●リプレイ本文
●雨の日の素敵な場所
「やぁ、自分でもいいところ見つけたなと思うわけですよ、うん」
「雅な雨音に誘われて‥‥水滴でお化粧した花はさぞかし綺麗なんやろな‥‥楽しみ」
曽谷 弓束(
ga3390)はその道筋に咲く紫陽花に瞳を細めつつ、道を進んでゆく。
その後に紫陽花柄の浴衣を着た不知火真琴(
ga7201)と、藍染の浴衣を着た叢雲(
ga2494)の二人。
真琴は髪を結い上げ、先日叢雲と行ったドイツで交換したばかりの手作りの簪を挿していた。
それに気がつくかな、と叢雲を見上げるものの、その様子は今はまだなさそうだった。
思わずくすりと笑いが漏れる。
「? どうしました?」
「なんでもないですよ」
なんだろう、と問う声色に早く行こうと一歩先を真琴は歩む。
その少し後に、傘をさし、コートを羽織った嶋田 啓吾(
ga4282)がゆっくりと現れる。
雨に尚、美しく咲く花は、この困難な時代に、希望を失わぬ人々の姿を思わせた。
それと同時に、慈雨とも思えるこの雨の下、身を震わせる人もいるだろう事を思う。
啓吾は、この雨は全ての人に平等に降り注ぐ、全ての人にとって恵みの雨であるように、子供達が寒い思いをしませんようにと、敵もなく、味方もなく、ただそう願う。
「‥‥甘い、ですかねえ」
そんな自分の思いに苦笑していたところ、自分を呼ぶ声。
「へへ〜ん! いただきっ!」
「そうはいきません」
何、が起こるか一瞬で悟った啓吾は、傘でそれをガードする。
篠原 悠(
ga1826)がぴゅっとうった水鉄砲。それは傘に、弾かれる。それと同時にばっさばっさと傘の滴をふるっての反撃。
だがそうしている間に反対方向からレティ・クリムゾン(
ga8679)の水鉄砲攻撃がクリーンヒットする。
「‥‥やられた」
「ふふ。油断しましたね? これは残念賞、です」
レティは啓吾に飴玉を渡し、悠と悪戯成功、と楽しそう笑って雨の中をスキップ混じりで進んでいく。
そんな様子を啓吾はふと表情を緩めていた。悩み傷つく姿よりも、楽しんでいる姿のほうがいい。
イスル・イェーガー(
gb0925)は雨の中を少し濡れつつも、ゆっくりと歩んでゆく。
たまには家で本より、外に出たくなったからの散歩。
東屋に行って、ゆっくりとお茶をするのもいいなと思いつつ進んでゆくその手には、色々な飲み物があった。
ゆっくりと歩を進める中にはカップルもいる。
蓮沼千影(
ga4090)とレーゲン・シュナイダー(
ga4458)が雨に濡れて一層柔らかな色をもった緑色の番傘一つに仲良く二人で入り歩んでくる。
二人はそれぞれ浴衣を身に纏い、肩を寄せ合っていた。
「レグ、また浴衣姿見れて嬉しいぜ。着て来てくれてサンキュ! 凄く似合う、凄く可愛いぜ‥‥♪」
「ちかの浴衣姿も素敵です‥‥」
ほんのり照れつつ、レーゲンは笑みを千影に返す。
二人で以前着た場所に、以前より深い仲でやってこれたことは、どこか嬉しいものだった。
「雨の中、濡れるけど、雨に濡れた紫陽花は、綺麗だわ」
傘をさし神森 静(
ga5165)は呟く。
紫陽花は好きな花の一つである静はその情景を楽しみつつ歩みを進めて行く。
雨音はしんしん、と葉をはじいても、響く。
みづほ(
ga6115)はゆっくりと瞳を閉じてそんな雨音を聞いていた。
その音はとても穏やかなもので、それを聞いているだけでも十分だった。
そんな彼女の横をなつき(
ga5710)が通り過ぎてゆく。
安物のビニール傘をさして、紫陽花を見、そして雨音を聞きつつ歩んでゆく。
そんななつきの姿を見つけ、犀川 章一(
ga0498)は挨拶をする。短く言葉を交わした後に、その視線は紫陽花へ。
「紫陽花‥‥もう、そんな季節なのか‥‥」
所により趣違う色の洪水に、表情緩めつつ道を進んでゆく。
