タイトル:【低】Gung ho Gung hoマスター:碧風凛音

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/02/02 22:28

●オープニング本文


 傭兵実務訓練センター 通称センター。
 ここはUPC太平洋軍の本部があるサンフランシスコ近郊の、米国海兵隊の基地を改修してつくられた。
 いついかなる時代でも最強を求められてきた米国海兵隊の訓練メニューを基礎として、新人の傭兵に戦い方を教える場所である。
 無論、エミタの移植を受ける前から武術を嗜んでいたり、或いは軍隊出身の者もいたりするのかもしれない。それでも訓練を希望する者には三食付きで、僅かながらも金が支払われるとあって仕事のない時の傭兵の駆け込み場としても人気が高い。
 そんなセンターに。評判高い名物教官がいる。
 ジョン・フィッシャー先任軍曹。
 年齢は48歳。元士官候補生育成担当の熟練軍曹で、多くの士官候補生を鍛え上げ、UPC北中央軍の現役の士官の中には、彼を父親、或いは母親のように信頼し、尊敬している者もいる。
 周囲からの評判としては『軍隊が服を着て歩いていて、規律を空気としてまとっているような男』という表現があり、模範的な軍人であった。
 厳しいが公平であり、長年の経験から個人の長所を見つけて育てるのがうまい。
 彼は絶対に軍曹以上には昇進しないが、その代り彼の育てた士官達には多くのコネクションがある。そしてこれからは傭兵にもコネクションが増えていくことだろう。なにせ彼はこれから、傭兵達を育てていくのだから。
「さて、傭兵のみなさん。今日からしばらくの間、私の指揮下でみなさんは訓練に励むことになります。そして基礎訓練が終了したら実戦訓練‥‥実際に依頼を受けてキメラを退治しに行くことになります。その時は私のような担当教官が臨時隊長としてみなさんの仕事に同行します」
 その言葉を聞いて能力者達がざわめく。基礎訓練のあとにすぐ実戦で良いのか不安がっているのだ。
「なに、心配はいりません。最強を求められるアメリカ海軍の訓練メニューにプラスアルファしてあるのですから。心配するとしたら、むしろ訓練から脱落する方を心配すると良いですよ。実戦に出れば分かりますが、訓練の方が厳しいです。では先ず、訓練メニューを説明しましょう」
 フィッシャー先任軍曹はそういうと手に持っていた資料を能力者達に配ろうとした。と、その途端壁に掛けてある基地内部のみに繋がる電話が音を立てた。
「はい。フィッシャー先任軍曹であります。これは准将閣下、ご無沙汰しております。副官人事ですか‥‥そうですね。ウェンツ中尉はやめた方がよろしいでしょう。そうですな‥‥私ならジャーダ少尉を昇格させて副官にしますな。‥‥はい。はい。ええ‥‥ではジャーダ少尉に宜しくお伝えください。それから閣下、後程お時間をいただけませんでしょうか。色々と面白い話を仕入れておりますので。はい。では、失礼いたします」
 フィッシャー先任軍曹は電話を切ると、改めて能力者達に資料を配り始めた。メニューを受取りながら一人の能力者が今の電話はいったい何かと聞く。すると元々軍人だった新人能力者が小声で解説した。
「彼のようなタイプの人間は、軍内部で最も信頼されるんだ。多くの士官候補生を育て上げているからこその人望だね。多くの人間は教育士官を尊敬する。そして教育士官に気にいられたやつがだいたい出世する。教育士官は人を見る目が確じゃないとやっていけないからな。そして上に行った士官は教育士官に人事すら相談するようになる。だから軍隊では将軍よりも教育士官の方が尊敬されることだってあるんだ」
 質問した能力者は、それは知らなかった。と答えると渡されたメニューに目を通した。その概要は以下の通り。

