●リプレイ本文
装輪走行で任務へ赴く傭兵KV八機に、基地兵員が敬礼を送る。
――必ず生きて帰れと。
そう祈りながら。
「タロス並のワームが百体‥‥」
ごくり。
生唾を飲み、井筒 珠美(
ga0090)が操縦桿を握っていた。
大規模作戦の地獄を潜り抜けた彼女にさえ、今回の任務に希望が見出せない。
「こ、これが初出撃だね。でも、戦車百体なんて、あ、あたしのバーストで叩き潰してやる‥‥っ!」
布野 あすみ(
gc0588)の声は、気丈な言葉とは裏腹に震えていた。
日本の平和地域で育ってきた彼女の初任務。その恐怖は人一倍である。
傍ら。フェニックスに乗り込んだテト・シュタイナー(
gb5138)が、眉根を深く寄せる。
「ちょっと待てよ、HT‥‥”H”?
何だ? 俺様の灰色の脳細胞が、何かを警告してやがる‥‥!」
何かが、何かが喉元にまで出掛かっていた――。
目的地までの行軍は重苦しいほどに、静かだった。
8対100。そんな戦力比を聞かされて、もはや他人事のように呆れ返るリュイン・カミーユ(
ga3871)。
或いは龍深城・我斬(
ga8283)が激しい恐怖に囚われながら、意地にも似た激情を心に滾らせて前へ進んでいた。
和泉 沙羅(
gb8652)も未改造バイパーのコックピットで何度も深呼吸、自分を鼓舞する。
予定通りならば、そろそろ会敵するはずだった。
「‥‥正直言えば、ファリス、怖いの」
ポツリ、と。
誰に向かって放たれたのでも無い、いわばファリス(
gb9339)の独白が、各機の通信機を微かに震わせる。
「でも、ファリスも傭兵さんなの。だから、‥‥精一杯頑張るよ」
余りにも健気で悲しい――少女の独り言。
だがそんな悲哀を切り裂いて、突如。
『ヒャッハァーッ! 地獄の三丁目へようこそォーーッ!!』
――――悪魔の声が響き渡る。
傭兵達の背中に電撃が奔り、咄嗟に身構えた。
遠く‥‥荒野の彼方に上がる土煙。アフロやモヒカンを頭に生やしたタンク共。
それが無茶苦茶に蛇行しながら――近付いて来る。
「くっ、何故でしょう‥‥あのアフロやモヒカンを見ると、怒りに似た何かが――。‥‥あと無性に腰が冷えてくる感覚に襲われます」
ロアンナ・デュヴェリ(
gb4295)が敵の群れを眺めて操縦桿をきつく握る。
初夢の記憶を封印した彼女には、湧き上がる羞恥と屈辱の理由は分からない。
その隣に進み出ながら、メインモニタに映し出されたHTをリュインが呆然と眺めやる。
「これがタロス以上‥‥だと‥‥?」
「‥‥何て言うか、えらく低俗な外観だなあ、精神的動揺とか誘ってんのか‥?」
「でもこれだけ居ると、さすがに圧巻だね‥。敵の見た目も罠かもしれない、気をつけないと‥」
我斬と沙羅も口々に感想を漏らす。
それから各人は緊張しつつ――迎撃態勢を整えた。
「落ち着け、落ち着けあたし。大丈夫、きっと大丈夫、勝てる、勝てる、怖くない、怖くない――ッ!」
歯を噛み鳴らし、震える手足を押さえつけ、あすみが何度も自分に言い聞かせる。
どう足掻いても戦いに生き残れなければ、待っているのは死。
ただ、それだけだった。
『ヴァカどもめぇ〜! 俺達デビルヒャッハーズに見つかれば最後、二度と生きては帰さんわぁ〜!!』
地獄からの呼び声が荒野にこだまする。
それに気圧されるように、KVの数機が後退りした。
「総員、怯むな! ここで私達が逃げたら命より大事なモノを失うぞ!」