その歩みと共に今までを反省しつつを兼ねた、頭を一度冷やすための散策だった。
「雨の日、楽しんでる?」
微笑を持ってケイ・リヒャルト(
ga0598)はフォル=アヴィン(
ga6258)へと声をかける。
フォルも言葉を返し、雨の中咲く紫陽花に視線を回せば、それをケイも自然と追っていた。
「雨の中の花達は何を想って咲いているのかしら‥‥」
ケイの呟きにフォルはそれを想像してみる。
「いろんなことが思い浮かびますからね‥‥」
沈黙の合間も、浮かぶ思いはそれぞれのもの。
それがどんなことが聞かずとも、心地よさがあった。
ふと視線をケイがあげると、友人であるハンナ・ルーベンス(
ga5138)の姿があった。
ハンナは坂崎正悟(
ga4498)とともにいた。
正悟はハンナが濡れないように気を配りつつ歩む。
二人きりというのは初めてで、正悟は最初は緊張していたものの、ごく自然に寄り添ってくれるハンナにだんだんそれが無くなってくる。
するといつもの調子でカメラを構えて、雨の中の花を撮影し始めていた。
その姿をハンナは暖かく見守る。その視線はやわらかく、優しいものであった。
「雨に打たれても‥‥花は美しく咲き続けるのですね‥‥」
「この厳しい世界でも人は生き続け、花は咲く。希望を失わずに‥‥強いものだと思うよ人も、花も」
二人はいろいろな話をしつつ、紫陽花の道を二人のペースで、進んでいくのだった。
「何時から雨の日が憂鬱になったのでしょう?」
ぱしゃん、と水たまりを踏み赤霧・連(
ga0668)は雨降る空を見上げた。
子供の頃はあんなに雨の日が待ち遠しかったのに、何時から雨の日を家の中で過ごすようになったのか。
子供のころは傘を差して、長靴を履いて雨の中へと冒険に出ていた。
雨が憂鬱を思い出させるなら楽しい思い出で上書きを、あの頃のワクワクを探しに。
なんだか楽しいことが起こる予感を感じつつ、連は新しい、ピンクの雨傘をくるくる回し、ピンクの長靴で雨をはじいて楽しげに向かっていた。
連と同じように傘をくるくる回しながら歩く者が、もう一人。
クレイフェル(
ga0435)は和傘のように仕立てられた洋傘をくるくる回す手を一度止める。
「雨は好き‥‥やけど、嫌いやな‥‥」
雨が降っている、ということが意識に入ってきたとたん、寂しくなるから嫌いで、こんな雨の日には、賑やかな自販機前や、仲のいい者のいる場所にいくのがいいと思う。それは気持ちが一気に晴れていくからだ。
賑やかな雰囲気に誘われ、歩を進めていけば、見知った顔もちらほらとある。
「早う行かないと濡れてまう、な」
手にもったモンブランの入った箱を確認し、その視線は紫陽花へ向かい、クレイフェルはニコリとする。
雨は嫌いだけど、好き。いろんな物の色が、モノトーンの空の下、鮮やかに浮かぶのが、好きだと、クレイフェルは改めて思うのだった。
しとしとと雨が降る中、コンビニ袋を手に、傘を持って鴉(
gb0616)は歩いていた。
考え事が頭の中をめぐる。時折難しい顔もするが、結局のところじめじめ考えても仕方がない、と吹っ切れる。
「最期、後悔しなきゃもうそれで良いかなぁ‥‥なんて」
気持ちを固めるように、手を見て、ぐっと握る。
ふと立ち止まっていたことを思い出して、鴉も紫陽花の道を進んでいく。
雨の日は何かを少し、考えたりとふっとした切っ掛けになるものだった。
LHに来て半年か、と思うのはアンドレアス・ラーセン(
ga6523)。
雨の日は湿気でギターのネックが反るし、たまには外で考え事もいいか、と出てきた。
傭兵って一体何なんだろうか、大勢の命と一人の命の重さは違うのか。
助けられなかった命と届かなかった手。
空虚な自分に嫌気が差してここへ来たが、何かが出来ているのか?
