●オープニング本文
前回のリプレイを見る 海に浮かぶ小さな島の一つに、漁師達は誰も近付こうとはしなかった。
その近海はいつも荒れ狂った波が騒ぐ。そして島からときおり獣のような咆哮が海に響く。
そんな孤高の島は――いつしか『鬼ヶ島』と呼ばれる島となっていた。
今、一隻の漁船がその島へと近付いていた。
波が高く、何度も船は水を被る。間断なく激しい縦揺れが襲う。
それでも船は懸命に前へ前へと進み、『鬼ヶ島』と噂するその島へと近付きつつあった。
「取り舵一杯っ! よーし、このまま岸に近付くぞ!」
いつか漁師の村で見た男がそう叫ぶ。海に目を凝らし、舵を細心の注意を払いながらも大胆に回す。船は波に揉まれながらも、島をすぐ目前に捉えた。
「‥‥くそ、やっぱり島に付けるのは無理だ! おう、お前ら用意は良いか!? ‥‥本当に飛び移れるんだな?」
「ああ、大丈夫だべ」
振り返った漁師へ桃太が力強く頷く。
いや、桃太だけでは無かった。
その後ろにはこの鬼退治に同行する能力者達の姿。彼らは一様に漁師の問いへ頷き、この小さな島を見上げる。
切り立った崖は険しく、そこに叩きつけられる波が飛沫を上げた。空に垂れ込める雲が不吉な予感を誘う。
しかしそれでも桃太達は迷わなかった。
「ここまで乗せてくれてありがとうオジサン。おかげで‥‥姫子を助ける事を出来るべ」
「へっ‥‥礼を言うのはこっちだぜ。お前らのお陰でまた海に戻ってこれたんだからな」
漁師は笑って荒い水面に目を向ける。細かな操舵をせわしなく繰り返して、船を安定させていた。熟練の漁師といえどもそれは最上級の難易度を要求する作業だろう。
能力者達はそれを見て漁師に背を向けた。
切り立った崖を見て、取っ掛かりになりそうな岩の突起を探した。崖までの距離は十数メートル。常人ならばまず飛び移るだけでも不可能な距離。さらに改めて見て決めておいた岩に飛びつこうなどとは考えようともしないだろう。
しかし――彼らはそんな常人では無かった。
桃太達が跳躍する。彼らは足場の悪い船から大きく跳んで、見事に崖を掴んだ。
「‥‥また夕暮れに迎えに来る! 絶対に生きて帰って来い、必ずだぞッ!」
漁師の叫びに、桃太は崖から片手を離して振り返る。それから了解したと言うように大きく手を振った。
そしてまた岩を掴むと、他の能力者達と共にスルスルと崖を上っていく。
それを見て、漁師は後ろ髪を引かれる思いで船を翻した。波に翻弄されぬように舵取りに集中する。
送り届けただけでは仕事は終わっていない。
またもう一度ここへ来て、能力者達を連れて帰る仕事が残っているのだ。
「死ぬんじゃねぇぞ、‥‥小童ども」
呟き、漁師は荒れた海に抗いながら船を元来た方へ戻して行った。
崖を上りきって能力者達が抱いたその島の感想は、ただの大きな岩の塊だった。
むき出しの大地は硬く、ゴツゴツとした出っ張りに草木は一本も生えていない。
ただそこかしこにフナムシが這い回り、水の張った窪んだ穴に幾匹かの小さなカニが歩いているぐらいだ。
そんな生物が住むにはおよそ適していない所に、‥‥その城はあった。
切り立った斜面を背景にして強固そうな城壁が取り囲み、その中心に巨大な門が大きくそびえ立つ。その奥には禍々しい鬼の趣向を凝らした赤と黒の巨大な建物。恐らくはそこが――鬼達の本拠だった。
能力者達は慎重な足取りで門へと近付いて行く。罠などに注意して進んだが、しかし予想に反して彼らはあっさりと門の前に辿り着いた。
すると巨大な門は、ふいに地響きを立てて開き始めた。
「ハッ‥。まさかここに人が来るとはなぁ」
その声は、聞き覚えのある声。
桃太は身を硬くして刀に手を掛けた。目を細め、開けていく門の奥へ視線を向ける。門の震動を腹の底に感じながら――中から誰かがやってくるのが見えた。