01:行軍訓練
02:基礎体力向上訓練
03:炊出し、応急手当等
04:軍隊格闘術
05:兵器取り扱い技術向上訓練

「見てもらえば一目瞭然でしょうが、重要視する部分ほど上にあります。機械化されたとはいえ、車両では侵入できない戦場も多々あります。そんな中を数十キロの荷物を背負って何時間も歩兵は行軍します。傭兵、すなわち能力者も普段の扱いが歩兵である以上、行軍訓練は最も重要です。そして次に‥‥」
 フィッシャー先任軍曹は順番に説明して能力者に納得してもらうと
「なお、今回の訓練では、覚醒及びスキルの使用は、怪我の回復の場合以外一切禁止します」
 と告げた。覚醒するのはある意味カンニング行為である。と言い、まずは基礎メニューをクリアしてから――すなわち戦場に出る海兵隊と同レベルの能力を持つようになってから覚醒するべきだと言った。
「今回の訓練では戦闘訓練はありません。強いていうなら軍隊格闘術ぐらいのものですが、これはあくまで人間の形をした生き物を殺傷するための技術ですので、キメラ相手ではなくバグア相手の技術となってしまいます。したがってこの段階では詳しくは教えません。取りあえず基礎だけ覚えればよしとします。以上です。時間も迫ってきましたので解散して動きやすい服に着替えてください。それから行軍訓練を始めます。それでは、解散!」
 フィッシャー先任軍曹の言葉に突き動かされるように、能力者達は一斉に動き出した。更衣室へと向かって。

●参加者一覧

マクシミリアン(ga2943
29歳・♂・ST
クールマ・A・如月(ga5055
20歳・♀・BM
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
セシル シルメリア(gb4275
17歳・♀・ST
九条・嶺(gb4288
16歳・♀・PN
ハミル・ジャウザール(gb4773
22歳・♂・HG
カイ・ニシキギ(gb4809
18歳・♂・EP