そんなことを考えながらアンドレアスは雨の中を歩く。
「あー、沈んできた‥‥」
ふと歩いていれば、薔薇の香りがする。重く感じる香り。思うのはこんな日は雨上がりの薔薇みたいな彼女に会いたい、ということ。
雨脚は変わらない。
たまには静かに、過ごそうではないか、と足を向けたUNKNOWN(
ga4276)。
こんな時間も貴重で、そして糧となる。
黒のフロックコートと帽子は雨に濡れ、その色を一層濃く見せていた。
UNKNOWNの足は、紫陽花の咲く道を進んでゆく。
彼が通ったあと、その傍にあった紫陽花の根本がごそりと動く。
そこから顔をのぞかせたのは子犬。
その子犬を見つけ、藤枝 真一(
ga0779)は抱え上げる。
そのまま子犬を懐の中へと入れると、園内へと歩いて行くのだった。
「美しいですね‥‥こんな場所があるとは気が付きませんでした」
呟きを漏らしたのは少し遅れてやってきた夏 炎西(
ga4178)。
その足を紫陽花に囲まれた道へと、向けて行く。
●花模様、想いの模様
「お久しぶりです。お元気ですか?」
「お元気ですよっ!」
フォルは音を見かけて声をかける。
「暫くお見かけしなかったのでちょっと心配してました」
「心配してくれて、ありがとう」
そういえば、とフォルは話を切り替える。
「そろそろ夏ですね。海でBBQとかやってみたいですね」
「いいね! 来月誕生日があるからどっか行こうかなーって」
と、色々なことを離して、手を振り二人は別れる。
そのままフォルはとある東屋にたどり着く。
「こんにちは。何をなさってるんですか?」
そこでは弓束が折紙を折っていた。
「へぇ、不思議ですね。一枚の唯の紙から、こんな物が作れるんですね」
弓束が一枚の紙から作るものを見ていれば、そこにはいつの間にか人が集まってくる。
「お、折紙! 俺、折鶴しか折れなくて」
「よかったら、やってみますか? うちが教えて差し上げますさかいに‥‥どうぞ遠慮なく〜」
鴉は折紙を受け取って、折り方を教わってゆく。
「‥‥へぇ、こんな風に折るんですか‥‥」
弓束の折り方を真似しつつ鴉は折り、そしてできたものを見せる。
「曽谷さん、こんな感じですか?」
「そうそう、そうです」
と、和んでいると弓束の姿を見つけたクレイフェルがやってくる。
「ユズ、こんにちはー」
傘を畳んで、東屋のテーブルに並んでいるものをみてクレイフェルは弓束の方を見た。
「折り紙しとるんや? 俺も混ぜてっ。これでも日本に留学しとった時に、ちょっとは教わってんで? 鶴とか、箱とか、鶴とか、鶴とか」
「鶴ばっかりやないですか」
「‥‥鶴以外の、なんか教えてもらえたら嬉しいな」
そう言うクレイフェルにそれなら、と弓弦はほかのものを手ほどきしてゆく。
「お邪魔します、何してるんですか?」
折紙広げられた東屋にバルトレッドは足を運ぶ。
「お暇やったら一緒に如何ですか?」
誘いにそれじゃあ、とバルトレッドも輪に加わる。
連鶴を折り、出来上がったものはどうぞ、と弓束は言う。
「雨の日も、やっぱり楽しいですね」
気持ちをほろっと、鴉がこぼす。改めて感じるのは暖かさ。
「はい、フォルさんもどうぞ」
「お、頂けるんですか? ありがとうございます」
自分で折ったものをみていたフォルへと弓束は差し出す。それに笑顔をもって、フォルは答えた。
「楽しかったです、それじゃあ僕はいきますね、弓束さんありがとうございました」
東屋を発つ者は傘を差し、残るものはまだ、折紙に触れる。
「この雨空を『うっとうしい』と感じるか『素敵』と感じるか‥‥」
東屋からでたフォルは呟いて、傘を閉じる。
たまには雨に濡れるのも、いいかな、と思って。
きゃっきゃとはしゃぐ声が響く。
「っと。危ない」
悠とレティの水鉄砲いたずらを叢雲が防ぐ。
「おや、レティさんに篠原さん。はしゃぐのもいいですけど、あまり度が過ぎないように」
苦笑交じりに言われると、二人ははーい、とまた声を合わせて去ってゆく。
「かばってくれてありがとう」
「せっかくの浴衣ですからね」
