タイトル:【NF】都市奪還記念祭マスター:青井えう

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 30 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/06 00:03

●オープニング本文


 北米ワイオミング州ナトロナ郡。
 その地域には、人類の歓喜の声が高らかに沸き起こっていた。人々の表情には満面の笑み、そして頭上には希望が強く輝く。一年近く抑圧されてきた人々が今、俄かに本来の生活の一部を取り戻していた。
 頭上へ軍用機が飛び立つ度に、住民達は笑顔で空へ敬礼する。
 都市を奪還し――ナトロナ軍はついに雪辱を果たしたのだ。
 ‥‥だがその傷は浅く無い。
 キメラの放たれていた都市機構は所々で破壊され、キャスパー基地に至ってはかなりの部分が使用不能になっている。
 それでも扱えそうなバグア施設の幾つかを転用しつつ、ナトロナ軍は順調に復興を進めていた。

 そんな様子を、司令室の窓から漫然と眺める男が居た。
「戻って‥‥きた、のか」
 ナトロナ軍司令、ドロン・ポボス。
 意識せずとも彼の瞳は景色をさ迷い、破壊されて無くなった赤い騎士達の格納庫を探す。だがその辺りは薄黒い跡が残っているだけだった。
 ふいに、静かなノックが部屋に響く。
「‥‥イカロスか?」
「はい。ヒータ・エーシル大尉及びライト・ブローウィン少尉、参上しました」
 ドア越しに聞こえるヒータの声。
 ポボスは窓際を離れ、ゆっくりと椅子に身を沈めた。
「‥入れ」
「はい、失礼します」
 司令室の扉を押し開けてイカロス隊の二人が姿を見せた。
 部屋の中央にまで進み出て、敬礼する。
 それに頷いて応じながらポボス司令は躊躇いがちに口を開く。
「キャスパー奪還作戦の報告書を‥‥読んだ」
 そこで途切れたポボス司令の言葉の続きを、イカロスの二人は待った。
 夢を見るように、ポボスはぼんやりと話す。
「だが‥‥どうしても分からん。彼らは、レッドバードは‥‥」
「‥‥‥‥」
「正気、だったのか?」
 ポボスの弱々しげな声が響く。
 ヒータとライトは黙って俯いた。その二人にも、答えは分からない。そしてそんな事は‥‥ポボスも理解しているだろう。
「――私達にも‥‥分かりません。ほとんど、会話らしい会話もありませんでしたので」
 砲を交えた二人なら、きっと何かを感じ取っているのでは無いかと。
「レッドバードは間違い無く我々に敵対し、人類の敵として戦っていました」
 バグアに洗脳されていたとして、『洗脳された彼ら』は一体何を思い戦っていたのか。
 自分が彼らに抱いていた絆が、変わり果てた彼らに僅かでも残っていたのか、と。
 答えの出ない無味な思索に陥りながら、ポボスは漫然と二人の報告に耳を傾け続ける。
「ただ、彼らは‥‥」
 記憶を掘り起こすように紡がれたライトの声に、ふと白昼夢の中にある意識が我に戻った。ポボスは引き寄せられるようにそちらに顔を向ける。
 ライトは言葉を探すように黙り込んだ後、しばらくしてまた口を開いた。
「彼らは何も変わっていないように思えました」
「‥‥何も、変わっていない?」
「ええ。俺達の知っているレッドバードのまま――だった気がします」
「ワシらが知っている‥‥レッドバード」
 無意識にポボスの視線がデスクの上の写真立てに向けられる。誇らしげに並ぶかつてのエース達を、見た。
「‥‥‥」
 それから椅子を回して、彼らに背中を向ける。
「分かった、用件はそれだけだイカロス。‥‥パレードの準備に戻れ」
「了解。失礼します」
 二人が部屋を退室していく。
 やがて静かになった司令室で、深い吐息が響いた。
「それなら絆は最後まで繋がっていた‥‥そう思って良いんだな、レッドバード。いや、――マルケ隊長」
 寂しげな瞳を再び写真の中の彼へ向けて、敬礼してみせる。
 彼は何も答えない。
 ただ写真の中で胸を張って――ポボス司令と並んでいた。

「あちぃ‥‥。だりぃ‥‥。南の島でバカンスがしてぇ」
「隊長、気が滅入るような弱音を吐かないで下さいー!」
 会場設営の、しかも一般人には辛い力仕事に奔走するクロウ隊各員。
 各部隊が入り乱れてキャスパー奪還記念パレードの準備は着々と進み、キャスパーの中心にあるサウス・マッキンリー通り沿いのワシントン公園には式典会場が出来上がりつつあった。
 パレードの開催と同時、キャスパー市街地をナトロナ軍が凱旋するように華々しく練り歩く。空にはスモークを焚いた編隊飛行の部隊が飛び、東西南北のメインストリートではパレードの通過に合わせて祝砲が打ち鳴らされる。
 そして最終地点はワシントン公園に辿り着き、式典会場にて民衆へナトロナ軍司令部、各部隊代表が簡単な演説を行う。
 それが終われば、広い公園を使ってひたすらお祭り騒ぎ。式典はステージに、装甲車輌は屋台に、KVは巨大なオブジェクトに変わるだろう。
 今回は沢山の市民もボランティアで参加、祭りは大規模な騒ぎになる予定だった。
「あれ、おーいグレッグ! それ何を積んでんの!?」
 ふとホークスアイ隊長が、トラックの荷台に木箱を積み込む整備班を発見。その整備長へ声を掛けた。
 すぐにホークスアイ副長はそちらへ走りより、地面に山のように詰まれた木箱を物珍しげに眺める。
「ふぁいあわーくす‥‥? これは、もしかして‥‥!」
「おお、鷹の目ども。それに触んじゃねぇぞ、そりゃあな‥‥メイドインジャパンの極上花火だ」
「マジか!? 花火キタァーーーーー!!」
「ウッヒョーーーウ!!」
「ば、ばかっ、来るな――!」
 ワッと木箱に押し寄せるホークスアイ隊員達。それを慌てて整備班の各員が身を挺して守る。危険物には変わりが無いのだ。
 そんな騒ぎを尻目に、近くの電波塔に登ったタロー軍曹が各担当へ指示を送りながら公園全体のバランスを調整していく。
 そんな彼がふと一息ついた時。
 公園から200mほど行った別方向を見れば――キャスパーの一番大きなハイランド墓地があった。
「とうとう帰ってきたッスね‥‥」
 感慨深そうにポツリと軍曹は呟く。
「この戦いが全部終わったら‥‥ここにお連れするッスよ、アロルド少佐」
 まだ後方基地で眠っているであろう彼の上官へ向けて約束した。
 そんな彼がいま眼下に見るキャスパー市街は、活気に溢れている。
 軍人だけではなく民衆も積極的に準備を手伝い、久方ぶりに会った家族が熱い抱擁を繰り返していた。
 その公園へふいに車でやって来た二人――イカロス隊のヒータ大尉とライト少尉を見て人々が大袈裟なほど声を上げる。熱狂的な歓声。
 二人は驚き、照れたように笑いながらみんなへ手を振っていた。
 ナトロナの平和への道のりは少しずつ終わりへ近付いている。
 伝説を打ち破った人類が、新たな伝説を作り上げるために。

