タイトル:【NF】平和の訪れマスター:青井えう

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 27 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/31 18:39

●オープニング本文


 北米ワイオミング州ナトロナ郡。
 赤土の荒野に点在する破壊された基地、山々や平原に取り残されたワームの残骸。
 それもやがて――ナトロナの過去の物語となるだろう。

「‥‥我々は勝利と引き換えに数多の命を失った。勝利の裏で犠牲となった彼らの存在は大きい。軍人、民間人、その区別は無く尊い命が幾つも失われてしまった。だが我々は――下を向いてはならない」
 キャスパーにあるハイランド墓地で、大規模な追悼式は行われていた。
 喪服に身を包んだポボス司令を始め、各将校・士官、そして民間人代表が出席する式典は粛々と進められる。重い空気の中を、しかし彼らは人々の死を厳粛に受け止めて――前へ歩もうとしていた。
「今まで見守って下さってありがとうございました‥‥少佐。遂にこの地を取り戻したッス。
 自分は少佐に貰ったこの命を――これからも苦しんでる人々に使おうと思ってるッスよ」
 花束と煙草を墓石の前に置き、タロー軍曹が最上級の敬礼をする。
 涙ぐんだ瞳を空に向け、その滴がこぼれないように軍曹は耐えた。
 戦いに勝っても逝ってしまった人は帰らない。今から出来る事はこんな悲劇を少しでも食い止める事。
 彼は平和になったこの地を離れ、また別の戦場への転属願いを出していた。
 アロルド少佐の墓石は何も言わず‥‥しかし、冬にしては生温い風がタローの髪を撫で、まるで彼の決断を祝福しているようだった。

「ったく、寂しくなるな‥‥。せぇっかくこの街の英雄になったてのによ」
 夕暮れのワシントン広場で、大仰な溜め息を吐いて腕を組むバルト中尉。
 祝勝会準備の為に山積みされた物品の中から酒を引っつかみ、その栓をこじ開けてきついアルコールを口に含んだ。
「ナトロナを離れて次の戦場へ行くらしいじゃねぇかよぉ‥‥」
「まぁまぁ隊長。誰がここを離れても俺は行かないんで安心して下さいよ」
 隣から副長のカスピ少尉が微笑みかけるのに対して――バルトは不機嫌そうにその頭を殴った。
「バカ野郎ォッ! 酒も弱いてめぇの顔なんざ見飽きたんだよ!!」
「そ、そんなぁ‥‥あんまりですよ隊長ぉ‥‥」
 頭をさするカスピ少尉をバルトは半眼で睨み、ふんっと鼻を鳴らした。
「ま、この腐れ縁は切れそうにもねぇがな。仕方ねぇ、とりあえずお前で我慢しといてやるか。今宵は祭りだ、飲むぞカスピ!!」
「‥っ、はい隊長!! 俺達の勝利なんです、今日ぐらい思いっきり騒ぎましょう!!」
 男同士で互いに肩を組み、片手に酒を持ってワシントン広場中央へと消えていく。

「考え直すつもりは無いのか?」
 ワシントン広場を見下ろすキャスパーの電波塔。
 その展望フロアで、追悼式を終えたポボス司令が二人へ向かって話しかけていた。
 ガラスの内側へ、夕暮れの太陽が赤い光を投げかける。静かなフロアでは、荒野に沈む太陽だけが時間の止まっていない事を証明しているようだった。
「お前達‥‥いや、君達はこのナトロナで希望の星となった。ワシら軍人だけではなく、民衆も君達が居れば安心するはずだ」
 ポボスのそんな説得の言葉に耳を傾けながら、片翼章を肩につけた女はガラスに歩み寄る。美しい夕陽に照らされたナトロナの人々が、平和を祝う祭りの準備に励んでいた。
 傍らの片翼章を付けた男は振り返り、ポボスへと微笑みを浮かべる。
「俺達が居なくても‥‥もうここは平和です、司令。後はクロウ隊やブルーバード隊が十分に守ってくれます」
 イカロス隊、ライト・ブローウィン少尉がそう呟いて穏やかに頷く。愛しそうにキャスパーの街並みを見やり、それでも彼は――次の戦場へ去るつもりだった。
「だが、君達もここで我々と共に‥‥」
 引き止めるポボスの言葉をヒータ・エーシル大尉は嬉しそうに聞きながら、しかし静かに首を横に振った。
「私達は行きます。まだ人類の戦いは終わりません。だから私達は、皆さんが育ててくれたイカロスの翼できっと――あの星まで飛んでみせます」
 ガラスに手を付き、空を仰ぐヒータ。
 沈みきった太陽とは別に――赤い遊星は不気味に浮いていた。
 だがいつか届くだろう。
 人類が伸ばすその手は、あの星に。
「そう、か‥‥」
 ポボスは残念そうにうな垂れ、しかし彼らを見送る表情で笑顔を浮かべた。
 きっと彼らなら、やってくれると信じて。

