タイトル:【El】農業マスター:碧風凛音

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/16 03:51

●オープニング本文


「ユイリー代表、お話があります」
 市役所――改まってそう言ったのはケイ・イガラス監査官であった。
「どうしたのですか?」
「投降したアンドリュー派の兵士たちが労働口を求めています。私としては人手が不足している農業方面を手伝わせるのが望ましいと考えていますが、問題は彼らを信頼していいかどうかです」
 イガラスのその言葉を聞いて、ユイリーは笑った。屈託のない笑みだった。
「彼らはこの国を愛しています。それは間違いありません。だから私は、彼らを信じます。これで不足でしょうか、イガラス監査官?」
「いえ、そのお言葉があれば十分です。そういえば農学者の先生もいらっしゃいましたね。先生のお力を借りて、農業をもっと拡充させたいと思います。その際に傭兵たちの力とアイデアも借りることになると思いますが、そちらについては手配済みです」
 そういってイガラスは悪戯が成功した子供のような笑顔を見せた。
「ケイさんも人が悪いですね。私の答えは予測済みだったんじゃないのですか?」
「ええ。ユイリーならそう答えると思っていましたから。それに、農業の話がなくても自爆キメラの被害からの復興に力を借りるつもりでいましたし」
 ユイリーが、私人としてケイを扱ったので、ケイも私人としてユイリーに答えた。
「それで、プランはあるのですか?」
「現在畑は埋まっていますので、アンデス方面を新たに開墾することになると思います。それから、先生から聞いた話ではサトウキビを育てることも可能とのことですので、一緒にサトウキビを砂糖に加工する工場を作りたいと思っています‥‥といっても町工場レベルですが。住民のカロリーの確保と、働き口の確保。この二つを一気に解決したいと思います。それに、うまく行けば輸出品にも使えるでしょうし‥‥」
「なるほど‥‥、イガラス監査官はずいぶんと知能犯ですね。そういえば、しばらく前にトマトを北米に出荷したと聞きましたが?」
「そのようです。なんでもアンデスはトマトの原産地で、加工ではなく生食するトマトに関してはこちらのほうが美味しいと先生がおっしゃっていました」
「そうですか。探せばまだまだエルドラドで生産可能な農産物が見つかるかもしれませんね」
 ユイリーは、希望を見出したような瞳で呟いた。
「では、イガラス監査官の発案と言うことは監査もお済でしょうし、私から申し上げることはありません。宜しくお願いします」
 そういってユイリーは頭を下げる。
 同じ移民の子として、ケイ・イガラス監査官はユイリーに同情的であった。が、それは昔の話だ。今では友人のように姉妹のように接している。いずれ彼女が監査官の任を解かれエルドラドを離れることがあっても、二人の友誼は変わらないだろう。
 無論、現在何の問題も起こしていないどころか、良好な状態にあるイガラスがその任を解かれると言うことは、出世した場合のみになるのだろうが、彼女はおそらく出世話は一切断るだろうと、自分でも予感していた。
「また先生のお話になりますが、サトウキビとトマトのほかに、カボチャやカカオなども栽培できるのではないかと言う話です。一気に全部と言うのも難しいかもしれませんが‥‥」
「そうですね。やれるところからやって行きましょう」
「ええ‥‥それでは、早速先生のところに行って正式にお願いしてまりますわ」
 そう言うとイガラスは一礼してから部屋を出て行った。

●参加者一覧

エレナ・クルック(ga4247
16歳・♀・ER
佐竹 優理(ga4607
31歳・♂・GD
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
アーク・ウイング(gb4432
10歳・♀・ER
鹿島 綾(gb4549
22歳・♀・AA
商居 宗仁(gb6046
35歳・♂・EL

●リプレイ本文

●事前準備
 アルヴァイム(ga5051)は一足早くエルドラドに入り関係者との入念な打ち合わせのあと一度エルドラドを離れ、KVに工場建築に必要な資材を運ばせて再びエルドラドへと入国した。

 商居 宗仁(gb6046)は自分のスーパーで取り扱っている生鮮食品をKVにありったけ積むと、それをエルドラドにもっていった。

 アーちゃんことアーク・ウイング(gb4432)もKVに食材や調理器具、大鍋などをありったけ積んでエルドラドに入国した。

 鹿島 綾(gb4549)は自爆キメラによる被害箇所を調べていた。幸い死者はなかったが建造物にはそれなりの被害がでているようである。綾はそれらを調べて地図に記載し、再利用できそうなスクラップがあれば目星をつけて帰る。資金源として売り払うことも考慮している模様である。

