●リプレイ本文
●アニーの元へ
部隊内で「貴重な作戦士官」というアニーの立場は、集まった8人の想像を超えていた。彼らが要求したのは、装甲兵員輸送車もしくは装甲戦闘車、それから離脱時の支掩用の攻撃ヘリだった。ところが、この陣容である。
8人が乗る装甲戦闘車の後ろに、空の装甲戦闘車がもう1両。さらにその前後を、同じ型の車両を索敵及び戦闘に特化させた偵察警戒車が1両づつ。「万が一」とか「予備」とか「小隊単位だから」とかごちゃごちゃ言いながら、車両チームの中尉が引っ張り出したものだ。そして、その4両を空から見下ろすヘリ3機。1機はアニーが墜落させたのと同じ型の観測ヘリ。もう2機は、装甲戦闘車が攻撃を受けた場合を考えてお馴染みのUH−60が選ばれた。但し、出撃前の十数分であっという間にスタブウィングが取り付けられ、対地ミサイルとロケットランチャー、さらには20mm機関砲とガンナー付きという、即席攻撃ヘリに仕上がっていた。
このままでちょっとした敵拠点でも落とせるんじゃないか、という陣容で、8人はIFVのキャビンに揺られていた。
「あのアニー君が覚醒を‥‥いやはや恐れ入ります」
「無茶をしてないといいんですけれど」
須賀 鐶(
ga1371)に美環 響(
gb2863)が心配そうに答えた。美環の表情に本当に心配の色がありありと見て取れるのを、煙草を咥えたままファファル(
ga0729)がちらりと一瞥して、「ふむ‥‥難儀な話だな」と零す。
「や。良いと思いますけどね。ギャップが素敵」
ディーゼルエンジンの騒音の中、ファファルの呟きを聞きつけた須賀が答える。優(
ga8480)は以前須賀、そしてアニーと一緒になった時の事を思い出し、なんだか須賀さんて人は飄々としてて掴み所が無いな、とぼんやり思ったが、
「救援、いえ、増援は速度が命‥‥といったところですか」
斑鳩・八雲(
ga8672)の言葉に、意識はまたアニーの場所までの到着時間とか、そういった事に囚われた。
「そろそろ、到着でしょうかね」
綾野 断真(
ga6621)が、履帯から伝わる振動が舗装路のそれから未整地のものに変わったのを逸早く感じ取って、7人に声を掛ける。車内の空気が、出撃前の緊迫感で一変した。
「手筈どおり、ツーマンセルで行きましょう。須賀さんとファファルさんは突っ走ってください」
神撫(
gb0167)が言うのとほぼ同時に、IFVは180度向きを変え、森に向かって後部ハッチを開放する。
「さて、行こうか!」
自分に気合を入れるかのように、翡焔・東雲(
gb2615)が叫び、一同は覚醒し、IFVから飛び降りた。
「では行きますか。俺がもし足止めを喰らったら、構わず先に行って下さいね」
「‥‥急ぐぞ」
須賀とファファルが視線を交わし、真っ先に森に飛び込む。神撫は無線を取り出していた。
「こちら増援部隊。あと少しで到着する。それまで待っろよ。」
すぐに、かわいらしい怒鳴り声が帰ってくる。
『おっそーい! ハーピーに逃げられます! 今ヘリが飛んでる真下ですよ! ラペリングとかすればいいじゃ‥‥ひゃぁああ!』
ぶつん、と通信は途切れた。
「‥‥もしもし、アニー応答せよ、アニー!」
「まずいな、こっちも急ごう」
翡焔の言葉に急かされるように、6人も森へ飛び込んだ。
「あいたたたた‥‥」
無線機に叫びながら猛然とハーピーを追いかけていたアニーは、蔦に躓き、ギャグ漫画のようにまっすぐ転び、彼女の無線機はただのスクラップになっていた。
●おまたせしました
アニーの残した手懸りは「ヘリの真下」だった。そして、木々の隙間から覗くと、観測ヘリが1箇所でホバリングをしていて、その周囲を1機のUH−60が旋回機動している。上空から見れば、ヘリの墜落場所を見つけるのは簡単で、さらにその周りをぴょこぴょこ飛び回っているアニーを見つけるのも簡単で、8人は観測ヘリの無線誘導を受けながら走っていた。
そして、さしたる妨害も無いまま、8人の目にはヘリの墜落でダメージを受けたのであろう木々が見えはじめ、耳には銃声と、威勢だけ良い声が聞こえてきた。
「元気そうでは、ありますね」
「ラペリングとか、無茶を言う余裕はありそうです」
綾野と斑鳩が苦笑いを浮かべる。真っ先に走り出した須賀とファファルは、ハーピーの中を飛び回るアニーを見つけていた。傍からはどう好意的に見ても囲まれてピンチなのだが、本人はまったくそんな意識は無さそうに見える。
「‥‥あれで作戦士官か?」
