タイトル:聴聞会マスター:あいざわ司

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/09 15:55

●オープニング本文


 ステファンに飛行禁止措置が取られたのは、帰投してすぐだった。
 原因は「友軍機を誤射したため」らしい。全く身に覚えが無い。
 いや、身に覚えが無い訳ではない。
 奴らが落とした、たった一機で突出していた敵機だ。
 ‥‥敵機だった筈だ。
 敵味方識別信号は、友軍機である信号を発していなかった。ステファンはそれを確認したし、あのKV乗りの奴らも確認した筈。
 但し、目視で確認はしていない。
 距離があった。雲を隔てた数十マイル先の砂粒の形を、正確に認識出来る筈はないのだ。
 しかし奴らはどうだ。
 KVの射程まで接近すれば、目視できるかも知れない。けれど気象条件にもよるだろうし、戦闘状況にもよるだろう。奴らは、落とした敵機が、ヘルメットワームだとも、キメラだったとも言っていない。
 姉にはまだ、弟が当事者だと知られていないらしい。両親にも伝えていないし、伝える気もないが、いずれどこからか親切でお節介な馬鹿が現れて、現状を知らせるだろう。
 じいちゃんならどうするだろうか、と思う。自分の見た戦場と、自分の下した判断が正しかった事を、どうやって証明するだろうか。
 やはり、何故誤射という事になったのか、納得が行かない。
 聴聞会は、明後日に迫っている。

「よ、どうだ調子は」
 マッカラムは目の前を歩く男を呼び止める。名はクロード・ボルデ、階級はマッカラムより一つ下の少尉、二人は共に軍属の法務官であり、弁護人であり、今回の誤射事故の担当であった。
「今回はどうする?」
 振り向いたボルデの返事を待たず、マッカラムは捲し立てる。
「PMCはまぁ別として、例の若い士官は? 飛行資格取り上げて転属くらいが妥当な線かと思うけど?」
 ジョン・マッカラム中尉。所謂「やり手」で知られている。交渉能力が高いとされて、司法取引で譲歩できるぎりぎりのラインを引き出す遣り口は、一部の人間から嫌われていた。
 今回もご多聞に漏れず、「どうする」と云うのは取引の事で、落とし所を探るためのブラフだ。尤も、彼と友人でもあるボルデは、その遣り口をよく心得ている。
「取引は無しですよ、中尉」
 マッカラムはUPC軍側の担当、ボルデはPMCの弁護担当に割り振られていた。話題に上がった「若い士官」であるステファンは、軍属でありながら事故の当事者であり、妙な立ち位置に居る。
「本気か? バリウス中将も亡くなって微妙な時期にお前‥‥」
 にべもなく断るボルデに、マッカラムは食い下がる。彼の交渉能力は悪く言えば「要領が良い」と言え、政治情勢にも聡くアンテナを張るのが、敵を作っている原因だ、とボルデは思っているが、本人は気にしている様子も無い。
「その言葉は、そっくりお返ししますよ」
 不敵に笑顔を作るボルデを、マッカラムはわからない風に見たが、すぐ同じように笑顔を作って、ボルデの肩を一つ叩く。
「なるほど、楽しみにしとくよ」
 そのまま振り返って、マッカラムはボルデを残して歩いて行く。
 残されたボルデは、マッカラムの後姿を見送りながら考えていた。
 中将が戦死し、司令官不在で微妙な時期に、付いて行くのがグライスナー少将でいいのか、とボルデは思う。
 マッカラムも、事故について調査を始めれば、嫌でも気が付くだろう。
 ステファン・シリングの姉、アニー・シリングがSRP連隊の作戦仕官であること。
 そのSRP連隊D中隊が追っていた、マーブル・トイズ・カンパニー。
 マーブル・トイズ・カンパニーと、PMC。
 それからローレンツ・グライスナー少将と、ロバート・ベックウィズ中佐の関係。
 事故に纏わる全てのガジェットに関して、接点が無い事象を探すほうが難しい。
 こんな事実を知らされれば、ボルデの三歳になる姪っ子だっておかしいと思うだろう。
 功名心がある訳ではない。マッカラムのように政治を気にする程器用でもない。ただボルデには、「事故」でなく「事件」の匂いがしてならないのだ。

●参加者一覧

エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
ミカエル・ラーセン(gb2126
17歳・♂・DG
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
ゼンラー(gb8572
27歳・♂・ER
館山 西土朗(gb8573
34歳・♂・CA

