●リプレイ本文
出撃準備するイカロス各機を見て、クロウ隊は歯痒そうな表情を浮かべていた。
「お気持ちは解ります‥‥けど、私達に任せては戴けませんか? キャスパーを再び奪われる事だけは絶対に許されないのです」
隊長バルトの前に立ち、真っ直ぐな瞳を向ける赤宮 リア(
ga9958)。
その真摯な態度に、流石のバルトも言葉が出なかった。
「‥堪えてくれ。今俺達まで命令反故すれば最悪誰も聞かなくなる。そうなったらナトロナ軍は自滅するだけだ」
「そう、君達には君達が為すべき事があると思うよ」
機上からは月影・透夜(
ga1806)が宥めるように声を掛け、続く鳳覚羅(
gb3095)も微笑して待機の正しさを示す。
信頼する傭兵達に言われて、諦めたようにクロウ隊は溜め息を吐いた。
蒼河 拓人(
gb2873)は忙しそうに動き回る整備員を眺めながら、機に描かれた片翼章へ目を落としていた。
「皆はやるべき事をやっただけさ。そして今回もね。クロウ隊の皆‥‥今回は背中、任せたよ?」
「恐らくポボス司令の考えが不透明なせいで、不信が強まっているんだと思います。彼の目指すものを知るためにも経歴、評定‥‥調べられますか?」
拓人の言葉へ耳を傾けるカスピへ、水上・未早(
ga0049)が囁く。
上官の経歴や評定を必要以上に調べるのはリスクもある。だがカスピ少尉は背中を押されたように頷いた。
「では皆さん‥‥キャスパーをよろしくお願いしますっ!」
イカロス隊ヒータ大尉が彼らへ声を掛け、タキシング。開放された扉をくぐる。
『頼むぞ。イカロスと傭兵達、幸運を祈る』
管制塔からは珍しくポボスの声。
しかし滑走路に出たリヴァル・クロウ(
gb2337)は険しい目を向けた。
「一つ、貴殿等に問おう。‥‥恐れる事は悪なのか? 覚悟を掲示願いたい。少なくとも現場の我々は掲示したはずだ」
クロウ隊待機は過剰反応と見たリヴァルが辛辣な言葉を吐く。
通信回線に走る沈黙。
そのまま答えは無いままかと思われたが、ふいにポボスの声は再び響いた。
『現場に不満があるのは承知だ。だが作戦はワシが全力で立案する。誰かの反対を押し切ってでも‥‥最善のな』
最後の言葉は僅かに揺らぐ。ポボスにも完全な自信は無いのかもしれなかった。
「‥‥ポボス司令、なんだか少し変わりましたね。頼りがいが出てきた感じが致します」
ポツリと呟いたのはリア。
だがそれ以上の通信は無かった。作戦は既に決定している。
ここから先は――彼らの仕事だった。
『目標捕捉。全機戦闘態勢へ。例え罠でも――無事生還しよう』
「全く、頭の痛い依頼だな‥‥。まぁいつもの事か。手が足りないのも問題山積みなのも」
ライト・ブローウィン(gz0172)の通信に、ルナフィリア・天剣(
ga8313)は眉をひそめて吐息した。
前方にはベッセマーベンド。
隊は二手に別れ、KV七機が荒野へ着陸する。
「さて、行くぞアクスディア。敵を滅し力を示す」
漆黒に金装飾したペインプラッドに乗り、『悪ヲ戮ス魔帝』は黒い瘴気を纏う。
「鬼が出るか蛇が出るか、といった所かな‥?」
漆黒の破曉の中から覚羅は眼前を見据える。目標の基地は、誘うように佇んでいた。
前衛五機が展開するやや後方、M−181の巨砲を構えた施設破壊B班二機が基地を睨む。
「前線、基地が、落ちて、りっちゃんと、初めて、お会い、して、一年、近く、です、か‥‥」
照準スコープを覗くルノア・アラバスター(
gb5133)は感慨深そうに呟く。
その隣でリヴァルも微かに表情を変えて頷いていた。
「状況を開始する。‥さて、payback timeと行こう」
砲先を、ナトロナを守る為に初めて参加した場所へ。