「‥‥おい、カスピ、タロー!!! もっと飾り持って来い!!」
「「りょ、了解ー!」」
 ワシントン広場中心に聳え立つ、大きなクリスマスツリー。
 その飾りつけをする無骨な軍人達。民間人や子供に混じり、大きな身体で一生懸命飾っていた。
 噴水の前に聳えるもみの木に様々なオーナメントが吊るされる。クリスマスボールにキャンディケイン、スノーブランケット、そしてイルミネーション。
 また個々の手作りの玩具やお菓子、飾りなども次々に吊るされていく。
「いやー、生き残ったなぁ! はっはっは、今日はぶっ倒れるまで飲むぞー!!」
「イェーイ!! ナトロナに乾杯ー!!」
 偵察部隊ホークスアイの面々もワシントン公園の芝生広場で騒ぐ。他の軍人も民間人も、そこで宴会を繰り広げていた。
 だがライトとヒータはそっとその宴会場を抜け出す。
 二人は喧騒を離れて、静かに話が出来る林の遊歩道へ。
「‥‥とうとう、バグアに勝ちましたね」
「ああ。振り返ればあっという間だった気も、何十年も戦ってたような気もするよ」
 白い息を吐き出して、ライトが夜空を見上げる。つられてヒータも星々を仰いだ。
 初任務をこなした日からここに来るまでの様々な出来事があった。それはとても楽しい思い出だったとは言い難い。
 伝説だったレッドバード隊、三人の強化人間、辛い撤退行、各解放作戦。
 様々な戦いを経て、二人はこの場所に立っているのだ。
 乾燥した空気に澄んで輝く数多の星々。
 その一つだけでも‥‥彼らは掴めたのだろうか。
「ライト?」
「ん、何だ‥‥?」
 今まで肩を張っていた彼女が急に彼の名を呼んで満面の笑みを浮かべた。
 怪訝そうなライトに向かって、悪戯っぽく囁く。
「誕生日が任務に潰れた分、‥‥クリスマスプレゼントは期待してるからね?」
「‥‥いやッ、ああ。オホンッ、分かってるとも」
 ドギマギしながらライトは平静を装う。
 だがポケットの中で四角い箱――人生を賭けた贈り物を握る手は汗ばんだ。
 もうバレてるのでは無いか、とか、指のサイズを聞いた時にバレたんだろうか、とか、――受け取ってくれるだろうか、とか。
 疑念ばかりが浮かんだ。
「あ、もうすぐ点灯みたい。行きましょう、ライト」
 そんな気持ちを知ってか知らずか、ヒータはツリーへ無邪気に歩き出した。
 だがその首元にレフトハート・ペンダントを着けているのを見て、ライトは自分を励ます。彼の服の下にも対になるペンダントが下がっていた。
 振り返るヒータへ頷き、ライトは歩き出す。

 聖夜の平和の灯りが今、キャスパーで輝こうとしていた。

●参加者一覧

/ 水上・未早(ga0049) / 聖・真琴(ga1622) / ブレイズ・カーディナル(ga1851) / 伊藤 毅(ga2610) / UNKNOWN(ga4276) / カルマ・シュタット(ga6302) / 山崎 健二(ga8182) / 風羽・シン(ga8190) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 三枝 雄二(ga9107) / 瑞姫・イェーガー(ga9347) / 赤宮 リア(ga9958) / イスル・イェーガー(gb0925) / ラウラ・ブレイク(gb1395) / リヴァル・クロウ(gb2337) / 依神 隼瀬(gb2747) / 鳳覚羅(gb3095) / アンジェラ・D.S.(gb3967) / アーク・ウイング(gb4432) / 鹿島 綾(gb4549) / ルノア・アラバスター(gb5133) / エイラ・リトヴァク(gb9458) / 美空・桃2(gb9509) / 獅月 きら(gc1055) / エシック・ランカスター(gc4778) / 島田魁(gc5166) / エルヴィス・ルルーシュ(gc6426

●リプレイ本文

 基地に設営したテントの中。
「諸君‥‥この企画は必ず成功させる。心して任務に当たって欲しい」
 UNKNOWN(ga4276)はテーブルに両手を付き、強く言い放った。
 熱っぽい表情のすぐ真下に、統計学等の各種資料が広がっている。
「了解した。‥‥たまにはKVをこんな風に使ってもいいだろう」
 伊藤 毅(ga2610)も頷き、テントの外へ目を向ける。
 そこには、赤と白に彩られたフェニックス――サンタKVが鎮座していた。
「伊藤先輩!」
 向こうで声を上げたのは、三枝 雄二(ga9107)。
 展示飛行に協力してくれる人員を探していたのだが、あいにく見つからなかった。
「大丈夫っす、二人でも上手くやれるっすよ!」
 元展示飛行隊員の雄二は血が騒ぎ、鼻息荒く断言する。
 その後ろの機体側で、ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)が落下傘にけーいちさんのぬいぐるみを括りつける。
 「‥‥はぁ。けーいちさん、一体幾つ持って来たんだUNKNOWNは」
 大きなダンボールからまた一つぬいぐるみを取り出しつつ、ユーリはぼやく。‥‥だが彼もまた自前のぬいぐるみと、『当たり』のお菓子を用意していたが。
 それら小さな落下傘を、基地の整備士達が機体のコンテナベイへと収納していく。だが整備員達と、いつもは鬼のように怒鳴り散らしている整備長グレッグ中尉までもご機嫌だった。
 当然だろう。
 なぜならこのKV二機が今日飛ぶのは、キャスパーの――平和の空だから。

「よいしょっと‥‥、これはここで良いかな?」
 小さな苗木を持ってKVから降り立つ、瑞姫・イェーガー(ga9347)。
 瑞姫はイスル・イェーガー(gb0925)のクノスペコンテナからスコップを取り出すと、街の入り口の土を掘り返す。
「瑞姫、間隔を詰めすぎないように注意してね‥」
 同じく穴を掘っていたイスルが、瑞姫へ声を掛けた。
 二人はナトロナ軍公認でキャスパーに植樹していたのだ。
 キャスパー、ハイランド墓地を見下ろす丘の上にも手をはたく依神 隼瀬(gb2747)の姿があった。
「これでよし、と。大きくなれよ‥‥せっかく平和になったんだから」
 隼瀬は目を細め、五つの山桜の苗を満足げに見る。
 今は五本だけでも、成長していく内に数を増やし――いつかお花見の人で賑わえばきっと寂しくは無い。
 そんな温かな配慮だった。
 そこから見える眼下の墓地では住民達に混ざり‥‥傭兵達も姿を見せている。

 ハイランド墓地の入り口で一際大きく佇む戦没者慰霊碑。その手前で二人の女性が献花する。
「立派な慰霊碑ですね。漸く‥‥お参り出来ました」
 赤宮 リア(ga9958)が今、その前に立っていた。
「こういう時でないと、お参りする時間が無いものね」
 鹿島 綾(gb4549)は髪を解き、少し哀しげに微笑んで見せる。
 石に刻まれるのはこの戦線で散った者達の名前。その中にレッドバードのマルケ大尉以下七名を確かめた。
「貴方達の思い、確かに繋いだわ。‥‥ああ、安心して? これから先も、この地は護ってみせるから――」
 目を閉じて誓う綾。その隣で、リアも手を合わせ。
「皆が安心して眠れます様‥‥もう二度と、この地が戦乱に巻き込まれる事がありませんように‥‥」
 黙祷する。
 その二人ほど近付きはせず、墓地全体を見渡せる場所からラウラ・ブレイク(gb1395)も石碑へ小さな敬礼を送る。
「貴方達が見守り続けてくれるなら、人々はこの先も手を取り合うでしょう。
 ――ありがとう」
 冷たい空気を吸い込みながら、清々しい気持ちを言葉にする。
 墓地は冷たく。身が締まるほどに想いは真摯になった。

