●リプレイ本文
●出会い
空挺降下し、無事に集合できた者達は地上のキメラを駆逐しつつ街の奥へ奥へと向かっていた。
今でも空爆は続き、また、降下してくる兵士や能力者が大勢いる。それぞれがそれぞれに各地の戦場で戦いを続けていた頃、UPC北中央軍の機甲師団が突入してきた。そしてキメラの勢力は降下した者達の侵入を防ぐものと、機甲師団に対抗するものの二つに分かれた。
そして空爆でキメラの製造施設が破壊され――目標は達成された。しかしその前に解き放たれたキメラ達が数多く残っていた。キメラの製造施設がある場所だから当然と言えば当然なのだが、これはUPC軍の作戦の読み間違いだったかもしれない。ただでさえ数が多いキメラに苦戦する最中に、どんどん新しいキメラが現れるのだから。
だが、撤退の指示を早く出されたのは幸いであった。キメラ製造施設の破壊に成功した以上、一定の目標は達成されている。この街の地形や敵の戦力も把握できた。この街の攻略は一時諦め、施設を破壊したことで満足して撤退しようという参謀達の意見が通ったからであった。そして次々と撤退する能力者やUCP軍。そんな中の一つのグループが、彼らである。
「あたしの番天印より射程長いですよ〜」
闇の弾を吐き出す獣型のキメラと戦闘中のこのグループは、敵の長射程の攻撃に苦しみながら戦っていた。平坂 桃香(
ga1831)もその一人である。彼女の銃はかなりの射程距離があるはずだが、キメラ達はそれでは対応しきれないほどの遠距離から攻撃を仕掛けてくるのだ。
「これは、犠牲を出してでも前に進む必要がありますね。他のキメラまでやってきている。早く撤退しないと」
ジョーこと流 星之丞(
ga1928)が闇の弾を躱しつつキメラ――ソーサリービーストに接近する。そして円陣を組んでいる能力者達は、彼の移動にあわせて移動する。
「無理せず、落ち着いて。仲間を頼ってください!」
レールズ(
ga5293)が連携が乱れそうになる仲間に声をかけつつ陣形を維持する。負傷している者もいるのでなおさら神経質にならねばならない。
「くっ! すまないな。私が傷を負っているばかりに。とはいえ、私の弓なら奴等の攻撃より射程距離はある。無理はできんが何とかやってみるつもりだ」
満身創痍の神無 戒路(
ga6003)が力を振り絞り矢を放つと、それはキメラに命中して深い傷を与える。だが、彼の行動もそこで終わりだ。傷による痛みで思うように動けない。矢を弓にあてがうのにも時間がかかるし、移動するのにも時間がかかる。攻撃できるチャンスは少ないようだ。
「‥‥‥‥!」
番 朝(
ga7743)が一気にキメラに接近し、祖母の形見の大剣を戒路の矢が当ったキメラに振るう。その攻撃は見事に命中しキメラの首をはね飛ばす。
その間に戦闘中のUPC兵士と合流する。彼らは撤退しながらもロケットランチャーや対戦車砲で必死にキメラを攻撃していた。しかし能力者達に比べるとさらに苦戦しているようだった。
そんな中、新たな助っ人が現れた。それはブルネットの髪と青い瞳を持つ20代前半の女性で、「助太刀する!」 と叫びながらソードを真っ直ぐに持って持ってキメラに突撃を仕掛けた。それはキメラの頭に刺さると、脳まで到達して一瞬にしてキメラの命を絶つ。
「あれは‥たしか‥‥フェシングの‥‥‥」
結城加依理(
ga9556)はあえてキメラの射程に入りながらも銃で前線の仲間の援護をしていたのだが、彼女を見て驚く。どうやらその女性に見覚えがあるようだ。加依理は彼女の所に駆け寄ると、「あなた、アイナ・モーランドさんじゃないですか? フェンシングの」と尋ねる。
「そうだが、お喋りしている暇があるのか?」
彼女――アイナは肯定すると、間合いに入ってきたソーサリービーストの攻撃を剣で受け流し、そのまま喉元を突き刺そうとしてバランスを崩す。
「やはり他の剣だと勝手が違うか‥‥」
「あなたの名前、聞いたことがあるわ。確かフェンシングの北米チャンピオンよね」
アセット・アナスタシア(
gb0694)が記憶を元に彼女に尋ねる。
「そうだ」
「なぜこんな所にいるか、今は聞かない。そして、同じ剣を扱う者としてその勇猛果敢さは尊敬に値するけど‥‥無茶はしないで、必ず生き残って帰ろう」
「そのつもりだ。三歳の娘が私の帰りを待っているはずだ。アンジェリカという」
「そう‥‥はっ!」
アセットはエミタを活性化させ、武器にさらなる力を付与する。そして素早く回り込んで無防備な側面を狙う。その斬撃を受けたキメラの魂はこの世から一瞬にして解き放たれた。
「アイナさん、これを、このレイピアを使ってください」
フェンシングを嗜んでいたサンディ(