だが――それを押し留めるように地上を抉る閃光。KV各機は即座に散開した。
「敵機発見! 罠ってほど多くは無いか‥‥」
基地手前の丘陵から躍り出たRC三体へ、即座に引鉄を絞る拓人機。銃撃を受けて100m向こうのRC達は血肉を噴いた。
敵を囲むように走りだすA班各機。熱線を放射するルナフィリア機、射線を合わす拓人機、イカロスペア、火線を直交させる覚羅機らの五機が、光条を吐くRCを駆逐していく。
さらに――敵拠点に落ちていく二つの榴弾。
「スキル、起動中‥‥着弾点、補正、します」
「了解だ。格納庫群に敵影が見える。俺はそちらを狙う」
B班ルノア機は滑走路への視界を邪魔する施設へ、リヴァル機は格納庫へ砲撃。地面と空気が痺れ、基地から火柱が上がった。
だが攻撃を阻むように各員を襲う――強烈な頭痛。
周囲にCWの姿は無い。恐らくは、ヴィルト。
同時、ベッセマーベンド施設屋上に四機のタロスが姿を現した。
「滑走路にCW装置一基、施設屋上にタロス四機を視認。ですが後の二機は‥? っ、ヴィルトが不快ですね‥‥」
高空から基地を見下ろし、制空C班のリアは頭を小さく振る。
「罠のパターンとしては基地内に入った処でドカン‥‥とかな」
同じく上空を旋回する透夜が、笑えない言葉を吐く。
「KVの分析可能範囲で今の所異常はありませんね。――敵が上がって来たぐらいでしょうか」
未早は言い放って特殊装置を押し込む。
三機へと次々に浮かんで来る――HW群、およそ十二体。
「熾天姫、戦闘態勢」
「同じく。Holger、交戦に移ります」
「こういうミサイルパーティはあまりしないんだがな‥持って行け!」
リア機が機銃を構え、未早機は加速。
最後尾で透夜機が――ロヴィアタルを全弾開放した。
九百発の小型弾頭が空に放射され、敵ワーム全機へ炎の牙を向く。爆炎が上がり、HW装甲を喰い千切った。
二体が火を噴き、今出てきた場所へ再び戻っていく。
さらにMブーストで切り込んだ未早機がAAEMを吐き、弾丸を敵群へ撒き散らした。
「初撃が効いてますね。‥二体撃破」
正面付近に展開していたHWが破孔から炎を噴き上げ大破。地上へ墜ちていく。
「‥‥効いてる。貴方の力を振るいなさい、熾天姫!!」
苛烈な熱線。中枢を溶かされたHW四体は力を失い落下していく。
リアは現状のヴィルト影響下でも機銃よりレーザー砲の威力が高い事を確認した。
あっという間に残HWは四体。その敵が砲撃を発するが――三機は高機動で回避。
性能の高さ故にほとんど相手にならない。
「――よし、このまま押し切って制空権を確保するぞ!!」
むしろその敵は、消耗品の如く――弱かった。
「いえ、第二波来ます‥‥! HW、十五!!」
眼下から再び舞い上がる第二波。やや機動の鋭さの増したHW群が一斉に――赤色の砲撃を閃かせた。
空を抉るような弾幕。
その幾条かが、かわしきれなかった三機の翼を――大きく揺らした。
「地殻変化計測器を設置。ヴィルトの位置は分からんか‥‥異変があれば通信する!」
基地全域が入る距離まで接近したリヴァル機が、地面に二本計測器を打ち込み各機へ声を掛ける。
「標的が見えた‥‥あそこだ!」
直近の丘陵に隠れながら、拓人は滑走路上のCW装置を捕捉。同時、施設を飛び降りて急接近するタロス四機へと機銃弾幕を張る。
さらに影から飛び出すRC八体、高台に乗ったTW三体が巨砲をKV群へ向けた。
「ゾロゾロと‥‥けどね。――そう簡単に抜けると思わないで欲しいかな?」
地面を抉る敵砲撃、無防備なほど激しいワーム群の突進。だが覚羅機はツングースカを僚機の火線に合わせて連射し、敵の勢いを削ぎ殺す。
「スキル、起動。照準、完了。CW装置、攻撃、します‥!」