 薄闇が降り始めたワシントン公園の駐機場にバスが到着。
 その乗客の一人、アンジェラ・D.S.(gb3967)もキャスパーに降り立った。
「アンジェラ・ディックスタン、ナトロナ群最終任務として祝勝パーティに着任するわよ」
 白い息の向こうに見える楽しげな住民達。アンジェラはこの戦域に関わった一人として、微笑して敬礼して見せた。
 さらにそのずっと後ろ、大型機搬入区域にはいかにも派手な金と赤のOGREが降り立つ。
「ふぅ、ありがとう。刺激的な機体だ‥‥乗りこなすのは至難だがな」
「かなりピーキーだからね。今日のお祝いに金ぴかアクセも付けてみたンだよ♪」
 操縦席でヘルメットを取るライト・ブローウィン(gz0172)に対して、楽しそうに聖・真琴(ga1622)が説明する。
「あ、そうそうライトさん」
「ん? 何だ?」
 地上へ降り立って満足そうに伸びをするライトへ、真琴が小さな袋を差し出す。
「‥‥これ、オリジナルペンダントなンだけどさ。2人で付けてくれると嬉しい‥かな」
「な――わざわざ、デザインしてくれたのか?」
 袋の中身は、真琴がイカロス隊章の片翼を模してオーダーメイドしたシルバー製のペンダントだった。『Right』と『Left』、それぞれにライトとヒータのフルネーム、隊名、乗機名が刻印された世界に一つだけのアクセサリー。
「‥‥ありがとう、真琴さん。何てお礼を言って良いのか‥‥後で、俺のプレゼントと一緒に彼女へ渡そうと思う」
 赤面し、膨らんだポケットへ手を突っ込むライト。
「くすくす、頑張ってね☆」
 おかしそうに真琴は笑った。

「もう、此処に、依頼で、来る、事が、無いと、思うと‥‥。不謹慎、ですが、少し、寂しい‥‥です、ね」
 緩やかに旋回する赤いKVの中で、ルノア・アラバスター(gb5133)は眉を寄せる。
 後部座席には親友の獅月 きら(gc1055)が乗り込み、薄闇色の街を二人で遊覧していた。
「綺麗‥‥本当に、綺麗、です」
 ルノアは眼下に広がる色とりどりの光に瞳を潤ませた。
 そんな彼女の姿を見ながら、きらは優しげな微笑を浮かべる。
「‥‥ルノアちゃんや皆さんの今までの苦労や乗り越えてきた危険は計り知れないけれど、でも私は‥‥貴女や皆さんを誇りに想います、よ」
 ルノアの肩に手を乗せ、きらも眼下の輝きを目に焼き付ける。
 バグアの影すら無い平和の光群。
 それが聖夜を祝福して――輝いていた。

「メリー――クリスマース!」
 白髭の赤い服に、大袋を持ったカルマ・シュタット(ga6302)が噴水広場で高らかな声を上げる。
 子供達が何事かと一斉に振り返り、サンタを見つけるなり大声を上げて駆け寄った。
「ホォッホッホウ! 皆、良い子にしてたかな?」
「してたー!」
「してたよサンタさーん!!」
 六、七人の子供に囲まれながら、カルマは彼らの頭を撫でる。
「それならコレを仲良く分けるんだぞ」
 大袋の中からプレゼントを幾つも取り出すサンタ。
 子供達は目を輝かせてクマのぬいぐるみ、耳あて、ジュース、サンタの小物入れ、星の首飾りなどのプレゼントを受け取った。
 興奮して飛び上がる子供達へ、サンタに模したカルマは嬉しそうな眼差しを向ける。密かにGooDLuckを発動し、子供達の幸せを願った。
「む。そのショット、頂きますっ」
 不意に響く、シャッター音。
 咄嗟に顔を上げたカルマの目の前に、軍用デジカメを持った『Chace hunter』の水上・未早(ga0049)が立っていた。
「あはは。すいません、驚かせてしまって。後で写真データをお渡ししますね」
「え‥ああ、いや。ありがとう」
 未早が今の写真をカルマと子供達へ見せる。
 そこには本当に幸せそうなクリスマスの光景が写っていた。
 ‥‥さらにその隅にはコートを着てスタイリッシュグラスを着けた長身の人影も。
「ふふ、この鳳凰を狭い部屋に閉じ込めておくなんて事は‥‥誰にもできないよ」
 その人影、鳳覚羅(gb3095)は微笑して‥‥不意によろめく。
 実はアイアスとの戦いで重傷を負い入院中だった彼は、無理に抜け出してきたのだ。
「っ‥‥ナトロナの戦いは終ったんだ‥‥。やるべき事もあるしね」
 看護師らしき姿を目の端で捉えながら、変装した覚羅はふらふらと歩き出す。
 この幸せな祝日を楽しむ、全ての人々を目に焼き付けながら。

