●リプレイ本文
●開会
「それでは、ただいまよりUPC北中央軍有志主催による、『決別会』を始めたいと思います。開会宣言と乾杯の音頭は、特別ゲストのULTオペレーター、グレース・ナカジマ(gz0216)さんです」
司会の言葉とともに、グレースが舞台に登り、マイクの前に立った。
「こほん‥‥こんな依頼も珍しいから私も便乗させてもらいました。決別といえば私は10時と15時のおやつと決別したいわね。さて、皆さんも色々と思いがあって集まったのでしょうから、宴会も決別も両方楽しみましょう。それでは、これより『決別会』を開始いたします。アルコールはないけど、皆すでにテンションが高いわね。では、乾杯!」
『乾杯!』
それぞれにジュースやお茶を注いだ紙コップを掲げて乾杯の音頭にあわせる。
「三十分くらいはとりあえず宴会のみとなりますので皆様この機会に羽目を外してください」
司会がそう言って場をしめる。
軍人や傭兵たちは喉を潤してから、参加費で賄われたソーセージやピザ、スナック菓子などを食べ始める。
「ピザはー、トマトソースが使われてるから私まだ要らない。ミリアさん食べちゃって」
そう言ったのは金髪碧眼のエリシア(
gb6405)だった。
「そうですか〜。じゃあもらっちゃいますね。今日は、思いっきり食べるってミリア決めてきたから〜」
銀の髪と同じ色の瞳をもつミリア・キャット(
gb6408)は今日だけはダイエットは気にしない方向にしていた。
「はじめまして。サイエンティストの、ヴィーと申します」
青い髪と赤い瞳をもつヴィー(
ga7961)は、グレースに近寄ると挨拶をした。
「はじめましてヴィー殿。グレース・ナカジマよ。ちょうど私もサイエンティストだから、何か知識の交流があるといいわね」
「そうですね」
ヴィーは礼儀正しく応じる。
「私はドロームのホログラフ技術を一目見ておこうと思ってこの依頼に便乗参加してみたんだけど、ヴィー殿は決別したいものがあるようね」
どこから推察したのか、グレースはヴィーが宴会目的ではないと感じたようだった。
「ええ‥‥まあ、まだ内緒ですけどね」
ヴィーははにかんで言うと、服の中に隠してある何かを握り締めた。
「迷いと決意の両方が見えるわ。今日、この場でうまく迷いと決別できるといいわね」
「はい。ありがとうございます」
ヴィーが礼を言うと、グレースは「それよりも食べてはいかが? せっかく参加費も払ったのだし、元を取らなければ損よ」といってクラッカーとチーズの盛り合わせを自分の皿に乗せた。
「そうですね。では、私はこれを」
ヴィーはパスタを皿に乗せる。
「それじゃ、私は少し食べることに専念するわ。失礼するわね」
そういってグレースはヴィーから離れていく。
●決別会
「それでは、ただいまより決別会を始めたいと思います。一番手は、UPC南中央軍准尉の――」
拍手と歓声。それから静寂。
紹介を受けた女性の准尉が、貸衣装の喪服を着て、教会と墓地というホログラフィの中でキメラに殺された姉の遺品のペンダントを手に、過去の弱い自分と決別するという宣言をする。
「だから姉さん、見守っていてください!」
墓石の前に花をささげる。そして退場――
共感するものが多かったのだろう。もらい泣きをしている者も見受けられた。
「それでは、10番目は傭兵で、ダークファイターのエリシアさんです」
拍手。
緊張しながら舞台に登るエリシア。
「どうも、エリシアです。決別ということだけど、私はトマト嫌いから決別してみたいですねぇ。見るのもいやなんですよ、トマト」
笑いがあふれる。
「いえ、笑い事じゃないんです。何でかしらないけどトマトが嫌いで‥‥とはいえトマトを使われている料理は多いので料理はいつもトマト抜きで頼んでるんですが、やっぱりいい顔はされないんですー」
それはそうだろうと納得する声。よく聞けばミリアの声だった。
「ミリアさーん‥‥」
再び笑い声が響く。
「だからコントじゃないっんですってばー。とりあえずホログラフィーお願いします。まずは見た目からなれるということでー」
エリシアがそういうと彼女の前にトマトの映像が現れた。
「うっ‥‥映像で見るだけでも駄目ですー。目眩が‥‥」
頑張れと声援。
「はーい、頑張りマス‥‥」
