タイトル:【鬼ヶ島】攫われた村姫マスター:青井えう

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/25 23:22

●オープニング本文


「お、鬼じゃー! 鬼がやってきたー!」
 とある地方の小さな村。昔ながらの風景を色濃く残すその村は、突如として海からやって来た鬼達によって阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられた。
 十数体の腹が膨らんだ小さな鬼が村を駆け回り、悲鳴を上げる村人達の身ぐるみを容赦無く剥ぎ取っていく。老人を組み伏せて着物を奪い取り、家に入って食物を食い散らかし、指輪などの光り物を嬉々として奪い取る。牛の乳を意味も無く搾り、鶏の卵で野球をし、中年男の少ない頭髪を引き抜いた。
 しかもそれだけでは飽き足らず、村の貴重な財産である肥溜めから豊富な栄養と臭気を放つ肥料を掬い取り、村の至る所にぶちまけていく。丹念に、隅々まで、家の中にもだ。
「鬼‥‥鬼じゃ‥‥まさに鬼の所業じゃ‥‥」
 裸にひん剥かれた村長さんは地に伏せて悔し涙をこぼす。村は惨澹たる有様だった。いまや村はあまりにもひどい異臭を放っており、そこに村人達の悲鳴、牛や鶏の鳴き声が覆い被さる。
「はっはっは構うこたぁねぇ! やっちまえ遊んじまえ壊しちまえ! 俺達ゃ鬼だ! 刹那的に生きたもんが勝ちだぜぇ!」
 聞きようによっては何だか投げやりな言葉を吐いて金棒をブンブン振り回しているのは、どうやら鬼達のリーダー格らしい。言葉を解する辺り只者では無い。
 というよりも外見は普通の人間ほどの背丈であり、角や牙が生えてるものの他の鬼に比べれば一番人間に近い外見をしている。そんなわけで中身も人間に近いようだった。
「オラオラオラ金出せ飯出せ女出せ人間どもぉっ! 鬼太郎様のお通りじゃあどけやコラぁああ!」
 野良犬を蹴り飛ばしながら肩で風を切って歩く鬼太郎。ともすればチンピラだが、それは間違い無く鬼である。角や牙や腰ミノや金棒は間違い無く鬼の証である。
 しかし、そんな鬼の頭に拳大の石が飛んできた。
 FFが発光してダメージを吸収するものの、その衝撃は殺しきれない。鬼の頭が軽く揺れた。その足元に転がる石。
 石を投げられたのだ。
 事実を把握すると同時に怒りが込み上げ、「んじゃコラァッ!」と叫びながら鬼太郎は後ろを振り返る。
 しかしそこに居たのは意外にも――まだあどけない、十二、三歳の子供だった。
「ああッ? ガキが‥‥石投げたのはてめぇかぁ!」
「そうだ、オラだ! 村から出てけこの化げ物!」
 勇敢にも再度投石する少年。しかし鬼はペッとツバを吐くと、金棒を構えて――フルスイングした。
 甲高い音が響き、石を投げた少年がうめき声を上げて地面に倒れる。その小さな胸に、打ち返された石が深々と食い込んでいた。
「‥‥桃太ッ!」
 物陰から飛び出してくる女の子。今まで隠れていたその少女は、幼馴染みの少年が倒れたのを見て反射的に出てきてしまったのだ。
「ダメだ‥‥姫子‥‥逃げろ‥‥」
 息も絶え絶えに少女を追い返そうとする少年。しかし、その手に力は篭もっていなかった。見ると石が食い込んだ胸からはダラダラと血が流れている。
「‥‥桃太ッ! 桃太が死んじゃうッ!」
「姫子ーッ! 逃げろッ鬼が来とるぞッ!」
「でも、桃太がっ! あっ‥‥!」
 突然、襟首を掴まれて少女の体が宙に浮く。
 背後に迫っていた鬼太郎が片手で掴み上げ、その少女の顔をマジマジと見つめた。
「ほーう、こりゃめんこいじゃねぇか。もう村には何も残ってねぇ。後はお前を持って帰ってたっぷり可愛がってやるぜ‥ぐへへ」
「いやー放してッ! 桃太ー!」
「‥‥姫子‥‥」
 ぼやけた視界の中で、鬼がノッシノッシと遠ざかっていく。その肩に担いだ少女は必死に暴れるが、鬼の力の前には微々たるものだった。
 少年は砂を握って体に力を入れる。途端、胸に激痛が走った。全身から力が抜けて、もがくようにまた地面に倒れ伏す。
 鬼と姫子が遠ざかっていく。少年は顔だけ動かして力なくその背中を見続けていた。
 辺りに大人達が集まってくる気配がする。
「‥‥桃太、大丈夫か桃太!」
「これは‥‥ひどい傷じゃ‥‥」
 ざわざわと騒ぎ、触られる手にも少年は無関心だった。うわ言のように少女の名前を呼び続ける。
 その間にも胸からはどんどん体温が流れ出していき、言葉も継げなくなり、意識も徐々に薄れていく。死というものが漠然と目の前に迫って、桃太はそれを受け入れた。
 その最後の視界の端には――「ULT」と書かれた白いライトバンが走ってくるのが見えた――。





