タイトル:牛乳に相談?マスター:あいざわ司

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/08 01:34

●オープニング本文


 ライラは悩んでいた。
 16の時にパティシエとして修行を始めて8年。念願の自分の店を構えて3年。近所でもそれなりに評判になり、軌道に乗ってきた所だった。もしかすると人生で最大のピンチは今かもしれない、と思っていた。
「うーん‥‥」
「眉間に皺よせると、綺麗な顔が台無しです店長」
「そんなお世辞はいいから! なんとかする方法考えて!」
 お世辞だった。別段美人でもない。愛らしい、という方が当てはまる。
「もう別のを使うしか‥‥」
「ダメよ! 秋の味覚は乙女心に敏感なの! モンブラン! 他にもマロングラッセに栗きんとんに!」
 女性店員は、どっかで見た展開だよな、とか、最後の1つは関係ないよな、とか、乙女って歳でも(略)とか思ったが突っ込まないでいた。
 秋と言えば栗。栗と言えばモンブラン。という事で、ライラは店でモンブランを中心メニューとした栗フェアを開こうとした。開こうとしたが、今日に限って牛乳が届かない。「契約牧場から直送」とかいうブランド品なのだが、連絡も無く届く気配もない。
 ところが。
「て、店長ぉ、ぼ、牧場から電話で‥‥」
 電話を取ったバイト君が、悩み抜いていたライラに情報をもたらした。
 いわく、牧場に夜な夜なキメラが現れて乳牛を1頭、また1頭と獲物にしているという。なんでも、深夜牛舎に進入し、手前のケージから毎日1頭づつ、朝になるとケージの中に犠牲になった乳牛の骨だけが残っていて、今日で3日目、つまり3頭目の犠牲を出した所で、出荷どころの騒ぎではないらしい。
「皆! キメラ倒しに行くわよ!」
 この人は何を言ってるんだ、と皆一様に思ったが、鶴の一声、ライラを先頭に、総勢6名。牧場に来ていた。
「罠をしかけるの!」
 そう言ってロープの一端を輪にして結び、その中にもう片方を通し、大きな輪になったロープをケージの前に仕掛け、ロープの端は牛舎の梁に引っ掛け、ライラはもそもそ梁の上に登り、梁に引っ掛けたロープをどこからか拾ってきたデカい石にくくり付けた。今時ねずみも引っ掛からなさそうな実に原始的な罠である。
「キメラが通ったら石を落とすのよ! そうすれば足をくるくるっと巻き取れて一網打尽って寸法よ!」
 ライラが訳の解らない事を言い始めたので、他の5人は一斉に止めた。が、ライラは聞かなかった。意固地である。
「ぜったいキメラ捕まえてやるんだから!」
 言い出したら聞かないライラに、一同は護衛を付けることでしぶしぶ了解させた。ただ、「石を落とすのは私がやる!」と言って聞かない。
 電話を取ったバイト君は、手段と目的が入れ替わってやしないかと思ったが、口に出さないでおく事にした。

●参加者一覧

五十嵐 薙(ga0322
20歳・♀・FT
アヤカ(ga4624
17歳・♀・BM
アンジュ・アルベール(ga8834
15歳・♀・DF
オブライエン(ga9542
55歳・♂・SN
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
ティル・エーメスト(gb0476
15歳・♂・ST
城田二三男(gb0620
21歳・♂・DF
フィオナ・シュトリエ(gb0790
19歳・♀・GD

●リプレイ本文

●ライラを止めろ!
「あの、私たちは、きっとキメラを退治出来ます。でも、私たちにはライラさんのように素敵なお菓子を作ることはできません‥‥」
「‥‥ん。怪我したら。料理作れなくなる。そうすると。お客さん悲しむ。私も悲しむ」
「お怪我でもして、大好きなお料理が出来なくなっては大変です!」
 アンジュ・アルベール(ga8834)、最上 憐(gb0002)、そしてティル・エーメスト(gb0476)が揃ってライラを囲む。ひどく原始的な罠を仕掛けると言い張って聞かない彼女を、危険なキメラとの戦闘から遠ざけるために。だが、ライラはまたしても聞いていない様子だった。
「かわいい〜〜! 名前は? 名前何て言うの?」
 目をキラキラさせている。
「‥‥ん。最上憐」
「えと、ティル・エーメストです」
「あの、アンジュ・アルベールと申します、それでですね、ライラさんの――」
 アンジュの話をまったく聞いていない。ライラの目の輝きが増した。
「憐々に、ティルぽんに、ジュンジュンね!」
 妙な渾名を付ける。センスの欠片も無い。ちょっと、と云うかだいぶ困惑の表情で、ティルがまた説得の口火を切った。
「はうぅ、ラ、ライラ様のお仕事は、美味しいお菓子を作ることなのです」
「‥‥ん。キメラ倒したら。凄くとても。お腹空く。だから。何かおいしい物。作って待ってて」
「あの、ライラさんに、今私たちの力が必要でありますように、私たちには、ライラさんのお力が――」
 アンジュの言葉は遮られた。
「か〜わ〜い〜い〜〜!」
 何故なら、ライラが3人いっぺんに抱きしめたからである。

