●リプレイ本文
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ギラギラと太陽が照り付けて、湿り気のまるで無い風が、時折小さく砂を巻き上げ、土壁の間を踊る。
集落を見下ろせる位置に取り付いた一行は、各々に村の様子を窺い始めた。
「状況は?」
双眼鏡を取り出したウラキ(
gb4922)が、監視を続けていたグレシャムに訊く。
「歩哨が二人、中央の建物付近に三人‥‥それ以外は何も」
「じゃ、二手に分かれましょう。北西と‥‥それから南東から」
風代 律子(
ga7966)が、グレシャムに応える。歩哨の後を追うように、集落へと侵入できればベストであった。
「見張りを全員ぶっ殺して‥‥はダメ?」
『オーダーは見つかったら排除しろ、だからな。誰かが正面から堂々と訪ねて行きゃ作戦通りだ』
蛇穴・シュウ(
ga8426)の軽口に、ジーニーが応じて見せたところへ、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)が割り込む。
「ダメに決まってるだろ、出来れば‥‥殺したくはねぇしな」
この旧知の男は妙な事を言うな、という目で、グレシャムがアスを見る。
「バグアでも、か?」
「バグアでもだ」
「そりゃまた、殊勝なこった」
呆れた調子でグレシャムが言う。けれどアスが迷いの無い目をしていたので、グレシャムはそれ以上何か言うのを止めた。
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ジャスパー・ビュイック(
gc4508)の双眼鏡の先に、歩哨が映る。村の南東の端。まるでレールでも敷かれているかのように、角を曲がって現れた歩哨は、ゆっくり北上を始めた。
そのまま頃合いを見計らうべく、ジャスパーは双眼鏡で追う。
人間によく似た背格好だが、こうして双眼鏡越しに見ると、普通ではないのがよく分かる。キメラの類か洗脳でもされているのか、詳細までは分からないが、まるで人間味の無い仕草と表情は、ぞっとする。
「オーケー、行ってくれ」
短く合図を送り、また南東の角に双眼鏡を振り向ける。
鬼非鬼 ふー(
gb3760)の姿が映る。彼女は素早く瓦礫の陰に入ると、後続のアスにサインを送った。
ふーの後を追って瓦礫の陰を目指すアスが、ジャスパーの双眼鏡に入る。彼は一度双眼鏡を北へ振り向け、歩哨を追った。気づかれている様子は無い。
それから、瓦礫の陰に入った二人を追って、さらに倒壊せず残った建物を見る。
所々崩れた土壁があって、それから小さな窓。その窓の奥で、何か動く気配があるのを、ジャスパーは見逃さなかった。
「建物の中に何か居る。確認できるか? 援護する」
双眼鏡を外し、ストックを肩に当てて左手を添える。スコープを覗き、ふーとアスの動きを追った。
身を低くして、二人はゆっくりと窓の下に近づく。窓の奥の気配はまだある。が、それが何かは、ジャスパーからは見えない。
背の高いアスが窓を覗き込もうとして、ふーに止められた。彼の容姿と覚醒は、目立ちすぎる、という事だろう。
代わりにふーが、窓をひょいと覗いて、すぐに顔を引っ込めた。手で「ばつ」を作り、ジャスパーに合図を送る。
「南東の建物に敵。数は不明」
『了解、北東に向かってくれ、今の所、建物内部に動きは無い』
ジャスパーが無線で告げると、ロッフェラーから応答がある。
スコープから眼を外して、双眼鏡を覗く。建物から離れるふーとアスを見届けてから、ジャスパーはまた歩哨の様子を窺う。丁度北端まで辿り着いたそれは、角をくるんと曲がり、西へ向けて歩き始めていた。
「歩哨は北西へ向かっている、今だ、行ってくれ」
合図を送る。また瓦礫伝いに移動を始める二人を見てから、村の中央を見る。三人の敵兵は、侵入に気づいた様子も無く、ただそこに立っている。それから、南西の端を見た。丁度、東進を始めたもう一人の歩哨を確認する。まだしばらく、時間の余裕はありそうだ。
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ふーとアスが侵入した反対側、村の北西の端から、律子とシュウも侵入を図る。ウラキは村に近づき、二人と歩哨の動きを見通せる位置に陣取った。