 ――少年は疼くような胸の痛みに耐えて、野山を駆けていた。

 気を失った少年が次に目を覚ました時、見知らぬ白い部屋に寝ており、目の前には白衣の男が居た。
 白衣の男は少年に色々な難しい話をした。
 ULTという組織の事。「えみた」適性検査に村に立ち寄った事。死にかけた少年に適性が見つかり、両親の了解を取ってえみたを移植した事。
 そしてそのえみたに力を与えられて、能力者になったのだという事。

 ――少年は疲労をほとんど感じなかった。谷を跳び越し、川を渡り、道なき道を走破する。耳を澄ませば、あの時と同じ悲鳴が聞こえる。

 白衣の男と話している最中に、突然知らない男が飛び込んできた。その男は大慌てで少年の村の名前を挙げて、またあの村が鬼に襲われたという報告を行った。鬼達は姫子の枕を探して村を略奪して回っているらしい。傭兵の派遣を、と男が叫ぶのと同じタイミングで。
 少年は反射的に部屋を飛び出していた。

 ――嗅覚まで鋭くなったのか、この場所からでも村の匂いがする。アンモニア的な刺激臭。そして鶏や牛のいななき。
 少年は武者震いを抑えつつ、腰に差した「雲隠」を抜き払う。ここに来る途中、謎のついんてーる少女から貰った剣だ。「私はドコにでも居るですよってへ」などと言いつつ少女は去って行った。何者だったのだろう。しかし、今は考えている余裕など無い。

 突き走り、草の茂みを抜けた。山が開け、少年の故郷の村が眼下に広がる。
 そこではあの時と同じように数体の小さな鬼が――村の大人達を一列に並ばせて丸刈りにしている所だった。その小鬼達の鋭い爪で、ツルツルに。
 それを見て、少年の瞳は怒りに染まった。
「やいやいやいやい!! 小鬼どもッ!! 好き勝手にやってくれるじゃねぇかっ!!」
 大きく張り上げられた声が村全体に響く。驚いたように村人が、小鬼が、動物達までもが見上げる。
「貴様らの悪逆無道ぶり、さすがの俺も我慢ならねぇ! 畑荒らし、動物虐待、略奪破壊! 姫子までさらった上に、また顔を見せるたぁ良い度胸だぁ! 良いだろう地獄に送り返してやる! 神妙に桃太様の手に掛かりやがれぇッ!」
 雲隠を大きく振るう少年。その外見は覚醒によってか、一回り大人びている。
 少年は迫力いっぱいに眼下の小鬼どもをギロリ睨み、思いっきり飛びかかった――。

●参加者一覧

不破 梓(ga3236
28歳・♀・PN
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
藍紗・バーウェン(ga6141
12歳・♀・HD
鬼非鬼 つー(gb0847
24歳・♂・PN
常世・阿頼耶(gb2835
17歳・♀・HD
神凪 久遠(gb3392
15歳・♀・FT
鷲羽・栗花落(gb4249
21歳・♀・PN
ロアンナ・デュヴェリ(gb4295
17歳・♀・FC

