●リプレイ本文
「ペトリーヒルか。確かに前回奴らが攻めてきたのも大体その方向からだったな。‥‥戦闘の跡がハッキリ残ってる」
装甲車の銃眼から外を覗いてブレイズ・カーディナル(
ga1851)が呟く。その視線の先には道路の弾痕やKVハンマーで陥没した地面などが見受けられた。
「ま、こっちばかり襲われ続けるのはいい加減ウンザリだしな。何とか決定的な証拠を見つけて、逆襲に転じたいもんだわ」
風羽・シン(
ga8190)も頷きながらごちていた。
その反対側の銃眼では鹿嶋 悠(
gb1333)が外を覗いている。このナトロナの普遍的な風景を記憶している所だった。
車輌はそのまま二方向に分かれる。
傭兵の発案により、班は四人ずつの二班に分けられる。来た方を南とし、ペトリーヒルの東と西3km地点でm二班が展開した。
東地点、A班の四人が車輌を出る。
ルノア・アラバスター(
gb5133)は周囲を見回し、もう一度自分の姿をチェックした。
装備の金属部分は全て布で隠され、さらに全身に現地の土が擦り付けてある。匂いを消す為だ。
スナイパーに相応しい完璧な擬態である。
悠がルノアに頷きかけ、軽く屈んで丘へと進んでいく。
さらに100m程の距離を取って、シンとブレイズペアも丘へ接近していった。
西地点にもB班が展開していた。
リヴァル・クロウ(
gb2337)が双眼鏡を片手に地図と照らし合わせながらルートの策定を行う。
そのすぐ側に聖・真琴(
ga1622)が屈みこんで周辺警戒に当たる。
さらにもう一方のペア、カルマ・シュタット(
ga6302)とラウラ・ブレイク(
gb1395)も警戒しながら丘を目指す。
双眼鏡から覗く視界の隅に、時折キメラらしい異質な生物がゆっくりと徘徊していた。
隠密潜行で気配を消したルノアが、身を隠せそうな大きめの窪みを発見してそこに潜り込んだ。
そしてそのままジッと耳を澄ます。
近くに生物の気配は無い。Sミラーを取り出すと、太陽の向きに注意しながら周辺を探る。
右手方向約150m先にキメラ。
ルノアはミラーをしまうと、10m後方の悠へ手信号でその旨を伝えた。
悠はしっかり頷く。姿勢を低く屈めてキメラに発見されないように進み、ルノアの居る窪みへと入り込んだ。
同時に悠は微かな異変を感じ取っていた。
今まで周囲の景色を観察してきて一度も見なかった地面の筋。移動痕にも見えるそれが、キメラの居る方角についている。
悠はカメラをズームし、数回シャッターを切った。潜入用カメラは音も無く地面の筋を記憶。
悠は地図にマーキングした後、ルノアの方へ頷く。
移動の手信号を受け取り、ブレイズとシンも別方向をフォローしながら移動を開始する。
だがふと、左の岩陰に気配。二匹の赤い獣がのそりと這い出て――二人と目が合った。
直後、両者が動いた。
激突する人と獣。接敵。牙と刃、剣戟音と火花が一斉に空気に散る。
戦闘は人間側が優勢だった。シンが長い爪に切り裂かれたものの、軽傷。二人は連携してすぐに一匹を仕留める。力の違いが歴然とし、背中を見せて駆け出すキメラを――しかしブレイズが追った。
「逃がすものかっ‥‥!」
豪力発現を使い、キメラの首根っこを押さえて地面に叩きつける。
「チキン野郎がぁッ――!」
シンが駆け寄って獣の心臓を刺し貫く。キメラは硬直し――絶命した。
それを確認して二人は即座に身を屈め、辺りを見渡す。
荒野に異変は無い。遠くでルノアと悠が問題ない旨の手信号を送ってくる。
今の戦闘が他のキメラに気付かれた様子は無かった。
喉を引き攣らせたような呻き声を上げて、硬い皮膚に覆われた爬虫類のキメラが硬直する。