いろいろなことを話していると、真琴の目に薔薇の迷路が映る。
わぁ、と少しはしゃぎ気味に向かえば、叢雲は瞳を細めてその姿を見守る。
「ほら、そんなに慌てたら転びますよ」
少し進めばひっそりと東屋が。二人はそこで少し休憩も兼ねて話を始める。
「‥‥昔は結構荒んでいましたね。お互い苦い青春を過ごしたものだと。今では苦笑交じりに話せるのが、本当に幸せです」
「あの頃の自分を思うと、色々恥ずかしいけれど‥‥今はこうして穏やかな時間を過ごせる程にまでなれたのは、とても幸運だと思う」
それは一人では無理だった、と真琴は思う。
叢雲には良い所だけでなく、たくさんの悪い所も見せてきたけれど、この関係はずっと変わらない。
その事に随分救われてると思う。
「‥‥恥ずかしくて言えないなぁ」
ほとりとこぼれた言葉に叢雲は聞き取れなかったと言うけれど、なんでもないと真琴ははぐらかす。
そこで沈黙が生まれても、それは気まずいものではない。
と、そんな沈黙を破る声がかかる。
「真琴‥‥来てたのか。会えると、思ってなかった‥‥って、やっぱ叢雲もいるワケね」
「アスさん!」
声のする方を見ればアンドレアスがいた。しばらく話していれば沈んでいたアンドレアスの気持ちも浮上してくる。
「‥‥なんか、沈んでたの馬鹿みてぇ‥‥今度は天気のいい日に来てぇなっと!」
もう少し雨の中を歩いてくる、とアンドレアスはその場を後にする。
他愛ない会話が、気持ちを浮上させ、いつもの自分を取り戻させてゆく。
雨の中を歩いていればぴゃっと突然の水鉄砲攻撃。
「うおっ! 反撃可だよな? 正当防衛だぜ!」
そう言って、アンドレアスは悪戯めぐり中のレティと悠を追いかけ始めた。
「いた。お前、さっきの電話は‥‥ああ、もう、いっても聞かなさそうだな‥‥」
「おーう、バルトー、遊んでるー?」
しとしと雨の中、紫陽花の道でばっしゃばっしゃ遊んでいた音を発見してバルトレッドはため息をつく。
「音ちゃん、バルトレッド! 久し振りっ!」
「音さん、こんにちは。バルトレッド司令官、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりなのです」
と、タイミングよく、千影とレーゲンと巡り合う。
ニッカリ笑顔の千影とぴしっと敬礼するレーゲン。
こんにちは、と挨拶終われば、二人は幸せそうな笑顔を浮かべた。
「再びこの場所に来れたことも凄く嬉しくて‥‥バレンタイン以来だもんな。実は‥‥二人に報告があって、よ。俺、レグと婚約したんだ」
照れて頬を書きつつ千影が言えば、隣のレーゲンも同じく照れる。
「え、お、わー! おめでとう!」
「それは‥‥幸せなことは良いことですね、おめでとうございます」
「クリスマスダンパで縁が出来たようなものだから‥‥バルトレッドには必ず報告、お礼を言わないと! って思ってた。だから今日は会えて凄く嬉しいぜ」
「えへへへ、幸せさんたちめ! じゃあお邪魔しちゃ悪いね! ルト、いっくよー」
「え、ちょ‥‥教えてくれてありがとうございました。それじゃあ、また」
「おー」
手振り振り。
音とバルトレッドがいなくなるとまた二人きり。
しばらく間が空いたが、千影が呟くように、レーゲンへと言葉を送る。
「二人の思い出の場所、だよな。東屋で二人座って話したことも‥‥凄く昔のことのようにも思える。でも、昨日のことのように思い出すこともできる、ぜ」
「はい‥‥こんなに深く想うようになるなんて、あの時は思いもしなくて」
「俺、レグのお陰で雨、好きになったんだよな。レグの名前だから、というのもあるんだけど‥‥とめどなく空から溢れる雫が、レグのとめどない優しさが重なって。凄く、心地よく思えるようになったんだ」
「私も、以前より雨の日が好きになりました。ちかと一緒に雨の休日を過ごす幸せを知ったから」
ちかの暖かな想いが雨のようだと、レーゲンは言う。
「レグの俺への愛の雨は、止まないでほしい、ぜ‥‥大好き、レグ‥‥」
「その雨なら、絶対に降り止みません。だから、ちかも胸に咲く私への愛を枯らさないでくださいね‥‥」