●リプレイ本文

 彼らは既に山道を駆け上っていた。
 七人分の足跡が湿った土を固め、そのすぐ横を常世・阿頼耶(gb2835)が乗るミカエルの轍が伸びていく。しばらく走っては分かれ道へ差し掛かり、地図を広げて立ち止まる。
 彼ら――傭兵達は、依頼を受けて少年の村を目指している所だった。
「能力者になったばかりの新人を見捨てる訳にはいきませんからね。鬼達を追い払うのを助力してあげないと」
「まったく無茶をしてくれるなよ‥能力者になりたて人間では複数のキメラ相手は危険過ぎる‥」
 額に浮かぶ汗を拭って、ロアンナ・デュヴェリ(gb4295)と不破 梓(ga3236)が言葉を交わす。
 それからすぐに道を割り出してまた走り出そうとする傭兵達‥‥をふいに、鬼非鬼 つー(gb0847)が制止した。
「村へ行く前にこれを渡しておく。‥‥私が悪さをすれば容赦なく退治してくれ、私は鬼だからな」
 そう言って取り出したのは、節分豆。
 面食らう他の傭兵に構わず、つーは一握りずつ渡していく。とりあえず各々了解してつー退治用の豆を鞄に入れた。
「まるで御伽噺の中だねぇ‥‥。よし、それじゃ鬼退治といきますか!」
 鷲羽・栗花落(gb4249)の掛け声に返事しつつ駆け出す傭兵達。現代に甦った鬼退治、舞台となる少年の村はもう目と鼻の先の距離だ。
 耳を澄ませば、人ならざるものの声が微かに届いてくるような気がした――。



 甲高い剣戟音が響き、少年の体が後ろへ沈む。
 視界が赤かった。何匹もの鬼が爪を鳴らして集まる。最初の威勢こそ良かったものの、桃太は複数の餓鬼に為す術も無くやられてしまっていた。
 気だるい感覚が全身を包む。もう動く気力も無く、そのまま目を閉じていき――。

 泣いて名を呼ぶ少女が脳裏に甦った。

「‥‥姫子っ!」
 振るった雲隠の切っ先が、飛びかかる餓鬼を切り裂く。少年はそのままの勢いで立ち上がる。
 ――しかし、すぐに背中に嫌な衝撃が走った。
 桃太がうめいて膝を付くと、視界の端を横切る餓鬼が見えた。背中が熱い。何かが流れていく。立てない、力が入らない――。
 目前に爪を振り上げて餓鬼が走ってくる。
 だが、刀が重くて持ち上がらなった。頭を垂れたまま少年は砂を握り締めて、涙を滲ませる。
 無力な自分があまりに悔しくて。
 餓鬼はもう手の届く距離。恐怖より悔しさで少年の顔は歪む。
 その脇を‥‥ふと鋭い風が通り過ぎていった。
 鈍い音。
 突如目の前で赤く発光した餓鬼は、――身体から大量の矢を生やしていた。



 その場の空気が止まった。桃太も、村人も、餓鬼すらも、矢を生やして倒れた餓鬼を呆然と見る。
 その静寂に一陣の風が吹き、ふいに彼らの頭上に陰が差した。
「――弱き者の気持ちを踏みにじり、弱き者を踏み台とする。人それを鬼という」
 黒い裾をはためかせ、鬼面に鎧姿の物々しい人影。一際高い屋根の上、藍紗・T・ディートリヒ(ga6141)が弓を構えて鬼達を睥睨していた。
 餓鬼達がそれに気付いて騒ぐ。――直後、地面を赤い風が走った。
 それは人影。浅葱色の着物と対照的に赤い肌。それはまるで‥‥。
「鬼‥?」
 まさにそれだった。その鬼は一匹の餓鬼へ迫ると、巨大な鬼金棒をフルスイングする。
 物凄い衝撃音。
 まともに食らった餓鬼は「ギャ‥!」と短い悲鳴を上げて、手近の家を飛び越してその向こうへ消えていく。
 だが鬼はすまし顔で酒を煽ると、金棒を肩に乗せて声を張り上げた。
「やぁやぁ、どいつもこいつも鬼だ鬼だと騒ぎ立てるが、我こそは世に名立たる鬼非鬼の一本角、鬼非鬼つー! 鬼の名を騙る不届きな輩は、我が成敗してくれる!」
 その鬼は紛れも無く傭兵の一人、つーである。しかし、餓鬼はその外見に戸惑ってしまった。
 その一瞬の隙を、突如眩い閃光が貫く。
「キイ‥‥!?」
 目を焼かれた餓鬼達が顔を背けた――瞬間。
 数体の餓鬼は硬いなにかに、轢かれた。
 閃光の中に駆動音が響き、衝突音、風を斬る鋭い音、そして餓鬼の悲鳴が響く。そして音はそのまま半周して桃太の隣に止まると、代わりに名乗りを上げる。
「ドラグーンの常世・阿頼耶、参上! 覚悟が出来たのからかかってこーい!」
 剣と盾を構えて勇ましく立つ異形の甲冑。阿頼耶の駆るAU−KV「ミカエル」だった。
 さすがに次々と現れるこの集団が敵だと認識し始めた餓鬼達は、全員が構えてそちらへ向き直る――。
 と、しかし今度は最後尾の餓鬼が倒れた。
 驚いて振り返る餓鬼達は、そこに血塗れの刀を持った人間が立っているのを発見する。
 しかも彼女は血を払おうともせず構えて、妖艶に微笑んだ。
「紅のフェンサー、ロアンナ。‥貴方達の血、私の衣装をより紅く染め上げるのに使わせてもらいますね♪」
 その言葉を解したのかは分からない。だがその雰囲気は戦慄に値する。
 餓鬼達は焦ったように奇声を張り上げると、一斉に傭兵達へ襲い掛かった――。