その体に何本も突き立った長い矢。さらに鋭く空を切る矢がキメラのFFと首を貫いた。
B班、カルマが握るクロネリアの弦が豪破斬撃の名残で震える。
即座にラウラがキメラの死骸に近付いた。岩陰に引きずり込んでスコップで埋める。
それからおもむろにスコップを突き立てて柄に耳を押し当てた。地面に伝わる音に耳を澄ます。
その隣に、砂で血痕を消し終えたカルマも屈み込む。
やがてラウラが薄く目を開け、丘の一端を向いた。
一見すると何の変哲も無い風景。しかしよく観察すると、良く生い茂った植物の中に変色した岩がある。
その岩と向かい合う形で、丘の表面に少し不自然に空いた穴。さらに双眼鏡で観察すると、切り立った崖に沿って一部分だけ小石が積もっており、その周辺の植物はなぎ倒されたような跡が見える。
格納庫の開閉痕の可能性が高い。
二人はカメラを取り出し、さらに丘へ近付いて数度のシャッターを切った。
にわかにキメラの密度が濃くなったように思われた。
棘のある植物の茂みに潜り込み、リヴァルが丘の観測を続ける。地図に精緻な情報が書き綴られ、各地点からの正確な距離などが計測される。
しかし、その表情は険しい。決定的な基地の証拠が発見できないのだ。
一見すると怪しい部分は無いのだが、実際には視界の悪さで十分な観測が出来無いのが現状だった。
無意識に頭が上がりそうになるのを、横から真琴が止める。
「く〜ちゃん、伏せて‥‥」
すぐ目と鼻の先で甲虫キメラが徘徊している。突き出した複眼の視界に今にも引っかかってしまいそうだ。
それが通り過ぎたタイミングを見計らって、真琴が頷く。
リヴァルは少し頭を上げてカメラのシャッターを数回切る。しかしすぐにまた別のキメラが近付いて来る気配。
数が多い。リスクを考慮して真琴が撤退のサインを出す。
二人は観測を諦めてゆっくりと茨の茂みを抜け出した。
A班とB班は時計回りに半周し、とりあえず丘の全周の観測を終えた。
傭兵達は一旦装甲車の元へ戻りイカロス隊と合流する。
「‥‥かなり怪しい部分は絞り込めたな。だが、まだこれだけでは弱いか?」
「ですね。でもこれ以上の活動はリスクが高い‥‥」
デジカメの画像と位置情報を受け取り、一つの地図に統合しながら二人が眉をひそめる。
「では、特に疑わしい部分だけを再調査してみては?」
悠がイカロス隊へ提案する。二人は名案だと言うように頷くと、再び地図へ向かい合った。
「‥‥そうですね。特に怪しいのはこの三箇所。内のラウラさんとカルマさんが発見した箇所はほぼ黒で確定ですね。よって、他の二箇所の再調査をお願いします」
それは悠・ルノアのペアが移動痕らしき物を発見した場所と、リヴァル・真琴のペアがキメラの多さから詳細調査を断念した場所だ。
「‥さらに、ブレイズさんとシンさんの報告によると、一部のキメラに一定の行動パターンを取っているモノが見られます。周辺防衛の遊撃隊に対する本隊でしょうか。注意して下さい」
傭兵達が頷くと、再び丘へと向かった。
「おい‥‥、オリージュ。なんだかキメラ共の様子がおかしくないか?」
「そうかしら? 私には何も」
「‥‥気のせいか?」
基地に居るキメラに落ち着きが無いように見える。ガリアは首を傾げながら、なぜか胸を騒ぐのを感じた。
「チッ、気にし過ぎか‥‥。胸くそわりぃ、少し風に当たってくる」
「付き合うわ」
一言だけ伝えて、オリージュもガリアの後ろをついて歩く。
――大型格納庫にある出入り口へと向けて。
茨の茂みに身を潜り込ませるB班。そこには違和感があった。
何の変哲も無い丘に、明らかに多いキメラ。
リヴァルが写真を数枚撮ったのを確認して、真琴は近くのキメラから離れるように移動する――。