 3人はライラに抱きしめられたまま、しばらく固まっていたが、最初にこの想定外の状態異常から回復したのはティルだった。丁度ライラの正面に居たティルは、抱きすくめられた時にぴったり彼女の豊かな胸の谷間に顔を埋める格好になり、耳朶まで真っ赤にしながらライラを見上げる。
「うぅ、あ、あの、えと、ライラ様――」
 ライラがぱっと3人を放し、少し腰を折り曲げ、ティルと目の高さを合わせた。
「ティルぽん、ライラ様、じゃなくて、おねーさん! 皆も! さぁ言ってみて?」
 何故かライラの左手は憐の頭を優しげに撫でている。
「え、えと、あの、ラ、ライラさ‥‥お、おね‥‥え様」
 顔を真っ赤にしながら素直に答えたティルは、完全にライラの中の何かに火をつけた。
「きゃ〜〜! ティルぽんかわいい〜〜!」
 幾つなの? とかティルを抱きしめたまま聞いてるライラを憐は見遣り、アンジュのすそをくいくいと引っ張る。
「‥‥ん。説得は。無理かも」
「そうですね‥‥ティルさんも、シュトリエさんもいらっしゃいますし、何とか3人でライラさんはお守りします」
「‥‥ん。牛舎に。入らないうちに。片付ける」

 ライラはやっとティルを離すと、ずびしっと人差し指をティルの鼻先に突き付けた。
「ティルぽんは牛乳飲んで大きくなるのよ! おねーさん頑張ってキメラ捕まえるから!」
 3人とライラを見守っていた店員達は、顔を見合わせて、大きな溜息を吐いた。

●手懸りを探せ!
「‥‥よくもまぁ‥‥腹立つのはわかるがここまでやるなんて、な‥‥」
 ライラが牛舎のケージの前にぐるりと張り巡らせたロープを見て、城田二三男(gb0620)が吐き捨てる。
「痕跡が見つかればハッキリしやすいんだけどねー。牛の骨だけ残ってたってのも気になるけど」
 きょろきょろと、フィオナ・シュトリエ(gb0790)が被害に遭った牛舎の周囲を丹念に見て回る。と、歩き散らかされたケージの周囲に、人の物でも牛の物でもない足跡がある事に気付く。フィオナの横でオブライエン(ga9542)も同じ痕跡を見た。
「足跡‥‥犬か‥‥いや、猫科のようじゃの」
 牧場に犬はいた。足跡はその犬にしてはデカい。歩幅から人と同じくらいの大きさであるらしいと睨む。どうやら1匹らしい。さらに夜行性である。
「鳴子とか‥‥罠を‥‥仕掛けては‥‥どうでしょうか」
 五十嵐 薙(ga0322)の提案に一同が頷く。足跡らしきものを追いかけて牛舎を出て行ったアヤカ(ga4624)が戻ってきた。
「北ニャね! 北の森のほうから来てるニャ!」

 牛舎北の森に沿って鳴子は張り巡らせた。城田は牛舎の南側に控え、ランタンを設置し、まだ見ぬキメラの逃げ道を塞ぐ。
「‥‥無いよりはましって奴でな‥‥さて、あっちの罠はどうするかな‥‥」
 あっちの罠、つまり酷く原始的なライラの罠だが、フィオナにアンジュ、ティルが何とかするだろうと、考えるのをやめる。
 アヤカは真っ先に牛舎の隣のサイロに登った。
「暗視スコープ、おーん!」
 まだ暗くなってもいないのに準備万端のアヤカのセーラー服が、広大な牧場の緩やかな風にひらひらはためく。
 牛舎の正面、藁束の積み重ねられている横にランタンを置いて、薙は草むらに仰向けに寝転んだ。
「キメラ退治じゃ‥‥なかったら、寝ころんで‥‥星を、見ていたかった‥‥な」
 そうして暮れてゆく夕焼け空をひとしきり眺めてから、うつ伏せに寝返ってキメラの襲来に備える。
 牛舎と森の丁度中間くらいの位置に止めてある軽トラックの屋根にランタンを乗せると、憐は車の下にごそごそと潜り込んだ。
「‥‥ん。じっと。隠れてると。お腹空く。栗の為に。頑張る」
 潜り込む前に食い溜めはしてきたが、足りないらしい。手元の温泉まんじゅうは、覚醒した後の為に取っておく事にした。
「まだ少しばかり、ヤツが出てくるには早いかの」
 牛舎の入り口の屋根の上に陣取るオブライエンが双眼鏡を手に呟く。手元には牛舎の照明のスイッチを引っ張ってきた。ここの明かりと、3箇所に設置したランタンの明かりで、一斉にキメラに攻撃を加える手筈になっている。逃がす気は無かった。

