タイトル:【アイナ】新年&歓迎会マスター:碧風凛音

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/18 02:27

●オープニング本文


 新年某日。軍付属保育園が休みのこの時期、UPC北中央軍施設でアイナとアンジェリカは久しぶりにゆっくりとした親子水入らずの時間を楽しんでいた。そんな中、ふとこんな会話が行われた。
「アンジェリカ、保育園でお友達はできたかい?」
「うん。二人。えっとね、えっとね、シンシア・ミューラーちゃんとエミリー・メルビンちゃんって言うの」
「メルビン?」
 彼女はその名前を聞いて思わず反応した。確か以前自分を連行したあのUPCの少佐はメルビンと言ったはずだった。
「うん。エミリーちゃんはね、おじいちゃんがしょーさ、っていうんだって。えらいんだって」
 アンジェリカはエミリー・メルビンのこと祖父のことを、自分の祖父のことのように自慢げに話した。アイナは「やはりか」とは思ったが、顔には出さずアンジェリカとの会話を続けた。
「そうか‥‥楽しいか?」
「うん!」
 アンジェリカは笑顔で答える。
(「あなた‥‥アンジェリカはいい子に育っているよ」)
 その笑顔を見て、アイナは若くして逝った夫のことを思い出していた。そして例え自分がモルモットであれ、危険視されているのであれ、この子の笑顔を守るためならばなんでもしようという決意を固めていた。そしてアンジェリカが眠ったあと、彼女はメルビン少佐に通じる回線を開いた。
「どうしたね、モーランド女史?」
 メルビン少佐は迷惑そうな表情をするでもなくアイナに尋ねた。
「なに、あなたにお礼と頼み事があってね」
「ふむ‥‥まあ、話してみてくれ」
 不可解そうな表情をしながら少佐はそう言った。
「まず、あなたのお孫さん、エミリーちゃんが娘の友人になってくれたようでね、そのお礼を言いたい」
「ほう‥‥私の孫が。確かにエミリーは三歳だから、貴女の娘さんと同じクラスでしょうな。で、頼み事とはなんですかね?」
「娘は年末に急に編入し、まだ友人が少ない。友達も二人言っていたのでまだクラスにはうまく馴染めていないだろう。そして新年の休みがあった。このブランクはクラスに馴染むのにさらに時間がかかる要因となるだろう」
「そうですな。否定はしません」
「それで、できれば何かイベントでもして娘がクラスと保育園に馴染めるきっかけを作って欲しいと思ってこうして夜分に通信させて貰った」
 アイナがそう言うと、少佐はしばらく思案してから口を開いた。
「保育園では年明けに新年会をやりますが、それに便乗して娘さんの歓迎会も開けないか、保育園の方に打診しておきましょう。それでよろしいかな?」
「感謝する。それと、出来れば私もその場に参加したいのだが」
 アイナがそう言った途端、少佐の口調が厳しいものに変わった。
「私個人としては貴女のことを信用したい気持ちはあるのですが、これでも軍人ですからな。あまり軽々しく強化人間である貴女を人前に出すわけにはいかない。そのことはご理解いただけますかな?」
「ああ、それは理解している。軍や能力者達の監視をつけて貰って構わない。むしろ、私がスリーピングテロリストである可能性があるならば、この手で娘を殺めてしまうかもしれないことも理解している。それでも、少しでも娘とは一緒にいたいのだ」
「ふーむ。そうですな、30分。30分くらいなら監視付きでの外出を許可できるかもしれん。詳しくは上に聞いてみないと分らんがね」
「それでも構わない。そうだ、それから出し物などはどうだろう。私と能力者の模擬戦とかはどうだろうか?」
「難しいですな‥‥上に判断を仰ぎます。模擬戦とは言え貴女に武器を持たせるのが妥当かどうか、私では判断が出来かねる」