あえて前に踏み出し、珠美機が各機に激励を飛ばす。それが各員を鼓舞し、自身をも奮い立たせるようだった。
「よし、各機タイミング合わせろ! 砲撃後敵側面へ吶喊する!」
我斬が声を張り上げる。
側面攻撃を担うB班各機がA班の砲撃開始に備えた。
やや後方。戦況を見渡せる位置から、斉天大聖に乗るファリスが電子波長装置βを起動する。
「‥直接の戦力にならなくても、役に立てる事はあるよ。
だから、ファリスはファリスが出来る事でみんなに協力するね」
管制開始。敵の動きをモニタリングし、突撃のタイミングを図り――指示を出す。
「射程距離だよっ!」
「――全力で行くぞ、我に続け!」
「OK、開幕のグレネードをばら撒いてやるぜ!」
リュイン機がアクチュエーターを起動、ライフルで先頭のHTへ集中砲火を浴びせる。
直後にテト機がグレネードを二連射、直近の敵周辺20mに大爆発を巻き起こした。
「私も続くねっ――!」
一拍遅れて、沙羅機もグレネードを二連射。テト機とは違う方向に投擲する。
舞い上がる炎と土煙。そのカーテンの中へ三機はさらに射撃、砲撃、ロケット弾を叩き込んだ。
同時に側面からもミサイルが飛来。弾頭が炸裂し、大量のベアリング弾がHT部隊を切り裂く。
ミサイル誘導システムを発動した珠美機の長距離援護射撃。
さらに我斬がツングースカを撃ち放ち、グレネードも乱れ撃つ。そこかしこで爆炎が吹き上がった。
「‥‥飛んで後ろに回り込めたら楽なんですが」
ロアンナ機が味方の砲撃に合わせて敵へ接近。盾の横からマシンガンの砲口を突き出し、弾幕を張りながら進んでいった。
「‥え、もう突撃? まっ、まだ心の準備が‥‥」
そんな味方の砲撃を見やりながら、あすみはオロオロと戸惑う。しかし、――戦闘は待ってくれない。
葛藤を振り切り、涙目のままスロットルを全開まで引いた。
「も、もう、どうにでもなれーっ!」
『事件ハ現場ー!』
あすみ機『バースト』が、移動音声を上げながらHT群に突撃。
『犯人ハオ前ダー!』という叫びと共に先頭のHTへ拳を、蹴りを叩き込み――HTをボコボコに大破させた。
「あ、あれ? ‥‥今の牽制、だったよな?」
「うむ‥‥何かあっさり墜ちたな‥」
白煙の晴れた光景を見て、我斬とリュインが少し戸惑う。
累々と――戦車の残骸が広がっていた。
「罠か? いやしかし自分達の数を減らしてまで‥‥」
「ま、まあ良い! ならば次の目標だっ!」
二機の雷電が動いた。一番手前の敵へと突撃していく。
「何のつもりか知らんが、半端な事で俺達を止められると思うなよ!」
我斬が放つ咆哮。それに合わせるように、切り込んだリュイン機が熱剣でHT砲台を――車輌本体ごと沈黙させた。
さらに側面では、煙幕を撃ち放ったロアンナ機がHTに接敵。真紅のシラヌイが、侍刀で敵を両断する。
『ぐえへへへ! ヴぁ〜か〜め〜ッ!』
しかしロアンナ機に、別のHTが砲口を向けていた。
直後――ロアンナ機が猛火に包まれる。
「あれは‥‥火炎放射戦車? はっ、まさかッ――! 対人対陣地戦専用ワームだとでも言うのかッ!」
ミサイルで各機の援護射撃を行っていた珠美が驚愕して叫んだ。
目前、『ヒャッハー!』『燃えろ燃えろぉ〜!』『豚は皆殺しだぁ〜ッ!』というゲスな台詞、そして火炎放射。
‥それが奇妙に合致する。
現代の兵士へ語り継がれる、非人道的戦争の歴史に――!