「な‥‥なぜ、ワシがこんな格好を‥‥」
「良いじゃねぇか、似合ってるぜ。というか本物にしか見えねぇ。なぁ桃2」
「はいであります! 実は経験者でありますか!?」
 ポボス司令にサンタ服を着せ、唸るエイラ・リトヴァク(gb9458)とはしゃぐ美空・桃2(gb9509)。
 その二人にポボスは半ば無理矢理に噴水広場に連れ出されていた。
 それを見て物珍しげに野次馬が集まりだす。
「よし、行くぞ桃2! 住民達へインタビューだ!!」
「はいであります! そこのカップル今幸せですか!? ちょっと気合い入れてやるでありますか!?」
 近寄ってくる人の波に、早速インタビューを開始する二人。エイラは戦いが終った彼らの今の心境を、桃2はカップルへ明るい殺気を漲らせてマイクを向けて行く。
 そんな桃2の様子を遠くから、エシック・ランカスター(gc4778)が見守っていた。
 首にストールを巻き、口寂しさを水筒から注ぐ紅茶で誤魔化す。桃2がどこかへ去るなり、双眼鏡で空を見上げる。
「‥星が綺麗だなぁ」
 薄雲の向こうに、満面の星空が広がっていた。
 すぐ離れた場所でポボスを囲む人垣。その中には戦線に何度も参加したリヴァル・クロウ(gb2337)も居た。
 ようやくポボスを見つけた彼は真剣な表情で歩み寄る。
「貴方は随分と変わったようだ。これならば、我々も憂いなく託せる」
 右手を差し出すリヴァル。
「う、うむ‥‥。ワシも今まで世話になった」
 同じく右手を差し出し、固い握手を交わす二人。
 司令がサンタ服である事を除けば、感動的な一幕だった。
「くそ‥‥このバカバカしい画も撮れないなんて。参ったな、画面がぼやけてピントが合わねぇよ‥‥」
 カメラを構える山崎 健二(ga8182)は、先ほどから一枚も撮れないでいた。
 撮りたい被写体は幾らでもある。子供が、大人が、皆がこの平和を喜び楽しんでいる姿。
 撮りたいのに健二の肩は震え、胸が詰まって写真どころでは無いのだ。
「チッ、おまけに雨か? ついてねぇ‥‥グスッ、しょっぺぇ雨だぜ」
 言い捨てて、目元をゴシゴシと拭う健二。
 いつも不安げだった住民達が今は満面の笑みを浮かべているのだ。込み上げてくるモノがあって当然だろう。
 その後ろで、リヴァルはマイクを持ちキャスパーの人々に声を張る。
「我々はこの地を失い、多くのものを失った。しかし――」
 噴水広場から人は消えない。

「最後の最後まで格好つかんな、俺は‥‥。だがしかし! ぼろぼろの状態でも気合いでアルコヴァ解放戦にだって参加したんだ。せっかくの祝勝パーティーで大人しく休んでるなんて‥っ!」
 体中に包帯を巻きつけたブレイズ・カーディナル(ga1851)が走り出し――すぐにうずくまった。
「ぐっ‥‥やっぱ、きついか‥‥」
 傷口を押さえて、苦しげに近くのベンチに腰を掛けるブレイズ。
 それからぼんやりと、今までの道のりに思いを馳せる。一つ一つの戦いの記憶が、今もありありと胸に詰まっていた。
「‥‥それもようやく、終わったんだな」
 吐き出した息が、白く濁って空に昇る。
 嬉しいはずなのに、一抹の寂しさが全身を包み込む。
 だから拳を握り、心に決めた。
 次に来るのは、本当に地球の平和を取り戻した時――改めて、と。

「長かったのか短かったのかはさておいて‥これで終わったんだな。最後の戦いに来られなかったのだけが残念だったが」
 コートに身を包んだ風羽・シン(ga8190)が芝生公園に足を踏み入れる。
 KV部隊、基地の職員、整備士や作業員が歌い騒いでいた。
 シンはもう当分キャスパーに訪れないだろう事を考え、いつもよりも気軽に酒席の輪へと混じる。
「華やかな部分ばっか持って行っちまったが‥‥俺が戦えたのはあんたらのバックアップがあってこそだ」
 酒を注ぎながら語りかけるシンへ、整備士達が嬉しそうに鼻を掻く。
「謙遜すんなよ、青片翼の傭兵さん。まぁ‥‥確かにあんたのソードウィングは整備泣かせだったがな!」
 わっはっはと笑い声が沸き起こる酒席の輪。
 それとは違う別の輪では、ホークスアイ達の酒宴にルノアときらが挨拶に行っていた。
「おおう、これはこれは小さな赤いエースちゃんと‥‥お友達?」
「はい。こちらは、獅月、きらちゃん‥私の、大好きな、お友達、です」
「初めまして、獅月きらです」
 ルノアに紹介され、にっこり笑ってお辞儀するきら。
 客人を歓迎するホークスアイの面々に、きらは悪戯っぽく笑って訊ねた。
「あの、突然なんですけど。‥‥皆さんから見てルノアちゃんの印象はどういう風なんですか?」
「え、わ、きらちゃん!?」
 大切な友人の印象を聞くきらに、ルノアが赤面した。
 面々はにやにやと笑みを浮かべ始める。隊長は尊大に腕を組んで副長に顎をしゃくった。
「よし、では言ってやれ」
「サー、隊長。ルノア殿は愛らしく、それでいてナトロナの事を誰よりも真剣に考えてくれている‥‥俺達にとってかけがえの無い傭兵であります、サー!」
 冗談めかしつつも、敬礼するホークスアイ一同。
 顔を赤らめていたルノアはそれを聞き――ふいに目を潤ませた。

 少し離れた場所で彼らが慌てるのを見ながら、ラウラはタロー軍曹と肩を並べていた。
「何があっても生き抜きなさい。少佐とスワロー隊はあなたの中で生き続ける‥‥それを忘れなければ必ず支えてくれるわ」
 寂しげに目を閉じるタロー軍曹。隣でラウラは焼け焦げたドックタグを弄っていた。
「ラウラさんも‥‥誰かと共に生きているんスか?」
「‥‥そうよ。でも――綺麗な絆だけじゃ無いけどね」
 ラウラの横顔に暗い影が差し、タグを握り締める手に力が篭る。
 息を飲んだタローへ、しかしすぐにいつもの苦笑を向けた。
「何はともあれ、巣立ちには寒い時期だけどおめでとう。自分の意志で飛ぶのは立派な事よ。‥‥じゃ、またどこかでね」
 右手を差し出すラウラ。それを数秒見つめた後、タロー軍曹も右手を差し出した。
 何だかこれで彼女とはお別れな気がして。
 タローの胸に痛みが走った。