「わかった。回答は後日でいい。ともかく、娘をよろしく頼む」
「了解しました。エミリーの友人と言うこともありますしな、善処しましょう。では、詳細が決まりましたらこちらから連絡します」
「感謝する」
 それからいくつか儀礼的な会話を交わしたあと、通信は切られた。そして後日、少佐からの連絡が入った。
「モーランド女史、朗報です。新年会に併設する形でのお嬢さんの歓迎会、そして能力者との模擬戦。これらの許可がおりました。ただし模擬戦は一戦だけ、保育園の滞在時間も30分、もちろん監視付きと言う条件ですがね。その後の出し物は、虫の良い話ですが能力者に任せると言うことになりました。それでよろしいですかな?」
 少佐の報告が終わると、アイナは嬉しそうに頷いた。
「無論構わない。それならば模擬戦自体は5分か10分で終わらせて、残りの出し物を娘と一緒に楽しみたいくらいだ」
「ええ、模擬戦の時間は短い方がこちらとしても安心できますな。それでは、能力者への依頼はこちらの方で出しておきます。お嬢さんによろしくお伝えください」
「すまないな、少佐。厄介ごとを押しつけてしまって」
「いえ、これも何かの縁でしょう。これからも何かある際は私に連絡してください。逆に言えば、私を通さなければ何も出来ないとも言えますがね」
 少佐の言葉にアイナは礼を言うと、少佐は「当日は私も保育園にいきます。エミリーにはお嬢さんと仲良くするように言いつけておきますよ」と答えた。
 そして、それからまた儀礼的な会話を交わして、通信は切られた。
(「よかった。これでアンジェリカにも友人が増えるだろう」)
 アイナは安堵すると自室に戻り、代々彼女の家に伝わってきた漆黒のエペを手に取った。彼女の家柄は、英国騎士の末裔である。今ではその血は薄れたが尚武の気風は根強く残っており、それが彼女がフェンシングを修める切っ掛けともなった。
 そして彼女はエペを持ってリビングに出ると、演舞を始めた。それは、一つの芸術と言っても良かった――

●参加者一覧

/ ロジー・ビィ(ga1031) / 須佐 武流(ga1461) / 流 星之丞(ga1928) / UNKNOWN(ga4276) / レールズ(ga5293) / 番 朝(ga7743) / 結城加依理(ga9556) / 美環 響(gb2863) / ゲオルグ(gb4165) / サンディ(gb4343

●リプレイ本文

●事前確認
 UPC北中央軍の基地の一室にアイナとメルビン少佐、そして今回の依頼に集まった能力者が集合していた。
「よく集まってくれた。私が今回の依頼人、メルビン少佐だ。依頼内容はすでに確認していると思うので、今回は諸君がどんなことをやるのか事前に聞きたいと思って、集まって貰った」
 少佐の言葉に最初に応えたのはロジー・ビィ(ga1031)だった。
「ロジーですわ。まずはドリンクバー、それからヒーローショーですわね。ヒーローショーでは司会のお姉さんをやらせていただきますの」
「俺はそのヒーローショーで悪役をやることになった須佐 武流(ga1461)だ」
 武流がそう言うと今度は流 星之丞(ga1928)が続いた。
「アイナさん、お元気そうで何よりです。ジョーこと、流 星之丞です。ヒーローショーでは一応ヒーロー側です」
「久しぶりだな、ジョー。私も、アンジェリカも元気だ。今回はこのような企画のために集まってくれて礼を言う」
「私はUNKNOWN(ga4276)。まあ、ヒーローショーでは悪役だが、精一杯子供達を楽しませたいとは思っているよ」
「ヒーローショーか、懐かしいな。息子達とよく見に行ったものだ。まあ、悪役がいないことには盛り上がらんからがんばってくれたまえ」
 少佐がUNKNOWNを見ながら言う。