「耐久力には自信があるから、遠慮なく盾にしちゃってね。絶対に守るから」
「た、頼むわね‥‥、い、石はわた、私が落っことすから‥‥」
 流石に、時間が近づき緊張感が高まるにつれ怖くなってきたのか、ライラはフィオナの背中から出てこようとしない。と、そこへ、牧場からキャンペーンなどに使う牛の着ぐるみを借りてきたアンジュとティルがやって来た。
「ふふふ‥‥かもふらーじゅはカンペキです」
「あは、なんだかちょっぴり恥ずかしいですね」
 アンジュは月詠、ティルはユンユンと、2人共背中に自分の背丈とさして変わらない得物を差している。フィオナの背中からひょこっと首だけ出して2人を見たライラの目の色が変わる。アンジュとティルは、ライラの視線を感じ取って硬直した。

●ヤツが来た!
 それは思ったより早くやって来た。
 丁度夕食時。憐のお腹が空きすぎる直前くらいに、張り巡らせた鳴子がカラカラと乾いた音を立てた。牛舎の外で待機していた5人は一斉に覚醒し、臨戦態勢を整える。この時、陽が落ちて暗くなった牛舎の中からはごそごそ物音とこそこそ話し声が、アンジュとティルの2人が配置についた時からずっと聞こえていたのだが、ぴたりと止んだ。
 キメラは鳴子を避ける気がさらさら無いのか、それとも気付かなかったのか、ずるずる引きずって歩いているらしく、カラカラカラカラと音が止まない。屋根の上から暗視スコープでキメラを追っていたオブライエンが、頃合いを計って照明を付ける。それを合図に、3箇所のランタンも光る。

「‥‥ん。牛。3頭分」
「‥‥化け物め、消化しきれてないんじゃないのか」
「お腹に3匹分詰まってるニャね」
「なにあれ? 3頭分って事?」
「世界一重い猫、とかで記録になりそうじゃの」
 光に照らし出された猫キメラの姿を見て、5人は同時に、同じ感想を抱いた。それはどこかの写真でみたような、でっぷりとした腹をしていて、それが牛3頭を食べたからなのか、それとも最初からそうだったのかは解らない。

「じゃーんぷ!」
 猫ってのはなんでびっくりすると止まるんだろう、と、そんな事を考えながら、急なライトアップで立ち止まっている猫の背中に、アヤカはサイロの上からダイビングした。ぼすっと、背中がアヤカを受け止める。
「あんまりもふもふしてないニャ」
 どうやらあまりアヤカには気に入らない触り心地だったらしく、そのまま背中にルベウスを突き立てる。
「‥‥隠れてつまみ食いはお行儀が悪かったな? 化物」
 城田が猫の前に飛び出し、進路を塞ぐ。同時に、猫の後ろには憐が瞬天速で飛び出し、退路を断った。
「‥‥ん。逃がさない」
「牛さん達を、みんなを悲しませた罪は重いよ!」
 牛舎の正面から出てきた薙が流し切りを加える。と同時に、オブライエンの狙撃によって、猫の眉間に矢が突き立ち、あっさり猫は動かなくなった。

 少し時間を巻き戻す。
 牛スーツを着たアンジュとティルを見たライラは、獣が狩りをするかのように、フィオナの背中から飛び出して、「かわいい〜」とか「どこで用意したの〜?」などと言いながら、また2人をぎゅううっと抱きしめた。アンジュとティルは見る見る困惑し、フィオナは呆れ返った。
「あ、あの、キメラが――」
「いやーん、ジュンジュンかわいい〜」
「うぅ、え、えと、ライラさ、‥‥おね、え様」
「ティルぽんはいい子だね〜」
「ちょっとあんた達、いい加減にしないと、護衛しなきゃならないのに! 守れる物も守れなくなるよ!」
 フィオナがたしなめる。
「そうです、ユンユンで、ライラ様も、アンジュ姉様も、お怪我なさらないように絶対にお守りするんです」
「あの、私たちで囮になりますので、ライラ様はその間にお逃げください」
「そうよ! フィオちんだけが頼りなの! ジュンジュンとティルぽんが牛と間違われて襲われでもしたら!」
「‥‥は?」
 物凄く不審そうな目をフィオナが向ける。牛スーツでのカモフラージュが完璧だと思っている人間が、この牧場に3人だけ居た。