 突如として傭兵達と餓鬼達の激戦は始まった。
 その間、村人達は傷ついた桃太の救出にも向かえずに、数十メートル離れた距離からハラハラとした様子でその攻防を見守る。旗色で言えば傭兵達だったが、餓鬼達もそこそこに粘り強い。
 そんな戦いの最中、ふいに数匹の餓鬼がそこから抜ける。ほぼ逃げ出したのに近かったが、数で劣る傭兵達は追えなかった。
 それを良い事に餓鬼達は「ヒメコ‥マクラ‥キィ!」と叫びながら視界に映る村人の方へ向かう。人間を襲うつもりなのだ。
 それを見た桃太は、歯を食いしばって立ち上がった。
「‥オラの村の人達に‥‥手を出すなぁっ‥!」
 ふらつく足取りで、それでも必死に駆ける桃太。
 しかし、桃太と餓鬼達の距離はどんどん開く。先には一人の老婆が居た。なのに、――間に合わない。
 歯を食いしばる桃太の視界がまた涙が滲む。
 と、その時。先頭の餓鬼が、突然激しい衝撃に吹き飛ばされた。続いて白い光線が降り注ぐ。降って沸いた猛攻に餓鬼達が怯んで足を止める。
 桃太が驚いて顔を上げると、――民家の屋根の上に二つの人影があった。
「真打登場っ! 弱者を虐げる鬼は神命流の剣で黄泉に送ってやるよ! ‥‥なんてね」
 照れたように神凪 久遠(gb3392)はてへ、と少しおどける。
「多勢に無勢とは卑怯。邪悪な鬼ゆえ仕方ありませんか。
 通りすがりのしがない傭兵‥は嘘ですが、助太刀いたしますよ、桃太君」
 久遠の隣ではラルス・フェルセン(ga5133)が、桃太に微笑みかけた。
 しかし二人の言葉をほとんど聞かず、餓鬼達は隙を突いてまた走り出す。老婆の方へと猛ダッシュ――。
「キ‥‥?」
 だがその先に居るのは既に老婆では無かった。
 一瞬、白刃が翻る。光が輝き、それに合わせて先頭の餓鬼が袈裟切りに両断されて地面に転がった。
 先ほどまで老婆が居た場所。そこには――梓が立っていた。
 彼女は刀の切っ先を残った餓鬼達に突きつけるなり、鋭い眼光を迸らせる。
「童子の名は伊達ではないぞ‥餓鬼如きに止められると思うな。‥‥一匹残らず餓鬼界に送り返してくれる」
 その迫力に後退りする餓鬼達。
 老婆はというと、栗花落に負ぶわれて先に逃げた他の村人達の元まで運ばれていた。彼女はやんやの喝采で迎えられ、老婆を下ろすと熱烈な応援を送られて少し照れながら戻って来る。
「さて‥‥黄泉路から迷い出た哀れな鬼たちよ、還る覚悟は出来てる? 不肖鷲羽栗花落が根堅州国への案内仕る――なんてね♪」
 花のような笑顔で不敵に言い放ち、両刀を構える栗花落。
「覚悟してもらうよ。何してるのかイマイチ分からないけど、とりあえず髪の恨み?」
「‥とにかく、これ以上村の方々へは指一本触れさせませんよ」
 久遠、ラルスも屋根から地面に降り立った。四人の傭兵達は敵を包囲していく。
 しかし、それでも餓鬼達の目は村人を捉えている。
 餓鬼達は爪を構えると、一斉に跳んで包囲網の突破を試みた――。