『歩哨は南に向かってる、妙な動きは無い』
ウラキの声をレシーバー越しに聞いて、二人は動き始める。
風が巻き上げる砂に紛れて、律子が先行する。倒壊した家の陰に体を入れて、合図を送った。
続いてシュウが動き、律子の近くまで進み、一度身を潜める。それからすぐ先の様子を窺って、今度は律子を追い越して、少し先の物陰へ入る。
『そのまま小屋を確認してくれ。窓が無い、こちらからは状況が見えないので、慎重に』
ウラキの位置からは、建物に窓が無く、中の様子が見えない。返事の代わりに、律子は銃を構えて瓦礫の陰を飛び出す。そのままシュウを追い越して、小屋の壁に張り付くと、中の様子を窺った。
僅かに、室内から物音がする。
同じように壁に張り付いたシュウに、律子は一度目配せをする。頷いたシュウは、ドアの横に立ち、ノブに手を掛ける。律子がドアの正面に立ったのに合わせて、ゆっくりノブを捻り、ゆっくりと開く。
「!」
驚いた顔と目が合った律子は、何か喋るのを手で制して、室内へ入る。さらにシュウが続いて、驚いて喋りかけたままの顔に近づく。
「救出に来ました。さ、立って」
捕虜が二人。疲労は見えるが、目立った負傷は無い。乱暴にロープで拘束された両手を、シュウが外す。
二人が立ち上がれるのを確認して、律子は再びドアへ向かい、外の様子を確認した。敵の目は、届いていない。
慎重に扉から出てくる四人の姿を、ウラキは双眼鏡の向こうに捉えた。
「要救助者二名確保。残り二名はまだ不明」
『オーケー、こちらでも確認した。グレシャムを向かわせる。一度村から離れて、グレシャムに引き渡すまでエスコートしてくれ』
ロッフェラーに復唱をして、ウラキは双眼鏡をライフルに持ち替える。四人は建物から離れ、こちらへ向かって幾つかの遮蔽物を経由していた。
銃身を右に振る。南下していた歩哨は、角を曲がって瓦礫の陰に消えた。今度は、左に振る。
もう一人、村の外周を回っていた歩哨が、北東の端から現れ、こちらへ向かってくるのが見えた。
「まだだ、歩哨が来た」
短く告げる。捕虜二人の動きが止まるのが見えて、それから律子が手早く死角になる物陰を見つけ、シュウが二人を促して身を潜める。
薬室に初弾を送り込むと、ウラキはこちらへ近づく歩哨の頭に照準を合わせた。
息を殺して、体を小さくする四人を、時折風と砂が煽る。それから砂を踏む規則的な足音が遠くから聞こえて、それが否応無しに緊張を高めさせた。
また律子とシュウは一度目配せをして、身構える。もし発見されれば、二人は素早く飛び出して、無力化するつもりでいる。
やがて足音が大きくなる。自身の鼓動と、誰かが唾を嚥下する音が漏れ聞こえそうで、呼吸さえ恨めしい。
足音は、四人の頭上を通って、それから規則正しく、風が巻き上げる砂と共に遠ざかる。
『よし、通過した、今なら安全だ』
ウラキの声を聞いて、四人は立ち上がる。
「大したもんだ、俺らの出番は無いな」
捕虜を引き取りに来たグレシャムが、歩哨の頭に照準したままのウラキの腰を、一つぽんと叩いた。
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村の中心に残った建物は、他の建物と同じようにくたびれて、所々崩れた土壁があって、二階部分が完全に吹き飛んでいた。
確認が済んでいないのはこの小屋だけになり、残る二人の要救助者も、必然的にこの小屋に囚われている事になる。ふーとアスと、それから律子とシュウの二組は、合流して小屋の裏手からそっと近づいていた。
『動きは無い、ドアの前に固まっている』
ジャスパーの声。歩哨はドアの前に突っ立ったまま、そこを動く気配も見せない。
先頭を行く律子が、小屋の陰から覗き込む。ドアは一つしか無く、そこから歩哨を引き離さないことには、どうにもならない。
動いたのはふーだ。一人そこを離れ、ぐるっと小屋を回り込み、三人が居るのと逆の壁に張り付き、様子を窺う。それから、足元の砂と瓦礫から、握り拳大の一つを探して、それを放る。
ふーの手から離れた小さな石は、土壁と瓦礫に跳ね返って、乾いた音を立てた。
『動いた』
冷静なジャスパーの声。音に釣られて、歩哨はふーの投げた石のほうへと歩く。
『いや、一人残った』
