●リプレイ本文
●一斉トラブル
七機のKVは基地を離陸する。赤いS−01Hが陽光にきらめいて空を染めた。
この日ベッセマーベンドで発令された二部隊合同作戦、アルコヴァ強行偵察。‥‥はしかし、いきなりアクシデントに見舞われる事となった。
基地上空を旋回しながら、レッドバード隊(RB隊)副長のファス中尉は眉をひそめる。ほぼ同じタイミングで隊長のマルケ大尉が管制塔に通信を入れた。
イカロス隊が上がってくる気配が全く無い。管制塔からの回答は「出撃準備に手間取っている」というモノだった。
「‥‥。管制塔、燃料の無駄だ。先に向かって良いか?」
「ああ‥‥構わんぞ、作戦に支障が出るほどでも無いだろう」
「了解」
短く返答し、マルケはKVの機首をアルコヴァの方へ向ける。
他六機も隊長機を基準に編隊を組み直すと、RB隊は加速した――。
‥‥その赤い七機が基地上空を離れていくのを、イカロス隊の傭兵達は顔を上げて見送っていた。ニヤリというか、苦笑というか、何かしら含んだ表情で。
それからたっぷり一拍置いた後、
「おぉっと、やっと計器が正常値に戻ったみたいだな! もう大丈夫だ!」
突然、雷電の上からブレイズ・カーディナル(
ga1851)が叫ぶ。
今まで機体のチェックをしていた整備員が振り返り、怪訝そうな表情を浮かべる。
更におかしな事に、機体の不調を訴えていた他の傭兵達も口々に異常回復、と唱え出したのだった。
「ほれ、直ったって言ってんだろーが。どけどけ、轢くぞー」
しかし、疑問を挟む間も無く風羽・シン(
ga8190)が乱暴に機体をタキシングさせる。誘導員の指示も無く動き始めたKVを見て整備員達が慌てて退避する。
その後ろに他の傭兵のKVもゾロゾロと続いて、「では、整備お疲れ様です」「電子戦機はデリケートでな」「俺は新型機だしね」「行ってきますね〜」「‥‥申し訳ありません」「あはは〜☆」などなど、通り過ぎざまに声を掛けていく。訳も分からず会釈を返す整備員達。
さり気なくバイパーとシュテルンも通り過ぎようとして――。
「隊長、副長、これは一体‥‥?」
見事に見咎められた。
ライト・ブローウィン(gz0172)少尉とヒータ大尉は整備員達に、とにかく今は任務中だから、という一言で振り切ったのだった。
●有効利用
イカロス隊が基地を出発して敵影も無い空をしばらく進むと、ほどなくして二体のHWと交戦するRB隊を捉えた。
手助けする間も無くHWは火を噴いて落ちていく。敵を倒して、また前進を始めるRB隊。そこへイカロス隊は接近した。
「どうも遅れました〜。RBさん方々、今回はよろしくなのですよ〜」
赤い七機に向かって、ヴァシュカ(
ga7064)は明るく声をかける。
‥‥が、しばらく待ってもRB隊からの返答は無い。むしろ突き放すようにグングンと加速する。
作戦で使われる無線チャンネルは事前に統一されているので声は届いたはずだが‥‥。
「‥なんかあちらさん、つれないですね」
「まぁ今さらフレンドリーになられても不気味だからな」
部隊内のみで使われる周波数に切り替えて、不服そうに呟くヴァシュカへライトが答える。
さらに加速するRB隊を押し留めるように、今度は威龍(
ga3859)が事務的に通信を行った。
「こちら電子戦機。RB隊、あまり離れるとアンチジャミング網下から外れる。七キロ程度に保て」
『‥‥了解』
平坦な口調で一言。しかし確かにRB隊は速度を落とした。
その態度に、ヒータはむっとして眉をひそめる。
「都合の良い事には反応するんですね。お礼の一つも言えないんでしょうか、まったく‥‥」