「鬼太郎ッ! ‥‥姫子!」
「桃太ぁ――!」
布で縛り上げた小さな少女を肩に担いで出てきたのは、鬼の姿をした一人の男だった。
額から生え出る二本の角、三白眼の赤黒い目、口から飛び出た鋭い牙、赤い皮膚、巨大な体躯、指の鋭い爪。そして三メートルはありそうな鬼金棒を軽々と肩に担いで、集まった能力者達を睥睨した。そしてふと桃太に鋭い視線を落とすと憎々しげに唇をめくった。
「あの時のガキが生きていたか‥‥小生意気なクソガキだ」
そう言いながら鬼太郎は姫子をソッとその場に下ろす。途端、姫子は暴れ出して「縛りを解いてよっ! 解きなさいっ! 解けーっ!」と喚きながらくくられた両足で鬼太郎をポカポカ蹴る。「いたた、馬鹿、やめやがれっ!」と恫喝しながらも鬼太郎は姫子から離れた。届かない距離になってやっと姫子は諦めたように落ち着く。
鬼太郎は蹴られた部分をさすりながら、青筋を浮かべて桃太達の方へと向き直った。
「‥‥許さねぇぞ、てめぇら」
「な、何がだべ‥‥」
桃太は思わず答える。何だか凄く八つ当たりされてる気分だったのだが、鬼太郎はまるでそんな事を気にしないように首を振った。
鬼太郎は血走った赤い目で能力者達を、――いや、彼らを通して違う何かを見ていた。
「どいつもこいつも人類もバグアもよぉ‥‥俺の事を馬鹿にしてコケにしてんだろうがぁ。ちょっとケンカで容赦無く他人を叩きのめしたら散々クズだカスだの言われてよぉ。その内バグアの奴らが現れてお前は素質があるだの何だのとおだてるんで付いていったら、‥このザマだ。『完全な強化人間化には失敗した。やはり素質が無かったんだろう』と来たもんだ。――ふざけんじゃねぇぞこの野郎ッ!」
鬼太郎が鬼金棒を地面に突き立てる。岩が激しく砕けてめり込み、金棒は深く埋まった。
それでも気が済まないように荒い息で牙を剥いて顔を歪める鬼太郎。ふとその背後に居た姫子が怯えたようにキョロキョロと首を巡らし、桃太に振り向いた。
「逃げて、――桃太ッ!」
「‥それで失敗作はこんな田舎の島に流しといて、好き勝手にやれとよ。はは、笑わせるねぇ‥‥でもまあ、悪くねぇ。そんなら思いっきり暴れてやるぜチキショウがァッ!」
もう一度鬼太郎が金棒を地面に叩きつける。
高い音が島に鳴り響き――同時に門の出入り口にヌッと巨大な手を掛けるものが居た。
「――ガアアアアアッッ!」
咆哮を上げながら、門の内から巨大な鬼が姿を見せる。
身長は三メートル以上。凶悪な鬼の顔に、修羅のような体を持つ鬼達。赤、青、黄、黒のその四体が鬼太郎の周りに取り巻く。
しかしそれよりも、桃太の心は揺れていた。
(「‥‥この鬼、元は悪い奴じゃ無いんだべか?」)
今の話を聞いて、よく分からないながらも何か訴えるモノを感じ取っていた。
しかし、鬼太郎は凶悪な笑みを貼り付けてそんな桃太を見る。
「‥‥今さらビビっても遅ぇんだよ、クソガキ。死にさらせ人間ドモガァ!!」
鬼太郎の怒声が島にこだました――。
●リプレイ本文
鬼太郎の都合の良い独白――。それを聞いた能力者達の反応は辛辣なモノだった。
「‥事ここに至っての正当化など子供の我侭と同じだ! お前は人間として越えてはいけない一線を越えた。同情の余地など一片も無い‥相応の裁きを受けろ‥」
「ホント黙って聞いてれば勝手な事、言ってるよね‥。
少し、頭上った血を下ろそうか‥」
怒りに燃える不破 梓(
ga3236)と神凪 久遠(
gb3392)が鋭い視線を鬼太郎へ向けた。
「鬼太郎‥思うところは多々ありますが、先ずは四体の鬼殲滅と姫子君の救出が優先です」
ラルス・フェルセン(
ga5133)は目を細めて鬼達を見据える。弓を構えて隣に立つ桃太に声を掛けた。
「覚悟は宜しいですか? 桃太君。迷うのは――後ですよ」
「‥わ、分かってるっ!」