「その際は少佐殿にもご協力いただくことになるかもしれませんが、イベントと言うことで大目に見て貰いたい」
 UNKNOWNがそう言うと少佐は不思議そうな顔をしたが、深くは考えずレールズ(ga5293)に話を振った。
「レールズです。アイナさんお久しぶりです。取りあえずお元気そうですね。あなたとの模擬戦は俺も参加したかったのですが、今回は槍がまだ未完成と言うことで辞退することになりました」
「レールズか、ジョーとおなじくあのとき以来かな? 模擬戦には参加できないのか。残念だが仕方がない」
 アイナが挨拶を返すと、レールズは少佐に向けて口を開いた。
「今回は俺たちが護衛しなくて良いんですか?」と。
「ん? そのつもりでこの依頼を頼んだはずだし、何人かは今でも武器を隠し持っているようだな。気配と身のこなしで分る。参謀とは言えこれでも軍人だ。見れば分るよ」
 実際、武器を持ち込んでいる能力者が何人かいたので少佐はそれで十分と判断したのだろう。
「そうですか。取りあえずヒーローショーではヒーロー側で参戦するつもりです。宜しくお願いします。特に司会のお姉さん?」
 そういってロジーに視線を向ける。
「もちろんですの。お約束は心得ておりますの」
 ロジーはそう言ってころころ笑うと、話を続けるように促した。
「番 朝(ga7743)だ。ヒーローショーは観戦して、模擬店をやるつもりでいるよ。アイナ君、久しぶり。あ、挨拶は良いよ、さっきから何度も聞いているからね。とりあえず元気そうで何よりだ」
 朝がそう言って微笑むと、アイナも微笑みを返した。
「アイナさんがお元気そうで何よりです。でもアンジェリカちゃんに会えなくてちょっと残念かな。結城加依理(ga9556)です。どうですか? あらたな生活には慣れましたか?」
「そうだな‥‥慣れたとえば慣れたとも言える。私の方はな。だが、アンジェリカはまだのようだ。それで今回の依頼となった運びだ」
「なるほど。では、アンジェリカちゃんのためにもがんばりますよ」
 スリーピングテロリストの話を聞いてアイナのことを少し不審に思っている加依理だが、それは表に出さず話を進めた。
「美環 響(gb2863)です。ヒーローショーに参加します。あとは時間が余ったら奇術とかでもしようかなと。アイナさんには悪いけど最悪の事態を想定して準備をするつもりです。もちろん、子供達はめいいっぱい楽しませますのでご安心ください」
 響がポーカーフェイスでいう。
「無論それで構わない。よろしく頼む」
 アイナが頭を下げる。彼女は自分自身すら信頼できないという状況に陥っていた。スリーピングテロリストの話を聞いてから。そんな状況下で力を持った能力者という安全装置があるのは彼女の精神的な負荷を和らげるのに多少なりとも役立っているようである。
「ゲオルグ(gb4165)だ。ヒーローショーでは悪役をやらせて貰う。子供達の笑顔のためにがんばるつもりだ。後は模擬店にも参加する」
 そのほかにも彼は射的や輪投げのような景品のかかった遊びも用意するつもりでいた。
 最後がサンディ(gb4343)だ。
「お久しぶりですアイナさん。お身体の方はいかがですか? えっと、サンディです。今回はアイナさんとの模擬戦を務めさせていただくことになりました。その後は模擬店をやる予定です」
「久しぶりだね、サンディ。あの時は君のレイピアのおかげで助かった。体の方は何ともないよ。心配してくれてありがとう」
「さて、以上かな? つまり模擬戦の後はヒーローショーと模擬店、奇術と。ヒーローショーは子供達も喜ぶだろう。大いに盛り上げてくれたまえ」
「わかりました」
 不敵な笑みをたたえながらUNKNOWNが答える。
「すまんな諸君、私の我が儘を聞き入れて貰って」