と、ふいにキメラが小さな石を蹴り飛ばした。
それは大きく弧を描き、‥‥真琴の体に当たる。その石の行方を周辺のキメラ達はしっかり目で追っていた。その終着点、――真琴の姿をも。
直後、キメラ達が激しく吠えたてる。
「っっ――!」
理不尽な不運を省みる暇もなく、真琴がそちらへと飛び出す。
限界突破、疾風脚を使いキメラ群の中心へ。数で押されそうになるのを、リヴァルが割って入って優勢を取り戻した。
二人は背中を合わせ、取り囲む狼達を次々に屠っていく。
ほぼ同時、慌ただしく動き回るキメラに、ラウラとカルマの二人も発見された。
すぐさまカルマがセリアティスを振るい、ラウラが弓でキメラ殲滅を図る。敵の規模が少し大きい。このままでは――。
体当たりを受け、腕に噛み付かれながらも、二人はキメラの迅速な殲滅に尽力する――。
だが、遅かった。
「‥‥おいおい、どうなってんだこりゃあ‥‥」
「どうやら‥ネズミが紛れ込んでいたようね」
丘の上、ガリアとオリージュの二人が眼下で繰り広げられる戦闘に目を向けていた。
キメラを蹴散らし、今にも撤退していきそうな傭兵達を。
ギリッとガリアが歯を鳴らす。
「‥‥行くぞ、オリージュ」
言い放つと同時、ガリアが丘の斜面へ飛び降りる。
傭兵達を逃すまいとして。
その騒ぎとは丘を挟んで反対側、A班が再び移動痕が付いた場所まで戻って来ていた。
「悠ちゃん、アレ‥‥」
先ほどのキメラはどこかへ行き、お陰である程度近づけるようになっている。
ルノアの指差す方に、悠が目を向けた。
「これは‥‥間違いないですね」
移動痕の始まり。それは丘の斜面の一箇所から集中して出ていた。
つまりそこが、出入り口という事になる。
ブレイズとシンのペアもそれに気付き、両ペアがカメラを構えた時――。
突如、か細い地響きが辺りを包み込んだ。
「何だ‥‥?」
その発信源はペトリーヒル。
まさに敵拠点の出入り口と今確信した場所が――せり上がったのだ。
内側。薄暗い闇の中に電子的な光りが明滅する。そして管のような物に繋がれて並ぶ、ボアサークルが見えた。
中からはコンテナを背負った地上ワームが数体這い出て来て、キャスパーの方角へと走って行く。
‥突然の出来事に呆然としながらも、傭兵達はすぐさまシャッターを切る。
そして、さらにそちらへ近付こうかと逡巡した直後――突如上空に照明弾が打ち上がった。
「‥‥よぉよお! ご機嫌だなてめぇらぁ!」
明々と照らす照明弾の下、傭兵達の目前に人影が立ち塞がった。
「その声は‥‥こんな所で縁があるわね。折角だからお互い名乗っておく?」
しれっとした様子で振り向くラウラ。目前には二人の強化人間、ガリアとオリージュが立つ。
ラウラのこめかみに汗が流れ落ちた。
「ハッ、良いぜぇ! 冥土の土産に聞け、俺がナトロナのガリアだ!」
背中の巨大斧を振り放ち、有無を言わさずラウラへと切りかかるガリア。鋭く重い一撃が叩きつけられる。
「ツッ――ここで私達をどうにかしても、次は別の傭兵が待ってるわよ‥‥! もし誇りがあるならKV戦で決着をつけましょう。それが待てないほど飼主様は家畜風情が脅威かしら?」
「あぁ!? 屁理屈をベラベラと!」
さらに振りかぶるガリアへ――横から槍の一撃が繰り出される。
「KV戦に自信が無いか。確かに他地方のタロスはもっと強かった‥やはり搭乗者の腕次第という事かな」
斧の刃で穂先を受けられながら、カルマが肩を竦めて嘆息する。
こめかみに青筋を立てたままガリアの腕が止まった――。
一方、オリージュへはスキルを全て発動した真琴が襲い掛かる。
二刀と四肢の爪が火花を散らして剣戟を打ち鳴らす。