 人々は今宵、――キャスパーに希望の灯りを点す。

●参加者一覧

/ 水上・未早(ga0049) / 聖・真琴(ga1622) / 月影・透夜(ga1806) / ブレイズ・カーディナル(ga1851) / セラ・インフィールド(ga1889) / UNKNOWN(ga4276) / カルマ・シュタット(ga6302) / 聖・綾乃(ga7770) / 山崎 健二(ga8182) / 風羽・シン(ga8190) / 瑞姫・イェーガー(ga9347) / 赤宮 リア(ga9958) / ラウラ・ブレイク(gb1395) / リヴァル・クロウ(gb2337) / 依神 隼瀬(gb2747) / 蒼河 拓人(gb2873) / 鳳覚羅(gb3095) / アンジェラ・D.S.(gb3967) / アーク・ウイング(gb4432) / 鹿島 綾(gb4549) / ルノア・アラバスター(gb5133) / ゼンラー(gb8572) / エイラ・リトヴァク(gb9458) / 獅月 きら(gc1055) / 弓削 一徳(gc4617) / 高月 琴音(gc4623) / 滝沢タキトゥス(gc4659) / 黄龍(gc4660) / 緋本 かざね(gc4670) / 秀劉(gc4674

●リプレイ本文

「こちらHolger、担当空域に異常なし」
 ナトロナの空を翔けるワイバーンの内側で、水上・未早(ga0049)が機械的な定期報告を送る。
「‥‥色々言い訳をしてたらしいけど、司令は敵前逃亡したんだからね。処分は避けられないかな」
 別空域を哨戒しながらアーク・ウイング(gb4432)が呟く。
 だがそれに、ホークスアイ隊長が無線の向こうで苦笑した。
「いやぁ甘い甘い。うちの司令は狸だ」
「勝てば官軍って言いますしねー」
 やれやれと、ホークスアイ隊員達は呆れたように言葉を交し合う。
「そっか‥‥。でも、今後の火種にならなければいいけどね‥」
 心配そうにアークは溜め息を吐いて哨戒任務に戻った。

 キャスパー市街地のすぐ外で整然と並ぶナトロナ軍。空には兵士達の雄雄しい軍歌が響き渡る。
 ふいに黒塗りの車に乗る男は無線を置くと、後部座席のポボスへ振り返った。
「――司令。ヒータ大尉と傭兵の方がお見えですが」
「イカロスと傭兵が? ‥‥会おう」
 一つ頷いて、ポボスは窓を開ける。
 向こうからヒータと――月影・透夜(ga1806)が歩いてきた。
「‥‥実際に戦った俺達からも、彼らのことを伝えておこうと思ってね」
「聞かせてもらおうか」
 ポボスに促されて、透夜は要点を纏めながら語り始める。
 そうしてパレードが数分前に迫った時、最後に付け加えた。
「‥俺から言える事は、『彼らは強かった、誇れるくらいに』それだけです」
 客観的な視点ではなく、砲を交えた者自身の言葉。
「慰霊碑建立が提案されていると思いますが、RB隊の名前も含めて下さい」
「しかし、彼らの名前を‥‥刻むのは」
 他の殉死者や犠牲者達と同じ場所へ刻んで良いものかどうか。
 思わず目を伏せたポボスへ、ふと一枚の手紙が突きつけられた。
「司令。ある傭兵姉妹からの伝言です。どうぞ」
 ヒータが差し出す手紙をポボスは受け取る。
「‥‥‥一六○○時! パレード開始ィッ!」
 行列の先頭で進行係が叫び、ナトロナ軍は盛大に動き出した。
 ポボスは後方へ流れていく二人へ一瞥をくれると、シートに座り直して手紙を開く。

『彼らの魂に恥じぬよう、全てを取り戻しましょう。
パレード中、追悼を踏まえた曲芸飛行をします。
彼等‥‥そしてRBの魂を一緒に見送って下さい

真琴&綾乃』

 ふと、車外で歓声が上がる。
 都市のビルに付いた巨大画面が一斉に――キャスパー基地を映し出した。

 慌ただしく動き回る整備班とKVに乗り込む傭兵達。
 それらをKVに搭載したカメラで映しながら、瑞姫・イェーガー(ga9347)が市街地で放送の段取りをするエイラ・リトヴァク(gb9458)へと回線を開いた。
「よし、エイラ準備はどう?」
『あんなぁ、こっちは大変なんだよ。殆ど一人でやってんだぞ』
「ご、ごめん‥‥、後で何か奢るから」
『あぁ、後で覚えてろよ‥‥。そんじゃまっ、ショウタイムしっかりカメラに焼き付けろよ」
「うん、頑張るね」
 頷き、瑞姫がカメラを回す。
 その画面中央に、整備班クルーが飛び込むように躍り出た。
「はーい皆さん! 曲芸飛行のプログラムをお知らせしまーっす!」
 高らかに宣言、そして手を振った先で――KV格納庫がアラート音を響かせる。
「エマージェンシー! KV隊の緊急出撃!」
 格納庫のシャッターが重々しく開いていく――。
「最終チェック完了!」
「あンがと☆お店でサービスするからね!」
「ぜひぜひ来て下さいねぇ〜♪」
「「楽しみにしてますー!」」
 聖・真琴(ga1622)と聖・綾乃(ga7770)の言葉に、整備隊員達は嬉しそうに帽子を振って送り出す。
「怪我をしているようですが、お気をつけて」
「心遣い感謝する。だが問題無い」
 リヴァル・クロウ(gb2337)が整備員に頷き、タキシングを開始する。
 次の瞬間、全格納庫が完全解放――出撃シグナルと共に十機のKVがカメラの前へ高速滑走した。
「いったぁーーー!! 全機、飛び立った!! いざキャスパーの空へ!!」
 興奮する整備員を置いて、瑞姫はKV達をカメラで追い続ける。
 赤みがかった空に十機のKVは、綺麗に編隊を組んだ。