「いえ、アイナさんとお手合わせができるなんて光栄です。本気で行きますから、宜しくお願いしますね」
 サンディがそう言って微笑むと、アイナも笑ってこちらこそよろしくと言った。
「では、当日はよろしく頼むよ、諸君」
 メルビン少佐がそういって締めて、事前確認は終了となった。

●新年&歓迎会
「それでは、これから新年会とアンジェリカ・モーランドちゃんの歓迎会を始めますの〜」
 メルビン少佐によってちゃっかりと全体の司会進行を押しつけられてしまったロジーが、意外とノリノリで開会を宣言する。
「それでは、アンジェリカちゃんのお母さんで、北米フェンシング界チャンピオンの一人、アイナ・モーランドさんと、おなじくフェンシングのお勉強をしているサンディちゃんによるフェンシングの模擬戦から始めたいと思います」
 拍手が会場を埋める。特設ステージの右袖からアイナが、左袖からサンディが登場すると「かっこいい〜」とか「かわいい〜」とか、主にサンディに対して園児の母親から黄色い声が飛んだ。二人は中央で向かい合うと、練習用に使われるイミテーションのレイピアを手にとって剣の切っ先を交える。それから一歩間を置いて剣を構えた。
「それでは、はじめ!」
 ロジーの開始の合図でまずはサンディが下から強烈な突きを入れる。だがアイナはそれを軽く剣先でいなすと間合いを取り、リーチの差を利用して軽い突きを入れる。無論サンディはそれを躱すが、それはフェイントだった。さらに踏み込んだ突きがサンディを襲う。それはサンディの腕に命中した。
 まずはアイナがワンポイント先取である。
「凄い‥‥」
 それをみて加依理が驚愕の声を上げる。
 今度はサンディも慎重に剣を振るう。アイナもそれに対して無理に攻めるようなことはせず、攻撃を剣で受けながら防いでいった。まわりからみればサンディが圧倒的に有利に見えたかもしれない。しかしサンディは焦っていた。自分の繰り出す技の数々が簡単に防がれる。そしてサンディが突きを入れてアイナがそれを弾き、サンディが剣を引いた瞬間、そこにできた隙を目ざとく見つけてアイナは胴に突きを入れる。
 アイナが二ポイント目を獲得した。
「やっぱり強いですね。でもそれだけ危険‥だと判断されて‥‥」
 加依理が小声でそういうと、レールズが加依理に「どうした?」と聞く。
「い‥‥いえ何でもないです。なんでも‥‥」
 加依理はアイナの強さを危険視しているようであった。だがそんなことは関係なく模擬戦は進む。
 今度はアイナが果敢に攻める。防戦一方に回るサンディだが、次第に疲労が見えてきた。そして刹那――サンディの手から剣が飛んだ。アイナが弾き飛ばしたのだ。
「勝負あり、ですわ」
 ここでロジーが試合の終了を告げる。規定の10分に達しそうになっていたからだ。
「と言うわけで、この模擬戦はアイナ・モーランドさんの勝利ですの〜」
 拍手と歓声が飛ぶ。健闘したサンディへの声援も混じっている。
「良い剣筋だった。このまま修練を続けていれば、いずれ私を追い抜くだろうな、サンディ」
「ええ、いつか、絶対にあなたより強くなってみせます!」
 そう言って二人は剣先を交わす。まるで、誓いを立てる騎士のように。そんな二人にさらに拍手が飛ぶ。そして礼を交わし特設ステージから二人が降りたそのとき、派手な爆発音が後ろから響いた。おそらく花火だろう。カラフルな煙が渦巻いている。そして全員がそれに気を取られた瞬間、メルビン少佐の後ろに男が立っていた。
 その男の服装は黒のフロックコートにベスト。スラックス、帽子、皮靴、革手袋。白の立襟カフスシャツ、シルクロングマフラー、それから様々な装飾品と、ライオンを象った顔上半分隠すマスクといったものだった。ここが仮面舞踏会の会場だったら男は主役になれただろう。だが保育園という場ではその衣装は浮いて見えた。