「気にするな。あちらさんはエース揃い、電子戦機からの援護を無駄にする事もあるまい。それで積極的に敵の迎撃に動いて貰えるのならそれで十分だろう?」
「それもそうですけど‥‥」
支援している威龍自身になだめられては引き下がるしか無い。憮然とした表情でヒータは操縦桿を握った。
それ以来、黙々と飛行する両隊。とはいえ今回はお互い様かなぁ、と依神 隼瀬(
gb2747)はコックピットで苦笑する。なにしろ傭兵達が方針として提示したのが――、エース部隊のRB隊を囮にする事だったのだ。
おかげで出発してから数キロ、イカロス隊の空の旅はさながら遊覧飛行である。前方でRB隊が戦闘を始めて速度が鈍っても、辿り着く頃にはほぼ終わっていた。
そして一旦縮まった距離も、イカロス隊がやや遅めのためにまた離れてしまう。いつの間にかRB隊が前進して敵と先に衝突、辿り着く頃には〜という一連のサイクルが出来上がっていた。
そんなイカロス隊へもたまにフラフラとキメラがやってくるが、すぐさま先頭の聖・真琴(
ga1622)と霞澄 セラフィエル(
ga0495)の二機が集中砲火で仕留める。戦闘とも呼べない一方的な攻撃、完璧な連携。
「‥にしても、また翼を並べられるなンて光栄だよ♪ [天使と悪魔]のバディ、再来だね☆ ‥‥ま、今回は作戦勝ちで活躍する場も無いンだけどさ」
「ええ。私としては、あまりに楽過ぎて悪い気がします‥‥」
なにしろイカロス隊はいまだ被弾ゼロである。当然で、兵装発射ボタンを押した回数などは隊全体で数える程度だ。
そのシワ寄せはもちろんRB隊に向かっており、機体ナンバーが大きくなるほど被弾の傷跡がポツポツと見え始めていた。
「‥ま、気にするこたあねぇよ。こっちの機種はバラバラだし、統率も向こうほど上手く取れねぇしでどーしても遅れるんだ。‥しかし、エリートに露払いさせてる俺達を見ればあのおっさんも目をひん剥くだろうがな」
シンが基地司令をおっさん呼ばわりして楽しげに笑う。司令の事を知っている他の者にはその光景が目に浮かぶようだ。
そうしてイカロス隊が悠々と半分の距離を越えた時――。
『イカロス、それ以上速度は上がらないのか?』
ふいに三キロ前方のRB隊からそんな通信が入った。どうやらまた敵部隊と交戦状態に入ったらしい。
霞澄と同じく良心の呵責を覚え始めていたヒータは一瞬逡巡する。本当はもう少し速度を上げられる――が。
「私のディスタンが遅くてすまない。が、快速自慢の機体には付いていくのでやっとでね」
‥‥その前にリディス(
ga0022)がサラリと答えていた。ほのかに挑発的な口調で。
『了解』と答えるRB隊長。その声は相変わらず無機質で、淡々としていて何を考えているのか分からない。
‥‥いや、少なくとも考えだけはその後の言葉で表明された。
『謝罪の必要は無い‥‥むしろ逆だな。ここから我々は突破を重視するので、敵はほぼそちらへ流れる。――快速ですまない』
「な、え、ちょっと‥‥!?」
「RB隊が加速、残った敵と俺達の進路が被るぞ! HW三、CW二、キメラ三!」
「うわー‥‥やっぱ一筋縄じゃいかないかぁ」
隼瀬の言葉がイカロス隊各員の耳朶を叩く。敵部隊の向こうで七つの機影は悠々と加速していった――。
‥後方でイカロス隊が敵と交戦を始める。
先頭、髑髏のディアブロと天使のアンジェリカが電光石火でCW二機を攻撃、跡形も無くCWを吹き飛ばす。
負けじとHWが一斉プロトン砲撃を開始し、幾本もの赤い光にバイパー、ウーフー、雷電、シュテルンなど数機が包まれる。しかし、それを回避した機を主導に激しい反撃が行われた。
ディスタンが放つ巨大光条、水色のアンジェリカが放つレーザー、ロビンのG放電――。