「電子戦機! すぐに敵を分析してくれ! 敵は‥‥敵は『そういう兵器』なのか!?」
緊迫感の増した声音で、珠美が通信装置を押し込んだ。
‥だが戦闘全体を監視するファリスは、小さく首を振る。
「‥‥たぶん、違うの。だって他の武器は石にボウガン‥‥。やっぱり、おかしいの」
必死に思考を巡らす頭に鋭い痛みが走り、眉を寄せる。額に汗を浮かべながら‥‥ファリスはメインモニタに食い入る。
「みんな‥‥、気を付けて欲しいの。情報と食い違っているの」
震える唇で、言葉を紡ぐ。
「敵が――余りにも、弱すぎるの」
激しく響き渡る爆発音。
沙羅機が撃ち放ったミサイルの炸裂だった。
「‥‥やっぱり弱いんだよね? ‥‥もしかして、報告ミス?」
無改造機で簡単にHTを撃破した沙羅が呟く。
――そんなやり取りを聞きながら一機、フェニックスは沈黙してそこに佇んでいた。
「くくく‥‥、やっぱりか」
首を垂れていたテトが、禍々しい笑みを湛えてゆっくりと顔を上げる。
HT達へ向けられたその表情には、――ありありと嗜虐の色が浮かび上がっていた。
「‥‥ま た テ メ ェ 等 か ! 」
吼えると同時、フェニックスが跳んだ。
直近に居たHTに機杖『ウアス』を叩きつけ、別のHTを肩砲の一撃で破壊する。
「指先で突かれたら腐るとか、そういう次元ですら無い様だなぁ? ヒャッハー共!」
何かの鬱憤を晴らすように暴れるテト機に合わせて、周囲のHTが次々と大破、爆発していく。
機械音声の断末魔が次々に上がった。
「なあ‥やはりタロス以下だよな?」
リュイン機が試しに蹴りを入れてみる。
さすがに大破はしなかったが、HTは横転。仰向けになりキャタピラを空転させ‥‥身動きが取れなくなった。
『ぐぬぉお! き、貴様ぁ〜!』
小憎らしい声を発するモヒカン戦車へ、リュインが容赦なくレーザーガトリングを連射する。一瞬で鉄塊に変わるHT。
だがそんな様子を見ながらも、根っからの軍人である珠美は警戒の色を解きはしない。
「いや恐らく、こちらを油断させる演技――」
「あはははっダメだこれすごい楽しいッ!」
その声に、沙羅の弾けた声が被さる。
見ると、敵陣に突っ込んだバイパーが明けの明星を狂ったように振り回していた。
沙羅機が腕を一振りする毎に、棘のある鉄球がアフロやバーコード戦車に振り落ちて車輌の半ばまで埋まる。
『ばばば化け物めぇええッ!』
HT達が矢や石を撃ち放つが、しかしそれは沙羅機の機体表面に傷を付けるだけ。
虫ケラの如く叩き潰される内、HT達の声は恐怖の色に染まっていく。
『ひぃ、ひぃいいぃいッ!』
「あはっ、もっともっと泣き叫べーッ!!」
一切の容赦も無く、沙羅がHT共を蹂躙していった。
『やややれぇッ! やっちまえーッ!』
号令一下、傭兵各機へ一斉に降り注ぐ矢や石、炎。
それを我斬機は機盾『バックス』で受け止めながら、敵陣へと切り込んでいく。
「そんなもんが効くか、っつか時代遅れにも程があるだろ!」
我斬は半ば呆れながら敵陣へ突入すると同時、猛々しい駆動音を上げる鎖鋸でHT達をバラバラに分解していく。
HT達の阿鼻叫喚の声が響く中、ふいにパトカーのサイレン音が戦場に響き渡った。
「さぁ、覚悟は良い!? セット、ジャイアントワッパー!」
敵が弱い事を知り、あすみが恐怖を払拭していたのだ。
「第一の業‥‥、ルーパーソッ!」
叫びながら、あすみ機がHT達へ突撃。
LM−01『バースト』の手に装填された巨大手錠がヌンチャクのように振るわれ、次々とHT達を破壊していく。回避オプションも併用し、荒々しく桜紋のKVが敵陣を駆け抜けた。
そのパトカラーがHTの何かを刺激したらしく、
『ふげぇ! マッポだ、逃げろぉ!』
『捕まっちまうぅ!』
チンピラ戦車達は半ば戦意喪失して潰走を始めた。
その隣で、マシンガンの弾幕を張るロアンナ機も、次々に大破するHT達に戸惑っているようだった。
