●リプレイ本文
「早く出撃しろイカロス! 何をモタモタしておるッ!」
格納庫に響くポボス大佐の怒声。混成部隊のイカロス隊は多少出撃に時間が掛かるのだが、大佐にはそれが怠慢と映るらしい。
ヒータは一つ溜め息を吐いた後、隊長として戦車部隊各員と傭兵に言葉を掛ける。その中にセラ・インフィールド(
ga1889)やヴァシュカ(
ga7064)など前の任務も同行した顔を見つけて、軽く微笑んだ。
副長のライト・ブローウィン(gz0172)は、この基地に所属する以前の顔見知り、リディス(
ga0022)や水上・未早(
ga0049)を見つけて軽く驚いた顔をする。彼女達は大佐とライトとを交互に見比べて、不憫そうに苦笑を浮かべたり首を振ったりしていた。
そんな作戦開始前の顔合わせを済ませ、各員はそれぞれ自機に散る。
黒虎、『J』、鈴蘭、猫ベル、天使などのウイングマーク、各色に塗装されたKV。整備部隊によって、各機は既に出撃準備が完了していた。満を持して機体に乗り込むパイロット達。
「陽動かー。この手の依頼は初めてかな。まあ、いつもどおり、がんばろうか」
「うー、私もKV陸戦なんてアジア決戦以来だよーっ。誰もやられないよーにしっかり戦うからね!」
不安を滲ませながらも前向きな、アーク・ウイング(
gb4432)と紫藤 望(
gb2057)の二人。作戦に齟齬を発生させないように、全員で班分けを確認し合った。
数分後、十機のKVと二個戦車部隊はナトロナ基地を発った――。
街道220号線に沿って南下、ベッセマーベンドまで10km地点に到着するイカロス隊。そこで、第一陣の攻撃は上々の成果を挙げたという通信を受けた。
直後、頭上を戦闘機の大群が飛び去っていく。通常兵器部隊が投入されたのだ。
「さて、本格的に始まりましたね」
「‥えぇ。もうすぐ私達の方にも敵が来るはずです」
音影 一葉(
ga9077)の何気ない言葉に、神妙に頷くヒータ。
後方から来る陸戦部隊の為に、イカロスは右手の荒野へ進路を取った。そこは脇に川が流れ、目を凝らせばバグアと交戦する砲火すら見える。
こちらが巻き上げる土煙も、相手には良く見える事だろう。
「‥‥しかしすぐそこで派手にやってるのを見たら、陽動じゃちと物足りなくは感じるな」
強力な改造を施した雷電、そのパイロットのブレイズ・カーディナル(
ga1851)が残念そうにこぼす。その通り、今回の傭兵達は全体的に練度の高い者ばかりだ。正直、陽動にはもったいない戦力ではある。
「ま、無茶な任務を押し付けられるより良いがな。‥‥アレ相手でも俺は精一杯だよ。――戦車部隊、全速旋回! 敵の側方を取るぞ!」
突如、ライトが迅速に指示を出して移動を始める。戦車長達は命令を復唱しながら一斉に進路を変えた。
傭兵達もKVの武器を抜き、それぞれの班に分かれる。
荒野の遥か彼方――。
土煙を立ち上らせて、異形の部隊が迫っていた。
「亀を専門に潰しまわっていた頃が懐かしい‥‥。未早、ブレイズ、今日も頼りにしているぞ」
「了解です。歴戦の小隊の連携、見せ付けてやりましょう」
「おう! 隊長と副長が一緒ならどんな相手にも負ける気がしないぜ!」
8246小隊の三機はフォーメーションを組むと、迫り来る敵部隊――ゴーレム八体、タートルワーム(TW)二体へ疾駆する。
対応するTWによるプロトン砲撃、それに応酬する三機の火線が空間を貫き始めた。外れた砲撃が地面に大穴を穿ち、赤土を高く巻き上げる。
「では、予定通りに私達は護衛へ向かいましょう」
「うん! いくよ翔幻、うちが命を吹き込んであげる!」