刀を抜いた桃太が頷く。既に鬼達は目の前。梓と久遠を先頭に、――戦端が開いた。
その少し手前、鷲羽・栗花落(
gb4249)が小さな溜め息を漏らす。
「本当の鬼退治になっちゃったなぁ‥御伽噺の世界だと思ってたのに。何があるか分からないね。
‥まぁいっか。鷲羽栗花落、鬼の首を取りにいざ参る!」
名乗り上げ、目前の赤鬼へと自ら踏み込んでいく。
援護するラルス。急所突き、ファングバックルを発動してアルファルの弦を鳴らすと――、赤鬼の片目に矢が突き立った。鬼は苦悶の声を上げる。
さらに少し離れた場所では前衛、振り下ろされる金棒をロアンナ・デュヴェリ(
gb4295)が盾で受け流して耐える。
その後方では藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)が矢を射掛けながら、チラリと鬼太郎の方を見た。
「ふむ‥言動は粗暴なれど、人を殺めた訳でもなく‥ただ自分の思い通りにならないと暴れる‥まるで子供じゃな。
同情の余地はあるが‥話すにしてもまずは大人しくさせねばならぬか‥」
取り巻きに専念して藍紗が青鬼へ射掛ける。
肝心の鬼太郎の方へは、鬼非鬼 つー(
gb0847)が注意を引きつけるべく対峙していた。
「へっ‥‥そっちにも似たようなバケモンが居るとはなぁ!」
「勘違いするな、私は元々鬼だ。‥‥それにしてもペラペラと弱い犬ほど良く吠えるな。開き直ったのはいいが、責任転嫁の上被害者面しやがって」
つーが冷笑を浮かべて煽ると、鬼太郎はこめかみに青筋を浮かばせて目を見開く。
「被害者面だと‥‥? ただの事実だろうがッ!」
「まだ吠えるか、何ビビってるんだ? 糞餓鬼」
起伏の特に激しい場所へ、つーは酒を煽りながら移動する。鬼太郎はまさに鬼の形相でつーを睨み付け、そのまま唇を歪ませた。
「はっ‥舐められたもんだなァ‥これでも俺は強化人間だぞコルァッ!」
鬼太郎が地面を蹴る。距離を詰めて放たれた一撃は、危うくつーを掠めて岩を砕いた――。
常世・阿頼耶(
gb2835)が構える応龍の盾を通して伝わる衝撃。空気が青白く放電する。
「ツッ――。まだまだぁっ!」
しかし、黄鬼の金棒を阿頼耶は押し返した。そしてすぐさま繰り出す刺突。ミカエルの駆動音が響き、壱式の刃が鬼の前腕部の肉を削ぐ。
「‥どいてくれないかな、君達には用は無いの‥」
静かに走り寄るもう一つの人影。豪破斬撃で赤く輝く壱式を握り締める、久遠だった。
黄鬼は振り向きざまそちらへ裏拳を放つ。
しかし久遠は月詠を構えて踏ん張った。そのまま背後へ回り、膝裏へ突き通す壱式。
体内に入った火属性の異物に鬼は苦悶の咆哮を上げる。即座に憤怒に任せ反撃を繰り出すと、久遠は地面へ叩きつけられた。
しかしその正面へAU−KVが迫った。
「そこっ!」
阿頼耶が鬼の傷ついた膝へ刀を振り下ろす。何かが砕ける手応えと共に、刃は完全に膝を貫いた。
鬼は痛みに悶えて荒々しく金棒を振る。だが、片膝を付いたまま足を動かせない鬼を、地面を駆け回る阿頼耶が翻弄していた。
そしてその隙に立ち上がった久遠が近付く。
「邪魔だって、言ってるっ‥」
刀を、そして全身を赤く染め上げた渾身の一撃。炎のように輝く刃が――黄鬼の背中を深々と斬り裂く。
「‥‥そういえば、この間生き残れたら次を教えると言ってまだ何も教えていなかったな」
剣戟の音。梓は敵の攻撃を受けつつ、急所突きで黒鬼の手を斬りつける。
そうして桃太に背を向けたままで梓は口を開いた。
「‥命の賭け時を間違えるな。今教えてやれるのはそれだけだ‥。お前は身を守ることに徹しろ。‥好機は必ず来る」
「っ、‥‥うん、分かった!」
姫子はすぐ目前。それでも桃太は駆け出したい衝動をグッと堪えた。
それを横目に梓は微かに頬を緩める。――が、その直後、突然の衝撃が梓を吹き飛ばした。