「――レディ、時間的遅れはどれぐらいか、ね?」
『‥‥約四十八分三秒、既にパレード開始より二分が経過しています、マスター』
「なるほど‥‥少し急がねば。調査レベルを下げるとしよう」
 指先を滑らせると、機体が途中結果を吐き出していく。
 豪奢な席でそれに目を落としながら、男は唇をへの字に曲げた。
「でないと――飲み遅れる」
 ふとどこかの基地レーダーに一瞬引っ掛かったその機体は、UNKNOWN(ga4276)機と表示されていた。

 ワシントン公園。
 最終的にパレードの終着点となるそこは、今は閑散とした空気が広がっていた。
「やはり早く来るべきじゃなかったな」
 滝沢タキトゥス(gc4659)はそうごちながら公園をうろつく。
「なあ、あんた。何があったというんだ、この街の騒ぎは?」
「え‥?」
 振り向いたタキトゥスの前に、弓削 一徳(gc4617)が悠然と立っていた。
「えと、なんだろう‥‥記念祭みたいだけどな」
「なるほど。どういう経緯が‥‥お、あっちに人だかりが出来てるぞ」
 一徳は言うなり駐車場の方へと歩き出す。
 タキトゥスは少し迷った後、同じ方向へと向かった。

「‥‥これがレッドバードを倒したKVかぁ」
「あの娘達がパイロット? 若いわねぇー」
 片膝を付いて並ぶ、『熾天姫』と『モーニングスパロー』を一目見ようと、沢山の人が駐車場に押し掛けている。
 その中心で取り巻かれて応対しているのは、赤宮 リア(ga9958)と鹿島 綾(gb4549)の二人だった。
「すごーい! あのロボ、金ぴかでカッコイイ!」
「ふふ、お目が高いですね♪ この機体は熾天姫といって‥‥」
 目を輝かせる少女へ、リアは機体への愛着を語り出す。
「ああああの、しゃ、写真撮っても?」
「‥‥えぇ。どうぞ」
 カメラ小僧の問いに、綾は曖昧な笑みを浮かべて頷いた。
「あ、パレードが始まったみたいよ!」
「あっちにでかいモニタがあるぞ」
 公園内の各所に設置されたモニタへ向けて、民衆達は騒ぎながら散っていく。
 一気に閑散とした駐車場で、リアと綾はどちらとも無く空を見上げた。
「‥‥私達は、ナトロナを想う彼等を倒してしまった。本当に、これで良かったの?」
 ポツリと、物思いに耽るように綾が呟く。
 それに応えられず、リアは目を細めた。
「彼等はやはりナトロナを想っていたんでしょうか?
 何とかして、もっと違う形の結末には出来なかったのか‥‥そんな事を思ってしまいます」
 リアの言葉に、僅かな沈黙と小さな吐息が返事した。
「マルケ大尉が遺した、あの言葉‥‥」
 キッと唇を結び、綾は静かに目を閉じる。
「背負い続けなければならないわ――最後の時まで」

 その二人から少し離れた場所ではアンジェラ・D.S.(gb3967)が、水筒の紅茶で唇を湿らせていた。
「久しぶりの現場復帰‥‥そもそもここがブランクの遠因だものね。逃げるわけにはいかないわ」
 目を閉じれば、肩には違和感が残っている。この地の戦闘で負傷した後遺症だった。
「‥‥ま、休んでる最中にキャスパーが解放されたのは喜ばしい事だけどね」
 アンジェラは微笑みを浮かべ、モニタへ目を向ける。
 そこでは誇らしく行進するナトロナ軍と、それを熱狂的に迎えるキャスパー市民の姿が映っていた。
 ふと――その画面が切り替わる。

 キャスパー上空へ進入しながら、真紅の機体は夕陽に染まる。
「綺麗な赤い機体‥Rote Empressに乗せて頂くのはこれが初めて、ですね」
 後部座席から獅月 きら(gc1055)が話しかけると、前に乗るルノア・アラバスター(gb5133)はコクリと頷いた。
「ここが、キャスパー。‥‥あの、人達と、一緒に、飛び、たかった‥な」
 寂しげに目を落とすルノア。
 眼下では人々が無邪気に手を振っていた。微かに笑み、ルノアは翼を振ってそれに応える。
「お話できる範囲だけで‥‥どんな出来事や壁があったのか、お聞かせ願えますか?」
 きらがそっと話しかけると、前に座る小さな頭はコクリと頷き――たどたどしくも精一杯に語り始めた。
 軽く距離を取って、蒼河 拓人(gb2873)のフェニックスは低速で飛行する。
「一応、‥立役者だしね」
 キャスパーの民衆に、この空にもうバグアは飛ばないと印象付けるように、悠々とフェニックスは飛んでいた。
 ふと編隊の先頭で、真琴機『凰呀』と綾乃機『イリス』が速度を増し、叩きつけ合うようなドッグファイトを開始する。
『ご覧下さい! これがKVバトル! 聖姉妹による演武だぁ!』
 瑞姫機の後ろに乗って、プログラム進行役ががなり立てる。瑞姫はエイラの指示に従いながら機体の特設カメラで二機を追いかけていた。
「あぁ‥‥!」
 突如、民衆の上げる声。
 その頭上で白熱した二機は真正面からクロス。その直後に、煙を噴いて錐揉み降下し始めた。
 あわや墜落かと誰もが思った時、真琴機はブーストを駆使して無理矢理旋回し、再び高度を上げて行く。
 綾乃機はその周囲を回遊して紙吹雪を盛大に散らす。
「おぉ、凄いっ!」
 それも『演技』だと気付いた民衆達が喝采の声を上げた。
 二機は左右に分かれ、空にハートの形を作り出す。
 そこへリヴァル機が合流。スモークを吐きながらハートの中心へ向かって行った。
「っ、痛覚が有るというのは生きている証拠‥‥まったく、良く言ったものだ」
 痛む傷を抑えて、リヴァルは操縦桿を握りなおす。
 シュテルンはハートを抜ける手前で一旦切り、抜けた後でもう一度スモークを吐く。
 空には立体的なハートの形が浮かび上がった。