●リプレイ本文

 聴聞会の二日前。ステファンの為に集まった六人の傭兵の一人であるミカエル・ラーセン(gb2126)は、出席予定である四人のKV乗りの内、二人と接触してステファンの印象を聞いていた。
 あながち、無駄な行動ではないだろう。『聴聞会』が、不利な処分を下される可能性のあるステファンの為に関係者の意見を聞く、という性質のものである以上彼らの意向が全く影響しないとは言えない。
「組織って大変ですねー。で、本音のとこ、どうだったんですか?」
ミカエルが担当したのは、どちらも40代といった風情のパイロット。二人の内の一人は、問題の無人機の撃墜許可を下した『ミスチフ』である。
 場所は基地付近の喫茶店。どうやらこの二名、アルコールよりはカフェインに操を立てているタイプらしく、仮にも学生であるミカエルにとっては都合が良かった。
「本音、ねえ。ちょいとトンガリ過ぎた感のある子だったなあ。ま、若いKV乗りには珍しくない。小僧扱いされるのが我慢できないってタイプだな。小僧ほど小僧扱いされるのは嫌なもんさ」
「別に、悪いという訳ではない」
 口を挟んだのは、それまで無言でフルーツがこれでもかと乗ったタルトを突いていた方だ。
「ま、そういうことだ。そういう意地だって、生きて行くには必要なもんさ」
「あはは、解ります‥‥いや、俺の方が年下なんですけどね! ‥‥なんか敬語使う気になれなくて‥‥、あ、お代わりどうです?」
 『ミスチフ』のコーヒーが空になったのを見たミカエルが手を上げようとする。
「本題に入ろう」
 それを制する、もう一人の方が菓子から目を上げて正面からミカエルを見た。悪意こそ含まれていないが彼の腹の底をじっと見透かそうとしている。
 持ち前の人当たりの良さを生かして、歴戦の軍人から有利な情報を引き出す役割を、うまくこなさなければ、と意気込んでいた若いカンパネラの学生は少したじろいだ。
「そうさな‥‥俺たちは、今は民間軍事会社に籍を置いているとはいえ、KV乗りの端くれだからな。会社の上のことは解らんし、解りたくも無い。ただ、指示を下したのは俺だ。‥‥尻尾を巻いて、若い奴に泥をかぶせるつもりはないよ」
少なくとも俺とこいつはそういうつもりだ、と彼は最後に付け加えた。
「確約はできない」
 もう一人は、相変わらず短く述べるだけだ。
 それでも、ミカエルは少しほっとした。彼らの言葉を伝えるだけでも、あの無愛想な年上の弟くんを、少し安心させてやれるかもしれないと思った。
 
 同じく二日前の夜、館山 西土朗(gb8573)の方は、直接問題の無人機を撃墜した『マーリン3」』ともう一人の兵士に当たっていた。こちらの二名は、二十代後半から三十台といったところ。
 どちらもアルコールが潤滑油として欠かせないタイプなので、近場のバルで軽くビールといった集いになった。
「裏事情‥‥あるのか?」
 大分いい気分になったのを見計らって、他愛も無い話題から核心を突く館山。
「こっちが知りたいくらいだって!」
 叫ぶ『マーリン3』。
「IFFが味方じゃねえと言ったら、俺らはそれに従うだけだ」
 彼は、多少舌が軽くなってはいたが、顔色は平常であり、未だ酔っているとは言い難い。
「出撃命令が下った段階で、ああいう騒ぎになる臭いは何もなかったね。僕たちにとってはいつもの近接航空支援出のはずだった」
 もう一人のパイロットが補足する。
「まあ、考えても解るはずの無いことをグダグダ考えてもしょうがねえ。アレだ、お前さんたちは、あの坊やの為に調査を請け負ったんだろう?少しでも、坊やの処分を少しでも軽くしてやる為に」
 この、『マーリン3』の発言を聞いた館山は、ここが正念場だと思った。
彼は、以前ある作戦で行動を共にしたグライスナー少将の部下との飲みを、予定を繰り上げて前日の夜に済ませていた。
差し入れの日本酒まで持参したそれは、楽しいものではあったがこの件について有益な情報は何も聞きだせなかったのだ。
 館山は、PMC上層部の意向について二人に探りを入れるべきかとも考えたが、それはまだ早いと思いとどまる。下手に危ない橋を渡って何の情報も聞きだせないという事態は避けたかった。
 だが、次の『マーリン3』の発言は彼にとって、とりあえず有益なものであった。
「大体、あの坊やはFACじゃねえか。俺が撃ったのが地上の味方だというならともかくこの件で問責されるのは気に入らねえ」
「じゃあ‥‥」
「ああ、俺だって上に逆らう気まではねえが、会社からは何も言ってこねえ。大方どっかの飲み過ぎた整備士が、調整を間違ったせいだろうよ! 俺の責任でも、坊やの責任でもねえ、処分してえなら、あのフラフラ飛んでた無人機を問責すりゃあいいんだ!」
 この言葉を聞いた館山は豪快に笑うと、グラスが空になった『マーリン3』の為に酒のお代わりを注文した。
 