今度はウラキの声。三人居た歩哨のうち一人は、そのまま動かず、残っている。
咄嗟に律子が飛び出す。横合いから突然現れた彼女に何か反応する間も与えず、律子は歩哨の首に腕を回す。そのまま締め上げつつ、ずるずると、小屋の裏へ向けて引き摺り始めた。
ふーが引き付けてくれている時間は、そう長くは持たない。
律子と入れ替わりにシュウとアスが飛び出す。ドアの前に立ち、今度はアスがノブに手を掛けた。
慎重に素早く、と云う無理難題をこなすため、アスは速くも遅くも無い速度でドアを押す。正面で身構えていたシュウは、またドアの中の顔と目が合う。但し今度は、捕虜のそれではなく、人間の背格好に取って付けたような顔。
先に反応したのはシュウで、ドアの中に飛び込むと、敵兵の口を押さえ、背中から抱え込んだ。そのまま右手のナイフを振り上げ、喉元に突き入れる。
シュウの手の中で、声を上げることも出来ず、じたばたともがいていた敵は、やがて動きを止めた。
律子がやったように、シュウも死体を目立たない場所へとずるずる引き摺る。彼女に続いて室内へ入ったアスが、部屋の奥に二人の捕虜を見つけると、人差し指を唇に当て、喋らないよう促してから、拘束を解き始める。
こちらの二人は、負傷の度合いがやや大きい。
入り口に律子が現れて、シュウとアスに手でサインを送る。「急げ」という事らしい。ふーは音を立てただけで、彼女が姿を晒して囮となっている訳でもなく、そろそろ時間切れ。
『歩哨が戻るぞ』
監視を続けているウラキから。ふーは、ジャスパーの指示でまた小屋の裏手へと潜んだらしい。
アスは、二人に歩ける程度に治療を施し、肩を貸して立ち上がる。もう一人はシュウが同じように、肩を抱え立ち上がらせた。
律子を先頭に、部屋を出る。歩哨はまだ、戻っていない。
『そのまま、小屋の裏手へ』
ウラキの声。村を俯瞰出来る位置からのウラキとジャスパーの指示は、有効な目となって、潜入を補助している。
『要救助者二名確保、全員無事だ』
今度はジャスパーの声。捕虜を連れて、律子ら三人は小屋の裏手へと向かう。
『オーケー、村を離れてくれ、援護する』
ロッフェラーの声を聞いてから、律子は小屋から離れるべく、先行を始める。
彼女の通った遮蔽物を伝うように、アスとシュウは、肩に抱えた二人を励ましながら続いた。
ふーは、小屋を離れる他のメンバーとは反対側に居た。歩哨を引き付ける工作をしたためである。
撤退時に混乱を誘って、耳目を引くために、対物ライフルで土壁でも撃とうかと思っていたが、思っていた以上にくたびれた土壁は、撃てば小屋ごと倒壊させそうなので止めた。
その代わりに、フラッシュバンを用意する。
小屋の陰から顔を覗かせると、丁度歩哨はドアの前へと戻る最中で、さらに首をぐるっと巡らすと、他の三人と、捕虜の姿は見えない。姿が見えないのは、瓦礫に身を潜め村から離れつつあると云う事で、ふーはフラッシュバンのピンを抜いて、歩哨の背後から近寄る。
ころころと、歩哨の足元を目掛けて転がし、すぐさま物陰に入る。それから、サプレッサーを外した銃口を空に向けて、トリガーを一度引く。
発砲音に気付いた歩哨が振り向くと、丁度そのタイミングでフラッシュバンが炸裂した。
青白い光に、前後不覚となる歩哨を尻目に、ふーは村の外へ向かって走り始める。
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ばたばたと、ローターが風を切るヘリの羽音が近づく。やがてそれは姿を現し、乾いた風が巻き上げる砂を散らして、土壁の小屋を粉砕すべく、炎の矢を放つ。
六人はヘリと入れ替わりに、救出した四人をエスコートする。
アニーの操るSARヘリは、彼らを拾い上げるためのフライトを始めた。
「よくやってくれた」
グライスナーは、例えば生前のバリウスや、電話の相手であるベックウィズに比べると、感情の起伏がわかり易いタイプであるかも知れない。
「‥‥ああ、傭兵連中にも酒を奢るよ」
現に今も、見てとれる程度には嬉しそうな表情をしている。喜色満面、とは行かないが。
「高得点じゃないのか? ペナルティは消えないが」
喜ぶ理由は、幾つかあるらしい。一つは、純粋に作戦の成功。もう一つは、デルタが関与した作戦の成功、という所のようだ。