タイトル:【NT】譜庫の恐怖マスター:天音

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/19 13:21

●オープニング本文


 カンパネラ学園では先頃入学式が行われ、胸弾ませて入学した新入生達を在校生達が歓迎する姿が見受けられた。
 そして現在。新入生達が早く学園に慣れるようにと皆、協力体制である。


 カンパネラ学園音楽教師のリィンシェイド・キアも例外ではなかった。いや、彼の性格からいって進んでという事はなさそうだが、何か考えるようにして。
(「そういえば毎年毎年新入生が譜庫で楽譜を探すのに手間取って、いちいち聞きに来るな‥‥」)
 譜庫とは楽譜を保存しておく倉庫の事で、いわゆる書庫の楽譜版だといえば解りやすいだろうか。
 授業や部活動などでよく使われる楽譜は音楽準備室の戸棚などにしまわれているが、そうでない楽譜は、音楽堂の地下にある譜庫に収められていた。音楽準備室にない楽譜を使用したい時は、許可を得てその譜庫に入るわけだが‥‥そう簡単にお目当ての楽譜が見つかるものではないらしい。
「先生‥‥あの、譜庫の事なのですが」
 丁度その時音楽教務室に現れたのはレシーナ・フロラーナ。この学園の生徒であり、音楽が好きな少女である。興味のある音楽が聞こえると、ふらふらとそちらへと歩いていってしまうという困った癖を持っているらしいが。
「譜庫か‥‥目的のものが見つからないか?」
「それもあるのですが‥‥その、幽霊が出るって本当ですか?」
 目的のものが見つからなくて生徒に泣きつかれる事はよくあるが(その度に自力で探せとあしらってはいるが)、幽霊が出るというのは初めて聞いた。
「それはどこから出た話だ」
「解りませんけれど‥‥新入生の間で話題になっているみたいですよ? 新入生と一緒に譜庫に行こうとしたら、そういって断られてしまって」
「馬鹿らしい」
 譜庫に行こうという話になったということだから、その新入生達は音楽を志す者達なのだろう。よく使われる楽譜なら、譜庫で探す必要はないのだから。譜庫にあるような楽譜が必要になったということだ。
 しかしそんな根も葉もない噂で譜庫に行く事を拒否していては、いずれ新入生達自身が困るに違いない。というか、代わりにとって来て下さいと言われても行かんぞ、とリィンシェイドは思う。
(「あー‥‥いい加減、楽譜が見つからないと泣きつかれるたびに対処するのも面倒だしな」)
 よく譜庫に出入りする彼は、どこに何があるのかは大体把握している。確かに少し――いや、かなり乱雑に置かれているかもしれない。整頓されているとは言い辛いかもしれない。それでも最低限、用法に合わせた4つのブロックには分けてあるはずなのだ。
(「前に整頓されたのがいつだかは知らないが」)
 楽譜を取り出した者が、きちんと元あった場所に戻さないから混乱が起きるのだ――だが前に譜庫の整頓及び掃除をしたのがいつだったか思い出せない。それも問題かもしれない。
「わかった。その馬鹿らしい噂が本当かどうか、新入生を連れて確かめに行ってくるといい。ついでに掃除と整頓もしてこい」
「え‥‥」
 差し出された鍵を反射的に掌で受け取り、レシーナは小さく声を漏らした。
 なんだか「ついで」が「本来の目的」のような気がするんですが?

●参加者一覧

エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
ハンナ・ルーベンス(ga5138
23歳・♀・ER
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
澄野・絣(gb3855
20歳・♀・JG
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
鬼灯 沙綾(gb6794
13歳・♀・DG
流月 翔子(gb8970
20歳・♀・SN
星月 歩(gb9056
20歳・♀・DF