一葉機と望機は、戦車部隊を追って移動を開始。側面に展開する友軍の追加戦力として二機は走った。
さらにやや後方で戦闘機形態で待機するのはシュテルン、セラ機とアーク機。
折を見て二機は離陸すると、ゴーレムをフライパスして直接TWを狙いに行った。低空飛行で砲撃を掻い潜りながら敵部隊の後方に回り込む。
「煙幕、展開するよっ」
宣言するアークに合わせて、セラも煙幕を射出。地上に放たれた煙幕弾は、TWを中心に濃い煙が景色を覆い隠す。
すぐさま二機は垂直着陸能力を発揮してTWのすぐ側に着陸。標的を近接射程に捉えて、駆け出した。
「この一撃、耐えられますか!?」
セラ機はTWのプロトン砲をかわして接近。PRMシステムを限界まで知覚に注力、最高の力を持って試作剣「雪村」を――甲羅に振るった。
一瞬放たれた強烈な白光が、亀を袈裟切りに寸断する。
TWは身悶えしながら黒い血を噴き上げた。‥‥が、絶命するまでには至らず、代わりにその巨体でセラ機に猛烈な体当たりを仕掛ける。
モロに食らって、地面に転がるセラ機。
「くっ、やはりこの程度ではまだ落ちませんか」
「セラさん、危ないですっ!」
アークの警告、しかし遅かった。起き上がったセラ機に向けられた――TWの大口径プロトン砲。
「ッ――!」
直後、巨大な光条がシュテルンを包み込む――。
遥か前方、濃い煙に包まれた空間から巨大な光が吐き出された。
しかしヴァシュカはあえてそちらを見ない。ゴーレムとの距離を冷静に測り、――スロットルを全開まで押し倒す。
「‥ボクの一機目、キミに決めたっ!」
ブースト、スタビライザー、エンハンサー、起動。80mあったゴーレムとの距離を、一瞬で0まで詰める。
それから、ほんの数秒。
雪村の巨大な光をゴーレムに振るう。左腕切断。さらに返す刀で雪村二撃目、胸に風穴を空けた。
瀕死のゴーレムは力を振り絞ってライフルを発射――するが、勿忘草色のKVはそれを回避。そのまま流れるように高分子レーザーを放ち、ゴーレムの頭部を貫く。
大きく仰け反り、だらしなく膝を付いて後ろに倒れる敵機。
ゴーレム機能停止。――大破した。
「‥Good Nightっ‥よい夢を♪」
電光石火で敵を仕留めると、ヴァシュカ機は嵐のように去って行く。
「凄い、もう一機を‥‥」
「俺達も続きましょう!」
ヒータが感心するのに頷きながらライトはゴーレムに射撃を加える。敵を一体ずつ、キルゾーンに誘導して仕留める作戦だった。
しかし、状況は思い通りになっていない。敵はヒータ達より、TWに接近した二機に意識が行っている。側面に展開する四機のKVと二個戦車部隊よりも、TWに接近した二機の方が緊急性が高く、撃破も容易と判断したのだろう。
「くそ、ダメだ‥‥。隊長、M作戦に移行をっ!」
「‥‥その方が良さそうね。戦車部隊、望さん、一葉さん――聞こえる!?」
『聞こえております、サーッ!』
「右に同じっ!」
「どうも状況は芳しく無さそうですね」
待機していた各機が応える。ヒータは彼女らに向かって初期作戦の廃棄を伝え、M作戦への移行を指示。ヒータとライトも、牽制を続けながら移動を開始した。
その間にも戦況は刻一刻と変化していく。
「隊長!」
ブレイズ機は敵の斧に自ら突っ込んでいく。ゴーレムの体ごとブースト付きのアイギスで全力でぶつかると、そのまま強引にゴーレムを宙に弾き飛ばした。
「良いぞ、受け取った!」
リディス機が槍を構える。ちょうど真正面に吹き飛ばされてくるゴーレム――。
その背中へ、グングニルの壮烈な一撃が放たれた。
確かな手応えと同時、槍の穂先から胴体破片と黒い液体が飛散する。装甲を貫き、ゴーレムの内部機関を完全破壊。――敵機は沈黙する。