「まずは調査、だねぃ!」
ゼンラー(gb8572)が気合を入れる。
 何故、部外者である傭兵のUNKNOWN(ga4276)とゼンラーが、墜落した無人機の破片が並べられた調査室に立ち入ることが出来たのか?
 まず、墜落原因自体は明らか過ぎる程明らかなので、UPCがそれ程熱心な調査を意図しなかったことが挙げられる。
 また、UNKNOWNの実績がものを言ったのも否定できないだろう。
 とにかく、二人は回収され整然と並べられた破片の中でも、特に重要と思われるブラックボックスや、敵味方識別システム等について重点的に調査していた。
「状況に違和感があるが‥‥目的や意図がサッパリ見えないねぃ」
 一通りの調査を終えたゼンラーが言う。
「機体整備記録の閲覧を頼もう」
 『Good luck』と探査の目を用いていたUNKNOWNも、これ以上の収穫は無いと判断したのだろう。調査の範囲を広げようと提案した。
「IFFが、機能を停止させられていたのは確かだが、何の為に?」
 UNKNOWNが呟いた。
 結局、破片やブラックボックスから判明したのは無人機の、IFF(敵味方識別装置)が意図的に機能を停止させられていた、ということだけであった。
 
「念のため、各人員の経歴を洗ってみたが、さっぱりだねぃ。 さっき調べた通信の内容も当たり前のものばかりだったしねぃ」
 場所を変えて、資料室で手分けをして操作に当たる二人。関係者の経歴を洗い終えたゼンラーが頭を振る。
「射撃記録については、怪しむべき点はない。 UAV機のデータも同じ、だね」
「だがまだ、肝心の点が残っているねぃ」
「うむ、ステファン達は誰の指令で出たか? それは何の為か、だね」
「友軍であれば、機体・人員・航行目的・出発地点の確認に関するデータがあるはずだからねぃ。 当然、指示した人物についても」
 調査の結果、二人が探り当てたのは作戦行動を命じたのがマーカス大佐だったという事実である。
 だが、無人機の素性については、多数の不自然な細工の後こそみつかったものの肝心の出自については不明であった。
 かくして、ほぼ丸一日を費やした二人の調査は終了した。二人は宿舎に帰り他のメンバーと翌日の行動を相談した。

 日付が変わって、聴聞会前日の午前中。朧 幸乃(ga3078)はボルデ少尉との面談に臨む。場所はありふれたファーストフード店である。
「‥‥私たちが、調べた情報は以上です‥‥」
「成程‥‥で、私に対して何を望むと?」
 ボルデは、幸乃から作戦を指示したのがマーカスであること、無人機のIFFが意図的に停止させられていたことを聞き終えそう言った。
「‥‥軍や組織なんて大きなものの中で、個人が奔流に飲まれてしまうなんて、どこにだってある、良くある話‥‥ただ、対象がアニーさん、知り合いの弟さんだから‥‥」
「あなたの、いや、あなた方の意向は了解した‥‥これは確認だが、PMCとマーブル・トイズの件についても、あなた方はある程度把握した上で、この聴聞会に口を挟むつもりなのか?」
「事実が垣間見えたとしても‥‥それがなんであれPMCの件で動いている知人たちの行動を無駄にしたくはない‥‥でも、その中で最大限の譲歩を見出せるように‥‥動きたいだけです」
「お話は良く解った。 こちらとしては、今聞いた情報を考慮した上で、自分の役割を果たすとしか約束できない。 ただ‥‥」
「?」
 席を立ったボルデは、去り際にこう言い残した。
「この話は、マッカラム中尉の方にすべきであったかもしれないな」
「そちらにも、手配はしてあります‥‥」
「そうか、だが期待されては、困る。 私は、取引はしない。 ただ、中尉の意向が、こちらに沿わないばあいはもちろん、そうでない場合も」
 ボルデが立ち去った後、幸乃は冷めたコーヒーを飲みほして小さく呟いた。
「本当、組織って面倒なもの‥‥」
 