 そんな各々の様子を眺めながら、屋台を出店するアーク・ウイング(gb4432)がうんうんと頷く。
「ここでの戦いにはあまり関わっていないけど、バグアから解放されて本当によかったね」
 心から呟いて彼女は格安ジュースを販売していた。
 だが需要があるのか不安だったアークの元へ、ちらほらと客が現れる。
「ほら、何が良いの?」
「みっくすじゅーすー」
 子供がねだるように大人を引っ張り、嬉しそうにジュースを受け取っていく。
 そんな調子で思いのほかジュースは売れて行った。
 その中には未早の姿もあり、烏龍茶で水分補給をした後にまたカメラを構えて歩き出す。
 白い息を吐きながら一つ一つの表情を記録に残していく。
「もうこんな時間ですか‥‥。そろそろ準備しないといけませんね」
 ふと広場の時計を見上げた未早は、足早に電波塔へと去って行った。
 それと入れ違いで、軍関係者が宴する辺りに一つの木箱が届けられる。
「おおおお、酒がすげぇ入ってるぞぉ!!」
 兵士の一人が開け、奇声を発する。その声に引き寄せられるように殺到する兵士達。ウォッカ、スブロフ、コスケンコルヴァなどの強い酒が何本も入っていた。
「誰からだ?」
「さぁ‥‥名前も無いな。司令部からじゃねぇの?」
 名前の無い木箱。
 しかしふと、箱の中から小さなカードをバルト中尉が拾い上げる。そこには黒炎に包まれた片翼紋章だけが描かれていた。
「ふん‥‥。粋な真似するじゃねぇか――覚羅」
 一人にやついて、バルトは酒の栓を開けた。

 闇が深まった墓地に一人覚羅が足を踏み入れる。
「君達との約束‥‥いや、誓い? 確かに果たしたよ‥危うく俺もそっちに逝き掛けたけどね」
 慰霊碑の前、スタイリッシュグラスを外して覚羅が苦笑する。
「あの爆圧の中‥‥これで俺の心を削り続ける戦いから解放されるのかな? と思いもしたけど‥‥まだまだそっちにはいけなさそうだ。‥このナトロナの人達のように俺の力を必要としてくれる人達がまだいるから‥」
 目を細めて振り返る覚羅。
 入り口の向こうで、ワシントン公園のパーティ会場から――喚声が響いていた。
「この地に英雄『イカロス』が存在すると言うのであれば、それはここに居る諸兄の事である。だからこそ、我々が去った後のこの地を諸兄らに託したい。世界に、希望の翼を示す地となるように」
 噴水広場から、マイクを持って演説するリヴァル。
「良い演説ねぇ‥‥この街にもドラマがあったのね」
 エルヴィス・ルルーシュ(gc6426)は演説に耳を傾けながら自己の想いへ目を向ける。
 楽しみと悲しみ、喜びと怒り‥相反する様々な感情に揺れながら、戦いから解放された街を眺めていた。
「‥今までお疲れ様です。これからも苦労は続くでしょうが‥‥今の彼らと一緒なら、きっと大丈夫だと思うわ」
「あぁ‥君かね」
 軍服姿で芝生広場に入ってきたポボス司令は、声を掛けられて振り返った。
 そこに立っていた綾は軍人達へと視線を流す。何度も絶望に覆われた彼らだったが、今は楽しそうに騒ぎ、リアに撮影を頼んでいた。
「レッドバードの皆は、空から見ているのでしょうか。この光景を」
「‥‥うむ。見ているだろうな、ただ黙って」
 ポボスは無意識に空を仰ぐ。曇り始めた空の上で、きっと彼らは喜んでいてくれるだろう。
 満足げに綾は頷き、彼へ向き直った。
「何かあれば、また呼んで下さい。駆けつけますから。何時だろうと、どこであろうと――イカロスの翼で」
「私も‥‥必ず駆けつけます!」
 軍人達から解放されたリアも駆け寄り、綾と二人で敬礼する。
 ジワリと、目に涙を浮かべるポボス司令。
「‥正直その面見る度に、何度もぶん殴ってやろうかと思ってたんだ」
 ふいに横から聞こえて来る言葉。
 シンがポボスを睨むように立っていた。
 思わず硬直するポボスへ、シンはおもむろに右腕を振り上げる。
 後退りし掛けたポボスへ――シンは模範的な最敬礼を送った。
「‥今のあんたの面になら、心から敬礼できるぜ」
 フッと微笑み、シンは敬礼を解いて反転する。
 達者でな――ひらひら手を振り、歩き去っていった。
 ポボスは、シンが敬礼した事に対して急に目頭が熱くなるのを感じた。指先で押さえて空を仰ぐと、その鼻先に触れる冷たい粉粒。
 ナトロナに初雪が、降り出していた。

「ココでお前は果てたのか‥‥対峙する事は叶わなかったが」
 ORGEの機体から降り、黒く焦げた大地に降り立つ真琴。
 朽ち果てて転がるアイアスの残骸に視線を一巡してから、真琴はジャケットのポケットに手を入れて雪を降らす夜空を見上げる。
 ふと静かな荒野に――エンジン音が響いた。
「っと、先客が居たのか。はは、考える事は一緒だな」
 軍用ジープに乗って姿を見せたのは、健二。彼もまたアイアスの最期の地へと引き寄せられていた。
「‥まだその辺に魂がさ迷ってるんなら、聞いてけ」
 会場から持ち出した酒を大地に染み込ませながら、ふいに健二が声を響かせる。
「バグアが何回この地を蹂躙しようとしても、その度に俺達が叩き出してやる。俺達に希望‥‥絶対に諦めない気持ちがある限りな」
「いや、ココだけじゃない。いつかこのホシ全部から叩き出すンだ。だからソコからしっかり見ていろ‥希望を捨てない人間の灯を」
 真琴が言葉を継いで荒野に言い放つ。
 二人は目を合わせ口の端を上げると、夜空の雲を赤く輝かせるバグア遊星の辺りを仰いだ。

「‥本当の戦いは今始まるのである。我々も困難があればいつでも駆けつけよう」
 噴水広場で演説を打つリヴァルが群集へ励ますように頷いてみせる。
「――Because,We are the Icarus(なぜなら、我々もまたイカロスなのだから)」
 そう言葉を締めて、リヴァルはマイクを置いた。
 聞き入っていた聴衆達が現実に引き戻され、割れんばかりの拍手と歓声が公園に洪水のように降り注いだ。
「‥‥聞いてるか、イカロスの両翼。これがキャスパーの人達の答えだ。その翼は一つじゃねぇんだからよ」
 エイラが民衆にマイクを振って、街中の声を流す。
「さぁ、そろそろツリー点灯の時間であります! カウントダウン開始ー!」
 桃2が時計を見、マイクに向かって叫ぶ。

「‥‥まぁ、そういう事だよ。次に君達と会うのはこの世界が平和になった時‥‥その時また会おう」
 酒杯に注いだワインを慰霊碑の前に置き、覚羅が立ち上がった。
 ワシントン公園からは賑やかな歓声と色とりどりの灯が輝いている。覚羅は暗い墓地を二度と振り返らず――希望の光へ歩き出していった。