●市役所
「炊き出しの予算と人員ですか‥‥」
 アーちゃんは市役所で係りの人間と話していた。システムが出来上がってきた以上、いくら懇意の傭兵とはいえ簡単にユイリーには会えなくなっている。良い事ではあるのだろうが、少し寂しいなとアーちゃんは思った。
「人員の確保は難しくはないですが、予算となりますと‥‥」
 少しイラっと来た。こんな小さな国でもお役所仕事になってしまうのかと思うと少し寂しかった。
「炊き出しのことならお任せくださいませ。私のスーパーで扱っている食料品を無償で提供いたします。その代わりといってはなんですがお嬢さん、ユイリー代表か、それが無理ならイガラス監査官にアポを取っていただけませんでしょうか? 内容はそう、エルドラドの商品の輸出に関してです」
 宗仁が割って入ってきて、早口で事を進めていく。
「あ、はい。少々お待ちください」
 係りの女性はそういってユイリーに電話をつなぐと用件を告げ、空いている時間を尋ねた。
「今なら空いてます。20分ほどだけですが。それでもよろしければお会いしたいとお伝えください」
 係りの女性がユイリーの言葉を伝える。宗仁はそれを聞いて了承し、役所の中を奥へ奥へと進んでいった。
 そして執務室。
 ユイリーは自分で二人分のお茶を出すと「それで、輸出に関してお話があるとの事ですが、どのような内容でしょうか?」と尋ねた。
 尋ねられた宗仁は笑顔で挨拶をし、名刺を渡す。そして自分がスーパーマーケットを経営していること、エルドラドの輸出品を自分の店で扱いたいことなどを話した。
「商品を生産したら、次は流通でございます」
 原価を安く保つため卸売業者、小売業者に頼るのではなく、生産者が自分で市場まで運び、自分で売る「軽トラック市」スタイルを提案した。
 幸いエルドラドは軍が駐留しているし高速移動艇の行き来も頻繁だ。周りが親バグア政権だらけで、エルドラドもまだ国としても認められていない現状では、確かにこちらから動いて売りに出すほかはない。
「その際には是非当店をご利用ください」
 大っぴらに貿易ができない以上、宗仁の案は魅力的だった。
「大変素敵なアイデアをありがとうございます。今回の炊き出しのお礼とこのアイデアのお礼に、輸出の際にはまず宗仁さんのお店に回すように手続きを行います。これでよろしいでしょうか?」
「はい。それでは、炊き出しの際の食料や費用の心配はございませんので、どうぞ良しなに」
 そういったところで時間が来てしまった。次の訪問者がまっていた。
「それでは、失礼いたします」
 宗仁は気持ちのいいくらいの礼をするとユイリーの執務室から出て行った。
「宗仁さん、どうでした?」
「アーク様、とりあえず炊き出しの人員と予算の心配は必要ないそうですよ」
「アーちゃん‥‥」
「へ?」
「アーちゃんと呼んでください」
「あ、はい。わかりました、アーちゃん。それではそろそろお暇しましょう。炊き出しの準備も始めませんとね」
「はい」
 そういって二人は市役所を出て行った。

●開拓
「先生〜、栽培する作物はなんにしましょう? それによって水路の位置を決めなくちゃなりませんから」
 エレナ・クルック(ga4247)の言葉に農学者は、今までに皆から提案のあった農作物のうち、米、とうもろこし、さつまいも、そしてサトウキビの四つを選択した。
 理由はそれぞれこうである。
 サトウキビ以外は主食になりえることや飢饉などに強いことから。そしてとうもろこしは家畜のえさにもなり、とうもろこしとサトウキビはバイオエタノールの燃料にもなる。SESが普及しているので油の需要はそれほど多くはないが、それでも将来的には立派な産業になりうるはずだと先生は判断したのだ。
 それから色々話し合って開墾作業が始まったわけだが、能力者たちはKVの使用と覚醒を可能な限り抑えた。
 綾の言葉を借りれば「いやなに。たまには、こうして汗を掻くのも悪くは無いと思ってね」となるが、元アンドリュー派の兵士に対する配慮があったのは間違いないだろう。
「KVは戦争の道具だとばかり思っていたが、違うんだな」
 アンドリュー派の兵士がそう呟く。綾はその言葉を聴いて、兵士の心情に配慮するように言った。
「道具ってやつは使い方しだいさ。あんたらにはあまりいい思い出はないだろうが、こういった土木作業から災害救助まで、結構色々使えるよ」
「そうか。そう考えてみりゃあんたらの力だって使い方しだいか‥‥そして俺たちの力も」
「そういうこった。昔は昔、今は今だ。時には過去を振り返る事も大事だが、それは今を大事にするという前提があっての話だ。そうだろ?」
 そんな綾の言葉にエレナが同意する。そして、「そして今日があってこそのあしたですよ。さ〜、あしたのご飯のためにがんばりましょ〜」と叫んだ。
 水路作りが今日の分は一段楽したので、エレナも開拓に加わったのである。