 砂塵が舞い上がり、村中に激しい剣戟音が響き渡る。餓鬼の悲鳴、あるいは雄叫びに、打撃と斬撃が重なって矢が降り注ぐ。一方的‥‥とまでは言わないまでも、傭兵達は十分過ぎるほど優勢だ。
 しかし桃太は、今や二つに分かれた戦闘地帯の中間に呆然と佇み、刀を構えて両者へ慌ただしく首を振っていた。経験した事の無い乱戦に、少年は判断を迷って足を止める。
 しかしそんな隙だらけの人間へ、――走る影があった。
「危ないっ!」
 桃太へ向かう餓鬼を見て、盾を構えた阿頼耶は突進。ミカエルをスパークさせながら壱式で斬りつける。竜の咆哮が小さな鬼を十メートル吹き飛ばして――。
 その先、ロアンナはタイミングを合わせて身体を回転させていた。
 円閃。
 餓鬼は空中で身体を二つに断たれて地面に叩きつけられる。
 その見事な連携に見取れていた桃太へ、ふいに鋭い声が飛んだ。
「邪魔だ! 戦わないなら下がれ!」
 梓が敵の爪を月詠で流しつつ怒号を飛ばす。その迫力に桃太は肩を震わせて、しかし首を横に振った。戦わないわけにはいかない。雲隠を握り締めて少年は顔を上げる。
「‥元来鬼とは人々に畏怖と畏敬の象徴、それを騙るとは万死に値する。真の鬼たる我らが貴様ら全員を地獄へと叩き落してくれよう!」
「オオよォッ! 力もない、群れてなきゃ何もできない、貴様らそれで鬼のつもりか? 恥を知れ!」
 猛烈な勢いで屋根の上から矢を放ち、鬼金棒で餓鬼達を叩き潰す藍紗とつー。そちらでは早くから戦闘が始まっていた事もあり、既に勝敗は決している。
 すぐさま桃太は背を向け、逆方向へと足を踏み出した――。

 餓鬼の体当たりが久遠の視界を震わせる。鈍い衝撃に軽く体勢を崩したが、小さく跳んで持ち直した。
「ったた。ふっ‥、でもそんなんじゃ私には勝てないよ」
 顔をしかめていたのも束の間、今攻撃してきた相手を鼻で笑って挑発。逆上しやすい餓鬼は、それに爪を振りかざして飛びかかる――。
 甲高い金属音。
 久遠は爪を月詠で受け止め、二の手が来る前に豪破斬撃で敵を切り裂く。血を噴き上げて、餓鬼が後ろへ崩れ落ちた。
 その間にも他の餓鬼達は突破を試みる。
 ――が、その先にはラルスが剣を構えて立っていた。
 押し寄せる餓鬼達を蛍火で薙ぎ払うラルス。その鋭い剣筋は容易に突破を許さず、敵を怯ませる。
 餓鬼達は正面突破を避けると、左右に分かれた。これなら片方は突破できると踏んだのだろう。
 ‥だがラルスの動きには淀み無かった。
 数の多い餓鬼達へ肉薄して片方の敵を止める。そしてすかさず反対側を振り向いて、エネルギーガンを発砲。そちらの餓鬼は不意の光線に貫かれてバランスを崩す。
 そこへ、追いすがった桃太が一刀の下にトドメを差した。
「よし、倒した‥‥!」
「おっとっと、危ないよ桃太君」
 ドン、と強い力で押されて桃太が転ぶ。その後ろを――鋭い爪が通り過ぎる。
 その相手を栗花落は引き受けると、軽やかにさばき、かわす。
 当たらないのに痺れを切らしたのか、大振りの一撃を放つ餓鬼。栗花落はそれを身に掠めつつ、身体を回転させて――菫の円閃。
 餓鬼の首を跳ね飛ばした。