「本当に機種が統一してないのね‥‥」
RB隊副長のファスがポツリと呟く。正規軍ではそんな部隊が珍しいからだろう。‥‥とはいえ、一瞬でもそちらを気にした自分に戸惑いを覚えた。すぐさまファスは後方の哨戒に集中する。
異常無し。イカロス隊もほぼ敵の排除を完了。一応全機にその旨を伝えた。一段と加速する隊長機に合わせてファスもスロットルレバーを押す。
右翼のスキピオが、「しっかし、隊長の皮肉なんてレアだよなぁ」などとのたまっている通信が耳に入ってきた。
●アルコヴァ
既に出発してから二十キロを超えていた。
KV感覚で言えばアルコヴァはもう目と鼻の先。両隊共に層が厚くなっていく敵部隊を迎撃し、強引に突破して、前に進み続けていく。
幾度目かの敵部隊を切り抜けた所で、ライトとヒータの視界に地上の小規模な町が見えた。そしてその少し手前で――大規模な敵部隊と交戦するRB隊も捉える。
「中型機が複数‥‥あれが敵の主力部隊のようね」
「ron、別の突入コースを探せるか!?」
「既にやってる! 方位170に進路を取れ、そこが一番手薄だ!」
その言葉に反応して全機が機首を翻す。しかし既に敵からもこちらを捕捉されていたらしく、敵部隊の一部がイカロスの進路上へ動き出していた。
突破は間に合わず、アルコヴァの手前で敵部隊に展開される。その数、CWを抜いた純粋な戦闘力だけでも二十以上。しかも中型HWが二機、かなりの戦力だった。
「やはり簡単には通してくれませんね‥‥」
「へっ‥来いよ♪ イカロスの翼‥折らせやしねぇ!」
遠距離から放たれる閃光をかわして、真琴機と霞澄機が先陣を切る。二機のロッテはCWを重点的に掃射して怪電波を黙らせた。
すぐ後ろを続いて隼瀬機・ヴァシュカ機が左翼方面にレーザーをばら撒き、リディス機・ブレイズ機が息の合った連携で右翼方面の敵を射撃。CWを集中的に排除しつつ、両翼二班は目立つように敵全体へ攻撃を降り注ぐ。
激しい近接戦が繰り広げられ、敵と味方が入り乱れる。硝煙に濁る空気を光線が切り裂き、連射される弾丸がHWの表面を撫でる。火を噴き上げる敵を見届けたのも束の間、四方から放たれたフェザー砲で機体装甲の一部が空を舞う。RB隊も敵の物量に苦戦しているようだった。
際限無く加熱する戦闘。‥‥しかし、任務目標はあくまで偵察だ。
敵戦力を注視していた威龍は頃合いを見計らって――突破の合図を出した。
「うし行くぜ、隊長ォッ!」
「ええ、抜けましょう!」
合図でシン機がソードウイングを煌かせて突貫、ヒータ機・ライト機・威龍機も敵中央に殺到する。その四機を通すまいとHWが両翼から猛烈な砲火を浴びせながら移動する。
それを妨害するため両翼の迎撃班は身体を張って攻勢に出た。激突寸前の超至近ドッグファイト。
それでも突破班四機の進路上へ強引に集まった複数のHWは、KVに激突してでも止めようと加速する。HW達は目の前に突っ込んでくるKVを捉えながら――しかし上下から降って来た強烈なG放電とロケットに吹き飛ばされた。
「突っ込め、すぐに後を追う!」
「全力で援護します!」
真琴機・霞澄機ロッテの機体特殊能力も使った全力援護だった。二機によって僅かに出来た綻び。それを四機が猛攻でこじ開けて、――突きぬけた。
さらに真琴機と霞澄機の二機もその後ろに続く。そして最後に残った迎撃班の四機もその後へ続こうとするが‥‥突如、――大量のキメラがその穴を塞いだ。
「‥‥チッ、まずいぜ!」
ブレイズが短く吐き捨てつつ、キメラ群に攻撃を加えた。
‥しかし、まるで手応えは無い。敵はキメラだけでなく、HWも増え続けている。このままではジリ貧だった。