そっと千影の手をレーゲンは握り、紫陽花と同じ色の千影の瞳に優しく微笑む。
千影もそれに答えるよう、優しく手を握り返すのだった。
「お渡しできたら良いんですけどね‥‥きっと似合いますよ」
ショップの福引であてた紫陽花柄の浴衣。
紫陽花をみてそれを思い出し、またそこから、とある女性の姿を炎西は思い描いていた。
彼女の浴衣姿が見てみたい。だが彼女が装うのは、ただ一人の為であり、それは自分ではないことを、炎西は理解している、
始まる前に終わっていた恋なのだから、雨に未練を流してしまえないだろうか、この紫陽花のように、心の色を変えられたなら、どんなに良いだろう、と歩いていればいつの間にか、薔薇の道へと入っていた。
「そうか、ここは‥‥」
彼女とその彼がデートをしたと話に聞いていた場所。折角の花の道だったのに彼女の姿はない。
「‥‥依頼でお忙しいんでしょう」
そう呟いたあとに、勘繰りは止めよう、遠く離れていても二人の絆は何よりも強いこと、誰でも知っているじゃないかと、思う。
それにしても、紫陽花の次に薔薇なんて出来すぎている。
「この傘、漏りますね」
炎西は雨の日なら、誤魔化せると思う。
浴衣をプレゼントしたら宣戦布告となるのか、『雨降って地固まる』なんてこともあの二人なら起きることはなさそうだ。
けれども、思うことは一つある。
「彼女に浴衣は似合うだろうな」
呟きと共にその姿を想像して、そのあと思うことを知るのは炎西自身だけだった。
「雨ですねえ」
とある東屋で雨の音を聞いていたみづほの隣に、啓吾は立つ。
しばらく二人で雨を並んでみていたが、ふと傘を閉じたまま啓吾は雨の中に立つ。
「この雨をあなたに捧げましょう」
陽気に言って、腕を広げる、そして。
「to you(つーゆー)」
そして失礼、と頭を掻いて会釈して去る啓吾。
あっという間のことに、みづほの意識は雨音からそちらへと向いた。
けれどもまた、雨音へ向かう気持ち。
その雨音の中に、歌声が混ざっていた。
歌いながら、雨の中でダンス。
古い映画の歌を歌いながらくるくると悠とレティは踊っていた。
「えへへ、楽しいっ」
「こんなに雨の中で、濡れながら踊るのが楽しいとは思わなかったな‥‥」
ばしゃばしゃと雨水を跳ねさせる。
そんな様子を正悟はカメラへと納めていた。
楽しそうな様子は、とっている自分も楽しい。
と、ふとハンナを見ると優しく二人を見守っている。すると、無性に彼女を撮りたくなってくる。
「ハンナ、写真」
雨中、凛と咲く紫陽花の姿が彼女に重なり、それをまた心に刻み込むようにシャッターを切った。
写真を撮り終えれば、二人は東屋へと身を置く。
ハンナは写真のお礼を正悟に言う。それは、思わず見惚れるほどの慈愛の笑みと共に。
「私達の祈りが‥‥皆に届いて欲しいものです‥‥分け隔てなく‥‥この雨のように‥‥」
「そうだな‥‥」
しとしとと雨の音は止まらない。
と、偶然そこに通りかかった連がハンナをみつけてやってくる。
歌いませんか、と雨音のバックコーラスに声を、二人で重ねる。
歌声が雨音の溶け込むように美しく、響き始める。
それを静かに正悟は聞くのだった。
「歌が聞こえるねー」
「きれいな歌だ」
歩みを止めた音とバルトレッド。
と、丁度出会えるなら会いたかったものたちがそこで偶然を重ねる。
「最初のご縁も今見ているのも花‥‥ね」
「ケイさん、こんにちは」
「こんにちは! お、そしてそこを歩くは章一君じゃないですかっ!」
章一は手を振られ、笑みを返す。
「少し‥‥歩きませんか?」
「うん、いいよ。じゃあ、そうゆうことで!」
傘を少し差し向けられ、自分の傘を閉じてばっしゃばっしゃと雨の中、章一の方へ向かう音。
ケイとバルトレッドがそこに残される。
「白椿の愛らしさ‥‥今のあたしにはまだ遠いかもしれないわ」
「ケイさんは、十分愛らしいですよ。お世辞とかじゃなくて、本当に」
その言葉にありがとう、とケイは言葉を返す。
「もっと自分を良く見つめ直してみたら‥‥少しは変われると思う?」