●レッツパーティー!
 所変わってライラの店。入り口ドアには「閉店」の札を下げたまま、8人に貸切状態。さっきまで栗の皮をせっせと剥いていたと思ったら、ライラはどこからか大量の果物を抱えてきた。ぶどう、もも、なし、どれも秋の果物。
「あの‥‥栗の‥‥お料理じゃ‥‥ないんですか?」
 甲斐甲斐しくライラの手伝いをしていた薙が尋ねる。
「食欲の秋なの! 栗だけじゃ勿体無いでしょ?」
 ぱちん、と左目でウィンクし、「ささ、なぎなぎは泡立てて! ホイップホイップ!」と、実に嬉しそうにライラが答える。薙もセンスの無い渾名の犠牲になった。
「栗とは関係無いけど、フィオちんの為にプロのザッハトルテを作ります!」
「おおぉ!」
 高らかに宣言し、目を輝かせるフィオナの鼻先にずびしっと人差し指を突きつける。
「いい? フィオちんはプロの技を盗むのよ! メモの用意は?」
「ばっちり!」
 懐からメモ帳を取り出して見せる。
「OK! じゃ、始めます!」
「よろしくお願いね! 先生!」
 楽しそうな2人を、薙は手をちょっと止めて、楽しそうに眺めた。

「‥‥ん。おいしい。沢山食べる」
 ショーケースとカウンターの横、通りに面した窓際の小さな喫茶スペースが、パーティー会場に早変わりしていた。いくつかの丸テーブルの上に、モンブランやらタルトやらロールケーキが並んでいるのだが、憐は食べ足りないらしく、ショーケースからホールごと持ち出している。
「うまうまニャ〜」
 マロングラッセとマロンパイ、それからシナモンティーを交互に食べるアヤカは、飲んでもいないし覚醒もしていないのに妙にテンションが上がっていた。それこそ、いつ歌いだしてもおかしくない。店にカラオケの設備など無かったが。
「‥‥たまにはいいな‥‥こういうのも‥‥」
 城田が紅茶を飲みつつ、オブライエンと一緒に栗きんとんを突いている。
「こういうもんは頂いておくのが礼儀じゃと言うもんじゃての?」
 オブライエンのリクエストで、普段は店にない栗きんとんがライラの手によって作られた。城田とオブライエンは、幸か不幸か、ライラの珍妙なセンスの渾名の犠牲にはなっていなかった。ショーケースに並ぶケーキのデコレーションは素晴らしく美しいのに、あのセンスは何故だ、と城田は疑問に思わずにはいられない。
「ほれ、ティルもアンジュも遠慮なく食べるんじゃよ」
「はい、頂いております」
 アンジュはそう答えたが、ロールケーキを一切れ食べた所でお腹いっぱいになり、後は次から次へとティルに分けていた。
「えと‥‥こちらもどうぞ? お召し上がりください」
「あは、もうモンブラン3個目なのです。アンジュ姉様はもう頂かないのですか?」

 薙とフィオナを引きつれ、ザッハトルテを抱えたライラが厨房から現れたのはその時。トルテのホールをフィオナに預け、アンジュとティルの2人をまた抱きしめた。
「ジュンジュンもティルぽんも、もっと沢山食べて大きくなるのよ! 憐々みたいに!」
 憐は一心不乱に食べている。が、笑顔なので味も量も満足しているのだろう。
「あたしも抱っこするニャ〜!」
 ライラ達3人を見て、酔っ払ってるのかと思うくらいテンションの高いアヤカが反応する。
「アヤにゃんもおいで!」
 ライラが答える前に、もうアヤカは飛びついていた。
 アンジュとティルはまた困惑の表情で、お互い顔を見合わせた。「あ、あの、ライラさん‥‥」とか「えと、く、苦しいのです‥‥」とか小さく抗議してみるが、聞いている様子は無い。ライラとアヤカは、まるで飼い猫にするそれのように頬をすりすりすりすりしてくる。また耳朶まで真っ赤にしたティルが、オブライエンに助けて欲しそうな視線を送る。が、オブライエンは慈父のような優しい表情で4人を見ているだけだった。
 アンジュとティルは、もう少しの間、アヤカとライラの腕の中で困惑する羽目になった。