「瑞姫! 急ごう、もうすぐツリーが点灯するよ!」
「わ、分かった! よいしょっと‥‥」
 イスルの言葉に急きたてられて、脚立の頂上でツリーの頂上に星を飾る瑞姫。
『10!』
「わわ、カウントダウン始まってる!? やっばー、これをここに‥‥」
 樹の下の方では、片手に飾りを抱えた隼瀬が一生懸命それをこなしていく。
 どうにか飾り終えて地面へ降りた彼女の胸にはローテローゼが花を咲かせ、プラチナリングの輝きが右手から放たれていた。
 いつもは中性的な彼女が着飾った姿は清廉な美しさを宿し、彼女に見覚えのある軍人が思わず目を瞠る。
『0! 点灯ー!』
 その声と同時、巨大なツリーが一瞬で幻想的な煌めきを放った。
「ごめんんさいであります‥‥遅れてしまいました」
 点灯とほぼ同時、ハァハァと息を切らしてエシックの下へと駆けつける桃2。
「構いません。それよりも冷えたでしょう‥はい」
 エシック柔らかく微笑み、水筒から温かな紅茶を注いで手渡す。
「あなたのお顔を見るとホッとします」
 チビチビと紅茶を飲む桃2を見ながら、エシックは吐息するように呟く。桃2の俯く顔が赤いのは、この寒さだけでは無いだろう。
 ツリーを見る人々の感嘆の声は闇に飲まれ、ただ息を殺してその美しい光景に全員が見とれる。
 樹の飾りが華やかに浮かび上がり、それを見守る民衆達の頭上を――雪が降っていた。

 そんな光景を電波塔からユーリが見下ろす。
 平和を確かに感じて拳を固める。同じように戦っている別の土地も、きっとこの街のように取り戻して見せると。
「諦めなければ、‥‥絶対に取り返せるんだな」
 ここへ来て改めて確信したのだ。
 ユーリが目線を上げると――二機のKVが飛来してくる所だった。

『キャスパーへ、こちらドラゴン。これより、展示飛行を開始する』
 突如、キャスパーに響く毅の声。
 民衆達が見上げる中にKV二機の夜間航行灯が姿を見せる。
「さて、しっかり行くっすよ!」
 ツリー上空に到達すると同時、雄二が気合いを入れて操縦桿を捻り込む。直後、空中変形した赤白ペイントの巨大なサンタが――地上からの光に浮かび上がった。
 民衆達の驚嘆の声が一層大きく沸き起こる。
「‥予定ポイント到達、物資投下開始!」
 さらに二機は全コンテナを開放。鋼鉄のサンタがその懐からプレゼントを投下する。
「――わぁ! 凄い!!」
「ママ、パパ! ぬいぐるみのパラシュートだよ!!」
 雪に紛れて無数に降る『けーいちさん』のぬいぐるみを指差し、キャスパーの子供達が興奮する。
 一方で上空のサンタ二機は再び戦闘機形態へと戻った。
 通り過ぎて反転、再びキャスパーの上空へ飛来する。
「4ポイントロール、レディー‥‥ナウ」
「4ポイントロール、了解っす!」
 二機がメリハリのある綺麗な機動を見せ、さらに散開して高度を上げる。
「最後の締めっす、タッククロス‥‥いくっすよ伊藤先輩!」
 背面飛行で二機が急速接近。だが翼と翼が激突するコースに入っていた。
 次の瞬間――息を飲んだ民衆の予想に反して二機は無事に交差する。タイミングを合わせてロールしすれ違ったのだ。
「完璧な操縦だ、ドラゴン2。‥‥また腕を上げたな」
「流石俺と伊藤先輩っす、ばっちり決まったす!」
 毅が満足げに声を掛け、雄二がガッツポーズを作る。
 その眼下で、民衆達が惜しみない賛辞を送っていた。

 一方で人気の少ないうらぶれた林道に――怪しげな紳士風の男が居た。
 道行く若者達へ音も無く近寄り、後ろから肩をがしっと鷲掴んでは。
「‥‥君。良いブツがあるんだが、買わんかね?」
 そんな言葉を耳打つUNKNOWN。
 だがその目は血走り、どこか落ち着きが無かった。
「い、いや、良いです‥‥」
 危険を感じて早足で歩き去っていく若者。
 人々のそんな態度にUNKNOWNは焦りを募らせる。
「フッフッフーン♪ 俺達ホークスアイ〜♪」
 その時、ご機嫌のホークスアイの隊員が道を通りがかる。
 がしっ。
「え‥‥っ?」
「‥君、来なさい」
「え、い、嫌ですけど!? だ、だれ‥ふがふが!」
 口を塞がれ、無理矢理引っ張られていく隊員。
 林の間からふと覗く先には‥‥巨大なKVを模したぬいぐるみが「10万C」と書かれて鎮座していた――。