 沸騰しそうなほど高まる熱気。ナトロナ音楽隊の盛大な演奏と共に、ナトロナ軍が祝砲を撃つ。
 それに合わせて、公園でモニタを見ていたタキトゥスも空に祝砲を撃ち上げた。
「やはり、こういうのをしなくては祭りは始まらないか」
 ワッと場の空気が盛り上がった様子に満足しながら、また大型モニタへ目を移す。
『最後は‥‥追悼飛行です。ナトロナの空へ、花を咲かせましょう!』
 画面のKV達は三列編隊を組むと――スモークを吐きながら垂直上昇をした。

 ナトロナ軍KV、真琴機、綾乃機、ルノア機、リヴァル機がとりどりのスモークを引いて空を翔け上がる。
「皆、準備良いね? 『彼等』を送り出すよ‥開花っ!」
 真琴の号令に合わせ、一列目と三列目が水平方向へ散開。
「尊き魂よ天へ‥ルノアちゃん、RotでRBを天まで導いてあげて♪」
 花開くようなスモークの中心から、三機が空へ昇る。
「無事‥‥ここまで来ました、少佐」
 タローが涙を滲ませ、遥か空高くの上官へ報告する。
「ここまで連れて来れなくて‥‥ごめんなさい」
 ヒータは撤退行から、ここまで辿り着けなかった人々へ。
「キャスパーは、次は――私達が」
 ルノアはバトンタッチするようにコックピットで手を伸ばし、ボタンを押した。
 兵装コンテナ解放。
 ギッシリ詰まっていた色とりどりの花びらが、キャスパーへ雨を降らした。
「‥‥わぁ」
 後部座席で、きらが声を上げる。
 その感嘆の声は、きっと地上の人々と同じだろう。
「華やかになりますね。きっと、皆さん喜ばれますよ」
 身を乗り出してルノアの頭を撫でると、彼女ははにかんで小さく頷いていた。

 パレードは終着点であるワシントン公園へと辿り着いた。
 KV各機も次々に駐車場へと着陸し、パイロット達は地上へ降り立つ。
 イカロス隊の二人が式典会場へ向かう時、ふと人垣の間から声が掛かった。
「演説がんばれよ、新たな伝説の隊長さん」
 軽く手を上げて言うのは、透夜。
「あ、見て。空に片翼が‥‥」
「イカロスの仲間だ!」
 拓人機がスモークを使って空に翼を描く。
 その真下で、
「これより、都市奪還記念式典を執り行います――」
 式典進行係が開始を宣言し、始めにヒータ大尉とバルト中尉を呼んだ。

「おお、やってるやってるー。戦闘よりも、やっぱりこういう楽しい方が良いよねぇ‥‥なんて」
 高月 琴音(gc4623)はのん気に声を上げて公園に入っていく。
 式典開始前で一気に人口過密になった公園で、カルマ・シュタット(ga6302)が視線を巡らしながら歩いていた。
「裏方も必要だからな‥‥っとまた迷子か」
 泣いてる子供を発見して、カルマは溜め息を吐きながら近付いて行く。誰もが式典を‥‥イカロス隊長ヒータの演説に聞き入っていた。
『この都市を取り戻せたのは私達だけの力ではありません。むしろ、今この会場にも来てくれている――LHからの仲間のお陰なんです』
 壇上からでも目を凝らせば、見知った顔が幾つも見える。
 そんな演説の様子をライトが舞台袖から見ていると、ふいに人の近付く気配に気付いた。
「‥そちらも有る程度落ち着いてきたようで何よりだ」
「その声は‥リヴァルさんか」
 ライトが振り向くと、片手に松葉杖を付くリヴァルが立っていた。
「別方面のヒューストンもだいぶ落ち着いてきたようである。まぁ、俺は君と違い何か出来たわけでは無かったが」
「いや‥‥君がそうなら、俺なんてもっとだ」
 苦笑するライトを、リヴァルは真面目な顔で正面から見据える。
「次は可能な限り支援する。取り戻そう、我々が失ったものを」
「――ああ、助かる。恩に着るよ」
 二人が交わす固い握手。
 と同時、盛大な拍手が沸き起こった。
 二人が振り返ると、ヒータが壇上から降りてくる所だった。
「あら、こんにちは」
 ヒータが笑顔で挨拶するのと同時、その場所へ未早、ブレイズ・カーディナル(ga1851)、ラウラ・ブレイク(gb1395)も入ってきた。

「こんにちは、演説お疲れ様です。ご挨拶に‥‥」
 未早はペコリと頭を下げると、後ろへ振り返る。
「ほら居ました、ブレイズさん。サボってないで来て良かったでしょ?」
「い、いや、副長。あれは見回りであってだな‥‥」
 式典会場とは別の場所で涼んでいたブレイズは、未早に捕まってここに付いてきたのだった。
 だが言い訳を諦め、イカロスの二人へ向き直る。
「あー‥、まずはキャスパー奪還おめでとう。色々と話は聞いてる‥‥レッドバードの事も」
「そう、ですか」
 ヒータは少し辛そうに笑みを返す。
 僅かの沈黙を縫って、その場に居合わせたラウラも会話に参加した。
「私からも、キャスパー奪還おめでとう。貴方達はナトロナの歴史に名前が残るかもね」
「‥‥俺達が? まさか」
 笑みを浮かべるライトへ、ラウラは微笑を返して腰に手を当てた。
「貴方達が居なかったら、きっと私達が呼ばれる事も無かった。‥‥力は武力だけじゃない。貴方達は最後まで諦めなかったから、だから皆が付いてきたのよ」
 ブレイズは頷くと、その後を引き取った。
「レッドバードの事は、皆に大きな絶望を与えていたはずだ。それが今、そのレッドバードに打ち勝った事実は、その絶望すら打ち消すほどの新しい希望を作った」
「‥‥絶望を打ち消す、希望」
 ヒータが意味を噛み締めるように、口の中でその言葉を反芻する。
「誇っても良いと思うわよ。私もイカロスの一翼であることに胸を張れる」
「‥レッドバードの遺志を引き継いで、今までよりはるかにイカロスの名前は重くなる‥負けられねぇぞ?」
 ラウラとブレイズからそんな話を聞かされ、思わず目を合わせるヒータとライト。
 数秒を見詰め合った後、互いに意志を固めあうように鋭く表情を変えて、二人は強く頷いた。
「まあ色々あったが、この調子ならアルコヴァだって遠くないうちに解放できるさ。‥‥多分な」
「蛇の頭を潰すまであともう一息。また一緒に頑張りましょう」
「こちらこそ、よろしく頼む」
 ライトは二人の目を見つめながら、頷いた。
「あ、式典が終わりそうですよ。さぁ皆さん、お祭りを楽し――」
 未早が言い終わるより前に、ふいに会場の空気が変わった。