●リプレイ本文

 能力者達が集ったところで、ジョン・フィッシャー先任軍曹は口を開いた。
「さて、それでは訓練を始める前に少し講釈をしましょう。なぜ行軍訓練を重要視するか。それは有り体に言えば、戦場に辿り着くことすら出来ない兵士が多いからです。要するに行軍中に足を負傷したり体力が切れたりで1割から2割が脱落します。つまり戦う前に大幅な兵員減少が起きる。
 そのために兵員輸送車両などが出てきて歩兵が機械化したわけですが、今でも車両では入っていけない戦場はたくさんある。だからこその行軍訓練です。それは傭兵も同じです。
 たとえばクラリア・レスタント(gb4258)さんはデータを見ると、以前南米のジャングルで往復8時間以上の行軍をしたそうです。8時間と言えば、大体距離にして50キロですな。他にも山岳等、車両が進入できず徒歩行軍する必用がある場所はまだまだあります。と言うわけでこれから毎日、演習場までの行き帰りを重視します。片道10キロの距離を、30キロの背嚢を背負って徒歩で移動してもらいますので覚悟をしておいて下さい」
「‥え? 歩くの? 車‥使わないの? しかもこの荷物は罰ゲーム? 俺なんか腹の具合が悪くなってきたんだけど‥‥」
 マクシミリアン(ga2943)が不平を漏らすと、フィッシャーは表情はそのままに「ではやめますか、報酬は出ませんが」と訪ねる。
「いやいや、さすがにそれは勘弁。やります。やりますよ」
「兵隊は走るのと穴を掘るのが仕事、とは聞いていましたが‥‥卑猥な兵隊さんソングでも歌わされるのでしょうか?」
 クールマ・A・如月(ga5055)がそう言うと
「そんな時代錯誤なことはしませんよ。ですが、走るのが仕事というのは間違ってはいません。偵察したり敵から逃げたり、敵を追いかけたり‥‥まあ、やることは色々あるわけでありますな」
 フィッシャーはそう答えた。そんなフィッシャーの袖口を引っ張る者がいる。クラリアだった。
『初めまして。今回は宜しくお願いします。それと、手紙を預かっているのですが‥‥見せれば分かると』
 メモ帳に器用に文字を走らせながら、クラリアはその手紙をフィッシャーに渡す。それはかつて彼女が依頼を受けた際に同行したUPC南中央軍の部隊長からの手紙だった。
「ほう、彼からの手紙ですか。ありがとうございます」
 その手紙にはクラリアが以前受けた依頼のことなどが書いてあった。彼女がジャングルで戦死した兵士達の遺品を集めたことなどだ。
「そうでしたか。そんなことが‥‥ご苦労様でした」
 フィシャーはそう言うとクラリアに頭を下げた。
「さてそろそろ始めましょうか。準備運動からです。開始!」
 能力者達はフィッシャーの指示に従って入念に準備体操をする。それが終るといよいよ行軍訓練の番だ。
「さて、それでは背嚢を背負って下さい。行軍開始!」
 能力者達は言われた通りに背嚢を背負うと、10kmにわたる行軍を始めた。フィッシャー先任軍曹は随伴して走りながら、傭兵達に話しかける。
「ジョン軍曹、よろしく‥‥お願いします」
 カイ・ニシキギ(gb4809)は思い出したように敬語をつけて挨拶を返す。そして2つのベルがついたジーンリングを見咎められると、「恩人の形見みたいなもので‥‥すみません」
 と謝るが、フィッシャーは「気にしなくてよろしいですよ。得てしてそう言う物が力くれるものですからね」と軽く答えた。
 ハミル・ジャウザール(gb4773)は黙々とひたすら走り込んでいたが、フィッシャーはそれを見て「はじめてですか?」と尋ねる。
「ええ。傭兵登録したその足でこちらに来ました」
「それは素晴しい。是非ここで覚えたことを実戦で生かしてもらいたい物です」
「頑張ります」
 ハミルがそう言うとフィッシャーは離れていった。その次は九条・嶺(gb4288)に話しかける。
「調子はどうですか?」
「まあまあですね。海兵隊に志願した訓練兵より真面目にやるつもりですよ」
「頼もしいですね。無理しすぎない程度に頑張ってください」
 そう言って、笑いながら離れていく。
「セシル シルメリア(gb4275)と申します、よろしくお願いします」
 セシルはフィッシャーに挨拶すると、「他の訓練はともかく、行軍中は私語はそれほど遠慮しなくても大丈夫ですよ。無言では疲れるだけです」と答えた。
「分りました。では、適度に私語を交えます」
「ええ、そうしてください」
 その次は夜十字・信人(ga8235)に話しかけた。
「夜十字さんは、動きから察するに、軍隊経験ありですね?」
「サーッ・イエッサー! フランス外人部隊に居ました。ですがその頃のことは忘れて、今回は1から叩き込んでもらうつもりです」
「その覚悟はよろしいが、使える物は使いましょう」
「サーッ・イエッサー!」
 他の能力者にも声をかけ終えると、次の訓練に対しての講釈を始めた。
「さて、次は演習場で体力訓練をやるわけですが、腕立て等の筋力トレーニングではなくですね、一見するとアスレチックにも見える障害物を乗り越える訓練をやっていただきます。これは二班に分けて競争していただきます。負けたチームは腕立てと腹筋100回ずつです」
 ブーイングが飛ぶがフィッシャーは表情を微動だにさせずに、到着を告げた。
「さて、到着しました。見ての通り演習場の障害物は全部やるとなるとかなりの時間がかかりますので今日は半分だけです。これをリレー形式で攻略してもらいますので、事前に分けておいた4人ごとのチームに分かれて下さい」
 そう言われて能力者は2つのグループに分かれる。便宜上AグループとBグループに分け、Aグループがマクシミリアン、信人、クラリア、セシル。Bグループがクールマ、嶺、ハミル、カイとなった。そして順番も決まる。最初はマクシミリアンVSクールマだった。そして信人の能力が秀でていることを鑑みて動きを阻害するギプスを着けさせる。
「それでは、スタート」
 笛の音共に2人は走り出す。体力だけならクールマの方が圧倒的に有利だが、この障害物競走には器用さや俊敏さも関わってくる。そして、接戦の末勝ったのはクールマだった。
 第2走者は信人VS嶺。これは体の動きを制限されてもなお圧倒的な差をつけて信人が勝ち、次の走者に変わる。
 第3走者はクラリアVSハミルだった。クラリアのペースは遅かったがそれでも信人のつけた圧倒的な差を埋めることは出来ず、クラリアがなんとか最終走者のセシルにタッチする。
 最後はセシルVSカイであった。これも信人のつけた差を埋めることが出来ずにセシルが先にゴール。Aチームの勝利となった。フィッシャーが笛を吹く。