声援にこたえてホログラフィから本物のトマトにチェンジ。近づいて近づいて、はなれて。
「えい!」
意を決して噛り付く。
「あら? 意外においしい」
歓声。囃し立てるような声も混じっている。
「実は今回のトマトは、トマトの原産地である南米はアンデス地方のエルドラドで原種のトマトを栽培している農家から頂いた特別な品なんですね。はい」
そう言ったのは司会の男性である。
「説明しましょう。トマトはもともと乾燥した高原地帯で生息していた植物でした。それの栽培が始まったのは有史前からなんですが、実は人工的に品種改良したものよりも原種のほうが、加工せずに生食する場合には瑞々しかったりする等の特徴があり、また栽培方法も出来るだけ自然に近い方法で‥‥あ、ちょっと! なにをするのよ‥‥」
司会のマイクを奪って突然説明を始めたグレースを、スタッフの腕章を付けた男性下士官3人が連行していく。
「はい。説明はミス・ナカジマでした。ありがとうございました」
司会が冷や汗を欠きながら話題を元に戻す。
「というわけで、エリシアさんには特別に美味しいトマトを食べていただいたわけです。これでトマト嫌いから決別できるとよいですね」
「もう、美味しい、これ。農家の人ありがとー」
最後には感激の涙まで流しながら、エリシアは舞台を降りていく。
「はい、それではトマト嫌いと決別しましたエリシアさんに盛大な拍手をー!」
司会の言葉に、拍手があがる。
「よかったね〜、エリシアさん」
ミリアが拍手をしながらエリシアを迎える。
「それでは11番目は――」
司会がそう言った途端、ミリアが手を上げる。
「はい、ミリア宴会だけのつもりだったんだけど、飛び入りで参加してもいいですか〜?」
「おっと、ここで飛び入りの登場です。どうですか、伍長?」
司会がUPCの礼服を着た男性に尋ねると、彼はぜひやってくれという。
「私は彼女の次でいいですよ」
そう伍長が言うので、司会はミリアを促し舞台の上に上げた。
「‥‥それで、ミリアさんは何と決別を? ホログラフィーのリクエストがあればおっしゃってくださいね」
小声で尋ねる司会に、ミリアは崖の上のホログラフィーを出してくれという。
「了解しました。背景さん、崖の上をお願いします」
そういって数秒後、舞台は聳え立つ崖へと変わる。
「飛び入りのミリア、フェンサーです〜。ミリアは最近彼氏にふられちゃったので、それを吹っ切ります!」
そういうとミリアは崖の端へと立つ。大きく息を吸って、吸って、吸って、吐き出す。
「なんでミリアの良さが解んないのよ〜〜〜、ばか〜〜!」
ぜー、はー、ぜー、はー。
息が荒れる。
ので
思い切り深呼吸をする。
すー、はー、すー、はー。
「ふーう。これで吹っ切れた気がします〜。あとは、今日はめいっぱいヤケ食いをします! 有難うございました〜」
拍手。そしてホログラフィが消えると、ミリアは思い切って舞台から飛び降りる。
「飛び入りでフェンサーのミリアさんでしたー。新しい恋が彼女のもとに訪れるとよいですねぇ‥‥って、すでに男性に取り囲まれていますねえ。おやおや、これはこれは‥‥。では、伍長、一部盛り上がっているところですみませんが、おや? 伍長?」
「説明しましょう。伍長はミリアさんが現在フリーと知るや否や、真っ先に舞台の下に駆けつけていきました。まあ、これも若いうちの特権ね」
いつの間に戻ってきたのか、グレースは再びマイクを司会から奪って『説明』をした。
「ああ、ミス・ナカジマ! だからマイクを取らないでください」
奪い返す司会。笑いが広がる。
「コントじゃないんですけどねえ‥‥あー、コホン。皆さん、女性参加者からの視線が痛いですよ? まあ、こんな展開は予想だにしませんでしたが、予想できないからこそのお祭り騒ぎでもありますしねえ‥‥とりあえず皆さん、一度テーブルにお戻りください」
司会に促されてテーブルに戻る男性陣と、エリシアの隣に戻るミリア。
「あ〜、びっくりした〜。ミリアいきなりあんなに大勢の男の人に囲まれるなんて思ってもみなかった〜」
「でも良かったじゃないー。新しい恋はもう目の前かもよー」
と言いつつも若干羨ましくもあるエリシアであった。
「こんにちは。サイエンティストのヴィーと申します。お二人の決別、すばらしかったですね」