『ホークスアイより司令部へ。警戒空域に未確認機が侵入、無線応答無し。繰り返す――』
「このタイミングか‥‥予想外だったね」
 アークは会場の警護を中断して駐車場に停めた自機へと走る。途中、トランシーバーで司令部から詳細情報を入手した。
 直後にKVが空へと舞い上がった。
 レーダーには『UNKNOWN』の光点。それを見つめて、アンジェラは一つ深呼吸した。
「ふぅ、肩馴らしで済めば良いけどね‥‥」
「‥‥IFFが友軍機と示してる? 装置の故障かな」
 アークの呟き。
 通信網を駆け巡ったその言葉で、――ナトロナの軍人・傭兵の動きが一瞬止まった。
 直後、キャスパーから見える空に姿を現す漆黒の、怪しげな機体。カメラやアンテナが各部から突き出し、時折不愉快なビープ音を上げるそれは、明らかに怪しい。
 だがナトロナの空気は弛緩した。
「すまない、ウシンディ。‥‥俺が迂闊だった」
 カルマが大きな溜め息を吐いて機首を翻す。
 レーダー上に映ったUNKNOWNは、‥‥間違い無くUNKNOWN機だった。

 ――半壊した都市基地の上空を、瑞姫は一機で飛ぶ。
「ここが‥‥きゃすぱーきちだよ。こんなになっちゃったけど」
 瑞姫に答えたのは、愛機の呟き。
「ボクくやしいよ。なにもしなかった。こんなことになっちゃってたのに――」
 基地の傷痕の上、ハッキリとキメラによる虐殺の光景が現れて――。
 次の瞬間、瑞姫は駐機した機体の中で目を覚ました。
 しばらく呆然と、操縦桿を握る自分の手をマジマジと見る。
「そうだよね。ボクは、生きてるんだ‥‥、だから出来る限りの事をすれば良い」
 呟いた瑞姫の隣では、漆黒艶消しのK−111が着陸する所だった。
「さて、酒はどこかな? ‥‥ん、まだ式典中か?」
 騒ぎに集まった人達へ、UNKNOWNはフランクな調子で声をかける。
 軍代表としてヒータが呆れつつ厳重注意しに行っても「お、デートするか」と軽い調子で受け流してしまった。
 何はともあれ、中断された式典は無事に終わりを迎えようとしており、ポボスが締めの言葉を述べる。
「では、最後に奪還の最大の功労者――」
 チラリと舞台袖に目を向け、歯に物が詰まったようにモゴモゴと大佐はマイクへ向き直った。
「‥‥イカロス隊とその翼である傭兵達に、惜しみない拍手を」
 そう言った途端、民衆からは割れんばかりの喝采。兵士達も苦笑を混じらせて手を叩いていた。
 ガヤガヤと散り始める人々の賑やかしさを、アンジェラはジッと見つめる。
「ここだけでなくこの地を全て取り戻せば‥‥きっと皆の喜びがもっと広がるんでしょうね」
 その行程に助力したいものだと思いながら、アンジェラは肩を軽く回す。
 日が落ち、赤く燃える空の下で――ナトロナの活気溢れる祭りが始まった。

「やっと着いたわ‥‥。まったく、なんで皆こんなに騒いでいるのかしら?」
 やれやれと憎まれ口を叩きつつ、緋本 かざね(gc4670)は駐車場の軍人達をすまし顔で一瞥する。
 ‥‥少しツンとした彼女だったが、実は前日は楽しみのあまり眠れず、朝方に寝付いてしまって遅刻した‥‥という経緯があった。
「そこの貴方! お祭りの中心はどこですの?」
「え、ああ、あっちの噴水広場だけど‥‥」
 言って兵士が指差す。
 かざねは頷くと、「そう。ありがとう」と言って歩み去っていく。
「ふぅ‥‥すごいお祭りだなぁ」
 金色の髪を揺らして、まだ幼さの残る黄龍(gc4660)は呟いた。
「祭り自体は好きだけど、こんなに人が多いんじゃ疲れるよ‥‥」
 黄龍は人の流れを逸れて足を止める。視線を巡らすと、ふいに金髪のお姉さん――かざねが駐車場から出て来るのが見えた。
 黄龍はつられてその先へと目を凝らす。
「あ‥‥噴水広場。出店もある」
 席付きの屋台も出ているらしく、そちらなら休めるかもと黄龍も歩き出した。
 ‥その人々の待ち合わせ場所となっている噴水の前で、ふと鳳覚羅(gb3095)がライトとヒータを見つけた。
「やあ、丁度いいとこにいたね。今日のお祝いにこれを」
「おぉ、覚羅さん。それは‥‥ワインか?」
 覚羅は頷いて木箱を差し出すと、微笑みながらそっとライトに話しかけた。
「後で花火を見に行くんだろ? うまくやるんだね」
「なっ。いや――」
「じゃあごゆっくり」
 慌てるライトを置いて覚羅はニッコリと二人へ笑む。そして、駐車場の方へと歩み去って行く。
 残された二人も、何となくギクシャクしながら屋台群の人込みに紛れていった。