徐々に鋭さを増して真琴を圧倒しようとするオリージュの刀は――しかし突如、二人の間に割り込んだ月詠に受け止められた。
「っ――!?」
割り込んだリヴァルが刀を一閃。
オリージュはかわしきれず脇腹を切り裂かれた。
さらにその間に真琴が背後に回り、手足の爪を無防備な背中へ振り下ろす。
しかし、オリージュは後ろ手に刀を振り上げて一撃目を止め、そのまま振り返り二撃目も受け止める。二人の間に鳴り響く激しい金属音。
そこへ真琴が相手に密着する。
「――っ!?」
反射的に刀を振るオリージュ。同時、腹部に衝撃が走って後方へ吹き飛んだ。
真琴の方も肩を切り裂かれ、後ろへ一歩下がる。
自然とにらみ合う形となった。
「‥貴方達が、KVに乗る傭兵ね」
「その声‥‥アンタ、青タロスだな? ‥美人だな♪」
そう言葉を掛けられ、オリージュは無表情に真琴へ顔を向ける。
「貴方がドクロのパイロット‥‥。そっちの男は――?」
「こちらを覚えていなくても無理はない。以後も記憶する必要はないだろう」
「そう、殊勝なのね」
そう言うと、オリージュはまた刀を構える。
しかし反対に‥‥真琴は構えを解く。
「ココが墓場じゃ冴えないよな‥‥もっとイイ場所でケリ付けてやるよ」
暗にKV戦でと言い放つ真琴に、オリージュは眉をひそめる。
「せっかく逢えたンだ‥名前、教えてくれよ。私は真琴‥‥聖真琴だ」
「良いわ‥‥私はオリージュ。でも――」
サッと横に向ける刀。いつの間にか、周囲を取り囲んでいたキメラが動きを止める。
「私がこのチャンスを逃がすと――思うの?」
オリージュが言い放ち、刀を振り上げた。
途端に周囲のキメラが傭兵達へ殺到する――。
『閃光弾、投擲する!』
が、突如傭兵達の無線から声が響き、二つの手榴弾が戦場の中心に落ちた。
眩い閃光が――辺りを包み込む。
ルノアが銃型の超機械で怯むキメラを狙撃していく。その援護を受けて悠が切り込み、B班の退路を切り開いた。
「急いで撤退しましょう!」
「現在、敵と交戦中! 照明弾を打ち上げる、回収に来てくれ!」
『了解、すぐに向かう!』
ブレイズが照明弾を打ち上げて後方の車輌隊へと場所を知らせた。すぐさま振り返り、飛び掛るキメラを機械剣で切り捨てる。
A班の支援を受けてB班は後方へ走り出す。
「くっ、待て‥‥!」
オリージュが追いかけようとした時、風の如くシンが懐に飛び込んだ。オリージュが足を止めて反応する。
二刀と二刀が刃を走り火花を走らせた。
「悪いな、また今度遊んでやるよ」
後ろへ跳ぶシン、入れ替わるように――今度はラウラが投げた閃光手榴弾が落ちる。
「――ッ!」
閃光が浴びせられ、目を覆うオリージュ。
さらに周囲から襲いかかってくるキメラにカルマが閃光手榴弾を投げ、傭兵達は迅速に撤退していく。
「逃がさないっ‥‥!」
なおもオリージュが追いかけようとするのを、ガリアが腕を掴んで制止した。
「‥‥もう間に合わねぇよ。くく、逃がしてやりゃ良いじゃねえか‥‥タロスでぶっ殺して欲しいそうだからよお!」
ガリアが激しい憤怒を咆哮に変える。
‥‥だがオリージュは唇を噛んだまま、悔しげに俯いていた。
砂埃を舞い上げて停車する装甲車に、傭兵達が雪崩れ込む。
さらに車内にまで飛び掛ってきたキメラを斬り捨て、弓と銃で牽制しつつ――装甲車はまた発進した。
次第にキメラの群れとの距離が離れていく。
それを確認して、ようやく全員が深い息を吐き出した。
「‥‥さぁて、やっと愉しくなってきやがった」
座席にもたれながら、不敵にシンが嗤う。
そして各員の腕の中には――埃まみれのカメラと地図があった。
NFNo.019