「さて、少佐。お母さんにもう少し活躍して貰おうか、な? 子供達のためにね」
 男が小声でそういうと少佐はその人物の正体を察したようだ。
「きみ‥‥」
 だが少佐が言葉を発しようとしたとき、男は大きく名乗りを上げた。
「私は、自由を愛する男‥‥『イスカリオテ』」
 そして保育園の広場に移動する。少佐を人質にしながら。
「ここの会場は占拠した。さあ、少佐は人質だ」
 『イスカリオテ』がそう言った瞬間、エミリー・メルビンがアイナに向かって「おじいちゃんを助けて!」と叫んだ。
「ああっ、ぬいぐるみさん‥‥じゃなかった、少佐さんの大ピンチですわ!」
 ロジーが筋書きにない事態に戸惑いながらも、これをヒーローショーとして盛り上げようとしていた。
「皆さーん! ご一緒にアイナさんを呼びましょう♪ せーのッ」
『アイナさーん!』
 子供達がロジーと一緒に叫ぶ。
「よかろう!」
 アイナは呼びかけに答えてレイピアを構えると、型など関係無しにイスカリオテに向かって突進した。
(「そうだ。それでいい」)
 イスカリオテは心の中でほくそ笑む。
 イスカリオテはアイナの剣を弾くと少佐を突き飛ばし、アイナに向かって突きを入れる。アイナは体を捻ってそれを躱すと、少佐とイスカリオテの間に割り込んだ。
「大丈夫か少佐?」
「ああ、大丈夫だ。それよりもこの流れはいったい‥‥」
「おふざけにしても度が過ぎるな。良かろうイスカリオテとやら、この美環 響が相手になろう!」
 響はそう言うと、奇術のようにどこからともなくアーミーナイフを取り出し、イスカリオテに向かって突進した。
 イスカリオテはその攻撃をバク転で躱すと、保育園の屋根に飛び移った。
「よかろう、能力者の諸君。かかってきたまえ」
 イスカリオテのその宣誓に、いつの間にか特設ステージの屋根に立っていたジョーが叫ぶ。
「まてっ! 僕達が居る限り、お前の好きにはさせないぞ‥‥僕は流星のジョー、またの名をキャプテンジョーだ。行くぞ、みんな」
 流れを理解したのか、イスカリオテと名乗る男のアドリブに、ジョーは名乗りを上げてヒーローとして登場する。そして十字架のような大きな剣を抜き、イスカリオテに戦いを挑んだ。
 イスカリオテ、アイナ、響、ジョーによる三対一の剣戟が何度か交わされる中で、イスカリオテは響にそっとアイコンタクトを取った。響は即座にその意味を理解し、大きな布を広げて観客達からの視線を遮ると、次の瞬間にはアイナとメルビン少佐、アンジェリカと少佐の孫娘のエミリーをステージ裏に移動させていた。
「ふう。UNKNOWNさん‥‥意図は分りますがやることが派手すぎますよ‥‥」
 周囲に人がいないのを確認してから響きはそう漏らす。
「やはりさっきの怪人はUNKNOWN君かね。彼はいったい何を‥‥」
 少佐がそう言いかけたその時、エミリーがアイナの前に立って「おじいちゃんを助けてくれてありがとうございます」と言って深々と礼をした。それからアンジェリカの手を握り、「リカちゃん、続きを見に行こ?」と言って表へと駆けていった。
「という訳ですよ‥‥」
 それしか響は言わなかったが、それでアイナも少佐も納得したようだった。
「とは言え、少々軽はずみに過ぎたな、彼の行動は。無論礼は言わねばならんがね」
「そうでしょうね。後で釘を刺しておいてください、少佐」
「そのつもりだ。さて、モーランド女史、我々も観客席に戻ってショーをみようではないか。それから響君も自分の持ち場に戻ってくれたまえ」
「了解です」
 響はそう言って、颯爽と走り去っていった。
「ふう。なかなかに役者だな。UNKNOWNという男は」
「そうですな。まあ、ロジー君とも顔見知りと言うことだし、色々な分野で有名な男だから信頼は置けるとは思うが」