「残ゴーレム、六体です」
未早が報告しながらブーストを発動して疾駆する。左翼でTWの援軍に向かうゴーレム二体を捕捉。
四足のワイバーンはその前面に回りこみ、スラスターライフルを掃射。敵の進路を妨害した。
「‥弾幕はパワーですっ。派手に行きますよ〜!」
別方向からヴァシュカが、スタビライザーとエンハンサーを併用してレーザーを連射する。未早機との十字砲火の形で、大量の砲火を敵に浴びせていく。
牽制のレベルを超えた攻撃に、ゴーレム達の装甲は派手に吹き飛ぶ。フェザー砲、Gガトリング、Gアクスなどによる必死の反撃も、四機に軽い損傷を与える程度。傭兵達が圧倒的に優勢だった。
――しかし突如、巨大な赤光が荒野を貫く。
「くっ!?」
「うおっ!」
TWの援護砲撃だった。そちらを警戒していたヴァシュカ機は避けたものの、リディス機とブレイズ機がモロに被弾。さすがに激しい衝撃を受けて一瞬怯んだ。
その隙を突いて、ゴーレムの一体が牽制班の包囲網から離脱する。
後方――TWに取り付く、KV二機の方へ。
「ん、やっぱり通らないよ‥‥」
「これは‥‥マズイですね」
TWに苦戦するアークとセラ。TWの一体はもう瀕死だったが、問題は二体目をどうするかだ。
アークの物理攻撃は相手の硬い装甲に阻まれ、セラは行動力を削ってまで持って来たグングニルよりも、知覚兵器のレーザーガトリングの方が効果的、という皮肉な事実に気付いた。
だがとにかく、瀕死のTWにトドメを刺すのが先決。
セラ機は砲口をそちらへ向けて、――しかし突如飛来したガトリング弾に被弾。
姿勢を崩した。
「な――」
「プロトン砲が来るよっ!」
セラ機、態勢を立て直せずにプロトン砲に直撃。
射線を離れたアーク機も、――後方からのゴーレムのガトリング弾に被弾、左足を吹き飛ばされた。
地面に崩れ落ちるアーク機。そこへTWがプロトン砲を照準する。
「っ――」
そして響いた砲撃の轟音に、アークは体を強張らせる――。‥‥が、衝撃はやってこない。
その代わり、TWの甲羅上で大量の砲弾で爆ぜていた。
「撃てッ! 味方を見殺しにするな!」
ライトの叫びに合わせて、次々にTWへ降り注ぐ砲弾。――側面から敵の後方に回った、戦車部隊の一斉砲撃だった。
TWは新たな脅威を認めて、すぐさまそちらへプロトン砲を向ける。
しかし直後、戦車部隊の中心に立つ黒いKVが濃厚な煙を辺りに噴射。
「絶対、手を出させないんだから!」
鋭く言い放ったのは望。彼女の『Holy knight』が、煙の中心から115mm滑腔砲を連射する。砲口が爆発したように火を噴き上げ、戦車部隊も大地を震わせて砲撃を放つ。
ほぼダメージは与えられないが、それら弾幕、幻霧、距離の妨害にあって、プロトン砲は一体の戦車も掠らずに空を切った。
その中で、ゴーレムはアーク機にガトリング砲を向ける――が、突然その空間にも濃い煙が現れ、景色を隠した。
ゴーレムは異変を感じながらトリガーを引く。命中、というデータ。しかし、着弾の感覚が早くなっていく。まるで、動けないアーク機が突進してくるように――。
「‥防衛戦は私の十八番です。でかぶつの援護程度で崩せると思いましたか?」
アーク機では無かった。煙を割いて現われたのは、盾を構えたディスタン。ゴーレムを正面に捉えて、グングニルを猛烈な勢いで繰り出す。
肩の装甲が派手に吹き飛んだ。よろめくゴーレムは、ガトリングを棄ててアクスに持ち替える。
「ふ‥、目立つ気はありませんが、来るなら全力をもって相手しましょう」
一葉機が槍を構える。対するゴーレムは、肉体が突如一回り隆起する。リミットオフ、運動能力を強化。