●リプレイ本文

 今回の依頼の舞台である音楽堂地下、そこには人を拒絶する空気があった。地下という設計上光が届きにくい、これも一つの理由である。だが譜庫のある地下室へと続く道には独特の瘴気に近い雰囲気が立ち込めていた。理由の一つが大理石製の壁である。
 地下へと続く道には途中には階段と扉がある。その周囲を彩るのが大理石による壁であった。別に大理石だからと言う事で、特殊な細工が施されているわけではない。研磨され隙間無く積まれているものの、それだけである。だがそれが返って寒さを演出している。光の加減のせいで白い大理石が雪のように冷たく見えるからである。おかげで暗闇でも多少明るく見えるが、触ると大理石独特の冷たさが伝わってくる。それがこの大理石の壁の怖さである。加えて不規則ともいえる大理石の模様は人によって全く異なるものを想像させる。天使に見える人もいれば悪魔に見える人もいる。勿論理由の一つはインテリアとしての要素ではある。不規則ともいえる大理石の模様は人によって全く異なるものを想像させる。天使に見える人もいれば悪魔に見える人もいる。それが返って噂となり、特に世間話の好きな女子生徒の中で幽霊、亡霊、魑魅魍魎として囁かれている。多くの人に語られる過程の中で背鰭、尾鰭がつく事は往々にしてある事だが、その中で集約される話題は三つ、一つは前述の大理石、残る二つが地下室の入り口にある石造りの扉と地下へと続く螺旋階段である。
 二つ目となる石造りの扉は元来盗難防止が最大の目的であった。芸術の場である音楽堂で盗難という不徳行為を考えたくは無いという言い分や音楽堂の外見に劣らないものを作りたいという要望の下、扉には翼をもった子供や咆哮する巨大な牛など、この世のものとは思えない生物が精巧に彫られている。相当な時間を要して作られたものである事は想像に難くなかった。その重々しい雰囲気が近寄る人間を選ぶ一つの理由だった。
 そして最後の理由は地下へと続く螺旋階段である。音楽堂建設当初より地下は楽譜の保管庫として設計されていた。そのため余り光が差し込まないよう通常の階段ではなく螺旋階段が設置されたというのがリィンシェイドの弁である。それが本当なのか嘘なのか、レシーナ・フロラーナ(gz0260)自身も答えを知っているわけではない。だが石造りの扉と螺旋階段が侵入者を拒むのは傍から見ても明らかな事実だった。

「いかにも‥‥って感じよね」
 手すりと壁を頼りに螺旋階段を一段一段と降りながら、流月 翔子(gb8970)は囁く。徐々に暗くなる足元が地下へと向かっていることを嫌でも感じさせる。だがそれは怖がっているというより楽しんでいる方が近かった。
「きゃ〜でた〜‥‥てとこでいいかな」
「そうね、いかにも出て来そうよね」
 前を行く百地・悠季(ga8270)も流月に同意する。流石に足元が暗くなってきたせいもあり、彼女の手にはエマージェンシーキット付随の懐中電灯が握られていた。だが一方で同意できない者もいる。橘川 海(gb4179)であった。
「何が出そうなの、悠季?」
「聞きたい?」
「そう言われると、怖くて聞けなくなっちゃうじゃないかー」
 筒状になっている螺旋階段の中に橘川の絶叫が木霊する。それは階段が崩壊しかねない程の叫びだった。
「大丈夫ですよ。何もないですから落ち着いてください」
 澄野・絣(gb3855)が声をかける。
「本当?」
「本当ですよ」
「本当に本当?」
「本当に本当です」
「本当に本当に本当?」
「本当に本当に本当に本当です」
 そこまで言われて納得したのか橘川は自分を納得させて引き下がった。
「怖がるなとは言いませんが、死者には敬意を払うべきだと思いますよ」
 そう言うのは朧 幸乃(ga3078)、ただ彼女は今回の幽霊騒動に一つの疑問も抱えていた。幽霊の正体が実はキメラではないのかという心配である。そして似たような考えを鬼灯 沙綾(gb6794)も抱えていた。
「お化けはちょっと怖いです‥‥でもそれはきっと、お化けの正体が何なのか分からないからなのです。だから正体を暴いてやるのですっ!」
 胸を張り意気揚々と宣言する鬼灯ではあるが、同時に一つの悩みも抱えていた。
「お化けって知覚攻撃が効いたりするのでしょうか? いや、手持ちには無いですが」
「効くお化けもいるかもしれませんよ」
 星月 歩(gb9056)が答える。星月は今回の依頼で探し物を見つける事が自分の中での目的だった。それは幽霊ではないと思っているが、今ひとつ確証がないことも事実だった。
 やがて問題の扉が一同の前に姿を現す。彫られた子供と牛の像は微笑んでいるようにも睨んでいるようにも見えていた。
「お昼のカレーが待っています。勇気を出して、手早く片付けましょう」
 ハンナ・ルーベンス(ga5138)が全員を叱咤激励する。そしてレシーナが扉に鍵を差し込んだ。やがて扉は重々しい音を立てて開いていく。一同はそれぞれ装備を再確認して、奥へと入っていくのだった。

 地下室には一つのブロックに一つの電球が吊るされていた。楽譜が痛まないようにするためか、照らす場所を制限する傘が付けられている。だが所々錆びているのかバランスが悪く傾いていた。加えて電球自体も寿命が来ているらしく、点いたり消えたりと点滅を繰り返している。その中を一同はそれぞれ担当のブロックへと掃除道具片手に急いでいく。始めに作業に取り掛かったのはAブロックの澄野と橘川、そしてレシーナと生徒一人である。先程の階段での一件のせいで橘川はすっかり人間不信に陥っている。澄野はそんな橘川をあやしながら、着物をたすきがけにし頭に三角頭巾を装着してある。そして橘川に叩きを手渡した。
「絣さんは、笛の楽譜、探したかったんじゃないのっ?」
 叩きを受け取りながらも半分涙目で橘川は澄野に尋ねる。そしてレシーナと生徒に同意を求めた。
「すぐにこんな仕事終わらせて、ご飯にしようね」
 先陣を切って歩く橘川、だがすぐに壁に激突する。
「はふ! は、はなふった‥‥!」
 Aブロックの仕事は前途多難だった。