「まさかこれ程‥‥弱いとは。しかしこの何故か限りなく湧き出してくる屈辱感‥‥。これを貴方達全員にぶつける事にしましょう」
シラヌイが抜き放つ、侍刀。
いや、その輝きはもはや――妖刀。
HT達に向けられた刃が、果てしない殺気を込めて振るわれる。
一閃。二閃。三閃。斬。斬。斬。
記憶に甦ってくる何かを押し留めるように、ロアンナ機が次々に敵へ刃を振るい続ける。シラヌイは修羅と化し、HT共のオイルに赤黒く染まってなお戦場を渡り歩いた。
「衝撃! 撃滅! 滅殺! ‥‥おらおら、三発だけじゃ終わらねえぞ!」
粉砕凶撃手の異名を取る我斬が、ツングースカと鎖鋸でHTをバラバラに粉砕していく。もはやアフロともモヒカンともつかない大量の毛が宙を舞う。
「今宵――ここに輝く俺様が死を告げる星ッ! やわらか野郎共はちくわを抱いて轢死しろ!」
強化された徒手空拳で、アフロに人差し指を突き込んだり、手刀でモヒカンを切り裂いたり、バーコードに飛び蹴りをかますテト機。
『ひぎべらァッ!』
攻撃を受けた周囲のHT達が次々に爆発、大破していく。その中心で、フェニックスが荒ぶるポーズを決めていた。特に意味は無い。
「‥‥ファリスも戦闘のお手伝いするの!」
とうとう管制に徹していた斉天大聖までもが銃を取る。
そして兵装発射トリガーを引きながら、ファリスは何かを思い出すように小首を傾げた。
「‥‥う〜ん、と。オブツーはショードク‥? なの!」
どこかで聞いた事のある台詞を吐いて、ヒャッハー戦車共を炎に染め上げる。
HT部隊の半分以上が大破し、残るは数十機。
「こんな雑魚にさっきまで緊張してたなんて馬鹿みたいだねー!」
バイパーから解き放たれるガトリング弾の嵐。HT達は次々に被弾して爆炎を上げていく。その様子を見ながら沙羅が楽しそうに哄笑を上げた。
『ち、ちきしょうっ! やってられるかぁ!』
とうとうHT達が戦闘を放棄し、散り散りに逃げ出した。
しかし、その後ろ姿を――レーザーが貫く。
「ゲロ吐きな。第弐の業、オフクロサーン!」
逃げ出そうとするHT達を、あすみ機の目から放たれるメガレーザーが捉える。HT達は被弾、次々に爆発を起こした。
『ママぁー!』というバグアAIとは思えない断末魔を残して。
そんなHT達の恐慌の声を聞き続けた末。
「く‥ふ‥ふ‥ふははははは! 墜ちろ、墜ちろー!!」
珠美が壊れた。
脳内物質の過剰な分泌により、トリガーハッピーに陥ったらしい。
ミサイルポッドを敵密集域に打ち込みながら一方的にHTを破壊していく。ジェノサイド&ジェノサイド。
「数多いんで、段々飽きてきたな‥」
一方で、単調な攻撃の繰り返しにリュインがあくびする。それでも律儀に、全機殲滅まで銃を撃ち、剣を振っていた。
荒野に響く悲鳴と断末魔。
それを哄笑で掻き消して、八機のKVは何十機ものHTを破壊していった――。
‥‥帰還する傭兵達。
「ある意味、恐ろしい兵器だった‥‥あそこまで我を忘れてしまうとは」
我斬がハメを外し過ぎた自分に恐怖を覚えながら、自機を駆る。HT殲滅後の大量の残骸を思い出して、充実感を感じながら。
風防を空けて顔を見せた傭兵達は、ほとんどが笑顔だった。
珠美が晴れやかな表情を浮かべ、爽やかに良い汗を拭う沙羅、若干スキップ気味で更衣室へ向かうロアンナ。
『真実ハ‥‥』
「はいはい、静かにしよーね」
KVのエンジンを切り、あすみが初任務の成功に胸を撫で下ろした。
「ひゃっはー、ショードク完了なの!」
ファリスは、出撃前に比べて酷かった。ダメ言葉を見事に吸収していた。
その横でテトが機体から飛び降り、後ろを振り返る。
「ゴーレムに戦車‥‥次はキメラか? それともHWか? もう何でもヒャッハーしやがれッ!」
「‥というかタロス以上って、何処の情報だ!」
出撃前の無駄な緊張を返せと言わんばかりに、リュインが作戦室に乗り込んでいく。
そうして死を覚悟して出撃した八人は、ほぼ無傷で帰還する。
耳を澄ませば、ほら。
HT達の断末魔が――まだ今も聞こえるようだった。