「あ、梓さんっ!」
叫びに振り返ったのは、黒鬼。
「っ――」
桃太は震えながら刀を強く握る。潤んだ瞳でその化け物を見上げた。
直後、黒鬼が金棒を振り下ろす。
激しく落ちてくる一撃に桃太は直撃。肩が砕けるような痛みに桃太は呻く。しかもその目端に映るのはもう一撃を放とうとしている黒鬼の姿だった。
桃太は無意識に、能力者達に以前教わった通り、基本通りに刀を頭上に構えた。
激しく甲高い音が響く。
そして手から血を噴き出して武器を取り落としたのは、――しかし黒鬼の方だった。
その隣に、梓がジャケットを擦り切れさせて立っている。
「‥それで良い。よく守ったな」
「うん。か、体が勝手に‥‥」
梓は満足げに頷くと、打って変わった冷たい瞳で黒鬼に刀を向けた。
「簡単に楽になれると思うな‥私の前に立ったことを死んで後悔しろ」
言い終えるなり、強く踏み込む一歩。
その一瞬で豪破斬撃、紅蓮衝撃、急所突きの全てを発動。地面を砕いて跳び、鬼へめがけて赤く輝く一閃。
それが――黒鬼の左胸を貫いた。
青鬼の金棒がロアンナの赤いコートを引き裂く。全身に痛々しい傷が目立つ。属性の優位、そして藍紗の援護射撃を持ってしても、ギリギリだった。
何度目かの振り下ろされた金棒。鈍い衝撃を盾で支えきれずにロアンナは思わず膝を突く。
好機とばかりに、青鬼が金棒を大きく振り上げた――。
「藍紗さん!」
「分かっておるっ!」
――ロアンナが叫び、藍紗が応じる。
始まる長弓『朧月』の即射。弦を弾く度、その手へ魔法のように現れる矢。青鬼の両肩、両肘へ矢が放たれ、突き刺さった。
さらに続けて影撃ちを発動、弓をしならせ放つ渾身の一矢。
高速でロアンナをめがけて飛ぶ。あわや誤射、という所で――円閃。
回転するロアンナをすり抜けて、青鬼のみぞおちに深く突き立つ矢。そこへ間髪おかず、ロアンナが円閃の一撃を寸分違わず突き入れる。
会心の手応え。
一点に集中された攻撃は背中まで貫通し、やじりが転げ落ちた。
「まだじゃっ!」
藍紗が短く叫び、弓から薙刀に持ち替えて疾風の如く青鬼へ走る。
だが、辿り着くより早く――鬼が咆哮を上げながら一撃を振り下ろした。
ロアンナの視界が反転する。岩肌に叩き付けられ、左半身の感覚が無くなった。
「体が‥‥」
右手で弱々しく地面を押し返すロアンナ。
その頭上へ、青鬼のトドメの金棒が振り下ろされる――。
――それを藍紗が受け止めた。
歯を食いしばり金棒を弾き返す。そして鬼の傷口へ薙刀を正確に突き入れると、そのまま横なぎに斬り払った。腹の半分を裂かれた鬼は血を噴き上げて悶える。そこへ続く連撃。
傷ついた青鬼は――やがて自らの血溜まりに倒れ伏した。
隻眼になった赤鬼は翻弄されていた。
振り下ろす一撃を栗花落が楽々とかわす。逆に、その太い手首にハミングバードを突き立てた。その刃は地面まで貫通し、そこに固定される。
直後、栗花落の円閃が落ちる。
鋭く光る菫が相手の腕の骨半ばまで切り裂いた。水の属性を持ったその刃に、鬼はことさら苦悶の雄叫びを上げる。
逆の腕を振り上げる赤鬼。だが突然膝に焼け付く痛みが走り、体勢を崩して遠く離れた岩盤を砕いた。
「巨体を支えるのですから、足を潰されればキツイでしょう」
エネルギーガンを構えてラルスがほくそ笑む。
赤鬼は全身に深い傷を受けて血を流し続ける。しかしそれでも、牙を剥いてその闘志を隠さなかった。
「やれやれ‥‥仕方ないね。接近戦の魔術師『フェンサー』の腕前、見せてあげるよ‥!」
連続で落ちてくる攻撃を栗花落が華麗にかわす。意地になって拳を繰り出す赤鬼。
その隙に、ラルスが傍らまで接近した。
「合わせます!」
「よし、行くよっ!」
栗花落の言葉に合わせ、ラルスの蛍火が布斬逆刃で裏返る。さらにファングバックルを発動して赤鬼の懐深くに踏み込み、その腹を深く切り裂いた。