 続いて作業を開始したのはハンナ、百地組である。ここには男子生徒が付いてきているが、女性ばかりの中で唯一の男性と言う事も有り硬直している。言われたとおりに動きはしているが、それ以上の行動は進んですることは無かった。
「まずは楽譜のナンバリングを確認するわ。年代順に番号が振ってあるということだったから、まずはその並びを確認して。ある程度まとまったら敷物に移してね」
 ナンバリングに関してはリィンシェルドから直接確認したことである。さっそくハンナがブルーシートを取り出し台車の荷台に敷く。そしてマスクを着用して作業に取り掛かった。
「軍手はしない方がいいということだったわ」
 楽譜は紙製であるため、軍手で扱うと劣化する恐れがあるということらしい。
「年代ものの楽譜があるのでしょうか」
「あるらしいわよ。何でも激戦区から回収して預かっているものとかもあるらしいわ」
「なるほど、確かにそういう使い方もありますわね」
「預かり物はナンバーが振ってないと言う事だったから、また別枠にしてほしいということだったわ」
 そこで男子生徒が預かり物担当、ハンナと百地がナンバーのあるものを分類していくのであった。

 その頃Cブロックでは朧と鬼灯が作業に入っていた。一緒に作業を務める女子も無言で仕分けの仕事を黙々と進めていく。だが無言である理由は仕事を早く片付けるためではなかった。怖かったからである。これまでも電球が揺れるたびに作業の手を休めて天井を見上げている。
「気になる?」
 朧が声をかけると、生徒は少し首をかしげ考えるそぶりを見せる。そしてしばらく間を置いて小さく頷いた。
「来る途中の話聞いてたせいか、ちょっと気になるんですよね」
「気にしたら負けなのですよ?」
「‥‥わかってはいるんですけどね」
 鬼灯が救いの言葉をかけるが、生徒は薄く笑うのみだった。
「ここ地下だから、本当なら風とかないはずでしょう? なのに電球は揺れてる。それに気付いてしまったせいか、先程から気になってしまって」
 女子生徒の言うように、吊るされた電球は振り子のように小さく小刻みに動いている。地下室への扉こそ開かれている現状ではあるが、風が通り抜ける隙間はこの地下室には無かった。考えれば考えるほど不可思議な現象である。そのことに気がついてしまったせいか、今では地下室の石造りの壁さえも人の顔のように見えているらしい。
「‥‥それなら、これを貸してあげるわ」
 朧が取り出したのは風鈴のような小さな鈴だった。
「これはウィンドチャイム‥‥魔除けの効果があるわ」
 朧が小さく振って見せると、鈴らしい高い金属音が周囲に響きわたる。
「いい音なのです。この音色を聞いて、ふぁいと、おー! ですね」
 鬼灯も相槌を打つと、女子生徒は促されるようにそれを受け取る。そして作業を再開するのだった。

 残るDブロックでは、その他の楽器という分類のためかかなり煩雑に楽譜が置かれていた。加えて学園が元々所持しているものと預かっているものが混ざり、棚の上下段問わず散乱していた。担当である流月、星月、そして女子生徒がともに溜息をついていた。
「キメラの仕業かしら?」
 もっともらしい事を言う流月であるが、星月は特に気にせず上段にある楽譜をとるために脚立の準備を始める。スルーされた事に寂しさを感じたのか、流月は女子生徒に泣きついてみせる。
「こんなところまでキメラが来るわけ無いじゃないですか」
 女子生徒は笑ってみせる。だが顔が引きつっている所を流月は見逃さなかった。
「わからないわよ。わたくしも今まで色々なキメラを見てきたけが、絶対というものほど怪しく感じているからね」
 譜庫整理より先に掃除を始めようとする星月に習い、箒や雑巾を手にする流月と女子生徒。そこで一旦話をきろうとする流月ではあるが、女子生徒は食らい付く。
「つまり、ここにもキメラが出るという事ですか?」
「どうだろ? わたくしもこの譜庫に入るのは初めてだから分かりませんよ」
「はっきりしてくださいよ」
 適当にはぐらかしつつ流月は作業を開始、星月も楽譜の劣化等の調査に入る。順調に進む任務ではあったが、女子生徒だけが取り残される結果となった。

 およそ四時間の時間を要し、全ての作業が終了した。最後にレシーナが扉を施錠。一同は新鮮な空気を吸うためにも一旦地上にある食堂へと移動する。ハンナが都合を付けてくれていたカレーを食べにいくためである。加えて澄野の今回弁当を持参している。一同はそれらに舌鼓を打ち、最後に鍵を返しに行くレシーナを伴って、パイプオルガンの音色に耳を傾けるのであった。