思ったままファファルが口にしながら、シエルクラインでハーピーに牽制を与える。銃声でこちらにこちらに気付いたのか、アニーが振り向く。それも満面の笑顔で。が、笑顔は一瞬で消え去り、迫力のないふくれっ面に変わる。
「遅いです! 至急って言いましたよ! し・きゅ・う! ‥‥ってあれ? 2人だけ? もぅ――」
何か言いかけたアニーに、「後から来ますよ」とだけ答え、須賀はアニーを墜落したヘリの陰に押し込んだ。「背中は任せておけ」とファファルが陰を塞ぐように立ち、ハーピーに牽制を加える。
「ちょ、何を――」
須賀は、また言いかけたアニーの唇に人差し指を当て、「怪我してるでしょう。殲滅は治療してからです」と、墜落した時か、もしくはハーピーにやられたのか、それともさっき転んだ時か、掠り傷から血を流すアニーの左肩の応急処置を始めた。須賀に気圧されたのか、彼女は黙って処置を受けた。
追いついた面々は、ファファルが牽制をするハーピーを1体づつ引き剥がしにかかった。神撫のスコーピオンは、ハーピーの動きを制し空中で釘付けにする。綾野はその一瞬を見逃さず、彼のライフルの一撃はハーピーから飛ぶ力を奪った。墜落するヘリのように、片羽だけでばさばさと無駄にあがきながら落ちてきたハーピーを、神撫のイアリスによる流し切りが出迎えた。
「これで堕ちなよ!」
1体はあっさりと息絶えた。
翡焔の刀は空を切った。ハーピーの爪が彼女の右肩を捕らえる。
「くっ!」
「翡焔さん」
ハーピーが攻撃のため高度を下げた瞬間、優の月詠が翡焔を捕らえた爪先を貫く。そのまま地上に落ちたハーピーに対して、2人共同じ事を考えていた。
「右を」
「左っ!」
翡焔と優の声が重なり、2人の流し切りによって、2体目のハーピーは両翼を失った。
自身障壁によって美環は斑鳩の遮蔽物のように動いた。ハーピーの爪を美環がイアリスで受け流し、斑鳩が美環の肩越しにショットガンを撃つ。散弾はハーピーの翼を掠め、羽根が飛び散る。落ちる瞬間、ハーピーは美環の足に爪を立てた。しかし美環は怯まず、目の前の化け物にイアリスを突き立てた。同時に美環の背から動いた斑鳩がショットガンを放つ。今度はキメラの頭部を捕らえ、そこは散弾によって四散した。
「汝の魂に幸いあれ」
動かなくなったハーピーからイアリスを引き抜きながら、美環が祈りを捧げる。
肩に包帯姿で、やる気まんまんのアニーがヘリの陰から出てきたのはその時だった。
「よし、皆さん! ハーピーを包囲し‥‥、‥‥あれ?」
ハーピーは、もう居ない。
●ぐったりアニー
タチが悪いとはよく云ったもので、もう戦闘が終わったと言うのに覚醒を解かないアニーは「車両に戻るまでが戦闘です」とか言い出し、8人にあれやこれや指示を出し始め、「前衛と後衛はこうです!」とか配置を決めるし、美環などは探査の眼を使わされる始末で、もっとも美環はアニーが無事だった事に安心し、喜んで使わされていた節があったり、須賀などはアニーの言う事に一々ハイハイといい顔で返事をし、面白いモノでも観察するようであったし、他の男性陣も苦笑いを浮かべながらも指示に従ったが、女性陣は一様に呆れ顔だったのをアニーは知らない。
アニーの顔色が変わったのは、そろそろ森を抜けようかとする頃で、30mm砲の発砲音が彼女の耳に届いてからだった。神撫の無線機を借りて連絡を取る。
『ピスケス2、状況が変わった。ヘリを空けてある。先に待避してくれ!』
そう言って無線は切れ、頭上をヘリが飛びながら、ロケットランチャーを掃射していった。「急いで!」と急かすアニーに釣られ、森を抜けると、どこから現れたのか、別のキメラに対して4両と1機のヘリは攻撃を行っていて、もう1機のヘリはいつでも離陸できる状態で目の前に待機していた。「ここにも戦力があるから戦えます!」とか言い出すアニーの説得を一同は諦め、ファファルと翡焔がじたばたする彼女を無理矢理ヘリに押し込んだ。味方機は無線越しに異口同音、「厄介だから早く行け」と苦笑いで、9人を乗せたヘリは、観測ヘリの先導を受け帰投した。
ヘリのキャビンに座ったアニーは、最初は戦況を身を乗り出して眺めていたが、高度が上がってくると諦めたのか、真っ直ぐ向き直った。で、だんだん顔が下を向いていって、仕舞いには完全に小さく、縮こまって俯いてしまった。見かねた綾野が声を掛ける。
「結果だけを見れば上々です、複数のキメラを足止めして、こうして生きて帰ってるんですから」
返事は無い。
「もう少し覚醒した自分というものを肯定的に見てみませんか? 覚醒したアニーさんが培った、残したものがあるはずですよ」
肩が小さく揺れる。