皿に寿司を乗せたヴィーが二人のところへとやってきた。
「はじめましてー。私はエリシアですー」
「はじめまして〜。ミリアは、ミリア・キャットといいます〜」
そんな挨拶を交わしている間にも決別会は続く。
「‥‥ふふ、そうなの〜。私はエリシアさんの付き添いだったんだけど〜、どうしても急にやってみたくなっちゃって〜。飛び入りで参加しました〜」
「私はトマトを食べるところまでは何とかやってみるつもりだったのだけど、まさかあんなに美味しいトマトが食べられるとは思わなかったー」
「いいですね。私もうまく決別できると良いのですが‥‥はむ‥‥あ、このウニ美味しい。磯の香りがするわ。よろしければお二人もいかがです? このウニ、取れたてで新鮮なものみたいですよ。アメリカによくある、スシ・バーとはネタの鮮度がぜんぜん違います」
日本育ちなヴィーは、寿司を口にする機会がほかの傭兵より多かったので、ネタの良し悪しが判るくらいの寿司と魚介類に対する味覚はあった。そしてそう言いつつ、ヴィーはもう一個ウニを食べると、その香りと芳醇な味わいを楽しんだ。
「そうなの〜? じゃあ、ミリアも一個いただきま〜す‥‥‥‥あ、美味しい」
「あ、私もたべる‥‥‥‥なにこれ、とろける。口当たりもすごくいい」
ミリアとエリシアもウニを口にすると、新鮮なウニの香りと味わいに驚いた。そして寿司をネタに会話が弾んでいるところへ、スタッフがヴィーを呼びにきた。
「ヴィーさん、そろそろ出番ですので準備をお願いします」
「あ、はい。それじゃあ、失礼します。お寿司ここに置いておくのでよろしかったら食べてください」
「うん。がんばってね。良い決別を」
「頑張ってくださいね〜。良い決別を」
「‥‥は、サイエンティストのヴィーさんです」
司会の呼び出しに、ヴィーは覚悟を決めると舞台へとあがった。
「はじめまして。サイエンティストの、ヴィーと申します」
間。この数秒に彼女が何を思ったのかを知る人物は、おそらくいない。
「‥‥これまでの依頼で、優しさと甘さはまったく違うことが良くわかりました。これから、過去の、悪い意味での甘さをもった自分と決別したいと思います!」
ヴィーはそう宣言するとナイフを取り出し、腰まで長く伸びた自身の髪を手でひとまとめにしながら髪にナイフを近づける。
女性の参加客の中からは悲鳴があがるがそんなことは気にしない。一思いにナイフで髪を切る。
静寂。
静寂
静寂。
静寂を静かに切り裂くヴィーの声。
「‥‥これで何かが変わるわけではありませんが、少しでも心境が変えられれば、十分です」
そう言ったあと、再び静寂が訪れる。
ヴィーはナイフをしまうと服の中に隠すように身に着けていたブローチを見つめ、握り締めてなにやら祈るように呟いた。誰に対しての、何に対しての祈りなのか、ヴィーは明らかにしなかったが、ヴィーの表情からは迷いの気が消えて、すっきりとしたものになっていた。
「これで、過去の自分と決別しました。これをきっかけに、今後の私の有り方というものを考えて行こうと思っています。有難うございました」
一礼。
静寂。
エリシアが拍手をする。
続いてミリアが。
それにつられて会場中に拍手が広がる。
「はい。見事に決めてもらいました。ヴィーさんでした。舞台スタッフの方、後片付けをお願いします」
司会がそう言うとスタッフがやってきて、切り落とされたヴィーの髪を手際よく片付けていく。
「ヴィーさん有難うございました。気をつけて階段を下りてくださいねー。さてそれでは次に行きたいと思います‥‥」
そうして次の決別者が舞台に上がってくる。カンパネラの制服を着た少年だった。アルコールとタバコを禁止にしておいてよかったと、スタッフは安堵の息を漏らしていた。
「ヴィーさん格好良かったです〜」
ミリアがそう言うと
「それにしても思い切ったことをしたわね」
といつの間にやって来ていたのかグレースが言い
「随分と印象が変わったねー」
エリシアが、ヴィーの髪を見ながら言う。
「ふふ‥‥ずっと考えてたことだったから、いい機会だったんです」
「そうなの。でも、随分と吹っ切れた、いい表情(かお)になったわね」
グレースが、微笑むヴィーをみて笑う。
「ありがとうございます」
そうして、楽しい時間は過ぎていくのだった‥‥