 ツリーの点灯と展示飛行で放心していた民衆達の耳に、悲しげだが苛烈な曲がふいに響く。MIDIシーケンサーと繋いだギターをかき鳴らし、一人の女性が歌っていた。
「あれは‥‥真琴さんか?」
 ヒータと展示飛行を見上げていたライトが、思わず呟く。
 と、その視界が突然闇に染まる。
「なッ――!?」
 慌てるライト。何かを被せられたらしい。
 身構えたライトの耳に――楽しげな笑い声が響いた。
「くっくっく、ふふ‥‥あーおかしい」
「あはは、兵隊さんが凄く焦ってるよー」
「ぷぷーッ!」
 ヒータと、子供達の笑い声が同時に聞こえた。
「すみません、ライトさん。ついつい悪ノリを‥‥」
 そして被り物を取ったと同時、――カルマが頬を掻きながら謝っていた。
「全く‥‥ビックリさせるてくれるな‥‥」
 ライトが脱力して肩を落とす。
 どうやら子供達に好かれたカルマが、ついふざけて悪戯をしたらしかった。
「お、少尉と大尉じゃないか? 二人、ナトロナを離れるんだってな」
 そこへふと、ブレイズも会話の輪に混ざった。
 その言葉にポンと手を打ってカルマも頷く。
「そうそう、俺もそれを聞きたかったんですよ。次の戦場予定なんかは決まっているんですか?」
「さぁな‥‥実は決まってないんだ」
「とはいっても、恐らく北米を転戦する事になるでしょうね」
 目を見合わせて考え込むライトとヒータ。
 だが、ブレイズとカルマはにっこりと笑った。
「それじゃあまたどっかで会うこともあるかもな。その時はまた一緒に飛ぼうぜ‥‥このイカロスの翼を掲げてな!」
「何かあったら直ぐに連絡ください。どこへでも、黒い片翼は駆けつけますから」
 二人は肩に刺繍された片翼を見せて、強く頷いて見せた。
「お、イカロスって聞こえたから来てみりゃやっぱり。ここに居たのか」
 何やら探していたようにやってきたのは、シン。
 彼はそこにイカロスの二人が居るのを確かめて、不意にヒータへ向き直った。
「ヒータ、いきなりすまん。どうしても渡したい物があるんだ‥‥」
 真剣な表情でシンが懐から指輪ケースを取り出す。
 狼狽して硬直するヒータ。目を点にして見比べるライト。
 だが構わずにシンはケースを開けた。
「これを付けて欲しい。‥‥‥‥二人で」
「でも、そんな‥‥‥‥二人?」
 シンが開けたケースの中には片翼が象られた――二つの指輪。
 キョトンと目を凝らすヒータとライトが、ようやくその意味を悟った。
「びびびビックリさせるな!!」
 ライトがガーッと怒鳴り立てるのへ、シンは手をひらひらさせる。
「いや、すまんかった。‥‥だがな、ちゃんと彼女を捕まえておかなきゃ、本当に横から掻っ攫われる事になるかもしれんぜ?」
 シンは腕を組み苦言を呈した。
 その言葉に、ライトとヒータは目を見合わせ――どきどきと鼓動を早めていった。

「皆さん、こっち向いて下さーい。はい、チーズ!」
 芝生公園で写真を収めまくるリア。カメラの中身はすぐに楽しそうな軍人達で一杯になった。
「そういえば‥‥今日って綾姉さまのお誕生日でもありましたよね!」
 楽しげな表情を浮かべて、リアは綾の方へと振り返る。
「あ。えぇ、そうね」
 おっとりと微笑んで頷く綾。それを聞いた軍人達が一斉に、おお、と歓声が上がった。
「そりゃめでてぇ!!」
「綾さん、どうぞ真ん中に! 一緒に写りましょうよー!! いっそリアさんも!!」
 クロウ隊カスピが二人を半ば強引に自分達の輪の中に入れる。カメラは民間人に託した。
「よーし、行くぞー軍人さん達。はい、チーズ!!」
 雪の舞う中でクロウ隊は肩を組み、綾とリアが真ん中で手を繋ぎにっこり笑う。
 直後、フラッシュの光とシャッター音が――響いた。
「ささ、ルノアちゃん! 皆さんの慰労、です」
 きらにギューッと手を引っ張られながら、嫌々のようにルノアも俯いて歩く。
「ど、何処、から、こんな、衣装‥‥」
 カーッと顔を赤らめるルノアときらが着てるのは――魔法少女のようなアイドル衣装。
 非現実的で愛らしい二人の姿に、四方八方からフラッシュが焚かれた。
「皆さん長い戦いお疲れ様でしたぁ。ルノアちゃんからも、ほら、一言みなさんに」
 ノリノリのきらの一方で、ルノアは湯ダコのように耳たぶまで赤く染めて。
「ひ、一言‥‥あぅあぅあぅ〜」
 ――臨界点を突破した。
 ルノアは不意に成長覚醒。
「くっ‥もうこれ以上は‥!」
「あ、ルノアちゃん‥!?」
 瞬天速を連続使用、物凄いスピードで逃げ去って行った。それを必死にきらも追いかけていく。
「おい、俺達も追いかけようぜ!!」
「私ももっと見たいわ!!」
 何故か、軍人や民間人の方も次々に立ち上がり、二人の後を追っていった――。

「イスル‥、ボクはね。この街とボクの機体が同じ名前だと知った時から、偶然じゃないと思ってたんだ。ここの人達がほっとけなかった」
 瑞姫がイスルと肩を並べ、電波塔の上からキャスパーを見下ろす。
 だけど彼女は、満足に戦いに来れなかった事が悔しくて、寂しくて思わず唇を噛んだ。
「‥でも、キャスパーの人達がこういう風に平和を感じられるってのが嬉しいんだ」
 肩が震える瑞姫。それは確かに、眼下の平和な灯を見て――嬉しさから来る涙だった。
「‥はい、プレゼント。前は瑞姫とおそろいのピアスだったから‥‥今度はボクの」
 ふいにイスルが瑞姫の首に手を回し、銀細工のクレマチスのチョーカーをつける。
 それから彼女をあやす様に頭を撫でた。
 二人はそこから羽ばたこうと決意し、電波塔から雪夜の空を振り仰いだ。

「はい、どうぞであります」
 噴水広場のベンチに座り、エシックへ小包を渡す桃2。
「これは‥‥マフラーですか」
 包みを開けて現れた、ピンク色の毛糸を見てエシックが嬉しそうに目を細める。早速広げて自分と彼女に巻きつけた。
「あったかいであります‥」
「順序がおかしくなりましたが‥‥Merry Christmas」
 今この幸せを噛み締めるように、少女の未来に平和あれと願いながら、エシックはそっと呟く。
「今年は最高のクリスマスなのであります。この手がずーっと離れないでほしいのでありますよ」
 幸せそうに、桃2も微笑んでもたれかかる。
 二人は固く手を繋ぎ、雪の中に輝くクリスマスツリーをただ眺めていた。
「‥‥ハァ、帰りてぇなー寂しすぎるぞ‥、うぅっ。こんなはずじゃねぇのに」
 一方、一人で歩くエイラが身を竦ませる。
 潤んだ目で辺りを見回して‥‥溜め息を吐く。
「まぁ、仕方ねぇ‥‥キャスパーは平和になった。それで良いじゃねぇか」
 自分を納得させるように微笑み、おもむろにくしゃみする。「うー寒い」とボヤきながらエイラは歩き出す。
 広場には歌が響いていた。