「ここは諦めるぞ! 全機方向転換だ!」
リディスの言葉で四機はその位置からの突破を諦める。そして代わりに機首を向けたのは敵主力部隊の方向。
――赤い七機が奮闘する空域だった。
四機はそこへ乱入するなり、猛然とRB隊に取り付くHW達を撃墜していく。
『何のつもりだ‥‥?』
「‥ボク達もご一緒してよろしいですか〜?」
怪訝そうに呟いた隊長に、ヴァシュカの邪気の無い言葉が返ってきた。
意図が分からないらしく沈黙したRB隊長へ、隼瀬が声を重ねる。
「六機は突破したんですが、その後に分断されてしまって。俺達四機だけだと無理そうなんで、協力してくれませんか?」
一瞬の沈黙。
しかしすぐに、RB隊副長のファスが声を上げた。
『‥‥私は賛成です。ファイブからセブンの損傷率も上がっていますので』
『‥‥こっちは作戦通りだ。ファイブからセブンが最初に突破、ワンからフォーが援護。その後に逆。‥‥協力したければ勝手に合わせるんだな、イカロス』
ぶっきらぼうに言い放ち、RB隊長は猛烈な攻撃を開始した。RB五番機から七番機までが突破の機会を窺って編隊機動を始める。
「‥‥なるほど、ではその言葉に甘えさせてもらおうか。‥‥ブレイズ!」
「了解。まぁ邪魔はしないつもりだ」
リディス機とブレイズ機がRBの突破組三機に加わる。
さらにスキピオ機の隣に隼瀬機とヴァシュカ機が付いて、援護射撃を始めた。
「あーそういや傭兵って間近に見るの初めてかも」
「ん‥‥ボクはヴァシュカよろしくね〜」
「‥ッ、二人とも余裕だなぁ‥‥!」
隼瀬の焦ったような声。敵は四方八方に居るのだ。むしろ囲まれている。
‥‥それでもイカロスとRBの混成部隊は猛攻撃を仕掛け、どうにか一時的に敵の中央に風穴を空けた。
『GO!』
RB隊長の声を合図に、五機の機体が敵陣の中央を猛速で突っ込んだ――。
――堕した町『アルコヴァ』。
ナトロナ郡におけるバグアの本拠地となり、跋扈するのがキメラに変わった時から、その町の主役は人間などでは無くなった。
しかし今、その状況に変化が訪れている。
町の空に響く爆発音。ワームやキメラに追いかけられながら、はるか彼方からやって来る複数の機影。
アルコヴァの住民達は窓に駆け寄った。あるいは、崩れた屋根を登って見上げた。そしてその目に焼き付ける。――十数機のKVの姿を。
KV達は町の上空を敵の攻撃をかわして飛び回りつつ、何か合図を送ろうとしているようだった。
翼を振ってみたり、スモークで何かを描こうとしたり、赤い照明弾を撃ってみたり。しかしそれはほんの一瞬の出来事で、しかも敵の苛烈な攻撃をかわしながらだったので、ほぼ形になっていない。
その間、およそ一分にも満たなかった事だろう。
一通り町の上空を飛ぶと十数機のKVは撤退していった。それはまるで嵐のような出来事。幻だったのでは無いかと疑うほどの一瞬。
だがアルコヴァはその一瞬に――歓声を上げる。
いや、悲鳴なのかもしれない。人々は何かを叫んでいた。自分でも分からない、言葉にならない雄叫び。撤退する十数機のKVへ、届かない手を差し伸べて。
一度は死んだアルコヴァの人々の目に、――希望の光が宿っていた。
●任務成功
カメラを回収して調べた結果、必要な写真はどうにか入手できた。
これでアルコヴァへの綿密な攻略作戦計画が立案される事になる。アルコヴァ解放は目前と言えるだろう。
‥‥しかし写真には、青色のHW三機がバグア基地に駐機しているのを捉えていた。詳細不明であり、稼動もしていなかったが、一応目に付いたものとして念のため追記しておく。
【NF】No.M005報告書