 少佐はそういって客席へと歩いていった。
「ツッ――」
 突然頭痛が走る。が、それは一瞬で消えたのでアイナはそれを気にせず客席へと向かった。

●悪役はかく去りぬ
 アイナが客席へ戻ると、イスカリオテは遊具や建物など保育園全体を利用してイリュージョンショーのように観客達を魅惑させていた。一方で武流はもう一人の悪役として保育園の屋上から登場し「最後の希望を‥‥絶望に変えてやろう‥‥」といって飛び降りると、UNKNOWNがさり気なく用意しておいた大太刀のイミテーションを振り回した。
「この剣‥‥すべていなせるか?」
 そう言って響に迫る。
 響はその何割かをわざと受け、がくりと膝をつく。
 一方イスカリオテと闘っていたレールズやゲオルグと闘っていたジョーもピンチの演出をしていた。そしてレールズが
「ック! 強い‥‥! みんな! 俺達に力を分けてくれ!」
 とヒーローショーおきまりの台詞を口にする。
「ああ、ヒーローのみなさんがピンチです。皆さん、大きな声で応援しましょう! 『がんばれー!』 ですわよ、せーの」
『がんばれー!』
『がんばれー!』
『がんばれー!』
 子供達の応援が飛ぶ。
 子供達の声援を受けて、ヒーロー側の能力者達は覚醒をする。
 ジョーは髪と両目の色が黄緑色に変化し、レールズは髪がブロンドになり目がエメラルドグリーンのようになり光る。響は体から様々な色のオーラを放出し、それを自在に操ることで演出を加える。
「かわせるか?」
 武流が瞬天速を使って響に迫るが、響はイリュージョンのテクニックを応用して派手にそれをかわす。
「これで、終わりだ!」
 響はナイフにオーラを這わせ、子供達にわかりやすく必殺技だよ、と演出すると、適当な技名を叫んで武流を切り捨てた。
 武流はどう、と大きな音を残して地面に倒れる。
 ゲオルグはヒーロー達が覚醒したにも関わらず余裕を見せていた。そして、派手に叫ぶ。
「ふっ。それくらいどうと言うことはない。奥の手だ。変身!」
 ゲオルグはAU−KVをアーマー形態にして纏うと、ジョーに攻撃を仕掛ける。
 その攻撃を受けてジョーは派手に吹っ飛んでみせるが、すぐに立ち上がって不敵に笑う。
「その程度か、怪人!」
「なにぃ!? ならばこれはどうだ!」
 イミテーションの日本刀を手にゲオルグはジョーに迫る。しかしジョーは奥歯を噛むと流し斬りの動きを応用して懐に飛び込みゲオルグの剣を奪い取る。そして紅蓮衝撃を放つ。その瞬間、ジョーの全身は赤いオーラに包まれていた。
「食らえ、これが僕たちの勇気だ!」
 ジョーはそう言って剣を振るい、ゲオルグはAU−KVをバイク形態に戻して切られた演出をする。
「‥‥なかなかやるようだな‥‥だが、これで終わりではない‥‥これから始まるのだ‥‥‥フッフッハッハッハッハッ‥‥‥‥」
 それでも倒れず、捨て台詞を残して去っていった。
 一方イスカリオテもレールズの攻撃をオーバーアクションでかわし、「今日の所は見逃してやろう‥‥さらばだ。諸君」と捨て台詞を残し、コートを翻して何処かへと去っていった。高らかに笑い声を残しながら。
「やりましたわっ! 皆さんのおかげで悪人を退治できましたの。よい子の皆さーん。拍手ですわよ」
 といってロジーが率先して拍手をすると、子供達もそれにつられて拍手をした。
「みんな、ありがとう! みんなの声援のお陰で勝てたよ」
 とレールズが言うと、ジョーと響も「ありがとう」と言う。
 そしてロジーの巧みな引っ張りによって、筋書が大きく変わったヒーローショーは終了したのだった。そして同時に、アイナの滞在時間も終了した。

●制限時間