そのまま斧を振りかぶり、一葉機に飛びかかった――。
「翔幻、戦うために生まれてきたなら応えて!」
――望機、ブースト。
瀕死のTWに猛速で接敵して、跳んだ。両手に掴んだツインナイフを損傷箇所へと思いっきり振り下ろす。
刃渡り1mを越すナイフがTWの裂傷部を貫いた。
咆哮を上げて、そのまま大地に沈む巨体。本来通らない威力の攻撃で、望機はTWを撃破した。
その間にライトとヒータはアーク機を後方まで救出。一葉機はゴーレムと激戦。セラはもう一体のTWに攻撃し、二個戦車部隊もそれに続いた。戦車の砲撃も無駄では無く、FFで殺しきれない着弾の衝撃が、TWを体内からゆっくりと蝕んでいく。
ここでの勝敗はほぼ明らかになっていた。
ヴァシュカ機のレーザーがゴーレムを貫く。三体目のゴーレムが膝を屈して、爆発した。
残り四体。
――それを、8246小隊の三機が囲い込んでいた。
「未早、援護頼む! 行くぞブレイズ!」
「了解です」
「了解!」
リディス機、ブレイズ機が全速で敵に駆け出す。散開しようとするゴーレムの下半身へ、未早機が全力掃射した。思わず機動が鈍る敵。
その隙に、二機のKVは接近していた。
「選ばせてやるよ‥‥。隊長の槍か、副長の砲か、――それとも俺の鉄槌かぁっ!」
言い放つなり、ハンマーを振り下ろすブレイズ機。ゴーレムには選択の余地すら無かった。叩き潰されて圧壊する。
隣ではリディス機の槍がゴーレムを貫いていた。柄を握ったまま絶命する相手から、勢い良く槍を抜き取る。
そこへ、別のゴーレムがリディス機に斧を振り下ろした。
「‥無駄だなっ!」
ハイ・ディフェンダーで敵の斧を思いっきり跳ね上げる。無防備になったゴーレム。
その両脇からディスタンと雷電がハイ・ディフェンダーを同時に振り払う。激しい火花を散らして、――ゴーレムは崩れ落ちた。
「逃がしません」
更に疾駆する未早機。その先に捉えているのは後退しようとする最後のゴーレム。
未早機は敵の反撃に構わずに高速突進、すれ違いざま――ソードウイングが閃く。
両断された敵機が、――赤土に叩き伏せられた。
『G班、敵の殲滅完了』
「ピッタリですね。こちらも今終わった所です」
一葉が亀の甲羅からグングニルを引き抜いて答える。二体の小山は沈黙、ゴーレムも大破していた。
「‥‥どうにかなりましたね」
「えぇ。事前に未早さんがこの作戦を掲示してなかったら、危なかったかもしれませんが。‥‥アークさん、無事か?」
「あ、うん。アーちゃんは大丈夫だよ。機体は立てないけど」
半身を起こすシュテルンは、片足を持っていかれていた。中破といった所だろう。
『‥そういえば今朝は苺タルトが上手く焼けたので、帰ったら皆で食べましょう〜♪』
『あれ? でも作戦が成功したら基地には戻りませんよ?』
『‥あ』
セラの突っ込みに呆然とするヴァシュカ。各機からクスクスと笑いが漏れる。そう、これは敵を殲滅して終わりではない。攻略作戦の一環だ。
「‥‥上手く行ってるよね?」
ふと、ポツリと呟く望。
その不安を体現したように、突如緊迫した通信が入った――。
『第二機甲中隊、及び通常航空・地上部隊壊滅! ダメだ、攻め落とせそうに無い――!』
その通信を聞き、全機に再び緊張が走る。
ヒータが独断で援軍に向かおうか逡巡した時――もう一度通信が入った。
『敵の防衛網を突破!? あれは‥‥レッドバードだッ!』
直後、一際大きな爆発音が起こった。そして――通信器から沸き起こる歓声。
攻略作戦成功、という声が各員の耳に騒ぎ立てている。
「‥‥。ったく、なんだかな」
ブレイズの溜め息。
イカロス隊は遠く離れた荒野で、静かに立ち尽くしていた。