gb4343)が、予備のレイピアをアイナに渡す。
「ありがとう。これならば扱いやすい。君――」
「サンディです。こ、こんな所でお会いできるなんて、光栄です! でも確か、あなたは行方不明に‥‥」
「そうか‥‥私はバグアに誘拐され、強化手術を受けた。幸い洗脳が失敗したらしいので、こうして脱出してきたわけだが‥‥サンディ、このレイピア、借り受けるよ」
アイナはレイピアを自分の手の延長のように器用に扱い、キメラの攻撃を躱し、いなし、隙ができたところで急所に突きを入れる。それでも、キメラ相手の戦闘は人間相手のフェンシングの試合とは勝手が違うらしく、うまく戦えているとは言えない。
「くっ‥‥バグア‥‥卑劣なやつらめ!!」
サンディもアイナの動きに触発されたようにレイピアを扱い、敵がひるんだ一瞬に喉元に強烈な突きを入れる。
そうして戦っているうちに、機甲師団が撤退を始めた。能力者達もそれにあわせて撤退を計る。負傷している者は兵員輸送車両やUPCの能力者が運用するリッジウェイに乗せて、その周囲を能力者達が護衛する。こうして何とか帰還することができた能力者達であった。
●拘束
「アイナ・モーランドさん、ですね?」
基地に帰還後、レールズがアイナに声をかける。彼自身はアイナのことを知らないが、戦闘中の会話でにいくつか気になるものがあったのだ。
「そうだが‥‥」
「あなたはサンディさんにバグアに攫われ強化手術を受けたと言っていましたね?」
「ああ。幸いにも洗脳が失敗し、丁度良くUPCの攻撃が始まった。それで脱出することができたのだ」
アイナは淡々と、説明するように言った。
「そうですか‥‥貴女も」
そう言ったのはジョーである。彼は自らの意に反してエミタを埋め込まれたという過去がある。彼女の境遇に、自分のそれを重ね合わせたのだろう。
「それは酷いですね。だが、今の会話には看過できない物があった。モーランド女史、悪いが我々と一緒に来て貰いたい」
会話に割り込んできたのは初老のUPCの兵だった。アセットがふと階級章を見ると、それは将校のもので、アセットは思わずその人物に尋ねた。
「あの、あなたは?」
「失礼。私はメルビン少佐。今回の作戦で参謀を務めた者の一人だ。モーランド女史、あなたは強化手術を受けたと仰いましたね? 悪いとは思うが、拘束させて貰います」
「なんでそんなことを! 彼女は敵でも犯罪者でもないのですよ!?」
サンディが叫ぶ。だが、レールズがサンディを優しく止める。そしてアイナとサンディに向かって、「スリーピングテロリストって知ってます?」と尋ねた。
「悪いが、知らないな。それがどうかしたのか?」
「なんですか、それ?」
そして尋ねられた二人がそれぞれの言葉で知らないと答える。
「まあ、自覚が無くとも深層催眠で無意識に洗脳されてる可能性があると言うことです。スリーピングテロリストのおかげで大勢の死傷者が出た事件があるのですよ。ましてやアイナさん、あなたは強化手術を受けている。あなたが今自由意志をもっているように見えても、実は洗脳されているのかもしれない。そして貴女が深層部分で洗脳されていたとしたら? そう言うことです」
「私は洗脳されてなど!」
「敵を欺くにはまず味方からとも言いますしね。それに、UPCとしては強化人間の研究材料としての貴女が欲しいという思惑があると思います」
アイナの言葉を遮るように戒路が言う。そしてメルビン少佐に目を向ける。
「研究云々については君の憶測でしかないし、我々もそこまで非人道的な事はしないよ。しかしながら、様々な意味で我々は貴女を拘束せねばならない。できれば穏便にご同行願えませんかな?」
少佐の言葉に、アイナはやや躊躇ってから応えた。
「‥‥私には娘がいる。娘のところへ帰らねばならない」
「それは聞いたよ。三歳の娘のアンジェリカ君。でも、バグアが強化人間の技術の漏洩を怖れて貴女を抹殺しに来るとしたら? 娘さんは囮に使われる可能性が高いよ。俺は親の愛情ってものがわからないけど、もしアイナ君が娘さんに会いたいなら協力はする。でも、アイナ君が洗脳兵でないという確証がない以上、完全にフリーにさせるわけにはいかないってことは分るよな?」
朝がアイナにリスクを問う。しかしアイナはなんとしても娘に会うと言って譲る様子はない。
「もし貴女が力尽くででも娘さんに会いに行くというのならば、我々としては犠牲が出ようとも、貴女を止めざるを得ません。ですが、このまま穏便に事を済ませることもできる。すべてはモーランド女史、貴女次第です」
少佐が、本気半分ブラフ半分の言葉で何とかアイナの自由意志でUCPに来るように誘導する。だが、アイナは頑として譲らない。