「変わりたいと思えば、変われるものだと僕は思います。そのお手伝いが僕にできるなら、いつでも言ってくださいね」
そしてしばらく二人で道を歩き、またと別れる。
一人になったケイは傘を畳んで、雨に濡れる花たちを見つめた。
「一緒に濡れてみれば‥‥貴方達のように孤高に気高く、こうして雨にも負けないでいられる強さを持てるかしら」
歩くことなく立ったまま。じぃっと見つめて。
「少しだけ‥‥その芯からの強さが羨ましいわ」
気持ちに整理がつけば、またケイは歩み始める。
「たまにはこんな時間も良いもの、ね‥‥」
雨に濡れつつ、薔薇たちをみながら少し切なく、でも優しい歌を口ずさむ。
その歌は雨へと溶け込んでゆく。
一方、章一と音は他愛ない話を同じ傘の下でしていた。
「俺の事は‥‥ユキ、と。気軽に、呼び捨てて構いませんから」
「うん、わかったよ、ユキ」
名前を呼ばれ、章一は柔らかく無防備な笑みを向ける。
「ひとつ、訊いても良い‥‥かな」
静かに切り出して、章一は、労わるような、優しい声で言葉を続ける。
「前に、今は一生懸命な事があるから‥‥と、話してくれたのは、覚えている?」
「うん、話したね」
「あ‥‥いえ、その、俺は‥‥っ少しでも、力になれる事はないか‥‥って、ただ‥‥心配で」
言葉を探しつつ、章一は言う。
「‥‥私にはね、兄がいるの。それがね、行方不明でね、探してるんだけど‥‥手掛かりみつけた、と思ってもそうじゃなかったり‥‥そんなこんなでちょっと煮詰まってたから、そう言ってもらえて嬉しい、かな。よし、それじゃあ手伝ってもらおう」
きっと迷惑いっぱいかけるけど、と音は続けるが、章一は笑んでそれを受け入れる。
しばらくまた、二人で話していれば、ふと章一は雨空を見上げた。
「雨空も‥‥良い物ですね。上がれば、虹‥‥見えるかな」
「見えるといいね」
雨脚はまだ、変わらずのまま。
雨が上がるのにはまだ時間がかかりそうだった。
まだ降りしきる雨。
もぞもぞと動くものを抱えたまま、真一が歩いていると正面から来るのはバルトレッド。
相手もそれに気づく、が視線はもぞもぞ動く、懐。
「お、バルト。丁度良かった‥‥さっきそこで拾ったんだが‥‥何か拭くものを持っていないか?」
「タオルくらいなら」
と、真一の懐から子犬が顔を出す。
「‥‥雨の中、放っておくわけにもいかないからな‥‥ああ、さっき確認したが外傷は無い‥‥ただ、少し腹を下し気味だが」
受け取ったタオルで子犬をわしゃわしゃと拭いてゆく。
水気と泥がとれた子犬は、また真一の懐へと頭を引っ込め、そして器用に丸くなっていた。
「しかし、アイツは元気だな‥‥普通はこんな雨の日に、心は弾まんだろうに‥‥昔からああなのか?」
「音ですか? 音は昔からあんなんですよ。今はまだ大人しいですけど、雨の日は後ろから突撃してきたり。何事も常に楽しくやるのが本人いわく一番らしいんですけど度を超えてます」
「‥‥羨ましい。俺は‥‥雨の日に思い出すのは嫌な事だけだ‥‥ずっと、黒い雨が降っていた‥‥そんな日を思い出す」
ビニール傘ごしに雨空を見上げていた真一はふと唐突に、バルトレッドに視線を向ける。
そして言葉も、唐突。
「‥‥バルトは好きな奴、居るか?」
帰ってくるのはいないという完結な言葉。
「‥‥薬袋‥‥とか。昔から一緒なんだろ? ‥‥気になったりしないのか?」
「それが一番ありません。親友の妹で、まぁ‥‥手のかかる妹ですね、どうあっても」
それは即答だった。
「真一さんはどうなんですか」
「特には居ないが、気になる人はいる‥‥誰とは言えない」
なぜかまったりと続いてゆく恋バナ。
「あら、お久し振りです、バルトさん。お暇なら、付き合ってもらえません?」
と、話をしていれば神森 静(
ga5165)の姿があった。話もキリのいいところ。
それじゃあまた、と真一とバルトレッドは別れる。
「御誘い、ありがとうございます」
「ふふ、他人からみればデートですね」
並んで歩きながら紫陽花を見つつ、ふっと静は笑みをたたえる。
「綺麗ですね? 紫陽花は、色変わるんでしたよね? そうですねえ‥‥女心も変わりやすいと言いますね?」