「Aチームの勝利です。それではAチームは休憩を、と言いたいところですが炊出しの準備を。Bチームは腕立てと腹筋100回ずつです。それでは、始め!」
 そしてAチームの4人は炊出しのために演習場に併設されている建物の中の調理場へ向う。そこには軍が被災地などでの食糧支援に使う調理設備があった。
「炊出した食事は皆さんの他にも、この施設の職員などにも食べさせますので、まあ、50人分くらいお願いします。材料は既に揃っていますので下準備から取りかかって下さい」
 そう言われて以外にも張り切ったのはマクシミリアンだった。
「いやー、体力を使うのは苦手だけど、海の男は料理くらいできるさ。適当だが意外にイケるもんだよ」
 そう言って材料を選別する。何を作るか考えているのだろう。
「‥‥まさか、可憐なお嬢さんと一緒とは思わなかった。いや、是も精神訓練だ。見惚れない、見惚れない‥‥」
 信人が呟きながら設備を調べる。どうやら軍人時代に使ったものと大して違いはないようだ。
「良し、これならいけるな」
『軍隊と言ったらカレーが出るけど‥‥違うのかな?』
 クラリアのメモに、マクシミリアンはそれだ! と声を上げる。
「海の男の料理と言うことで、シーフードカレーにでもするか。魚介類でだしを取るから結構うまいもんだよ」
「私は、一人分の煮炊きなら子供の頃からやってきましたけど、50人分ともなるとさすがに大変でしょうね」
 セシルがそう言うと、信人が問題ないと言った。
「これくらいの人数の炊出しなら、俺は軍人時代にやったことはあるし、教官が指導してくれるそうだから大丈夫だろう」
「それなら良いのですけど‥‥」
 と言っている間に腕立てと腹筋の終ったBチームのメンバーがやってきた。
「うわ。すごい設備だな」
 そう言ったのはカイで、巨大な調理器具に圧倒されていた。
「そうですね。元々軍隊の設備なだけはありますね」
 と言ったのはハミル。
「シーフードカレーね。でしたら、この際丸ごと入れられる具材は丸ごと入れてしまいましょう。材料を切る手間がもったいないですもの」
 嶺がそう言って切る具材と切らない具材に手早く分けていく。
「私は炒めたり煮込んだりする方に回ろうかな。不器用だけど体力はそれなりにあるし」
 クールマはそういって次々と放り込まれていく具材を炒めるべく脚立の上に乗って巨大な木べらを手にそれらをかき混ぜる。
 そうこうしているうちにやがて50人分のシーフードカレーができあがった。スパイスの匂いと魚介類の匂いが程よいハーモニーを醸しだし、能力者達の食欲を刺激する。そしてフィッシャー先任軍曹が職員達を連れてくる。
「ほー、今日はカレーですか。インド式やタイ式と違ってこの日本風あるいは英国風のカレーというのはある種完成されたカレーですな」
「しかも今日はシーフードだそうですわよ。どんな具が入っているのか楽しみですわね」
 好きなことを言いながらやってくる職員達。そして能力者達は彼らにできあがったばかりのカレーを提供する。
「ふむ。これなら戦災に遭われた人たちの傷も癒せるでしょう。フィッシャー先任軍曹、今回の炊出しは合格とします」
「はっ! ありがとうございます。それでは、能力者の皆さんもご自分で作った料理を味わってみて下さい。大人数対応の炊出しの訓練はこれで終了します」