「‥あ、ママ。シスタードーナツー」
「あら、本当ね」
 親子連れが行列の出来たその屋台を覗くと、どこかで見た事のある「ぽんで」が販売されている。
「ひっ‥行くわよ」
「えー!?」
 だが親子連れはそそくさと通り過ぎていく。
 実は拓人の店の客はほとんどが‥‥英雄のドーナツを食べる為に殺到した筋骨隆々の軍人達だった。
「はい、出来たよー。どうぞ」
「ありがと。頑張って」
 拓人が差し出すぽんでを先頭で受け取るのは、意外にも軍人ではなく――依神 隼瀬(gb2747)。
「あはは‥みんなも、ありがとねー」
 微妙に苦笑しながら隼瀬が振り返る。それに応じるのは軍人達の素敵なスマイル。
 同じく英雄扱いの隼瀬は、先頭に通してもらっていたのだ。
「‥‥お祭り、か。やっとここまで来たんだな。でもこれからが本番なんだよな‥‥」
 醤油味ぽんでをパクつきながら、ふと隼瀬は呟く。キャスパーを落とした次は――いよいよ敵の本拠地だ。
 そんな事を考えながら、隼瀬は『割包』を売る台湾屋台に並ぶ。
「‥‥。ああ、やっぱりお祭りの醍醐味は屋台だよねー。このお手軽感が何とも♪」
 今日だけは難しい事を考えるのを止めて、食べ歩きに専念しようと決めた。
 ‥‥その隣で開店したメイド喫茶【☆LINDBERG☆】も、相変わらずの大賑わいを見せる。
「ご主人様。お嬢様。お帰りなさいませ☆」
「今日は私達がう〜んとサービスしちゃいますよぉ〜♪」
 バーテン風の真琴、メイド服の綾乃が息のあった接客で来る人を迎える。整備班員へは、二人から特別にワインのサービスもつけられた。
「こんばんはー」
 と顔を見せたヒータとライトを、二人は一早く察知。ライトの方へコソコソと近付き、
「ちゃんと誕生日聞いたぁ?」
「な‥」
「忘れちゃダメですよぉ〜?」
「いや‥」
「「どぞごゆっくりぃ〜♪」」
「‥‥」
 手際よく席に着かされ、真琴と綾乃はにたーっとした笑みを浮かべて持ち場に戻っていく。
「真琴、邪魔するぞ」
 そう言ってふいに来店したのは、透夜だった。
「あ‥、お帰りなさいませ。ご主人様☆」
「食事をしに来たんだ。それと‥‥これも」
 透夜が花とジュースの差し入れを真琴へ手渡す。
「ありがとう、透夜さ‥‥ご主人様」
「ああ。じゃあ、俺はこれを頼む」
 メニューの一つを指差して、注文をする透夜。頷き、はにかんで真琴はキッチンへと戻っていく。
 一方、野外席を歩き回る「アリス」コスチュームのメイドウェイターが、子供達に取り巻かれていた。
「瑞姫お姉ちゃんー、猫耳触らせてー!」
「良いにゃよ、覚えてくれてて嬉しいにゃ。あ、でもココではシルキーキャットと呼ぶにゃ」
 瑞姫が子供達に笑顔で応じながら、忙しく駆け回る。
 だが今、もう一人のウェイターが不在だった。

 駐車場で酒を煽るポボス司令を――ふいに睨みつけるエイラの姿があった。
「む‥‥?」
「あんた、逃げたんだってな‥‥あの時のあんたはどこ行っちまったんだ!」
 LINDBERGを抜け出したエイラは飛び掛かり、ポボスの襟首を掴み上げる。
「おい、司令官なんだ。目を背けてんじゃねぇぞ!! それが出来無いなら辞めちまえ!」
「ひぃッ!」
 エイラが振り上げた拳に、ポボスは顔を背ける。
 しかし、衝撃はいつまで経ってもやって来なかった。
「ここは、あくまで祝いの場よ?」
 いつの間にか現れた綾がその手を取り、静かな声で諌める。
 途端に力が萎えたエイラは、やり切れなさそうに小さく悪態を吐いて去っていった。
 それと入れ替わるように、リアがポボスの前に姿を現した。
「ポボス司令‥‥綾姉さまと共に、慰霊碑についてのお願いに来ました」
「‥‥お願い、だと?」
 聞き返したポボスへ、ポツリと綾が口を開く。
「マルケ大尉の最後の言葉。あの後に続く言葉は、『頼む』だったのでしょう」
「‥‥」
「その言葉の中には、大佐‥‥あなたで無いと分からないモノも、遺されているのでは?」
「――――ワシと彼等の思い出、か」
「‥私達はこれから、彼等の言葉を胸に刻んでこの空を飛びます。あなたは――どうしますか?」
 酒宴の喧騒が、駐車場に響き渡っている。
 ポボスは何も答えられず、二人は「慰霊碑には彼等の名も」とだけ進言して去った。
 そこへまた入れ替わり、山崎 健二(ga8182)が姿を見せた。
「‥‥よう、ポボスのおっさん。RBの事で‥‥ちょっと歩かないか?」
「あ‥‥うむ」
 一傭兵からおっさん呼ばわりされながら、ポボスはそれにも気付かずただ頷いていた。
 閑散とした林道へ歩き出しながら、ポツポツと健二は砲火を交えた時の事を語り出す。
「‥‥ここからは俺の感じた事だけどよ。あの隊長さんは確かに敵に回っちまった。でも一つだけ、貫き通そうとしたモンがあったんだ」
 健二はベンチに腰を下ろすと、宵闇に染まり始めた空を見上げる。
「‥‥それは『キャスパーを護る』事。立ち位置は逆でも、ソレは間違いなかったぜ? ‥そう思ったらつい躊躇っちまって、墜とされたけどな。結局‥‥あの隊長さんにゃ勝てないままだった――」

「‥‥タロー軍曹、休憩のようですね。良かったらタバコに付き合ってもらえませんか?」
「あ、どうも。‥‥煙草ッスか?」
 セラ・インフィールド(ga1889)からの突然の誘いを、しかしタローは受けた。
 二人して屋台裏へ回って、煙草へ火を付ける。
「去年アロルド中尉‥‥いえ、少佐達に差し上げた物と同じ物をまた用意しましたから。私はお墓参りもまだしていませんし、ひとまずこれで少佐達のご冥福をお祈りしたいと思います」
「同じ物‥‥なんスか」
 タローはシミジミと煙草を見て、口に咥える。
 そうして二人して肺一杯に吸い込むと――大きくむせた。
「げほっ、久しぶりだとダメですね。元々あまり好きではないんです」
「こほ、‥‥自分もあんまり吸わないッスよ」
「一人よりも二人の方が楽しいでしょう。‥‥それに少佐と同じ事をすることで、彼の考えていた事や感じていた事など何か分かるかもしれませんし」
 セラは手に持っていた空き缶に吸殻を押し込むと、息をつく。
「余ったタバコは差し上げますので、また皆さんで分けて下さい。もちろんアロルド少佐にも‥‥ね」
「‥‥。セラさん、感謝するッス」
 ペコリと頭を下げたタローに背を向けて、セラはまた表の喧騒の中へ歩み出た。