「紫陽花の色が変わるのが何故かがわかっていても、女性の心の動きは、本当にわからないものですね」
バルトレッドは笑って言う。
「奥が深すぎて、振り回されるばかりですね」
それからまた少し、他愛のない話をして静はこの辺で、と別れを告げる。
「本日は、どうもありがとうございました。また仕事の時は、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
雨の中、静はその場を離れ行く。
「ほむ、ケイオンさんは何故か哀愁が漂っています?」
「あ、連さん。こんにちは」
と、紫陽花の間からひょっこり顔をだしたのは連だった。
少しびっくりしたもののバルトレッドは笑みを向ける。
「雨の日、楽しんでますか?」
「ほむ、私は幸せ者なのです」
連はにへらと笑って言う。みんながそれぞれ素敵な笑顔で過ごしているのをみて、だ。
「あの頃以上の思い出、作れたみたいです」
「良い思い出がいっぱいできてよかったですね」
「はい!」
そしてまた賑やかな場所へと、二人は戻っていくのだった。
ひとりでのんびり、ぶらぶらとしていたなつきはアンドレアスを見かける。
沈んでいたはずの彼が、いつもの明るさを取り戻しているのをみてふっと笑みがこぼれた。
「やっぱり、大丈夫だった」
なつきは、なつきの大切な人の事を想う。
今彼女の心の内にはさまざまなものがあった。
それを他人にはうまくオブラートしているものの、自分でも驚く程に堪えていた。
「雨が止む頃には、また、心から笑えるように‥‥」
なろう、と雨空を見上げる。
「‥‥空に向かって降っている様にも見えますね」
虹はみれるだろうか、とそんなことを思いつつ、なつきの歩みはまた進む。
そして彼女はいろいろなものが広げられた東屋の前を通る。
哲学書や心理学、法律や医学書、科学書に詩集や経済書‥‥メインテーブルにはやりかけのチェス、それにワインとグラス。
床には空ボトルがごろごろとあった。
その東屋の今の主はUNKNOWNだったが、今その姿はなかった。
ワインが空になった、と調達し、戻ってくるのはこのすぐ後のこと。
戻ってきたUNKNOWNはいつの間にか一手進んでいるチェス盤をちらりとみて、ナイトを動かす。
雨に濡れて濡れる髪を掻き揚げ、ワインを注ぐ。そしてまた椅子に座り、ゆったりと足をくんで本の続きを読み始める。
そこへイスルが通りがかり、なんだか居心地が良さそうだと休んでゆく。
持ってきた飲み物を飲んでまったり。
そんな時に、相変わらずの悪戯っこたちが現れて、ぴゃっと水鉄砲で攻撃。
それを受けたイスルはきょとん、とするがレティから残念賞、と飴玉をもらうとどこか嬉しそうだった。
と、悪戯っこたちを追いかけてきたアンドレアスと、はたりと目が合う。
「‥‥のむ?」
「飲む」
少しずつ人が増えていく東屋。UNKNOWNはそれを暖かく見守る。
「‥‥ま、どうにもならねぇコトは、飲んで忘れる!」
イスルに酒を注いでもらい飲み始めるアンドレアス。
それと同じくして、減っていたUNKNOWNのグラスにワインが注がれる。
そしてもう一つのグラスにも。
その注ぎ主は啓吾だった。
UNKNOWNは軽く目を瞑りみせる。
「――皆に、乾杯、だ」
静かにグラスを掲げて、二人はワインを飲む。
言葉はなくても、問題ない。
「蝸牛枝に這い、神、空にしろしめす。すべて世はこともなし、さ」
しんしんと降る雨音。
と、ことり、と二つのグラスが言葉なくおかれる。
花弁の浮かんだスコッチは悠とレティからだった。
その横には『追うべき背中、並ぶべき肩へ。一時の休息を』とあるメッセージカード。
二人でそれをおいて、また雨の中へ。
悠はまだもう少し、大切な人との時間が続けば、と空を見上げる。
「偶にはこんな日も悪くない‥‥くしゅんっ」
レティは呟くと同時に小さなくしゃみをする。
悠はあとで温かいものを飲もうね、と笑うのだった。
まだ雨はやまず。
思いも止まず。
想いも止まず。
それでも明日はやがて始まる、ひと時の雨中の休息。