 その日の遅い昼食時、六人は宿舎近くのレストランで、午餐を取りつつ最終的な確認を行っていた。
「俺が、他の五人が得た情報をマッカラム中尉に話した感想だが」
 杠葉 凛生(gb6638)喋りはじめた。
 ちなみに、彼ら六人が得た情報は、この会話の前に大まかに共有されている。
「まず、ステファンについては、下手に大事にするより中尉の方針に沿う方が、本人の今後の為だろう」
「‥‥俺も最初は、切り捨てられた駒だと考えたが‥‥大佐が裏で一枚噛んでいる当事者だと分かったことを中尉に伝えてみた感触では、そこまで悲観的になることも無い様だ」
「政治情勢を考慮する彼の方針は、この件にとっては、良い方向につながると思う」
 凛生はここで発言を一旦止めて、水を飲んだ。
「副官のマーカスの名前が出て来たという事は、上にグライスナー少将が絡んでいることは間違いないだろうな」
 そう言ったのは、少将と面識のある館山だ。
「PMCへの立ち入り調査で決定的ななにかにブルズアイするまでは、真相を暴露するのは、動いている傭兵仲間に不都合だろう。それは、幸乃と同じで俺としても避けたい」
再び凛生が言う。
「でも‥‥もし、最初に中尉の言っていたように飛行資格剥奪処分なら‥‥ステファン本人はどうしたいんだろう? また飛びたいのかな?」
 ミカエルがポツリと漏らした。
「そうだねぃ‥‥彼の無罪を証明するために、突っ込んで調べるべきとも思うが‥‥ふむ」
 ステファンの境遇に対して、同情的なゼンラーが言う。
「まあ、PMCのパイロット4人は、ステファンにとって有利な証言をしてくれそうだがな。 あいつらも、同じKV乗りとして飛行資格剥奪は避けさせてやりたいと、考えているみてえだが‥‥」
 館山がこう言うのを聞き、凛生が述べ始めた。
「とにかく‥‥これはあくまでも『聴聞会』だ」
「俺は、予定通りこの後マーカス大佐に接触して、こちらのカード、それに不審がられないよう、こちらの意図も明かす。それで彼‥‥いや彼らがステファンをどうしたいのかはある程度窺える筈だ」
「ただ、佐官が直接弁護人に接触するのは拙いであろう。事前に各方面へ根回しできるよう俺が繋ぎ役になろう。 その上で聴聞会の成り行きを見守る。これが現時点の方針としてはベストだろう」
「少佐が弁護人と改めて接触するというのなら、私が‥‥メッセンジャー代わりになってもかまいません‥‥立場上、彼らが直接対談で話せないことも、あるでしょうから」
 幸乃もこの方針に同意、協力する旨を述べた。
「すっごい複雑だよね‥‥必要な情報だけ集めて深入りはしたくないって、俺も想ってたけど‥‥でも仕事だもの。 そういう訳にもいかないのかな? 俺だって解決はしたいんだけど‥‥」
 ミカエルが静かに言った。

 翌日、聴聞会の終了後、ようやくステファン本人に接触できた傭兵たちの中からゼンラーが進み出て彼を元気づけた。
「お疲れさんだったねぃ! 今回は、災難だったねぃ‥‥これからも拙僧なりに、全力でステファンさんの無実の証拠を掴むよう努力するよぅ!」

 以下、簡潔に聴聞会の概要を述べる。グライスナー少将 マーカス大佐とリーブマン中佐は基本的に沈黙を守り、ステファンに対して有利な発言も不利な発言もせず、僅かに考慮すべき事情もあり、ある程度寛大な処置が妥当だ、と述べるに留まった。
 PMCから、事故当時出撃していたKVパイロット四名は、傭兵たちの事前調査通りそろってステファンに有利とはいかぬまでも好意的、同情的な発言に終始した。
 ボルデ少尉は端的に言って、弁護人としての責務を果たす方向で問題の無い発言を行い、何らかの処分は止むを得ぬとしつつも、出来得る限りの譲歩を求めた。
 対するマッカラム中尉は、飛行資格剥奪処分にまで言及しつつもそれを強硬に主張することは避け、あくまでもこの処分案は叩き台に過ぎぬという態度を巧妙に垣間見せた。
 無人機のIFFが人為的に機能停止させられていた件については、この段階で言及はされず、傭兵たちも凛生と幸乃がマーカスと接触した結果を受け、それについては沈黙を守った。

 ステファンは複雑であった。確かに弁護人が匂わせた通り、処分についてはある程度楽観が許される状況ではあるのだろう。
 が、それ故むしろ疑惑は深まるばかりであった。が、同時に彼は半ば諦めてもいた。おそらく『じいちゃん』なら、今の時点での深入りは避けようと思うのではないか。
 何かの大きな陰謀の雲があり、自分はそれに巻き込まれかけたが、何とか少ない被害でそこから逃れられそうだなら、今は、それで満足すべきだと自分を納得させた彼は、会場から退出する前に傭兵たちとPMCのパイロットたちに向かって、小さく頭を下げた。

(代筆 : 稲田和夫)