「――あ、そうだ」
 林道で宵空を見上げていた健二が、ふと思い出したようにポボスへ顔を下ろす。
「隊長さんの最期は『ナトロナと大佐を』だった。きっと、オレ達はRB隊の遺志を継いだと思う」
「‥‥彼等の遺志を?」
「そうだ。だから、あの暴君は必ず斃す。どうか今まで以上に協力して欲しい。――ヤツを斃す事で、彼らへの償いとする為に」
 健二が遠く見据えるのは、ナトロナのバグア司令官。一度砲を交えた、宿命の敵だった。
「‥さて、んじゃする事も無いんで帰るとするか」
 伝えたい事を言い終えて、健二は駐車場の方へ戻っていく。
 だがポボスはベンチに座り、呆然と空を眺めていた。
 その横へ、ふと誰かが腰を下ろす。
「‥‥概ね話は聞いています。他の諸兄からは随分言われたようでありますが」
 生真面目な話口調の傭兵は、淡々とポボスへ言葉を紡ぐ。
「良く戻ってきました。自分に負けず此処に居る、俺はそれを評価したい。そして、最後に一つだけ伺う」
 励ますような言葉を掛けながら、リヴァルはポボスへ真摯な目を向ける。
「貴方は今、何の為に――此処に居るのか」
「‥‥ワシが、此処に居る理由?」
 ポボスの停止していた頭が、俄かに動き出す。
 傭兵達の話は、全て線で繋がってポボスを一つの結論へと導いていく。
「‥‥ワシは。レッドバードの死を認め、新たな伝説と共に歩まねばならんのだろうな。――ナトロナ解放の為に」
 ナトロナ司令の言葉にリヴァルは何も言わず‥‥ただ頷いた。

 遠い台に並んだ景品を、スパパっとゴム弾が撃ち抜いていく。
「あぁーー! またやられたあああ!」
「おうまいがー‥‥」
 膝を崩すホークスアイ隊員達を尻目に、タローが景品を射手であるきらへと渡す。
「ルノアちゃん、どうぞv 私からのお祝いです」
「ん。私も、取れた」
 きらは猫のぬいぐるみをルノアへ渡し、自らは獅子のぬいぐるみを抱きしめる。
 ルノアも難易度の高い兎のヘアバンドを易々と撃ち抜いていた。
「流石に覚醒しちゃうのは反則‥かな」
 琴音は苦笑しつつ、それでもキッチリと扇子を仕留めている。
 その隣では、黄龍が真剣な表情でゴム銃を撃つ。
「あぁ、秘蔵のはげカツラがぁ‥‥!」
 ジーザスと叫ぶ隊員を尻目に、黄龍も凄く微妙な顔でそれを受け取った。
「ふふ、坊やはそれがお似合いね。まぁ見てなさい」
 かざねは隣の少年へ言い放つと、自信たっぷりに銃を構え――引き金を引く。
「‥‥ッ! 日本土産の置物をぉ!!」
 顔を両手で覆って崩れる隊員を尻目に、かざねに手渡される‥‥熊の彫り物。
「‥へ〜。お姉さんって趣味渋いね♪」
「くっ‥‥‥‥」
 にこっと仕返ししてくる黄龍に、かざねは言い返す事が出来なかった。
 少しして店が落ち着きだすと、タローは慣れないタバコで一服をつける。
 と、ふいに声が掛かった。
「タロー」
「あ、ラウラさん。その格好は‥」
 髪を結い上げた浴衣姿のラウラを、タローはぼうっと見とれる。
「似合うかしら? 涼しくて楽なのよ。‥‥それより、ひとまずはお疲れ様。前より良い顔になったわね」
「そうッスかね?」
 顔を撫でて聞き返すタローへ、ラウラは可笑しそうに頷いた。
「少佐の目に狂いは無かったって証明してる。心に‥『それ』があるなら、もうどんな苦境でも大丈夫よね」
 咥えたタバコへ目をやって、ラウラはそう言った。
 タローは懐かしむようにタバコを指で挟んで見、それを揉み消して顔を上げる。
「遊んで行かないッスか、ラウラさん。‥こっそりサービスするッスよ」
「ん‥‥いえ、辞めとくわ」
 頷きかけたラウラは、しかし悶絶するホークスアイに気付くと首を横に振った。

「あたしは、これから隊を率いる立場になるんだよな‥‥」
「大丈夫だよ。エイラなら」
 客もはけたメイド喫茶で溜め息混じりに言うエイラに、瑞姫が励ましの声を掛ける。
「おう、やり抜いてみせる。あたしらのじゃねえ、地球人の反撃はこっからだ」
「‥うん」
 二人が頷き合った直後、ふいに声が掛かった。
「わー‥‥。未知の世界ってやつ?」
「あ、お帰りなさいませお嬢様」
 顔を出した琴音に気付いて、二人は仕事に戻る。
「たまにはお嬢様気分も悪くない‥かな。ね、可愛いメイドさん、記念撮影良い?」
「はっ!? かわいいだと、あたしはそんなわけ‥‥、うっ、嘘じゃねぇよな?」
「写真ならボクが撮ってあげるにゃ、お嬢様」
「ふふ、ありがとー」
 顔を真っ赤にして照れるエイラの腕を取って、琴音は笑顔を携帯のカメラへと向ける。
 シャッター音と同時、巨大な重低音が空から響いた。