「色んな人に色々言われただろうから、私からは一言だけ」
 ライトとヒータの前にラウラは立っていた。
「私達を信じてくれてありがとう」
 微笑を浮かべて右手を差し出すラウラ。二人は順番に右手を重ね、固い握手をしていった。
 そしてラウラは踵を返す。
「ま、今生の別れじゃないんだしまた、どこかで」
 手をヒラヒラ振ってあっさり歩み去っていくラウラ。
 その背中をシミジミと二人は見送った。
 彼女が闇と同化し始めた時――ふいにこちらへ振り返る。
「‥‥結婚式は呼んでよね!!」
 そう叫ぶと、「あはは!」と悪戯っぽく笑って駆け去って行った。
「け、結婚式って‥‥」
「ね、ねぇ‥‥?」
 どきまぎとお互いを意識する二人。
 それからふとライトが声を上げた。
「そういえば、これを真琴さんが‥‥」
 懐から銀に輝く片翼ペンダントを取り出す。もう一つの片翼は、すでにライトの胸元で光っていた。
「まぁ‥‥素敵。私、大事にします」
 ヒータはペンダントを受け取り、うっとりとそれに見とれる。
 ライトはその横顔を見つめ、ポケットの中のプレゼントを強く握り締めた――。

 雪の聖夜に幸せに包まれるキャスパーの人々。
 だが一人、路地に蹲る男が居た。
「何故だ‥‥何故誰も買おうとしない‥‥! くっ――!!」
 悔しさを滲ませて立ち上がったUNKNOWNがダッと駆け出す。駐機場に止まっていた愛機「K−111」に乗り込み、起動した。
 ブーストを掛け、捻りを入れて高空に急上昇。
「ちきしょーっ!!」
 目尻に涙を浮かべてUNKNOWNが帰投していく。
 ‥‥だが後に残った飛行機雲が偶然にもハートマークになっている事に、自分では気付いていなかった。
「ママー見てー! ぬいぐるみー!」
「まあ良かったわね」
 公園では両手にクマとけーいちさんのぬいぐるみを抱え、無邪気に笑う子供。そのぬいぐるみが持っていた靴下のお菓子を頬張りながら、子供は大事そうに二つのぬいぐるみを抱き締めていた。

 輝くツリー前。空には大きなハート。
 そしてその下で、ライトとヒータの二人が向き合っていた。
「ヒータ‥‥俺からもプレゼントがあるんだ」
「え? ほんとに? ‥嬉しい」
 今日一日、躊躇し続けていたライトはようやく意を決して顔を上げた。目前には好きな人の笑顔。鼓動は早鐘のように胸を叩く。
「これを――受け取って、くれないか!!」
 膝を付き、姫に差し出したのは四角いケースに収まった――ダイヤの指輪。
「え? これ、って――」
 笑みを固まらせるヒータへ、ライトが畳み掛けた。
「ヒータ、俺と‥‥‥け、け、結婚して下さい!!!」
 何度も詰まりながら、大声でライトは言い切った。
 驚いて両手を口に当てるヒータ。
 止まる時間。
 雪だけが二人の周囲に降り積もっていく。
 そしてようやくヒータは小さく、本当に動いたのか分からないぐらいの微かな挙動で――頷いた。
「私も‥‥結婚したい、です。‥‥ライト」
 ヒータは涙を浮かべ、消え入りそうな声で嬉しそうに承諾する。
 ライトは目を見開き、息を飲み込んで――。
「わわ、どいて下さい――ッ!!」
 そこへ、思いっきり走り込んで来るルノア。
 さらにきらが駆け寄り、その後ろを全力疾走する芝生広場から来た全員がなだれ込む。
 次々にツリー前で起こる大惨事。人波が殺到し、大勢が倒れ込んだ。
「たた‥‥何事だ‥‥?」
 ライトが頭を振り呻く人々を見渡す。その中には見知った顔が幾つもある。
 そしてそんな人波を――ふいに強烈なスポットライトが照らした。
「な、なんだ!?」
「ま、眩しい‥‥」
 動揺する人々。
 それに答えるように、スピーカーから声が響く。
『IK wing<Ocean>からお知らせです。これより、集合記念写真の撮影を行いますので皆様奮ってご参加下さい。今この時、この場所で、勝ち取った自由と希望を共にする全ての方々の参加を期待しています』
 電波塔の中で未早がマイクを持ち、眼下の彼らへ参加を呼びかける。
 それから悪戯っぽく笑み。
『それとご婚約おめでとうございます、ライト少尉、ヒータ大尉』
 未早がそう言ってマイクをおくと、眼下でヒューッ! と甲高い歓声が沸いた。

『それでは皆さん行きますよー!』
 スピーカーから漏れる未早の声。参加人数は膨れ上がり、民間人、軍人問わずツリー前に集まった。
 尊大に構えるポボス司令、酒瓶を抱えるバルト中尉、それを放させようとするカスピ少尉、空へ敬礼するタロー軍曹。
 肩を組んで並ぶホークスアイに、整備長グレックが腕を組んで笑う。
 その他大勢のキャスパーに住まう一人々が笑みを浮かべて、電波塔へ顔を向ける。
 そしてその一番前――傭兵達に囲まれながら、ライトはヒータへと婚約指輪を嵌めていた。
『‥2、1、はい、チーズ!!』
 パシャッと音を立てて。
 未早の持つカメラが――シャッターを下ろした。

 晴れた青空の下。
 雪を被った慰霊碑に各々集う傭兵達。その中の一人、アンジェラが感慨深げに見る。
「ここはもう大丈夫ね。
 戦うしか能が無い私は新たな戦地に向かう次第よ」
 最後に敬礼して、アンジェラは踵を返す。
 リヴァルもまた花をたむけた後、空を仰いだ。
「‥行こう。彼らの想いを背負い、繋げるために」
 赤い遊星がこの空にある限り、地上の戦いは終らない。傭兵達はまた再び、硝煙にまみれた各々の居場所へと帰っていく。
 キャスパー基地から幾数機ものKVや、輸送艇が飛び立って行った。
 滑走路で順番を待つ綾が、機体を人型形態にしてMAPを確認。
 慰霊碑のある方向へ敬礼し――変形。空へと羽ばたいていく。
 ‥‥この地の戦いは終った。人々は伝説と共に、きっと街を復興させるだろう。

 雪の積もった慰霊碑の前。
 そこに。

 眠る人々へ平和の訪れを知らせる――キャスパーの集合写真は供えられていた。

NF fin.