噴出する鮮血。あまりの激痛に鬼がうずくまる。
直後、栗花落が高く飛び上がった。
空中、その眼下にはうなじをさらけ出す赤鬼の姿。栗花落が空中落下しながら叩き込む――円閃。
菫の一刀の下。赤鬼の首が胴を離れて、地面へ転がった。
「鬼の首を討ち取ったり!」
「‥‥少し、マズイですね」
高らかに声を上げる栗花落とは裏腹、ラルスの視線は鬼城の門前で釘付けになっていた。
――そこには仁王立ちする鬼太郎と、硬い地面へ血を流すつーの姿があった。
「‥‥どうした、もう終わりか?」
全身の皮膚は裂け、そこから血を流しながらなお、つーは酒を飲んで相手を煽る。
「まだ大口を叩けるたぁ、立派なもんだ。‥‥そんなに死にてぇならトドメを差してやる」
鬼太郎は金棒を握る手に力を込める。
――が、ふいに目の端で光る何かを捉え、鬼太郎は後ろへ跳んだ。
「他者を省みず、自身を省みず、ただ欲望のままに悪行を重ねるもの‥‥人それを外道という」
「如何なる理由があろうと、‥罰は受けなければなりませんよ」
弓を構える藍紗とラルス。倒れ伏した四鬼を背景に八人の能力者がズラリと並んでいた。
「‥チッ、どいつもこいつも俺憎しの目で見やがる‥。悪党には何しても良いんだな、てめぇらは!」
「黙れ‥‥」
呟き、梓は瞳を燃え上がらせて進み出る。
「お前等のような無軌道な暴力の果てに私は家族を失った‥。おだてられ、舞い上がってバグアどもについていくような浅慮者に‥あの悲しみと怒りがわかるものか‥っ!!」
「そうだよ、やることやってるくせに被害者面しないで。何を言っても、村を襲って、桃太くんを殺しかけたのは貴方の意思だったんだから」
久遠が険しい表情で同調する。誰もが怒りの炎を燃やしていた。
そんな彼らを鬼太郎は鼻で笑う。
「‥ハッ、そんなモンお互い様だろうが‥‥。お前ら人間が俺を苦しめた‥だから今度は俺が人間を苦しめる。それが道理ってもんだろうが!!」
「そっか‥‥。君、子供だよね」
サラッと冷めた口調で栗花落が呟く。
ギラリと鬼太郎は目を剥いた。しかし栗花落は続けた。
「聞いてればやれ人が悪いだやれバグアが悪いだ‥それを選んでやってきたのは全部君じゃない。そこから単に逃げてるだけじゃない。
‥‥今の君じゃ、桃太君にだって絶対勝てないよ」
鬼太郎が振り向く。桃太は、重傷のつーへ駆け寄っていた。これまででつーを苦手に思っていた桃太だったが、それでもその傷を診ようと屈み込む。
が、そんな桃太の横っ面をつーは思いっきり張り飛ばした。
「た――ッ!? な、何するだ!?」
「方向が違うだろう」
不機嫌そうに酒をあおりながら、つーがアゴをしゃくって見せる。
指し示したのは鬼太郎の背後――縛られた姫子の方。
「行け、桃太殿。姫を救ってくるがいい。ここは我が任される」
「‥っ。通すかよ、ガキなんぞを!」
両者が構え、張り詰める空気。
――直後、鬼太郎と能力者達は同時に跳んだ。
矢が放たれ、直後に弾ける火花。一対多。それでも鬼太郎は互角に能力者達と渡り合う。失敗した強化人間とはいえ、その実力は決して低くは無かった。
一直線に姫子へと走る桃太へ、鬼太郎が追いすがり金棒を振り下ろす。
「通さねぇってんだよっ!」
強烈な一撃が桃太を吹き飛ばした。
「桃太――! 負けないで、桃太ッ!」
叫ぶ姫子。その声で桃太が立ち上がる。額を流れる血を感じながら、しかしその刀を持つ手は迷っていた。
梓が、刀を構えて声を掛ける。
「迷うな‥迷えば死ぬのは自分だ。お前は何のためにここへ来た‥」
「何の、ために‥‥?」
「そうです! 彼が見捨てられた境遇には同情を禁じえませんが、だからと言って村人達を襲う事はただの八つ当たりです。そんな無体を貴方は見過ごすのですか!?