味方が奮闘する間に、『Rote Empress』が映す指示に従ってルノアが発射スイッチを握り込む。
真紅の機体はさらに赤く輝き、榴弾を滑走路上のCW装置へ降らした。
炎が閃き、レーダー上からCW装置、反応消失。
――だが。
『‥‥ジャミングが消えてない‥!?』
ヒータが叫ぶ。
各員の不快な気分は薄らいだものの、依然として手元を狂わせる怪音波は健在だった。
そんな七機へ、容赦無く叩き込まれる敵砲撃。激しい光条と火線が装甲を激しく吹き飛ばす。
「くっ‥‥全機射界に入るなよ‥。敵をなぎ払ってやるッ!」
ルナフィリアは全機に警告と同時――ブラックハーツ起動。
固有スキル、フォトニック・クラスターを敵の密集する空間へ三連射。高熱の眩い光が黒金のペインブラッドから放たれ――RCとタロスの表皮を焼け爛らせた。
怯むRC、しかしその横からヴィルトの効果もあってほぼダメージを受けていないタロスが接近。走りざまルナフィリア機に剣を突き立てる。
援護に入ろうとしたKV達も銃撃を浴びせられ、他タロス三機がKV群へ雪崩れ込む。
覚羅機は盾で受けて立ち塞がり、拓人機が緋色の機刀を振るって接近戦へ。さらにイカロス二体も連携して一体に当たる。
「格納庫群へ砲撃する。他に目立った施設は無い」
「そう、ですね。私は、向かって、左、から、‥砲撃します」
リヴァルの通達にルノアが頷き、二機は榴弾砲の照準を施設群へ。
だがそこへ――前衛を抜けて疾走する、RC三体。
咄嗟にリヴァルは機剣で、ルノアは機盾で攻撃を受け止めた。
「貴様等に構っている――暇は無いッ!」
強引にリヴァル機は施設を砲撃。轟音の後、爆発が基地に広がった。
続くルノアも敵を押し返し、砲撃を再開する。
空に噴き上がる炎。
HWを両断した銀片翼章の剣翼は、炎を纏ったまま態勢を立て直す。
透夜はHWを屠りながら眼下の格納庫群に砲撃が始まったのに気付いた。
「以前のヴィルトに比べれば小規模なのは間違い無い‥‥何処だ?」
HWと交戦しながらも眼下へと視線を投げる。
再び地上で爆発が起こり――ふいにその中に、赤く輝く施設が見えた。
「っ! 地上班へ! 同座標へ砲撃を、――FF付きの施設ですっ!」
リアが即座に地上へと報告する。
だがその背後へ三体のHWが接近、赤い閃光と実弾頭が吹き荒れた。
「‥‥ッ!」
後尾に衝撃を受けながらリアは加速、HWが追う。
だがそこへ高速飛来したAAEMが着弾、青い電爆にHW達を巻き込んだ。揺らぐHWを掠めるのは――『J』章を付けたワイバーン。
「ちょっと手を出し過ぎましたかね‥?」
未早は首を巡らし、唾を付けた獲物を数える。追ってくるのは‥HW七体。
だが未早は動じずにMブースト起動。テーバイで向かって来るミサイルを撃ち落し、フェザー砲のシャワーを強引に潜り抜けて敵を引き離していった。
その熾烈な空戦の間に再び榴弾が炸裂し、閃光が地上を走る。
同時――能力者達の体調が瞬時に回復した。
「ヴィルトを破壊できたようですね‥!」
本領発揮とばかりに操縦桿を倒すリア。
しかし同時に通信に走ったのは――リヴァルの焦燥の声だった。
『何だ、コレは‥‥? 各機、異常反応だ』
地殻変化計測器から送られてくる情報を見つめて、リヴァルの背中に怖気が走る。
「巨大ワームか‥‥。いや、これは単なる――」
『敵の様子がおかしい! いやに接近してくるぞ‥!?』
機盾で攻撃を受けながらライトが叫ぶ。
「やはりアレは‥‥。イカロスへ、撤退を強く提言する! ここに居ては最悪、我々は全滅するッ!」
リヴァルが叩きつけるように言い放った。
状況の異変を読み取ったヒータは、即座にその案を容れる。
『全機、作戦行動中止!! 全速撤退!!』