「‥‥あの、こんなのはどうでしょう。UCPの基地で、私達の監視及び護衛付きの状態で娘さんと面会するというのは。娘さんも母親に会いたいでしょうし‥‥それとも少佐、北米フェンシング界の王者をバグア扱いしますか? 彼女の言うことには矛盾がないですし、ただ強化されただけで、一般人と変わりはないんですよ?」
「‥‥さすがに、バグア扱いはせんが‥‥もし娘さんに会うことが深層洗脳の封印を解く鍵として仕込まれ、バグア側で意図的に逃がされていたとしたらどうするかねお嬢ちゃん?」
桃香の問いに、少佐はもっとも不吉な答えを返す。
「それも怖いです。でも、ここは競合地域だから、もっと他の形で工作員が潜入していてもおかしくありません」
「それはそうだが、強化人間だと分っていて家に帰らせるほどUPCはお人好しではないのだよ」
桃香が少佐の答えにさらに答えを返したそのとき、少佐の言葉にサンディが反発する。
「そんな言葉で納得できるか! お願いだ、私たちも付き添う。彼女を娘に会わせてあげて欲しい! 責任は、私が負う」
「責任と簡単に言うけど、人の命が失われたとして、君はその人命を取り戻せるのか? 一度失われた人命は二度と戻ってこない。だからこそ、我々は人命が失われる可能性があるなら、それを未然に防ぐ義務があるんだ。そんな軽率に責任を取るなどと発言をしてはいかん。もっと世の中を勉強しなさい」
対して少佐はサンディの若さを羨ましく思いながらも、先人として指導をせずにはいられなかった。
「頼む‥‥一目だけでも、娘に‥‥」
今まで気丈に振る舞っていたアイナが、哀願するように言葉を漏らす。
「ふむ。まあ、先ほどのお嬢さんの提案が妥当なところだろうが‥‥そう言えばモーランド女史には夫君がいませんでしたな。おそらくお嬢さんは孤児院に預けられているはずだ。さすがにそちらで会わせるわけには行かんが‥‥」
少佐も何とか妥協点を探しているのだろう。能力者達の言葉を待っているように思えた。
「これは驕りかもしれません。でも、彼女が何かすれば私達が絶対に止めます! だからせめて、人としての幸せを、いっときでも良いから感じさせてあげたいんです。」
アセットが叫ぶ。
「アイナさん、先ほどから言われているように、軍としては貴女を拘束せざるを得ない。娘さんの身の安全のことも含めてです。そして少佐、仮にUPCが彼女から強化人間の技術を研究するにしても、半ば強制とは言え自由意志で協力するのと、無理矢理モルモットにするのとでは、効率は違うと思いませんか? そして面会時には能力者とUPCの人間が必ず同席する。そうすれば安全性も向上するでしょうしいかがでしょうか?」
戒路が冷静に言う。
「うむ、それならば」
「どんな条件でも良い。娘をこの手で抱きしめられるのならば」
アイナも少佐も同意する。アイナはサンディから借りたレイピアを礼を言って返すと、「サンディ、もし私が本当にスリーピングテロリストなら、その時は娘を頼む」と言って、少佐に自分を拘束するように言った。
●面会
面会の場所に選ばれたのは基地に付属する隔離病棟だった。
「ママ!」
「アンジェリカ!」
レールズと朝、アセットにサンディが万が一のためにアイナの監視兼護衛につき、桃香、加依理、ジョー、戒路が周辺の警戒を行う。そんな中での対面だった。
「ママ、ママ、ママ!」
「良かった‥‥お前が元気で‥‥」
泣きながら母の名を叫ぶ娘を、アイナは慈愛の表情で抱きしめる。そこに、洗脳というものの影はないように見える。感動の対面が進む中、周囲を警戒しているグループは緊張をしていた。
「少佐、娘と一緒に住めるように手配してもらえないだろうか‥‥それが研究に協力する条件だ」
「ママ、どうしたの?」
アイナの言葉に幼いながらも何かを感じ取ったのだろう。アンジェリカが不安そうな顔で母親に尋ねる。
「大丈夫。ママのお仕事の話だから」
「ママ、また、ふぇんしんの戦うの?」
「そうだよ。今度はね、悪いバグアと戦うんだ」
「うん。悪い子はねー、めーだもん。だからリカお留守番も平気だよ」
まだ何も分っていないのだろう。だがアンジェリカは笑顔でそう答えた。
「そうか。ありがとう、アンジェリカ。で、少佐、どうだろうか?」
「その条件で構わんよ。家族を思う貴女の気持ちに嘘はないと分ったからな。最大限の努力はしよう」
そして、面会が終わったあと親子はUPCの施設で保護されることになった。
二人は軍の施設で暮らし、日中はアイナは研究に、アンジェリカは軍人の子息が通う保育園へ通う。幸いにもすぐに友人ができ、アイナの心配事は一つ減った。だが、物語はこれでお仕舞いではなかった。むしろ、これから始まる‥‥これは序章に過ぎなかったのだ。