 ヒーローショーが終わると子供達にお金を模したおもちゃのコインが渡され、模擬店が開始された。そんな中さり気なくアイナと少佐とアンジェリカが会場から消えていったのを、ずっとアイナとアンジェリカの様子を見守っていた朝とサンディは気がついていた。
(「二人が楽しそうで、良かったな‥‥」)
 朝は心の中でそう呟く。
「おれ、ツガイアシタ、よろしくな」
 そして子供達にそう挨拶をすると、子供達はすぐに朝になつき、買い物のしかたを教わって、それぞれが欲しいものを手に入れていた。
 そして戻ってきたゲオルグとUNKNOWNのうち、ゲオルグは模擬店にて射的や輪投げの店を開き、UNKNOWNは響に耳を引っ張られてダンディズム形無しといった様子で少佐達が消えていった方向に連れて行かれた。
 加依理と武流はアイナが帰る時間と悟り、彼女を見送るためアイナや少佐達が消えていった方向へと駆けていった。レールズも少佐に用があると言って会場から去っていく。
 そしてジョーはロジーに引っ張られる形で模擬店のドリンクバーの店員をやっていた。そしてアイナ達は‥‥

「アンジェリカ、お母さんはそろそろ帰らなければならないけど、エミリーちゃん達と仲良くするんだよ」
「うん!」
 アンジェリカは満面の笑顔で答えた。
 そんなアンジェリカに、武流が質問をする。
「アンジェリカ、きみはお母さんが好きかい?」
「うん!」
 これまた満面の笑みである。
「君のお母さんは強い人だ。何があっても‥‥きっと大丈夫だ」
「ふえ?」
 わけが分らないといった様子のアンジェリカを、武流は自分の肩に載せてみせる。
「ふわー。たかい、たかーい」
 どうやらお気に召したようだった。
「アイナさん、あなたはアンジェリカちゃんのこと‥‥好きですよね?」
 加依理がそう尋ねると、アイナは万全の自信を持って答えた。
「無論だ。アンジェルカの笑顔のためならば、私はなんだってするよ」
「どうしたの、ママ?」
「ん? ママはアンジェリカが大好きだよって、このお兄ちゃんに教えてたんだ」
「うん! アンジェリカもママが好き!」
「ありがとう、アンジェリカ。これでも不満か?」
 と尋ねると、加依理は首を振った。
「なら‥‥いいんです。ただ僕があなたを信じきれて‥‥ないだけかもしれません」
「ふむ。それも当然だな。武流、加依理、すまんがアンジェリカを連れて行ってくれないか?」
 アイナがそう言うと、アンジェリカは不思議そうな顔をした。
「ママはね、これからお仕事があるから、帰らなくちゃいけないんだ。アンジェリカは、エミリーちゃん達と遊んでおいで」
「わかったー」
 アンジェリカはそう答えると、武流に連れて行ってと催促した。どうやら父親がいない彼女は、始めて体験した肩車というものを非常に気に入ったようである。
 アンジェリカがいなくなってから、響はこう言った。
「ところでアイナさん、こんな言葉があります。大切なものを持っている人より、何も失うものを持っていない人が強いと言います。本当です。でも、持っていない人より強い人がいます。それは『大切なものを失う寸前の人』です。重要な決断を迫られた時、この言葉思い出してください」
「分った。心しておこう」
 アイナはそう言うと、UPCの軍人に付き添われて車へと移動した。アイナがいなくなったのを確認してからレールズが少佐に尋ねる。
「少佐、アイナさんに使われた改造技術とか洗脳について何かわかりました? 軍事機密でしたらすみません」
 それに対し少佐は重々しい声で答える。
「軍事機密もあるが、私はあくまで参謀で技術者じゃないんでな、専門的なことは何も分らん」
「そうですか‥‥すみません」
「いや、気にせんで良い。ところでUNKNOWN君、君がなぜこの場にいるか分っているかね?」
 少佐の問いに、UNKNOWNは「大体は」と答えた。