 それから二時間。食事をし、休憩し、食器や使用した設備を洗浄する。料理は作るのは楽しいが後始末が大変だ。それらを片付け終えると、こんどは応急手当の訓練が始まった。
「さて、ここでペアになって下さい。応急手当の訓練を始めます」
 そう言われて能力者達は事前に決めていた通りのペアを組む。そしてそれぞれパートナーを負傷者と見立てて救急セットを使った応急手当を行う。
「良いですか、練成治療などは確かに怪我を大幅に回復させます。しかし練力には限りがありますから、まずはスキルによる治療が必要かどうかを確かめ、必要なければ救急セットやその場にある品物で治療をします。ですが、救急セットを使わずその場にある物を使用して治療するのは、生存術の分野にも重なってきますので、今回は救急箱で治療できるレベルの怪我を想定して応急手当の訓練を行います」
「ロウ・ヒールじゃ自分しか治せないしなぁ‥‥」
 カイはペアを組んでいる嶺の腕の仮想の傷を消毒し、包帯を巻いていく。その際にフィッシャーに駄目出しを受けたが、要領を覚えると器用に治療していった。
「やっぱり教本で倣っただけの知識じゃ駄目ですね」
 ハミルは隣でカイのやり方を真似しながら、分らないところはフィッシャーやペアのクールマに聞きながら覚えていく。
「こうですか‥‥? さすがに元軍人の人は違いますね」
 セシルは信人が教えるとおりに治療していく。
「こういう筋肉を使わないやつは任せてくれや。どれ、傷口はどんな感じよ?」
 マクシミリアンはパートナーのクラリアの腕の仮想の傷を消毒してガーゼをはって包帯を巻いていく。
『うまいですね‥‥』
 あっさりと治療が終るとクラリアはその早さに驚いたようで、メモ帳にそう書いた。
「何、これでもサイエンティストだからな。筋肉を使わないことならまあ、なんとかね」
 そして今度は治療する側とされる側が逆になって応急手当の訓練を行う。それが終った後は、軍隊格闘術の訓練だった。

「さて、それではそのままのペアで対戦を行います‥‥が、先に手本を見せましょう。夜十字さん、こちらへ来て下さい」
 フィッシャー先任軍曹にそう言われて信人が前にでる。
「何をするんですか?」
「模擬戦の模擬戦です。おや、夜十字さんの獲物は小銃ですか。では私は徒手空拳とまいりましょう。夜十字さんの銃の弾丸は全てペイント弾になっています。私に3発当てるか急所に当てたら夜十字さんの勝ちとします。では、はじめましょう」
「ずいぶん余裕ですね先任軍曹殿!」
 夜十字は小銃を構えると引金を引いた。しかしペイント弾があたるべき場所にフィッシャーの姿はなく、それどころかこちらに向って肉薄していた。
「ばかなっ! 能力者でもないのに!!」
 覚醒していないとは言え素の状態でも信人の方が能力が高いはずだ。だが先任軍曹は信人の手に軽く手を添え触れたままで力を込める。
 すると信人の手から銃が離れ、空中で回転する。そしてフィッシャーは信人の懐に入り込むと鳩尾に手を当てて先ほどのように力を込めた。
「ぐっぅぅ!」
 思わず信人が前かがみになり、そこをフィッシャーが関節と首を絞める。
「っっっ‥‥ギ‥‥ギブ」
 信人がギブアップしたのを受けて、フィッシャーは信人から離れる。信人は咳をしながら立上がり、鳩尾を押えた。
「何ですか今のは?」
 信人が尋ねる。
「何、軍隊格闘術を20年以上続けてきた結果ですよ。軍隊格闘術と武術は敵を無力化、すなわち殺すか戦闘不能にするところまでは一緒ですが、武術ではそれは途中経過の1つに過ぎません。ですが軍隊格闘術は短期間で相手を無力化する為の技術を学ばねばならない。そして無力化して生き残らなければならない。何しろ武術の試合と違って敵は多数来ますからね。
 余談になりますが、練習期間が同じくらいの軍人の卵と武術家の卵なら、大抵軍人の卵が勝ちます。それくらい軍隊格闘術は短期間で身につけられる物なのです。まあ、さすがに齢60の武術一筋の老師のような化け物相手なら別ですがね‥‥ともあれ、軍隊格闘術は今見たように非能力者でも能力者が覚醒していなければ簡単に殺せてしまいます。能力者が普段戦う相手はキメラですが最終的には敵の幹部と戦わねばなりません。そして敵の幹部は人型です。そのときに効果を発揮するのがこの軍隊式格闘術です」
「なるほど‥‥」
 ハミルが唸りながらメモを取る。
「まあ、しばらくの間皆さんのお相手はキメラですから、今回は基礎部分のみ行います。先ほどと同じペアで、1対1の戦闘訓練です。では、始め‥‥」

 戦闘訓練が終ったところで時間が来てしまったので、この続きは翌日に持ち越されることになった。そして帰りも30キロの背嚢を背負って10キロの行軍を行なったのである。