指示が出され、各機が撤退に移ろうとする。拓人が煙幕を発動し覚羅も続こうとするが、空戦用兵装のため発動されなかった。
――――そして各機を、敵は執拗に押し留める。
タロスは煙幕を潜り抜け各機へ接近、身体ごと当てるように機剣を振るう。さらにRCも装甲へ牙を立て、食い付いて離れない。
「この場に、留まらせ、ようと、してる‥?」
ルノアは機盾で攻撃を防ぎながら敵の意図を感じとった。
ふいに敵達の背後――基地の地面が、割れる。
その中から橙色の巨大なオブジェがゆっくりとせり上がってきた。
『基地から異常熱量!? マズイぞ!』
上空、透夜機が焦ったように叫ぶ。
「正念場か‥黒焔凰の鬼札――見せてあげるよ?」
覚羅はカバーで守られたスイッチを押し込み、スキル起動。
漆黒の破曉が――黒い陽炎を纏った。
機剣を持って身体ごとぶつかって来るタロスへ光刃を振るい、しがみ付こうとした片腕を切り飛ばす。
さらに別の場所、Oブーストを掛けた拓人機『BARRAGE』が撤退方向へ回り込んだタロス二体へ、強引に加速する。
「邪魔だ、道を明けてもらうぞ――」
右手に装填した金属筒を握り込み、振るう光柱の刃。練剣「雪村」を両側のタロスへと叩きつけ、拓人機は駆け抜けた。
上空からは撃墜されたHWが次々に荒野へ落ちる。
「燃える片翼章は伊達ではありませんっ!!」
スキル発動で生じる燐光を浴びて、リア機の片翼章は燃え盛るように輝く。その機が発するレーザー、光翼がHWを切り裂いた。
さらに地上へ向けて、透夜機が急降下――低空からRC群へ機銃掃射する。
だがそのディアブロの機首へ、練力を消費したタロスが高く跳び――機剣を突き立ててしがみ付いた。
「なっ‥、放せ――!」
何度も剣を振るおうとしたタロスを、透夜機『月洸弐型』は振り払うと――KA−01の巨砲で横腹へ風穴を空けた。
血を噴きながらも留まるタロスを――高空から飛来した未早機が剣翼で袈裟切りにする。
「もう限界です! 撤退を‥!!」
未早は各機へ声を掛け、タロスには目もくれずベッセマーベンドから離脱。
地上各機も次々にブーストを掛け、基地から距離を取る――。
『くっ‥‥どきなさい! 少尉、援護を!!』
『了解!』
再生しながら撤退を妨害するタロスへ、ライトが機剣を薙いで斬り伏せる。その間にヒータが機銃掃射して走り出す。
「取っておきだ‥‥受けてみろ」
銃撃を受けながら踏み止まるタロスへ、ルナフィリア機は疾駆しながらスキル付与の練鎌を構え――三連撃。
切り裂かれ、膝を付いた敵を尻目にルナフィリア機はブースト。ワーム群を後ろに突き放した。
「異常熱量増大‥‥! くるぞ、全機爆発に備えろ!!」
リヴァルが叫び、全速退避する各機が伏せる――。
直後――空が白く輝き、地面が戦慄するように大きく揺れた。
激しい業火が地空のワームを一斉に焼き払い、伏せるKV群の足元に迫る。
「ベッセマーベンドが‥‥」
上空でも乱気流が発生し、破片が降り注ぐ中を未早は後方に目を向ける。
基地はキノコ雲の中に呑み込まれ――黒く煤けた灰塵に還っていた。
「‥‥各機、生きていますか?」
ヒータの問いかけに、バラ付きながらも全員分の応答があった。
「大尉‥‥損傷が酷いですよ。俺もですが」
退避が僅かに遅れたイカロス二機は、戦闘機動は少し無理そうだった。
その他、各機もまばらな損傷を受けている。大破一歩手前から、一部機関や重要部位にダメージを受けている機もあった。
それでも彼らは一機も欠ける事無く――合流を果たす。
全員に浮かぶ勝利の安堵。そうして振り返った先で。
「‥‥、キャスパーが‥?」
――再び危機に晒されるナトロナを、遠く見た。
NFNo.031