 ‥餓鬼の数が少なくなった所で梓は豪力発現する。
 そして、一匹の餓鬼の首根っこを掴むなり近くの土壁に押し付けた。
「さて、知能があるなら自分の状況がわかるな‥? 貴様等の根城を吐いてもらおうか‥」
 凄味を効かせて囁く声。
 しかし餓鬼は怯えたようにもがき、「ヒメコ‥マクラ‥キィ!」と声を上げた。‥‥どうやら、それしか言えないらしい。
 小さく失望する梓。その一瞬、餓鬼の手が鋭く動いて――空を切った。
 梓の腕が目前から消失し、戸惑った餓鬼は‥‥すぐに自分が上に放り上げられた事に気付く。
「外道にかける情けは無い‥裁きを受けろ‥」
 落ちていく真下、二刀を構えた梓。
 直後の閃きが――餓鬼の視界を暗転させた。


 最後の餓鬼を倒し終えて傭兵達はやっと一息吐く。‥‥直後、桃太が膝を崩して地面に手を付いた。
「大丈夫か‥? 初陣と聞いたが、ここまで戦えれば上出来だ‥」
「‥これぐらい、何て事ねぇだ‥。オラ、早く姫子を助げにいかねぇと‥‥」
 梓の言葉へ気丈に答えて、雲隠を支えに立ち上がる桃太。――を、ふいに阿頼耶が軽く小突く。
 それだけで不安定な人形のように桃太は尻餅をついてしまった。
「‥そんな身体でどうしようってのさ? 練力の無い能力者なんて弾切れの鉄砲と同じだよ」
 阿頼耶は呆れた顔で溜め息を吐く。
 それで初めて、桃太は自分の覚醒が解けている事に気付いた。呆然と両手を見つめて、もう体に力が溢れていないのを実感する。
「桃太君は能力者に成り立てなのですから、お一人で突っ走るのは無謀ですよ。
 ‥気持ちは分からないでもありませんがね」
 捨てられた子犬のように身体を震わす桃太に、ラルスは優しく声を掛けた。その暖かい言葉に、思わず嗚咽がしゃくり上げて来て――。
「くくくっ。姫が攫われたのも、村を荒らされたのも、己の非力が原因だろう?」
 突如、酒を煽る赤鬼‥‥覚醒状態のつーが心底愉快そうに声を掛けてきた。
「図星で言葉も出ないか? 私の足元にも及ばない、‥力の無い小童」
「な‥んだとぉっ‥!」
 涙声になって桃太が雲隠を力任せに振るう。つーは易々と金棒で受け止め、にやりと笑った。
「ふっ、恩を仇で返すとは実に――」
 と、そこまで言いかけた所で、「はーい、そこまでー」と言いつつ久遠が二人の間に割り込む。それからギュッと桃太を自分の方へ抱き寄せた。
「あまり桃太君を苛めないの」
「だが、先に手を出したのは向こうだ」
「‥桃太君、はいこれ持って。鬼はそとー」
 久遠は桃太にも節分豆を渡しつつ、二人で同時に投げつける。すると突然、つーは凄い悲鳴を上げて走り去って行った。
 よく分からなかったが、桃太はその悲鳴を聞くと少しスッキリする。しかし、つーの言葉は胸に疼くように突き刺さっていた。
「確かに‥‥オラがもっと強ければ姫子を守れただ‥‥」
 ポツリと寂しそうに呟く桃太。
 それを聞いてラルスは頷いた。
「浚われたお嬢さん、助けなければなりませんね」
「え‥‥?」
 目を丸くして顔を上げた桃太へ、今度は藍紗が微笑みかける。
「なに、我も手伝ってやろう――桃太郎の鬼退治じゃ」
 傭兵達は一斉に頷く。
 それをポカンと見回してから、桃太は嬉しそうに大きく頷いた。
「‥でも今日はもう休まないとね♪ ボク、ちょっと村の修復を手伝ってくるよ!」
 そう言って栗花落が駆け出す。村は至る所が餓鬼に荒らされてメチャクチャだった。傭兵達も余力のある者は手伝おうと歩き出して――。
「ところで‥‥」
 ふいに、ロアンナが呟く。
「何故、鬼達は攫った少女の枕なんかをわざわざ奪いに来たんでしょうか‥?」
 それ以上は言わずに、ロアンナは口をつぐむ。
 他の傭兵達も言葉に詰まる。
 桃太だけが「姫子‥‥眠れねぇのがな」と何か場違いな呟きを――、ポツリと漏らしていた。