●工場建築
 宗仁とアルヴァイムが、KVを使用してサトウキビ加工工場の建築を始めていた。プレハブ式工法のためアルヴァイムの事前準備が功を奏し、非常にスムーズに進んでいた。
 工場は作業場と事務所、倉庫と宗仁の提案した市民が一月の間に消費するだけの砂糖を備蓄しておけるだけの設備を持つ貯蔵庫が作られた。
「お客様、ただいま作業中につき大変危険で御座います。どうか、KVにお近づくことはご遠慮くださいませ」
 KVを見上げている兵士に注意をしながら、宗仁は定められた工程の通りに作業を進めていく。

 一方佐竹優理(ga4607)は生身で工場建設に参加していた。
「佐竹優理だ‥‥まぁ、ユーリでオッケー!」
 KVだけではこなせない資材の運搬や内装などの作業に兵士と共に従事し、兵士の士気をあげるべく歌なども歌っていた。
「甘くて美味しいサトウキビー!」

「ごちゃごちゃやったらお砂糖だっ!」

「せっせと工場作りますー!」

「出来たらお砂糖食い放題っ!」

「今夜のご飯は何かいなー!」

「キャビアとトリュフとフォアグラだっ!」

「そんな御馳走ありませんー!」

「でもいつかはお砂糖食い放題っ!」

 一小節ごとに区切って歌い、一小節休む。
 最初は彼一人だったこの歌も、繰り返しているうちに兵士がついてくるようになった。
 歌いながら作業をする。知らぬ間に皆の連帯感が強まってきていた。
 そして‥‥

●炊き出しとこれからと
 アーちゃんが自分が持ち込んだ材料と宗仁が持ち込んだ材料で、市民の手伝いを受けながら炊き出しを行っていた。
 パンやシチューのほかに、宗仁のスーパーの材料で作る海鮮料理や肉料理は、労働で疲れた兵士たち作業者の胃袋に快く迎え入れられた。
「美味いな‥‥。いつかは俺たちの手でこんな美味い料理を作れるように、畑を頑張らないとな」
 元兵士の一人が、食べながらそう漏らす。
「そうだな。今のあんた等は、立派なエルドラド国民だよな。これから、この国を支えていく大事な存在となったんだ。しゃきっとしなよ? しゃきっと。頑張ればきっと畑も答えてくれるさ。そうだろう、先生?」
 綾が兵士を励ますようにそう言う。
「うむ。エルドラドは意外と環境が良いから、やり方しだいでは自給率をかなりの水準まで高めることも不可能ではないな。アーちゃんが提案したサツマイモは、アーちゃんが言うように飢饉に強い。調理法方しだいでは美味しいデザートにもなるし、エレナ嬢の言うように米ととうもろこしは主食として世界中で食べられている。先日北米に出荷したトマトなんかも栄養豊富で美味いものができたし、頑張ればその分だけ畑は答えてくれるだろうよ」
「そうですか‥‥俺たち、戻ってきて良かったな」
 別の兵士が嬉しそうに言う。
「収穫したら喜びはひとしおだと思うよ」
 優理は兵士にそう言う。
「ところでね、農政には詳しくないんだけど‥‥農業には収穫祭が欠かせないと思うんだ。農業従事者にとっては自分達の仕事の成果を発表する晴れ舞台だし、他の人達にとってもエルドラドの地が着実に発展してる事を実感する場になると思う。沢山人を集めてサトウキビから作った砂糖で綿菓子なんか出して派手にやれれば、良い影響が出てくるんじゃないかねぇ‥‥」
「そうだな。11月頃にやるのが適当だろう。あとでユイリー代表にエルドラドの公式行事として収穫祭ができないか、たずねてみるよ」
 農学者はそういうと懐からメモ帳とペンを取り出し『収穫祭』とメモをした。
 
●それから
 水路が完成し、森林の伐採も終わってあとは完璧に農業機械と手作業での開拓となった。そして開拓が終わるとすべてのメンバーでサトウキビ加工工場の内装に入った。
 アルヴァイムの作った工程表に基づいてあれやこれやを運び、設置し、電気工事などが必要なところは専門家に任せる。そして工場は資金の問題もあってサトウキビから黒砂糖を精製する設備だけになってしまったが、拡張性は大いに残されているので、将来増設しなくても完全に機械化して砂糖を精製する設備を入れることができるような状態になっている。そしてサトウキビ工場が完成した翌日、完成記念式典が行われた。

「‥‥というわけで、皆さんの働き口の一つとして、将来を担う産業の一つの要ともなるサトウキビ加工工場の完成をここに宣言します。作業員として採用された皆さんはこれから精一杯頑張っていただきたいと思います。それではユイリー代表と今回の事業に関わった傭兵の皆さん、そして作業を行った兵士の方々の代表でテープカットを行っていただきたいと思います。3‥‥2‥‥1‥‥はい、ただいまテープがカットされました」
 紙吹雪が舞って拍手が沸き起こる。
 こうして、エルドラド発展の一つの契機となる依頼がつつがなく終了したのであった。