「カイピリンガをもらおうか、ただし、砂糖は抜いてな。それにレモンをすこし多めに絞り込んでくれ」
 駐車場で一徳が慣れた口調で言い放つと、ブラジリアンの兵士が快くグラスに酒を注いでくれた。
「みんなやってるね‥‥。今回も直送で持って来たよ、無論呑むでしょ?」
「イヤッハー覚羅! ブラボー!」
「お前は傭兵の鑑だ!!」
 褒め言葉を散々に掛けられつつ、両手に酒を抱えた覚羅に兵士達が群がった。
 それを見やりつつ、口いっぱいに食べ物を頬張ったタキトゥスは頷く。
「祭りというのは、要は楽しむ事こそが重要なポイントだな」
 気弱な彼なりに何かを悟ったように花火を見上げる。
「ひっく、おーい、嬢ちゃんよぉ‥‥!」
 整備班のグレッグや一般兵科へ挨拶回りしていた未早が、ふと野太い声に呼び止められる。
「バルト中尉‥‥まったく、この間の約束はどこに行ったんだか」
 やれやれと嘆息する未早。
 だがバルトはいかめしく顔を横に振る。
「ありゃまだ勝敗が付いてないだろ、確か! ひっく」
「‥まぁ、それはそれとして。はいこれ、お土産の日本酒です」
「‥なッ! 偉い! 気の効く嬢ちゃんだ!」
「ふふ、大事な仲間達と美味しいお酒を酌み交わしながら大輪の花火を眺める‥‥なんて、この上なく幸せじゃないですか」
 そう言いながら、酒豪の集まりに入って酌み交わすのは‥‥覚羅から貰ったスブロフ。
「いやー酒豪で着物を着た女が居ると盛り上がるなぁ‥」
「ああ、ヤクザって奴か。ヒュー、姉御!」
「いえ‥‥皆さん、これは浴衣なんですが‥‥」
 何だか間違った知識で盛り上がる軍人達を、止める術は無かった。
 そんな盛り上がりを見せる軍人達の間を縫って、隼瀬はポボスを見つけ出して声を掛けた。
「‥‥レッドバードに、勝てていない?」
「ああ。本当は『勝ちを譲られた』と思ってる。だって相手は‥‥全員揃って無かったんだからね」
 隼瀬は気落ちしたポボスを励ますつもりで、自分の本音を曝け出す。
「それと。隊長の操縦席に、写真があったって聞いたんだけど。‥‥凄いよね。洗脳されたのに、ちゃんと置いてあったって事は、心のどこかで憶えてたんだ。――本当に凄いよ」
 そう言って、隼瀬はポボスを上目遣いに見た。
 しばらく黙り込んでいたポボスは、ふいに相好を崩す。
「ふ、まぁ当然だろう。彼等は最強のエース達だ」
「‥‥んー。なんか違うー‥‥調子狂うなぁ」
 隼瀬の呟きに、怪訝顔をするポボス。
 見渡せば、色んな傭兵と軍人が騒ぎながら飲んでいる。駐車場の明るい空気が、空に上がる花火に照らされていく。
「どこまでも高い大空、何処までも広がる大地、何人にも犯されざる自由を――我らの手で!」
「いよ、姉御!」
 ほろ酔いの未早が両手を伸ばし、大空へと声を上げた。

「‥去っていった人もこれを見ているのかな」
 電波塔、カルマは高くから静かに花火を見て呟く。
 都市奪還作戦には参加出来ていなくても、一人感傷に浸るだけの理由はある。
「‥乾杯」
 巨大な花火が空に開くと同時、カルマは酒を煽った。
「ナトロナも平和に向けてまた一歩進んだか‥‥他の国もこんな風に騒げるようにしないとね‥」
 宴会を抜け出し、電波塔へのエレベーターに乗りながら、覚羅はそっと呟く。少しずつ花火に近付きながら、黄昏ていた。
「パパとママ‥天国でも仲良くしてるかな‥」
「ンなの当たり前だって♪ アタシ達を見守ってるよ」
 浴衣を来た真琴と綾乃が肩を並べて、飴細工を舐めながら空の花火を見る。
 その空高くで、闇夜に飛ぶ一機のKVが居た。
「これが、自分達の軌跡か‥‥」
 拓人が花火と、明々と点るキャスパーの灯りを見下ろす。
 きらとルノアも空を見上げ、平和の象徴‥‥光の花を見つめた。
 そうしてきらは、この街を奪還した全ての傭兵と‥そして友人のルノアを、心から誇りに感じる。
「ルノアちゃん、今回はお誘い本当にありがとうですよ」
「‥ん」
 笑顔で言うきらへ、照れ臭そうにルノアは頷いた。

 公園の外れ。
 中央の喧騒とは激しく落差のある広い空き地の中心に『慰霊碑予定地』と書かれた看板は立っていた。
 アンジェラはその前に立ち、微痛の走る肩に手をやる。時折痛むそれはEQの咀嚼による後遺症。
「よく生きてたわよね‥‥」
 原点であるこのナトロナで、使命を背負い直して前に進む事を誓った。
 その暗い広場の入り口で、ゼンラー(gb8572)が数珠を鳴らして静かに佇んでいた。
 英霊へと黙祷を捧げる彼の背中には、鬼気迫る想いが篭もる。
 守れた命はあった。
 守れなかった命も、――また。
 彼等の歩みが止まってしまった事、それを仕方無いとは想いつつも、彼には呑み込み切れ無かった。
「‥戦争というのは、因果なもんだよねぃ」
 黙祷を終え、顔を上げたゼンラーが万感の思いで呟く。
 それからふと、轟音を上げる花火を見上げる。
「だがまぁ、彼等が得た物、道として繋げた物もまた。此処にあるのも、事実なのだよねぃ。うん」
 気持ち良い笑みを浮かべて、ゼンラーは背を向けた。

「‥‥お前達が最後まで何を思っていたのかは分からない。でも、この先も俺達は取り戻していく」
 崩れ落ちたRB格納庫内。
 そこに立って、透夜は静々と言葉を掛ける。
「それがお前達へ、俺達にできる唯一の事だろうから――」
 花を置き、その言葉を言い残して。
 透夜は格納庫を後にした。
 そのキャスパー基地の全く反対側の滑走路上では、遠くに花火を眺めながら一人酒盛りする影があった。
「流石に今日だけは、ドンチャン騒ぎに付き合う気にはなれねぇな‥」
 RB人数分の酒を地面に置いて、風羽・シン(ga8190)は荒れた道路に手を置く。
 死んでいった者達に黙祷を捧げ、顔を覚えている者に語りかけながら酒を飲み交わす。
「途中で立場こそ違っちまったが‥‥あんた等だって、間違いなくここを護った仲間の内だ」
 シンは一升瓶を煽り、夜空に輝く星を仰ぐ。あのどこかに、彼等が居るような気がして。
「‥‥後の事は俺達に任せて、あの世で見守っててくれや」
 そう呟いた直後、キャスパーの夜空で一際大きな花火が――輝いた。

NFNo.29