「君の取った行動は、モーランド女史やアンジェリカ嬢、そしてエミリーのためのことを思ってなのだろう。それは理解できるし感謝もしている。だがね、きみの行動は軽はずみに過ぎた」
 そこで少佐は一度言葉を切った。
「モーランド女史は安全が確認できていないバグア側の強化人間だ。強化人間というのは本来敵であり、味方としていること自体がイレギュラーなのだ。彼女は洗脳が失敗したと言っているし私も彼女を信用したい。だがね、スリーピングテロリストという言葉があるように‥‥これを最初に言ったのはレールズ君だったかな? とにかく、いつ深層意識での洗脳が解放されてバグアに戻るか分らない。しかも何が引き金になるかも分らない。ガラス繊維で出来たロープの上で綱渡りをしているのが現状だと思ってくれ」
「なるほど‥‥」
 UNKNOWNはそれだけを言うと少佐の言葉を待った。
「それから、君の行動に事前の打ち合せが一切なかった事、これも看過できないポイントだ。最初から私やモーランド女史との打ち合せが出来ていたのならこの
ようなことも言わなかっただろうしロジー君のアドリブに救われはしたが、あれがモーランド女史の深層意識の引き金を引く行為になってしまうとしたら?」
「‥‥‥」
「悲観的に考えて悲観的に行動せよと言う言葉がある。軍人は楽観的な希望・観測に基づいて行動するなという戒めだな。楽観的な観測に基づいて立てられた作戦を実行したらどうなると思うね? したがって、我々としては常に最悪の状況を考えて行動しなければならん。すなわち今回の歓迎会はあくまでも特別的な措置であり、UPC北中央軍としては極力強化人間を一般人の目に触れさせたくないのが正直なところでね」
「それは分りました。ですがアイナ女史に「何か」有ったとしたら漏れるのは軍から以外考えられない」
「そう、それだ。その何かが私の権限で隠蔽できるレベルなら良いがね、ここはあくまでも軍人の子息が通う保育園だ。軍から漏れるとしたらその親にも漏れる。そしてそうなった場合、いじめられるなど弊害を受けるのはアンジェリカ嬢だ。君の行動はその点を考えていなかったように感じられる。今後はこのようなことがないようにしてくれたまえ」
「そうですね。その点については軽率でした。申し訳ない」
「さて、レールズ君、UNKNOWN君、モーランド女史の監視兼護衛として車に乗り込んでくれたまえ」
「了解しました」
 少佐の言葉に頷くと、レールズとUNKNOWNはアイナが乗り込んでいる車へと移動した。そして少佐も同乗する。少々のアクシデントはあったものの、アイナの30分という短いながらも貴重な時間は有意義に消費されたのであった。

●その後
 模擬店は非常に好評であったが、子供達の消費意欲の前に用意したものが全てなくなってしまうと、響が奇術ショーをひらいて会場を盛り上げた。何もないところから飴玉やぬいぐるみや玩具を取り出しては子供達にプレゼントする。
 武流は完全に肩車係になってしまい、何人もの子供達を肩に乗せては盛り上がっていた。
 ジョーと加依理とサンディは雑用係。ゲオルグは景品がなくなっても輪投げで遊ぶ子供の対応にいっぱいいっぱいだった。
 ロジーは、完璧に子ども達と一緒になって遊んでいた。そして朝は子ども達になつかれすぎてパニックを起こしていたが、ロジーが機転を利かせて朝を救い出す。
 そして懸念されていたアンジェリカのクラスの子ども達との交流だが、クラスの子どもどころか他のクラスの子までがアンジェリカがアイナの娘であることを知って、彼女の母親のことを口々に賞賛する。結局は、イスカリオテという謎の怪人のおかげなのだろう。
 最後に、マイムマイムを園児と保護者、能力者達で踊って新年&歓迎会はお開きとなった。
 こう言うときにふさわしい言葉は、一つだけだろう。めでたし、めでたし。