抵抗できずに蹂躙されて‥そして姫子さんを攫われた時と同じ悔しさを、他の誰かにも味あわせるつもりですか!」
そう叫ぶと同時、ロアンナは膝を付く。先の戦闘で既に動けぬほどの傷を受けていたのだ。
しかしその声は届く。桃太はその言葉を聞き、呆然と首を振った。
「嫌だ‥‥」
姫子を攫われた時の光景。その泣き顔が、頭の中に鮮明に甦った。
「あんな思いは――もう誰にもさせたくねぇッ!」
桃太の迷いは雄叫びに消える。
走りながら振り抜く雲隠、しかし易々と避ける鬼太郎。
逆に金棒を振るおうとして――その肩に矢が二本突き立つ。
「チッ!」
振り向くと、梓、栗花落、久遠、阿頼耶の四人が接敵していた。絡み合う五人。
その隙に桃太は姫子の方へ走り寄っていた。
「桃太ぁッ!」
「遅くなってすまなかったべ‥姫子」
「ひっぐ‥‥ううん。あたし、大丈夫だべよ」
それを聞いて桃太は微笑むと、姫子を抱きかかえた。
「チッ、‥ガキ風情がぁッ!」
忌々しそうにそちらへ走り出そうとする鬼太郎。しかし、その目の前に竜の翼を使用した阿頼耶が回り込んだ。
「苛められたからって苛め返すっていうのは、精神的に格好悪い人のやる事だよ!」
竜の咆哮が鬼太郎を弾き返す。距離が離れ歯噛みする鬼太郎。
その哀れな背中へ藍紗が声を掛けた。
「‥‥貴殿は我慢を覚えよ。はじめは過去の悪行に怯え、なかなか打ち解けては貰えぬじゃろう。‥じゃが誠意を持って人に尽くせば、外見など然したる問題ではない」
「うるせぇ、もう遅ぇだろうが! てめぇらを殺すか俺が殺されるか、どちらかしか道は無ぇっ!」
「‥‥哀れですね」
ラルスが哀しげに呟き、矢を放つ。それは鬼太郎の右胸に突き刺さり、動きを鈍らせた。
藍紗が、梓が、阿頼耶が、久遠が、栗花落が、それぞれ放つ一撃が、鬼太郎を深く切り裂いていく。
既に旗色は明らか。誰の目にも――鬼太郎の敗北が決定していた。
「クソッ――!」
自分でもそれを悟ったのか。鬼太郎は能力者達に背を向けて一目散に城へ走り出した。
それを見送りながら阿頼耶がポツリ呟く。
「‥‥こっちも、一旦退きましょうか」
追いかければ倒せそうではあった。しかし能力者達は今の状況を見て、‥そして鬼太郎の哀れな姿を見て、撤退を決めた。
彼らは重傷のロアンナとつーを担ぎ、桃太は姫子を抱え上げる。落ちかけた陽の中を鬼ヶ島を引き返していく。
そして終端の歯車は――静かに動き出すのだった。