「私は覚醒したアニーさんも普段のアニーさんも立派だと思いますよ。あなたの帰りを心配して待ってる人もいるんですし、笑顔で帰りましょう?」
アニーの眼鏡は、ぼろぼろぼろぼろ零れ落ちる涙で水溜りになっていた。
●キニスンナ
ブリーフィングルーム。アニーは全員の視線を浴び、突っ立ったまま俯いている。
「ホラ、あんた助けてもらったんだから、お礼くらい言いなさい?」
同僚の女性士官が促す。アニーとは正反対の、ショートカットで快活そうな印象を受ける女性で、マヘリアとか云うらしい。そのマヘリアをアニーはちらっと見上げ、また俯く。
「あ、あの‥‥」
言葉が出ないらしい。と、神撫がアニーに歩み寄り、抱きしめた。
「無事でよかった。遅くなってごめんね‥‥」
アニーの頭を、神撫の手が愛しむように撫でる。眼鏡の奥が、酔ったのかと思うくらい急に朱を帯びた。「おぉ!」とマヘリアがニヤつく。
「たまに激情に駆られるのはしょうがないさ。俺がいる時になるならいい――」
残念ながら神撫は言いたい事を最後まで言えなかった。なぜなら、アニーが突き飛ばしたからである。ふらついてパイプ椅子を倒す神撫に、「あ、ごめんなさい、そういうんじゃなくって! 驚いて!」とかもごもご言いながら、ぴょこんぴょこんと5回くらい頭を下げ、ぐったりした様子で手近な椅子に腰掛け、また俯いた。神撫は苦笑いで頭を掻いている。そして多分、神撫本人よりもマヘリアががっかりしていた。
座ったアニーに、美環がチョコを差し出す。アニーはほとんど無意識なのかと思うくらい表情を変えず受け取って、口に入れた。
「おいしいでしょう? 生きているからそう感じるんですよ。今は唯この幸せに身を任せましょう」
そう言いつつ、美環がアニーの前にお菓子を次々に差し出していく。
「あ‥‥あ、ありがとうございます。私もチョコは‥‥好き‥‥です‥‥」
甘いものの山に一瞬目が輝いたように見えたが、だんだんトーンが下がっていって、アニーが俯くのに比例して、またマヘリアの表情が曇ってゆく。
「チョコお好きなら‥‥今後とも、よろしくお願いします」
須賀がどこからか取り出したチョコを差し出すと、アニーはまた無言で受け取る。今度は見兼ねたファファルがアニーにミネラルウォーターを渡す。また無意識なのかと思うくらいに受け取って、1口、2口と飲んだ。
「気にするなと言わん‥‥性格が変わるの珍しくない。だが、覚醒時も紛れもない貴様自身だ」
「そう‥‥ですよね‥‥」
「その自分とうまく付き合うこと‥‥それが貴様のすべき事だ」
アニーは一度ファファルの顔を見上げ、大きく溜息を吐いた。
「落ち込んでいる暇は無いんじゃないですか? 始末‥‥報告書とか、書かなくてはならないのでしょう?」
優の言葉に、アニーは何かを思い出したように顔を上げた。翡焔と目が合う。翡焔はそのままアニーに近づくと、両方の頬を思い切り引っ張った。
「い、いはい〜〜! あにふるんれふか〜〜!」
何を言っているのか解らない。
「次にあんたを救助することがあったら、お返ししてくれていいよ。‥‥もうそんなときはこないと思うけど、な」
「まぁ、まずは部隊長にこってり絞られてくることだ」
ファファルが楽しげに笑った。優も釣られて笑っている。
「よしアニー、中佐んとこ行って怒られてきな!」
「うん‥‥、皆さん、ご迷惑をお掛けしました。ありがとう」
マヘリアに促され、アニーはブリーフィングルームを出ていった。
「ちょっと元気になってくれましたね」
優が微笑みながらアニーの背中を見送り、パタン、と扉が閉まったブリーフィングルームにはどっと安堵の空気が流れた。
「彼女、随分と浮き沈みが激しい様で」
壁にもたれて一部始終を見ていた須賀がマヘリアに尋ねる。
「普段が無理してんのよ、あの子。なまじ学校をいい成績で出ちゃったもんだから作戦士官なんかさせられて、彼氏いない歴7年。23にもなって女1人はいろいろあるのよ」
「真面目な方なのですね。個性と割り切れれば良いのでしょうが‥‥」
マヘリアの知った風なセリフに斑鳩が返す。
「対症療法ですが、アニーさんが覚醒せずに済むよう護ってくれる方でも居れば良いですね」
この時、マヘリアの頭の上で豆電球が光った。
「それよそれ! 合コン‥‥いや軍から合コン依頼とかマズいわね‥‥ダミーの依頼出して飲み会やりましょ! 2週間くらい後がいいわね‥‥あの子も連れてくから! あんたたち絶対集まるのよ!」
訳の解らない事を言い残して、マヘリアもブリーフィングルームから出ていった。ぽかん、と呆気に取られる一同。綾野だけが、うちの店使ったらいいんじゃないかな、とか違う事を考えていた。