが照明弾を点に向けて撃つ。
『オーケーオーケー。そちらの位置を確認した。あとは動かないで待っていてくれ』
『了解』
●遺品探し
それからしばらくして無事に合流できた能力者と兵士達は互いの無事を喜んだあと、誰からともなく発せられた「遺品を探さなきゃ」ということばで現実に立ち返り、二列縦隊になって遺品探しをはじめた。
「確認するけど隊長さん、最低限タグがあればいいのよね」
レディが隊長に尋ねる。
「ああ。この密林じゃ死体なんて腐るか食われるかのどっちかなんでな。タグだけでもあればめっけもんだよ、俺らに取っちゃな」
「今まで遺体を見つけた場所は覚えているから、最大限回収するわ」
「頼む、嬢ちゃん」
隊長は、頼み込むように頭を下げた。
「何個か発見したけど、やっぱり遺体の腐敗が激しいな。おっと、こっちは指から指輪が抜けているよ。駄目だ‥‥死体なんていつまでたっても慣れない‥‥今日一日だけでお腹いっぱい見たはずなんだけどなぁ‥‥」
雷がそう呟くと、サヴィーネが声をかけた。
「死とはそういうものだ。私だって君だっていつこうなってもおかしくない。だから私は遺品の回収には同意だし兵士や家族の気持ちも理解できるが、無理しない範囲で行こう。今回の遺品探しがトラウマになってしまっても困る」
『他のキメラがいないかと見張りに立ったのは良いけど、キメラどころか生きものの姿がないね。警戒しているのかな?』
ランディが軍人から改めて借りたナイトビジョンで見張に立っていた。そんなランディからの通信はのんきなものだった。
「うえっ‥‥うぷ‥‥ごめん‥‥なさい。もう無理です」
椛は精神的な負荷に耐え切れず胃液を逆流させる。
「無理はしない方が良い。少し休んでいると良い」
ザヴィーネの言葉に、椛は前かがみになって腹と口を押えながらその場を離れていく。
「生きるのが本当に希望か、死は本当に絶望か‥‥結局それを決めるのも、人間の心、なんだろうね‥‥」
エルは聞き取りづらい声で一人そう言う。まだ死生観と言うものすら定まっていないのかもしれない。だが、だからとて彼を責められようか。長年監禁市に近い生活を送ってきた彼のことを知れば‥‥
「悲しいのは‥‥私じゃないもん‥‥うっく‥‥ひっく‥‥駄目だなぁ‥‥泣かないって決めていたのに」
海は精神的には限界を迎えながらも、必死で遺品回収を続けていた。そんな海に声をかけてくる人物がいた。
「Goodbye yesterday. Hello, halo tomorrow. やあ、お嬢さん、大丈夫かい?」
「あなたは確か‥‥」
「そう、コードネームチャーリー。お嬢ちゃん、こいつらのために泣いてくれるのは嬉しいぜ。でも、限界なら休んだ方が良い。お嬢ちゃんは俺たちみたいな生粋の戦争屋とは違うんだ。世が世なら、まだ平和に学生生活を送っていた。違うかい?」
チャーリーはそういうと微笑んだ。
「ううん。でも、私が選んだ道だから‥‥それに、この人達にも帰りを待つ人がいるんです。タグだけでもって隊長さんは言いましたけど、できることなら多く集めてあげたいなって‥‥ひっく‥‥」
「ありがとう、レディ。あなたに千の祝福と万の感謝を」
「うん」
チャーリーは奇妙な十字を切って祈りを捧げる。
「それは?」
「レディ、こいつはオレなりの宗教観に基づいた追悼の仕方さ。後は企業秘密。ともかく、少し休んだ方が良い。そいつはオレが預かろう」
チャーリーはそう言って海から兵士達の遺品を受け取ると、最後に「ラーメン」と言った。海は奇妙な顔をしながらも休むために少し風当たりの良いところへと行った。
『この人達のお墓を作って弔えないですか?』
クラリアはペンを素早く走らせて隊長に見せる。
「ここだけの話俺はアニミストでね、墓というものはあまり意味がないと思っている。大地に、風に、水に、海に、魂はすべてのところをあまねく巡って帰ってくる。だから墓なんて要らないと思っている。と言うよりもむしろこの場合は時間と手間がかかるから無理なんだけどな。お嬢さんの気持ちは受け取っておくよ」
そういう隊長にクラリアは折り鶴を手渡した。
「こいつは‥‥」
『日本という国の風習です。あの国もアニミズムな国でした』
隊長は驚きつつもそれを受け取ると、遺体の上に置いた。
(「魂は星に還り、星はまた貴方を生むでしょう。願わくば、来世が貴方にとって優しい世界でありますように」)
クラリアは心の中で祈る。そしてメモ帳には『帰りましょう。帰るべき場所へ』と書く。
「そうだな。帰らせてやろう。奴等が臆病だったなんて俺は誰にも言わせない。それだけは確かだ。覚えておいてくれ、お嬢さん」
『はい』
クラリアはそう書いて微笑んだ。
「服が汚れますけど、これもこの星のために死んでいった尊い命への弔いですわね。これでも騎士の家柄。名誉の戦士には花束を‥‥」
と言いつつジェニーは作業するが、服装とサイズの関係から挙動不審になる兵士は‥‥さすがにいなかった。これが戦闘前ともなれば違ったのだろうが。彼女の場合は精神的限界を感じる以前に天然な性格もあってまだ生死というものをうまくつかんでいないようであった。敵にしても味方にしても言葉では理解できるが実感としては理解しがたい。そんな感じだろうか?
そして、まるで喪服のような黒い服を着た沙雪は黙々と遺品を集めていた。精神的にはすでに限界だが、それでも彼女はやめようとしなかったし言葉を漏らすこともなかった。ただ黙々と、死者の冥福を祈りながら遺品を集め続けていた‥‥
●after
それから、一行はUPC南中央軍の基地に戻ってシャワーを浴びて汚れと疲れを洗い流し、ひと晩ゆっくりと休んでから遺族の元へ遺品を渡しに行った。そして、遺族会の代表から幾ばくかの謝礼を受け取ったことを最期に記しておこう。